※ 三人称視点です。
12月31日。東京ビックラシティにて、冬のコミュケが開催されていた。第二ホールの角に老舗の同人サークル『エゴスティック・リリィ』がある。
今年のブレッシングソフトはこの一角を借りて出店していた。
バックヤードの廊下にへたり込み、深くため息をつく英梨々に、恵は「大丈夫?無理なら帰ってもいいよ」と声をかけた。
「別に平気よ。ちょっと気疲れしただけ」
「・・・うん」
英梨々は『圧しの子』のコスプレをしている。英梨々が有名になりすぎても困るので、倫也はすでに情報操作をして、『チェコからきたコスプレイヤー』ということで拡散している。専用サイトもあるし、今年も冬コミュのコスプレ人気投票などでは上位にランキングしていた。
多くのコスプレイヤーが専用の特設サイトで撮影しているのに対して、今年の英梨々はこの場所から動こうともしなかった。それでも販売スタッフとしての写真も誰かが掲示板にアップしていて人気を博している。すでに根強い固定ファンがいるようだ。
会場のプロが撮影してもっといい写真が撮れるはずだが、今年の英梨々はそんなことはどうでもよかった。なので断っているし、ポーズも取らなかった。
英梨々は立ち上がって、「ほら、あと少しだからがんばるわよ」と恵に言って、販売ブースに戻っていった。恵は心配しながらもどうすることもできない自分が歯がゆかったし、それどころから英梨々を励ましていないと、自分の心がくじけそうだった。
「まいどー」と笑顔を始終崩さずに振りまいて、明るく接客したり、握手に応じたり、撮影に応じたりしているのは美智留である。現役アイドルなのにこちらもコスプレしている。英梨々と同じ『圧しの子』のキャラである。頭にツノがある。
英梨々と違って、こちらはガチなファンが行列を作っていて、マンガを一冊だけ買って握手しては並び直している人もいる。美智留は表面上は元気だった。
出海ちゃんは受験勉強中、詩羽は仕事に追い込まれてマンションから出られなかった。
なんらかの着信があるたびに、英梨々はケータイをチェックしている。それから泣き出すのを我慢するように口を閉じて、また仕事に戻った。恵と一緒で何かをしていた方が楽なのだ。
※ ※ ※
倫也から連絡がこなくなって今日で4日目だ。最終メールは12月27日付けになっている。倫也が現地について3日目ということになる。
『アフリカだからネット環境が整備されていない』というのはわかる。しかし、電気が通っているような都市部ではネットだって普及しているはずだ。事実、最後のメールはハボローネからだった。
そこから北部の国立自然公園で豊かなアフリカを観光するにしても、いくつかの都市が小規模ながら点在している。どこかしらで連絡はとれるはず。
スリランカの時も連絡が取れなくなったが、1週間おきにしか連絡できないことを伝えられていたし、まとめて手紙が何通も届いていた。
今回はアフリカである。英梨々は内心で大丈夫と言い聞かせながらも心配だった。外交ルートによる情報でも、特に日本人やアジア人がボツワナで事故にあったということはないらしい。
倫也のケータイをGPSで見ても反応していない。履歴に関してもハボローネを北上したあたりで消えていた。
倫也がどこで何をしているか、わからないのである。
3人はバックヤードで休憩しながら倫也のことを心配する。
「平気~平気~」と明るいのは美智留だけである。
「氷堂美智留。あんたよくそんなのんきにしていられるわね。心配じゃないのかしら?」
「ぜんぜん。だってトモだもん」
「まったく根拠が薄いわね」
「まぁまぁ2人とも落ち着いて・・・」
恵が話を止める。どうも見ていると英梨々と美智留はソリが合わないように見える。倫也がいない以上は恵が辛うじてバランスをとっていた。自分だってそんなには器用な性格ではないのだが。
「ほら、澤村ちゃんは大事な時にトモがいなくてナイーブになっているだけだって」
この言い方にトゲがあることを自覚していないんだろうなと恵は思った。美智留に裏表があるようには思えない。
「それ、どういう意味よ?」と英梨々も食ってかかる。自分がイライラしていること百も承知だ。
「もう、やめようよ・・・」といった恵も涙声を抑えてフラットな表情にするのが精一杯だった。
美智留はバックヤードからまた販売ブースへと戻った。痛そうに握手し続けている腕を振っていた。
「英梨々ももどろ・・・」
「ちょっとほっといてくれる?落ち着いたたら戻るわよ」
「・・・うん」
英梨々が廊下に座りこんで体育座りをしたまま顔を伏せた。泣いているにもみえる。
英梨々も美智留に言われたことを理解しているつもりだ。冬コミュはクリスマスや誕生日なんかと同じ大切なイベントで、子供の頃からずっと一緒だった。倫也のいないイベントは考えられなかった。
とても大事なイベントだからこそ、倫也が必ず帰ってくると信じていた。なのに連絡一本ない。もしかしたら今は成田についているのでは・・・、もうこの会場に到着しているのでは・・・次の瞬間には後ろから声をかけてくれるのでは・・・
