【全49話】英梨々に毎日プロポーズする夏休み   作:きりぼー

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夏の物語を書くにあたって、南半球を舞台にすると冬になってしまう。
そこで時間を進めて日本では冬にする必要があった。


43 日本 新年

 ※ 3人称視点

 

 1月3日。倫也が修羅場を逃げ延びて山小屋にこもった日。日本ではとても平和な正月休みだ。たいていの家庭では正月特番を観て、お雑煮やお節の残りを食べてのんびりと過ごしている。

 

 しかし、ブレッシングソフトのメンバーでは誰も新年を祝う気にはなれなかった。一番ダメージを負っているのは美智留で、今日の新年会をドタキャンしている。それどころかメールもラインも既読がつかない状況だった。

 

「お兄ちゃんが全部悪いです」と出海は伊織を責めた。

「そうだね」と伊織は表面的にはケロリしていた。

 

 詩羽はあの映像をずっとオートリピートで観ていた。すでに何枚もの紙に描き起こしている。カメラの数は7台あって、四分割の1つは入口をずっと映している。残りの3つ数秒おきに切り替わっている。

 

 時間経過とともに、客がどのように動いているのかを記録している。全体の間取りがわかっているのでやろうと思えば可能なのだ。それが何の役に立つのかはまだわからない。でも重要な手がかりはこれしかないのだ。

 

 メモは膨大な量になっている。恵も何度も見たが精神の方がもたなかった。最後方になったらだんだん怖くなってきてしまった。爆破前の映像で止めていた。音がないのが何よりも救いで、爆発音まで聴こえたらもっとトラウマになったに違いない。

 

 英梨々にはまだ何も知らされていない。新年会も不参加の返信がきている。恵は英梨々の心が痛いほどわかるが、今は自分の方が大きいのではないかと思っている。真実を知るのが必ずしもいいことでないのが身をもってわかった。優しい嘘が自分にも欲しかった。

 

 海部さんが国際的な資料を集めてくれて、こちらにも事件の前日からのボツワナ新聞を用意してくれた。前日、当日、翌日、翌々日の4日分。英語の新聞をスラスラと読めるのは、詩羽と伊織ぐらいで、恵は辞書を片手にがんばったが挫折している。何の関係ない経済ニュースや、隣国のテロ事件などには興味がもてなかったし、難解な言葉も多かった。スーパーマーケットの事件の記事は何度も読んでいる。

 

『犠牲者0人』の報告が一番うれしかった。とりあえず倫也が生きていることを知って安心した。

 

 スペンサー家の方でもエージェントを1人現地に派遣したらしい。その情報が海部さんのところで選別されて、伊織のところにも入ってくる。

 

「僕からは話さない。質問があれば正直に答える。それだけだね」と言った。けっこう凝りているのだ。口数も少なくなっていた。

 

 詩羽はぜんぜん動じていない様子で、伊織とは全部の情報を共有して知っている。

 

「ショックかと聞かれたらショックよ。でも不謹慎だけど面白いわ」と正直に言った。

 

 恵はそんな詩羽を責める気にもなれなかった。

 

 恵が海部さんに聞いたのは英梨々の様子だけで、ニュースに関しては聞かなかった。英梨々は問題なく日常生活を送っていて、アトリエに篭って絵を描いているらしい。食事もしているし、生活のリズムもいい。とても健康的にで模倣的な生活。『まるでお嬢様ではないみたいな生活』と言っていた。

 

※ ※ ※

 

「わかってきたわね」

 

 詩羽はお節料理をつまみながら言った。お酒も飲んでいる。20歳を過ぎてどうどうと酒が飲める。日本酒が好みのようだ。

 

「倫理君が消息絶っている理由は不明だけど・・・でもおそらくはわざと隠れているわね」

「どうしてそう思うんですか?」と出海は詩羽に聞いた。実は彼女もあまり動じていない。受験の合間の気分転換になって楽しんでいる節がある。何よりもあまり倫也が不幸になることが想像できていなかった。普段明るい美智留とは正反対である。

