【全49話】英梨々に毎日プロポーズする夏休み   作:きりぼー

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どうしてこんな話になっていったのか、自分でもよくわからない。


23 ムゾー鉱山にて

 ホテルの中は空調が適度に効いていて快適に眠れた。

 

「倫也できたわよ」

 

 英梨々の声で目が覚めた。ズキンッと肩の当たりに痛みが走った。ケータイが朝のアラームを告げている。時刻は4時の早朝だった。窓の外はまだ暗い。

 

 俺が大きく勘違いしていたのは、赤道付近の常夏の国は日中の時間が長いわけではないということだ。日が長くなったり短くなったりしない。だいたいどちらも6時頃に日の出日の入りをする。考えてみれば当たり前なのだが、日本みたいに夏だから日が長くなるわけでないのは感覚的にはおかしな気分だった。

 

 したがって早朝の4時だが、まだまだ真っ暗で、寂しい街灯の光が見えるだけだった。ボゴタの中心地にあるホテルでも、この時間は明るくない。

 

「英梨々は徹夜か?」

「・・・そうよ。どうせ今日も退屈だし、ホテルで好きなだけ寝るわよ」

「いいベッドだし、よく眠れるぞ」

 

 俺は起き上がって、洗面所で顔を洗って歯を磨く。英梨々が以前用意したトレジャーハンターの衣装を着た。ジャケットの下には防弾チョッキも着ている。これは海部さんに指示されたものだ。やや暑いがしょうがない。

 

 予算は1万ドルで、ジャラルミンのアタッシュケースに9000ドル。他に100ドル札を10枚が服や靴などのあちこちに隠してある。現金の140万円・・・と思うとけっこうな重圧である。

 

「はい、これね。確認して」

 

 英梨々からノートを受け取った。各キャラクター設定書みたいになっている。立ち絵、顔のアップ、表情違いや衣装違い。人気キャラはページが多くとってあり、マイナーキャラは1ページに複数キャラいる。本物の資料集みたいに見える。一晩の手書きでよくも描きに描いたりといった量だ。

 

「どうみても本物だな・・・w」

「ほんとにこれが役立つのかしら?」

「少なくとも現地の子供には宝物になるだろうよ」

「鳥山田のサインでも入れおこうかしら」

 

 英梨々が各ページにサインを入れている。恐ろしい偽造スキルだ。例年のこの時期は夏コミュ出店準備のために看板製作なんかをしていたな・・・。去年まではは平和だった。どうしてこうなった・・・と思わなくもない。

 

 コンコンッと部屋がノックされた。

 

「よし、行って来る。帰ってきたら・・・」

「だから死亡フラグみたいなこと言うのやめなさいよ」

「じゃあ・・・帰ってきたら昨日できなかった分、たくさんエッチしようなっ!」

「はぁ・・・それが最後の言葉と思うと泣けるわね」

「生きて帰ってくるからねぇ!?」

 

 扉を開けると海部さんが立っていた。

 

「おはようございます。お別れはすみましたか?」

「はい」

「では、遺書を預からせていただきます」

「書いてないよっ!?」

「では、遺言を今から書いてください。ご両親に届けますので」

「あのぉ・・・」

「本気です。なければ適当に創作しておきます」

「では創作でお願います。じゃあな、英梨々」

「いってらっしゃい~」

 

 英梨々が笑っているが、顔が少しひきつっていた。その後、照れ隠しで大きなアクビをした。海部さんがいなければチューしてお別れしたかった。

 

※ ※ ※

 

 俺は1人でホテルを出ると、昨日と同じ特殊仕様の白いワンボックスが停まっていた。カタヤマのおさんが車から出てきた。迷彩服を着ている。開口一番「昨日はしこたまヤったかね?」と聞いてきたので「ええもちろん。俺が死んでも子孫が残りますよ」と答えておいた。「なら心配ないな」と笑っている。

 

 車の中に同じ傭兵の大きな黒人と、暗い顔をした現地のインディオが乗っていた。

 

 30歳ぐらいの黒人は、いかにも軍人といった体格ででかい。まず日本なら彼がいるだけで安心だろう。「オブライアン」と名前を教えてくれた。これぐらい筋肉ダルマになれれば重火器も扱えるのかもしれない。傭兵といっても実際には戦うよりも抑止力であり、護衛としての役割が大きい。彼みたいのがいれば無用なトラブルは避けることができるだろう。

 

 そしてもう一人の暗い顔のインディオは20代か30代かよくわからない。表情もないし寡黙だった。蝋人形が動いている感じがする。感情が伝わらない。

 

 海部さんが言うには3人とも腕利きらしく、インディオの方は暗殺者・・・殺し屋らしい。あまり冗談をいったり、絡んだりしないでくださいと注意を受けた。どんなトリセツだよ・・・と思わなくもないが、素直に従ってあまり絡まないでおく。

 

 そういうわけで、通訳兼、指導者兼、ガイドを担うのがカタヤマさんだ。

 

「これで日当100ドルよ?安過ぎるよねぇ。命がけで」

「現地の人よりは良い給料ですか?」

「そうだねー。鉱山の人の10倍。街のホテルなどのいい職業の人の2~3倍かな、どうせいつ野垂れ死んでも不思議じゃないし、もらいすぎかなぁ。はっはっはっ」

 

 返答に困るような自虐ジョークだ。苦笑いの愛想で俺はごまかす。

 

 予定では車で5時間。途中休憩をはさんで6時間。午前10時には現地につき、明るいうちに現地を出たいらしい。まぁそうだろう。

 

 ワゴンの中には銃火器が何丁もあって物々しい。

 

「これって合法・・・なわけないですよね」

「銃の携帯は合法。届け出もしてあるよ。でも取り調べなんてされないよね。君が警察だとして取り調べたいと思う?」

「思いません」

「みんな一緒さ。取り調べるところは空港とか、首都の重要なビルとか、そういうところだね。アメリカ大使館もすごいけど」

「なるほど・・・」

 

