甘い香りが鼻をくすぐり、ぷにぷにと心地いい感触に指を遊ばせて・・・
「はっ」
危うくおねしょをするところだった。目が覚める。あたりは窓から入る光で明るくなりかけていた。
左腕が痺れている。
英梨々がいつのまにか腕枕に使っている。俺それをそっとずらし、タオルを丸めただけの枕を英梨々の頭の下に差し替えた。
広げた寝袋を二枚重ねて硬さを軽減させ、なんとか英梨々を寝かしつけた。いっそ抱いてしまえばぐっすりお互いに眠れただろうが、悶々としながら眠りついた。
俺は起き上がって大きなアクビをする。洗面所に移動してヒゲを剃る。水は大きな甕にはいっていて、毎日子供たちが井戸からバケツで運んで補充いる。桶に一杯だけ水をもらって顔を洗った。
水道がないのは不便であるが環境には良い気がする。井戸はつるべ式だ。俺が来てから人力のポンプ式に変えた。。インフラの基本は水なのだ。川の水は村よりも低い位置なので簡単には引き上げられない。電動で上げ続けるのも無理がある。上流のダムから水道を引くには行政の支援と数億円のお金がかかるだろう。おいそれはイフンレは整わない。ポンプ式にしただけでも革新的なのだ。もう少し明るくなったら井戸の周りは村の女性で賑わう。
水の音で英梨々が起きてきた。洗面所の使い方を教えた。
「眠れたか?」
「いつのまにか寝たみたいね。真っ暗で鳥の声だけが聴こえるのは別荘と同じね」
「そういえばそうだな」
英梨々が髪を後ろで留めて顔を洗い始めた。俺はタオルを渡してやる。このタオルはしっかりと洗濯してあるものだ。
村のインフラの要望は男性と女性では違う。男性は電気系統が多い、テレビなどを家に入れたいのだ。女性は生活レベルのもので洗濯機の導入意見が多かった。川まで降りて手で洗濯するのはしんどい。
洗濯機を購入して、川の近くまで運んだ。増水しても水没しない安定した場所に置き、電線を延長して接続した。配線は俺が行って防水処理もしてある。気が付けば洗濯機のところには屋根が設置がされて、お地蔵さんみたいに安置されていた。共用で使い大切にされている。川の水をバケツで運ぶのがしんどいが、労働としてはだいぶ軽減された。
だいたいいつも夏なので、洗濯するのは下着とシャツとジーパンかスカートぐらいなのだ。そんなに多くはない。
「一応、露天風呂見せてくれるかしら?」
「いいぞ。朝風呂もなかなかおつなものだ」
「お湯じゃないでしょ」
「そうかな、燃焼させて炭を作るから、生暖かいぞ」
「そうなの?」
英梨々を連れて村の中を歩いていく。畑、ほったて小屋、雑草、木。誰が誰の土地だかわからない。みんながよく歩くところが道になっている。最近はだいぶ整地されてきてはいる。
まだみんなが寝ているので、小さい声でしゃべるように気を付ける。このような自然の多い場所では、羽虫が飛んでいるが英梨々は平気だった。澤村家の別荘は自然の中に建っているからだ。もっとも建物の中は快適でぜんぜん違うが。
「ここが露天風呂だ」
「・・・風呂?」
「風呂」
「池よね?」
「鯉を飼えば池だが、暖かいので風呂だ」
英梨々がドロ水に手を突っ込んで湯加減を確認している。一晩たってドロは下に沈殿してるように見える。
「ぬるいわね」
「温泉じゃないかなら、あっちのカマドの排熱の再利用だから」
「だったらカマドの上にお風呂作れば良かったんじゃないの」
「そんなに耐久性に自信ないな・・・ずぼっと壊れたら事故だろ。それに趣味で付け足して作ってるからなぁ」
「で、これって実際に利用されているのかしら?」
「ああ、大賑わいだぞ。囲いがあるのがその証拠だ。女性も入浴するようになったからな」
「そう・・・ますます汚れそうだけど」
「ふふふっ」
「何よ。泥水にはいったら汚れるわよね」
「あとでわかる」
それから下へ歩いていって川のところまできた。何かの川の支流なので水量はそんなにない。川の水も元々濁っている。黄河やインダス川と同じで泥が溶け込んでいるのだ。
