【全49話】英梨々に毎日プロポーズする夏休み   作:きりぼー

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行き当たりばったりでも、ちゃんと責任をとるタイプ

ここではプレハネムーンというよりは、家族旅行の感じ。

英梨々の結婚、新婚生活、出産、子育てなど進めきれる自信はないので
もしも夫婦で子連れだった~というイメージで。


24 リオデジャネイロ 倫也パパになる

 翌朝、海部さんは事務手続きで大使館に行くというので不在だった。「ホテルで待機していてください」と言われたが、英梨々はぜんぜん聞く気はなかった。

 

 傭兵3人組もホテルで朝食を取っていたので、英梨々が「市内観光したいんだけど」というと、カタヤマのおっさんが了解してくれた。黒人のオブライアンは渋っていたが最後には折れてくれた。インディオは相変わらず無口だ。

 

 そういうわけで午前中は市内観光することになった。黄金博物館やボゴタの街が一望できる山にロープウェイで登った。周りは普通に平和そうな観光客が多い中、俺ら6人はちょっと異常な集団にみえたかもしれない。

 

 少女は英梨々にもよく懐いてずっと手をつないでいた。名前や親などの事は何もしゃべらなかった。

 

「また捨てられるのが怖いのさ」とカタヤマのおっさんは言ったが、本当のことはわからない。身元がわかって親元などに帰るのが嫌なのかもしれなかった。

 

 ランチではスペイン料理を食べた。ボゴタにある名店で値段はちょっとお高いが雰囲気もいいし、料理も美味しい。みんなたくさん食べていたが酒は飲まなかった。

 

 黒人のオブライアンは1歳の娘がいるらしく、英梨々に娘が喜ぶようなマンガを描いてほしいと頼んだ。英梨々は鞄からスケッチブックを取り出すと、彼のケータイの写真から家族写真を見せてもらった、それをマンガのようにディフルメした。すぐに似顔絵のような絵を描き上げる。

 

「たいしたもんだ」とカタヤマのおっさんがうなずいている。インディオも興味深そうに絵を覗いていた。オブライアンはそれを受け取ってとても喜んでいた。

 

 カタヤマのおっさんのケータイ電話が鳴って、俺らは食事を終えてボゴタの空港まで移動した。

 

 海部さんと合流し、ここでみんなとお別れをする。

 

 インディオは、ずいぶんと悩んだようだが『スォロ』と名乗った。スペイン語で「狐」という意味だ。スペル的には「ゾロ」と読める。プライベートの事は話をしなかった。それでも最後に、スォロの方から握手をしてくれて、「何かあれば助けにいく」と英語で言った。彼の声はしゃがれたような声だった。

 

 カタヤマのおっさんは笑顔を崩さず柔和な感じのままだった。大変お世話になり、いろいろと教えてもらったので「師匠と呼んでいいですか?」と聞いたら、

 

「弟子はとらないことにしたんだ。自分よりも先に死なれるからね」と言った。

 

粋な人だ。

 

 名残惜しいが空港で別れた。外はとてもよく晴れて空が青かった。郊外の山も見える。あの山の向こうのどこかにエルドラドがある。

 

※ ※ ※

 

 空港の広いロビーで、海部さんは俺と英梨々と少女に新しいパスポートを渡した。

 

「これが新しいパスポートです。古いものは回収します。日本まではそれを使用し、その身分にしたがってください」

 

 俺が「アメリカ?」と思ってパスポートを確認すると名前が『 Toya Aquinas (トーヤ・アクィナス age25 』 になっていた。

 

「なによこれ? なんであたしが、『 ELILY Aquinas (エリリィ・アクィナス) 』なのよ。まだ結婚していないし、25歳だし・・・」と、こちらも偽造パスポートのようだ。

 

「安心してください。どちらも偽造でなく米国の保証する正規ノパスポートです。何の問題もないので心配しないでください」

「これって俺たちが結婚しているということですか?」

「はい、その少女を日本まで運ぶには、最適な方法です」

 

 海部さんが少女のパスポートを俺に渡した。

 

