恵は息を切らせながら英梨々のアトリエまで走ってきた。「だいたい今時ケータイ不所持で自宅にいるのに連絡が取れないとかある!?」と不満に思いつつも少し羨ましくもあった。
アトリエの中はごった返している。複数の平行した作業では彫刻、水墨画、粘土、陶芸、油絵、水彩画、アクリル画、日本画などが散乱していた。もはや恵レベルではどの絵具がなんなのか見分けもつかない。よくこんなところで作業ができるものだと感心するのを通り越して呆れてしまう。
イーゼルには大きなオレンジ色のキャンバスの絵がセットされていて、水色のスモッグを着た英梨々が絵を描いていた。
恵が覗き込むと、その絵がアストゥリアス公爵家のための絵だと分かった。眩しいほどに大きな太陽と黄色い空はゴッホを思わせるようなタッチだった。あの家から見下ろした時と同じような田園風景が広がっていて、庭園ではお茶会が開かれていて賑わっている・・・
これは公爵夫人の旧き良き時代なのだとわかる。まるでその場にいたかのような臨場感が伝わる絵だった。英梨々がコツコツと進めている大作である。
「あら、恵どうしたのよ?珍しい」
「どうしたもこうしたもないよぉ。英梨々、倫也くんの消息が少しわかったの」
「そう?無事に見つかったのかしら?」
「まだ見つかってないけど。でも大事な情報があって」
「ちょっとそこの冷蔵庫の飲み物でも飲みながら待っててくれる?今、手が話せないのよ」
そういって英梨々はまた絵を描き始めた。
恵は冷蔵庫を開けた。なんでも一通り飲み物がそろっている。けれど今は冷たい物は飲む気にはなれなかった。
電気ポットのお湯はほとんど空だ。小さな流し場を見るとカップやら、ポットやらが散乱している。おまけに茶葉なども放置したままだ。
仕方がないので恵はポットに水を補充し、キッチン周りの掃除を始めた。一段落したところでお湯が沸いたのでインスタントコーヒーを二ついれる。
アトリエにはカップを置くような場所もないし、座れるはずの赤いソファーの上も物で溢れていた。立ったままコーヒを一口飲む。英梨々のために入れたコーヒーも置く場所がないので、電気ポットの横に置いといた。
しばらくすると英梨々が手を止めて、立ち上がった。恵は「コーヒー、ポットの横にいれておいたけど」というと、「ありがと」と言って、取りに行った。
「あら、適当に座ってくれればいいのに」といって、英梨々が言ったが、自分でもどこに座ればいいのかわからないらしい。さっきまで座って絵を描いていた木の丸イスを恵にすすめたが「別にいいから」と恵は断った。
「それで?倫也から連絡があったの?」
「ううん・・・ねぇ、英梨々って倫也くんのことどれくらい知っているの?」
「どれくらいって?子供のときから?かしら」
「あっ、そうでなくて・・・今の倫也くんのこと」
「ぜんぜん、あんな連絡もとらずに冬コミュドタキャンして、その上連絡とらなくなって何日たつのよ?2週間ぐらい?」
「うん・・・それぐらいかな。今日で・・・12日目かな」
倫也の最後の連絡は12月26日で、今は1月の7日だった。
「よくもまぁそんだけ、仕事や彼女のことを放っておけるわよね。これ、別れられても文句言えないわよね」
「そうだねー」
相槌をうつものの、英梨々から倫也と別れるとは思えなかった。逆もしかりだ。
「じゃあ、英梨々はスーパーマーケットの事件も知らないんだね?」
「何よそれ?」
どうやら秘密厳守は守られたらしい。おそらく英梨々も倫也のことを積極的に調べずに、ここでずっと絵でも描いていたのだろう。と勝手に推測する。この散らかりよう。
「えっとね、どこから話していいのかな・・・とりえあえず今重要なのは、倫也くんの作成したデータが送られてきたんだけど、ロックされていて読み取れないってこと」
「ふーん。それで、あたしならわかるかもってことね」
「うん。たぶんそう。手紙的にも」
恵ではなく、英梨々宛てに伝言が書いてあった。それはもうしょうがないのだろう。
※ ※ ※
英梨々は目をまんまるくして、口を開けて固まっていた。それはまぁそうだろう。何しろ倫也がスーパーの強盗に巻き込まれていたのだから。
