2月14日のバレンタインデー。あんなに暑かった南半球とは違って、日本は冬のまっただ中で非常に寒い。
「はい、トモこれ」
「サンキュー」
美智留からチョコを貰う。今日初めてのチョコだ。後で受験に合格した出海ちゃんからももらえるだろう。詩羽先輩のところは顔を出せばもらえるだろうし、わざわざそんなことをするのも催促するみたいでカッコ悪いが、だからと言って行かないのも拗ねてしまうからもちろん行く。
「もう一ヵ月だねー」
「はやいよな」
「トモ、すっかりトモにもどったね」
「おまえもなー」
美智留はダイエットに成功して元のナイバディーになっている。胸は前よりもでかい気がする。現役アイドルの激太り事件を逆手にとって炎上しつつも動画の再生数を稼いで儲けていた。このあたりの手腕は伊織プロデュースのものである。Vtubetのガワの絵も激太りにさせて予防線を張っていた。
その上で太った美智留を公開したときは、「オワコン」「幻滅」「ブタ」とさんざん叩かれていたが、美智留はぜんぜんショックを受けていなかった。アイドルでなくなったらなくなったでいいという気構えでやっているからだろうか。メンタルが強いというよりは感性にひっかからないだけだろう。
それから鬼のようなダイエット動画はスポコンもののようであった。現役アスリートなのかというぐらい長時間ダンスで汗を流したり、管理栄養士のヘルシーメニューなどを紹介したり、バリバリの筋トレをしたりした。それらは生放送では投げ銭も稼げたし、別な方面のファンを獲得することにもなっていた。
商魂たくましいというよりはただの天然なだけだが、それを利用するのが上手い。
俺はというと髪の毛をばっさりと切った。その上で日焼けも徐々になくなって、元の色白に戻ってきた。せっかくなのでコンタクトもやめて黒縁メガネに戻してみる。ケラケラと笑う美智留はその方がいいという。
『トーヤ・アクィナス』という名前で俺は米国国籍を持つこといなった。海兵隊に登録されている日系アメリカ人のエージェントが仕事だ。最初は米軍も冗談半分でヨハネスブルグで俺を英雄に仕立てたが、ひくにひけなくなったのだろうか、今や国籍まで所持した実在の人物になっている。アメリカで口座も開かれ、出演料や著作権料などが振り込まれている。アメリカサクセスストーリーにのったようで、振り込まれている金額がえぐい。もうハリウッドスターみたいな金額を稼ぎだしていた。
今は映像はなくて、ときどき録音だけしてコメントなどを発表するに留まっているが、俺をのゴーストライターは本も出している。裏ではスペンサー家が情報操作しているようだが、今更文句も言う気にもなれない。
かくして俺は、俺の知らないもう一人の自分が一人歩きをしている。ドルなら使い放題なので嬉しいが、生憎と日本ではドルは使えない。持ち込むと税金がえぐいし、換金すると両替量もさらにかかる。かくして米ドルのまま放置している。そういえば英梨々もドル建ての口座をもっていた。俺もそんな立場になったのだろうか。二重国籍でもないし、何か犯罪なのだろうか・・・
少なくとも日本とは関係ないので、日本で逮捕されることもないだろう。
そういうわけで大金とは無縁の節度ある日本の学生として日々を平穏に過ごしている。
※ ※ ※
大学の講義は一人で受講している。相方の加藤は日本に不在だ。そもそも英梨々が悪い。
ことの顛末はこうだ。
意気揚々とフランスに一人渡った英梨々は、ジュエリーデザイナーと無事に会い、そして口論となった。素直に話を聞いてエンゲージリングを作ってもらえば丸く収まるのに。デザインチームに参加して自分で作るという。そうなるともう一大プロジェクトなので、おいそれとは日本に帰れなくなった。
長期戦になることがわかったのでホテル暮らしをやめて、スペンサー家所有のフランス別荘に居を構えて3日。
「やきそば食べたい」
「掃除できない」
「さびしい、死ぬ」
