ビルバオの街の中央を流れるネルビオン川を観光船に乗った。商業都市だけあって街は発展しているが、古い石造りの建物も多く残っていて、景観としては中世の趣がまだ残っていて美しい。
クルーズ船はそのまま港の方へ向かい、海が見えたところで停泊した。
もう寒い季節なので海水浴客はいなかったが、サーフィンをしている人などがちらほらと観る事ができる。
ゆったりと観光船に乗って、恵はうっとりとした気分になっていた。あれもしたい、これもしたいと練った計画よりも自由な時間を楽しめている気がする。きっと隣の英梨々がいつもと変わらない雰囲気だからだろう。
恵が地図と照らし合わせて建物などを調べているのに、英梨々はスケッチブックを広げて素早くドローイングをしていく。簡潔なラフ画なのに街の情感をしっかりと捉えていて、人々がそこに生活しているのが伺える。
同じ学年とは思えない。才能や環境にも恵まれたのだろうが、努力なくしてこんなには絵が描けないことを恵は知っている。高校の時に知り合ってからもう3年以上が過ぎる。その頃もすでに絵が上手かったが、今はそれ以上に上達しているし、また恵自身も絵についての理解が深まっているから、そのすごさがわかる。
ため息が出るぐらい人生に差がある気がする。嫉妬する気も起きない。憧れや羨望にも近い感情は、むしろ一緒に旅行したり、ゲームを作ったりすることに光栄にさえ思ってしまうのだ。 ・・・倫也が英梨々に惹かれるのもよくわかる。
2人は海沿いの港で降りた。
「まだランチに早いわね。次の予定はどうするのかしら」
「えっと、週末だから闘牛場もやっているみたいなんだけど、英梨々は興味ある?」
「あまり好きじゃないわね。恵が観たいならかまわないけど」
「ならいい。わたしも残酷なのはあんまり・・・」
「そうね。別にスペインだからって、スペイン名物ばかりを楽しむことはないわよ」
「そしたら、この・・・ケーブルに乗って街が見下ろせるみたいなんだけど」
恵は地図を見せた。乗り場は街の方にあって今下ってきた川とは逆方向だ。
「そう、いいわよね。メトロで移動できるかしら」
「うん」
恵はアプリの地図からメトロの駅をマークした。それから港付近のショップを見て回り、駅へと向かった。英梨々は恵におとなしくついてくるだけだった。メトロで切符を買う時は、「良くわかない時は一日乗車券買っておけば何かとお得」ということで、『バリック』というカードを購入した。
乗り換えの時も英梨々に確認したが、「間違ったら間違ったで問題ないわよ」といって、あまり心配はしていないようだ。そうかもしれない。間違ってもそこには今まで見たことない街があって、面白い店を発見できるかもしれないのだ。そう思ったら気が少し楽になった。
「深い地下鉄」
「ほんとね。このエスカレーターは人の乗り降りの振動で発電していると書いてあったけど、読み間違いかしら?」
「そんな発電があるの?」
「そう書いてあるわよね」
英語ならともかく、スペイン語はまったく読めない恵には確認のしようもない。駅のホームは清潔で簡素な作りだった、なんでもデザイナーが作ったメトロらしい。地上の入口からしてオシャレな外観だった。
メトロが来ない間は照明が暗くなっていてエコである。実にヨーロッパらしく先進的だ。メトロは近代的な車両で新しい。
「電車乗るだけでこんなにドキドキするなんて」
「旅の良さよね。昔と違ってどこも安全になったし」
「なんだろう。すっきりしている・・・よね?」
「そうね。広告ないからかしら」
「それだ」
まるで電車好きの子供のように恵はキョロキョロしては、ケータイで写真を撮っていく。英梨々は早々と空いている席に座った。全部前を向いた2人掛けで座席数は少ない。
英梨々はバックからキャンディーを出して恵に渡した。スペイン製の甘ったるい飴だった。カラフルな飴は色と味のイメージは一致しない。赤い飴なのに酸味がつよかったり、青なのにやたら甘ったるい香りしたりする。包み紙を恵から回収してかばんにしまう。
※ ※ ※