 ボゴタの街は舗装されていたが、街を出て少し走ったら舗装された道がなくなって、土が向きだしの道になり轍ができている。また隣の街に近づくと舗装された道が出来て、街を出るとひどいでこぼこした道になる。余りにも揺れるので車酔いしそうである。俺は目を瞑った。少し睡眠不足で体調が優れていないのかもしれない。いや道がひどいだけだろう。

 

 寝たくても寝られない感じだった。何やら音楽がかかっていた。ラジオだろうか・・・特に人が話していないのでCDかもしれない。スペイン語の曲だ。3人はほとんど口をきかなかった。ときどきカヤマのおっさんだけが何かを話している。

 

 ガタガタガタ・・・悪路が続く。空がだんだんと白み始めてきた。道路脇にはボロボロの家が点在していた。トタン屋根が錆びている。野良犬もいた。木々は豊富でどこにでも生えている。

 

 寂れたガソリンスタンドで車は停まった。木の看板はペンキが剥げていて字も読めない。メーターの赤い塗装も剥げて錆びている。安全性とかすごく気になるが、店員は気にしていないようだ。俺ならこんなとろろで働きたくない。何かの時に引火しそうだ。

 

 トイレは済ませておくように言われた。俺はおそるおそるトイレに行った。扉は破壊されていてなかった。蝶番だけが残っている。その上、水洗でないので汚い。

 

 売店でペットボルトの水を買っておく。ペットボトルの水を買う時はキャップを注意する必要がある。蓋が開いていて中身だけ入れ替えられている時があるからだ。空き瓶や空きペットボテルはそのまんま再生利用されるのだ。

 

 その点でコーラの方がまだ安全らしい。

 

 車の中でハンバーガーとポテトが配られた。朝食である。運転手は黒人のオブライアンからインディオに替わった。車の中で4人は無口のまま黙々とハンバーガーとポテトを食べた。ゴミを一か所にまとめてビニール袋にしまいガススタで捨てた。それから車を走らせた。さすがに悪路でガタガタ揺れながら食べるのは嫌だったようだ。

 

 観光地の湖を横目に通過する。早朝なのでまだ観光客で賑わっていないが建物などの作りもだいぶマシなようだった。それからしばらく車を走らせていく。

 

※ ※ ※

 

「ここが最後の街。何か最後に口にしときたいなら買ってくるが?」とカタヤマのおっさんが言った。まるで死刑囚の最後の晩餐のように聞いてくる。

 

「別に平気です」と俺は答えた。おかしなもので思い浮かんだのはカップ焼きそばだった。もちろんこの街には売っていないだろうし、別に食いたいわけでもない。

 

 悪路はだんだんと山道になって、車が左右にも揺れるようになると流石に辛かった。グロッキーになる。ワゴン車で大丈夫なのか心配だったが、4WDの特殊仕様車のようだ。気持ち悪くなったのは俺だけじゃなくて、一番タフそうなオブライアンが車から降りて、道路脇で吐いていた。ハンバーガーがクソ不味かったせいもあると思う。

 

 正直俺も吐いてしまいたかったが、「サバイバルでは食える時に食いたくなくても食え」と細川さんに教えてもらったことがある。カロリーは貴重なのだ。実際、山道を延々と走っていると方向も距離感覚も失っていく。こんなジャングルみたいな所から徒歩で逃げ出せるとは思えない。もしそうなったら進める距離はわずかだろうし、食料は貴重になる。だから俺はじっと我慢して、ハンバーガーとポテトが消化されるのを待った。

 

車にのって3時間が過ぎていた。ここから2時間は山道を進む。道路は舗装されていない。

 

※※※

 

 ところで3人はどんな依頼を受けているのだろう?考えてみると俺はよくわからなかった。雇い主は俺ではなく海部さんなのか、それともスペンサー家?

 

 海部さんはホテルに残って英梨々を護衛している。海部さんも迷彩服でないが軍服のようなものを着ていた。どこの国のどこの所属なのか俺にはわからなかった。少なくとも今は日常の平和から離れて、非日常的な世界へと進んでいるのだ。どこかにわかりやすい境界線があるのだろうか。そんなことをぼんやりと考えながら目を瞑って耐えていた。俺じゃこんな道を運転できないだろう。

 

 そして、いつの間にか眠ってしまったようだ。

 

「起きて」とカタヤマのおっさんの声で起こされた。

「・・・はい」

「検問。言動と行動に気をつけて、ここからはマフィアの領地だから」

「・・・はい」

 

 検問所のゲリラらしき人に外に降りるように言われた。銃を構えたゲリラが2人。迷彩服のズボンに上はTシャツだ。マシンガンを手に持っている。俺たちも銃を隠して携帯しているが、それは咎められることはなかった。車の中も別に捜索されるわけではない。

 

 カタヤマのおっさんがスペイン語で相手とやり取りをしている。俺を指さして何か言ってきた。通訳してもらって、俺は自分の身分を名乗る。

 

「僕は日本のマンガ家のアシスタントで、取材にきました」

 

 用意しておいた回答である。もっとも英語で答えたが相手は英語がわからないらしい。カタヤマのおっさんがスペイン語に翻訳していく。怪訝そうな顔で2人のゲリラは相談していた。

 

「ジャポネ?」と聞かれた。「イエス」と答える。

 

 その後さらに2人が話合っている。日本人が来ることなどないのだろう。

 

「カバンにノートがあるから見ていいよ」と俺がいった。カタヤマのおっさんが通訳する。

 

 1人が俺のリュックからノートを取り出した。ペラペラとめくって、それから表情がほころんでいた。えらく驚いていた。

 

「アキはマンガ家だったの?」とカタヤマのおっさんが聞いてきた。「ただの学生です。でもマンガも嗜みます。英梨々はマンガ家といっても問題ないです」

「すごいね」

 

 カタヤマのおっさんは笑いながら肩をすくめた。この身分にどの程度の信用があるのかは未知数だ。

 

 英梨々がマンガ家なら、俺がアシスタントなのは事実なのかもしれないな。

 

 検問のゲリラが質問してくる。

 