「お二人の子供になっています。名前は『 HISUII Aquinas age5 』です。日本に戻ってきたらまた考え直します」

「翡翠ちゃん?」

「エメラルドちゃんか迷ったのですが・・・さすがにキラキラネームすぎるので、読み方も『ミドリ』にするか、『ヒスイ』にするか・・・」

「ヒスイちゃんか可愛い名前ですね」

 

 英梨々がヒスイちゃんに、「ヒ・ス・イ」と名前を教えていた。ヒスイちゃんも「イ・ス・イ」と繰り返している。気に入っているようだ。

 

「あっ・・・スペイン語ですと『H』の発音はしないから、『イスイ』になってしまいますね・・・慌てていたので失念しました。訓練すれば治るでしょうか」

 

 そんなこと俺にわかるわけがない。

 

「なら、スイちゃんか、スーちゃんでいいわよ」

「そうだな」

 

 英梨々が少女に訪ねている。「スイチャン」ヒスイちゃんは言った。とりあえずこれで決まりのようだ。

 

 そういうわけで、俺たち3人は日本人からアメリカ国籍の身分になった。なんとも怪しいが英梨々は気にしていないようだ。 

 

「さて、私はここで失礼させてもらい先に日本へ帰国いたします。日本での諸手続きもありますし、エメラルドの輸送もあるので」

「ありがとうございました」俺は深く頭を下げたが英梨々は何も言わなかった。

「ブラジルはだいぶ発展してますから以前よりはずっと安全です。無理をしなければ大丈夫です」

「・・・はい」

「あたしたちはスイちゃん連れて旅行をつづけるのかしら?それじゃ身動きとれないでしょ。あたしは反対だわ」

「そのためです。お嬢様。ブラジルでも鉱山はやはり危険な場所です。自重なさってください」

「・・・」

 

 どうやらスイちゃんが英梨々の無茶を抑制するとみているらしい。それならそれでいいだろう。俺ももう無理はしたくない。

 

 それから飛行機のチケットを3枚受け取った。ブラジルのリオデジャネイロ行きだった。今度はブラジルか・・・ついに地球の裏側まで来てしまった。

 

 

「いきなりコブつきになったな・・・」

「誰のせいよ。だ・れ・の」

「しょうがないな。成り行き上そうなったんだから。で、なんで次の目的地がリオなんだ?」

「リオに有名な青い宝石があるのよ」

「サファイアだろ?」

「違うわよ」

 

 青い宝石は英梨々の瞳の色がいいなぁと思っていた。深い青だ。紺や紫にも近い。表情によって目の色が変わる気がする。

 

「スーイチャーン」と、ヒスイちゃんが自分の名前を呼んでいる。ニコニコ明るくて可愛い。日本に住むなら日本語を教えていかないとな。

 

「『スイちゃん』はエメラルドっていう意味だ」俺はカタコトのスペイン語を話す。

「ちがうでしょ。だいたい翡翠だし・・・」

 

 翡翠は中国で産出されるのが有名な鉱物で、こちらは半透明の深い緑色が特徴的だ。高価なものだとエメラルドのように透き通っているものもあって見分けがつかない。

 

「スイチャン?エメラルド?」

「そう。ヒスイはエメラルド」

「イスイ、エメラルド」

「エメラルドじゃないわよ」

「イスイ エメラルド ワヨ?」

 

 さっそく英梨々に口調をまねたので、俺は笑ってしまったが、英梨々は苦笑いをしている。

 

 売店で英梨々はソフトクリームを買って、ヒスイちゃんに渡した。

 

「あんまり甘やかすなよ」と俺が言うと、「あら父親らしいこというのね」と英梨々がからかった。

 

※ ※ ※

 

 出国の手続きも入国の手続きもまったく問題なかった。国家間において、俺たち3人はアメリカの家族ということになる。まるでスパイだ。

 

 リオデジャネイロの空港から、街の中心までタクシーで移動した。そこからまずは宿探しだが、世界的に有名な一流ホテルにした。リスクは負いたくない。

 

「本当はB&Bが良かったけど、しょうがないわよね?」

「子連れだしな。2泊でいいんだな」

「うん。2泊したら日本へ帰るわよ」

 

 英梨々がやっと日本に帰る決断をした。ずいぶんと旅を続けている気がする。

 