旧市街の北駅で降りて、ケーブルカーに乗った。ここでも一日乗車券が使えたのでお得な気分になる。
ケーブルはアルチャンダ山を昇っていく。オレンジ色の綺麗な街並みや、広々とした空港が見渡せる。
「あっちが港だから、あの川を・・・」
「あんたよくわかるわね」
「だって、あそこが中央広場で、あれが大聖堂で、あっちが美術館で・・・」
「へぇー」
恵はなんども地図とにらめっこしていたので、さっきクルーズしたコースがはっきりとわかる。空港もみえるので飛行機の離着陸が確認できる。 街をを見下ろした先は海が広がっていた。
「あたしは少しここでもスケッチするから」
「うん」
付近には公園があり、おみやげのショップやレストランもある。観光名所として充実していた。
恵は英梨々が絵を描いている間は1人で散策する。ちょっと緊張していたがそこまで不安はない。周りもみんな観光客なのだ。ショップではお菓子やドリンクの他、小物などのおみやげも扱っていた。子供向けのぬいぐるみもある。
レストランのメニューはスペイン語の他に英語でも書いてあった。写真付きで分かりやすい。もう昼過ぎなのでそろそろランチでいいだろう。リゾットがなかなか美味そうだなぁと思ったのは、やはり日本人でお米が好きだからだろうか。
英梨々のところに戻ると、遠巻きにギャラリーが出来ている。英梨々自身が絵になるからだ。恵も思わず写真を撮ってしまう。英梨々は集中しているようなので描き終わるまで、邪魔しないように後ろの方で一緒に見ていた。
鉛筆画だったが、空の高さや、落ち葉や、歩く人の服装で秋だとわかる。ささっと描き終えると次のページに移動して、また描き始めてしまう。
「英梨々。レストラン見つけたけど」
「そう。よさげかしら?」
「うん」
「なら、ここでお昼にしましょうか」
英梨々はパタンとスケッチブックを閉じた。観光客のおじさんが英梨々に声をかけてきた。英梨々とやり取りしていると、紙幣を1枚出した。
英梨々はスケッチブックを渡し、それからおじさんの選んだ絵にサインをしてバリバリと切り取って渡した。
それから2人は公園横のレストランでランチを食べた。味はそんなにうまくないのは観光名所だからだろう。可もなく不可もなく。
英梨々はさっき貰ったお金で会計を済ませた。
「なんだか自分の絵がこの程度の料理と評価されているようで、嫌ね」とぼやいた。
※ ※ ※
ビルバオの街を出て、今はバスに乗っている。このバスは『サン・セバスティアン』へ向かっている。どこかで聞いた気がするが恵にはよくわからない。
出発地点がビルバオのサッカースタジアム付近だった。アスレティコ・ビルバオはスペインリーグの中堅クラブである。でもミーハーな恵にも誰が所属しているかわからない。やはり首都のマドリードやバルセロナのクラブチームが好きだった。この辺は倫也の影響である。
高速道路は田園を突っ切っていた。広い田園風景と紅葉になりかけた山が見える。どこか懐かしい感じのする風景だった。あんなに整備されて綺麗だった街を離れると、けっこうおんぼろな家なども目立つようになってきていた。田舎の街はどこも寂しいものだ。
山間を通る時はガタガタと大きく左右に揺れた。英梨々は短い間でも目を閉じて眠っていたが、恵はもの珍しくて起きていた。バスがあまりにも揺れるので気分が少し悪くなてきたので、目を閉じて我慢する。
1時間そこそこで、バスは『サン・セバスティアン』に到着した。この街に何があるのか恵は知らない。英梨々はここに来る予定だったようだ。日が翳り、赤い空が広がり始めていた。
バス停で降りて英梨々はベンチに座った。英梨々も少し酔っていた。
「ずいぶんと揺れたわね・・・」
「うん。ねぇ英梨々。どうしてこの街に来たの?」
「この街じゃないと観れないものがあるからなのよ。少し休憩したら街の中心へ歩きましょう。できれば海沿いまで歩きたいわ」
「それはいいけど・・・」
いったいどこにいくつもりなのかわからない。インフォメーションで街のガイドブックと地図を買った。
