この物語になった経緯は、原石の発掘場所は貧困層のため治安が悪い。英梨々との旅行には適していない。
そこで倫也だけでがんばってもらうことにした。
女の登場しない冴えカノに何の需要があるのかよくわからんが、倫也の執念である。
耳栓をしながら、俺はロックドリルと呼ばれる削岩機(さくがんき)を無心に操作していた。地下30mの暗い鉱床の中で自分を守るものはヘルメット一つだけだった。
今、俺は1人でスリランカまで来て、もう一週間以上が経過している。なんとか村の鉱床にもぐりこみ、ガリンペイロと呼ばれる(鉱夫)の1人として一攫千金を夢見て汗を流していた。
ことの始まりは英梨々の挫折だった。少々無謀とはいえ英梨々の宝石を求める世界旅行は楽しかった。俺も英梨々も大きく成長することができたし、世界を知ることもできた。特に英梨々にはアメリカの貧乏モーテルや、コロンビアでの銃火器を持った人との出会いは大きな衝撃だったようだ。カルチャーギャップは体験しないとなかなか分からない。
日本に戻ってきた英梨々は、「学校の課題で油絵を描かないといけないから」と理由をつけてアトリエに引き篭もった。俺は英梨々がすぐにでもスリランカやスペインなどへ宝石を求めて旅立つものだと思っていた。
けれど、英梨々は違った。もう無理をして冒険したり、バイヤーごっこしたりすることに怖さを感じてしまっていた。
加藤やみんなにおみやげを渡し、冒険談を話しつつも、英梨々はどこか考え事をするようにじっと黙る時間があった。求めた宝石は7種類で、今は手元に4種類そろっている。ピンクダイヤ、レッドベリル、エメラルド、アレキサンドライト。どれも超がつくほどの一級品で最上級の品質だ。同じ大きさの出回っている『良品』などよりも10倍以上の価値がある。希少な石ばかりだ。
残りの3つを求めて旅に行くのが本筋だろう。しかし英梨々は3日たっても新しい旅行の話はしなかった。もちろん翠ちゃんの新生活を見守るという役目あったし、学校の課題だってある。でも、計画を建てたり、旅行の話をするぐらいはできたはずだ。英梨々はその話題から避けるように逃げていた。
俺は俺で考えた。俺たちは安全な場所にいて、そこからしか物事を考えられない。だからこそコロンビアの鉱山での体験は現実味がなかった。あんなにも暑く、死が隣合わせになった過酷な状況。彼らは生きるのに必死で、そこにはそこのルールがあった。それは安全な側で暮らす人からすれば極端にひどいルールだ。一方的な暴力で殺されることもある。しかしだ・・・だからといって、全員がおかしくて粗暴な人たちだったろうか?あの俺を撃ったエメラルドのボスは間違っていたのだろうか。
冷静になって考えれば「人身売買はしない」と彼は言った。彼からすると鉱山の人はみな家族のようなものだったのではないか?守るべき相手だからこそ、排他的で他を近づけない。厳しいルールで管理する必要があったのではないか。
俺が命がけで翠ちゃんへの教育と自由を約束したからこそ、高価なエメラルドの指輪をくれたのではないだろうか。あの場所にはあの場所の「教育と自由」があったのではないか。彼はそれを否定されて怒ったのかもしれないし、あるいは俺の覚悟を試しただけかもしれない。いずれにしても『正義と価値観』があり、それは翠ちゃんを不幸にするためのものではなかった。そう解釈できると思う。
それに俺に鉱山の採取体験を教えてくれたカミーロという青年もの素晴らしかった。たった100ドルで教えてくれたし、彼が本来する手にはずだった1200ドルは価値がある原石を譲ってくれた。あの時は俺は浮かれて彼に600ドルを渡して受け取ったが、冷静に考えてみると、あれは偶然採れた原石ではなかったのではないだろうか?
確かに原石はすぐに採れた。クズエメラルドを見つけては捨ててしまうのもわかるぐらいにすぐに採れる。でもあんなに質がいいものが、奇跡的に1時間弱の作業で採れるだろうか?