 

「カメラには映っているところと、映っていないところがあるのよ」

 

 詩羽は店の間取りとカメラの位置を描いた。カメラの映している部分を線で明確にしていく。

 

「映像時間は全部で30分。けれど、倫理君が店に入店して最初にカメラに映ってから爆発までは約8分24秒ね。これが最初の映像」

 

 画面を止める。確かに倫也らしき人が入店している。ロングの髪を後ろで結わき、アニメTシャツとジーンズ。それにリュックだ。白黒なので分かりにくかった。

 

「この後の足跡は・・・こうしてこうで、ここでじっとして、こうしてこうよね」

 

 カメラにちらりと映っている倫也らしき人の動きを間取り図に赤ペンで描いて説明した。

 

「途中で同じ場所にずっといるはずなのよ。カメラの死角になるこの付近ね、他のカメラの映像だとわかるけど・・・ここがバックヤードへの出入り口・・・でも、彼がなんで店をうろうろしていないで同じところにいるのかよくわからなかったのよ」

 

 恵は繰り返される映像から倫也の足取りを再現することができなかった。間取り図で説明されて、そうなのかな?と思うぐらいだ。頭の出来が違うのがよくわかる。伊織は納得していて興味深そうに聞いていた。

 

「それで気になって調べてみたの。あの位置から見える棚はここで・・・カメラがあるのよね。そこに映っているのは、買い物をしている親子なのよ。その映像だけ拡大してみたわ」

 

 映像では母親は買い物に夢中で棚をみている。しかし、少女はじぃーと何かを見つめていた。不自然なのはわかる。ただ映像は荒い。

 

「ね?」

「なるほど、この少女の視線の先に倫也君がいるんだね?」

「そう考えると合理的なのよ。でもなんでかしら?ってなるわよね」

「うん。不思議」

 

 恵は映像を何度か確認した時に倫也を見つけることは出来た。でも途中からぜんぜん見つけられなかったのだ。その理由が一か所に留まっているなら納得がいく。そういえば海部さんも裏側にいて『爆風には巻き込まれていないはず』と指摘していた。

 

 詩羽に説明されてやっと少し理解してきた。

 

「それで、この親子なんだけどどうかしら?」

「これ、親子じゃないと思います」と出海が言った。「だって、なんていうか・・・人種が違います・・・よね?」

「そう。そうなのよ。思いこみがあるからわかりにくいわね。白黒で画質も悪い。第三者なんて気にも留めないけど、倫理君の場所から不思議で観ていたら気が付けたのよ」

 

 詩羽は楽しそうだった。こういう脳みその人ならサスペンスなどの小説を描けるのかもしれないと恵は思う。でも、親子でないからなんだというのだろう?話がみえてこない。倫也とは関係なさそうなままだった。

 

「それって、ベビーシッターとお嬢様みたいな関係の可能性はありませんか?白人ならお金もあるし、人を雇うこともあると思います」と出海が思ったことを発言した。自分の気が付いたことぐらいは詩羽が気が付いていると思うが一応意見はいう。

 

「いい線いっているわよね。おそらくそんな感じだと思うの。では、なぜその子供がじぃーと倫理君をみているのかしら?」

「さぁ?なんででしょうか?変なアニメTシャツを着て物珍しかったから?」

「それもあるでしょうね。善良そうなバカにみえるだろうし」

 

 ひどい言い方だと恵は思った。でもその通りだろう。アニメTシャツ着ている人に警戒心は持ちにくい。いや、変質者としての警戒ならもつか・・・

 

「なるほど!それでこのニュースか」と伊織が言った。

 

「わかったかしら?これで全部つながるのよね」

「何がです?」と出海ちゃんがきいた。

 

「新聞のニュースの片隅に誘拐事件が載っているわ。そこに写真があるでしょう?絵を描いている出海さんの方が見立てがいいかもしれないわね。どうかしら?その子とこの子・・・」

 