「ヒスイちゃんがいなかったら、もう少し旅を続ける気だったのか?」

「そうねぇ・・・アフリカは無理でも、欧州を経由して東回りで帰る予定だったのよ」

 

 どうやら世界一周旅行をするつもりだったらしい。なんとなくそんな気もしていた。

 

「トモヤ、エリリー、イスイ」とミドリちゃんは移動中も名前を繰り返す。両手をそれぞれ俺と英梨々の手を握ると、本当に家族みたいだ。

 

 空港からはタクシーでホテルに向かった。外観も近代的で新しいホテルだ。ドアボーイが荷物をもってくれる。英梨々がチェックインしている間、ヒスイちゃんとラウンジに座って待つ。

 

「コレワ?」

「ソファー」

「コレワ?」

「テーブル」

「コレワ?」

「コップ」

「コレワ?」

「コーラ」

「コレワ?」

「オレンジジュース」

 

 『コレワ?』と、何か見つけるたびに質問してきた。

 

「ソファー、テーブル、コップ、コーラ」とスイちゃんは確認しながら繰り返す。頭がいい。この調子ならあっという間に日本語にも順応しそうだ。ドリンクを飲んで待っていると、英梨々とホテルマンが戻ってきた。

 

 以前は圧倒された一流ホテルも慣れてきていた。ホテルマンが荷物をもっている。

 

 俺はヒスイちゃんの手をつないで移動する。英梨々が振り向いて、俺とヒスイちゃんが手をつないでいるところに目線を落として、やや睨んでから、「フンッ」といって前を見た。難儀な性格である。わざとだろうけど。

 

 部屋は解放的な大きい一部屋だった。リビングとベッドが一緒だった。大きなダブルベッドの前には巨大なテレビが置いてあった。テラスがついていて街が一望できる。バスルームも広くて問題ない。特徴的なものはないが最高品質のものでそろえてあるのがわかる。

 

 缶には粉が入っていて、コーヒーマシンも置いてあった。俺は英梨々に頼まれてコーヒーを淹れた。

 

 英梨々はコーヒーを一口飲んで、「美味しい」と言った。ブラジルはコーヒーでも有名だ。俺もさっきラウンジでコーラーを飲んだばかりだったが飲んでみた。コーヒーの味はそこまでわからない・・・

 

 ヒスイちゃんは珍しそうに部屋中を駆け回って調べている。好奇心旺盛なのはいいことだ。冷蔵庫を開けてジュースを発見した。「オレンチジューシュ」と行って、1瓶持った来た。俺は備え付けの栓抜きで開けて、グラスに注いだ。「コレワ?」「センヌキ」「コレハ?」「グラス」「オレンチジューシュ」「オレンジジュース」「オーレンジュス」

 

 微妙に違う時もある。言葉ゆっくり覚えればいいので訂正はしない。

 

「かんぱーい!」と英梨々がいった。

「カンパーイ」と俺がカップをもった。

「カンパーイ」とヒスイちゃんもまねてグラスを掲げた。

 

※ ※ ※ 

 

 ヒスイちゃんは髪を切られてしまって短髪の状態。シラミ駆除のためだ。朝もチェックして夜もチェックする。薬も塗る。卵が付いているとまた孵化して増えてしまうこともあるから注意が必要らしい。長髪でも駆除はできるみたいだが再発の可能性が高くなる。俺は可哀想だなと思ったが、こじらせるよりは髪をばっさり切った方がいいのだろう。

 

 英梨々が街の地図をテーブルに広げている。対して地図は読めないくせに雰囲気は大事にするタイプだ。

 

「それで何の宝石を買う予定なんだ?」

「アレキサンドライト」

「なんだそれ・・・聞いたことはあるけどな」

「アレキサンドライトは宝石の王様ね。色が変わることでも有名だわ」

「へぇ・・・」

 

 とりあえず検索して調べる。光波数によって色が緑~赤味がかったものへ変わる。紫に近い。クリソベリルの仲間で希少な宝石のようだ。ロシア皇帝のアレクサンドル2世にちなんで名前がつけらたらしい。ふむふむ、なるほど。

 