「あれが村人が使っているトイレだ」
「ああいうの、トイレっていうのかしら」
「水洗式で衛生的だろ」
英梨々が一応確認している。足場と囲いがあるだけで、基本、川だ。増水すると流されてしまう時もあるので、そんなにしっかりとは作っていないようだ。慣れれば臭くもないし、街中にあるトイレよりもずっといい。
※ ※ ※
英梨々は学校でマンガの書き方を教えていた。授業を延期するのが村長夫人らしい柔軟さだ。中学生の2人も中学を休んで英梨々の授業を受けていた。
低学年の小学生から中学生までの5人だ。英梨々は最初は冗談だと思ったらしいが、いざ初めてみると教えるのも上手だった。
生徒のみんなも黒板に描いた英梨々の絵を見て、すぐに虜になった。学校の図書室(というほど大きくないので書庫)から、マンガを持ってきては、英梨々に書いてもらっていた。ある程度慣れてから、それぞれが描きたいキャラクターを描かせていた。
アタリとよばれる大まかな位置を決める線が何かと大事だ。女の子はカワイイ女の子を描き、男の子はカッコイイキャラクターや武器を描いていた。低学年の子はうまくなかなか描けないので、英梨々はディフォルメされた動物の絵を描かせた。所蔵マンガにも「ぽのぽの」があったので、それを参考にする。こちらは練習すればだれでもそこそこは描けるようになる。
子供たちはずいぶんと懐いてくれた。ランチを一緒に食べて今日の授業は終りだ。午後は解放される。
「じゃ、そろそろやってみるか」
「何を?」
「何をって、お前・・・ここまできたらやってみたいだろ?宝石の採掘だよ」
「できるの?」
「できるぞ。何しろここはガリンペイロの村だからな」
そう、ここは貧しいガリンペイロの村だ。村があって鉱床を見つけたわけではない。鉱床で発掘作業しつつ、人が集まってだんだんと村っぽくなってきたのだ。畑を作って自給自足しないと生きていくのもままならない。
村長は村長というよりも、元ガリンペイロでノウハウを持った現場のリーダーなのだ。そしてこの辺一体の所有者でもある。
まずは英梨々に着替えさせる。青いドレスではもったいない。汚れもいい服をもってくるようにいったが、英梨々は黄色いシャツにデニムのオーバーオールだった。いつもの英梨々の恰好だが、たしかにこれ以下の服はもっていないだろう。
「じゃ、これをかぶってだな」
「またヘルメット?」
「そうだ。このヘルメットはこうやって電源をいれたらライトが着く」
「あっ、テレビでみたことあるわね。探検で使うやつよね」
「まぁそうだな」
俺もヘルメットを被った。それから英梨々にベルトをしていく。これが採掘用の穴を降りる時に命綱がかかる用になる。英梨々が来ることを見越して、俺は穴の安全対策は強化していた。
村の奥へと歩いていく。畑や、雑草や、バラック小屋をこえると、剥き出しの地面があらわれる。そこが作業場だ。山積みされた土砂とドロ水の池がある。
その付近に縦横1,5メートル程の深い穴がある。縦穴の上部は木と金属で強化されている。俺が来た時よもだいぶマシな強度や安全になっているが、絶対に安全というわけでもない。
「この穴に降りる」
「うわぁ・・・」
周りには作業している人がいて、英梨々に話しかけている。しかし現地語のシンハリ語は英梨々にはわからない。ラジャがきて英語で通訳していた。
「今日はいい宝石が採れる気がする」とか「安全だから大丈夫」とか無責任なことを言っていた。本当は穴には女性は入れない。それは宗教的な理由とか慣習ではなくて、単純に危ないからだろう。
「まずはラジャが降りてくれる。底は涼しいが空気は悪い。扇風機で空気の循環はしているが、気持ち悪くなったら無理せずにいってくれ。暗くて狭いからな。それだけでも苦手人もいる」
「うん」