と日々メンタルは下降曲線を描いていた。期間も長くなりそうなので、日本の美大からフランスの某名門美大へ短期留学の手続きをする。そして名門美大の女子寮にはいった英梨々は、毎日号泣して環境になじめなかった。そもそもコミュ症気味なのだ。愛嬌をふりまけるのも短時間で、基本ベースは陰キャなのだ。
俺もフランスに行ってやりたいが大学の進級が危うい。欠席も多いのだ。なんとか二学年に上がらないと来年は合格した出海ちゃんと同じ学年になってしまう。それは避けたい。
「えっ?わたしが?」
「頼む」
「あのね、安芸くん。そんな風に頼まれても留学には費用がかかるんだよ?」
「ふむ。金は心配するな。使い道のない臨時収入がはいったからな」
「ならいいけど」
ということで、ヨハネスブルグでの出演料やら取材料などが振り込まれたので、その金額を流用して加藤の短期留学費用にあてる。何事も金である。あっちでの生活費は英梨々がなんとかするだろう。
加藤がフランスに到着後は、英梨々は再びフランスの別荘に2人で移り住み、現地の美大に通いつつ、某朝食ジュエリーショップのスタッフと夜な夜な会議をしてアクセサリーのデザインをしているようだ。
加藤はその間、フランス語の語学学校へ入学して勉強し、別荘の掃除と食事の担当をしている。さすがにしっかりしていて、英梨々もすっかり安定した。天才の影には天才的なサポーターが必要なのである。
一方で、その天才サポーターを失った俺は何もする気が起きない。まだ今年のゲームのアイデアを練る段階とはいえ、まったく手つかずだった。美智留とゲームをして遊んだり、ラノベを読んでサイトを更新したり、昔みたアニメを見直して退廃的に時間を過ごした。
最後の独身を満喫している。
美智留は「澤村ちゃんには内緒にしておいてあげるからー」と俺に迫るが、俺は倫理君の名に恥ないように自制心を総動員して貞操をなんとか守っている。
英梨々に逢いたい。あと加藤成分もたらない・・・
※ ※ ※
3月になった。スイちゃんももうすぐ年中から年長になる。すっかり日本語が上手になっていたが、わざとなのか、英梨々っぽいしゃべり方をして少し変だ。
「トモヤ、エリリィーがフランスから、モドッテコナイワヨ?アタシガ ヨメニナッテアゲテモ インダカラネ。フン。ワヨ?」
スイちゃんのツンデレをみて、英梨々は英梨々でちゃんとツンデレしてたんだなと妙に感心した。
あと、問題といえばスリランカだ。やっぱりラトゥナプラで店を出したのがトラブルに発展したらしい。結局は俺が現地に行って、アロハシャツのおっさんにひたすら土下座で頭を下げて、今後は店に納品する形で示談を締結した。縄張りとかマフィアとかがいるのだ。おいそれと現地で自分たちだけが荒稼ぎなんてできない。
大きな宝石だけ直接鉱山会社の『DBS』が買い取って支援してくれるのだ。あまり欲をかきすぎてもいけない。街の人にも利益を還元する必要があるのだ。
それでもラジャの村は大いに発展していた。俺の作った露天風呂も今は綺麗にコンクリと石で固められていて、水も綺麗にろ過されている。村で人気のスポットになっていた。
人が増えてきたので作業場はフェンスで囲まれていて、出入りのチェックもしているし、24時間の暗視カメラで監視もするようになった。発展とともに小さいいざこざは多くなっている。
ひさびさにあって村のみんなに会って大歓迎を受けたが、1泊もせずにラトゥナプラに戻った。居心地がいいので長くいると買えるのが忍びなくなるからだ。
アロハシャツのおっさんの店で1万ドルほど適当にアクセサリーを買って日本へ帰ってきた。
あとは・・・詩羽先輩の部屋を掃除したぐらいで、俺は肝心のゲーム制作に関しては何も進んでいなかった。
※ ※ ※
英梨々と加藤が戻ってきたのは、3月15日だった。約2か月ほどフランスにいたことになる。
加藤はまた『ふくよか』になっていたが、あえてそこは指摘しない。本人も自覚しているらしく、目を合わせてからそらした。
