12月24日 クリスマスイブの冬休み初日。
成田エクスプレスに英梨々と並んで座わっている。英梨々はスペインで買った黒いコートにチェック柄の茶色いマフラーをしていた。
いつものように俺に飴ちゃんを1つくれたが、ゴミは回収しなかった。飴ちゃんは個別包装されていなかったからだ。その後、袋ごと飴ちゃんをくれた。
「それにしても、冬コミュ前の多忙な時期に日本からいなくなるなんて、いよいよ同人ジゴロも極まれりね」
「まったくだな・・・でも一応やることはだいたいやったから」
事前の準備でできることはやった。後は伊織や加藤もいるし大丈夫だろう。
「そういえば、スリランカのラジャも会社経営に変更したけどさ、あっちも順調に発展している」
「やり手なのね」
「奥さんが元々雑貨屋の娘で経済に明るくてな。村長も理解ある人で隠居気味だし、今やあそこは文字通りのラジャの村になってるみたいだ」
「でも、その会社って倫也も一枚噛んでいるんでしょ」
「まぁな・・・」
会社をイギリスの大手鉱山会社の『DBS』とつないだ影響は予想以上にでかかった。これにより無駄な仲介マージンを取られる事もなく荒利がでかいのだ。ラジャはいよいよラトゥナプラでも店を構えるらしい。俺はその件もアイデアを出しつつ協力している。
俺の名前は会社の幹部として名義が残っていて、それなりの恩恵を受け取っている。
俺も忙しいが英梨々も忙しい。美大の課題と平行してアルトゥリアス公爵夫人から発注を受けた絵も制作している。素晴らしい絵だ。その他にネットマンガにも少ないページながら連載をしているし、サイトではイラストなども公開していた。いまや詩羽先輩ばりに仕事をしている。
かくして英梨々の仕事量をこなしきれず、出海ちゃんが駆り出され、受験生なのに絵も制作し続けている。出海ちゃんもすでにセミプロの領域でブレッシングソフトには欠かせない。受験に失敗したらブレッシングソフトに永久就職するらしいが、就職よりも個人事業主の方が稼ぐと思う。
そんなこんなの現状と未来を話しつつ、成田空港へと到着した。
「じゃ、行ってくる」俺は出発ロビーから搭乗口へと移動しようとした。
「ちょっと待ちなさいよ」
「どうした?」
英梨々が立ったまま目を閉じている。
俺はそっと英梨々の唇に重ねてキスをした。
「もどってきたら、絶対にヤっからな」
「あんたねぇ、最後の言葉がそれってどうなのよ?」
「成田のホテルとっておいてくれ」
「はぁ?あんたバカじゃないの?何変な死亡フラグ立てているのよ。」
「じゃあな!」
もう振り返らない。カワイイ英梨々と離れるのは、実にバカな事のような気がする。
幼稚園の頃に英梨々に出会ってから、いろんなことがあった。付き合うまで長い長い回り道もしている。
18歳になる直前にフライングで英梨々を抱いて、それからは蜜月だった。なのに今年の夏休みで宝石集めを始めてから、関係性は変ってしまった。カリブ海でいちゃいちゃして頃は楽しかった。
そのまま無邪気に世界のことなんか知らないまま、俺は英梨々と毎週エッチをしながら大学生活を満喫することもできたと思う。でも、俺も英梨々もお互いに溺れないようにしながら、前へと進んでいる。無理にでもたくさんの仕事を抱えて、やりたいことにまっすぐに走っていた。
スペインから帰ってきて体調を崩し入院した英梨々は、復活してからもペースを落とすことなくがんばっている。本当は2人ともバカみたいに抱きたいと思いながらも我慢していた。
それが当たり前で本来あるべき関係なのかもしれない。お互いに甘えすぎていた。
婚約が成立するまで2人は意地になって禁欲生活を送っている。そうしないと心が折れそうなのだ。
平和な日本に飲みこされそうになる。俺はかろうじて踏みとどまって、初志貫徹しようとしていた。
※ ※ ※
ヨハネスブルクに到着したのは朝だった。時差は7時間。フライト時間は約24時間だったが乗り換えがあった。
まずはアフリアでもっとも発展した大都市で情報を集める。ネットでは集めきれなかった生の情報だ。宿は安宿でいい。リュック1つの俺は貧乏旅行者にしか見えない。髪もスリランカの頃からずっと伸ばしていて、後ろで結っている。
アニメTシャツを着ていること以外は、熟練の旅行者に見えるだろうバックパッカーというほど大きな荷物は持っていないが・・・
ヨハネスブルクは南アフリカの首都である。高層ビル群もあり近代都市といって間違いない。治安が悪い場所もあるが、わざわざスラムにでもいかない限り問題は起こりにくい。
観光客や富裕層向けの宝石店に入る。もちろん入店させてもらえないこともある。そんな時は日本人パスポートを見せる。これでだいたい入れる。日本人は金を持っていていい客なのだ。