ラジャが命綱を腰ベルトにフックでかけた。それからハシゴを慣れた様子で降りていく。穴の横には細いパイプで通じていて、蓋を空けてパイプにしゃべってコミュニケーションを取る。ラピュタの飛行船のと同じ作りだ。あと、下から紐をひっぱって鈴を鳴らすこともできる。
ラジャが無事に降り終わったので命綱を回収して、今度は英梨々の腰にしっかりと付けた。強度を確認するが、この命綱がどの程度役立つかは未知数だ。誰も手を滑らして梯子から落ちたりしない。宙ぶらりんになるとは思うが保障はないのだ。理屈からして大丈夫だろうという代物でしかない。
「じゃ、ゆっくりな。ラジャみたいに早く降りる必要はないからな」
「うん。倫也もくるのよね?」
「ああ、英梨々のあとにいく。ほら、ライトを自分でつけて」
英梨々が頭のライトを点けた。それから梯子に足をかける。俺の方がドキドキする。最初に降りたのは、この村にきて一週間目のことだった。信用がないと降ろしてはくれない。それに事故も多いのだ。英梨々が降りたときに落盤があればそれで終りだ。実際、ラジャの父親はその事故で亡くなっているのだ。重たい話なので英梨々には秘密にしている。
上から「ゆっくりなー」とか「あせるなよー」とか声をかけたいが我慢する。はしごを降りる時はそれだけに集中した方がいい。ゆっくりと時間をかけて英梨々が到着した。光の点が二つ動いている。30mはものすごく深いのだ。
英梨々は暗闇だから逆に怖くなくて降りることができたのだ。俺もそうだった。もし仮にだ・・・8階相当のビルの屋上から出て1階まで垂直のはしごを降りられるだろうか?多くの人は足がすくむと思う。たぶん下をみれたら無理だろう。見上げて昇るのも怖いはずだ。
それができたのは暗闇だからである。俺がここにきて改良するまで命綱もなかったのだ・・・俺も命綱なしでなんども上り下りはした。ビルの外ならする気は起きなかっただろう。
しばらくして英梨々は無事に底に到着した。俺はほっと胸をなでおろした。鈴がからからと鳴ったので命綱を回収する。次は俺が降りる番だ。上では他の男性が命綱を支えてくれる。慣れるほど怖いのだ。だからこそ慎重に降りた。垂直のハシゴを30メートル降りる。興味本位だけでやらない方がいいだろう。
「どうだ?」
「涼しいわねぇ」
「あのな・・・怖くなかったか?」
「途中怖かったわよ。こんなに深いとは思わなかったから・・・どれくらいあるのかしら?」
「30メートル」
「はぁ?あんたバカなの?死ぬの?むしろ殺す気なの?」
「楽しかったろ。ほらほら、仕事だ、奥にいくぞ」
「ねぇねぇ、このふとい管はなによ?」
「換気用の管だ。上で扇風機が回っていて新しい空気を送ってくれている」
「なるほどね・・・これは電気のコードよね?」
「そうだ。ほら、電灯つけながらいくぞ」
壁際はライトがつく。それでもそんなには明るくはならない。白熱球からLEDになってだいぶマシになっている。まぁそんなに多くの光が必要な場所ではないけど。
鉱床の中を歩いていく。そんなに深くは横穴を掘ってはいない。行き止まりに着くと、大きな作業用ライトでで壁を照らしている。
「ここが採掘している最先端だ。だいたいはスコップでも掘れるが、硬いところはこのドリルでこわしいく」
「なんか本格的ね」
「本格的でなくて本物なんだ。危険と隣合わせだからな。長居はしたくない。体験だけして上に昇るからな」
「・・・そうなのね。で、何をすればいいのかしら?」
「これ、つかってみたい?」
「うん」
俺は削岩機と呼ばれるロックドリルの使い方を説明する。使い方は簡単だが、一歩間違えば大事故につながる。英梨々を支えながらスイッチをいれる。大きなエンジンの音が鳴る。動力はガソリンなのだ。パワーが電動とはぜんぜん違う。
「ちょっと、倫也ぁ~」
英梨々が叫んでいるが、集中させる必要がある。英梨々と一緒に削岩機をもち、まずは安定して1人でもてるようになるのを待つ。落ち着いたら英梨々がひとりで持てるようになったので、今度は壁に当てる。
ドガガガッガガッ!!