「美智留のダイエット動画がバズってるからみるといいぞ」と、俺は善意でいったつもりだが、思いっきり地雷を踏んだようだ。
「倫也先輩って絶対にバカですよね?」と出海ちゃんはいったが、俺としてはいまいち加藤がキレる理由がわからない。
そんな出海ちゃんも来年度には俺の後輩になる。
※ ※ ※
和割烹の有名店を予約してみんながひさびさに集まった。
「あのさ・・・安芸くん・・・」と、恵は恨めしそうな顔をしたが、食べる食べないは俺にはなんともしがたい。
「トモ、しゃぶしゃぶ肉好きなだけ頼んでいいのー?」
「いいぞ、お前のとこの売り上げと折半するから」
「やったー」
美智留は金に無頓着だ。おそらくかなり粗稼ぎしたのでプチセレブみたいな貯金額になっているようだが生活はあまり変わらない。スタジオのグランドピアノを名器のスタインウェイに替えたぐらいか。『ice-tail』のメンバーはそれほど稼げていないのでアイドルらしく外では華やかに、内では質素に生活しているようだ。
伊織はその辺を上手く調整している。女性の扱いは俺よりも数段優れているように思うが、伊織に言わせると「冗談を」ということになるらしい。
詩羽先輩は英梨々が戻ってきて嬉しいらしく、ふたりでずっと話をしていた。
「とりあえず・・・ビールで」と詩羽先輩が注文した。彼女は20歳である。俺らはまだ19歳と18歳と17歳が混じっていた。それでも大学でみんな飲んでいる。出海ちゃん以外はビールを頼んだ。出海ちゃんも欲しがったが、「まだ飲めない方がかわいいのよ」と英梨々に耳打ちされてあきらめた。そういう英梨々もまだ18歳なんだが。
ドリングが運ばれてきたので、俺が立ち上がって挨拶をする。
「ひさびにみんなが集まって嬉しいです。それではグラスをもってください。出海ちゃん、合格おめでとー!」
「ありがとうございます」
「かんぱーい」
「あと、英梨々ももうすぐ誕生日おめでとうー!」
「ついでに祝わないでよっ」
「かんばーい」
ということで、宴が始まった。料理が運ばれてくる。
「それで、英梨々の方の仕事はどうなったんだ?」
これが本題である。2か月も短期留学したのだから成果が必要だ。
個室にあったテレビと無線でつなぎ、英梨々はケータイの画像を映し出した。
「おおっ」と歓声があがる。
「けっこうノーマルな感じのエンゲージリングなんだな」
「そうね。もうどうしようもないよ。5カラットのダイヤなんて」
「5カラット!?」と詩羽先輩が反応した。知識がある方が驚く。
「それって凄いんですか?」という出海ちゃんの反応が初々しい。
「別にたいしたことないわよ」という英梨々がマウントをとっているのか、素なのか俺には測りかねる。
「一応、7つの宝石のコンセプトは継承したくて、プラチナリングの模様のところに小さな宝石を埋め込みたかったのよ。でも、0.1カラットもいらないの。他の宝石が主張したらダメね。いろいろデザインを模索したけれど・・・」
「どう考えてもゴチャゴチャか」
「そう。宝石が良いものになればなるほど、ひどいことになるのよね。もう今じゃこの指輪も・・・」
英梨々が薬指にしているのは自分で最初にデザインした指輪だった。それはそれでとても素敵だと俺は思う。しかしハイスペックな印象は受けない。どういえばいいのだろうか、若い女の子が普段つける指輪。それのハイグレード版といった感じだ。エンゲージリングとは違う。
「そうなると、宝石を譲ってくれた人たちに申し訳ないな」
「それは大丈夫よ。順を追って話すわね」
英梨々が動画を再生させた。作った指輪が360度で回転して、どこからでもみることができる。カナリーダイヤモンドが発光でもしているのかというぐらいギラギラと輝いている。次の動画を再生させた。
「で、これが実際にはめた感じ。もう薬指が見えないぐらいでかいのよね」
「ほんとだ・・・」と恵も呆れている。
「倫也先輩、この指輪って高いんですか?」
「高いぞ・・・」