アニメTシャツの美少女をみて、堅苦しいスーツをきた店員も笑みがこぼれる。これも狙いだ。
南アフリカは英語が通じるので楽だった。ダイヤが安い。産地でもあるし物価が安いからだろう。まずは200ドル前後の手頃なアクセサリーを購入して、日本への配送手続きをした。さすがに貴金属を持ち歩いてアフリカの街をうろつきたくはない。
それからその店で情報を集める。欲しい情報は『イエローダイヤモンド』だ。店にもあったがカラーが薄い。最高の『カナリーダイヤモンド』はここにはなかった。当然だろう。良いものは産地ではなく、欧米へと流通していくのだ。それは今までの旅でさんざん学習したことだ。店の人の話も同じだった。最高品質の物は通常のショップでは扱っていない。
しかし、ここは今までの鉱山の街とは違うのである。アフリカ最大の都市ヨハンネスブルクの重要度は、世界の大都市に匹敵する。ダイヤモンドだけでなく金やレアメタルも取れるのがアフリカ大陸である。そしてそのアフリカの中心がここ南アフリカなのだ。
この場所は、世界に数か所しかない『ダイヤモンド取引所』がある。ダイヤモンドの集散地だ。ここに世界中のバイヤーが買いに集まってくる。
仕切っているのは金融と同じでユダヤ人である。数学に明るい彼らは実に賢いのだろう。
アニメTシャツを来た観光客の俺は、のこのこと歩いてダイヤモンド取引所の場所を確認した。巨大な近代的なビルで、ガラスがギラギラとしたアフリカの太陽を照り返して眩しい。
入場ゲートで当然のように追い返された。警備員は銃を構えている。無理は禁物だ。
やれやれ。日本人観光客だからといって、おいそれとは入れないのだ。ここは軍用基地や政府要所と同じぐらいセキュリティーでガチガチである。特別な許可書か身分証明書がないと入ることはできない。当然だろう。
しょうがないのでレストランで食事をしてホテルに戻った。夜はあまり出歩きたくはない。テレビも貴重な情報源なので焦らずに過ごす。
天気予報、経済ニュース、政府のゴシップ、芸能ニュース、テロもときどき起こっている。強盗事件に誘拐事件。誘拐事件は生々しい、なんでも巨大なテロ組織に白人の街が狙われたらしい。被害者の名前や誘拐された人の顔や名前がでている。このニュースが最近では一番大きいのだろう、長い時間扱われている。身代金目当てなのだろうか。なによりも、軍隊に匹敵するような武装を相手側もしているというのが怖い。
※ ※ ※
翌朝、俺は計画通りに進める。まずはブティックにいってスーツを購入した。オーダーメイドではないが十分だ、今は夏なのでジャケットもいらない。白いワイシャツとオシャレなネクタイ。それに黒いスラックスがあればいい。これで正装。さすがにアニメTシャツに信用がないことぐらい分かっている。
再び俺は『ヨハネスブルク ダイヤモンド取引所』まで行った。
入場するための身分証明書を見せる。
この身分証明書のために、俺はスリランカのラジャの村を会社化を急いだのだ。新参の会社であるが上はイギリスの大会社である。コネクションを最大限に利用して発行してもらった。
俺の立場ラジャの会社の買い付けバイヤーとなる。日本人国籍にスリランカ会社のバイヤー。怪しいことこの上ないが、俺の身分はいわばスペンサー家の威光によって裏付けされているのだ。自力半分、英梨々の力が半分といったところか。
事前にアポイントを取ってあるので、アニメ好きな男性が受付まできてくれた。彼とはすでにネットで会話して仲良しである。30歳独身。ヨハネスブルク大学を出たエリートである。
彼と仲良くなった経緯を話そう。
まず、俺はこのダイヤモンド取引所をクラッキングした。といっても機密情報は流石にセキュリティーがガチガチで無理だったが、中心から離れるほどにセキュリティーは甘くなる。ここで働いている人は約2000人近くいたが、その名簿を手に入れるぐらいは余裕だった。
あとは1人ずつ根気よく、SNSやブログなどしていないかチェックしていった。その中にアニメ好きのこの男性がいたのだ。名前はヤハンである。おそらくはイスラム教徒の家庭に生れた黒人である。
彼を見つけてから慎重に仲良くなっていった。最初はアニメの話からだ。彼の欲しがる日本のアニメの情報を俺は提供した。
彼の好きなアニメのジャンルが、『ドラゴンボーヤ』みたいな有名作品だけでなく、美少女系が好きなことも幸いした。『マジョカ・マギカ』がはまっていたことがわかれば、もはや俺の手の内に落ちたも同然だった。こっちは本職だ。
ヤハンに日本の同人誌の存在を教えた。同人誌のセリフなどは手書きなのでおいそれとはAIで翻訳できないので、俺が丁寧に訳してフリガナを英語でつけた。まずはエロ同人誌の世界に引っ張りこんだのだ。ヤハンは敬虔な信者だったから、この日本の同人誌の背徳感が溜まらなかったらしい。ドハマリした。