 出海は新聞の少女の写真を見た。そして、動画の少女を比べてみる。髪型はウーエブしていてる。鼻も特徴的で大きい。日本人でないので詳細まではわからないが、確かに似ていると思った。

 

「もう先入観がはいってしまいましたけど、似ていますね」

「ほんとだ・・・」恵も賛成した。

 

「だとすると、その子の名前は『エルザ・ベナセラフ』ってことになる」伊織が断言した。

 

「確信はもてないけど、その可能性が高いのよ。なんで倫理君と関係しているのかはわからないけれど、これ、海部さんに知らせてくれるかしら?」

「わかった。すぐに連絡を入れる」伊織がケータイをもって海部さんに電話をかける。

 

「加藤さんは、現地のニュースは聞いているのかしら?それとも情報を遮断しているのかしら」

「遮断している」

「なら1つ情報をあげるわ。まったく倫理君と関係なさそうなニュースだけど、『この爆破事件以後、街ではマフィアがエルザに1000ドルの懸賞金をかけて探している』らしいのよね。これはスペンサー家のエージェントからの情報だけど」

「・・・じゃあ、この動画の子がエルザだとすると、この爆発事件のあとに失踪したってこと?」

「そう考えるのが自然よね」

「倫也くんはそれに気が付いて、彼女と一緒に逃げているのかな」

「推論に推論を重ねているだけだけど。そう考えるとつじつまが合うわね。連絡がまったくがとれないということは・・・」

「でも、捕まったら・・・消息不明になってしまうよね」

「そうはならないんじゃないかしら?だって、倫理君は別にマフィアに悪いことをしていないもの。単独で捕まる可能性はないわ。またエルザと一緒に捕まったなら、エルザの懸賞金騒ぎは消えるはず。今も懸賞金がかけられているなら、それはエルザの安全と倫理君の安全を保障していると考えられるわね」

 

 恵は脱帽した。防犯カメラの映像と、新聞と、現地の噂・・・こんな風につなげられるとは思わなかった。

 

「早く氷堂さんにも教えてあげないと・・・」

「それがそうとも限らないわよ。仮に推論通りだとして、状況は何も好転していないのだから」

「・・・そっか」

「無事を知らせるなら、身柄を確保してからの方がいいわよ、ぬか喜びさせるのは反対ね」

 

 詩羽はどこまでも冷静だった。恵は敬服してしまう。

 

 伊織は海部さんと電話で話し合っていた。

 

「大発見だけど、すでに現地の警察も把握しているってさ。犯人を割り出すために映像をなんどもみていて気が付いた警察もいたらしい」

「警察も無能ではないようね」

「ただ、倫也君と一緒なのは気が付いていないだろうって」

「ふふふっ、私の方が一枚上手だと面白いわね」

 

 詩羽は自己満足して勝ち誇ったように笑った。

 

 恵は笑えなかったが、この人ならもっと先を読むかもしれない。いや、誰もが先を読みながら事件は進んでいるのだろう。

 逃走する側と追いかける側。追いかけるのはマフィアと警察で、なんらかの事情で警察には駆け込めていない。

 

「霞ヶ丘先輩。もしかしてこれって・・・マフィアや警察から倫也くんが逃げているってことかな」

「そうなるわね。事情はまったくわからないけれど。概ね警察も腐敗しているじゃないかしら?内通者を恐れて警察に駆け込めないと考えるのが一番合理的よね」

「倫也くん・・・逃げ切れるかなぁ・・・」

「ふふふっ、知恵比べならそうそう負けないでしょ」

 

 詩羽は余裕の笑みを浮かべている。何手も先が見えていそうだ。

 

「そうだね。わたしもそう思う」

 

 恵はなんだかそう考えると、倫也のことを信頼できる気がしたのだった。バカ正直なところがあるがゲームなどの知恵比べは無類に強いのだから。

 

 だから恵は英梨々が日常生活(いつも以上に意識した日常生活)をしている理由も分かってきた気がした。

 

 要するに、倫也を信じるしかないのだから。

 

(了)

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