「サインが欲しいってさ」

「じゃあ伝えてください。好きなページを一枚切り取っていいですよって」

 

 カタヤマのおっさんが通訳する。兵士2人が盛り上がっている。どちらも10代から20代前半ぐらいの若い青年だった。持っているマシンガンは非日常的だったが、マンガで盛り上がっている姿は日本人と変わらない。ドラゴンボーヤの野菜王子のページをナイフで丁寧に切り取っていた。

 

 やっぱりここでも人気が高いキャラクターのようだった。

 

 嘘みたいな話だが、俺はこうして無事に検問を通過した。日本人であるだけで信用もあるらしい。けっこう緩い感じなのだろうか?実は銃火器は玩具でみんなはったりだったり・・・しないだろうなぁ・・・

 

「考えたもんだな、確かにマンガ家なら怪しまれない。でも、もし『何か描いてみろ』といわれたらどうするんだ?」

「描けますよ。ここまで上手くないですけど、そこそこのものなら」

「そりゃすごい」

 

 黒人のオブライアンも「俺も後で描いてくれ」と言った。こんなに図体のでかい怖そうな黒人でもマンガのファンらしいのは驚いた。そりゃマンガも読めば、映画だって観るだろうけど、見た目とのギャップがひどくて、思わず笑ってしまった。

 

「無事に戻ったら英梨々が好きなものを描いてくれます。カワイイ美少女とか得意です。プリキュラとか知ってます?」と聞いたら、「グレート!」と言っていた。まさかのプリキュラファンなのだろうか。

 

 超こわもての黒人だが、根は優しいのかもしれない。あるいは娘でもいるのかな。余計な詮索はしないように言われているので、会話はそれでおしまいになった。

 

 インディオだけは無反応だった。名前もまだ聞いていない。さっきも鋭い目でいつでも戦えるように準備ていた。あんな油断しているゲリラの若い者なら直ぐに殺されてしまうのだろうな。

 

 車に乗って、まだまだガタガタガタと悪路が続く。さらに1時間ほど走った。

 

「ついた。ここがムゾーの村だ」と、カタマヤのおっさんが教えてくれた。

 

 村の入り口もまた検問になっている。さっきと似たようなやり取りをしたが、今度は緩かった。車を駐車場へ停めるように指示されて、4人とも降りた。年配のゲリラが無線連絡をしている。

 

 それから1人の少年兵がマシンガンを構えたまま、ついてくるように言った。

 

 検問所から離れてから、「ほんとにマンガ家なの?俺はワンビーズが好きで・・・」と言った。もちろん通訳を通してである。俺はリュックからノートを見せた。目を輝かせてノートを歩きながらめくっていく。マシンガンは肩からかけたベルトでぶらぶらとぶら下がっている。マガジンが装填されているから、いつでも撃てると思うのだが、無防備すぎる気がする。

 

「おおっ・・・」と感動していた。

「ここは野菜王子がいたんじゃない?どうして切り取られているの?」

「最初の検問所の人に渡した」

「バカだな」

「いいんだよ。そのために持ってきたし、君も好きなページをあげるよ」

「いや、バカなのはあなたではなくて検問所の兵士だ。ここでは大事なものは許可なく奪ってはいけない。少々の賄賂なら目をつぶってくれるけど」

「でも、絵だよ?」

「だって、これから見る人見る人はこのページを気になるだろ?そこが野菜王子だってわかるんだ。みんながっかりする」

「そうだな」

「たぶん、そいつ殺されるよ」

「うそだろ!?」

「殺されなくても、ひどく殴られると思う」と少年兵はたんたんと言った。

 

 感覚が日本とは違うのでわからない。「カタヤマさんはどう思います?」と聞いたら、「そういうこともあるんじゃない?ここじゃ命は軽いから。毎日は大袈裟でも、毎週何人かは死んでる」と言った。ゲリラの少年兵にしても、カタヤマのおっさんにしても冗談をいっているように思えない。

 

「これからは検問所の人に渡したと言わない方がいいですね」と聞いたら、「いや、アキは正直に答えた方がいい。嘘はご法度だ。あいつらをかばう義理はない」と言った。

 

 まったく感覚が狂うがそういうものなのだろう。安易な善意はよくないのかもしれない。リュックにはお菓子なども買ってきたのだが。もっとフレンドリーに交流がしたかった。マンガ描いてきて、まさか人命に関わるとは思わなかった。

 

 村の中心まで来ると人が増えてきた。ほぼ裸で働いている人もいるし、ボロボロの服をきた人が多い。これぞコロンビアのイメージであった。浅黒い肌の人が多い。

 

 俺たちを見かけると、すぐに人が寄ってきて手のひらにエメラルドの原石を乗せて売りにきた。頭の中で査定額がはじきだされる。ルーペでみてみないとわからないが。

 

「アキ。ここでは買ってはダメだ。まずはボスに挨拶しないと」

 

 少年兵の案内で大きな家屋に案内された。他の建物は付近にはない。

 立派な大理石の玄関には巨大なエメラルド原石や調度品が飾ってある。鍵はかかっていなかった。不用心じゃないかと思ったが、盗んでもバレて殺されるだけか。

 

 廊下に赤いペルシャ絨毯が敷いてある。ずいぶんと立派な屋敷で壁紙キレイだ。ホテルのロビーを思わせる。大広間に通された。中はでかいテーブルとイスが沢山並べてあった。天井も高いし、ベランダへの窓は全部開いていた。空調は効いていないので暑いままだ。

 

 マフィアのボスは太っちょの人で、白いYシャツを着て薄いサングラスをかけていた。ただ普通の人と明らかに違うのは、両手の指に大きなエメラルドの指輪をたくさんつけていたことだ。1ついくらするのかさっぱりわからない。博物館などでみかけそうな大きさだ。

 

 カタヤマのおっさんの通訳で挨拶をすすめる。例によって俺はマンガ家のアシスタントを名乗った。今度はカタマヤのおっさんも自信を持って俺を紹介してくれた。言われるがままにノートを提出して、ボスにマンガをみせた。

 