「あら波島出海はそんなこともわからないのかしら?別に大したことないってさっきもいったでしょ。ざっと300万程度よ」
「ああ、そんなもんなんですか」
「えっー、300万は高いよ~。もったないなくて普段つけられないじゃん」
「そういう指輪ではないわね。保険かけけて管理するような指輪だから。美術品とかに近いわね」
「300万だと車ぐらいだから保険かけるんですね」と出海ちゃんが言った。まだわかっていないようだ。
「クスクスッ」と口元を抑えて恵が笑っている。英梨々もニヤニヤしていた。
誰か教えてやればいいのに、みんな黙っている。しょうがない俺が教えてやるか・・・
「あのな、美智留」とあえて、美智留に教える振りをして出海ちゃんを傷つけないのが優しさだ。
「300万でも単位が違うんだ。向こうは・・・ユーロか?」
「そうね」
「ふーん?じゃあ、300万ユーロってこと?日本だといくらぐらいなの?」
「1ユーロは約150円」と伊織が言った。
「ふーん・・・?で、いくら?」美智留に算数をさせてはいけない。
「ぶはっ」と、コーラを噴き出したのは出海ちゃんだった。
「汚いわね」と英梨々がツッコむ。
「4億5千万円ですか!?ほんとに、なんでそんなに高いんですか??」
「貴重な石だからよ。この石はファンシーダイヤモンドの中でも特別なのよ。別名が『パーフェクトカナリー』っていうぐらいだから。ちょっと中二病っぽいわよね」
「だよな。俺もそう思った」
「カナリー?」
「カナリア色ってこと。イエローダイヤモンドでも最高品質ものにつけられる別名なんだけど、実はグレード3ぐらいでもカナリー名乗ってたりするんだよな」
「グレード?」
「いいのよ。細かいことは。とにかく貴重ででっかいダイヤモンドってことよ。金詰めば手にはいるものと、入らないものがあって、これは後者ね。暫定的に300万ユーロってつけているだけよ。オークションだせばもっとあがるわよ」
「はぁ・・・」出海ちゃんもよくわからないようだ。
「話し進めていいかしら?というか、あんたたちだけご飯食べてずるいわね」
「しょうがないだろ。先に飯食うか」
「うん」
英梨々が画像をスライドショーに切り替えた。別荘、寮、美大なども映し出される。草案のデザインの紙の量は半端なく分厚く積み重なっていた。スタッフは男女合わせて6名ほどのチームだった。
その後は食事をしながら、スライドショーの写真をときどき説明していた。
「そうそう安芸くん。フランスまで行ったし、休暇中にアルトゥリアス公爵さんのところに行ってきたよ」
「ほう?また?」
「あたしの絵画を遅くなったけど届けてきたのよ」
「どうだった?」
「喜んでくれたわね。今度はちゃんと一泊してきたわよ」
「うん、贅沢だったぁ・・・」と加藤が溜息をついた。そしてふくよかになったわけだな。
「加藤ちゃんもまたダイエット頑張らないとだねー」と美智留は言った。悪気はないと思うが、葛藤しながらしゃぶしゅぶ肉を食べている女にかける言葉ではない。
俺は聞かなかったことにする。
加藤はフラットな表情を崩さず、モグモグと食べているが目からハイライトは消えていた。世界が終わりそうだから、あまり刺激しないで欲しい。
「そうそう、それで公爵夫人があんなに小さい石っころじゃつり合いがとれないから、保管庫から好きなものもっていいっていいわよって言われて」
「ほう・・・」
「王冠もらってこようと思ったけど、もらっても使い道ないし、節度ってものがあるでしょ?」
「そうだな。日本人のおくゆかしさは大事だぞ」
「それで、一番邪魔そうな西洋甲冑を一式もらってきたわ」
「おおっ・・・大丈夫なのかよ」
「送ってくれると約束したからそのうち届くでしょ。倫也もああいうの好きよね。あたしも実物があれば参考になるし」
「そうだな。で、どこに置くんだ?」
「倫也の部屋」
「いらん」
澤村邸は広いからどこか適当なところに置けるだろう。
みんな食べ盛りなのでガシガシと肉を食べる。食べる。それでやっと少し落ち着いた。
