英梨々の薬指は細くサイズは8号。内径は15.333mm。まずは基本的なリングを作り、そこから徐々に細部を詰めていく。
英梨々には1週間の時間を貰ったが、最初の3日でだいたいの形は出来た。3Dプリンタ用のデータは指輪としては歪な形になる。宝石のための留め金の爪が尖った状態でトゲトゲしている。実に奇妙な形だった。
英梨々の指輪には7つの小さな宝石が埋め込まれる。そのため突起が28本も出ているのだ。7つの穴と28本の突起。あとはリングの厚みを調整していけば概ね完成だ。
英梨々に来てもらって3Dデータをみせた。
「なんか、これだとイメージわかないわね」
「ちと、金色にしてみるか」
「ピンクゴールド」
英梨々のイメージに合わせて立体図に色をつけていく。そんなに精巧な色は表現できない。あくまでもこれは3Dプリンタ用のデータだからだ。
英梨々は画面をみて不服そうに首をかしげた。
「宝石が埋まらないとやっぱりわからないものね」
「そうだな。とりあえずこれで1つ発注しておいたから、明日には届くと思う」
3Dプリンタで印刷されるものは樹脂製だ。色はとりあえずピンクでお願いしておいた。
「このデザインの上部はもうそんなにいじれないんだが、後は厚みとか、高さとか、幅とかだな」
英梨々にマウスを操作してもらう。3Dデータなので画面内で回転させたり、ズームさせたりすることが可能だ。
「なるほどね」
「なっ?いじっているうちにだんだんイメージもわいてくるだろ」
「そうね、このあたりをもっと薄くしてもらえる?」
「それなら、ここの数値をだな・・・」
俺は英梨々にプログラムを教えていく。基本ができあがったので数値をいじるだけで簡単だ。英梨々は絵師なので3Dモデリングはやらないが、PC操作には慣れている。メカ音痴でもないので飲み込みも早い。
四角い部分を丸くするのは大変だ。真円なら簡単だが曲線には正解がない。なめらかな曲線でリングを作るのはとても難しい。
「おそらく細部の曲線美は3Dデータの部分では無理だ。研磨しながら修正する必要があると思う」
「そうね・・・いじっているうちに正解がわからなくなってくるわね」
「これも一種のゲシュタルト崩壊なんだろな」
元はシンプルなデザインなのだ。その厚みや幅を画面上で微調整しても良し悪しなんてわからない。まさに正解がない作業。
「いくつかのパターンを発注してもいいかしら?」
「ああ、構わないぞ。実際印刷してみないとわからんからな」
カチカチとマウスを操作しながら調整したものも追加注文した。明日には届くはずだ。
※ ※ ※
夜になると蒸し暑さは少し収まっていた。窓からは気持ちいい夜風が入ってくる。
シャワー浴びた英梨々は白いTシャツに水色の短パンを着ている。隣に座った英梨々から石鹸の匂いがする。あと白いTシャツなのでブラの色がはっきりわかる。
指輪ができるまでの動画を探す。なんだか様々な工程があり複雑だった、完成した指輪がそれなりの値段になるのもうなずけた。
いろんな職人が関わっている。宝石をデザインする人、宝石を研磨する人、指輪をデザインすると、鋳型を作る人、指輪を研磨して宝石をはめ込む人・・・
「何もかもは自分たちでできないだろうな」
「完成度の問題なのよ。でも・・・できそうもない部分も多いわね」
「銀の指輪ぐらいならできるんだろうけどな」
難所になりそうなのは、宝石を埋め込む作業のところだ。非常に細かい。
1mmにも満たない爪を折り曲げて小さな宝石を固定するのは手作業で、繊細で精密な動きが要求される。少し間違えれば宝石は砕け散ってしまうだろう。緩ければ宝石が落ちてしまう。
「でも倫也、この作業だって販売されているものでもダメな商品はあるのよ」
「そうなのか?」