 それから少年兵の懸念通り怒っていた。「子供たちに配るつもりだったので」とフォローしておいたが・・・

 

 ボスは「土産にノートをもらっていいのか?」と聞いてきた。俺は「もちろんです。どうぞ」と答えた。それから俺の要求を訪ねてきた。

 

 エメラルド採取の体験がしたいこと、0.1カラットの最高のエメラルドを探していること。できれば、少し原石などを買いたいこと。

 

「どれでも自由にしていい。最後にまたここに挨拶にきなさい。お礼のおみやげを渡すから」と言った。案外マフィアのボスといっても好い人なのかもしれない。ぜんぜん壊そうな感じはしなかったが笑うことはなかった。

 

「今日一日、ここでの安全は保障してくれるって」カタヤマのおっさんがそう訳してくれたので、俺はほっとした。

 

「でも、喧嘩は気をつけて」と付け加えた。粗っぽい人もいて、口論から人殺しまで発展することもあるらしい。

 

※ ※ ※

 

 少年兵が鉱山のエメラルドを採取するところまで案内してくれた。「なっ、俺の言った通りだろ?一枚欠けているだけで価値はぐっと下がるんだ。回収してテープではっても、それじゃ価値はないよ」としたり顔で説明している。

 

 そういうもんかもしれないなと俺は思った。一枚渡してしまったことが、なんだか悪いことをした気分だ。だったらバラバラの紙にたくさん描いて配れるようにした方が気がきいていたかもしれない。もっと気楽な気持ちでもってきてしまった。

 

 エメラルド採取する場所は、とても見渡しの良いひらかれ場所だった、

 

 砂利山がたくさんある。泥水の水たまりがあちこちにあって、そこでザルを使って選別していた。砂金取りと同じ要領で、重い物が残り軽いものが流されるからだ。

 

 あちこちの砂利山に老若男女が群がって探していた。野球場ぐらいの広さはあった。奥に行けばもっとあるのかもしれない。

 

 なんだか潮干狩りしている家族のようにも見える。機械もあちこちにあるが、基本的には人海戦術のようだ。

 

「土砂をここに運んできて、ここで選別するんだ」と少年兵が説明してくれる。彼のスペイン語はとても丁寧でゆっくりだ。俺ももう少し勉強すれば通訳がいらなかったかもしれない。

「君はやらないの?」

「僕は仕事を貰ったからね。あいつらよりもいい暮らしができるんだ」と自慢した。それはそれでいいだろう。今の仕事にプライドがあるならこちらから言うことはない。学校についてなど聞く必要もないだろう。

 

 俺が砂利山に近づくと大勢の人が群がってきた。怖いぐらいだ。そのために護衛のインディオが叫んだ。「さがれ!」という意味らしい。それから地面に靴で線を引いた。俺の後ろに黒人護衛が立った。あまり近づくことを許すとポケットなどからお金や物を盗んでいく人もいるのだ。ここでは間抜けがバカを見る。警察がいないのだ。

 

 インディオの目つきがするどい。黒人のオブライアンの方が強面だと思ったが、やばいオーラを出しているのは圧倒的にインディオだった。

 

 カタヤマのおっさんが「そろそろ買い付けをしてみようか」と言った。

 

 鉱山の人たちが、俺の前に列を作った。俺を囲ませないようにして一人ずつ交渉していく。

 

 だいたいがクズエメラルドだったが、中には良いものがあった。クズでも10ドル以下で買えるし、エメラルドセンターの半額でいいなら元は余裕でとれるだろう。俺は値段をつけて現金で支払っていった。ジャラルミンのアタッシュケースでカタヤマのおっさんが会計係をしてくれた。

 

 それから、ときどき女性が並んだ。若い女性は何も持っていない時がある。10代の少女から20代前半ぐらいの子が多い。みんなワンピースなどを着ていてドロでは汚れていないし、アクセサリーなどもつけていた。

 

「買って欲しんだと。あっちに娼館がある」と、カタヤマのおっさんが笑っている。

「それは困る。フィアンセがいる」と俺は真顔で答えた。

 

 厳密にいえばフィアンセになるために奔走中なのだが・・・細かいことはいいだろう。

 

 カタヤマのおっさんは「20ドルで抱けるし、羽を伸ばすのも大事だぞ」と、もっともらしいことをいったが、生憎と俺にそんな趣味も根性もない。性欲は人並にあるつもりだが、不特定多数を相手にする気はない。

 

 倫理的に拒否しているのとも違った。彼女たちは仕事だろうし、できれば協力してあげたい気もする。日本人の俺なら案外優良な客かもしれない。けれど、今の俺にはそこまでの優しさも余裕もなかった。

 

 その後も、いろんな人がエメラルドを売りにきた。俺は子供にはお菓子を配るつもりだったが、さっきのノートの件もあるし余計なことはしないようにした。エメラルドは子供も売りに来たからだ。

 

 1000ドル分のエメラルドはすぐだった。なかなか良いエメラルド原石もあって、一番高いので400ドルで交渉がまとまった。たぶん、エメラレルドセンターで1000ドル以上するものだ。磨いて当たれば2000ドルの価値で、日本に輸入すれば5000ドル、販売価格はその倍の1万ドルに迫ってくるだろう。丸儲けだ。それでも旅費や傭兵の費用などのコストや安全を考えたら利益が出るかは怪しい。

 

 カタヤマのおっさんが何か言ってきたり、アドバイスしてくれるかと思ったが、じっと黙って取引を見守ってくれた。あるいは娼婦のケツでもみているのかもしれない。俺もついついみてしまう。プロポーションが良く足が長い。適度に焼けていているから健康的に見える。

 

 そんな中でも、黒人のオブライアンとインディオは真面目に護衛をしてくれていた。

 

※ ※ ※

 

 俺は買った原石をカタヤマのおっさんに預けて、鉱山でのエメラルド採取体験をすることにした。

 

「なら、いい人を紹介してあげる」と少年兵が言った。それから手を出した。俺は彼に1ドルを渡した。なかなかしっかりした子だ。

 