もしかしたら、青年は『もっているエメラルドをこっそりと混ぜてくれた』のではないか?何のために?
酔狂な日本人が珍しかったから?俺がチップを弾むと思ったから?
真相はわからない。彼は自分の採取技術を自慢したかったのかもしれない。少年兵はあの青年を紹介してくれた。俺はそれを100ドルで評価した。青年はそれが嬉しかったのではないか。1200ドルは大金だけれど、彼はあの時に滅多に得られない経験をしたかっただけなのかもしれない。自分の技術を見知らぬ日本人に見せつけるために・・・
俺は知らず知らずに色メガネで、偏見をもっていたのではないだろうか?
彼らが金のためなら人を殺すような野蛮なやつらで、決してボランティアやただ働きなどしない。人を欺いて少しでも利益を得ようとする・・・そういう人達なのだと思いこんでいたのではないか。
実は気のいい奴もいて、あの場所が気に入っている人もいる。贅沢な暮らしに憧れているかもしれないが、だからといってあそこでエメラルドを採れた時にの喜びはあるはずだ。
あの場所はひどく劣悪で過酷だったが、人々は本質的に素朴で素直だったように思う。
『俺はそれを確かめたかった』
※ ※ ※
「英梨々、俺さ、スリランカ行ってくるよ」
「はぁ?」
「ちゃんとバカなの?死ぬの?もつけくわえろよ」
「ごめん。素で驚いたから。あんた何いってんのよ?」
「英梨々だって本当は行くつもりだったんだろ?」
「・・・そうよ。でも、もういいのよ」
「お前はよくても、俺はよくない」
「どういうことよ?」
「俺はちゃんと7つの宝石を集めたいし、英梨々に最高のエンゲージリングを贈りたい。それは世間的に価値があるという意味じゃない。金で最高品質のものを買い集めて作るようなものでなくて」
「それはそうだけど・・・でも、スリランカも危険な場所でしょ?」
「そうかな。いや、そうなんだろう。政情も不安定だしな・・・けどさ、そこにも人は住んでいるし、子供も入れば、お年寄りだって生活しているだろ?統計でみれば事件はあるし、窃盗や強盗は多いだろう。でも、みんなが悪いわけじゃないよな?」
「そりゃそうかもしれないけど」
「英梨々は女の子だし、それ以外の危険性ももちろんあるから無理はできないだろうけど、俺は男だしな」
「それで?」
「だから、1人で行ってくる」
「なんでそうなるのよ」
「俺さ、英梨々にはサファイヤを贈りたいと思ってた。確かにアレキサンドライトは魅力的な石だし、素晴らしいのもわかる。でもあの美しい水色の青さと・・・英梨々の瞳の青はやっぱり違うと思うんだ。俺は英梨々の瞳みたいに深い青のサファイアを自分で探したい」
「あんた、コロンビアで頭でもおかしくなったんじゃないの?」
「そうかもしれないな・・・それは否定しない。俺は熱に浮かされたんだと思う。正直・・・ガリンペイロに憧れているのは事実だ」
「ガリンペイロねぇ・・・」
ガリンペイロ。黄金を求めて集まった人達の事だ。一攫千金を狙う鉱夫のこと言う。俺は日本で産まれ、まずまず恵まれた環境で育った。だから進学校の高校へ通えたし、結果的に良い大学に進学できた。自分でいうのも変だけど、このまま努力をしていけば明るい未来が待っていると思う。
良い企業に就職してもいいし、自分でゲームを作って一旗あげてみるのもいいだろう。ここは日本で安全なのだ。順調にいけば英梨々という美しい嫁さんももらえる。それは誰もがうらやむ人生の1つかもしれない。
そのことに不満があるわけじゃない。俺は別にガリンペイロになる必要もないし、一攫千金で人生に逆転を望む必要のない世界で生きている。でも、それではわからないことがたくさん世界にはある。今の俺はそう思っている。
俺は世界を少しだけ知って、この世界そのものに興味がでてしまったのかもしれない。