 1カラットのアレキサンドライトの値段は、最高品質のものだと10万ドルを超えてくる。一般的に出回っているのはそ、の1/10程度の価値の価格帯で、日本だと150万ぐらいのものなら手にはいる。

 

 0.1カラットのB級品なら10万円代でも買える。光を当てると色が変わるので人気が高い。B級品といっても素人目にはわからない。専門家がルーペでのぞけばインクルージョン(内包物)がすぐに見つかる。当然少ないものの方が品質が優れている。

 

 だんだんと宝石にも詳しくなってきた。宝石も相場があって買い手と売りての合意によって成り立つ。希少性の高いものが高値になるのは、宝石好きのセレブが欲しがるがるからでなく、投資などの対象にもなるからだ。なので途中から青天井になって、0が増えていく。宝石の経歴をしめす鑑定書も大事になってくる。

 

「とりあえず街に出て服を買って、それから下見しましょ」と英梨々が立ち上がった。

 

 そろそろ日が沈みそうだったが街へ行くことにした。リオデジャネイロの街はスリや置き引きなどは当然あるが、それはどの街でも同じだろう。基本的なことさえ守れば心配はないようだ。このホテルの近辺は観光客も多く治安はとてもいいらしい。

 

 商店の連なるメインストリートは歩いて行けそうな距離だ。

 

 俺は英梨々を守るだけでも気を張っていたが、さらに子供連れとなると神経は尖らせないとダメだろう。一層のこと精神安定のために拳銃を胸に隠しもっていきたい・・・と思うのは、俺もコロンビアで少しおかしくなっているのだろうか。撃てもしないくせに。

 

 セントロ地区の中心である『リオ・ブランコ大通り』にやってきて、地元で最も大きなジュエリーショップにやってきた。

 

「ここでなかったら、某ジュエリー朝食を頼るわよ」

 

 言わずと知れたアメリカのジュエリーショップで世界的に展開している。あの朝食が食べられると勘違いされる宝石店のことだ。冗談で飲食店を併設させて朝食を提供したら大盛況だったとか。嘘か本当か。

 

 スペンサー家の力を借りて鉱山会社の『DBS』のコネクションを使えば、もうあっという間に世界の希少な宝石がそろってしまうだろう。でも英梨々はそれはしたくない。

 そういうのは、まるで勝ちが決まっているトランプゲームをするようなもので面白くない。

 

 入口は回転ドアでロックされている。おいそれとは入店できない仕様になっている。中の人が確認してから、ドアを開けるのだ。強盗対策にもなっている。

 

 俺たち3人を見て、ドア付近の黒服のガードマンが首を振った。気持ちはわからんでもない。何しろ坊主頭の子をつれた若造だ。冷やかしにしか見えないだろう。別にむかついたりはしない。彼の判断の方がまともだと思う。

 

「頭きたっ!覚えてらっしゃいよ~」と英梨々がドアを蹴っている。まったくとんだあばずれである。たぶん、英梨々一人ならぜんぜん中へ入れもらえるだろう。英梨々だけがグリーンの綺麗なドレスを着ていた。

 

「まず、服でも買うか」

「ほんと、ひどいルッキズムよね」

「しゃーねぇだろ・・・」

「シャーネ ダロ」

「ほら、倫也、汚い言葉遣いは子供にうつるわよ。気をつけなさいよ」

「キオツケ サイヨー」

 

 怒ってた英梨々が笑った。少ししゃがんで頭を撫でた。髪が長ければ印象もかわるのだろうに。

 

 すぐ隣が某ハイブランド服のショップだった。どこも入口のセキュリティーがしっかりしている。

 

「とりあえす英梨々1人で開けてもらえよ・・・」

「そうね」

 

 英梨々だけはいい服を着ている上に、金髪ツインテール効果もあってお嬢様にみえるのだ。簡単にドアを開けてもらえる。

 後ろから俺とヒスイちゃんがぞろぞろと付いて入った。店の人の蔑んだ目線を感じる。

 

 こ日本人なんていい客で歓迎されそうだが、俺の恰好はTシャツとジーンズなのだ。まぁ差別されても文句は言えない。

 

 英梨々が店員と話して、親子でお揃いのものを選んでもらった。ヒスイちゃんの服はサイズ直しをするという。「直ぐに必要」という英梨々の無茶難題に対して、「1時間は必要」と言われた。英梨々はそれで合意して一度店を出た。

