【全49話】英梨々に毎日プロポーズする夏休み   作:きりぼー

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44 かっこつけたらやられる

 無事に夜が開けた。夜中に森から動物の声が聴こえたのは怖かったが、特に問題は何も起こらなかった。

 

 小屋の外で朝食を作り、起きてきたエルザと食べる。今の行動の最善は『待つこと』であるが、それでもできる事はやっておきたい。ンポトがセッティングしてくれたイザークおじさんは中年の狩人らしいが、性格が気難しいらしい。明後日には来ると思うが、来ないかもしれない。その場合は山を下って東に進めとアドバイスを受けている。

 

 俺はエルザを小屋に残して探索に出かけることにした。2人で行動すべきか悩んだが、俺だけの方が早く動ける。それにイザークおじさんと入れ違いになっても困る。

 追手のマフィアがすぐにここにたどり着けるとは思えない。少なくともンポトの車を尾行している車はいなかった。発信機がついていてもせいぜい半径は1キロで、到底届かないだろう。ンポトがこの場所を密告するとは思えないし、油断はできないが、小屋の中が一番安全だろう。

 

 エルザのそばで過ごしてやりたいが、俺も気持ちが焦っている。東にいくなら少しでも様子は知っておきたかった。

 

 エルザと話あった。荷物をもっていくと不安だろうから、俺はリュックもケータイも置いていく。充電器が二つあるので、スマホで遊んでもいいことを告げた。ノートと鉛筆もあるから絵を描いてもいい。1時間で戻ってくるから、必ず小屋で待つようにいった。戻ってこない時の対処法は伝えない。そんなものないし不安にさせるだけだ。

 

 俺はベレッタだけを身に着けて、山を登っていった。頂上も木々に囲まれていて見晴らしがいいわけでないが、多少は周りの様子がわかる。北側には大きな川が流れているのが見える。山を下った先には農地もあるから人もいるのかもしれない。西の方はあまりよく見えない。

 

 時間を測りつつ場所を確認していく。山を下るのにかかった時間は、小屋を出発してから20分程度だった。東側はブッシュ(低い木の森)になり、サバンナが広がっている。上で見えた農地がどの辺にあるのか、下まで降りてみるとわからなくなった。草の丈も長くて視界が悪いのだ。

 

 正直、広大なサバンナを車もなしにエルザと越せる気はしない。インパラのような鹿はすぐに見つけられる。けれどライオンやゾウもいるかもしれない。そんなものと遭遇したらどうしていいかわらない。ベレッタで戦うにしても限界があるだろう。ライフルではないのだ。それに貴重な動物を撃ちたくない。

 

 とりあえず様子が分かったので、また山を登って小屋に戻った。エルザはノートに文字を書いていたがケータイは使っていなかった。ノートには日記が書いてあった。エルザはエルザでけっこう楽しいらしく、俺を見ると『ニカッ』と白い歯を見せて笑った。可愛い子だと思う。目がクリクリして大きい。

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 朝はまだマシなのだが、日中になるとだんだん暑くなってくる。無駄に動き回ると貴重な水分が失われるので危険だろう。小屋のなかで待つのが最善だ。

 

 それでも気持ちが焦っているので2時過ぎになったら山を降りて、ぐるりと山の周りを回ってみた。そこまで大きな山ではないのだ。その気になれば最初に登ってきたところまで半周できるだろう。東側へ1キロを歩いてみたが、特に何もなかった。けっこうな絶望である。

 

 日が落ちる前に小屋へと戻る。2時間ぐらいは離れてしまった。それはそれでやはりよくないとは思う。エルザは俺をみると安心した顔をした。俺はぎゅと抱きしめて、頭をなでててあげた。おみやげになるようなものは何もみつからなかった。

 

 もってきた食材から今日の晩御飯はどうするか相談し、小屋にあった缶詰を開けてみることにした。肉の絵が書いてあるので開けたけれど、エルザは「ドックフード」と言った。俺もそうなのかな?と思って素材の表示を見たが汚れていて読み取れなかった。試しに食べてみると塩の味がしない。たしかにドックフードかもしれなかった。

 

「もったいないから俺が食うよ・・・」

「やめたほうがいい」と言いながらエルザは笑った。

 

 フライパンで加熱し、野菜いれて一緒に炒める。調味料を濃くすればぜんぜん問題なく食えた。「きっとドックフードじゃなかったんだよ」と言ったら、「キャットフード」とエルザは言った。

 

