ヨハネスブルグに戻ってきてから3日。今日も俺は撮影や取材を受けている、テレビには引っ張りだこで、ニュースからバラエティーまで出演している。俺は広告塔の役割に徹して原稿通りの模範回答するだけだ。そろそろ解放して欲しいものだが、どうやら俺はブレイク中のようだ。早く日本に帰ってお茶漬けが食べたい。
事件もだいぶ解決されてきていて犯人グループが次々と捕まっている。内通者も見つかってすでに逮捕済だ。 夜は夜でハニートラップなのか、モテているのかよくわからないが、ボンキュンボンの美人からよくお誘いを受ける。スォロが『人生なんて適当に楽しめばいいんだ』ということになるらしいが、英梨々もいるしゴシップは避けたい。その日本人らしいお堅いところがまた噂を呼んでいるようだ。案外どこかで俺を調査していたりして・・・
1月14日。『ヨハネスブルク ダイヤモンド取引所』に呼ばれた。スォロと一緒にビルに向かった。今度は入口で証明書などを提示する必要もなく、顔パスである。警備員が敬礼をして出迎えてくれた。
中へ入るとヤハンがすぐに降りてきた。俺と握手をして「英雄と友達であることを誇りに思う」と大袈裟にいった。俺は苦笑いしかできない。もはや俺の功績は米軍によって脚色されて事実から少しずつ離れている。みんなテレビや新聞やネットの情報を信じて、俺を偶像化していた。別に俺はそれを否定しない。きっと大きな力が働いているのだろう。
エルザもいた。エルザは綺麗なドレスを着ている。おしゃまにスカートの端をもち膝を折って挨拶した。俺はエルザを抱きかかえる。元気そうでなによりだった。
立派な応接室に案内とエルザパパが待っていた。挨拶をすませ改めてお礼を言われてた。
「エルザに話をすべて聞かせていただきました。本当によく成し遂げてくれました。君には感謝の気持ちしかない。そこで謝礼金を出したいのだが、我々ユダヤは契約を重視する。感情に任せて金は出せないんだ。『ベニスの商人』は知っているかい?」
「俺は知っている」と応えた。冷酷なユダヤ人が借金のカタに心臓を取ろうとする話だ。オチは痛快である。
「そこでビジネスといこうじゃないか。最高のビジネスを君に提案させていただきたい」
ほらきた。これだよ。金持ちは抜け目ない。娘の事件だって商売のきっかけにする。なんとなくムカッときたが、そうもいってられない。まずは話しを聞くことにする。
「君がエンゲージリングを作るための旅をしていることは調べてわかった。しかし、君のようなヨハネスブルグの英雄が、たった0.3カラットのダイヤでプロポーズとは嘆かわしい」
(ほっとっけ)
「そこでだ・・・我々は君にダイヤモンドを提供しようと思う。ダイヤモンド取引所の名誉にかけて最高のものを用意しよう」
(ほう?面白い提案をしてきた)
「ヤハンに聞いたよ。君がイエローダイヤモンドを探していたことをね。それでどうだろうか?我々の贈る宝石でプロポーズをしてもらえないだろうか?」
「それって、そちらにどんなメリットが?」
「その指輪とプロポーズを宣伝に使わせてほしい。英雄のプロポーズ、ダイヤモンドを巡る旅の帰結としてはふさわしいだろう」
「・・・なるほど」
「それに、君の彼女はとてもキュートだし」
エルザパパはテーブルの上に写真を置いた。英梨々が映っている。どうやらだいぶ俺のことを調べているらしい。
「英梨々を・・・彼女の名前ですが・・・英梨々を宣伝に?」
「そう。もちろん彼女も了解すればの話だけど」
それから彼はジェラルミンケースをテーブルの上に置いた。ロックキーを回してガチャリと開けた。中にはたった一粒のダイヤモンドが入っていた。
「これが、我々が提供する最高品質の『カナリーダイヤモンド』だ。4.96カラット」
