購入もしたし、採掘もした。
そこでもうちょい小説的で劇的な入手手段が欲しいなぁッと。
RPG的に作りたかったので、こんな感じになった。
早朝にヒホンという港街に到着して、英梨々と恵は船を降りた。ここからアストゥリアス州の州都オビエドまでは南へ8キロほどで、バスなら30分ほどだがまだ運行していなかった。
しょうがないのでキャリーバッグをガラガラと引きながら、他の観光客と一緒に市街地を目指した。この地方には伝統あるアストゥリアス建築の建物がまだ残っていて、情感漂う中世の石造りの建築物が残っている。市庁舎の近くでカフェに入って朝食を食べ時間をつぶす。
オビエドの街に着いたのは午前9時。
一応、今日帰る予定だ。大学もあるからいつまでも休むわけにはいかない。駅の預かり所にキャリーバックを預け、インフォメーションで街の地図を入手する。北スペインの有名な観光地であり、ガイドブックも充実していた。
アストゥリアスは山によって隔絶された地域のため、歴史的には1000程前の中世では西ゴート王国として栄えた。その後はレオン王国だ。
アストゥリアス公領になり、現在はスペインのアストゥリアス州で自治州ということになっている。地政学的にも歴史的にも、スペインから独立する未来があっても不思議ではないぐらい別文化とも言える。
その証拠に独自の文化の他に、アストゥリアス語も存在している。
「ん~、ねぇ英梨々。スペインって王国だけど、貴族もいるの?」
「いるわよ。アルバ家が有名だけど、他にも大小様々な貴族がいるわよ。別に大したことないけど」
「大したことないって?」
「もう法的な特権は何もないのよ。ただ勝手に名乗ることはできなくて当事者間での指名性によって受け継がれているみたいね」
「特権もないなら意味ないんじゃないかな」
「きっとそういうのが好きな人がいるのよ。権威っていうのかしらね」
恵には感覚的にはよくわからない。今でも爵位は高値で売買されているらしい。貴族とは社会的信用の1つであり、多くの貴族が会社を経営したり、広い土地を持っている。しかし私財を管理するのは大変なのだ。
「じゃあ、アストゥリアスにも貴族が住んでいるということかな」
「探せばいるんじゃないかしら?それが大会社を経営しているか、没落しているか知らないけど」
英梨々と恵は駅前のベンチでペリエを飲みながら作戦会議をしていた。恵は紅茶を好んで飲んでいる。
「そろそろ店も開いているでしょうし、まずは鉱山でも巡りましょ」
英梨々は飲み終わった瓶をリサイクルボックスにいれた。恵は飲みかけのペットボトルを鞄にいれる。
アストゥリアス州は19世紀に鉱山の街として賑わっていた。今は閉山してしまったが、当時の炭鉱が解放されていて見学することができる。
まずはガイド付きのプチツアーに参加した。バスに乗り込み現地へと向かう。炭鉱の中は適度な暗さと狭さがあってなかなか怖い。当時の道具なども残っていた。おみやげ売り場に期待したが、めぼしいスファレライトはなかった。
街に戻ってきてからウリア通りへと向かう。ここが州都オビエドのメインストリートになる。『オビエドとアストゥリアス王国建造物群』として世界遺産に登録されている。仰々しい石作りの建物が立ち並んでいた。
伝統的なストゥリアス料理の食べられるレストランを探し。そこでランチをとることにした。
「そうそう手にはいるものじゃないわね」と、英梨々は不服そうに言った。
「ここの炭鉱も鉱山だけど、スファレライトの採れた鉱山はもっと遠くにあって、今は国立公園の一部になってるみたい」
「そう?行ってみようかしら?」
「う~ん。でも遠いかな」
アストゥリアスは美食の街で料理が美味しい。カチョポと呼ばれる薄切り牛肉にチーズを挟み、パン粉をつけて揚げたカツレツ。ファバーダと呼ばれる白いんげん豆とチョリソーなどを煮込んだスープ料理が有名だ。それにパンを追加してオーダーした。
「料理はどこで食べても美味しいわね。フランスをほど格式ばってもいないし、あたし好みだわ」
「うん。美味しい。日本帰ったら体重計乗るの怖い・・」
「別に気にすることないわよ。ここでしか食べられないものを食べないと後悔するわよ。日本に戻ったらダイエットするのはしょうがないわね」
「英梨々は太らないの?」
「『太れない』の方が正解かしらね。あんまり健康的な体じゃないのよね。胃腸が弱いんじゃないかしら?」
「羨ましい」
「よく言われるけど、そうでもないわよ」