 不信そうにしていたエルザも食べていた。俺は腹を壊すんじゃないかとびくびくしたが、大丈夫だった。エルザも大丈夫そうだった。こんなところにペットフードなどおくわけがないのだから・・・

 

 夜は星が良く見える。南半球の星座や星を俺はほとんど知らない。北半球ならエルザにいろいろと教えてあげらるのに。

 

 寝るまでは時間があったので、かまどをうまく改良して、煙を外へと逃げていくようにした。これで薪が燃やせるようになる。暑いので火を燃やす必要はないのだが、灯りがあると人間は少しほっとする。

 

 エルザが歌を歌ってくれた。アフリカ民謡らしい。俺が真似て歌ったら「ひどい歌声」と容赦がない。

 

 薪がパチパチとなり、ときどき獣の声が聴こえた。エルザが寝るのを待ってから、俺も目をつぶった。今日も何事もなかった。それはとても幸福なのだと思う。

 

 

※ ※ ※

 

 

 明けて1月5日。早朝から起きて(実に早寝早起きで健康的)、エルザと朝食を食べた。その時に相談をして、一緒に山を登って探索することにした。安全第一とはいえ、流石に飽きてくるし、エルザはやはり離れたくないようなのだ。それは当然かもしれない。

 

 山の頂上まで昇り、北側に見える農地まで行くことに決めた。目算だが2キロぐらいの距離だと思う。さらに奥の河までは5キロといったところだろうか。歩ける距離だがエルザは連れていくのはリスクは伴うと思う。それでもエルザは行きたいと言った。

 

「1人で待つのは怖い?」と聞いたら、「うん」と素直に答えた。小屋に残るのが必ずしも安全とは言い切れない。

 

 一度小屋に戻った。エルザの足ではやはり時間がかかるがしょうがない。リュックに2リットルの水とリンゴと黒くなりはじめたバナナをいれた。それからエルザともう一度山に登って、それから北側へと下っていった。そんなに高い山ではないのでここまでは順調だった。そこから北の方へと向かって歩く。

 

 少し歩いて俺は気が付いた。平地みえたサバンナの大地はけっこう凸凹している。それに草がけっこう生えているのだ。草の丈はだんだと長くなり50㎝超えてくる。こうなるとエルザが感覚的には半分ぐらい埋もれている。俺の視界もだいぶわるい。方向はわかるが畑も河も何も見えない。遠くの山で位置を確認するだけだ。さらに歩くと草の丈がますます高くなってきたので、俺は諦めて引き返すことにした。

 

「ねぇ、肩車して」とエルザがいった。俺は彼女を肩車した。「何か見える?」と聞くと「びっくりするぐらいずっと草だらけ」と答えた。夢も希望もない。

 

 この草むらの奥にライオンが俺たちを狙っていても、俺は気が付けない。ベレッタをとっさにぬいて撃てるかどうかは怪しい。こうして危険を犯しながら小屋の周りを探索しているのにはわけがある。

 

 このままイザークおじさんが来ない場合はなんとか生存しないといけない。ペットボトルはあるので河の水は汲めるだろう。弾丸があるうちはインパラぐらいは捕まえられるかもしれない。小屋には罠もあったから仕掛けも作れる。北も東への道もが絶望的に感じた以上は、ここでイザークおじさんを何日でも待つのが賢明だと判断した。

 

 危機的な状況になってからでは遅いので、こうして水と食料があるうちにテリトリーを広げていた。正直、エルザがいなくてもこれ以上進める気がしない。人工物が何もない場所はこんなにも不安になる。

 

 無事に山の頂上まで登って、歩いてきた方向をみる。双眼鏡があればもう少しわかりそうだが、大した距離を進めなかったことが確認できる。

 

「あの畑はもう収穫が終わった後みたい」とエルザはいった。俺よりも視力はずっといいようだった。もしそうであるなら、畑で働いている人と出会うことも難しそうだ。

 

 小屋に戻ってランチを食べた。気持ちは焦ってくる。打開する何かが欲しかった。ケータイは当然つながらない。

 

 小屋にあった道具を調べてみる。罠はまだ機能していて使えるようだ。俺は静かに思い出す。実践経験がないが罠に関する知識は本と細川さんから学んではいる。

 

 俺は罠のメンテナンスをした。作動するかどうかを確認する。午後はエルザと山の中を歩いた。動物の糞などがないかを確認するためだ。ジャングルのように木が密集しているわけではない。低い気が点在しているので歩きやすくはある。また足を滑らせて滑落するような急斜面もない。整備のされていない丘の上の公園と言われたら、そんな感じもする場所だった。

