週末。英梨々の部屋に遊びに来ている。
今日の英梨々は卵色っぽいパステルカラーのふんわりしたワンピースを着ている。肩の出るデザインで夏らしい。Vネックの衣装はセクシーさがありそうでない。
「どれだったかしら・・・」
英梨々はぼやきながら何十冊ものスケッチブックをパラパラとめくっては横に重ねている。
子供頃からの物になるとさらに多くのスケッチブックがあるが、部屋には置かず倉庫の方に保管されている。
英梨々の部屋の本棚に並べてあるスケッチブックは、新しいか重要なものである。英梨々はデジタル作品も多いがアナログ作品も多い。アナログで描いたものをスキャナーで読みとってデジタルで修正することもある。
「あった、これだわ」
そう言って、B5サイズの小さなスケッチブックを俺に渡した。中身を確認すると確かに指輪のデザインが描かれていた。デッサンだけのものもあれば、カラーリングされているものもあった。
俺が英梨々に贈るための『エンゲージリング』を、英梨々に作ってもらうというは変なのかもしれない。でもまぁ、英梨々が了承している以上は別に問題ないだろう。
悩みながらデザインするかと思ったら、以前に指輪のデザインを凝った時期があったということで、このスケッチブックを探していた。
「すげぇな・・・」
「エンゲージリングだけじゃないけど、その中から選んでもらえばいいわよ」
「ああわかった。見てみるよ」
エンゲージリングといえば、ダイヤの1点ものが多い印象だ。プラチナの土台のシンプルなデザイン。
ただ、そのデザインは普段使いには向かないらしい。もう少し平面的で宝石が埋め込まれているようなタイプの方が邪魔にもなりにくく、新しいデザインが多いようだ。
スケッチブックからエンゲージリングになりそうなものをピックアップして、とりあえずプリンターを使ってカラーコピーしていく。
「これって全部作ろうと思えば作れるデザインなのか?」
「そこまで考えてないけれど、別に浮いているようなデザインはないし、強度不足のものもないんじゃないかしら」
「こういうファンタジー系はそそるけど、エンゲージリングじゃおかしいよな」
双頭の蛇が宝石を支えていたり、ドラゴンの爪で支えているものもある。
「そうね。でも・・・エンゲージリングらしいデザインってけっこう決まっているわよね」
「とりあえず5つほど候補を絞ってみたけど・・・このカラーの華やかな指輪はいいな。なんか厨二病心をそそるんだが」
少し太めの金縁に、7つ宝石がはめ込まれている。1つは大きな黄色の宝石で、周りはそれぞれ虹色を思わせる艶やかな宝石が彩られている。
「それはたぶん作るのはすごく大変よ」
「そうなのか?シンプルにみえるけど・・・」
「だって、指輪の上部表面に7つの宝石を留めるものも細工しないとダメなのよ」
「ん・・・どういうこと?」
英梨々が紙をに鉛筆でスラスラと絵を描いていく。四本の細い突起で宝石を抑える。これが指輪の基本的な構造だ。7つの宝石なら突起は28個必要なことになる。小さな指輪の上部にそれを作る大変さがわかった。
「なるほどな・・・でも、ダイヤなんかでもたくさん装飾されていたのあるし、技術的には可能なんだろ?」
「そうね。今なら3Dプリンターが使えるのよね」
「そうなのか?」
「デザインを3Dモデル化して、それを3Dプリントするのよ。その後、石膏で固めて型を作るのよね」
「へぇ・・・英梨々作ったことあるのかよ」
「簡単なものならあるわよ。3Dプリンターなんていらないし。銀細工なんかだと粘土で大きめに作って焼くだけで完成するのもあるわよ」
「なるほどな。じゃあこれは複雑だから3Dプリンタ必須って感じなんだな」
「職人なら作れてしまうでしょうけど、あたしが作るのは無理ね」
「もうちょいシンプルなのにするか」
三角柱をねじりながら輪にしたような形のものもあれば、2連リングで金とプラチナが絡み合った作りのものもある。リング部分がどれも凝っていた。
「こういう2種類の金属の物はどうやって作るんだ?」
「さぁ・・・でも似たようなデザインもあるわけだし、可能でしょ」
「どこかトポロジーっぽいよな」
「知恵の輪的よね」
英梨々の反応を見つつ、5つの候補からさらに絞り込んでいく。どうやら最初の7色のものがお気に入りらしい。
「これって、デザインが決まったら3Dプリンタ用のモデル作成を依頼するんだよな?」
「するわけないでしょ」
「じゃあどうするんだよ。1から職人に頼むのか?」