英梨々の家の会議室を借りた。ブレッシングソフトのメンバーと海部さんがいる。出海ちゃんはさすがに受験前で不参加だった。ノートPCをいじっているのが伊織だ。全体を良く把握している。恵は伊織のことが苦手だったが、倫也不在のブレッシングソフトにあって、伊織なしには何もできないというのが実情だった。特に冬コミュで発売した同人ソフトの修正パッチや、おまけ別ルートの追加DLなどをサイトに更新して宣伝する手腕はぬかりがない。恵はゲーム作りの進行やプログラムの手伝いなどはできるが、やはり実務レベルではまだまだ未熟だったのだ。
詩羽は席に座ったままうとうと眠っている。会議が始まるのを待っているらしい。いつでもどこでも仮眠を取れるのが詩羽の特徴なのだと恵は気が付いている。そうでないと高回転の脳を維持するのが大変なのだろうと勝手に思っていた。実情はただの不規則な生活のせいなのだが。
そして問題は美智留だ。太っている。この3日でたぶん10キロぐらい太っている。そんなに人間って急激に太るのか?と思うぐらい太っているのは、過食症だろうか。倫也のスーパーマーケットの映像をみてからメンタル的に壊れたのか連絡もつかなかった。やっとの思いで連れてきたら、この激変である。
「だって、トモが死んだらもうアイドルもしないし、関係ないじゃん」と自暴自棄である。英梨々に言わせると「氷堂美智留はもともと正月太りするタイプなのよ」と意に介さない。
彼氏?っぽい感じの伊織は美智留の激太りにはノータッチのようである。原因はだいたい映像をみせた伊織のせいでもあるのだ。
「倫也くんは生きてるから」と恵が言った。英梨々がやっと恵を眺めた。どれくらいショックを受けているか想像もつかない。口は開けたままだ。
「じゃあ、僕から軽く説明させてもらおう」
伊織は英梨々にこの映像の解読を説明した。それからエルザという女の子が誘拐にあっていることなどを時系列でわかりやすく伝えた。
「はぁ?また余計なことにクビ突っ込んでるわね。バカなの?死ぬの?」
「倫也君らしいじゃないか」
「ほんと・・・余計なことにクビ突っ込まないって約束だったのに。だいたいそういうことしたら別れるっていったのよ?これってあたしに対する別れ話よね?実質そうよね?」
「まぁまぁ、落ち着いて。それは無事に倫也君が戻ってきてから2人で話あってくれればいいさ」と伊織は英梨々をなだめる。
「倫也君が12月28日に事件に巻き込まれた後の消息だが、霞先生の推測どおり少女と一緒に逃走していた。逃げた先はマハラビエより東に10キロほど進んだ農場経営者の家。そこに1月3日まで潜伏していたようだね」
ご丁寧にボツワナの地図をテレビ画面に映してくれた。実に分かりやすい。首都のハボローネの北東がマハラビエ。そこから東へ赤い線が引いてある。
「この家は『ンポト』という女性の家で、夫婦で経営する農場らしい。小さい子供が2人と母親の5人家族。その他に雇われ農夫が5人もいる。倫也君と少女はここで農業や子育ての手伝いをしていたらしい。農夫の誰かがマフィアに密告したせいで見つかってしまったらしい。3日の明け方にマフィアがやってきて少女を探したが、痕跡もなく隠れていたのでその日は引き返した。その後に警察も来て捜査をしたことから街で大きな話題になり新聞にも掲載された。マハラビエはボツワナでは大きな都市だけど、人口は3万人ほどだ。噂はすぐに広がったみたいだ」
英梨々は眉間に皺を寄せて話をきいている。呆れてものもいえない。伊織は一呼吸おいてから状況をさらに伝えていく。
「スペンサー家から現地へ派遣されたエージェント『スーロ氏』によると、昨日6日に『ンポト』さんの農場に訪れたらしい。そこで倫也君の話をしたところ、『ンポト』さんから複数枚の手紙と伝言を預かっている」
「スーロってなんか聞いたことあるわね・・・?うちのエージェントだからかしら?」
「お嬢様、スォロ氏はコロンビアでお世話になった現地インディオのヒットマンです。安芸さんの護衛をしてくれた」
「ああ、あの陰湿そうな顔の人か。なんでボツワナにいるのよ」
「私が依頼したからです。彼は腕がたつ武闘派ですから合流したあとの戦闘なら一番最適です。エージェントとしての腕も間違いないでしょう」
「そう。足取りも追えているようね」
ヒットマン?と恵は首を傾げた。殺し屋ってこと?ここはツッコミをいれるべきか悩んだが黙っておくことにする。英梨々の反応の薄さがむしろ気になるぐらいだ。