「恵、『ホテルラサラ・シーサイド』を探してくれるかしら?」
恵が地図を開いて確認する。名前からして海沿いだろうと見当をつけてすぐに見つけた。街の中心から旧市街へ向かい、それから海に出ればいい。
「ここだと思う」
「歩けそう?タクシー乗りたくないんだけど」
「うん。交代で荷物持とうか」
おそろいのコートを着た女子2人。ガラガラとキャリーバック引いて初めての街を歩き始めた。
ここも道路は綺麗に石畳で舗装されていた。石造りの家はどれも趣があって美しい。中心地の商店は賑わっていたが、まだ日も暮れていないのに酔っ払いが大勢いて、大きな声で円になって歌っている。おじさんだけじゃなくて、老若男女みんなが陽気歌ったり、踊ったりしている。週末だからだろうか?と恵は疑問に思った。
「お祭りかな?」
「そうみたいね。あたしはあまり詳しくないけど。今日はお祭りに近いはずよ」
どこからともなく太鼓を叩く音も鳴り響いている。恵は土地勘があるわけではないが、西日が強いので方角はわかる。ときどき地図を確認しがなら旧市街へと向かった。とても美しい街なので、どこを歩いていても中世に迷い込んだ気分になる。
中心街のメイン通りは近代的なビルやホテルなども並んでいた。新旧二つの顔を持つのがいかにもヨーロッパらしい都市だった。
川沿いに出て北上すると潮風の匂いがときどきしてくる。このあたりかな?と見当をつけて恵は左折した。格子状に整備された街づくりでわかりやすい。ホテルやたくさんの店舗が並んでいる商業地区を抜けると砂浜が見えてきた。無事に海に出ることができた。
「やるわね。恵」
「それほどでも。でも、もう夕方だよ?」
「いいのよ。ホテルは予約したから。この辺よね」
「たぶん、あれ」
「あんた、初めてきたのにしっかりしているわね」
今は荷物を英梨々がガラガラと引いていた。ずいぶんと歩いたので気分はだいぶ回復していた。
「英梨々ここだけど・・・なんか立派なホテルだよ・・・」
「今日は、ここに泊るわよ」
「はい?」
由緒正しき佇まいのホテルは歴史と格式がある。目の前には整備された海浜公園がひろがっている。もうオフシーズンなので人はそんなにはいなかった。
英梨々が中へ入っていくとベルボーイが荷物を運んでくれた。英梨々は恵にロビーで座って待つように言った。
英梨々がフロントでチェックインをすると、女性スタッフが部屋まで案内してくれた。
恵はただただ呆然と広いホテルと見事な調度品に驚いていた。スタッフは英語でバスルームの使い方や、ルームサービスについて案内をした。帰る時に、英梨々はコーヒーとガトーを注文して、チップを渡した。
「ふぅ・・・恵お疲れさま」
「ここ、泊るの?」
「そうよ。いいところよね、清々してて。秋の海もいいものよね」
窓からは海浜公園とビーチが見下ろせる。そこにはビスケー湾が一望でき、ヨットハーバーには大量の船が停泊していた。
まもなくルームサービルのコーヒーが届いた。ガトーセットには数枚のクッキーとチョコが綺麗な皿にのっていた。
窓際のガラスのテーブルで2人はコーヒーを飲んだ。海風が気持ちよく吹いている。
「・・・高いんじゃないの?」
「そうね」
英梨々は素直に認めたが、別に気にする様子もなかった。お金の感覚がときどき恵にはわからなくなる。あまり一方的に奢られたいとは思っていなかった。対等な関係は無理でも大きな差は欲しくない。
「いいとこでしょ?」
「うん」
「一番いいのはね。大きなお風呂があるところね。海を望みながら入れるわよ」
バスタブは深さはないが、寝そべることができるぐらいには広い。もちろんジャグジー付きで泡風呂にできる。
「ふふん。あとで一緒にはいるわよ」
「英梨々!?」
「まさか、断るわけにはいかないでしょ?」
「ううん。普通に断るよ」
ホテルに着いてからずっと緊張していた恵がやっと笑った。チョコレートが美味しい。
※ ※ ※
ホテル発のバスに乗る。行先の『ルアレ・アレーナ』はこの街のサッカークラブのホームスタジアムだ。
