紆余曲折を経て、恵と英梨々で旅行してもらうことになった。
この物語では恵はずっとサポート役なので慰安旅行を兼ねています。
東京は過ごしやすい季節になっていた。外でランチを食べるには最適な時期だ。
「うまいなぁ・・・」
俺は加藤からもらったおにぎりを両手で持って、しみじみと味わっていた。日本に帰国して今日で3日目。大学に復学して講義をひさしぶりに受けた。昼休みは加藤が一緒にランチを食べてくれる。今日は加藤の持ってきたおにぎりを1つもらった。
「そんな涙目にならなくても。大袈裟なんじゃないかな」
「いやぁ・・・日本食はうまいよ。なぜだかわかるか?」
「お米があるから」
「それもある」
「あとは醤油かな」
「それもあると思う」
「他には?」
「俺が思うにな。まず水がうまい。ぜんぜん泥くさくない」
「よくカルキ臭くてまずいって聞くけど」
「それはそれだ。美味しい水でもさらにうまい不味いがあるのだろうけど、そんなレベルじゃなくて、カビ臭かったり、ドロ臭かったり、生臭かったりしないだろ?」
「それ、お腹壊すレベルなんじゃ」
「ああ、壊した。でもしょうがないんだよ。ペットボトルの水はいずれなくなるだろ。それに人に作ってもらう料理まで嫌味たらしくペットボテルの水を使ってくれなんて頼めるか?無理だろ」
「いったい、どんなとこで生活しての・・・髪もぼさぼさだし」
「これ、かっこよくない?」
「不潔っぽくみえるだけだと思うけど。皮も剥けはじめているし。安芸くん、もう10月の半ばなんだよ?」
「ああ、分かってる。それにしても東京って平和で臭くないよな」
「平和はわかるけど、匂いなんだ」
俺のささやかなスリランカ紀行は加藤も読んでくれて、まずまず好評だった。詩羽先輩によると、もっと生々しい匂いが漂ってきたり、危険を感じる様な描写が必要らしいが、残念ながら俺には文才がないのだ。
ひさびさに復学して緊張していたが、加藤はいつも通り接してくれて助かった。
※ ※ ※
帰りにはいつもの喫茶店に寄った。ひさびさの小倉トーストには心底感激した。こんなものがいつでも食べられる日本はほんとすごい。
秋物のVネックニットはカラシ色で落ち着いた雰囲気だ。高校の時のようにピンク基調のフェミニン全開なコーデからだいぶ変わってきている。
「サファイアを見つけたことで、英梨々は自信を取り戻したのはいいんだけどな。その後にちょうどいい具合にならなくてさ」
「あ~、英梨々だし調子に乗ってしまったと?」
「そそ。流石加藤だな。話が早い」
「おおむね今度は1人でスペインに行くとかいいはじめちゃったんだよね」
「そうなんだ。なんでもお見通しだな。でもまぁ、問題ないかな?とも思うんだが・・・」
「でも、英梨々の両親が許さないんじゃないの?」
「両親はけっこうファジーな性格だから、干渉はあまりしないんだ。ただ執事が心配している」
「海部さんだっけ。それって止めることできるのかな」
「いやぁ、できないと思うぞ。ただ、英梨々って世間知らずなとこあるだろ?手続きとか手配とか人任せなところあるし、1人で旅行は心配なんだ」
「安芸くんも気苦労が耐えないね」
加藤がもぐもぐと小倉トーストを食べている。上品だ。ラジャの村では、みんな少し薄汚れたような顔をしていて、欠けた皿に豆のカレーみたいなシチューをいれて、スプーンでバクバクと食べる。そんな生活は加藤には似合わなそうだ。
英梨々だから多少無理をさせてしまったが。
「ずっと行き当たりばったりな旅行だったからな。でも、1人で行くなら泊るところとか手配しないと心配だろ?男なら路上でこっそり過ごすこともできるだろうけど、女性だしな」
「英梨々小さいし、まだまだ子供っぽいもんね」
「うん、まぁそうだな・・・」
けっこうエロいんだが、それは別の話だな。
「うーん。それでわたしに何か頼みたいことがあるのかな?」