「だって宝石が一部落ちているアクセサリーってそれなりにあるもの。ママのだって探せばいくつかそうなっているわよ」
「細かいものな・・・で、お前はこれも全部自分でやるつもりなのか?」
「・・・倫也がやるよりはマシでしょ」
「そこは職人さんと比べろよ」
英梨々が魅入るように画面を眺めている。髪はまだ少し濡れていた。風呂上りの横顔はさっぱりとしててとてもきれいだ。白い肌も細いうなじも小さな耳も・・・ああ、エッチしたい。
「あと倫也。一番の問題は宝石なのよ」
「宝石な。あれって宝石だけで売っているんだろ?」
「もちろん売っているわよ」
「どこに売ってるんだ」
「そういう場所があるのよ。販売会もあるし・・・」
「7つだしな。一個一個は小さいから、そこまで高くないだろ?」
「ものによるわよ。メインはイエローダイヤにしたいし」
「もしかして・・・そこもけっこう奥が深かったりするのか・・・」
「倫也、人類の文明が始まった時には、すでに黄金と宝石は存在したのよ」
「でも、そんな難しく考えなくても、綺麗な石を販売会で買えばいいんだろ?」
「倫也がそんなんでいいなら、それでいいわよ」
「どういうことだ・・・?」
英梨々がマウスを操作して、動画を検索する。
その動画には宝石の原石があり、それが磨かれていく工程が再生されていた・・・
「いやいやいや、待て待て。マジか!?」
「面白そうでしょ」
「原石ってどこで売ってるんだ・・・」
「宝石の販売会の会場なんかでも扱っている業者がいるわよ。原石だけを扱っている会社ももちろんあるし」
「へぇ・・・そこで買ってから磨きたいんだな?」
「別に磨きたいわけじゃないのよ・・・」
「ん?なら宝石でいいんだろ」
「倫也、イエローダイヤって知ってるのかしら?」
「知らないけど、多分黄色のダイヤだろ」
「そうね。だいたい1カラットで10万ぐらいのものがあるわ」
「へぇ・・・そんなもんで買えるんだな」
「倫也がそれでいいなら・・・」
「その言い方はやめてくれ・・・」
「でも、どこかで妥協しないといけないのよ。良質のイエローダイヤだと、0.1カラットでも一か月分の給料ぐらいするわよ」
「0.1カラットがよくわからん・・・」
「今回の指輪にはめる小さいほうの大きさね。約3ミリ」
「ほう・・・でもそれぐらいならなんとかなるだろ・・・」
「あら、随分気前がいいのね。そりゃまぁ・・・恵に送った指輪よりは奮発してくれるわよね」
「けっこう根に持ってるよな・・・」
「でもね。メインにしたいイエローダイヤは0.3カラットは欲しいのよ。5ミリぐらいね」
「あの指輪の太い部分のやつだよな。それだと給料3か月分ぐらいになるわけだな?」
「あんた、何もしらないわね」
「ああ、何も知らん」
英梨々が動画を止めた。それから立ち上がって「髪を乾かしてくるわ」と言って、部屋から出て行った。
その間に俺に調べろということらしい。
「イエローダイヤモンド・・・と」
ふむふむ。最高品質のイエローダイヤモンドは、『カナリーダイヤ』といって濃い黄色をしていて非常に希少価値がある。
0.3カラットで、だいたいサラリーマンの年収ぐらい。
「わーい・・・」
これは苦笑いするしかない。俺もなんやかんやで100万円ぐらいはかかるとは思っていた。でもまさか・・・小さな宝石一粒で予算の三倍を軽く超えてくるとは思わなかった。
別に英梨々は愛の大きさを金で試しているわけではないだろう。それはわかる。なんなら自分で稼いだ金額を投入してくるはずだ。
メインの宝石を別なものにして、0.1カラットの方にイエローダイヤにすれば、話は別だろう・・・。
いや、そもそも7種類の宝石だと・・・
最高品質のものを集めていくとどうなっていくのだろう?