「英梨々、続けてくれ」俺は腹が一杯になって後ろに手をついた。
「わかったわ。で、これが完成したポスター」
「おおおおっ!!」とみんなの歓声があがる。俺がダイヤをもらうのに契約した内容は宣伝なのだ。当然撮影などもする。どんなスケジュールになるのかと思ったが、俺の知らない所で進んでいたらしい。
ポスターはシンプルだった。英梨々の顔のアップに左手の薬指を見せている。背景は黒。英梨々の金色の髪と白い肌。サファイアブルーの大きな瞳。えらい美人に映っていて大人っぽい。地元商店街の写真館に飾られている天真爛漫な美少女英梨々とはぜんぜん違った印象だ。メイクのせいだろう。少しきつい感じがする。
そして、指には巨大といっていいだろう。『パーフェクトカナリー』が輝いている。
「はぁ・・・やっぱり澤村先輩って美人なんですね。しゃべらなければ」
「一言多いわよ、あんた」
「でもほんと、澤村ちゃん可愛いねぇ。これだともうどこかのトップモデルみたいじゃん」
「みたいじゃなくて、トップモデルなのよ?」
「自分で言うか・・・」
「当たり前でしょ、某朝食ジュエリーショップのモデルなんていったら、トップオブトップよ。パリコレが登竜門レベルね」
「いや、ぜんぜんわからん」と、俺はつっこんでおく。
「まっ別にいいわよ。一度きりだし。動画もあるのよ。見るかしら?」
「みるみる」と美智留がいった。お前もアイドルなんだがな。そういえば、美智留もあのダイエット動画でバズってからCMのオファーが来ていたな。伊織が管理しているので俺は詳しくはわからん。まぁ日本のCMと、世界中に流れるCMではぜんぜん違うか。
「おおおっ!」と性懲りもなく歓声があがる。
「かっこいい・・・」と出海ちゃんも認めた。
「あら、澤村さんぽくはないわね?」と詩羽先輩が言った。しこたま飲んでいてちょっとろれつが怪しい。
「CMに関してはもう一切口を出さずに演出家と監督のいうがままよ。これでも練習で三日、撮影で一日がかりなのよ」
「歩いているだけなのに?」
「そうよ」
これもシンプルなCMだ。黒いワンピースを着た英梨々らしき人が明るい通路を歩いている。どこかの駅だろう。周りの人が振り返る。英梨々のツインテールが揺れるのがアップされる。後ろ姿。それだけだ。どこに演技が必要なのか俺にさっぱりわからない。正面の顔も映していないあたりの演出が謎めいている。その後に振り返った女性が壁のさっきのポスターをみて、ロゴが入って終わる。ほぼ無声CMだった。
「これで終りか?」
「そうよ。いいでしょ?」
「ああ、かっこいいな・・・」
「澤村ちゃんならもっと動いて笑顔を映した方がカワイイのに」
「こういう戦略なのよ。テレビCMと同時にSNS等で盛大にCM流れるわよ」
「へぇ・・・?」
「・・・なるほど」と伊織がうなずいた。
「ごめん、ぜんぜんわかんないんだけどー」と美智留が伊織に聞いた。
「ミステリアスってことになるのだろうけど、これだけだけ見た人はきっとこう思うよね『誰?この子?』って」
「澤村ちゃんでしょ」
「それは僕らだから知っているだけで、世界的には無名だ。パリコレもでていないし、他で活動もしていない。露出がない子が突然抜擢されるって相当なギャンブルだと思う」
「そういうことよ」
「正体探しが始まるのかな?」と加藤がいった。
いまやCMも数と量を打つだけでは効果が薄い。何十にもトリックをいれて話題にする必要がある。人気のCMでは撮影現場などもあとから宣伝に利用したりする。広報というのは日々進化している分野の1つだ。
「そうね。それも含めて全部脚本も誘導も用意できているのよ」
「俺か」
「えっ、なんでトモが関係あるの?」
「俺というか、『トーヤ・アクィナス』の方だな」
「それって、倫也くんのボツワナで英雄になってる名前だよね?ほんとだったの」
「ああ、ほんとだよ・・・米軍のエージェントで実在する架空の俺だ」
「トモ、何言ってるかわかんない」