 

 俺はぜんぜん見つけられなかったが、エルザは糞を見つけた。おそらくはイノシシのようなブタのものだろう。コロコロとした丸い糞もみつかった。これはインパラだろうか。ぜんぜん見えないが動物はやはりいるようだ。

 

 せっかくなので穴を手で掘って罠を仕掛けた。仕掛けた罠の近くの木にはナイフで削って印をつけておく。

 

「罠で動物を捕まえたら食べるの?」

「そうだね。ここの食料がなくなったら食べる。かわいそう?」

「ううん。でも、動物ってどうやってお肉になるの?」

「いや・・・それは」

 

 ごもっとな意見だと思った。俺もなんとなくはわかるけれど、実際に解体をしたことはない。ナイフがあるから一応はさばけるだろうけど・・・仮にインパラやイノシシが捕まったとして、どうやって殺す?やっぱりベレッタで撃ち殺すのがいいかのかな。

 

「その時になったら、一緒に考えよう」

 

 捕まえられるかどうかもわからないのだ。何かをしていないと不安になるから、気休め程度に罠を張っている。

 

 

※ ※ ※

 

 

 夕方も山の高いところまで登って、もう一度あたりを眺めてみる。夕日が大きく見えてアフリカの大地が赤く染まっていく。周囲には人の気配や車はなかった。車で来る時に見えた西の方の畑ははるか遠くだ。この山はある程度遠くからでも目立つが、だからといって何かがあるわけでもない。

 

 小屋の方へ戻ると違和感がした。何か人影を見かけた気がする。俺はベレッタの安全装置を解除した。深呼吸をして心を落ち着ける。モデルガンではないので重厚感がある。スライドを引いて弾を装填する。たぶん、撃てないだろうなという予感がある。でも脅しぐらいには使えるはずだ。

 

「エルザはここで待ってて。もし・・・俺が撃たれたら、大人しく捕まってくれる?おそらく君には危害が加えられないから」

「わかった。トーヤも無理しないで」と彼女が心配そうにいった。

 

 俺は足音を消して小屋に近づいた。窓から中を覗き込むがよく見えない。扉は閉まっている。扉は木製でレバーはない。内部からは簡易な鍵でロックがかかるだけだ。俺は扉を蹴とばして開けた。「フリーズ!」と叫んで中に銃口を向けた。

 

・・・誰もいなかった。

 

 次の瞬間、蹴とばした扉が俺に勢いよく戻ってきた。ぶつかってバランスを崩す。グイッと服を引っ張られて、あっという間に組み伏せられた。

 

 いう必要もないだろうが俺は武闘派ではない。相手の方が何枚も上手のプロだっただけだ。しょうがない。

 

 圧倒的な体重さで抑えられて身動きもとれない。銃はあっさりと没収された。

 

「ストップストップ。俺はンポトの友達です!」かなり胸を圧迫されたので、息も苦しい。なんとかしゃべった。

 

「アイムイザーク。ウエルカム ファッキンボーイ」と彼は低い声でいって、俺を解放した。

 

「ゴホッ」と地面のほこりを吸ってむせた。イザークおじさんで良かった。もっとシンプルに挨拶した方が良かったかもしれない。第一印象は最悪だろうな。

 

 俺はよろよろと外に出て、「エルザ、イザークおじさんだ。小屋に戻って」と呼んだ。すぐに隠れていたエルザが走ってきて俺に抱き着いた。ちょっと泣いている。

 

 イザークおじさんはおじさんでなく、白髪のまじった初老の人だ。ひげももじゃもじゃしていて目つきがするどい。体も大柄だった。精悍でたくましい。

 

 もう一度丁寧に謝ってから事情を改めて説明した。彼は謝罪を受け入れてくれた。話のわかる人でよかった。イザークおじさんは俺を無事に南アフリカまで届けてくれることを約束してくれた。

 

 この小屋での生活もおさらばなので、置き土産を置いてく事にした。ノート破って手紙を書いた。それからケータイのデータをマイクロSDに写して手紙の中に隠した。それを木の柱に釘で突き立てておく。これで誰か援軍が来るなら気が付くはずだ。これだけ音信不通ならスペンサー家の人が助けにきてくれるかもしれない。ンポトにもその事は話をしておいた。『スペンサー家を名乗る人が現れたら、全部の事情を話してくれて欲しい』と。

 

