夏休み前の最後の講義が終わった。隣でノートとテキストを加藤がしまっている。ゲーム制作のスケジュールは今のところ順調だ。
「安芸くん。夏休みの予定のことなんだけど・・・」
「うん」
「全部白紙だから」
「はい!?」
「英梨々から聞いてないかな」
「なんにも・・・」
「そう・・・」
「何かあった?」
「ん~。おおありだよ」
土台となるピンクゴールドのリングは完成した。後は宝石を集めるだけだ。国内の宝石商などをどう巡るのかよくわらかない。俺は英梨々についていくだけのつもりだったが・・・
「英梨々がまたなんか言ってたか」
「うん。海外まで買い出しにいくって」
「ほう・・・えっ?はい!?どういうこと?」
「さぁ?それでスケジュールの調整をいろいろ言われたのだけど・・・とにかくまとまった時間が欲しいらしくて」
「ふむふむ・・・」
「一週間ぐらいなら調整できるそうだったけど、それじゃ足りないみたいで」
「あいつどこ行くつもりなんだ・・・」
「あいつっていうけど、倫也くんも一緒みたいだよ?」
「ですよね・・・」
「それでイライラして喧嘩したから、後はよろしく」
「Oh・・・ケンカハ ヨクナイヨ」
「誰のせいかな」
「たぶん、英梨々のせい・・・」
「そうでもないと思うけど」
うーん。加藤は仕事の進捗状況が遅れると機嫌が悪くなるからな・・・一応、脚本の方は霞ヶ丘先輩に丸投げしているし、挿絵の原案もできている。英梨々の方は大学の課題もあるみたいだが、今のところ問題はない。
旅行先でもノートパソコンさえあれば仕事はできるかな。
「とにかくだな・・・予定を遅らせるようなことはしないから」
「だといいけど」
大学で少し気まずい雰囲気のまま加藤と別れた。この埋め合わせも何かしないいけない。加藤はけっこう隠してストレスを抱えるタイプだ。加藤と一緒に購入した指輪が完成するのは8月の中旬の予定。それでいったんは機嫌も直るだろうが・・・
俺たちが作ったブレッシングソフトでは、夏期休暇で取材名目のプチ旅行は企画していた。すべてを白紙にした以上はそれも中止だろう。水着姿見れないのは残念だ。
※ ※ ※
夜に英梨々と会って話を聞いた。袖のない白いワンピースを来ている。
「別に喧嘩なんてしてないわよ?」
「加藤は喧嘩って言ってたぞ」
「見解の相違ね」
「何があったんだよ」
「8月分の挿絵が完成したから恵に送っただけよ。8月はフリーな時間が欲しかったから」
「お前が締め切りを守っただとぉ!?」
「そんな驚くことじゃないでしょ。詩羽の方から原稿が上がったら、細かいところは修正するでしょうけど」
「それで、どうして喧嘩する必要があるんだ?」
「だからあたしは別に喧嘩してないわよ。倫也のスケジュールの確認しただけなのよ」
「うーん。胃が痛くなりそうな案件?」
「あたしには関係ないわね。同人ジゴロみたいなことしているからでしょ。自覚あるのかしら?」
「ないです・・・だからこそ会社設立して給料だって払っているんだが」
「大学生がバイトするよりはずっといい給料だとしても、楽しいかどうかは別でしょ。恵としても考えどこでしょうね」
「そういうもんか・・・お前らって友達なんだよな」
「友達よ」
「加藤の機嫌については任せてもいい?」
「そこは自分でちゃんと責任とりなさいよ。あたしと恵とは別問題でしょ」
そうなんだろうか?あんまり考えると頭が痛くなるので、話題を替えよう。
「それで、夏休みにそんなにスケジュール空けてどうするんだ?」
「いくわよ」
「どこに」
「最初は『オーストラリア』ぐらいがいいかしら?」
「いいかしら?って決まってないのかよ」
「決まってないわよ。あんまり計画的にいっても面白くないでしょ」
「宝石買いにいくんだよな?」
「そうね、宝石の原石ね」
「それって、2人の飛行機代とか宿泊費とかの旅費で買えるだろ」
「・・・そう。倫也が買った宝石で満足するなら、あたしはこの何もついてない指輪でも別にいいのよ」
「あー、分かったよ。宝石を集めたいんだな?金はないぞ?」
「ケチくさいわね。旅費ぐらい出してあげるわよ。そのかわり石は倫也が買いなさいよ」
「石っていっても、貴重なのだと30万円とか100万円とかするんだろ」
「するわよ」
「俺、一応18歳だからね!?どこにそんなお金あるんだ?」
「詩羽から借りなさいよ。使い道なくて困ってるでしょうから」
「詩羽先輩か・・・確かにお金の使い道なさそうだな・・・ってそういう問題じゃないよね!?」
「ほら、いくわよ」
「えっ・・・、今から?もう夕方だぞ」
「オーストラリアなんて深夜便でいかないともったいないでしょ」
そう言いながら英梨々がケータイを操作している。
世の中は時間とコストに限りがあって、それをいかに効率よく使うかでみんな頭を悩ませているはずだ。どうしてこう行き当たりばったりなのか。そもそもオーストラリアにいったら宝石の原石が買えるのかすら怪しい。
鉱山があるといったって、鉱山で売ってるわけはないだろうに。
「ほらほら、下に迎えがくるわよ」
「まじかっ」
「40秒で支度しなっ!」
「それ言いたいだけだろ・・・」
※ ※ ※