「続けていいかい?」と伊織がいった。「どうぞ」と英梨々が不機嫌そうに応える。
「スーロ・・・スォロ氏によると、預かった手紙はすべて澤村さん宛てのものだった。倫也君はスペンサー家のエージェントが来ることを予測して手紙を預けていた。スォロ氏は誘拐事件の絡んだ重要な情報だけど警察にも手紙ことは知らせていないようだ。倫也君の伝言によると、警察内部にも裏切りものがいるらしい」
「というかその手紙って、ただのあたしへのラブレターよね・・・たぶん」
「さぁ?僕はなんとも言えないな。もう一つ大事な情報があって、倫也君と少女はさらに東・・・厳密には東北東にある山へ移動していることがわかった。マフィアに場所がばれたためすぐに場所を移動したらしい。衛星カメラの写真を確認したが、山というよりは丘のように見える場所がある。そこで『イザークおじさん』という、『ンポト』さんの親族と落ち合う約束をしていたらしい」
「登場人物多くて混乱するわね。それでスォロは倫也に会えたのかしら?」英梨々が問いかけた。
「いや、入れ違いだったようだ。そこに倫也君のメモとマイクロSDチップが置いてあった。メモは画像ファイルで送られてきている」
伊織が画面に倫也のメモをUPした。ノートの切れはしにエンピツで描いてある。
『This “microSD card” to Spencer.』
(スペンサーにこのマイクロSDカードを)
「この場所から倫也君がどこへ向かったのかは不明。けれど、スペンサー家の人間が先にたどり着く時と予想して情報を残したようだね。スォロ氏はネット環境が付近になく、マハラビエもずっとネット環境が不調らしい。結局ハボローネのホテルまで戻ってから、SDカード内のデータのみを送信してきた」
伊織が該当のファイルを表示させた。ZIPで圧縮されていてロックされている。当然パスワードが必要だ。
「一応、僕らブレッシングソフトのパスワードやアルゴリズムでは開ける事ができなかった。スペンサー家のパスコードでも開けなかったので、あとは澤村さんだけだ」
「ふーん・・・これ、開けたらエロ画像とかはいってないわよね?」
「さぁ・・・」
英梨々が立ち上がってノートPCを動かし、カチャカチャと手慣れた手つきでZIPにコードを入力した。何度か失敗したあと、ファイルが解凍されていくのが表示された。
「できたわね」
中には大量の画像ファイルが入っていた。それとテキストファイルが1つ。英梨々がテキストファイルを開いて表示させた。
『時間がないので手短に要件だけ。これから北の『フランシスタウン』を目指す。そこに空港がある。できれば信用できる人を派遣しておいてほしい。流石に大都市なのでネットが通じると思う。ついたら連絡する。警察と軍隊は信用できない。それから『ヨハネスブルクダイヤモンド取引所』のjahan(ヤハン)とも連絡をとってくれ。彼の同僚の子を保護している。お怒りは無事に戻ってからで頼む。じゃ、任せた』
海部さんがメッセージをみて、即材に各関係者に連絡を入れ始めた。英梨々は「はぁ?任せたじゃないわよ。まずは謝罪しなさいよ」と怒っているが嬉しそうである。
「ブレッシングソフトについては何も書いてないね・・・」と恵は不服そうにいったが、それはそうだろう・・・とは誰もツッコまなかった。
「トモ生きてるの?なら、あたしはダイエットした方がいいよね。ちょっと走ってくる!」といって、美智留は部屋から出て行った。目にはちょっと涙が浮かんでいた。けっこう明るくて何も考えてなさそうで、一番ショックを受けていたのは間違いない。
英梨々はそれから、大量に送られてきた画像をスライドーショーで画面に流した。
それは成田を出るところから、イザーク山の小屋までの記録だった。画像のみなので本人の解説がないとわからない画像も多い。サバンナのインパラなども映っていて、さすがアフリカだとわかる写真もあった。エルザと笑っている写真もたくさんある。どの写真も明るくて楽しそうにしていた。
「なんだから心配したのがバカみたい」と恵は呟いてみたものの・・・内心は大変だったろうなと思った。
最後の一枚はこちらに向かって土下座をしていた。
※ ※ ※