「この場合は、英梨々に中止にさせるように仕向けるのもよくないだろ。俺と一緒に行くように説得したもらえたら・・・」
「それは無理じゃないかな。だって、先に英梨々を置いてスリランカまで行ったのは安芸くんだよね?それもほぼ音信普通みたいな状態で2か月も」
「まぁそうなんだが・・・連絡はちゃんととったぞ」
「今はSNSで24時間つながっている時代だよね。1週間も連絡がこなかったら、事故とか事件に巻き込まれた心配になるのが普通じゃないかな」
「そうだな・・・」
「だから、今度は安芸くんに待たせたいのだと思う」
「なるほど」
そう考えると英梨々が1人旅にこだわる理由もわからなくもない。
「でも、英梨々だろ・・・無理じゃね?」
「さぁ・・・」
※ ※ ※
その後は話題を変えて、ゲームの進捗状況の確認をする。こちらはネットでコツコツ進めているので問題は少ない。さすが加藤でそつなく仕事をこなす。優秀なディレクター件プロデューサーなのだ。伊織ともなんだかんだ折り合いをつけてくれている。
「そうだ、加藤にはおみやげがあってな。これなんだが・・・」
俺は小さなプラスチックケースを渡した。そこには綿の上にルビーのルースが入っている。忘れたふりしていたが渡すタイミングを探っていた。
「なにこれ?」
「ルビー。0.5カラットだけどさ。けっこう上等なものなんだ」
「へぇー、これも安芸くんが見つけたの?」
「そう。それで買い取ってきた。磨いてみたらこんなに小さくなってしまったけど・・・原石はもっと大きかったんだ。それでも0.5カラットあるからそこそこの値打ちだぞ」
「うん。ありがと。でもルースもらってもどうしていいかわかんないよ」
「何を作るかは考えてみてくれ。ネックレスにしてもいいなぁとは思っただけど」
「うん。で、これが依頼料ってわけ?」
「勘がいいな・・・」
「でも、旅費はかかるよ?」
「飛行機代ならなんとか・・・」
「うーん。しょうがないなー」
そう、英梨々が俺と行きたくないならしょうがない。かといって1人は心配である。海部さんあたりが一緒なら心配はないが、英梨々は嫌がるだろう。自立した女性と思われたいのだ。
そこで、加藤に白羽の矢が立ったわけだ。しっかりものの加藤なら英梨々と2人で旅行しても大丈夫だろう。
「頼んだ」
加藤はため息をついたが、それはそれで楽しみにしている様子だった。
※ ※ ※
一方の英梨々だが、さんざん交渉(さんざん駄々をこねて廊下で寝転がってバタバタ)した結果、「旅行計画書を提出してください」という海部さんの妥協案を引き出すことに成功していた。
「ほう、それで・・・どんな旅行計画書なんだ?」
「なんか、『これでは許可ができません』って却下されたんだけど、具体的にどこか悪いのか教えてくれてないのよね」
「どれ見せてみろ」
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旅行計画書
①スペイン行きの飛行機に乗る
②ホテルを探して泊る
③鉱山の人と出会う
④スファレライトを買う
⑤もう一泊して少し観光する
⑥日本に戻る。
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ふむ。海部さんはどこからダメ出ししていいかわからなず、どうやら間接的に俺に投げ出したようだ。
「なるほどな。挿絵のミニ英梨々はカワイイと思うぞ」
「でしょー」
そう、全否定などしたら英梨々がヘソを曲げてしまう。まずは肯定からだ。
「それで、一泊目はどこに泊るんだ?」
「まだ決めてないわよ」
「都市は?」
「空港の近くだから、やっぱり首都かしら。バルセロナよね」
「ふむ・・・なかなか考えているな」
「当たり前でしょ」
どうしてこう自信満々なのか理解しかねるが、マドリードであることを指摘することに意味はない。一応、英梨々とやり取りをして、鉱山の場所もわかっていないことがわかった。