「誰がここにくるんだ?」と聞かれたが、「日本から俺を探しに来る優秀なエージェント」と答えたら、不思議がっていた。

 

 山を下りる時に俺は仕掛けた罠を思い出して回収した。外はだいぶ暗くなってきていてわかりにくかった。

 

「そんなとこに引っかかるほど動物はバカじゃない」とイザークおじさん改め、イーザク爺さんがいって、やっと笑ってくれた。

 

 できれば罠の仕掛け方をレクチャーして欲しいが今は時間がない。

 

 

※ ※ ※

 

 

 山の麓にはサバンナ仕様のジープが停めてあった。カーキー色に塗装してあって本格的なものだ。狩人がそんなに儲かる仕事なのか気になったが、この山を持っているぐらいだからお金持ちなのかもしれなかった。

 

 口数の少ない人だが悪い人ではない。エルザが最初は怖がっていたが、お菓子をもらってからは懐いている。

 

 『バオバブ』という木を逆さにしたような形の木があたりに生えている。そのうちの大きな木の近くにジープを停めた。

 

「ここで野営する。手伝え」とイザーク爺さんは簡潔に指示した。

 

 テントを設営し、焚火の用意をした。ジープの中にはキャンプ用の道具もある。イザーク爺さんは手際がいい。相当慣れているようだ。

 

 いつの間にか満点の星空が広がっていた。焚火の周りだけは明るいがほとんど何も見えない。車だけが光をゆらゆらと反射していたが、バオバブの木はもう闇に溶けて見えなかった。

 

「車の中とテント、どっちで寝るか?」と聞かれたので、「せっかくなのでテント」と答えた。エルザも「テント」とすぐに答えた。寝袋を1つ渡されたので、それを開いて布団代わりにする。山小屋の中よりも下が土なだけ柔らかく快適だった。

 

 エルザが眠ってから、焚火番をしているイザーク爺さんとぽつりぽつりと話をした。身の上話はしたがらなかったし、俺のことも聞きたがらなかった。ただ「噂は広がっているから気を付けた方いい」とだけ教えてくれた。

 

 エルザにはマフィア側からも警察側からも懸賞金がかけられていて、それが噂の中ではどんどんと膨らみ、今や1万ドルに到達しているらしい。平均年収の10倍だ。

 

 イザーク爺さんは考えながら「もし本当に警察も信用できないなら困るな」と言った。これは確証ではない。エルザによる推測だった。でも話の筋は通っている。

 

 彼らのような上流階級は安全な場所以外では、セキュリティーに囲まれて移動している。あらかじめ予定などは流出しないように管理されているし。現地の警備なども充実している。そのような場所でテロに遭遇し、こちら側の武装が少なかったタイミングを狙われたということは、情報操作されている・・・ということらしいのだが、何かテレビの観すぎではないだろうか?と俺は思わなくもない。

 

 しかしエルザによると、「いつもいるガードマンのグループが引き離された」らしいのだ。賢い子なので真実にたどりついているのかもしれないが、現時点では真相は知りようもない。

 

 少なくとも俺が平和ボケした常識で楽観的に判断するよりは、エルザの話を信じた方がいいだろう。

 

 イザーク爺さんは俺の話を聞いて計画を変更すると言った。地図を開いて北上していく進路をとるという。目指す街は『フランシスタウン』でボツワナ第二の都市だ。国際空港がある。ここに信用できる軍隊か警察を派遣してくれれば、エルザを無事に返すことができるだろう。都市に近づけばネットも通じるはずだ。

 

 南のハボローネまで戻るにはマハラピエを通らなければ給油ができない。東に行く場合は国境の河を必ず超える必要があるため、橋を渡る時に検問を通ることになる。道も一本道だ。事前にそこに待ち伏せされたらアウトだ。俺がマフィアなら必ずマークするだろうという場所があるのだ。

 

 だから信用のできる味方と合流するまでは安全とはいえない。隠れているのがベストだ。

 

 俺があくびを1つしたら。「子供は早く寝ろ」と言われた。彼からみると俺はまだまだガキなのかもしれなかった。アジア人の顔は海外では鼻も低く、子供っぽくみえると聞いたことがある。男にしては背も低いし、そう思われても仕方なかった。

 

 俺はテントに戻って、微かな光の下で英梨々に宛てて今日の分の手紙を書いた。

 

 それからエルザの寝息を聞きながら、俺も眠りについた。昨日よりは事態はずっと好転していると信じて・・・

 

(了)

 

 

 

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