ロアタンの港に船が寄港した。ここでは半日ほどの長い時間を停泊する。観光するもよし、マリンスポーツをするもよし、ショッピングを楽しむのもよし。ランチを食べても十分に時間がある。
俺と英梨々はスキューバーのツアーに申し込みをしてある。これは船で教えてくれたインストラクターがついてきてくれるので安心感がある。参加人数は20名ほどいた。もう少し上級者や慣れている人なら、現地でスキューバーを申し込んだ方がより楽しめるらしい。
そうはいっても手順もわからないし、技術もないし、最初はガイド付きが無難だろう。
まずはぞろぞろとみんなが船を降りていく。1000人以上乗っているので、乗降口は複数ある。一通り降り終わったあとに、俺たちツアー組も船から降りた。
そのまま道なりに歩いていくと小さなバスが待機していて、それに乗った。
ロアタンの街は高い山があるわけでもなく清々とした場所で見渡しはいい。もともとはサンゴ礁らしくそれが隆起してできた島で、一番たかいところでも270mしかない。そうは行っても南北に8キロ、東西で77キロもある細長い島だから全部がみえるわけではなかった
バスで綺麗な砂浜を眺めながら移動する。絵に描いたような地中海の島でまさに楽園といった景色が広がっていた。小さな港に着いた。
案内されてコンクリートむき出しの建物に入った。そこでダイバースーツに着替える。手続きはすべて船の人が行ってくれた。ロッカーに財布をおいていく。セキュリティーに関しては電子ロックでかなり新しい。こんなところまできて泥棒する人もいないと思うが、最新設備なのは嬉しい。
着替えを終えてで外に出た。
「どうかしら?」といって、赤いダイバースーツを着た英梨々が腰に手をあてるポーズをとった。
「おおっ似合ってるよ。どうしてもプラグスーツを思い出させるな」
「わざとよ」
金髪ツインテールでぴったりとしたダイバースーツなどを着たらコスプレにみえてしまう。
周りの人も気が付いたらしくて、英梨々に許可をとって写真を撮っている。
「ちょっと、なに写真に撮ってるのよ。この変態!」と声真似して指さしいているあたり、英梨々もサービス精神が旺盛だった。チップをくれる人がいて。、一緒に写真撮影に応じている。
流石世界的に有名なアニメ作品であり、ファンも多い。
その小さな港でヨットに乗りこんだ。海の水はとても綺麗で珊瑚礁が広がっているのがみえる。比較的に浅くて近いところをダイビングする予定だ。爽やかな海風を感じながら、目的地まで移動する。近いといってもけっこう離れている。泳いで戻ることができるかどうかは怪しい距離だ。
ヨットの上でスキューバーの装備を身に着けていく。英梨々は髪の毛をまとめて小さくした。
全員では一気に潜らずにインストラクター1人と4人のグループに分ける。30分程度のスキューバーダイビングを二回ほどする予定だ。
船から覗き込むと珊瑚礁に泳いでいる魚が見える。深さはそんなにないのだろう。俺たち初心者が潜れるのはせいぜい5m程度だ。それでも2階建ての家ぐらいの高さ(深さ)になる。
俺と英梨々は2番目のグループだった。インストラクターは2人いるので、2つのグループが左右から海に入っている。俺と英梨々はじぃーと観察して手順を確認する。
「日本人は心配ないよ。いつだって真面目だ」とヨットの操縦士のおじさんが言った。緊張させないようにかニコニコと笑顔で明るい。Tシャツ年季がはいっていて色あせていた。
後ろ向きで飛び込む方がいいらしいが、そんなことはできなくて、ポチャンとハシゴを使ってゆっくりと降りた。まずは円になって浮き、海の水に慣れる。それから水の中へと潜った。
ゴーグルを通した方が海の中はよく見える。珊瑚礁は色鮮やかだったが、船の上から見るよりもずっと深かった。なかなか潜るのが大変で、体の方向を定めるところからはじめる。プールで練習していなければパニックになってしまうと思う、ぜんぜん自分をコントロールできなかった。呼吸を意識してゆっくりと潜っていく。インストラクターはそばで見守っていてくれた。
魚はぜんぜんダイバーを怖がっていないどころか、次々に群がっってくる。これはダイバーたちが餌を与えるかららしい。「餌あげ禁止」などと堅苦しいことはなく、俺も英梨々もインストラクターに餌をもらって手のひらで与えた。
いろんな魚が集まってくるが、どれも熱帯魚なので華やかだった。
こうやって海の底にいることに慣れてきたら、インストラクターの後ろを泳いで珊瑚礁を巡っていく。慣れない俺だと情報が多すぎて、珊瑚礁の華やかさも魚の華やかさも一緒になって見分けがつかない。よく動く魚は発見できるが、じっと隠れいてる魚は見つけられないのだ。
けれど、インストラクターは次々と新しい魚を発見して教えてくれた。大きなウツボのような魚は気が付いた時はとても近くでギョッと驚いた。それからヒトデを拾って見せてくれた。ウニなども転がって歩いている。
指で合図されたので、イソギンチャクをじっと観ると小さな魚たちもたくさんいた。海の中はラッセンの絵が有名だけれど、現実の方がずっと賑やかに思えた。
英梨々はときどき指で四角を作って、記憶のカメラに収めている。これなら高性能の水中用カメラを欲しくなるのもうなずけた。でも、カメラに気を取られずに目で見るのは楽しい。