っとすさまじい音が鳴り響く。耳栓をするのを忘れいた。俺はいつも耳栓をして作業をしていたのだ。英梨々がびっくりして手を止めた。
「こんなの無理よ・・・」
「もういいか?」
「うーん。もう少しやってみる」
今度はラジャが、英梨々から削岩機を受けって重心を落とした。腰が大事である。
ドガガガガッガ!!
とお手本を見せた。英語で丁寧に説明している。
それから英梨々と一緒に支えながら、ドガッガアガアアッガガ!と、壁を壊し始めた。俺に教えてくれたのもラジャで、教え方も上手い。
英梨々が調子に乗り始めて、楽しそうに掘削しているので、おれはスコップで採掘した車を金属バケツにいれて竪穴の方まで運ぶ。これにロープをつけて鈴をならし、パイプから声をかけてあげてもらうように頼む。するとロープが巻き上げられていく。この持ち上げる作業が人力だったのだ。20㎏ぐらいある重いものを30メートルも人力で吊り上げていたのだ。しかも縄だった。今は電動で巻き上げて金属ワイヤーである。能率は各段に上がっているし、安全性も向上している。
ドガガッガガガガ! ドガガガガガ!
英梨々ががんばっている間、俺はせっせと土砂を運んだ。この土砂の中に原石が含まれている可能性があるのだ。
4往復したところで、英梨々が作業を中断した。さぞかし耳が痛かろう。
「倫也~」と小さな声が聴こえるのは、俺が耳栓をしていたからだ。耳栓をはずす。
「もういいか?」
「うん」
英梨々も耳栓をはずした。ラジャが気が付いたのだろう。耳栓なしで作業している人もいる。その方が本来は音も聞こえて安全だろう。人それぞれで決まりはなかった。
それから3人で土砂を運んでいく。ラジャは先に上へ上がっていった。俺はあと二回ほどバケツを上下させて、その後英梨々に命綱をつけた。
「なんか入口が点なんだけど・・・」
「まぁな。ビルの8階相当の高さだぞ」
「はっ?」
「まぁここで一生暮らしてもいいが、嫌なら昇るしかないな」
「あんたねぇ・・・」
ぶつぶつ文句言う英梨々に命綱をつける。英梨々は大きく深呼吸してからハシゴを昇って行った。「下は見ない方がいいからな~」と声をかけたが返事はなかった。
英梨々が無事に昇り終え、俺も命綱をつけて昇っていく。無事に出られてよかった。もっとも危ない作業がこれで、英梨々に体験させるか迷ったのだ。でも何事も興味を持つ英梨々だし、せっかくスリランカまで来たのだ。体験できるならした方がいいだろう。
「太陽が眩しいわね・・・」
「小並感だな。次の作業にうつるぞ」
「うん。もう危なくない?」
「大型の機械だからなぁ。ここに土砂をいれて、水で洗っていく。洗米機みたいなものだな。それで泥が落ちる」
「この水はどこから来ているのかしら?水道はないのよね」
「これは村の財産だからな。電動ポンプで川からくみ上げている。この水をカマドの上に流しいれて温めて、露店風呂につながるわけだ」
「それ、仕事用の水を流用しているってことね」
「そう。川の水が濁っているからな。露天風呂の水も当然濁っている」
「なんかわかってきたわね」
「そうこうしているうちに、水と一緒に砂利が流れてきているだろ。これを網で濾して、あの運搬用の猫車と呼ばれる一輪車に貯めていく。ある程度一杯になったらあちらの池にまで運ぶわけだ」
「どうして池まで運ぶ必要があるのよ?」
「あっちが作業場だからな、砂金とおなじだ。説明するよりもやった方が早い」
池の作業場にはもう何人もいる。小学生もきていた。ザルに砂利を乗せて池の水で選別している。この作業が人海戦術なので、人手が必要なのだ。
「やり方はだな・・・ラジャが教えてくれる」
「倫也じゃないのね・・・」
「さっきの削岩機もそうだけど、ラジャの方が教えるのがうまいんだな」
「わかったわよ。ラジャお願いするわ。教えていただけるかしら?」