「でかっ!」
約5カラットのダイヤは幅が1.1㎝もあり、深さも7mmぐらいある。もはや細い英梨々の薬指よりもでかくみえる。
「4.96にしたのはわざとですか?」
「するどいな。そのとおり。だからこのダイヤには『パーフェクトカナリー』の名がつけられている」
『496』は完全数だ。数学をかじっていればピンとくる数字の1つだ。特別な意味をもつ。
「悪くない話です」
「ただいささかでかくてゴツイから。エンゲージリングにするには品がないというなら、個人的にフェラリーリを送らせてもらうよ」
少なくともフェラーリーよりは高価なものらしい。そりゃそうだろう。普通の市場に出回るものではない。100万ドルではきかないのだろう。
「わかりました。それでそちらは宣伝費として十分なのですね?」
「もちろん。在庫のイエローダイヤを吐き出すにはちょうどいい」
イエローダイヤの品質の悪いものは、濁ったダイヤモンドということで逆に価値が下がっていく。ファンシーダイヤモンドの価値は安定しないのだ。イエローダイヤモンドが話題になれば、大きなビジネスチャンスになるのだろう。
フェラーリも捨てがたいが、高級車は自分で稼いで買いたい。
俺はざっと契約書に目を通した。別に問題は見当たらない。ヤハンに聞いてみたが、「アラーに誓って騙すようなことは絶対しない」と言った。
俺は契約書にサインした。この旅の中で何度もしてきたサインだが・・・今日は手が少し震えた。スォロが「ヒュ~」と口笛をふいた。
※ ※ ※
ホテルに戻って英梨々に報告した。
「そんなでかいダイヤなんてどうするのよ」
「そこは、ほら・・・英梨々の腕のみせどころだろ。それともフェラーリの方が良かったか?」
「フェラーリなんて都内じゃ乗りにくいだけよ。それにアレだってピンキリでしょ」
「好きなフェラーリでいいっていってたぞ」
「ならF1カーもらってきなさいよ」
「あのなぁ・・・」
「それ、なによこの契約書。あたしにサイン求められているんだけど」
「だってそれが条件の1つだししょうがないだろ」
「なんであたしがモデルやらないといけないのよ」
「モデル?」
「あんた契約書理解してる?」
「いや、あまり・・・」
「はぁ?あんたバカなの?死ぬの?なんで内容もわからずに契約するのよ」
「だってヤハンが大丈夫っていうから」
「あんたねぇ・・・まぁいいわよ」
「サインした?」
「したわよ」
最近ではオンラインで契約が締結する。なんともスピーディーな時代だ。
「よし、じゃあ、俺もそろそろ帰るから」
「そう」
「なんだよ。嬉しくないのかよ」
「あんまり。どうせまだ会えないし」
「どうして?成田のホテルで・・・約束しただろ」
「あんた必死ね。そんなガッついくと彼女に振られるわよ」
「本人に言われてもな・・・」
「あたし・・・行ってくるわよ」
「どこに」
「フランス」
「はっ?」
宝石はすべてそろったはずだ、実際には使わないかもしれないが、大きさも品質も問題ないはずだ。希少な宝石も多い。今更フランスに何しに行くのだろう?
「あたしのデザインじゃダメなのよ。ちょっと勉強してくるわよ。ジュエリーデザイナーを紹介してもらったし」
「ああ、あのレッドベリルの爺さんの?」
「そうよ。某朝食ブランドの現役デザイナーね」
「そっか・・・まぁ行って来いよ」
「フランスまで来てもいいわよ?」
「いや、日本帰ってお茶漬け食いたい」
「そっ、なら大人しく日本で待ってなさい」
「俺は今南アフリカで、英梨々は日本なのに変な話だな」
「しょうがないでしょ、誰かさんがおかしなダイヤなんてもらってくるからよ」
やれやれ。まったくその通りなのだが。フェラーリの方がよかったかな?