 

 近くのシェラスコレストランにはいって、肉をがっつりと食べる。マメ料理が美味いし、ポテトも瑞々しい。何よりも肉がうまくて安い。ヒスイちゃんはレストランのマナーをしらないので英梨々がかかりきりで教えている。俺はほどほどにさせて、細かく切ったものをヒスイちゃんに自由に食べさせた。

 

「ゆっくりでいいんだよ」

「テーブルマナーなんてどうやって習ったのかしらね?」

「親を見て勝手に学ぶものもあるから」

「そうね・・・」

 

 英梨々のテーブルマナーは完璧にしようと思えば完璧なのだ。けれどヒスイちゃんに合わせて一緒にガサツに食べ始めた。それも優しさだろう。

 

 デザートコーナーが食べ放題だった。英梨々がアイスクリームとフルーツを一緒に綺麗に盛り付けてパフェを作った。ヒスイゃんはそれを見て感動してる。それから、「コレワ?」と1つ1つを質問しながら食べた。「メロン」「ブドウ」「オレンジ」

 

 食事を終えてから店に戻って服を着替えた。脱いだ服はホテルへ届けてもらうように手配をする。俺は生地のしっかりした白いシャツとスラックスを新調した。嫌味なほど白と黒。ついでにポマードで頭を固めてもらう。馬子にも衣裳でまずまずの見映えになった。

 

 英梨々とヒスイちゃんは白いワンピースに青と紫の花柄模様だ。夏らしい爽やかなデザインでリオの街にも合っている。ノースリーブなのに品がある。おまけにお揃いの白い大きな帽子をかぶった。うん、英梨々は文句なくセレブっぽいが、ヒスイちゃんはコミカルにみえる。着こなすのも訓練がいるようだ。

 

 それから英梨々は懲りずに追い返された店に戻った。今度は店の人が鍵を開けてくれた。重厚な回転ドアから中へ入り、分厚い絨毯の上を土足で歩く。店員におじぎをして歓迎された。

 

 英梨々が『アレキサンドライト』探していることを告げると、そればかり扱ってい場所が2階にあった。螺旋階段を昇っていく。内装が美術館みたいで華やかなだ。

 

 ヒスイちゃんは店内のガラスにベッタリと手をつけながら「コレワ?」と尋ねた。俺は1つずつ何度でも答えていく。店員が俺たち2人の後についてきて怪訝そうに様子をみていて、嫌味たらしくガラスを拭いている。ご苦労なことで。

 

 希少といわれたアレキサンドライドもけっこうな量があった。どれも1万ドルを超えている。英梨々が店員に行って、ショーケースから出してもらい、いくつか身に着けて試している。

 

 接客が非常に丁寧になったのは、英梨々が隣のブランドショップのものでそろえたからだろう。腕時計も某ハイブランドものなのだ。金があるのは一目見ればわかる。上から下までハイブランドで固めているのだ。

 

 俺はヒスイちゃんの相手をして、店中の宝石を見て回った、後ろから店員が心配そうについて来てはガラスを拭いて回った。ベタベタと子供にガラスを触らせている俺が非常識なのだろうけど、正直いい感じはしない。

 

 英梨々の買い物は長い。

 

 英梨々は身に着けているピンクゴールドの指輪を店員に渡した。店員がそれをルーペで確認している。それが大変なものだとやっと気が付いた店員は上司を呼びに行った。

 

 英梨々に対応する店員は2人に増えて、1人は年配の店長だった。

 

「アレキサンドライドの最高品質のものを探しているのよ。0.1カラットでいいの。見つかったら、ここにあるのもどれか買うわ」と英梨々はスペイン語交渉している。

 

「本日は無理ですので、明日までにご用意いたします」と店長が言って名刺を差し出した。

 

 いつもの英梨々はこうやって店員の手を煩わせたら、何かしらを手頃な物を買っていくのだが、今日は何も買わなかった。店を出る時に店員が総出で見送ってくれたが、英梨々は帰りにもドアを蹴った。

 