澤村家の執事の海部さんは、アラサーぐらいの完璧主義の人でぬかりがない。前任者がこだわりのマニュアル車だったため、最初はエンストしていたが今は快適にドライビングしている。きくところによると普通のマニュアル車でなく、かなりピーキーな仕様の車らしい。レーシングカーに近いらしく一般道を走るには適さないとか。なんでそんな車乗ってたのかは謎のままだ。
向かう先は羽田空港だ。リュックに下着を数枚入れただけの準備だが大丈夫だろうか。オーストラリア西部への直行便がないらしい。オーストラリアの首都はキャンベラ。シドニーというでかい都市があるとか、ゴールドコーストみたいなリゾート地があることなどは知識にあっても、実際にはどのあたりに都市があるのかはうろ覚えだ。
「せめて旅行ガイドぐらい買ったらいいんじゃないか?」
「買うわよ。現地で」
「・・・現地語かよ。まぁいいや。あとケータイがつながらないだろ」
「それなら心配ないわ」
英梨々がショルダーバックをもぞもぞとさせて、俺に小さなプラスチックケースを渡した。
「なんだこれ」
「国際用のチップよ。それに差し替えたら、使えるらしいわ」
「ほう・・・」
「他に何か準備したいものあるかしら?」
「さも、ぬかりなく準備しているような口ぶりだけど、計画はガバガバだよな」
「そうでもないわよ。ちゃんとオーストラリアまで行き方は勉強したわよ」
「そういうのをガバガバっていうんだぞ」
「細かいわね。夏なんだしなんとかなるでしょ」
「お前・・・それ本気でいってる?」
「本気よ」
英梨々はどうやら旧世界のひらべったい亀の上の世界に住んでいるらしい。オーストラリアが南半球にあることを知らないのだろうか。
「今、冬だぞ」
「はぁ?あんたバカなの?死ぬの?なんで8月が冬なのよ」
「・・・南半球だからな」
「何が?」
「オーストラリア大陸のある場所」
「それで?」
「南半球は今・・・冬だぞ?」
「そうなの?」
美大生ともなるとこの頭で受かるのだろうか・・・いや、まさかな。
英梨々がケータイで検索している。ガチでバカなんだろうか?
「べ・・・べつにコート買えばいいだけよね」
「・・・そうだな。実際問題としてオーストラリアはでかいからな。場所によって気候もずいぶんと違うと思うぞ」
こんなバカな会話をしながら、俺たちは羽田空港へ向かった。
※ ※ ※
海部さんから飛行機のチケットを貰った。
「あの・・・現地のホテルとかは決まっているのでしょうか?」
「いいえ、あとはお嬢様にすべてお任せしております」
「このポンコツに・・・」
「ゴホンッ」
「いざとなったら助けてくれたりは・・・」
「はい。我がスペンサー一族の護衛が衛星を利用して監視いたしますので、心配はいりません」
「ほんと・・・」
「ゴホンッ。可愛い子には旅をさせろといいますし、安芸さんもいるのですから心配ないでしょう」
「俺は心配だらけなんですけど・・・」
「では、失礼いたします。良い旅を」
「ありがとうございました」
挨拶を済ませると海部さんは踵を返してさっそうと去っていった。なんだか去年ぐらいまでは過保護だった気がするが、英梨々もずいぶんと信頼されているんだな。18歳は成人だし、それでいいのかな。
「で、倫也。シンガポール経由なんだけど、どこいけばいいのかしら?」
「オーストラリアまでに行き方は勉強したんじゃなかったのかよ」
「なによ、そんなに行きたくないなら、いいわよ。あたし1人で行くから」
「あっちだな。シンガポール航空」
「せっかくだし、シンガポールも観光しようかしら?」
「このチケットはもうオーストラリアのパース空港まで購入されているな」
「そうなの。使えないわね。だいたいどこよパースって」
「俺も知らん」
慣れない空港を歩いて、シンガポール航空で受付を済ませる。俺たちが預ける荷物のないことにアテンダーが驚いていた。
ほぼ手ぶらなのだ。これぐらい荷物が少ないとむしろリュックに下着だけいれているのがアホみたいだ。
英梨々なんて小さなショルダーバックだけだ。夏らしい白いワンピースはとても似合っているが・・・
搭乗手続きを済ませて中へと入った。あとは案内にしたがって飛行機へと乗り込んでいく。
エコノミー席で、英梨々が窓側だった。流石にビジネスクラスやファーストクラスは自重したようだ。どれくらいコストがかかるか計画もしてないのだ。そんなに無駄使いはできないだろう。
全員が乗ると前の大画面でフライトの案内をする。シートベルトの着用や非常用の対応などについてだ。俺はフライトに慣れていないのでだんだんと緊張してくる。
「英梨々・・・そういえば飛行機って鉄の塊なのに飛ぶのおかしくね?」
「ずいぶん古典的な心配ね」
「あんまり得意じゃないんだよ・・・」
「その内慣れるわよ。怖いなら手をつないであげましょうか?」
英梨々が上目線で俺をバカにしているが、正直怖いのだからしょうがない。
俺は英梨々の左手をギュッと掴んだ。
「ちゃんと頼んでから握りなさいよ」
「英梨々・・・頼む」
「ほんと、変なところでおこちゃまよね」
「ついでといってはなんだけど」
「何よ」
「無事に陸に着いたら結婚しよう」
英梨々が深いため息をついて、小さな窓から外を眺めている。飛行機が走り出し、外の景色が斜めになった。
(了)