「了解」
ラジャは英梨々に大きなザルを持たせた。それから砂利山から適当な量を乗せる。それを池の水につけて大きく円を書くようにふるうのだ。水を入れ替える要領だ。軽い石は水と一緒に外で出ていき、重たい石だけが残っていく。
英梨々は覚悟を決めて、ずぼずぼと泥池の中に入っていった。こういう所は躊躇がない。本質的に何かを作るのが好きなのだろう。泥水に足を取られて長靴が脱げた。
「はだし方が楽だぞ」
「そうね・・・」
英梨々が長靴を脱ぎ捨てた。底が泥なので深みにはまってしまうのだ。底なし沼ではないから大丈夫だが、スネぐらいまではすぐに沈んでしまう。長靴だと身動きが取りにくいのだ。
それから英梨々が一生懸命グルグルとザルを回してた。ラジャが隣でお手本を見せている。周り人も作業する手を止めて英梨々を見ていた。金髪美人がドロにまみれて作業しているのが物珍しいのだろう。俺としては幼稚園の頃のドロ遊びと変わらないと思っている。
4か所も宝石の産地を巡ったのに採掘体験ができなかったのは残念だった。やっと英梨々はイメージ通りに原石採掘を体験している。もう顔中ドロだらけだが、英梨々は楽しそうに笑っていた。だんだんと村の人ともなじんでいるように思う。
子供たちが英梨々のザルにときどき石を放り込んでいる。みんなはそれを見てみないふりをする。当の本人はそれにぜんぜん気が付いていない。
「そろそろOK」とラジャが言った。英梨々と2人でドロ水から上がって、上に歩いてきた。
「仕上がりを見てみな。ラジャの方がうまいだろ?」
「ほんとね・・・というか、難しいわね」
「だろ。けっこおう熟練度が必要なんだよ。でもそれだけできれば十分だけどな。自分で原石を探してみてみ?」
木のテーブルにザルを置いて、英梨々は砂利をかきわけた。英梨々の方はまだまだ小さい砂利がたくさん混じっている。一方でラジャのは綺麗に選別されて大粒の石だけが残っていた。さすがである。
「これ・・・そうかしら?」
「うん。それはクオーツだな」
「ダイヤじゃないの?」
「残念だが、スリランカではダイヤとエメラルドはとれない」
「そう。クオーツじゃ価値ないかしら?」
「宝石ではないからな、輝石としての価値はあるけど・・・」
「これは?というか、けっこうあるわね??」
「そうだな。それはアメジスト。紫水晶な、太陽に照らしてみ」
英梨々がアメジストを太陽に照らした。
「キレイじゃないの」
「そうだな。でも・・・粗悪品かな。混じりものが多すぎる」
「そう?」
英梨々からすればどの宝石がとれても嬉しいだろう。こんなにザクザクとれるのだから。まぁ子供たちが採れたものを混ぜたのだから当然だが。
「これは?大きいわよね?」
「でかいな。ムーンストーンだな」
「これは?」
「ガーネットかな。ちと宝石加工は無理そうだな」
「これは?」
「おっ・・・どうだろ・・・ルビーかな」
俺はひときわ赤い石をラジャに見せた。太陽の光でみている。
「たぶん、ルビーじゃないか?」とラジャは言った。
「この大きさだと大したことないけどな。ルビーだってさ」
「倫也は一言多いのよ。ルビーなんですごいじゃないの」
「ふふふっ」
「なによ、その笑いは」
「ルビーでもけずって物になりそうな部分だけが宝石だからな、後でくわしくみないとわからないが、石の中に混じったルビーだと加工すらままならない」
「そう・・・って、倫也詳しくない!?」
「2か月もいたからな・・・」
ラトゥナプラのアロハのおっさんに教えてもらったり、村長に教えてもらっり、あとはコロンボで取引する時にも『DBH』のバイヤーに教えてもらっていた。夏期集中合宿みたいなもんだ。嫌でもいろいろ覚えていく。はっきりいって、クズ原石は本当にたくさんとれるのだ。
ルビーにしても正式な鑑別は、しかるべき設備がいる。ここではざっとしかわからない。