「何言ってんのよ。倫也が作ればいいでしょ」
「何を?」
「3Dプリンターのデータ」
「はい!?」
「あんたポリゴンの3Dモデルやっていたし、今も趣味で美少女を作ってるんだから指輪ぐらいできるでしょ」
「・・・ああ・・・そっか・・・」
「はっきりいって、人間の顔の方がよほど難しいわよ」
「でも、大きさが・・・」
「別にパソコン上は大きくても問題ないわよね」
「そう・・・だな」
ふと頭の中で考えてしまう。3Dプリンタは欲しかったが個人で買うには高かったし使い道もあまりなかった。
ただデータを作って送ればプリントアウトしてくれるサービスはある。
英梨々の七色の指輪を見ながら、頭の中で立体モデル化してみる。
・・・なるほど。やってできないこともなさそうだ。指輪用の基礎や強度などは学ばないといけないが技術的には可能だろう。
あとは時間か。莫大なコストがかかるよりはいいだろう。
冬コミュ用ゲームの進捗状況と合わせて考えないといけないが・・・詩羽先輩に頼れば個別キャラのストーリーは問題ないだろう。俺の脳のリソースが解放されれば指輪の3Dモデル化ぐらいできそうだ。
「英梨々わかった。加藤と相談して善処してみる」
「なんでそこで恵が関係してくるのよ」
「冬コミュの進捗状況がだな・・・」
英梨々は出していたスケッチブックを棚にしまっている手を止めた。
「いらない」
ん・・・あっ、また俺は失言したようだ。
「別に手作りじゃなくていいわよ。そんな風に言うなら無理しないでよね。あたしが頼んだわけじゃないわよね?」
「いや、そういうつもりじゃ・・・」
「100均のプラスチックリングでいいわよ」
「ちょっと待て」
英梨々が口をとがらせている。表情は怒っているがカワイイ。だが、この場合はカワイイとか言っている場合じゃない。
「ごめん。失言だった」
素直に全力で土下座する。俺の土下座の価値は英梨々の前ではすでに暴落していて、たぶん100均のプラスチックリング並だろう。
「でも、ほんと無理しないでいいわよ。手作りの方がコストかかるだろうし」
「そうなのか?」
「そりゃあそうでしょ。設備借りないといけないし、職人さんにも手助けしてもらわないといけないんだから」
「ごめん。俺ぜんぜんわかってなかった」
英梨々が最後のスケッチブックをしまい終わると立ち上がった。
「もう7月なのよね。1週間でなんとかできるかしら?」
「3Dデータ?」
「うん」
「・・・マジで・・・?」
「マジで。だってそうしないと夏休みを活用して作れないわよ」
「ちょっとだけ時間くれ・・・」
まずは指輪の基礎知識が必要だろう。ぶっつけ本番となると実物になった時の強度も不安だ。それに3Dデザインソフトも使い慣れているとは言い難い。
できればシンプルなデザインから始めて試行錯誤したい・・・
「自信なさげね」
「自信の根拠になるものがねぇからな・・・」
「3Dデータがある程度できたら見せてくれるかしら?修正するわ」
「それは構わんが・・・英梨々はわかるのか?」
「何が?」
「強度とか、作成可能かどうか」
「わからないわよ。でもそれってそんなに大事なことかしら?」
「大事だろ・・・」
「価値観の相違ね。とりあえず作ってみてから職人さんの意見を聞いて、また修正すればいいと思うわよ」
「プロの意見は必要だよなぁ」
「あたしが言いたいのは、『できない言い訳』を考えないで欲しいわね」
「そうだな」
確かに弱気になっていたかもしれない。スケジュールの調整は必須だが、不可能ではないだろう。
「わかったよ英梨々。最高の3Dデータを送ってやる。例え大学を辞める事になってもだ」
「親が泣くわよ?」
「構わん。孫の顔をみせれば解決するだろ」
「・・・孫?」
「孫だろ?」
「あっ・・・孫ね。そうよね。孫ね」
「おまえ・・・まさか」
「あー、聴こえない聴こえないー。元気な赤ちゃん産まなきゃだわー」
そう、英梨々の妊娠がかなり怪しい・・・が、そこは詮索してもしょうがないだろう。けじめをつける理由にはちょうどよかったと思っている。
「英梨々。最高の3Dデータを送ってやるからな。そしたら結婚しよう」
「・・・なんかいまいちね。そのプロポーズの言葉は」
「そうか?」
「もうひとひねり欲しいわね」
プロポーズってこんなに断られるものだろうか。
「英梨々の想像を超える立体化してみせるから、楽しみにしてろ」
うなずいた英梨々はちょっと笑って、八重歯が少し見えた。
(了)