「倫也がね。ルアレ・マドリード戦のチケットを転売するなら、このチケットがいいだろうって」
「このチケット?」
降りると、あたり一面はユニフォームを着た人達で賑わっていた。すでにムードが盛り上がっていて、待ち切れないとばかりに飛び跳ねている人が大勢いる。
「そう。ここってバスク地方の第二の都市なのよ。『ルアレ・ソシエダ』ってチーム知っている?」
「知ってる。そうだったんだ。ほら、日本代表のタケクボタが所属してる・・・」
「いや、ぜんぜんあたしは知らないんだけど。人気あるのかしらね?倫也でもチケットがとれなかったのよね」
「じゃあそのチケットは・・・転売品?」
いくらぐらいするのだろう・・・と恵は思った。転売品だと10万ぐらいする時もある。
「やぁね。あたしはそんな犯罪者が儲かるようなことはしないわよ。ちょっと肩こるけど・・・」
「いや、さっき倫也くんに転売させたっていってたよね?」
「勘のいい子は嫌いだよ」と、英梨々は発言が破綻していることに直ぐに気が付いた。
英梨々は正面ゲートへ向かった。まだスタジアムは開いていなかった。だからスタジアムの周りが盛り上がっているのだ。
チケットをみせると、しばらくして奥からネクタイで正装したアテンダーがでてきた。英梨々と恵は別のゲートへ案内されて、スタジアムの中へと入ることができた。
「どういうこと?」と恵は疑問に思ったが、英梨々は気にせずにアテンダーに付いていく。もうすぐオープンなので、アパレルや飲食店ではスタッフが働いていた。カードキーで内部の別の区画に移り、個室へと案内された。英梨々とアテンダーが会話をしている。
部屋の正面は大きなガラスで、フィールドが見渡せる。部屋の中にはテレビがついていて放送されている映像も観られる。スイッチでは言語を英語に切り替えることも可能だ。その他にメニューブックもあってオーダーができる。
そう、ここはVIPルームだった。
アテンダーが話終えて部屋から出て行った。
「ちょっと堅苦しいけど、ここしか席がとれなかったのよね。恵はもう少しファンと交流できるような席が良かったかしら?」
「あのさ、英梨々」
「どうしたのよ?」
「ぜんぜん、わからないんだけどだけど、どういうこと?」
「だから、普通には人気すぎてチケットが倫也でもとれなかったのよ」
「普通はここの方がとれないよね?」
「そうなの?あたしはしょうがないないからパパから外交経由で予約してもらったんだけど」
「国家巻き込むんだ・・・」
恵はため息をついた。こんな場所はテレビでしかみたことがない。ちなみに英梨々のパパは外交官であり、スペンサー家の力もあってときどき権力を私用する。
「恵は何飲む?英語のメニューもあるわよ」
英梨々は革張りのソファーに座って、すでにくつろぎ始めている。部屋はそんなには広くはないが、サッカー観戦するには十分だった。
英梨々はもってきたバックから、画材道具を出し始めた。アクリル用のボードは色紙サイズだ。
「あたしはちょっと仕事するから、恵は自由にしていていいわよ。部屋からでても平気だから。一般フロアとの出入りの時はスタッフにこれ使って」
英梨々はクビからかける身分証のカードキーを渡した。普通はここに来るクラスの人は付き添いがいて自分では出歩かない。
「仕事って・・・英梨々、ここで絵を描くの?」
「そうよ」
「・・・いいのかなぁ」
「ちゃんと話は通しているわよ」
恵は試合開始まで2時間もあるので、スタジアム内のショップや大型スクリーンに流れている映像などを見て過ごした。特にショップではクラブチームに関連しているものが充実している。ぜんぜん買うつもりはなかったが、英梨々と自分のユニフォームを購入した。
背番号は悩んだが、エースナンバー10と、タケクボタの14番にした。クラブ純正のユニフォームを着るとテンションがだんだんと上がってきた。
今まではファンというほどではなかったが、ここまで来てしまうと熱心なファンとしか思われないだろう。