「おまえって、根に持つよな」

「根が陰キャで悪かったわね」

「それで?明日くるのか」

「こないわよ。感じ悪い」

「ずいぶん怒ってるんだな・・・」

「失礼よね。倫也とヒスイちゃんに対する態度みた?まるで不審者扱いよ」

「それはしょうがないだろ・・・子供だし。ベタベタガラス触ってたし」

「普通はお茶ぐらい出すのよ。別室で子供をあやしてくれるわ」

「そんなことあるのかよ・・・」

「あるわよ」

 

 日が沈み始めた。街には電飾が灯り始めている。

 

 妙な言い方だが、英梨々は日本で幼少期には差別を受けてきた。差別という程ではないかもしれないが、金髪や碧眼をからかわれることもしょっちゅうだった。ぐずぐずと小さい頃はよく泣いていた。差別には敏感なのだ。

 

 海外では英梨々は差別されないが、俺が差別される側になった。それも慣れっこだった。カリブ海のクルーズでも差別を受けたが、俺も英梨々も少々のことは見て見ぬふりをした。相手にしていてもきりがない。

 

 今日はヒスイちゃんが差別されたので怒っているのだろう。ベリーショートのヘアスタイルのせいだと俺は思うのだけど・・・服もあまり上等ではなかったし。

 

「しょうがないから行くわよ」

「朝食か」

「朝食ね」

「チョーショキュ ワヨ?」

「そうよ。ヒスイちゃんは賢いわね」

 

 こうしてリオの某有名朝食ジュエリーショップに英梨々は入った。店内は先ほどよりもこじんまりしているが内装は黒が貴重で落ち着いている。

 

 静かに俺たちを迎え入れてくれた。

 

 英梨々は指輪を指から取って、女性の店員に渡し「これに匹敵するアレキサンドライトを用意して」と今度は英語で言った。

 

 女性店員がそれを預かり後ろに下がっていった。すぐに高齢の男性の店長が出てきた。英梨々に挨拶をして名刺を渡す。それから英梨々と会話をする。

 

 女性店員の案内でエレベーターで三階まで昇っていき、そこで広い応接室に通された。

 

  

 女性スタッフが俺と英梨々にはアイスコーヒーを淹れてくれた。ミドリちゃんにはフレッシュのオレンジジュースを用意してくれた。それから絵本も渡し、同じ目線にしゃがんで話しかけている。

 

「ね?あたしの言った通りでしょ」

「・・・すげぇな」

 

 少し慣れてきたら女性店員がもう一つのテーブルとソファーにヒスイちゃんを連れ出した。そこで絵本などを読み聞かせている。俺たちの目が届く場所だ。

 

「分かりやすく言うと、子供は買い物に邪魔になるでしょ。だから即席のベビーシッターになるのは当たり前なのよ」

「なるほどなぁ・・・」

 

 店長がトレイに英梨々の指輪を乗せて戻ってきた。

 

 それから英梨々は英語で店長に話をした。ケータイの写真を見せる。ピンクダイヤもレッドベリルもエメラルドも最高級のものである。

 

 しばらくしてジェラルミンケースを別の男性スタッフが持ってきた。高級品はジェラルミンケースにはいっているのは何かの様式美なんだろうか?

 

 グレーのジュエリートレイが英梨々の前におかれた。そこに次々とアレキサンドライトのアクセサリーと、ルースもいくつも置かれていく。

 

 英梨々がルーペで確認し、俺もルーペで1つずつ確認してみる。インクルージョンがほとんど見つからない。色も濃く透明度もいい。最高品質のものなのだろう。値段がついてないのが歯がゆい。

 

 ルースも、0.1カラットから1カラット以上のものまで取り揃えていた。数も多い。あるところにはあるのだ。さっきの店では直ぐに用意できないと言った。ここでは流石なのか手元に用意されていた。客層が違うのだろうか。

 

「お気に召したものがあるなら、ジュエリーから外します」と店長が言った。彼は静かな声でゆっくりと話した。

 

 完成したジュエリーでも、気に入った宝石があればリメイクすることができる。ここにはあるものは最新のデザインではあるが、石だけ欲しがる人も中にはいるのだろう。

 