※ ※ ※
ヨハネスブルグでやることをだいたい片付けて、俺は生れて初めて飛行機のファーストクラスに乗った。24時間の空の旅は快適だった。片道1万ドル(140万円)を超えるファーストクラスはもったいないが、支払いは南アフリカ政府なので俺の財布は痛まない。
空の旅は確かに快適だった。けれど別に高い金を払うほどのものなのかよくわからない。世の中にはものすごい金持ちがたくさんいるのだろう。そんな感想しかおきなかった。
そして経済というのは不思議だなと思う。最初の7つの宝石の指輪・・・レッドベリルのおじさんが完成させてくれたが、あれの評価額はだいたいこの運賃と同じなのだ。指輪が安いのか、それともファーストクラスの運賃が高いのか・・・。
往復で260万は、日本人の低い人の年収に匹敵する。それが飛行機に乗るだけで失われるのだ。
アフリカでもスリランカでもコロンビアでも、下層社会の人の収入はそれよりもさらに低い。けれど彼らが必ず不幸なわけでもないし、毎日大変だけど楽しく生きている人も大勢いる。住む世界が違うからお金の価値が変わるだけなのだろう。考えすぎると頭が痛くなる。
成田には美智留が迎えにきてくれた。なんか少し太っている気がする。もちろん俺は加藤に対する失言から教訓を学び、余計なことは言わない。
「いや~太ってさ~」と美智留からカミングアウトした。
とはいえ、美智留は子供の頃から正月太りをするタイプだ。冬休み明けには仕上げるが。
「自分で認めるんだな」
「そうみえない?」
「ふくよかになったような気がする」
「まっあと数日で元に戻るけど」
運動しているせいか、痩せる時はすぐに痩せる。別に美智留の体重の話はいいか。
「あっ、お前その指輪どうしたんだよ?」
「いいでしょ?澤村ちゃんにもらったんだ。みんなももらったよ」
「ああ~。それ俺の指輪」
「なにいってんのトモ?」
くそぉ。俺が英梨々に送ったカナリーダイヤモンドの4つはすでに使って仕上げてしまったらしい。俺からみんなに配りたかった。ということは、英梨々がそれを許さなかったのか・・・
「いや。いいや・・・大切にしろよ。それ・・・けっこう高いからな」
「ふーん。あたしはぜんぜんわかんないや」
「飛行機代ぐらいするんだぞ」
「たいしたこなくない?」
「・・・そうだな」
あまり具体的な金額は知らない方がいいだろう。気楽につけてくれるならそれが宝石にとっても一番良いに違いない。レッドベリルのおじさんもジェラルミンケースに閉じ込めておくだけは可哀想だと話していたしな。
美智留は隣でニコニコと明るい。子供の頃から一緒すぎて美智留に対する感情を俺はよくわからない。
「何はともあれ、トモが無事に生きて帰ってきて嬉しいよ」といって笑った。満面の笑顔で恥じらいがない。裏もない。白く綺麗に並んだ歯がキラーンと輝くようだ。
「そうだな・・・」
強盗の爆風に巻き込まれたり、マフィアに襲われそうになったり、銃で脅そうとして返り討ちにあったり、ワニに食われそうになったり、ライオンに咆えられたり・・・いろいろあったがまぁ無事だ。結果オーライ。
それにしても美智留からいい香りがする。清潔で健康的な匂いだ。悶々としすぎているせいか下半身がもぞもぞする。美智留に合って落ち着かなくなるとは、俺も相当たまっているらしい・・・
「澤村ちゃん、また日本からいなくなっちゃったね。トモを一日待てばいいのに」
「まったくだ。でも立ち止まりたくない気持ちもわかる」
「ふーん」
美智留は頭の後ろで手を組んでいる。水色のダッフルコートがとても似合っていた。19歳になって大人びてみえる。小さい頃から少しずつ変化しているの気が付かなかったけれど、とても美人に成長した。
「美智留。綺麗になったな」
「・・・」
美智留が立ち止まって顔が赤くなった。
「トモ、相当溜まってるでしょ・・・」
「あのなぁ・・・しばらく会ってなかったから、改めて美智留の魅力に気が付いただけだ。さすがアイドルやってるだけのことはあるよ」
完全に見抜かれてて焦る。美智留には余裕をもって接したい。
「いいよー。澤村ちゃんには内緒にしておいてあげるけど?」
真顔でいうな。
※ ※ ※
澤村家に挨拶に行き、スペンサーのおじさんにお礼をいった。陰ながらたくさん助けてもらった。小百合さんにもお礼を言う。
「いやいや、うちのバカ娘がほんと毎日楽しそうで。倫也君のおかげだ」
スペンサーのおじさんはいつも気さくで優しい。怒るということがない。
「ほんと、たくさん仕事を増やしてくれたよ」
「すみません」
「おかげで人脈は広がってけれどね。スペンサー本家とも連絡がとれるようになったし、いいこともたくさんあった」
「ほんとすみません」
