12月27日。
ハボローネでのダイヤモンド鉱山の見学はすでに観光地化されていて、申請をすれば誰でも可能だった。出発のバスからガイドがすでについている。現地の向上ではセキュリティーチェックの後は、容易されたヘルメットをかぶり、鉱山の現場、巨大なタイヤを持つトラック、選別する大型の機械、内部でのダイヤモンド加工への流れ・・・を見学していく。ガイドも手慣れたものだった。ダイヤモンドの管理こそ厳重だったが説明は分かりやすかった。
そして、ここではダイヤモンドを買うことができないのも共通していた。流石にこれだけ鉱山を巡ればルールも分かってくる。採掘して加工する場所と、流通する場所は別なのだ。
街へ戻って高級レストランに入る。アフリカ料理を食べながら現地の民族ダンスを楽しんだ。その後、バスに乗って北東の街マハラピエに向かった。
道路だけは舗装されている。いけどもいけどもステップ地帯だった。特に何もない。本当に何もないのでびっくりするぐらいだった。
水辺があるとそこに小さな集落ができる。でも、ほとんど何もない道を進んだ。不思議な感じがする。同じところをループしているのでは?というぐらい景色も変わらない。
マハラピエに近づく頃には夕日になっていくのがみえた。広大なアフリカのステップ地帯にぽつぽつと生える植物、のんきそうなインパラが草をはんでいる。ボツワナの北部の方では天然公園もあって多くの野生動物が見えるらしいが、すでにちらほらと野生動物を観る事ができる。けれど草もそんなに生えていないし種類は少ない。
マハラピエはボツワナにある10都市のうちの1つらしいが高層ビルなどは見当たらない。街の境界のようなものはなく、だんだんと畑や家が増えてくる。中心地にいくほど家も新しくなって電線の量なども増えてきた。中心地の広場にバスは停まり、俺はそこで降車した。
欧米のように観光業が発展しているような場所でないのでインフォメーションセンターもなかったし、旅行代理店らしきものも見当たらなかった。
街の規模としてはアーガイルよりもずっと大きいが、アーガイルの方が近代的だったといえる。
ケータイを確認するとインターネットにつながらかった。たまたまだろうか?けっこう発展しているのでネットぐらいつながりそうなのだが・・・
街は整備されてキレイだが埃っぽさはある。、道路以外の地面は舗装されていないからだ。こういう風景にもだいぶなれた。
リュック1つを背負いながら、見知らぬ街を歩くのはとてもいい。道行く人に聞きながらホテルを探した。おすすめのホテルは白塗りの壁でキレイだった。フロントの黒人男性の愛想もとてもいい。平屋建てでやたら広い。調度品は少ないがアフリカを前面に押し出すような民芸品は置いてなかった。花や絵画などが飾ってある。モダン絵画で抽象的な作風でオシャレだ。
部屋も広い。20ドルでここまで広くて清潔な部屋に泊れるのはありがたかった。シングルの部屋なのにベッドはダブルルームぐらいの大きさがあった。部屋はwifiが完備されているはずだが、現在は不通の状態だ。
水が貴重でバスタブは狭い。軽くシャワーで済ませた。ホテルにレストランも併設されていたので現地のヤギ肉のシチューとライスを食べた。カレーに少しにている。そこまでしつこくないし食べやすい。野菜も豊富で鮮度もよかった。これでわずか3ドルだから驚きだった。
部屋にもどってテレビをつける。ニュースを眺めていると大きなアクビが出た。英梨々に何かメッセージを送っておこうとケータイを見たが、ネットにつながらないままだった。停電も含めてよくあることなのだろう。別に驚きはなかった。スリランカでもつながったり、つながらなかったりしたからだ。
連絡を取るのは明日でもいいと思って、俺はその日は気持ちのいいベッドで眠りについた。
※ ※ ※
翌朝、チェックアウトして街のカフェで朝食を食べる。1ドルにもみたない金額でコーヒーとパンと卵とハムがつく。味付けは食卓の調味料で自分でつける。俺はぐるぐるとケッチャプをかけ、パンにのせてかじりついた。パンは少しパサパサしていて素朴な味がする。
その後、街の観光名所である教会をみて、それからマーケットの方へ歩いて行った。そのあたりが一番賑わっているようだ。
市場で売っている果物は野菜は本当に安い。1円単位で買うことができる。野菜不足もよくないかとリンゴを3つほど買って鞄にいれておいた。
肉や魚のむせるような匂いがする。魚などにはハエがたかっている。冷蔵庫や氷という概念があまりないようだった。花屋があり、雑貨屋があり、宝飾品を売っている露店がある。見てみるとどれも磨かれた不透明の石や骨で、研磨された宝石は扱っていなかった。まぁそうだろう。原住民の民芸品といった感じだ。