 紹介してくれたのは、若くてたくましい男性だった。現地の人だろう。浅黒い肌と真っ黒な黒髪と瞳。

 

「彼が一番いいエメラルドを見つける」と、少年兵は言った。

 

 青年の名前は『カミーロ』と言った。俺はエメラルド採取のやり方を教えてくれるように頼んだ。英語で話してカタヤマのおっさんに通訳してもらおうと思ったが、カミーロは流暢な英語を話した。

 

 作業を中断して「それは構わないけど・・・俺も仕事中なんで」と言った。

 

 俺は服から隠していた100ドル札を出した。彼の日当がどれくらいかわからない。娼婦が20ドルなら、10ドルでも十分かもしれない。それとも成功報酬にすればよかっただろうか。

 

 100ドルを受け取ったカミーロは白い歯をみせる素敵な笑顔になった。金の力である。

 

 そして、砂利山の一角で俺はその青年に教えてもらった。炎天下で1時間ばかり採取をしただけなのに、ビックリするほど簡単にクズエメラルドなら採れた。それどころか、足元をみていたら、落ちているのも分かるようになってきた。砂利の中にキラキラしているものが混ざっているのだ。

 

『英梨々がいたら喜ぶだろうにな』と俺は思った。写真がOKだったので、動画や写真は適当にとった。俺が採取しているところは、カタヤマのおっさんに撮影してもらった。

 

 俺が夢中で採取体験している間も、黒人とインディオの護衛はまじめに働いていてくれた。そのため、余計な人が近づいてこなかった。ときどきカタヤマのおっさんにエメラルドを売りに来ていた。娼婦の子がこないとぼやきながら、エメラルドは買い取らずに断っていた。

 

 俺が必死にがんばっていると、カミーロが「やぁ!みてみなよ!」と言った。俺がザルの中のクズエメラルドをのけていると、ひときわ大きくキラキラしているエメラルドが見つかった。今までの原石よりもずっと大きくて綺麗だった。さっきの400ドルものよりもずっとグレードが上だ。

 

「やぁ・・・これはいいのでは?査定額は・・・1000・・・?」

 

 俺はカタヤマのおっさんにみてもらった。「素晴らしい一品」と太鼓版を押してくれた。カミーロも喜んでくれた。「1200ドル」と言った。大粒の緑の石だった。すでにピカピカして色も濃いのでよくわかる。太陽に透かしたがインクルージョンも少なくて透き通っていた。こんな原石があることに驚いた。

 

「カミーロに払った方がいいよね?」と俺が聞くと、「100ドルすでにもらっているから、それは君のものだ」と答えた。ずいぶんと正直ものである。俺は申し訳ないので半額の600ドルばかりを彼に渡した。彼は目を丸くして驚いていた。「日本人はクレイジーだ」と言っていた。

 

 そのことに対してカタヤマのおっさんは何もいわなかった。黙ってジェラルミンのケースからお金を出してくれた。

 

 カタヤマのおっさんは苦笑いをしている。そういえば彼の日当は100ドルだったっけ・・・大金をもっているので感覚が鈍っているのかもしれない。

 

 俺は採掘体験に満足したので、泥水から上にあがろうとした。そしたら、小さな少女が俺の服を掴んだ。幼稚園児ぐらいの子で・・・5歳ぐらいかな。

 

 小さい手を広げて、クズエメラルドを見せた。

 

 俺はどうしていいかわからなくて混乱していた。

 

 村があるので小さい子供がいるのもわかる。小学生高学年ぐらいの少年も俺にエメラルドを売りに来ていた。

 

 でも、こうしてボロボロの服をきた子を目の前にしたは初めてだった。しかも彼女はエメラルドに価値がるのを理解しているのだろう。この子にお金を渡すのは簡単だが・・・

 

「カタヤマさん・・・この子にお金を渡しても大丈夫ですか?」

「いいんじゃない?商売だから。大金は辞めておいたほうがいいと思うけど」

「お菓子は?」

「さぁ?」

 

 リュックの中のお菓子を渡した。ボゴタの街で売っていたクッキーだ。それと1ドル札を10枚。少女は「メルシィー」と言って走っていった。クズエメラルドに払う金額ではない。俺は情に負けたのだ。

 

 俺はその背中を見送った。村の方へ走ってい後ろ姿を見守った。こんな場所でもたくましく生きていくのだろう。

 

 しかし、すぐに他の少年が彼女を捕まえていた。それが彼女の兄なのかどうかはわからない。

 ずいぶんと大声をあげて抵抗している。少女なりに理解しているのだろう。そして泣き声がここまで聞こえた。お菓子も取られたようだ。取りあげた少年は走って逃げていった。

 

「撃ち殺すところみたい?」と少年兵がいった。「いやいい、見逃してやってくれ」と俺は答えた。みたいと言ったら発砲するのだろうな。

 

 泣いている少女の所へ駆けつけて、もう一度クリュックからクッキーの箱を出してあげた。泣いている少女の手をペットボトルの水で洗ってあげた。今度は箱を開けて一枚のクッキーを直接渡してあげた。食べてしまえば取られることもない。

 

 少女はその場に座って泣き止んで食べ始めた。お腹が空いているのだろうか?でもそんなにガリガリしているわけでもない。

 

 むしゃむしゃむしゃ・・・と必死に食べている。俺はもう一枚クッキーを渡した。

 

 村の子供だろう。黒髪はぼさぼさで肩のあたりまで伸びている。眉も濃く、黒目も大きくてまつ毛も長い。ちゃんとした服装をすれば可愛い子だろう。それに頭も良さそうだ。

 

「きりがないよ」とカタヤマのおっさんは言った。

「わかってます」と俺は答えた。

 

 すでに子供たちがどこからともなくわらわらと集まってきている。本当はマンガの話をしたかった。英梨々の描いたマンガを子供たちと見たかった。そしたらたくさんの笑顔がみれるのに。俺はリュックかrもってきたクッキーを子供たちに一枚ずつ配った。汚れている手が気になったが水道は付近にみあたらなかったし、子供たちも気にしていない様子だった。

 

 少女が俺の服にしがみついている。もう一枚クッキー渡した。

 

 俺はどうすればいいのだろう?