恵は英梨々の体が弱いことを知っている。何の病気かはわからないけど、入院中のお見舞いも行ったことがある。その時の倫也くんが慌ててないで介護に慣れていた様子から、昔からなのだろうと思った。それは確かに羨ましいとは言えないかもしれない。
「この付近はだいぶ賑わっているから、次は足をつかって宝石店巡りでもしましょ。スファレライトが採れた場所だし、どこかしらにあることを期待しましょ」
「うん」
「もうほんと、原石なんてどこにも売ってないのよ。あたしはもっとこう・・・産地の宝石がいっぱい取り扱っているお店があると思ってたんだけどね」
「ああいうのは関係者が売買しているんでしょ?」
「そうよ。バイヤーね。コロンビアにはそういう場所があったわ。そういう場所って首都の人の多いところにあるのよ。変な言い方だけど現地よりも首都の方が品物が手にはいりやすくなってしまうのよね」
「なら、マドリードで良かったんだ」
「その視点からいうなら東京で十分なのよ。世界中からなんでも取り寄せられるし」
「あっ・・・そっか」
「交通費や宿泊費なんかかけるよりも、その分宝石にコストかけた方がよほどいいものが手に入るわよね」
「そりゃそうだよね・・・」
このスペイン旅行だって金額の詳細は知らされていないが、恵が倫也に買ってもらったサファイアの指輪なら買えてしまうぐらいのコストがかかっているのを知っていた。
娯楽半分というのが英梨々の主張なのかもしれない。
その後、ウリア通りのジェリーショップを見て回る。確かにスファレライトは扱っていたが、もう庶民では手が届かない大きなもので、1万ユーロ、約150万円を下るような商品はなくなっていた。英梨々は別に1万ユーロを払えないわけではない。ただ欲しいのはわずか0.1カラットの最高品質の宝石なのだ。
英梨々はお店を巡りながら情報を集め、その代わりに5万円前後の手頃なジュエリーを恵に選んでもらって購入した。購入した後にはさらに情報を引き出せることがあるからだ。
旧市街の方に原石などの鉱物を扱う老舗があるらしいとわかり、タクシーで向かった。
「なんかほんとに、こうやって探してきたの?」
「そうよ。面白いでしょ?ありそうでないのよね」
伝統的な石造りの建物の一階が商店になっていた。大きなショーウインドーには鉱物や地球儀などが置いてある。店の方向性が学術的なのだろう。
店内の照明は暗く、本や望遠鏡なども扱っていた。ちょっとしたサイエンス系の店なのかもしれない。その一角に原石コーナーがあった。
スファレライトはあるにはあった。しかし品質のよくない2流品ばかりで宝石に加工できるようなものはもう売っていなかった。
「お手上げね」
英梨々は一応おみやげに原石を購入したものの満足していなかった。
「なんか悔しい」
「あら、恵もそんな風に眉間にしわをよせるのね」
「・・・もうからかわないでよ」
「でも、ないものはしょうがないわよね。東京で探してもらうわ」
「まって英梨々・・・もう一つだけアイデアがある。英梨々なら可能じゃないかな」
「どんな手よ」
店の外に出た時には日が陰り始めていた。そろそろマドリードに向かって深夜には東京行きの飛行機に乗りたいのだ。
「アストゥリアス公爵家。今もいるかもしれないんだよね?」
「それで?」
「そういう人たちなら持っているんじゃないの?」
英梨々は思いだした。アーガイル鉱山では流通していないピンクダイヤを持っていた。レッドベリルなどは鉱山主のコレクションだったし、エメラルド王はポンッと12万ドルもする宝石を渡してくれたのだから。
あるところにはあるのだ。それが宝石というものである。1人のコレクターが大量にもっていることはある。ましてやスファレライトの産地に貴族がいるのだ。恵の推測は一理ある。
「そうね。で、どこにいるのよ?そのアストゥリアス公爵様は」
「さぁ?」
「あんたねぇ・・・」
英梨々は近くの整備された公園のベンチに座った。恵も隣に座りペットボトルのお茶を飲む。
「できれば自力でなんとかしたかっけど・・・恵のアイデアならしょうがないわね」
英梨々はケータイを取り出して連絡をとりはじめた。
※ ※ ※
1時間もせずに妙に長いリムジンが公園の前に到着し、絵に描いたような金髪の好青年が降りてきた。英梨々と恵を迎えに来たのだ。
車は街の西の方へと走っていくと、大きな公園の隣の建物に到着した。巨大な門が開かれると、そこは古き良き伝統ある建築物なんかではなく、近代様式のコンクリートビルだった。前面がガラス張りで眩しい。
「この大きな公園も、街中にあったあの大きなデパートも、港も、この後ろに広がる広大な農地とあの奥の山も、みんな公爵のものだって」英梨々が運転している青年の話を恵に通訳した。