VIPルームに戻ると、英梨々は猛烈な勢いで絵を描いていて、すでに完成しそうだった。描いていたのは、ソシエダの日本人選手。タケクボタのゴールシーンだった。背番号14が見える後ろ姿なのに、はっきりと本人の特徴が捉えている。
動きのある荒いタッチで躍動感があり、スタジアムの熱狂や歓声などが聴こえてきそうだ。
「英梨々、上手だねぇ」と小並感しか出てこなかったが、「モネのパクリよね」と本人は気にも留めない。
印象派で代表的な画家モネ。パリ万博の盛り上がりを描いた作品では、通りに人が集まって国旗が多数翻っている絵を描いていた。
恵もいわれてみればそうかな?という気がする。
「英梨々。ユニフォーム買ってきたんだけど、着替えない?」
「いいわよ。ちょっとまって、すぐ仕上げてしまうから」
恵はごそごそと外から見えないようにしゃがんで着替えた。ソシエダのユニフォームは白と水色の縦ラインでアルゼンチン代表のユニフォームに少し似ている。青色は濃いが爽やかな印象のデザインだ。海沿いのセバスティアンまできて、このカラーリングになったのが分かった気がした。
着替えてしまえばもう気分は熱烈なファンだ。試合まで30分を切っている。各チームの選手がフィールドに出てきて体操やパス回しなどで体を温めていた。スタジアムは埋まり始めていて、大きな旗がいくつも翻っている。すでにチャントと呼ばれる応援歌も歌われていて、スタジアムの雰囲気はどんどん盛り上がっていた。
バスクダービーと呼ばれる大一番である。恵もだんだんドキドキしてきた。
大型スクリーンには練習の状況や監督の表情などにカメラを寄せたり、ゴール裏の盛り上がりや、来場した有名人などを探して映している。
VIPルームの金髪ツインテールの英梨々が再三映し出されているのは美少女だからだろうか。隣の恵は照れ臭い。こんなことならもっと髪をセットしてから来ればよかったと思った。VIPルームにいる美人なので、英梨々のことを女優かモデルとでも思っているのかもしれない。
英梨々は英梨々で笑顔で手を振って応えている。
部屋がノックされてスタッフがやってきた。英梨々と会話している。
「恵、タケクボタみたい?」
「そりゃあみたいよ」
「ならいくわよ」
「どこに!?」
「通路。試合前だから声はかけないでって言ってるわ」
2人はスタッフの案内で移動する。選手のロッカーからスタジアムへの通路には、すでにエスコートキッズが並んでいた。多くのスタッフがいる中、2人は後方で邪魔にならない位置にいる。
スタジアムでは選手紹介の名前と映像が流れていて、そのたびに歓声があがっていた。ロッカールームから選手がぞろぞろと出てきた。
「英梨々・・・緊張したきた」
「別にあんたが試合するわけじゃないでしょ」
「そうだけど・・・」
みんなテレビでみるよりもずっと大柄な選手だった。ユニフォームからでている腕も足も筋肉で太いのがわかる。
英梨々を見つけて声をかけている選手がいる。
「なんていってるの?」
「ナンパしているのよ。余裕よね」
「まったく・・・さすがスペイン人だね・・・」
「ほら、タケクボタが出てきたわよ」
「どうしよ・・・英梨々、本物だよ」
「ほら、あんたしっかりゴール決めなさいよ!わざわざ日本から応援きたんだからねっ!」
「声かけちゃだめなんじゃ・・・」
英梨々の声掛けに気が付いた日本代表は、近くによってきて笑っていた。恵が自然と手を差し出すと握手をしてくれた。この選手は小柄で、それが周りのタフな選手に比べて可愛く見えた。
派手な音楽が鳴って、エスコートキッズと手をつないでフィールドへ向かっていくのを見送った。
VIPルームに戻る途中で英梨々はいろんな人に話しかけられていた。注意でもされているのかと思ったら、ただの挨拶回りだったらしい。
「ほら、何かとめんどいのよVIPだし。こっちのクラブ会長でしょ、あとスペインの王族の王女でしょ、それとほら、あたしの知らないOBの選手とか」
「そんな人達だったんだ・・・」
みんなけっこうリラックスした服装なので見た目的にはただのおっさんやおばさんである。ここはVIPフロアなので、当然いる人もなんらかの特別な人たちだった。