「これぐらいかしらね」
「そうだな。何もない時もあるし、これだけ出ただけでもたいしたもんだ」
「いくらぐらいになるの?」
「売れるようなものはないな。クズルビーがお土産20ドルぐらいで買ってくれる観光客がいるかもしれない。
「・・・そう、厳しいわね」
「そりゃ、一回ぐらいじゃな。これから日没までがんばれよ」
「はぁ?なにいってんの」
「17時には夕方になってくるから、あと2時間ぐらいだ」
「そう・・・」
「やりたくないなら、やらんでもいいぞ」
「そうじゃないわよ。やるわよ。倫也もやりなさいよ」
「俺はもう2か月やったよ・・・ちょっと他の事してくる。わからないことあったらラジャかみんなに聞いてくれ」
「ちょっと倫也、どこ行くのよ!?」
英梨々にはしばらくがんばってもらおう。俺はその間に露店風呂でも準備しようと思った。かまどの方へいくと女性が何名か風呂の用意をしてくれていた。みんな本当に気がきいて優しい。ここはいいから村長の家を手伝ってと言われた。夜のパーティーの準備があるのだ。
村長の家でも女性で賑わっていて、学校の机がくっつけられて即席のパーティー会場へと様変わりしていた。俺もグラスなどを運ぶ手伝いをした。
※ ※ ※
日が陰ってきた。「そろそろ終りだぞ~」と英梨々に声をかける。よくもまぁ2時間も飽きずに作業ができるものだ。明日がどれだけ惨い筋肉痛に悩まされるか考えてもいないのだろう。好きなことだと集中しすぎなのだ。
テーブルの上をみると、けっこう立派な石が見つかっていた。そこそこでかいイエロートパーズもある。光でみてみるとインクルージョンは少ない。良いところだけ削りだせば良い宝石になりそうだ。いい値段がつくだろう。
他は小粒だが、品質の良さそうなクリソベリルもある。一攫千金とはよくいったもので、高値が着くのはものすごく高く売れるのだ。ただ少し品質が悪くなれば評価額は0がひとつ少なくなる。
でもまぁ、今日はまずまずの成果だろう。クズ原石とはいえ数も多い。
ラジャが俺の方を見て目配せしたした。俺はうなずく。もう英梨々以外には池に入っている人はいない。
「そろそろ終りにしよう・・・これで最後だ」そういいながら、ラジャは英梨々に近寄った。「うん」と英梨々が顔を見上げたときに、ラジャはそっとザルの中に石を投げ込んだ。英梨々はもちろん気が付かない。
コロンビアのエメラルド鉱山で、カミーロという青年がたぶん俺にしてくれたことだ。
それから、重たそうに泥の上を歩きながら池から上がってきた。ザルをテーブルの上に置いた。
「ずいぶん良いトパーズだけど、これは英梨々がとった?」
「ううん」
「このクリソベリルは?」
「ちがう」
「じゃあ、クズ石だけか」
「そうよ?悪いかしら?これでも一生懸命やったつもりだけど?」
「悪くねぇよ。そんなもんだ。毎日みんなでやるから成果があがるんだ」
だからこそ、良い物が出た時に盗む行為はご法度なのだ。そんなことを許してしまったら村が潰れる。こっそりと穴に突き落とされて殺されてもしょうがないことなのだ。警察だって事故として処理をする。事件になんてしない。
英梨々は自分でとれた最後のザルを慎重に選別している。祈るような気持ちなのはわかる。俺も最初はそうだった。その内、何も考えずに作業するようになる。
英梨々の機嫌が悪いようにみえて、半泣きになっている。そんな2時間ばかし土砂を選別したからって宝石など出るわけがないのだ。
「こればかりは運だからな。努力でなんとかなるもんじゃねーよ」
英梨々は綺麗な石をつまみ上げては、テーブルの上により分けた。もういちいち「これは?」とはきいてこない。綺麗な石は原石の時から綺麗なことが多い。透き通った石でも濁っていれば価値はないのだ。