 

「アキ、潮時だ。そろそろ切り上げよう」とカタマヤのおっさんが言う。俺はうなずいた。もうそろそろ日が傾き始めている。暗くなる前に村を出たいのだ。

 

 俺は人権派のボランティアじゃない。少女や少年をここから救うために来た人間じゃない。マンガ家のアシスタントを語るただの学生だ。それもとてもとても幸運な・・・日本人だ。

 

 俺たちがその場から立ちさろうとすると、少女が俺の服にしがみついたままついてきた。俺が困っていると、インディオが「さがれ!」と大きな声で威嚇した。少年たちはバラバラと散っていったが、少女は残った。瞳には涙を浮かべている。

 

 俺はしゃがんで少女の目を見る。「ママは?」「ノン」「パパは?」「ノン」と答えた。それから、カタヤマのおっさんが彼女の身内がいるか尋ねたがいないらしい。

 

『どうやって生きているんだ?』という素朴な疑問があった。

 

「捨て子なんてたくさんいる。みんな最低限のメシぐらいは食わせてもらえる。あとは鉱山や農業の手伝いをして、大きくなったら娼婦になるだけだ」と冷めた口調で少年兵は言った。

「学校は?」

「ここにはないよ。言葉を教えてくれる人はいるけど」

 

 そういう場所なのだ。ちょっと裕福な日本人として、憐れみを振りまいて、良いことをしたという満足感を得る。そんな偽善であることぐらい自覚している。

 

 俺は泣いている少女を抱きかかえた。見た目よりもずっと軽かった。やっぱり痩せているのだと思う。

 

「やめたほうがいい」とカタヤマのおっさんは心配そうに俺にアドバイスをした。初めて黒人も「やめたほうがいい」と言った。俺が何をしようとしたのか、2人にはわかったようだ。

 

 インディオだけが成り行きを見守って、鋭い目つきのままだった。

 

※ ※ ※

 

 マフィアのボスのところまで戻った。ボスは少女を一瞥した。

 

「アキ、ボスは『女は売らない。俺たちはエメラルドは扱うが人身売買はしない』だってさ。おとしく帰ろう」

「伝えてくれ。『彼女に慈悲を。教育と未来を与えたい。彼女は隣人なのです』と」

 

 カタヤマのおっさんは首をふった。それから、俺の言葉を通訳してボスに伝えてくれた。

 

 ボスは拳銃を構えた。小型拳銃である。

 

「アキ、『俺は約束守った。約束は果たされた。ここにあるエメラルドなら売ろう。良きに日本人とは喧嘩したくない』だってさ。無理だ。」

「繰り返してくれ」

「アキ、死ぬぞ?」

「構わない」

「こっちはアキを守るのが仕事なんだ」

 

 ぶつぶつ言いながら、カタヤマのおっさんは首を振った。それからもう一度、スペイン語でボスに伝えた。ボスが合図をすると部下がたくさん入ってきた。

 

 あっという間に黒人のオブライアンとカタヤマのおっさんが組み伏せられていた。インディオだけが相手の一人の首元を腕で抑えつけて、短銃を頭に当てている。さすがの腕前とほめるべきなのかわからない。

 

 ボスはそのこともわかっているのに、別に何も留めなかった。俺の方へつかつかと歩いてきて、銃口を俺の腹に押し当てた。俺はやばいな・・・と思った。何か警告を受けるのだろうと思ったが、警告はなかった。

 

 パーンッ

 

と乾くような銃声がした。

 

 俺は吹き飛ばされた。右の脇腹あたりに激痛が走る。防弾チョッキを着ていたの貫通はしなかったが、痛すぎて声もでない。その場でうずくまってしまった。

 

 ボスは俺の方へ近寄ってきて、その撃ったばかりの銃口の熱い銃を俺の頭に突きつけた。

 

「アキ、無理だ。もう謝ってかろう」とカタヤマのおっさんは組み伏せられながら言った。

「カタヤマさん、もう一度訳して」

「無理だ。君の安全が第一だ。俺たちにも殺される。家族なんだよ。あの少女もここの一員なんだ。君が思っているような不幸な子じゃない。俺は訳せない。」

 

 カタヤマさんは訳してくれなかった。それはそうだろう。でも、俺はどうしても納得できなかった。少女を助けたかった。それは俺のエゴだろう。でも、あんな風にお菓子とお金をすぐに奪われる世界で生きちゃいけない。当たり前のように20ドルで体を売る少女に成長したらダメなんだと思う。

 

(英梨々ごめん・・・)と心の中でつぶやいた。

 

『Ten piedad de ella y dale educaciin y libetad.』と俺はゆっくり言った。

 

「なんで、アキはしゃべれるんだ?」とカタヤマのおっさんが驚いた。目の前で2度も聞けば文章ぐらい覚える。

 

 俺はじっとボスの目を見た。サングラスはもうしていない。黒くて澄んだ目だ。俺は少女売春をしたいわけじゃない。彼女に教育と自由を、未来を与えたいのだと思う。

 

 

 右手で銃口を持った。焼けるように熱い。額に強く押し付ける。

 

 ボスは銃を下げて、一言言った。手をあげると部下も部屋から立ち去ったいった。インディオも捉えていた人を解放した。それが結果に影響したかどうかは俺にはわからない。

 

「アキ『わかった信用しよう』だって、けど『持っている金をすべて出せ、エメラルドもすべて返せ』だってさ」

「わかった」

 

 カタヤマのおっさんが持っているエメラルドをすべて返した。ジャラルミンのアタッシュケースにはまだまだ8000ドル近く入っていた。それから俺は服を脱いで、あちこちから100ドル札を出した。靴下も脱いで、靴の底も剥がして100ドルすべて出した。俺は下着も脱いで裸になった。あとはケツの穴ぐらいしか見せるものはない。

 

 ボスは考え込んでいる。それからお金を数え始めた。それから何かぶつぶつつぶやいている。

 