翌日。英梨々に別々のところから二つのものが届いた。1つはスペンサー家のエージェント経由で倫也からのラブレターである。もう一つはスペンサー家の鉱山会社『DBS』経由で倫也からの『カナリーダイヤモンド』が届いた。
英梨々は部屋で『カナリーダイヤモンド』の箱を眺めた。これが倫也の形見にならなくて良かったと思った。自分のわがままのせいで倫也を危険な目に合わせたのだから。いや、倫也が勝手に首をつっこんだだけで自分のせいじゃないかな?と考え直す。
海部さんも部屋に残ってそばで見つめている。「あの、お嬢様・・・」と言った。
「見せないわよ?」と英梨々は先に即答した。
「しかし、重要な情報が書いてある可能性もありますので。情報は多いほど安芸さんの安全確保につながります」
「じゃあ、別に見せてもいいけれど、後悔するわよ?」
「後悔?」
英梨々は試しに適当に一通を選んで、ハサミで切り封を開けた。一枚の手紙を取り出して海部さんに渡した。
「読む以上は朗読しなさいよ」
「はい。かしこまりました」
海部さんは手紙を開き、さっと目を通して後悔した。これはプライベート用のラブレター以外の何ものでもなかったのだ。しかも思いのほかなんというか・・・赤裸々であった。
「ほら、読みなさいよ」
「すみません。お嬢様・・・」
「謝罪はいらないのよ。読んできかせてもらえないかしら?」
「では・・・」
『 愛する 英梨々へ
12月31日。今日で一年が終わるのに英梨々の側に居られないのはとても寂しい。冬コミュには参加したかったがどうにも間に合わない。さぞかし怒っていることと思う。今日も朝から牛の世話をして、それからトウモロコシ畑で収穫を手伝い、エルザの勉強をみて過ごした。
だいぶ仲間にも慣れてきた。みんな暖かく迎えてくれるが、1人だけエルザのことを根ほり葉ほり聞いてくる奴がいる。俺は適当に嘘ついてはぐらかしたが、どうにも怪しかった。しかし『ンポト』にその話をしても、笑っているだけで危機感がない。ここはとても忙しく働く場所だけど、時間はのんびりと流れているように感じる。嫌な予感が当たらなければいいなと思う。
オーストラリアもアメリカも広かったけれどアフリカもまた広い。草を食む動物をみると神々しいものを見た気分になれる。夕日もとてもキレイだし、英梨々も気に入ると思う。
アフリカは危険なところだと思ったけど、ぜんぜんそんなことはなくって、みんなおだやかでいい人ばかりだ。どこか抜けているように暢気なんだ。
まだゾウやキリンやライオンなどを見ていないけれど、是非みたいと思う。今回の旅はエルザを送り届けることになりそうだけど、いつか英梨々とまた来たいと思っている。
それから『ンポト』さんの夜の営みの声が激しい。彼女の母親も一緒に済んでいるのに恥ずかしくないのかな。エルザは寝ているけれど、寝たふりをしているのかもしれない。まだ7歳だし気が付かないだろうけど・・・
あんなによがる声を聞くと俺も穏やかではいられないし悶々とする。思い出すのは英梨々の事ばかりだ。英梨々の声はもっとかわいらしかった。
PS こちらは暑いけれど、そちらは寒いと思う。風邪には気をつけて。好きだよ英梨々。無事に帰ったら結婚しよう。 安芸倫也より 』
海部さんは心を殺して一気に読み終えた。そこはプロ意識がある。読む以上は照れたり、つっかえたりはしない。
「で、何か暗号みつかったかしら?」
「いえ・・・失礼しました」
「でも、ほんと・・・思ったより恥ずかしったわね。毎度バカなこと書くやつだけど・・・よほど溜まっているのね」
「あの・・・私はこれで失礼します」
「仕事熱心もほどほどにね」
海部さんが頭を下げてから英梨々の部屋から出て行った。英梨々はため息をつく。ラブレターなんていうのは、自分ひとりでニヤニヤして読むものだ。
鉱山の方から届いたのは、4粒のイエローダイヤモンドだった。恐ろしいほど輝いている。箱を開けただけなのにライトでも光ったのかと思った。
白い手袋をはめてルーペで確認した。それから太陽光に当ててみる。倫也が選んできただけあって文句の言いようもなかった。色もとても綺麗だった。添付の鑑定書を読むと、それが最高品質のイエローダイヤモンドであることを保証していた。鉱山会社による査定額は2万ユーロ(約300万)を超えていた。
「宝石だけ先にそろってどうずるのよ。バカ」と英梨々は呟いた。