「適当でいいのよ。最高品質の0.1カラットのアレキサンドライトを5つ選んでちょうだい。あとはそうね・・・このブレスレッドをいたたくわ。生憎とまだ集めないいけなくて、予算があまりないのよ」と英梨々は言った。予算のない人間の買い方ではない。

 

「素敵な宝石と巡り合うのは大変ですから」と店長は申し訳なさそうに言った。

 

 宝石にはレーザーで刻印されていて、顕微鏡などで確認できる。天然物の貴重な宝石は採取された時から履歴ができるのだ。0.1カラットの小さなアレキサンドライトでも鑑定書が付く。

 

 作成された書類を確認し、俺がサインをした。英梨々がカードを渡す。

 

 全部で45、000だった。

 

「1レアル(ブラジル通貨)30円と考えて・・・140万弱ぐらいか・・・」

「倫也は、単位は確認したほうがいいわよ」

「ん・・・?あっ・・・ダラー」

「そうUSドル。円安がひどいから、海外の口座から直接落とすわよ」

「もうなんでもありだな・・・」

 

 日本円で630万程度なのだが、円に換算しない以上は関係ないのだろうか?うーむ。というか英梨々って海外の口座も持っているんだな・・・

 

 それから手続きをして郵送してもらう手配をした。これも貴重品なので普通の輸送ルートはもちろん使わない。関税対策もあるのでスペンサー家のコネクションを使い『DBS』を経由させる。

 

「ふぅ・・・終わったわね」

「思い切って買い物したな」

「知ってる?こういう情報って同業者の中で噂が流れるのよ」

「ん・・・」

「すでに、あたしがソルトレイクシティーでレッドベリルの原石を手に入れたこととかね。でもまだまだ金額は小さいからそれほどでもないけれど。今日もここでアレキサンドライトを大量に買ったことは、さっきの宝石店でも耳に絶対にはいるのよ。ちょっとした金額でしょ?」

「ちょっとではないと思うが・・・」

 

 店を出る時、店長と接客対応してくれたスタッフだけ見送ってれた。ヒスイちゃんはお気に入りだったのか絵本をそのまま貰っている。他のスタッフはそれぞれが接客したり、持ち場を離れていなかった。

 

 従業員の質はかくも違うのである。

 

「ヒスイちゃんには退屈させちゃったわね。倫也はどこか行きたいところあるかしら?」

「俺としてはマラカナンスタジアムでサッカーがみたいな」

「サッカー?ああ、確かにブラジルは有名だもんね」

「今日試合があるかすらわからんが」

「それってすぐにチケットが手に入るものなのかしら?」

「いやいや、危ないだろうしいいよ」

「いいわよ、倫也だけで行ってみなさいよ。あたしはヒスイちゃんとホテルで待ってるから」

「いやいや・・・」

「後悔しないようにね。絵本が気に入ったみたいだし、本屋で何冊か買ってノートとペンで教えているわ。じゃ、またね」

「うーん。なら、そこまでは付き合うよ」

「いいわよ。ナイトゲームはじまるわよ」

 

 俺はネットで調べるとナイトゲームがあった。地元人気チームものだ。スタジアムだけでもいってみるかな。雰囲気が何かわかるかもしれない。

 

「でも、・・・やっぱり離れるのは心配だな」

「なんの心配はないわよ。倫也が気が付いていないだけで、護衛なんてそこら中にいるんだから」

 

 英梨々の言っていることが嘘か本当かはわからない。でもまるっきり嘘でもないのだろう。

 

 迷ったが後悔ないように英梨々とヒスイちゃんと別れて、スタジアムに1人で向かった。

 

※ ※ ※

 

 夜の10時を回っていたがリオの街はまだまだ明るかった。俺はかなり酔っぱらっていて・・・ブラジル人と肩を組み、歌いながら陽気にホテルに戻った。

 

 成り行き上そうなったのだ。サッカーの試合は最高に盛り上がっていた。発煙筒の煙がスタジアムに充満したり、スタジアム全体が揺れるような歓声も聞いた。見知らぬおっさんが酒を奢ってくれた。俺は断り切れずに酒を飲んだ。よくわからないが売店で『10番』のユニフォームを買って着ていたのが良かったようだ。

 

 ふらつきながらも無事に部屋に戻った。

 