『服を着ろ』

『部下に欲しいぐらいだ』

『日本人が侍なのを思い出した』

 

カタヤマのおっさんが淡々と訳していく。

 

 ボスは結局は集めたエメラルも、買ったエメラルドも全部返してくれた。それから指にしていた巨大ななエメラルドの指輪を1つ俺に渡した。

 

『良き日本の友人と勇気に。その少女の幸福なる未来にこれを贈る』

『他に希望はあるか侍の少年?』

 

「そしたら伝えて欲しい。検問所の青年には罰を与えないでくれって、彼にはノートから切り取るように言ったのは俺だから。あと、できればそのノートも子供たちに渡してあげて欲しい」

 

 カタヤマのおっさんはそれを通訳し、ボスはすべて了解してくれた。

 

※ ※ ※

 

 帰りの車では、黒人のオブライアンがずっとめっちゃ怒ってた。助手席で怒るのでは収まらず、途中で後部座席のカタヤマのおっさんと入れ替わって、俺の横で30分以上怒っていた。その後、両手で顔を抑えて泣いていた。身振り手振りが大きいオーバーリアクションで感情も激しい。実に黒人らしかった。手のひらは白いんだよなぁと俺はスペイン語で怒られていたので、聞き流しながらそんなことを思っていた。だいたい、見掛け倒しで弱かった。職務には忠実だけど期待はずれだ。その点でインディオは強くて隙がなかった。

 

「訳す?」とカタヤマのおっさんがいったけれど、「よくわからないけど・・・俺の日給は100ドルなんだ、なんで人の命の危険をさらすんだ?バカなのか?と怒っているんでしょ?」

「そう、よくわかるね」

「なんとなく」

 

 カタヤマのおっさんはぜんぜん怒ってなくて、いい土産話ができたよって淡々としてる。修羅場をくぐった数が違うのだろう。今は生きているし・・・って感じでいつもどおりだった。

 むしろ「すばらしいエメラルドをゲットしたな」といって、大粒のエメラルドの指輪を指にはめて見て笑っている。

 

 そのエメラルドは俺のだよ・・・って言いたいけれど、揉めて殺されても怖いから、黙っておく。ぜんぜん持っていった1万ドルなんかじゃ買えないのは、さすがに素人の俺でもわかる。でかすぎる。

 

 今までずっと無口で、症状を作れないのかと思っていたインディオも帰り道では愉快そうに笑っていた。特に黒人が泣き出した時は、腹を抑えてゲラゲラと笑っているので運転が心配なぐらいだった。気が抜けたのだろうか。

 

 少女は安心したようで、俺にもたれかかってぐっすり眠っているのだが、いかんせん臭う子だった・・・帰ったらまず風呂にいれようと思う。勢いで少女を連れてきてしまったが、どうしたらいいか何も考えていなかった。日本に連れてかえれなかったら、俺がコロンビアで暮らせばいいのかな?

 

※ ※ ※

 

 夜にホテルに無事到着した。

 

「で、この子誰よ?」

「あっ、名前わかんねぇな・・・」

「あんたねぇ、なんでエメラルドを買いにいって、少女を拾ってくるのよ?子犬じゃないんだからねっ?」

「そうなんだよな、頼むわ」

「はぁ?あんたバカじゃないの?死ぬの?」

 

 英梨々は涙を浮かべて感動の再会・・・でもしようと思っていたのかもしれないが、俺が子供を抱っこしながら車を降りたので、目が丸くなって固まっていた。

 

 今は英梨々が風呂に入れてベッドの上で眠っている。

 

 俺が少女を連れて戻ってきた時、海部さんはすぐに少女を預かって、まっさきに頭髪をチェックした。それから容赦なくハサミで髪の毛をバサバサと切ってベリーショートというかほぼ坊主にした。シラミ駆除である。シャンプーして専用の薬剤を塗布した。少女の頭はシラミだらけだったのだ。放っておけば俺や英梨々にも感染してしまうので、適正かどうかわからないが、この処置はしょうがないのかもしれない。

 

 その後に「健康診断は明日病院でしましょう」と冷静である。

「あの、何か聞かないのですか?」と尋ねたら

「安芸さんらしいですね」と言い「私も似たようなもんでしたから」と、さらっと恐ろしい過去をカミングアウトした。

 

 話を戻して英梨々。

 

「で、どうすんのよ?」

「頼む」

「何を頼むのよ。あたしにシングルマザーにでもなれっていうのかしら?」

「いや、そこはスペンサーの方でなんとか・・・」

「あんたね、拾ってきたら責任もって最後まで面倒みなさいよ」

「ペットじゃないんだから・・・とりあえず、戸籍もないし、当然パスポートもないだろ?まずは日本に連れて行くにしても、どうしていいかわかんねぇし、コロンビアの養護施設じゃなんか不安だし」

「はぁ・・・」

 

 英梨々が大きくため息をついた。言いたいことは山ほどあるだろうが、言葉が見つからないようだ。

 

 一段落した夜、みんなで食事をした。カタヤマのおっさんが面白おかしく漫談のように話をしている。「銃で撃たれなんて大袈裟よね?」と英梨々が俺に聞いてきたが、「いや、ほんとの話しだよ」と教えてあげた。半信半疑だ。俺も自分で半信半疑だが、右わき腹の激痛からするに事実だ。今は心配かけないように我慢している。

 

 思い出した黒人のオブライアンははまた怒鳴り始めて興奮している。インディオはそれをみてゲラゲラと笑っていた。

 

「あのエメラルドの指輪ですが、査定額は15万ドルだそうです」と海部さんが言った。「大儲けですね」と付け加える。

 

「少女の養育費にするようにボスと約束しました」と俺は説明した。

「ではそうしましょうか。それにこの方たちにも成功報酬は支払うべきでしょうか?」と海部さんは英梨々に聞いた。

「そうね、その話が事実なら100ドルでは可哀想よね。そんな相場なんてわからないえkど、どれくらいが妥当なのかしら?」

「それではスペンサー家で宝石は買い取らせていただいて、各々に1000ドルの報酬でいかがでしょうか?」

「ゼロが一個足らない」とカタヤマのおっさんが冗談まじりに言った。

「わかりました。それぞれに1万ドル、のちほど振り込ませていただきます。スペンサー家に忠誠を誓いなさい」と海部さんが言った。

「スペンサーに忠誠を」とカタヤマのおっさんは言いながらワインの入ったグラスを掲げた。オブライアンはは驚いて叫んでいる。ここはホテルのレストランでいい迷惑だ。インディオは無表情だった。笑いのツボがよくわからない。1万ドルが嬉しくないのだろうか?