素晴らしいのはこの市場では子供が働いていないことだった。スリランカでも南米でも子供が露店で物売りをしていることがあった。しかしボツワナでは子供が働いているのは確認できていない。これは素晴らしいことだと思う。
ボツワナはアフリカの優等生らしい。主に輸出はダイヤモンドで、輸出量の80%近くを担っている。その金でインフラを整え、特に子供への教育は熱心なようだ。国土の17%は自然公園であり、天然動物の保護も手厚い。それが今では重要な観光資源になり、観光客や研究員などが集まって重要な外貨獲得手段になっている。
理想的な国だった。南アフリカほど発展していないため、貧富の差が激しくないのもすばらしいところだろう。
それでも近年は隣国ジンバブエの混乱やナミビアあたりからも移民が流れてきているらしい。彼らは仕事を求めるが産業がなくて、失業者は実に25%近くあり、4人に1人は失業中ということになる。
その移民による犯罪が増えてきているらしいのだ。
ただこうして市場のような雑多なところを歩いても身の危険は感じなかった。活気があって賑わっていた。笑顔も多い。俺は大きなチキンの半身を買ってかじって食べた。肉の焼きたてははずれがない。
気になるのは昨日からずっとネットがつながらないことだった。街を出てバスに乗ればまたネットはつながらない環境になるだろう。何度も確認するが不通のままだ。他の人も同じ状況で困っている人もいた。
※ ※ ※
再び街の方に戻ると、大きなスーパーマーケットを見つけた。駐車場も大きい。中へとはいると天井も高い。通路の幅も大きく日本のスーパーとは大違いだった。特大サイズの商品が多く、コーンフレークなども10キロなどで売っている。ドリンクやお菓子などはダースやロット単位だ。
ここは近代的な施設でそれはそれで楽しい。アメリカを思い出す。価格は安いが市場よりは少し高い。購買層がよくわからないが、これだけの大型店ということは需要があるのだろう。
ぐるりと店内を回って俺は違和感を感じていた。
それが何かわからなかった。
だいたいが黒人である。アジア人は俺ぐらいだ。なので俺のことをジロジロとみる人がいるのは慣れっこになっている。
もう一度ぐるりと回って、俺はその違和感が何かわかった。
黒人のおばちゃんが白人らしき子供を連れていたのだ。手をつないでいる。服装も妙だった。女性は民族衣装というわけでもないが現地の布の服だが、少女の方はボタンのシャツにスカートで近代的だった。よい服を来ている。年は・・・小学生の低学年ぐらいだろうか。女性はその子と手をつなぎながら買い物をしている。
俺はその横を女性と目を合わせないように観察した。少女の方は俺をじぃーと見つめて、声を出さずに口を動かした。何かを伝えようとしている。
棚のコーナーを曲がって、俺は少女の口の動きを考えた。流石に読唇術まではわからない。ましてや海外の言葉だ。同じように口を動かして確かめた。
角から顔出して覗くと、少女は俺の方を見たままで、また口を動かした。
『HELP』
そう言っているように思える。いや、おそらくそうだ。しかし助けて欲しいだけなら・・・もっと叫んでもいいのでは?それとも声が出ないのだろうか。
なぜアジア人の俺に助けを求めたのか。
そもそも助けるとしても、どう助ければいいのかわからない。警備員を呼べばいいのだろうか。俺は買い物カゴを床に置いて、なんて女性に話しかけるべきか考えていた。関係性を聞く?周りにも仲間がいる?
その時だった。
大きな爆発音が入口の方でした。続いて叫び声が聴こえる。警報が鳴り響きスプリンクラーが作動し始めた、また別なところで爆発音が鳴った。
俺はさっき少女がいた場所を覗くと、黒人女性は両手で耳を抑えてしゃがみこんでいる。少女が俺に向かって走ってきた。煙がたちまち充満してくる。入口の方が危険ななのは自明だろう。事件か事故かわからないが、俺は少女の手をつないでバックヤードへと逃げ込んだ。ここは加工調理したり、品出しをする場所だ。いわゆる『関係者以外立ち入り禁止』のところだ。中にはエプロンとマスクをした黒人が何人も働いてて、警報に慌てていた。
「爆発した。みんな逃げろ!」と俺は英語で叫んだ。
みんなが裏口に走っていくので、俺も同じ裏口から外へと出た。裏口から出た場所も駐車場だった。車がポツリポツリと間隔を開けて停まっている。
俺は少女の手を握ったまま、まずは隠れないといけないと思った。さっきの黒人のおばちゃんだけならなんとかなるが、仲間もいるとやっかいだ。そもそも俺のしていることは誘拐になるんじゃないか?誘拐・・・?