「あら、遅かったわね」

「なんじゃこりゃ~」

「あんた、顔赤いわね・・・お酒飲んだでしょ」

「成り行き上・・・」

「まったく」

 

 ホテルの部屋は広いスペースの1室だ。なのに床一面に絵本と画用紙が散らばっていた。ヒスイちゃんはベッドの中央で腹を出して大の字で寝ている。下着姿もどうなんだろうと・・・と思ったが、5歳児なら問題ないのかもしれない。

 

「さっき寝たところなのよ」英梨々は散らばっている画用紙を集めていた。

「絵を描いていたのか?」

「ええ、なんだかこの絵本が気に入ったみたいなのよね。本屋でシリーズであったから買い集めといたわ。最初は読んでいるだけだったんだけど・・・」

 

 気が付けば英梨々は絵本を完コピして描けるようになってしまったわけだな。画用紙に描いてある絵のクオリティーが高い・・・下手な方はヒスイちゃんだろうが、これもなかなか味があっていい。もしやヒスイちゃんにも才能が・・・いやいや親バカか。

 

「まぁとにかくお互い無事でよかった」

「普通は妻子をおいてサッカーを見にいかないわよね?」

「ブラジルだからしょうがない」

「ブラジルだからしょうがない・・・うん。いいわよ」

 

 英梨々が許可したのだ。大通りからホテルまでの間の距離は短いし、危険なところは何もなかった。そこまで恐れてしまったら俺がいたところで何もできないで、ホテルの中で安全に過ごすしかない。例えばボゴタのように。ここでも子供も老人も暮らしているのだ。

 

「ごはんも食べたんだな?」

「ええ。倫也も・・・飲んできたようね・・・」

「俺はスタジアムのホットドックを食べたよ。飲んだのは隣の人にすすめられたから、しかたなくだ・・・」

「別に言い訳はいいわよ」

 

 ホームチームのレプリカユニフォームを着て、現地人と同じようにスタジアムに入って観戦した。熱狂的なのだ。大声で叫びすぎて喉が少し痛い。そして大声を叫ぶたびに脇腹の肋骨が痛んだ。ロキソニン手放せない。

 

「なんにせよ。ひさびさに息抜きができてよかったじゃない」

 

 これは地雷だ。同意したらダメなやつ。

 

「いや、英梨々と過ごせなくて寂しかったぞ?」どうよ、この回避性能。

「どうだか」

 

 部屋の片付けを手伝って、バスルームでお風呂にゆっくりと浸かった。酔いが心地いい。そんなに飲んでないが、ふわふわとした気分で極楽である。

 

 ガタガタと扉の音がして、何かと思ったら英梨々もバスタオルを巻いてバスルームに入ってきた。

 

「英梨々!?」

「なっ・・・なによ」

「どうした?」

「べ・・・べつにあんたのためじゃないんだからねっ!」

 

 なんのこっちゃ?と思った。

 

 2人入っても十分なぐらい広い。泡風呂なのが少し残念だった。英梨々が背中を向けて俺に寄りかかった。俺は後ろから抱きしめる。寄りかかられて、正直脇腹が痛すぎて笑ったが、ここは男なので全力で耐える。後ろから覗き込む英梨々の小さな谷間の景観には代えがたい。なかなか貴重だ。

 

「今日もベッドが占領されてるんだけど」

「そうだな。今日も川の字だな」

「あんたそれでいいわけ?」

「ソファーに移動するか・・・それとも・・・」

 

 英梨々の耳たぶを甘噛みして。バスタオルをゆっくりとはずしてく。さっきからずっと固くなったままだ。英梨々の中に入れないなと思った。カリブ海でバカみたいにエッチしていたから、ずいぶんとしていない気分だ。ここ数日の内容が濃すぎる。

 

「ここでするから英梨々、結婚しよ」

「じゃあ、ここでするなら結婚しないわ」

 

 そういって、英梨々は俺の方へ向き直って、またがった。

 

 キスをしたら、「酒くさい」と文句を言って、顔をしかめて笑った。今日も八重歯が可愛い。

 

(了)




子供の人身売買は国際的に問題になっていて、そこを掘り下げようかと思ったけど軽く流した。
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