そんな期待をしていた。
でも、倫也からは連絡がまったくなかった。時間がたつほど辛くなってくる。
※ ※ ※
無事に冬コミュが終わった。英梨々は両親と一緒に車で帰っていった。恵と美智留は駅まで歩いて電車に乗った。
「倫也くん大丈夫かなぁ?」と呟くように恵がいった。
「むしろ、みんななんでそんなに心配しているの?」
「だってアフリカだし」
「よくわかんないなー。だって観光でゾウとかキリンとか見にいっているだけでしょ?」
「そうみたいだけど」
「なら、心配なんてないんじゃないの。そんなに危ないところだったら渡航禁止とかになるんでしょ?」
「詳しいね」
「・・・まぁね。実はさ・・・」
「うん?」
美智留は唾を飲み込んだ。言葉を慎重に選んでいる。恵が少なからず倫也に好意を寄せいていることを知っていた。それがどうしようもない恋心なのもわかっているつもりだ。それどころか、本人の恵もそれを自覚しているフシがあるのも感じる。
だからこそ倫也の消息が絶たれたことを、英梨々と同じぐらい心配しているのも伝わっている。
「えっと。伊織ちゃんがずいぶんと心配していてね。ほら、伊織ちゃんってなんか動揺しないというか、飄々としているところがあるでしょ?」
「うん。あるね・・・」恵は伊織が苦手である。
「その伊織ちゃんがね。けっこう熱心にニュース集めているんだよね。最近ってほらネットニュースで世界中のニュースが見られるでしょ?」
「そうみたいだね」
「でね。ボツワナって英語圏なんだって」
「そうなんだ?なら・・・わかりやすいのかな」
「そうみたい。ボツワナのニュースずっと調べてるんだけどさー」
美智留はここまでしゃべって、やっぱりしゃべるんじゃなかったと後悔した。やっぱり自分も動揺していることに気が付いた。明るく振舞ってきたが1人で抱えきれなかった。
「あんまりいいニュースないんだって」
「・・・」
正直、恵にはボツワナで流れるニュースがまったく想像できない。料理番組やバラエティー番組あるのだろうか。いや、おそらくあるのだ。ただ勝手に偏見に思っているだけだ。アフリカはいつも飢えていたり、内戦したりしているイメージがある。そんなことはないはずなのに・・・
そのあと美智留は黙り込んだ。恵は「例えばどんなニュース?」と会話を広げるのを躊躇してしまう。おそらく、美智留も迷っているのだ。何かはっきりわかっているなら、言うだろうと思った。憶測で不安を煽るようなことはしたくないのだろうと推測した。
「大丈夫だよ。きっと」と恵は自分に言い聞かせるようにいった。
「うん」と美智留はうなずいた。あんなに明るい美智留も、やっぱりキャラを作っているのだと恵は思った。心配しないわけがないのだ。心配とか悪い妄想がみんなの間で広がっていた。美智留はそれを押し返したり、流したりしていたが、自分もついには囚われたしまったのだろう。
ピロリンッ・・・
美智留のケータイがなった。美智留はメールをチェックする。それから暗い映像の動画をみた。メールは伊織からでコメントはなかった。
それは短い動画で、どこかのスーパーマーケットのようだった。買い物している人が映っている。アフリカ人だろうか?
短い動画で20秒ぐらいで終わってしまう。美智留はもう一度みた。
真剣に動画をみているので、恵は悪いと思いつつもケータイの動画を覗き込んだ。
「あっ、トモヤくん」
「えっ?どこ」
「ほら・・・この後ろを過ぎた人・・・この髪型と、この背丈と、歩き方と・・・何よりもTシャツに顔がプリントされていない?」
「ちょっとまって、もう一度スローでみてみる・・・あっー、この人?確かにトモにみえるね」
「倫也くんだよ~」
「で、ここはどこなんだろう?」
「さぁ?メール送ってきたのって伊織くん?」
「そう」
美智留がメールで確認すると、「ごめん詳細は話せない。やっぱり倫也君にみえる?」と伊織から返信があった。「見える。加藤ちゃんもそう言っている」と返信した。
「どういうことだろ・・・」
「伊織ちゃんももったいつけるなぁ・・・いくかー」
「どこに?」
「伊織ちゃんの家。出海ちゃんの受験の応援もしたいし」
「邪魔したら悪いと思うけど」
「ならいくのやめようかー」
「いく。絶対いく」
こんな動画を見せられて、気にならないわけがない。
※ ※ ※
もう夜遅い時間になっていた。波島家のリビングには、伊織、出海、恵、美智留の4人と、海部さんが来ていた。伊織がこっそりと呼んだのだ。
というのも、伊織には判断できなかったのだ。このニュースを英梨々に伝えていいのかどうかを。けれど、伝えないわけにはいかない。そこでワンクッションおいて執事の海部さんに来てもらった。
伊織は無表情のまま、しゃべりはじめた。
「これからお見せする動画は・・・非常にショッキングなものだと思う。それをまずは覚悟してもらいたい。この動画を発見した経緯だけ・・・」