ちょうど車から降りようとする女性がいた。年齢は20代ぐらいだろうか。車は日本製で比較的新しく見える。
「へい!ストップ。危ない。中で事故が起きている!」と声をかけて近づいた。
「ホワット!?」という発言に対して、俺は彼女に頼みん混んだ。
「頼む、この車に乗せて、この場所から逃げてくれ」
胸ポケットから10ドル紙幣を取り出した。ドルは流通していないがもっとも安定した価値がある。円では現地の通貨に換金できない。換金できるのはドルかユーロかポンドだ。
「プリーズ」と俺がいうと、「プリーズ」と少女も泣きそうな声で言った。
女性が「OK」と承諾して車に乗せてくれて、そこから出発した。車の中にいるととても安心する。俺は心臓がドキドキしていた。状況がまったくわからない。
「ちょっと、あんたバカなの?死ぬの?なんで、また余計なことに首をつっこんでのよー!」と、どこかのツンデレヒロインが叫んでいる気がしたが、気のせいだろう。
俺は後部座席で息を整えた。この状況の説明が難しい。
リュックの中からペットボトルを取り出して水を一口飲んだ。そのペットボトルを少女にも渡すとゴクゴクと勢いよく飲んでいた。
「えっと・・・僕は日本人です」
「日本?」
これがもっとも信用のある身分証明になる。もちろん会話はぜんぶ英語だ。
「この車を作った会社の日本です。ご存じですか?」
「ええ、知ってるわよ。観光?」
「はい観光です。さっきのスーパーマーケットで爆発がありました。たぶん大騒ぎになっていると思います。裏口から慌てて逃げました」
「ワオッ」と驚いている。そりゃそうだろう。俺だって驚いている。
彼女は車を東の方へ走らせていた。街は小さいので少し走るとだんだんと寂しくなっていく。畑などが広がっているのはこの辺で水の供給があるからだろう。川は付近に流れていないから、おそらくは地下水である。
俺はここで言葉につまった。この少女のことをどう話せばいいのかわからない。だけどその心配はなかった。少女は俺が思っているよりもずっと賢く冷静だった。そして、なぜ黒人でなくて俺に助けを求めたのかわかった。
「私の名前は、エルザ・ベナセラフ。南アフリカ人よ。住まいはヨハネスブルクにある。事件に巻き込まれて誘拐されたの」と言った。
「ワオッ」と運転している女性が反応した。けっこう若い20歳ぐらいかもしれない。オシャレな花柄のワンピースを着ていた。車に乗っていることからも裕福なのだろう。
「じゃあ、2度も事件に巻き込まれたのね」と冗談なのか、事実確認なのかわからないけれど、女性がいうと、「3度目がないことを祈るわ」と少女は返して笑った。ずいぶん気丈というか明るい子だ。
少女をよく見ると白人ではなかった。目鼻立ちはくっきりしていて瞳は黒に少しグレーがかかっている。髪はカールのかかった赤味を帯びていた。名前からしてユダヤ系かもしれない。
「じゃあ、警察にいかないとね」と女性が車を停めようとした。
「停めないで。あと警察はダメ。裏切り者がいるの」と少女は言った。
「ワオッ」と女性は言って、俺も「ワオッ」と同じように言った。
※ ※ ※
女性の家は東へ15キロほど進んだ農場地帯にあった。付近はトウモロコシ畑だった。牧場もあって牛がいた。
車を停めて降りると、「家へ招待するわ」と言った。家は付近にあったプレハブの家とは違い、しっかりとした大きくて良い家だった。白塗りの壁で木造だ。内部も広いリビングが広がっている。
母親と思われる女性が出てきて、赤ん坊を抱えていた。それと3歳ぐらいの男の子が走ってきて女性の足に抱き着いた。どうやらこの出会った若い女性は2人の子持ちママのようだ。
その後、状況を説明している。俺はえらいことに巻き込んでいるのではないかと心配になった。ボツワナ警察の信頼はともかく、南アフリカには連絡がとりたい。頼りになりそうなのは『ヨハネスブルク ダイヤモンド取引所』のヤハンぐらいだ。
現在もネットは不通である。
話し合った後に、女性の母親が少女のエルザに抱き着いた。それから「大変だったね」といって、家の中へ招き入れた。
とても濃厚な牛乳がでてきて、俺とエルザはそれを飲んだ。甘いミルクは俺の知っている牛乳とは違っていた。おそらくは生だ。
「私の名前は『ンポト』よ。よろしく。この辺で農場を経営しているの、旦那は畑にいるから後で紹介するわね。まずは、ゆっくり対策を考えましょう」と言った。
それから、まだ買い出しが済んでいないから・・・とまたマハラピエの街まで買い出しに出かけて行った。
エルザは男の子が絵本をもってきたので、子供スペースのところに座って本を読み始めた。なんというか環境適応が早い。慌てたり不安に思っている様子がなかった。