「話は変わるが、加藤もスペイン行きたいって言ってたぞ?」
「恵が?・・・そう」
「旅の友は道連れっていうしな。加藤も誘ってみたらいいんじゃないか?」
「なら話ぐらい聞いてみようかしら」
かくして俺は1次受けの中抜きのように、問題は加藤へと先送りすることに成功した。
※ ※ ※
夜、スカイポで加藤と話合いをしながら計画書を詰めていく。
「これ、予算ってどうなっているの?」
「無用な贅沢をしないなら問題ない。例えばファーストクラスの飛行機で移動するとか、スイートルームに泊まるとか」
「うん。それはまぁそうだよねーとしか」
「逆に夜行列車なら三等などに乗らず、個室を取って問題ないぞ」
「じゃあ、サッカー観戦のチケットは?S席がいいんだけど・・・」
「サッカー観戦!?」
「せっかくスペインいくし、普通リーガを見るよね」
「普通は・・・見ないんじゃいか・・・」
「えっー」
「そういえば俺もブラジルでサッカー観たな」
「サンパウロだっけ、どこの席とったの?」
「普通に一番安いところ。それはそれで面白いぞ?スポーツ観戦なんてスポーツを観る事が半分、一緒に騒ぐことが半分だろ?」
「そうかも」
俺はいったい何の話をしているのか?そもそも英梨々はサッカーを観ない。俺はけっこうサッカーが好きなのでゲームのシナリオにもちょくちょく使う。加藤はそれをきっかけにサッカーにはまってくれたのだ。スペインリーグの観戦なら俺も行きたいぐらいだ。
「レストランも行きたいところがあるなら予約しておくといいぞ」
「予約っていっても、わたしじゃスペイン語わからないし」
「そういうのは英梨々ができる。あいつはああ見えて金髪の期待を裏切らずマルチリンガルだからな」
「わかった。適当なの探してみる」
「宿泊先と移動ルートさえ抑えておけばいいからな」
「うん」
夜の間にある程度ざっくりと決めたのは、5泊7日の旅だ。飛行機で2泊なので、体感的には3泊4日のスペイン旅行ということになる。
※ ※ ※
そして翌朝、加藤から旅行計画書が届いた。分刻みの行程表に、レストランのオーダーまでシミュレートした詳細な予算。それはもう旅行代理店のアテンダントのようにプロフェッショナルな出来だった。
それをプリントアウトし澤村家に交渉へ行く。海部さんから許可をもらい、無事に英梨々のスペイン旅行が決定した。
英梨々は行程表を確認し、「なんでサッカー観戦があるのよ?」と言ったが、不服はないようだった。
「でも倫也。これだと現地に『スファレライト』がなかった時に困るわよね?」
「そうだな」
「その時はどうすんのよ」
「その時はその時だな」
「いい加減な計画よね。物事なんて計画通りになんていくわけないのに」
「そうだな」
めんどうくさいので同意で乗り切る。英梨々は加藤と真逆の性格だ。英梨々の場合は締め切りはあっても計画性は昔からない。宿題はけっこう夏休みの始めのように終わらせるタイプだったが、旅行やデートは行き当たりばったりが多い。俺もだが。
「とにかくだな、加藤の言うことを聞いておけば大丈夫だ」
「はぁ?なんで恵があたしの保護者みたいになっているのよ」
「大事な友達だろ?」
「そうよ」
「友達に自分を合わせることも大事だぞ?海外で喧嘩なんかしてみろ1人ぼっちだ」
「元々、1人旅する予定だったんだけど?」
「帰ってきてからも加藤と気まずいぞー」
「・・・そうね」
英梨々は元々小学生の時に孤立していじめにあっている。加藤は大事な友達なのだ。今のうちに言い含めておく。
「無事にかえってこいよ。あんまり無理するなよ。いざとなったら・・・」
「もう、倫也も保護者じゃないんだからっ。大丈夫よ」
「ふむ・・・まぁ、もどってきたら結婚しような」
「ちゃんと買えたらね」
今日も一応英梨々にプロポーズをした。集まった石はすでに5つだ。英梨々が無事にかえってくれば6つになる。完成は着実に近づいていた。
(了)