「早く動画みようよー」と美智留が催促する。
「いや、大事なことなんだ。まず日付。現地時間の28日だ。3日目ということになる。場所はボツワナのハボローネより北東へ約100キロ先にある小都市マハラピエだ」
伊織は拡大したボツワナの地図を壁に張り付けて丸をした。
「人口は5万にもいない小さい都市だが、それでもボツワナでは10番目の大きさだ。おそらく陸路で北上するときに中継する都市と思われる。問題の映像はそのマハラピエの大型スーパーで起きたことだ」
伊織がノートPCの動画をテレビ画面に映し出した。4分割したカメラが切り替わっていく。どれも白黒で画質もあまり良くない。恵と美智留がみたのはこのうちの1つだったらしい。
「現在ネットとつながっている監視カメラは世界中にある。それらをハッキングして公開している闇サイトがあってね。ボツワナでもいくつかあったのだけど、倫也君の行程表から推測される地域と時間でしぼって確認してみたんだ」
「もうプロのスキルですね」と海部さんは感心している。
「学生で暇なだけさ」と伊織は意に介さない。並みではないスキルと推理が必要だろう。
「実際、肉眼でくまなくチェックするのは難しい。正直ちらりと見えた倫也君らしき人影も僕は見落としていたと思う」
「お兄ちゃんは、じゃあどうやって見つけたの?」
「AIで映像解析して、ある程度まで絞り込んだ。該当する条件でも50台はある。27日の映像だけで24時間×50。これを人間でチェックするのは無理だ」
海部さんはしきりに感心している。伊織なら優秀なエージェントになれるかもしれないと考えていた。スペンサー家にもここまで優秀な人はなかなかいない。現に今は本腰をいれていないにせよ、倫也の消息は掴めていなかった。
「では、自分は何度も見たので失礼するよ。先入観はない方が新しい発見があるかもしれないし・・・あとは好きなだけ再生して確認して。澤村さんにはくれぐれも細心の注意を払って、場合によっては黙っててあげて欲しい。」
そういって伊織は少し逃げる様に階段を上って自分の部屋へ向かった。あの誰よりも冷静な伊織の声が震えていた。
テレビ画面には防犯カメラの映像が無音で流れている。
恵と美智留と出海はわけもわからず防犯カメラを見て倫也を探していた。伊織の見つけた倫也がどこに映っていたのかわからない。
みんなが画面に集中していると・・・
「あっ」
「えっなに?」
「どういうこと???」
画面の棚が吹っ飛ばされたのか倒れこんだ。商品が飛び散っている。他の商品棚もゆれたり倒れていた。買い物している人が逃げまどっている。煙らしきものも見え始めた時、防犯カメラの映像は1つ、また1つと消えてすべてがブラックアウトした。
「地震ですかね?」と出海が言った。
恵は口に手を当てて驚きを隠せない。けれど真っ先に事情を理解したのは美智留だった。本能的にわかったのだ。立ち上がってトレイに駆け込んでいった。余りのショックに吐き戻した。
海部さんだけが冷静で、ノートPCの動画をまき戻して、今度はスロー再生での映像を確認していた。
「地震ではなく、テロか強盗でしょう」と冷静に判断した。それが冷静なようで不用意な発言だったのは、言葉にした後にわかった。やはり動揺していたのだ。周りの子に気遣いできなかった。
「テロ?」と聞きかえす恵は言葉の意味がまだわかっていないようだった。出海ちゃんはようやくわかってきて、トイレで嗚咽している美智留を介抱しにいった。
海部さんは爆破を確認してから、最初からまたゆっくりと見始めた。昔の感覚が戻ってくるようなだった。映像にはたしかに倫也がいることを確認した。そして爆破場所とおそらくいるであろう位置が離れているのがわかってきた。複数カメラの映像を頭の中で立体化して店内の配置を確認したのだ。
爆破は入口のレジ近くで起こっていて、この時に倫也は店の奥にいる。少なくとも最初の爆破には巻き込まれていないはずだ。ただ爆破が一度だけだったのか、その後どうなったかはブラックアウトしていてわからない。安全を保証できる情報はなかった。
2階へあがって伊織から映像のコピーを受け取り、地図上の場所を改めて確認した。
「くれぐれもお嬢様には内密にお願いします」と付け加えて礼を言った。
それから海部さんは美智留を介抱し、恵と一緒に車に乗せた。それぞれの家まで送り届けた。「お嬢様には内密に」と2人にも念を押しておく。
さすがにこの悪いニュースは知らせるわけにはいかなかった。知らせる必要がある時は、それが最悪のニュースになる時だろう。
澤村邸にもどった海部さんは、スペンサー家と連絡をとろうとしたが、少し考えてやめた。情報が広がれば必ず英梨々の耳にも入るからだ。
まずは冷静になる必要がある。そう自分に言い聞かせた。
※ ※ ※
年末の日本のみんなには大混乱のニュースだった。しかし、その時の倫也は、アフリカの大地で炎天下に晒されながら農業を手伝っていた。コーラが飲みたいと能天気に思いながら・・・コーンを収穫していた。
(了)