夏休みに冗談半分で始めたエンゲージリング作り。こんな大ごとになるとは思ってもいなかった。ようやく7種類の宝石を集め終わったが、喜びを祝う気にはなれない。
英梨々は宝石箱から未完成の指輪を4つ取り出した。まだ宝石がはめ込まれていないものだ。
完成すれば、英梨々の左手薬指にはめている物と同じような仕上がりになるはずだ。それはソルトレイクシティーで知り合ったレッドベリルのおじさんの『宝石について何もわかってないデザインの指輪』だ。今の英梨々はその理由がわかる。
指輪とは金属部分のデザインが主人公なのではない。あくまでも宝石の魅力を最大限に引き出すのが役目なのだ。宝石の魅力が最大限に伝えられないデザインの指輪では本末転倒なのだ。
渡された名詞を英梨々は眺める。世界最高のジュエリーデザイナーの名詞だ。彼はフランスに住んでいる。そこで学べとレッドベリルのおじさんは言っていた。
英梨々はそれに従おうと思っている。けれど、それは倫也が無事に戻ってきてからの話だ。
※ ※ ※
1月10日。英梨々は海部さんと一緒に御徒町の工房にきた。ここで宝石をはめて残りの4つの指輪も仕上げてもらうためだ。
他の6種類の宝石も発注して集めておいてもらった。0,1カラットなら直ぐに集まる。レッドベリルもスファレライトもアレキサンドライトもなかったが、類似のカラーの宝石で代用する。
薄い色のピンクダヤモンド
深紅のルビー
グリーンエメラルド
ブルートルマリン
紫のモルガナイト
オレンジトパーズ
そして、カナリーダイヤモンド。
いずれも品質はすぐ手に入るもの中では最高のものだ。0.1カラットとはいえ、この指輪のデザインにしては上等なものをそろえた。
本来なら自分で作業したかったが気乗りがしない。万が一でも宝石を割ってしまったら大変なのもある。
英梨々は職人さんの作業をじっとみていた。初めてここに着た時はもっと浮かれた気分で、宝石について何も知らなかった。今だってほとんど何も知らないかもしれない。
でも今は宝石の背景を知ってしまった。過酷な労働者がいて激しい貧富の差の先に自分の立場がある。倫也がガリンペイロまで身を落としてそれを教えてくれた。
※ ※ ※
完成した4つの指輪を受け取った。できるだけ明るい笑顔をつくって職人さんにお礼を言った。1つずつ検品をして箱にしまっていく。請求はあとでルース代と一緒にくる。それはこのイエローダイヤ一個分の金額ですらない。
海部さんが運転する車の後部座席に乗りながら、英梨々は出来たばかりの指輪を眺める。自分が作りたかったエンゲージリング。思い出がいっぱい詰まっている。けれど、げんなりもする。最高品質のあのイエローダイヤの輝きは失われていた。ブリリアンカットの宝石は埋め込むようなものじゃないのだ。だいたいピンクゴールドの土台もおかしい。
色がゴタゴタして落ち着かない。どれもがバラバラに主張して騒がしい指輪だった。
「とても素敵な指輪です。そんな顔はなさらないでください」と海部さんが珍しく英梨々を慰めた。
「ええ、そうね。とてもカワイイわね。これぐらいなら普段使いでもちょうどいいし、そのつもりだったの。ねぇ、あなたも1ついかが?」
「お友達に渡すつもりだったのでしょう?それに私にはいささか可愛すぎます」
「そうかしら」
この指輪は恵と詩羽と美智留と出海の4人にも送るつもりだった。倫也もそれがわかったのだろう。だからイエロダイヤーも4つ送ってきたのだ。いつだって公平で一生懸命でみんなを気遣っている。そんな倫也に嫉妬してまうけれど、その優しさが倫也の魅力なのだからしょうがない。
その時だった。
『ピロリンッ』と。英梨々と海部さんのケータイが同時に鳴った。
「あっ、倫也」
「GPSが反応したみたいですね」
開かれたMAPには倫也がいる事を示していた。場所は地図を縮小しないとわからない。英梨々は地図を縮小してボツワナの北、ジンバブエの国境に近いことを知った。
「あいつ、地球の裏でなにしているのかしらね?キリンでもみているのかしら?」
「案外そうかしれませんね」
海部さんもおかしそうに笑った。
英梨々は地図をずっと拡大していく。自分のデザインした倫也マークが動いている。
早く会いたいなぁと思って、その後は泣くのを我慢した。
(了)