「もう笑うしかないよね」
青年が車の扉を開けて2人をエスコートする。この建物は住居兼会社で、一階はアートギャリーになっていた。
エレベーターはガラス張りで、奥の田園風景がみえる。ビルは6階建てでそれほど大きくはない。5階の応接室に案内された。
恵は緊張するが英梨々は緊張していない。上質なコーヒーが提供され、英梨々はそれを一口飲んだ。
「ほんとに貴族なんているのね」
「英梨々でも貴族は珍しいんだ?」
「一応、パパも貴族だけどね」
「・・・」
「名ばかりの貴族なんていくらもでいるだろうけど、こうして知らない貴族に合うのは初めてね」
コーヒーを飲み終わる頃に、1人の老齢の御婦人が部屋へと入ってきた。上品な青いワンピースを着ていて、背中が少し丸まっている。髪は白いが美しく、後ろでまとめてあった。付き添いにスーツを着た若い女性が1人後ろにいる。
「ようこそ、はるばる東京からいらしてくれて」と行った。それはカストゥリアス語だった。スペイン語よりもだいぶ訛っている。
英梨々は「こんな急なわがままに応じてくれてありがとうございます」とスペイン語で、恵は日本語で感謝の言葉を述べた。
この方が『現アストゥリアス公』である。現役は引退して、ここで草花を育てながらのんびりとした余生を送っていた。旦那はすでに他界していて、事実上の執務は息子が担っていた。英梨々たちを迎えに来たのは孫であり、後ろの女性は秘書だそう。
しばし英梨々と雑談をしていると、秘書がノートパソコンを広げた。映像はテレビの方へ映し出されている。
「確認したいのですが、この女性はあなたですか?」と秘書が言った。
映っている動画は先日のバスクダービーの映像だった。画面はVIPルームにいる英梨々のところで停止している。英梨々がカメラに気が付いてピースして笑っている。カワイイ。
「はい」と英梨々は応えた。
次に別の動画が再生された。それは英梨々と恵がオビエドを観光している時に放送されていた映像で、決勝ゴールを決めたタケクボタの単独インタビュー映像だった。
「あっ・・・英梨々これ」
「あたしの絵ね」
彼はインタビューに応じる時に、もらった絵を後ろに飾っていた。
「この絵はあなたが描いたものですか?」
「はい、そうです」
「わおっ」と大袈裟に驚いていた後に、「実はちょっと話題だったのです。VIP席にいるこれだけ綺麗な女性なのに、女優でもモデルでもない。連れ添いは日本人らしい。いったい誰だ?って」
「あら、やだ」
「関係者によると絵を描いて選手に送ったと言うし、事実こうして絵が届いている。ということは画家なのですか?」秘書が質問を重ねている。
「いやぁ・・・」
英梨々は返事に困った。誰かと言われたらただの学生としかいいようがない。強いていうなら同人漫画家だけど、追及されて自分のサイトなどは見せられない。
「ただの美大生です」と英梨々は答えた。
その後、旅の経緯を話した。鞄からスケッチブックを取り出して、デザインした指輪や指輪のために宝石を集めていることを説明した。自分で話をしているうちにずいぶんと旅を続けてきたものだと思った。
「ほんと素敵な話ね」と、老婦人も言った。目がキラキラとしてまだ若々しい。それから、秘書にうなずいて合図を送ると、秘書は部屋から出ていった。
「そういうことでしたら、わたくしも協力いたしましょう」
「ありがとうございます」
「確かにここにはスファレライトがまだいくつか残っていますが、あれはそういい宝石でもないの。脆いし、格式があるでもない。それでも欲しい?」
「宝石には物語があって、その街の歴史とか文化の結晶です。そういう話を集めているから・・・」
英梨々はレッドベリルのエピソードを話した。それは炭鉱夫が盗み出して腹から取り出した残酷な歴史でもある。老婦人はその怪奇譚を静かに聞いていた。
「きっと、ジェラルミンケースがくるわよ・・・」と英梨々は恵の耳元で囁いた。
ドアがノックされ、女性の秘書がもどってきた。手には・・・何ももっていない。
「準備ができました」というと、老婦人は立ち上がろうとした。恵がすぐに立ってその手を手にとって手助けした。「グラシアス」という言葉はわかるが、「どういたしまして」をスペイン語で言えないのがもどかしかった。
フロアを変えて案内されたのは、地下室だった。分厚い鉄の扉を開けると・・・そこがコレクションルームになっていた。倉庫といってもいいかもしれない。
「まったく、ろくでもないガラクタばかりですよ」と老婦人は笑った。まず目に飛び込むは西洋甲冑だった。それから器や貴金属などがある。