「倫也君は本当にうちの娘でいいのかい?」
他に考えられない。好きな人はたくさんいる。不埒にも俺は美智留も加藤も詩羽先輩も出海ちゃんのことも好きだった。でも・・・
「上手く言えないですが、英梨々が笑ってくれると嬉しくて」
小百合さんがコーヒーを淹れてくれた。俺の前にヘレンドカップを置いた。
「泣いてばかりのあの子が1人でフランス行ってしまうなんてね。親としては娘の成長が嬉しいやら、心配やら」
そっか英梨々はついに1人で海外か・・・心配だな。
その後、2人は俺を寿司屋に連れて行ってくれた。そこでたらふく寿司を食った。日本食が泣きたくなるぐらい美味い。
スペンサーのおじさんは俺の土産話よりも、南アフリカやボツワナの実情や政治について聞きたがった。事件の顛末、警察や軍隊の動き、政治家の話などだ。質問に答えていると、まるでスパイをしてきた気分になる。
特にイザーク爺さんから聞いたボツワナ史が面白かったらしく、改めてレポートでまとめてほしいと言われたので了承した。寿司代分ぐらいは働きたい。
※ ※ ※
澤村邸にもどって、海部さんや細川さんにも深くお礼をいった。スイちゃんはすくすくと元気に成長している。今は髪もだいぶ伸びてきてカワイイ。
「トモヤ髪切った よいワヨ?」
「そうだな。こんど切ってくる」
「でかけない?ニホンイル?」
「うん。しばらくはいる」
スイちゃんはギューと俺に抱き着いた。エルザよりも一回り小さい。どちらも賢い子だ。
海部さんは「米軍の潜入捜査の良い事例として教科書に乗るそうですよ」と言った。
「大袈裟な国ですよね。だいたい自分たちで尾びれをつけて話を誇張していますからね。今頃ンポトの家でマフィアを5人ぐらい倒したことになっているんじゃないんですか?」
「違うんですか?」
「違いますよ。トウモロコシ畑の中に隠れていました」
「もう真相は闇の中ですね」
海部さんはずいぶんと愉快だったらしい。日本から俺を探していた経緯などを詳しく聞いた。伊織や詩羽先輩の推論はすごい。ほぼ的中していた。俺もスーパーマーケットの防犯カメラの映像を見させてもらったが、ここからそんな思考の組み立てができるとは到底思えかった。天才とはいるのだ。
俺・・・というかエルザを探していたのは、マフィアと、ボツワナ警察と、米軍と、スペンサー家だった。けっこうジリジリと追い詰められていた経緯がわかる。主要道路や都市は検問も行っていたようだ。
逃走するのも大変なのだ。イザーク爺さんがキャンプなどして人と接触しなかったから逃げ延びたが、最初から主要道路で東からの南アフリカを目指したら捕まっていただろう。最短ルートが安全ではない。急がば回れだ。
細川さんにもお礼を言った。たくさん教えてもらった多くの知識は役だった。しかし銃で負けた話をすると「戦えないなら銃は持たない方がいい。より危険になる」と言った。まったくその通りだ。イザーク爺さんが圧倒的に強かったから俺を組み伏せたが、弱い人なら俺は銃で撃たれていたかもしれないのだ。
あとは、ワニに襲われそうになった話には、「水面の揺らめきと呼吸の泡を見る様に教えたと思うが・・・」と言った後に、「やはり実践で学ばないとダメだな」と反省していた。知識だけではどうにもならないこともある。
「そういえば米軍の士官に誰の訓練を受けたのか聞かれました。細川さんの名前をだしたら知っていましたけど、知り合いが米軍にいるんですか?」
「昔カンボジア内戦で一緒に戦ったからかな?」ととぼけている。
スペンサー家の執事は謎が多い。スイちゃんと同じような境遇だったと言った海部さんはもしかしたらカンボジア系なのかもしれない。
何にせよ、細川さんの過去の経験が俺に伝えられて、こうして無事に生きて帰れたのだから良かった。
※ ※ ※
波島家にも挨拶に向かった。
出海ちゃんは受験直前で必死に勉強をしているらしい。伊織だけが飄々していた。
「伊織、これ・・・みやげだ」
「これはっ・・・!」
「いいだろ?ドラゴンの盾風に加工したワニ皮だ。俺が仕留めた」
「最高のおみやげだね。ありがたく受け取っておくよ」
あの持ち帰ったワニ皮を加工したのだ。けっこう本格的につくってある。ワニ皮の鎧なども作りたいが、ワニも生き物である、無暗に殺生はしてはいけない。ワニ皮製品などは反対運動もされている。本来は生きたまま皮を剥いで加工するのだ。なかなかえげつない。
伊織とは玄関で話していたのだが、聞きつけた出海ちゃんが降りてきた。
「倫也先輩、来たならあがってくださいよ!」
「いやいや、邪魔しちゃ悪いから。受験、がんばってな」
「はい。あと・・・指輪ありがとうございます!」
出海ちゃんの薬指にもあの指輪がついている。英梨々め・・・