 

 それにしても金銭感覚がずれてしまう。1万ドルは大金のはずだ。そんなにポンッと出す金額でもないと思うのだが・・・英梨々も別に気にしていない様子だった。

 

※ ※ ※

 

 その日は川の字になって寝た。

 

 俺、少女、英梨々の順番だ。少女は囀るような声で何かをしゃべっていた。英梨々はときどき少女に質問したが基本は話を聞いている。スペイン語なので俺にはわからない。英梨々はぜんぜん通訳をしてくれなかった。

 

 1時間ぐらい少女が話をした。それから英梨々は少女に語りかけるように優しく話しけると、少女は安心したようで、やがて眠りに落ちていった。

 

「寝た?」

「寝たみたいね」

「なぁ、英梨々・・・約束覚えてるか?」

「約束?」

「ほら、戻ってきたらたくさんエッチ・・・」

「はぁ?この状況でできるわけないでしょうが、あんたバカじゃないの?」

「じゃあ、あっちの部屋で・・・」

「知らないわよ。嫌よ、あたしは川の字を楽しんでいるんだから、そんなにしたかったなら少女なんて拾ってこなければよかったでしょ」

「成り行きでなぁ・・・」

「成り行きで命をかけないでくれる?」

「まったくだな。よし約束する!成り行きで命はかけない。だから結婚しよ」

「なんかずるいわね・・・」

 

 その後、俺も英梨々も迷った。もうそれは猛烈にエッチがしたかったのだ。隣のリビングのソファーでも、どこでも良かった。

 

 けれど、2人とも悶々するのを我慢して、川の字のまま目を瞑った。

 

 俺は右肩の痛みは収まったが、右わき腹の激痛で眠れなかった。英梨々が寝息を立てた頃にベッドから起き上がって、部屋を出て鍵をかけ、海部さんの泊っている部屋のノックをした。

 

 海部さんはすぐに起きてきた。流石に眠っていたのか、眠る前だったのか、着替えていてルームウェアを羽織っていた。

 

「あのすみません。右の脇腹が・・・」

 

 海部さんは部屋へいれてくれた。テーブルの上には分解された銃が手入れされている途中だった。

 

 俺をソファーで横にして幹部を診たくれた。触られるととんでもない激痛が走った。

 

「よくまぁ、普通に歩けていますね」

「やっぱり重症ですか・・・?」

「肌の状態からも第六肋骨あたりの骨折でしょう。呼吸もできているから大丈夫ですよ」

「大丈夫?」

「大丈夫」

「どういうこと・・・?」

「大丈夫。肋骨はその内勝手に直ります。バストバンドなどで固定すると楽になりますけど、今日耐えたなら、明日も耐えられます」

「そういうものですか?」

「ロキソニン飲んどきますか」

 

 医療箱からロキソニンを1セットくれた。

 

「とりあえず1錠飲んでください。あとは朝昼晩で食後に飲むといいでしょう。場合によっては寝る前も」

「ありがとうございます」

「お大事に」

 

 別になんか軽傷なんだろうか?保健室でひざ擦りむいたみたいな扱いなんですけど・・・

 

「あの、ぜんぜん大したことない?」

「はい。肋骨は咳をするだけで折れるときありますし、スポーツしている人なら経験している人も多いですよ」

「へぇ・・・」

「それに、その位置なら撃ち抜かれてもすぐに治療すれば助かる位置です」

「へぇ・・・」

「・・・?」

「あっ、いえ、ありがとうございました」

 

 俺はペコリと頭を下げた。

 

「もしかして・・・あの少女はこちらで預かった方がよろしかったですか?」

 

 ・・・ああ、そういう気の使い方か。

 

「いえいえ、どの道これでは・・・動けないので・・・」

 

 何をいっているんだ俺は。セクハラか。

 

「おやすみなさい」「おやすみなさい。ありがとうございました」

 

 俺は薬をもらって部屋に戻った。

 

 ベッドルームには英梨々は居なかった。英梨々も起きてしまったようだ。

 

「あんたどこ行ってたのよ」

「いや、ちょっと海部さんに薬を貰いに・・・」

「何の?」

「痛み止め」

「あんたね、そういうことはもっと早くいいなさいよ、夜間病院だってあるんだから」

「なんか、別になんでもないみたいだぞ」

「戦場の感覚の人の判断をあまり信じないほうがいいわよ?普通は少女の髪なんて坊主頭にしないでしょ」

「いや、俺わからんけど・・・とりあえずは痛み止め飲めば大丈夫らしいから」

 

 英梨々は窓辺のソファーに座ってぼんやりと外を見ていた。もう深夜の0時を回っている。

 

「ごめん。起こしちゃったな。寝ようぜ」

「・・・うん」

 

 英梨々は窓の外をみているままだった。俺が近づくと顔を上げた。うっすらと涙を浮かべている。

 

「ごめん」と俺は謝った。戻ってきてから何度も謝っている。

 

 ソファーで隣に座った。英梨々は俺の胸に顔をつけてしばらくシクシクと静かに泣いた。もう何も文句を言わなかった。感情がごちゃごちゃになる。こんな気持ちなのに、英梨々の髪の匂いや、華奢な体を優しくなだめているだけで、悶々としてしまうバカな俺がいる。

 

 英梨々はひとしきり泣いて落ち着くと、俺に動かないように指示をしてから、細い指と口で俺を慰めた。

 

(了)

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