※ ※ ※
前半の立ち上がりから激しい試合展開。スコアは0-0だったがカードが全部で4枚もでている。スタジアムの盛り上がりはこれでもかというぐらい熱い。
恵はついつい声を出して応援するが、英梨々はストローでソーダ水を飲みながら、「ちっとも点が入らないわね」と文句をいっている。ハーフタイム中にはまたVIP席がカメラで抜かれている。英梨々が手を振って答えている。
軽食として注文したタコスがなかなかうまかった。
「どっちが優勢?」
「押したり引いたりだけど、ホームチームが少しいいと思う」
「そう、せっかく応援しているんだから勝って欲しいものよね」
部屋の中のテレビでは前半のハイライトシーンが繰り返し再生されている。日本語放送もあったが、恵は現地の放送で聞いていた。音はそんなにはいらなくて、スタジアムの方が迫力があってすごかった。
後半もゲーム展開が激しかったが、セットプレイからアフェイのビルバオが先制点をいれた。スタジアム全体から大きなため息とどよめきが聴こえた。その後は応援がますます激しくなっていく。
「負けてるわね」
「これからだよ・・・」
その後、すぐにエースストライカーが得点を取り返すと、盛り上がりは最高潮でスタジアム全体が揺れている。英梨々も恵も「キターーーーー!」と叫んでいた。
そ一進一退の熱い展開でカードが出されていく。アウェイチームについに退場者が出て、ホームチームが押せ押せムードになった。アディショナルタイムは4分。ずっと攻めている状況で、観客はみんな立って応援している。全員が跳びはねているので、スタジアムはまるで地震のようにずっと揺れている。
終了間際にタケクボタがサイドからドリブルで突っ込んで、カットインから豪快なゴラッソをファーサイドに決めると、VIPルームのガラスが歓声で揺れていた。英梨々と恵も抱きあって喜ぶ。
ベンチの選手もスタッフもフィールドに飛びてて喜びを分かち合う。タケクボタは応援席までユニフォームを脱いで走っていった。どうだと言わんばかりに両手を広げている。
最高の結末だ。
その後、ユニフォームを脱いだことで警告のカードがでたが、試合はホームチームの勝利で終わった。
勝利をの余韻をファンと分かち合って、選手はスタジアムをぐるりと回った。チャントがずっと続いていてる。
選手たちがロッカーに戻ってから、徐々に観客は帰っていった。英梨々はスタッフに絵を届けてくれるように言って渡した。それからタクシーの手配も頼んだ。
VIP用の出口は別で、スタッフに案内されて外へと出た。
車は渋滞していてゆっくりとスタジアムから掃けていく。英梨々たちがタクシーの順番が回ってきたところで、スタッフに呼び止められる。慌ててスタジアムに戻るとバックヤードを通って、選手がバスに乗るところへと案内された。通路でタケクボタが絵を持っていた。
「グラシアス」といって、英梨々と握手をしている。
こうして、2人のサッカー観戦は終わった。
※ ※ ※
ホテルに戻って、遅めの夕食を食べる。バスク料理の王道コースでボリュームもそこそある。
部屋に戻るとクラブチームから、サイン色紙とサイン入りのディフォルメ人形が届けられていた。
恵はふわふわした気分で、まだ夢心地だった。さっきまでの熱狂が嘘のように部屋は静かだ。
英梨々はバスタブにお湯を貯めていく。
英梨々は部屋で服を脱ぎ捨てて、恵にも気が向いたらお風呂に入るようにいった。少したってから恵も服を脱いで、ジャットバスの泡風呂に一緒に入った。
英梨々が無邪気に悪戯してくるが、恵はぼんやりしたまま、されるがままにしていた。
(了)
長々と初期からお付き合いしてくれているとわかると思うけれど、英梨々のイデアが育ってきている現在、倫也ー恵で旅行するのはもう無理かな。
2年前に書いた恵との夏イチャが試作品で、その翌年に倫也と恵で南欧を旅行させるつもりだった。
でもそうなっていないということは、ある意味で英梨々はやっぱり勝っているんだろう・・・何かに。