「反対する?」
「別に反対はしないわよ。ただ・・・行くなら約束して欲しいことがあるの」
「なんだ?」
「もう人は助けないで欲しい。スリランカのことをあたしはよく知らない。でも、そこも貧しい国よね?鉱山で働く人や、そこの街で暮らす人、あるいは娼婦。あなたがたくさんの人と出会った時に、倫也はまた他人の人生に首をつっこんでしまうのは嫌なのよ」
「それは翠ちゃんのこと後悔しているということか」
「そうじゃない。でもそうね・・・翠ちゃんを増やしては欲しくないのよ」
「なるほど・・・」
「もし、倫也がまた他の人の人生に干渉して、そういう偽善・・・もしくは正しいことかもしれないけど・・・首をつっこむなら、あたしは別れるわ」
「・・・英梨々っ!」
英梨々から初めて「別れる」という言葉が出た。俺と英梨々はよく口論するし、ケンカもする。でも相思相愛だし、いつも相手のことを認めていた。
「それに、もしそういうことをしたいなら、倫也は大学を出てNGOなどでそういう活動をすればいいのよ。それならそれで応援もしてあげられる。でも、あたしのためにサファイアを見つけにいく旅をするなら、余計なことはして欲しくない」
「わかった。誓う」
「あたしはもう倫也と別れたあとの未来なんて考えられないだからねっ!」と言った。
英梨々の主張は分かった。俺だって英梨々と別れる未来は考えられない。
「いいなぁ。あたしもやっぱり行きたい」
「そうだよな。英梨々はエメラルド鉱山でも採取体験していなかったのものな。まずは先遣隊でいってくる。もし安全そうなら、あとから来いよ」
「うん。・・・って、倫也何日ぐらいいく予定なのよ?」
「納得のいくサファイアが採れるまで」
「はぁ?あんたバカなの?採れなかったどうするのよ」
「わかんねぇ。とりあえず休学届は書いたから夏休みが終わっても採れなかったら居残ってみる」
俺の話を聞いて英梨々はため息を大きくついた。
「それはそうとして、『ブレッシングソフト』の方はどうするのよ」
「それなっ」
「恵が怒りそうだけど」
「俺の原稿の方は詩羽先輩がやってくれるって」
「お得意の丸投げね」
「俺の体験記もなかなかの資料ってことで、役にはたっているみたいだぞ。伊織もフォローしているくれている、なんとかしてくれ」
「あんた、今作は給料ゼロね」
「致し方ない」
「まぁいいわよ。それならそれで恵とも相談してみるから。心置きなくいってらっしゃいよ」
「ああ、行ってくる。あと1つ頼みいいか?」
「何よ?」
俺はスペンサー家の関与する鉱山会社『DBS』の連絡先を教えてもらった。鉱山で働く以上は何かの時に役立つはずだ。人脈は宝なのである。
「英梨々。絶対にいいサファイア見つけてくるから。そしたら結婚しよう」
「はいはい。ほんと無事に帰ってきなさいよ。あと、毎日連絡しなさいよねっ」
「約束する」
ちなみにその約束は履行されなかった。俺が行った鉱山はケータイが通じない場所だったからだ。
※ ※ ※
かくして俺は準備を進めた。高性能のLEDヘッドライトと、壊れても惜しくないようなタブレット端末。それから日本のお菓子、英梨々の手書きのマンガノート。適当な着替え。小さなキャリーバックに適当に押し込んだ。手荷物は軽い方がいい。
成田には海部さんが英梨々と一緒に送ってくれた。
「何かあれば、こちらに連絡をください。スペンサー家でもフォローできますので」
「はい。でも、できるだけ1人でやってみます。何もかも用意された状態でなくて、1人のガリンペイロとして出発したいので」
「若さですね」と海部さんは少し笑っていた。
英梨々は見送る時に涙目になってしまった。幼稚園の頃から毎日顔を合わせるような仲なのだ。英梨々と離れることがどういうことなのか、俺はまだよくわかっていなかった。
(了)