「あの、これ・・・いろいろあって今はこれしかなくて」
俺はリュックからリンゴを3つ取り出しておばちゃんに渡した。状況がいまいち飲み込めていないのが俺だけなのか、それとも俺が考えずぎなだけで、周りはけっこう気楽に捉えているのか・・・たぶん後者なのだろうけど、のんびりしていた。
「泊るところは?」と聞いてきた。たぶんこの人はおばあちゃんなので、おばあちゃんと言いたいところだが、見た目はぜんぜん若くてはつらつとした少し太ったおばちゃんだった。なのでおばちゃんと呼ぶ。
「まだぜんぜん。本当は北部に観光に行く予定ですが、この子を親元に届けようと思います」
「それがいいね。じゃあ、今夜はここに泊りなさい」
「はい、お世話になります」
おそらく時間の流れが緩やかなのだ。俺なら一刻も早く親へ知らせるべきだと思うのだが・・・
「少女は大丈夫そうね・・・あんたはまだ若いし、そうと決まれば・・・ちょっとついておいで」
「はぁ・・・」
俺は気のない返事をして、おばちゃんについていった。それから、畑の方へむかって歩いていく。作業をしている人がいた。何やら会話しているのは現地の言語だ。だから俺にはわからない。「ツワナ語」というらしい。ちなみにボツワナは、ツワナ人の国という意味だ。ほとんどの人が英語は話せるが英語は第二言語ということらしい。
「まだ夜までは時間があるからね。ちょいと手伝ってくれるかい?」と言われた。俺はもちろん二つ返事でOKしたが、内心では少女が心配だった。彼女たちが誘拐犯側ならアウトだ。でもまぁその心配はなさそうである。
「名前は?」と精悍な黒人男性がいった。筋肉隆々である。
「トモヤ」
「トーヤ、OK]
俺はそれからひたすら雑草を抜く作業をした。まさかの突然の重労働。さっきまでテロだか強盗だかに巻き込まれていたとは思えなかった。健全ですこぶる平和だ。
※ ※ ※
夜はみんなで食卓を囲った。とても暖かく迎えいれてくれる。収穫し茹でたてのトウモコロシの美味さといった驚きである。クリームシチューも作ってくれた。質素だが100%ナチュラルである。
「街の様子だけど、ずいぶんと警察が出て調べ回っていた。あちこちで検閲もしてた」とンポトが街の様子を話した。
「スーパーマーケットを襲撃したのは強盗で、移民による犯罪だったみたい。明日また新聞買ってくるから、それでもう少し詳しくわかると思う。死傷者は出なかったみたいで良かったわ」
俺が気になるのはエルザを連れて買い物をしていた女性のことだった。おそらくは監視役だったのではないかと思うが・・・。
「私が車を停めたら、人相の悪い男たちにノックをされて『この少女を見かけなかったか?』と写真を見せられたことね。『知らない』って答えたけれど・・・」
「エルザの写真?」と俺が聞いたら、うなずいていた。
「警察ではないみたいだし、マフィアかしら?最近は移民も多くて治安も悪くなっているのよ。ほんと困るわ」
エルザがどさくさにまぎれて逃げ出したので探しているのだろう。だとすると街に戻るのは危険だ。とはいえ、主要道路は少ない。サバンナなのでジープなら道なき道を走ることが可能だが・・・この日本車のセダンでは難しいかもしれない。
「しばらく状況がわかるまで隠れてたらいいと思う」
「そうですね。でも、ここにいていいんですか?」
「もちろん。ちょうど農繁期で忙しいのよ」とンポトは言った。
ンポトによるとトウモロコシの出荷時期になっている。手作業で収穫して箱につめるだけでも大変だそうだ。他にも5人ほど雇っていて、畑の向こう側に共同で生活しているらしい。牧場の世話もあるし、子育てもあるし、人手はいくらあっても、足らないようだった。
「一段落したら、責任をもって南アフリカまで届けるわ。それでどう?」と提案してきた。
正直、俺としては街から連絡を入れれば軍隊でも飛んでくるのではないかと思っている。しかし、せっかくの申し出だし、そもそも断ってもここから徒歩ではどうにもならない。少女を連れてマハラピエに戻るのは危険だろう。野生動物のいるサバンナを何十キロも歩けるとは思えない。
「俺はお願いします」と言ったら、エルザが喜んでいた。ずいぶんと子供の世話が楽しかったのどろうか?一刻も早く家に帰りたいだろうに・・・と不思議だった。
※ ※ ※
俺は部屋の1つを割り当てられた。エルザは子供部屋で一緒に寝ている。妙なことになったな・・・と思いつつ、俺は目を閉じた。
その後、壁が薄くて、ンポトの夜の営みがはっきりと聴こえたことが一番の悩みだった。
(了)