その中に混じっているサフィイアは・・・濃いブルーなので目立ちにくいかもしれなかった。
英梨々が深いため息をついて、諦めようとしていた。
「ほら、もっとよくみてごらん。あるよ」とラジャが優しい声でいった。
「ほんとに?どれかしら?これ?」
英梨々がひときわ大きな青い石をつまみ上げた。
「英梨々・・・それ・・・」
「何よ?」
「いやぁ・・・」とラジャが感嘆の声があがる。
周りの見たいた村人も声をあげる。女性などは悲鳴をあげている。大袈裟だな・・・もう少し演出指導が必要だった気がするが、英梨々はわかっていない。
ラジャはそれを手にとって、光に当てた。透明で綺麗に輝いている。最高品質のあのサファイアだ。
「綺麗ね。これなんて石かしら?」
「英梨々・・・それ・・・」
「サファイア。ベリーグッドグッドグッド・・・クオリティー」とラジャが言った。
「ほんと!?」
やっと英梨々がみんなが何を騒いでいるのか理解したようだ。自分でも空にかざしてみている。
「すごい・・・そう、これがサファイアなの。倫也~サファイアだって!」
「そうか・・・よかったな」
「何よ。嬉しくないわけ!?」
「俺が用意したものよりもずっとでかいからなっ!」
「ふふん」
鼻息荒く英梨々が満足した。ラジャは笑いをかみ殺している。女性は英梨々のところに集まって祝福の言葉を送っていた。
英梨々がドロだらけの顔で満面の笑みを作った。少し八重歯が見える。この笑顔がみたくて俺は2か月もがんばれたんだなぁっと思った。
※ ※ ※
あれだけ池だとバカにしていた露天風呂に英梨々は入った。ドロまみれの自分と服を、川で洗うか、暖かい川の水の風呂で洗うかの差である。英梨々はやっと理解したのだ。村の女の子と一緒に露天風呂に向かった。入口ではおばちゃんが監視しているので、俺は安心して村長の家にもどった。
もう、パーティーの準備ができている。テーブルが並べられて、酒も十分な量がある。料理は村長夫人をはじめとして、村の女性が作ってくれた。現地のスリランカ料理であり、インド料理にも似ている。
いつもは質素だが今日は豪華だった。村人も仕事を終えて続々と集まってくる。
英梨々が女の子と濡れた髪をバスタオルで拭きながら戻ってきた。
慌ただしく乾杯がはじまった。酒を一刻も早く飲みたい人がそれなりの数いたのだ。腹だって空いている。俺と英梨々は酒を飲むための口実でしかない。
飲み食いしながら村長が演説し、それから俺と英梨々を祝ってくれた。その後に、ラジャの婚約も発表されて、みんなが祝福の言葉や拍手を贈っている。
酒がだんだん回ってくると、歌う人がいて、踊る人もでてくる。
「英梨々、帰るならそろそろ村を出た方がいいぞ。片付けはじめたら手伝わないといけなくなるし・・・」
「あんたねぇ・・・この状況でよくそんなことがいえるわね」
英梨々はテーブルについて、子供たちに囲まれて漫画を次々に描いていた。描いているのは下書きのラフだが、それでも絵がうまいのがわかる。英梨々は今日あったことをマンガにしていたのだ。原稿が次々と出てくるのを子供や大人が不思議そうに眺めていた。自分がマンガの登場人物になるのを大喜びで子供がはしゃいでいる。
「で、どうするんだ?泊るか帰るか」
「と・・・泊るわよ」
英梨々もこの村を気に入ってくれたようだ。
村はまだまだ不便なことだらけだが、これから順調に発展してくれることだろう。俺と英梨々もこの村で暮らしていけば村の発展に大きく寄与できるだろうし、それはそれで良い人生だと思う。
けれど、英梨々ならこの村で暮らすよりも、日本で稼ぎながら経済的な支援をしていった方がいいのだ。
俺たちにはやるべきことがまだ他にも沢山あるのだ。そろそろ日本に戻る時が来たのだ。名残り惜しかったが、サファイアは無事に手に入ったのだ。また一歩踏み出さないといけない。
(了)