「まぁとにかく俺だよ。作れられた英雄像の俺。そのカナリーダイヤは俺のだからね?」
「はい?倫也先輩4億5千万円もっているですか??」
「そういうことになるのか??」
自分でいって混乱する。まぁ現金化しなければただの石だ。
「なんで自分で疑問文なのよ。あんたバカでしょ」
「実感わかないな。でも、契約上はお前にプロポーズするのに贈るためのものだからな」
「プロポーズ・・・まだ続いていたんですか、もう熱が冷めたのかと思ってました」
「出海ちゃん・・・一応続いてます・・・」
「一応って何よ。そういえば最近のあんた毎日プロポーズしてこなくなったわね」
「だって断られるし・・・それはもういいだろ」
「よくないんじゃないかな?」と加藤が横やりをいれてきた。そこは俺を味方して欲しい。
詩羽先輩はすでに眠っていた。さすが眠り姫だ。
「そういうわけで情報が小出しにされていくのだろう。さも偶然みつかりました風に」
「ヨハネスブルグの英雄が送った『パフェークトカナリー』っていうのは筋書みたいね。もっともこの広告がこけようがあたしは関係ないけど」
「でも、柏木先生が有名になるのはリスクじゃないのかい?」
「そこももう手を打ってあるわよ」
伊織は英梨々のことを柏木先生と呼ぶ。この距離の置き方は彼らしい。伊織だって中学からの同級生なのに。
「チェコのコスプレヤーのことか?あいつ名前ないぞ」
「チェコ?どこ?」と美智留。美智留はさっきから興味はあるらしく熱心なのだが、いかんせん少し頭がゆるふわなのだ。そこがいいところではあるが。
「チェコっていうのは東欧だな。東ヨーロッパ。とても綺麗な街らしい。それでだな、夏コミュや冬コミュで英梨々がコスプレしただろ?あの時にあまり有名になって英梨々を特定されると嫌だから、チェコから来日したコスプレヤーってことで偽情報が流してあったんだよ。実際にチェコのサーバーに本人のHPもあるし、SNSもやっている」
「それって、もう一人澤村ちゃんがいるってこと?」
「エグザクトリー」
「エグザク?鳥?何?」
「その通りだ」
加藤がメニューを見て何かをオーダーをしている。どうやらいろいろ吹っ切れたらしい・・・
「デーザト食べる人~?」と聞いている。みんなが当然手を挙げた。寝ているはずの詩羽先輩も手をあげている。執念なのか寝たふりだったのか。加藤が適当にオーダーしていく。
食器や鍋が片づけられて、お茶とお菓子だけになるとテーブルの上がだいぶ落ち着いた。
「それで、さっきの話しに戻るけど、本来は7つの宝石で作りたかったのよ。でもできなかった。そこでシリーズ展開することが決まったわ」
「シリーズ展開ってなんですか?」と出海ちゃん。俺も気になる。
「某朝食ジュエリー内にシリーズを作ることね。今回のあたしのエンゲージリングは『エゴスティック・リリィ』シリーズの第一弾なのよ。その後、第七弾まで続くわ」
「まじかっ!?」俺が一番びっくりした。
「ええ、それがこれね」
英梨々が画像をUPしていく。すでに指輪が出来上がっていた。
「第二弾が、ソルトレイクの『レッドベリル』ね。こちらは個数が確保できないから、ルビー版もあるわ」
「レッドベリルってなんですか?」
「もう採掘されていない、昔アメリカで取れた宝石だよ。とても貴重なんだ」
「さっきから貴重なのばかりですね」
「そうじゃないと面白くないわよね。それで第三弾が『エメラルド』第四弾『アレキサンドライト』って続いていくわ」
「その辺は聞いたことあります」出海ちゃんは素直だ。俺もそんな時代があったよ。
「第五弾が『ディープパープルサファイア』第六弾『スファレライト』最後に、アーガイルの『ピンクダイヤモンド』ね」
すでにどれも完成していた。宝石が小さいものもある。
「英梨々、これって実際に集めた宝石を使ったのか?」
「同種で同品質のものね。価格はまちまちよ。大きいものは大きく、小さいものは小さく使ったわ。そういう趣旨よね?」
「そうだな。それでエメラルドがやたらでかいんだな」