「どこだったかしら?」と首をかしげる。これだけあればおいそれとは見つからない。
「わたくしにもわかりかねます」と秘書も困っていた。そんなにここに足を運んでいないのだろう。少し涼しかった。
老婦人の指示で孫の青年が呼び出された。彼はいやな顔を1つせずに、老婦人の指示にしたがって、宝箱を棚から引っ張り出した。
その箱を開けると赤い生地の上に王冠が固定されていた。孫は確認すると陽気に挨拶してまた部屋の外へと出て行った。
「こんなものしかないけれど・・・」
「王冠!?」
「ちがうのよ、よくみてごらんなさい」
老婦人は王冠を手にとって英梨々に渡した。英梨々も王冠に触れるのは初めてだった。なかなか触れるものじゃない。
「あっ・・・壊れている?」
「そうなのよ」
この王冠は由緒正しき王冠・・・というわけでもないらしい。レプリカの王冠で、いわば予備みたいなものらしい。本物は街の博物館に寄贈されて保管されている。
「まったくもって、どうにもならない品なのよ。高いお金で修理したところで、使い道があるわけでもなく、寄贈するにも博物館にはすでに本物ある。隠して代々ここで死蔵されているわけ」
老婦人はおかしそうに笑った。
「それで、その王冠で子供たちが代々遊んで、代々少しずつ壊れていったわけね。我がアルトゥリアス家の玩具ね」
ずいぶんと高価な玩具である。時価総額は見当もつかない。大小さまざまな宝石が埋め込まれていた。
「ここ、見てごらんなさい」
老婦人は宝箱の中を指でしめした。そこには折れた金属の細工や、零れ落ちた宝石がいくつか入っている。
「これなら、質はわるくないでしょう」そう言って、一粒を指でつまんで英梨々に渡した。
鮮やかなオレンジ色に輝く小さな宝石。大きさは・・・それでも1カラットぐらいはありそうだ。
英梨々はそれを受け取ってじっと見た。もはやルーペで確認するような失礼なことはできない。恵は、映画でもみているのかな?とすっとぼけて感想を抱いていた。この辺の古時計とか頼んだらくれないかな・・・とか考えて、頭をぶんぶん振った。
「これをあたしに?」
「ええ、それで良ければお贈りしましょう。このままここで眠るよりも宝石も喜ぶでしょうから」
今度はエレベーターで6階まで上がった。ここが老婦人の住居である。近代的な外装のビルとは違って、内装はアンティークで良い調度品に囲まれていた。ふかふかのペルシャ絨毯が一面に敷かれている。
秘書は挨拶をして会社の方へと戻った。ここはプライベート空間なのだ。
「ちょっと手伝ってくれるかしら?」
そういって、老婦人は小さなキッチンへと2人を案内した。それからお茶の準備をする。
「こうして若い子を招く楽しみは、老人の特権ね」といって機嫌がいい。
食器は当然のようにサルガデロスだ。白磁に紺色で葉っぱのデサインが特徴的なスペインの高級食器ブランドである。
ティーセットを丸テーブルに置いた。
『アロス・コン・レチェ』というアルトゥリアスの郷土お菓子を冷蔵庫のボールから取り出し小さな皿へと盛り付けて、最後にシナオモンを少し振りかけた。これはお米を牛乳で甘く煮たお菓子で、リゾットの仲間だ。これがこの地方では各家庭のオリジナルレシピで受け継がれている。
「私はいまでもこれが好きなの」といって盛り付けいる様子は、すでに自分が高齢であることを忘れているようにも見えた。
立派なティーパーティーが用意され、しばしの歓談がなされた。
英梨々はただで宝石を受け取るわけにもいかず、かといって若造から値段を提示するわけにもいかず気になっていた。
アストゥリアス公爵夫人から提案されたお題は、英梨々の絵を一枚。ということだった。それは実に素晴らしい取引に英梨々は思えた。もうこの老婦人にはお金など価値がないのだから。
※ ※ ※
飛行機の中で恵は後悔していた。
あの後、老婦人には夕食に誘われたのだ。スペインの夕食は遅く21時頃に食べる人もいる。それどころか、宿を決めていないというと泊って行ってとまで言われたのだ。素晴らしい時間だった。
「英梨々ぃ・・・」
「いいのよ。これで」
話を切り上げて、日本へ帰国する予定だと告げた。老婦人は少しがっかりしたが、「若者はひとところに留まるものじゃないですもの」と言って笑って送り出してくれた。空港までは孫がまたリムジンで送ってくれた。
こうして英梨々は無事に納得のいく『スファレライト』を手に入れた。帰りはずっとどんな絵を贈ろうかと悩んでいた。
残る宝石はあと一つ。カナリーダイヤモンドだけである。
(了)
別に泊ってもいいのだろうけど・・・
話数を40話前後で終わらせたかった・・・