「それ、とても良い品だから・・・大切にしてくれ」
「はい!」
その後も上がってと誘われたけれど、俺は玄関ですませた。
※ ※ ※
詩羽先輩はうんざりするぐらい部屋を汚していた。すでにもう俺がどうこうできるレベルではない。誰かと同居しないとその内、ゴミというか、資料の山に埋もれてしまうのではないか。
「あら、おかえり」と、さも仕事帰りの旦那でも迎えるように詩羽先輩はいった。俺はあまりの部屋の汚なさに声もでなかった。確認したが左手の薬指には指輪をしていなかった。
「ただいまです。先輩・・・少しは片づけましょうよ」
「あらやだ、倫理君が帰ってきてくれると信じて、願掛けで片付けなかったのに、そのれが第一声なんて100年の恋も冷めるわね」
「俺はこの部屋を見て1000年の恋も冷え込みましたよ」
足の踏み場もない。どこか座りたいが、座れるところは詩羽先輩のデスクとイスぐらいである。辛うじてその作業場だけ人間らしい空間だった。
「詩羽先輩は英梨々から指輪は受取りませんでした?」
「ああ、あれね。もらったわよ。素敵よね・・・どこやったかしら?」
「あの・・・」
「この部屋のどこかにあるわよ。何も捨ててないもの」
「けっこう高価なものなんだけどなぁ」
詩羽先輩には価値がなかったのだろうか。それはそれでしょうがない。とりあえず今は片付ける気がしない。
「詩羽先輩は宝石とか興味ありません?」
「あるわよ。でも・・・どういえばいいのかしら?私はそんなに素直じゃないのよ」
言わんとすることがわからなくもない。人それぞれだろう。この部屋のどこかに150万円の指輪がまぎれこんでいるのも愉快かもしれない。
「そうそう、不思議だったのだけど・・・1つ聞いていいかしら?」
「どうぞ」
「マハラビエの農場で働いている時に、倫理君だけ街にいっているわけよね?トウモロコシを売りに。その時にホテルの電話を使って連絡を入れる事ができたんじゃないかしら?何も情報ってインタネートだけじゃないわよね」
「そうですね。時間が必要だったんですよ」
「誰に?」
「『エルザ・ベナセラフ』に。彼女は極度のストレスから人間不信になっていました。だから俺が側にいてケアする時間があった方が良かったと判断しました。おそらくは育ちが良すぎたと思いますよ。もっとこう・・・自由な時間が彼女には必要だった・・・と俺は思いました」
「まるで心理学者ね」
「そんな大層なものじゃないです。でも、ンポトの子供たちの面倒をみる事で彼女は役割をもてて自信もついたし、その後の逃避行でも成長しました。その成長というのは・・・何も1人で何かができるとか、覚えるとか、そういうことでなくて、もっと子供らしい自己主張とでもいえばいいんですかね。言い回しが難しいですけど」
「お嬢様には一家言があるのね」
「そう、それですよ。行儀が正しいのはいいことだけど、同時に自分の心を封じこめてしまうでしょう?だから、子供らしく『象が見たい』『キリンが見たい』というのはとても健全なんです。俺の勝手ですけど」
後から考えてみれば・・・という話しだ。その時はその時で必死なだけだったようにも思う。
エルザを助けるというのは、エルザを親元に返すだけではない。怖いテロや誘拐の体験を消してしまうことだ。それは完全にはできなくても、楽しいことで上書きしたらだいぶちがったのではないだろうか。
そう全部俺の勝手だ。本来ならいかなる手段を使ってでも、まっさきに助けをこうべきだったのだ。結果論にすぎない。
詩羽先輩は俺の話を聞きおえて納得したようだ。引き出しから指輪を出した。ちゃんとしまっていた。それはまぁそうだろう・・・。
それから自分で薬指に指輪をはめた。
「素敵な指輪よね。澤村さんらしい自由で賑やかで」
「大切にしてくださいよ。それ、けっこう高価ですから」
「ええ、もちろん。あなたの育てた澤村さんの成長の記録ですもの」と言った。
確かに、その指輪を制作してから、英梨々も成長しているように思う。
※ ※ ※
翌日、加藤とは大学で会った。いつもと変わらない態度で、俺の隣に座って講義を受けてくれる。
ランチの時間にはお弁当を作ってきてくれた。
「無事でほんと良かった。無理しすぎなんじゃないかな」
そう言ってお弁当の卵焼きを箸でつまんで、俺の口元に差し出した。俺は「あーん」をして食べさせてもらう。
甘い卵焼きだ。
左手の薬指にはピンクサファイアの指輪をしたままだった。英梨々が贈っただろう指輪については、話題にはできなかった。
加藤は俺が帰ってきたことが嬉しいらしい。以前よりもテンションが高いことが伝わる。ときどき覗き込むように俺の目をじぃーと見つめ、頬を少し紅く染めていた。
(了)