「12万ドルもするからね。文句あるならマフィアに撃たれた無謀なバカにいってちょうだい」
「はははっ」俺は苦笑いをする。
「マフィア?」と加藤が反応した。撃たれたことは内緒にしておきたい。
「それで、英梨々の仕事は終わったのか?」
「一応ね。契約は満了したわよ。ただまだ付き合いはしばらく続きそうね」
「なんで?」
「この『パーフェクトカナリー』が他に存在しないからよ。一応展開するときに店に実物を飾りたいんですって。派手に飾られるわよ」
「ほう・・・?でも、それなら英梨々はあまり関係ないな」
「そうね。レンタル料を取る形で貸し出すから、手元に戻ってくるまでは一応関係はつづくわね」
「なるほどな・・・」
「あのぉ・・・レンタル料ってどれくらいもらえるんですか?」
「おっ、出海ちゃん。聞きにくいこと聞くねー、あたしも知りたーい」と美智留。金に無頓着のくせに金に興味はあるらしい。
「そうね・・・その波島出海がつけている指輪が買えるぐらいは毎月はいるわよ」
「へぇ・・・。これ澤村先輩がくれたやつですよね?」
出海ちゃんも英梨々と同じ指輪をしていた。詩羽先輩と美智留はしていない。加藤はサファイアの指輪気に入ってくれているようでしている。
「だいたいそれは1万ぐらいよ」
「なんか、さっきの話し聞いていると安く感じますね・・・ユーロですよね」
「ドルもユーロもそんなに変わらないわよ。だいたいそれぐらいって話し。お金の話しはどうも情緒がないわね」
「あんみつ食べる人ー!」と美智留がいった。デザートはあんみつと、わらび餅と、フルーツ盛り合わせがあった。
「ほんとに・・・もう・・・あたしわらび餅がいいわ」と英梨々が諦めたようにいった。
※ ※ ※
池袋の駅で解散になった。
「あれ、倫也先輩も同じ電車ですよね?」と出海ちゃんがいった。
「はっはっはっ、これだから高校で彼氏できないやつは」と、伊織が笑ってわざとらしく出海を駅へと引っ張っていった。
加藤と美智留はは酔っぱらってぐでんぐでんの詩羽をタクシーに押し込み、マンションまで届けに行くようだ。
俺と英梨々が残った。ひさびさの2人きりの気がする。話したいことはたくさんあるようでない、毎日のようにネットで話していた。
なんか緊張する。英梨々はほんのり頬が赤くて酔っている。そんなには飲んでいなかったが・・・
「何、そんなに緊張しているのよ」
「いや、ほら・・・久々に見ると・・・なんていうか・・・」
「ふふふっ。何せ世界のリリィですからね。って、冗談はいいわよ。いつもどおりで」
「部屋こない?」
「いつも通りすぎて、幻滅するわよ・・・」
「なら、少し歩くか?」
英梨々がそっと手を握った。俺は右手で、英梨々は左手。右手はペンだこがあるから握りたくはないらしい。それは手をつなぐころからの暗黙の了解になっていた。
「日本寒いだろ」
「フランスも寒かったわよ」
「これでもだいぶ暖かくなってきたんだけどな」
桜の蕾が少し膨らんでいる。開花はまだ先のようだ。俺たちはあてもなく歩く。池袋なんてどっちに向かっても目的のものがある。それでも沢山あるのは西口の方だ。
「そういえば、部屋ぜんぜん片付いてねぇや。シーツとかいつ洗っただろ」
「明日洗っときなさいよ」
「そうする・・・」
指をからめる。考えていることはたぶん一緒だ。
「ちょっと倫也・・・あんた落ち着きなさいよ」
「何がだ?」
「それ・・・」
英梨々がアゴをくいっとして、俺の下半身をしめした。ジーンズの上からでも膨らんでいるのがわかる。
「もう使い方忘れてしまったからな・・・コントロールがきかないんだよ」
「まったく。最後にしたのいつよ?」
「夏の・・・カリブ海?コロンビアでもしたか。覚えているのはカリブ海だな」
「あの時はしこたましたからね」
「英梨々・・・表現が下品だぞ」
「あんたの下半身ほどじゃないわよ。だいたいなんで誘わないのよ?男ならもっとこ誘うべきでしょ?」