合図が合ったので浮上する。15分ぐらいたったのかと思ったら、もう30分たっていた。あっという間の時間で、俺も英梨々も驚いていた。ヨットに上がって休憩をとる。ドリンクが選べたので、俺はコーラを飲んだ。瓶入りのコーラが用意しているあたりがとても嬉しかった。ゴミを出さないためらしい。
「サイコー」といって、英梨々が笑った。
「すげぇ小並感だなっ」
「じゃあ、なんて表現するのよ?」
「控えめにいってサイコーだな」
「あんた、それでよくゲームの原作作る気になったわね」
英梨々もコーラが美味しいらしく満足そうに飲んでいた。
「『ガリガリくーん』があれば言うことないに」と呟くあたりが、もう英梨々としかいいようがない。俺もソーダ味が食べたい。
※ ※ ※
2度目のスキューバーダイビングを終え、陸に戻ってきた。あっという間の時間だった。もっと潜っていたかった。
着替え終わってから自由時間になったが予定は特にいれていなかった。
インストラクターの1人が「よい店があるからランチに予定がない方は一緒にどうぞ」と誘われた。この方は30歳ぐらいの白人女性でとても丁寧で優しい人だ。
半分ぐらいの人はそこで解散した。俺と英梨々は街の方で買い物でもしつつ良さそうな店かハンバーガーかピザでも食べようと思っていた程度なので、インストラクターについていくことにした。
そこはバーベキューキャンプで、近隣でとれたシーフードは食べ放題だった。肉だけは量り売りをしている。各国のソースがそろっていて、日本の旗と一緒に「ソイソース」が置いてあった。醤油の事だ。
英梨々はホタテを焼き、バターを落としてから醤油をたらして食べて「ついてきてよかった~」と大袈裟に感動していた。
俺は傍目で苦笑いして、(英梨々は子供だな)と思いながらイカを焼いていた。そして、醤油をひとたらしして食うと、「生きててよかった~」という言葉しか出なかった。
「大袈裟ね、バカ」と英梨々は言ったが、イカを食って「生きててよかったー」満足そうに同じセリフを言った。
何よりも英梨々を喜ばせたのは、鉄板焼きをしていたことだ。お店のスタッフが細麺のパスタでシーフード焼きそばらしきものを作っていた。魚介が豪快に入っている。
「倫也、間違いないわ。このロアタンは天国に一番近い楽園よ」
英梨々がお皿を持ってすぐに並んでいる。俺も並ぶ。シーフードパスタ。日本風に言えば海鮮焼きそばなのだ。英梨々の大好物である。
「ふぁ~」という、もはや語彙力以前の原始的感嘆をした英梨々は、少し薄味に仕上げてあるパスタに醤油をかけて、もう一口食べては、「ふぇ~」と言った。
※ ※ ※
船に戻る途中から雨が降ってきていた。最初はパラパラと振っていたがだんだんと強くなって空はどんよりと暗くなった。
俺と英梨々は部屋で休憩しながら、窓の外を見ていた。
「あんた、チャンスはあるって言ったわよね?」
「言ったっけ?」
「明日も日は沈むから今日みなくていいって言ったわよね」
「言った気がする。今日も日はちゃんと沈むと思うぞ。見えないだけで」
「そんな屁理屈が通るわけないでしょう。どうしてくれるのよ。カリブ海よカリブ海。どこにあるのかわかってるの?ここで夕日をみれないなんて、ありえないわよ?」
「昨日もチャンスあったけどな・・・」
「どうするんのよ」
「どうもこうも、雨が降っているんだからしょうがないだろ」
英梨々はぷんすか怒っているようで、そうでもないとは思う。
「今夜どうしようかしら・・・」
「映画見るっていってなかったか」映画館の上映は24時間だ。子供向けのもあれば、大人向けのもある。
「そんな気分じゃなくなったのよ」
「そうだなぁ・・・チャンスはもう一度だけあるぞ」
「チャンス?」
「ああ、夕日は見れなかったが、日の出なら見れるだろ」
英梨々が考え込んでいる。早起きは2人とも苦手だった。
「その手があったわね。でも、起きられるかしら?日の出って何時よ」
「だいたい5時~6時頃だろ。正確な緯度がわからんからなんともいえないけど、航路図のところでわかるかもな」
船の航路図に現在位置と温度や気温などが表示されている。確か、日の出日の入りもかいてあった気がする。
「だいたいでいいわよ」英梨々はベッドに横に寝そべった。アクティブに動き回ったので疲れているのだろう。俺も眠い。ランチが遅かったので腹もまだ減っていない。映画の一本でも見れば腹もすくかもしれないが、どうも部屋から出る気がしない。それは英梨々も同じだろう。
「少し昼寝するか」
俺も隣で横になった。海で泳いで疲れて昼寝をする。やっていることは子供と一緒だ。
「・・・うん」と英梨々は小さくうなずいた。
「英梨々。日の出が綺麗にみれたら結婚しよう」俺は囁く。
「夕日じゃなきゃダメ」
英梨々は俺の方に体を向けて、胸のあたりに頭をちょこんとつけて目を閉じた。
まだ潮の香りが微かに残っていた。
英梨々が疲れてすぐに眠ってしまうのか、それとも・・・
俺は打診でもするように、英梨々のキャミソールの中に手をいれて、優しく胸を触った。
「・・・もう」といって、英梨々が顔を上げた。キスをする。
それから、この船に乗ってから何度目かのエッチをゆっくりとして、それから眠りに落ちた。
(了)