今回は、その同人作者のサインと絵の入った色紙を手土産にしている。ちなみに作者は柏木エリだ。言うまでもない。
俺が宝石関係者なのは偶然を装って教えた。そうでないと怪しまれるからだ。俺はフィアンセに贈る宝石を探している事を相談した。だから俺が最高の『カナリーダイヤ』を見つけたいとことをヤハンは知っている。
かくして俺は南アフリカまで買い付けにやってきたのだ、『成算はある』といったのはそのためだ。
「やぁ、トモヤ。遠くまでほんとに来てくれて嬉しいよ」(※英語)
「こんな偶然があるなんて・・・これ、おみやげ」
色紙は額に入っていて、ダンボールで梱包されている。ヤハンはそれを開けて中身を確認し大感激していた。原価はほぼかかっていないが貴重品だろう。俺は英梨々に描かせるためにコンビニまでエクレアを買いに走ることにはなったが。
別室の小さな応接室に案内される。ヤハンは日本の若いバイヤーが来たことに驚いていた。とくに身分証明書のスリランカについて知りたがった。俺はそうだろうと思って、あらかじめスリランカのことをまとめてある英文のレポートをヤハンに渡した。彼はそれを素早く目を通し、首をふって感動していた。アクションが大きいのいかにも外国人らしい。
その後は仕事人間らしく、スリランカの宝石やダイヤの質などを聞きたがった。話は専門的になるが、俺はなんとか対応していく。スリランカに来た際には案内することも約束した。
一通り雑談が終わったら、彼はジェラルミンケースを持ってきた。小さいケースには番号や内容が書いてある。
「トモヤの探している最高品質のイエローダイヤだ。大きさは0.3カラットでいいんだよね?それならそこまで希少品じゃない」
あるところにはあるものだ。イエローダイヤの値段はまちまちだ。色の薄いものなら逆にダイヤモンドのまがいものとして価値は下がる。ダイヤはクラリティーが命なのだ。
一応ルーペで品質を確認する。綺麗な黄色で輝きもカットも申し分ない。最高品質なのは疑いがなかった。
「それを4つだけ、購入したい」
「OK。小さな買い物だけど、わざわざ日本から来た友人のためにお値打ち価格にしておくよ」
そういって請求された金額はわずか1万2千ドルだった。俺は値下げ交渉などせずに一発で承諾してサインをして手続きを開始した。ここはヤハンに信頼を示したい。一粒4~50万円では日本では買えない。(そもそも、ほぼ流通していない)
当然、正式な鑑定書もしっかり付く。ボツワナ産のイエローダイヤ、0.3カラット。カラーは6段階の最高品質のものだ。1カラットならゼロが1つ増えて車が買えるぐらいの金額になり、2カラットなら家が買える。
イギリスの会社『DBS』を指定しスペンサー家経由で英梨々の家まで送ってくれるように手配をした。関税対策もある。
かくして俺は無事に商談をおえてミッションを完成させた。世界なんてチョロイ。
「そういえばニュースは見たかい?」
「ニュース?」
「誘拐事件。最近は増えているんだ。日本人も金持ちだと思われているから気を付けたほうがいい」
「わかった」
「ここの関係者も襲撃にあってね・・・」
「そんなに身近なんですか!?」
「ああ、かなりショックだった。トモヤも少しは観光していくんだろ?」
「ええ、一応はボツワナのダイヤモンド鉱山見学は申し込んでありますが」
「ああ、あそこなら大丈夫だ。安全極まりない。でも、首都のハバローネでは気をつけてくれ。安全な街だったが昨今は移民が増えて失業率も高い。それに武器が流入しているんだ」
「はい。北部の自然公園で動物もみていきたいと思っているのですが」
「どうだろう?大丈夫だと思うが・・・」
彼が片付けはじめたので、そろそろお開きだろう。俺は固く握手をして取引所を後にした。
※ ※ ※
最高のものを手に入れたがこれでは土産話にもならないだろう。まだ時間があったので迷ったがハバローネまで飛んだ。ヨハネスブルクからハバローネは近い。ボツワナは南アフリカの隣国で首都ハボローネは国境付近の都市だからだ。
着いた頃には夕方になっていた。まずは宿を探して移動した。物価はとても安い。ホテルもそこそこ良いところに泊っても10トドルだから1500円ぐらいか、食事も一食たらふく食べて2ドルぐらいだった。
それなりに綺麗なホテルに泊って優雅に過ごす。物価の違いがありがたい。
目的は果たしたし、少し観光旅行して早めに日本に帰れるだろう。冬コミュにも参加できるかもしれない。
年明けには指輪を制作して結婚だ。どんなプロポーズをしようか考えていた。
(了)