「タイミングかなぁ・・だいたいスリランカ行ってしまったしな・・・」
「ほんとバカよね」
「まさか、こんなに我慢するなんてなぁ・・・」
「今夜も我慢させたりして」
「英梨々っ!?」
「ふふん」
英梨々が口を閉じて鼻息を出した。俺たちは駅の地下通路をバカな話をしながら歩いていく。
「誘い方忘れちゃうよな・・・」
「誘われ方忘れてちゃったわ」
「でもさ、いつもは英梨々が俺の部屋に来てただろ?」
「そりゃそうよ。うちじゃできなもの」
「いや、そうでなくってだな・・・」
「なによ?」
「ある意味であれって、英梨々が俺をさそっているよな」
「はぁ?あんたバカじゃないの?死ぬの?」
「だって結果的にはそうだろ!?」
「じゃ、帰る」
「いやいや、そうじゃなくって」
「何よ」
「ごめん」
英梨々をギュっと抱き寄せた。人通りが多い駅の通路だ。あのCMみたいに近代的な光の綺麗な通路じゃない。薄汚れたタイルとダクトが剥き出しの汚い通路だ。
「好きだよ。英梨々」
「あんなたねぇ・・・もうちょい場所選びなさいよ」
「逢いたかった」
「うん」
「あんまり離れるのは嫌だな」
「最初に離れたのは倫也でしょ」
「ごめん」
「謝っても許さないんだから。一生ネチネチいうだからね」
「わかったよ。一生ネチネチいってくれ」
英梨々の匂いと酒の匂いがする。金色の髪は硬質な感じがするのにふわふわと柔らかい。
キスは我慢した。ひさびさのキスをするにしてはひどい場所だ。
それから俺と英梨々は手をつないだまま、少し速足で歩いた。まるでちょっとトイレを探しているような気分だ。はしたないのもわかっている。
西口を出て、三つ目の路地を右に曲がって・・・
「なんで、満員なのよ。バカ」
「すまん。次左」
この辺はラブホテル街だ。いくらもである。値段もまちまちだが、週末の夜なので少し高い。
「だから、なんで満員なのよ。あんた予約ぐらいしておきなさいよ」
「すまん。でも、次もあるから」
その隣もラブホだ。ちょっとレトロなんだ。
「ここはいやよ」
「でも、ここは空いてるぞ?次は一本路地を渡らないといけないし、満員かもしれないぞ。そしたらここに戻ってきて、そしたら満員で・・・」
「でもここって、スフィンクスのとこよね」
「だな。でもスフィンクスの部屋じゃないかもしれないだろ」
「もういいわよ。ここで」
英梨々もそわそわし始めた。もう濡れてんじゃねーかな。
ラブホの中に入る。名前からしてレトロだ。その上まだ受付は人間がしている。今時は珍しい。空いている部屋は・・・スフィンクスの部屋だけだった。その代わり少し安い。でも週末なので少し高い。悩ましい。もう1000円ぐらい安くてもいいと思う。
「別なホテル探すか・・・」
「いいわよ。スフィンクスなくなってるかもしれないし」
「いや、パネルに映っている以上、あるだろうな・・・」
俺は受付を済ませてレトロな鍵を受け取った。もうバブル時代の残骸みたいなホテルだった。金色の部分があちこちにあって、あちこちが剥げていた。妙にキラキラしたシールの貼ってあるエレベーターの扉の前で待つ。
「懐かしいわね」
「そうだな」
この辺のラブホはみんなきたことがある。たぶんほとんどの部屋に入っている。そんな時期もあったという話しだ。どれも覚えていないが、スフィンクスはインパクトがあった。部屋の中にスフィンクスがあるのだ。それも小型の全身ならいい。そうでなくてでっかいスフィンクスの顔だけだ。少し気持ち悪くすらある。いったいなぜあの部屋をああしようとしたのか謎だった。きっとオーナーもわからないに違いない。バブルの遺産でもらったのか、作ったのか・・・
『チンッ』となって、エレベーターが到着した。
中に乗って、3階のボタンを連打する。
扉が閉まったら、俺は英梨々にキスをした。英梨々も俺を抱きしめる。俺はもうがまんできないから、右手で英梨々のスカートの中をまさぐった。
ほら・・・ね?
(了)
需要があるのこの続きなんじゃないだろうか。