青のサファイヤ
緑のエメラルド
赤のルビー
白はダイヤだろうか。
黄色はカナリーダイヤ
あとの二色は・・・
俺は英梨々のデッサンを確認する。ピンクと、紫とも黒ともいえないような色の宝石だった。名前の検討もつかない。
英梨々がちょっと部屋から逃げ出した理由が分かった気がする。
俺が途方に暮れていると、英梨々が部屋に戻ってきた。手にはペリエの瓶をもっていて炭酸水を飲んでいる。
「調べたよ」
「・・・そういうことなのよ」
「いや、どういうことだよ!?」
「だから、あたしじゃ決められないのよ。宝石だって別に安いのを使えばいいわけだし、人工ダイヤだってあるのよ。結局自分たちの生活とか収入とかと折り合いをつけて、その中でいいものを選んで送るわけよね?」
「そうだな」
「だから、あたしは自分でデザインしたものを送ってくれるなら、それがプラスチックリングでも別にいいのよ」
「プラスチックは怒るだろ」
「怒らないわよ。受け取らないけど」
「あのなぁ・・・」
英梨々が隣に座った。英梨々が動くと風呂上りのいい香りがあたりに漂う。夜風が吹いてきて気持ちがよかった。金色の髪が少し揺れる。
「だからわかったでしょ?」
「・・・原石か」
「そう、原石ならもっと安く手に入るのよ」
「で、日本の原石販売でそんなものが売ってるのか?」
「正直いうと、原石販売では選別漏れしたものが販売されているのよ。もちろん掘り出し物もあるでしょうけど、そんな甘いことはないのよね」
「ほう・・・それで」
「いくわよ」
「どこに」
「原産地」
「ゲンサンチ?」
「南アフリカは怖いから・・・やっぱりオーストラリアかカナダあたりかしらね」
「あの・・・英梨々。お前は何をいっているんだ?」
「何って、原石の採掘現場までいけば安く手に入るでしょ」
「交通費とか、権利とか、バイヤーのつながりとか・・・」
「そう。倫也が嫌ならいいのよ。あたしはプラスチックで。なんなら明日届く3Dプリンタの樹脂製の指輪でいいわよ。倫也の作成してくれた3Dデータで世界に一つだけの指輪だものね」
いやいやいや・・・婚約指輪ってそんなに大変だったっけ?
俺は未だ完成がまったく見えない婚約指輪に少し恐怖を覚え始めていた。
英梨々はペリエを飲み終わって、瓶をテーブルの上に置いた。
「じゃあ、そろそろ帰るわよ。明日はサンプルが届いたら連絡頂戴」
「わかった。送っていくけど・・・たまには泊っていかね?」
「ふーん・・・」
立ち上がった英梨々が俺を見下ろしている。
「ほら、あたし妊娠中って『設定』だから、できないわよ?」
早々と『設定』って認めちゃったよ・・・まぁ妊婦の体で世界旅行もできないだろう。・・・えっ?世界?俺は自分で驚いてしまう。
「そんな下心で誘ってねぇよ」
「下心以外に彼女を泊まらせようとする理由なんてないでしょ」
「そうかもしれないな・・・ならいいや、送ってく」
「べ…別に泊って行かないなんていってないわよっ」
「へいへいっと。俺もシャワー浴びてくるから、考えておいてくれ」
英梨々がベッドの上に座ったので、俺は部屋から出てシャワーを浴びに行った。
※ ※ ※
寝る準備を終えて、俺と英梨々は狭いシングルベッドの上で横になった。英梨々は俺の右側にいる。薄いタオルケットを半身にかけている。
それから2人で雑談をしながら、ゆっくりとした時間を過ごす。ときどき家の前を車が通る以外は静かである。
英梨々は寝そべりながら左手を上にあげて薬指だけを曲げた。そこに指輪がはまるはずだ。
「本当はミスリルとか、オリハルコンの指輪が欲しい」と言った。
それから横を向いて俺の方を見た。目が合った。
「それで冒険しながら7つのオーブを集めるわけだな?」
「うん。楽しそうでしょ」
「なるほどな。確かにオリハルコンもミスリルもこの世界にはないかもしれないけれど、でも、宝石は世界中に散りばめられているんだよな」
「・・・そうね」
英梨々が小さなアクビをした。俺は英梨々のおでこにそっとキスをする。ニキビの1つもできたことがない。
「まずは、イエローダイヤだな。カナリア色と言われてもよくわからないな。俺の好きな黄色はなんていうんだろうな」
「どんな黄色?」
「昔から見慣れた色で、陽光の下だとキラキラと輝いていて、硬質な感じがするのに触るととても柔らかいんだ」
英梨々は眠たそうに目を瞑った。あんまり伝わってないのかな。
「カナリー・イエローには別の言い方もあるのよ」
「ほう?」
「マーマレード・イエロー・・・」
英梨々の声はもう眠たそうでウトウトとしていた。
瓶に入ったマーマレードジャムは透き通っていてとても美しい。光で透かして見るだけで幸せな気分になれる。
「俺はその言い方の方が好きだな。英梨々の髪みたいに綺麗なイエローダイヤがみつかるといいな」
英梨々の返事はなかった。
「マーマレードイエローのダイヤが見つかったら、英梨々に贈るよ。そしたら結婚してくれる?」
けれど、英梨々はスースーと寝息を立て始めて、絵本を読んでもらった子供みたいに寝てしまっていた。
(了)
投稿始まったし、オチの方も考えないとなぁ・・・