婚前旅行なのでプレハネムーンと言うらしい。
オーストラリアのパースに到着したのは早朝だった。表示されている外気温は10度を下回っている。夏服の俺らではまず寒くて無理な温度だ。
日中になると20度ぐらいまではあがるらしいので、冬とはいえ穏やかな地域といえる。
「倫也、服買いに行こ・・・」
英梨々がぴったりと俺の腕にしがみついている。確かに肌でもくっつけないと寒いかもしれない。それでもまだ空港内なので、そこまでひどく寒いわけじゃない。
「まだどこも店はやってないみたいだな、何しろ早朝の5時だ」
「売店でコーヒー買いましょ」
辛うじて売店が一件開いていたので、ホットコーヒーを買った。あと新聞紙。
「新聞紙なんて何に使うのよ」
「こうやってな、くるまるとけっこう暖かいんだぜ」
新聞紙を広げて、英梨々の肩にかけた。緊急時に新聞紙での防寒は基本知識だ。英梨々も文句を言わずにとりあえず新聞紙で我慢していた。
売店のサンドイッチで食事を済ませたら、インフォーメーションで街への行き方を確認する。ここではホテルの予約はできないらしい。
電車の始発まであいだ、窓から飛行機の発着を眺めていた。英梨々が売店で買ったテープで新聞紙を加工して服を作り始めていた。やっていることは小学生の工作レベルだが、できあがった新聞紙コートがけっこうオシャレに仕上がった。
※ ※ ※
電車でパースの街まで向かい、とりあえず中央駅で降りる。何はともあれ最初にすべきことはホテルを探すことだ。泊るところがみつからない事態は避けたい。この温度で外に放り出され一夜を過ごしたら凍死しかねない。
中央駅のインフォメーションからホテルの資料をもらった。あんまり安いのも不安だが、別に三ツ星に泊る必要もないだろう。
適当な☆2の所を選ぶ。多少交通の便が悪くても問題ない。直接電話をして予約状況を確認する。もちろん英語で会話しているのは英梨々だ。
英梨々はこう見えて、英語が堪能でさらにドイツ語とラテン語系も話せるというマルチリンガルだ。無謀な旅のようで言語の壁はあまりない。
「ホテル予約とったわよ。14時からチェックイン可能だって」
「よし。とりあえず良かった。次は服だな」
「お店が開くのって9時か10時頃よね」
「そう願いたいものだな」
「それまで、どこかのカフェでお茶でも飲んでましょうよ。さすがに外は寒いわよね。これだけ大きな駅なら駅ビルの中にもテナントがありそうだけど」
「そうだな。連結した商業施設ぐらいあるかもしれん」
パース駅はかなり近代的で大きなターミナル駅だった。放射状に5つの電車が走っている。その内の1つは西海岸のリゾート方面に向かっていた。
市内中心には無料パスが運行していて『CAT』と呼ばれているらしいが、この新聞紙の恰好であまり外には出たくない。さっきから新聞紙コートを着ている俺たちを不審そうにみている人がちらほらいるのが気になる。
駅の案内図からテナント街をみつけ、そこまで歩いていく。店のOPENは10時からだった。これならホテルまでいった方が早そうだ。
「ホテルまでいくかぁ・・・」
「あと3時間は流石に長いわね」
「ホテルならロビーでも待てるものな」
「あるかしら・・・ロビー」
電車に乗って西へと向かう。リゾート地のホテルだが、海岸から離れているのが地図からもわかる。立地条件が悪いから☆2つなのだろう。海辺のリゾートでオーシャンビューの見えないホテルに星が三つつくことはない。
駅のホームは外なのでかなり寒い・・・待合室の中で待って電車が到着してから駆け込んだ。コートなどと贅沢はいわないがフリースぐらいは着ていたい。新聞紙コートには限界がある。寒さは防げても保温性が足らない。
※ ※ ※
俺と英梨々は駅から降りると観念して走ることに決めた。ホテルは徒歩5分の距離らしい。アプリで場所を指定すれば案内してくれる。
英梨々と2人で軽くジョギングしながらホテルへと向かった。幸い動きやすい運動靴だったので良かった。いったいオーストラリアのリゾート地まで何しにきたんだか・・・
西海岸なんてあまり有名でないからもっと寂れているのかと思ったら、そんなことはなかった。大きなビル群もあるし、旧市街はレトロな街並みで綺麗だった。
俺たちのホテルはメイン通りから一本入った裏道にあり、入口が狭くて分かりにくかった。入ると直ぐに受付カウンターがあり、併設されているロビーはL字ソファーが1つだけで、こじんまりとしていた。
英梨々が名前を告げるがチェックインはもちろんまだできない。しばらくやり取りした後に、コートをふたつ貸してもらってきた。でかした英梨々。
「なんか手頃なのがあったもんだな」
「お客様の忘れ物だって」
「なんにせよ助かった。これで外に出ても大丈夫だな。少し散策するか」
コートをゲットしてなんとか人心地がつく。英梨々のは白いダッフルコートでなかなか似合っている。サイズはやや大きいが英梨々が着ていると「そういうデザインなのかな?」という感じでおかしくは見えない。
俺のは革ジャンでサイズもさらにでかかった。それでも新聞紙の服よりはだいぶマシだ。ありがとう新聞紙。英梨々の作品なので名残惜しいがここでおさらばした。
駅の方へ戻ってからバスターミナルで海岸沿いへ行くバスに乗った。無料なのはありがたい。バスも新しくてEV仕様だった。
オーストラリアなんて、日本よりも発展していないと思っていたが、大きく間違っていたようだ。コアラとカンガルーとオーストラリア産牛肉ぐらいしか知らなかった自分が恥ずかしい。
バスの窓から海岸線が見えてきた。白い砂浜が果てしなく広がっている。美しい青い海で冬とは思えないぐらい綺麗だった。今日は快晴で穏やかなせいか、サーファーがすでに波に乗って遊んでいるのが見える。
「冬なのにすげぇな」
「なんだか思ったよりもずっと開けているわね、中心にショッピングモールがあるみたいだし、そこで買い出しをしましょ」
到着してバスを降りる。人は少ない。
石畳の商店街は趣があるが、並んでいるテナントはとても近代的だ。まだ店は開いていないがこれだけあれば何かしら服はみつかるだろう。気温もぐんぐんと上がってきて早朝の時ほど寒くなかった。
われらがマッグドナルトがあったが、地元のレストランの方に入った。モーニングセットは物価高と円安のせいで高い気がする。日本円に換算すると千円を越える。でもここでケチってもしょうがないだろう。
パース名物は海沿いなのでシーフード料理が多い。中でもシーフードチャウダーが有名だ。クリームシチューみたいなものらしい。俺はそれを頼み、英梨々はイングリッシュブレクファストと紅茶を頼んだ。
料理は直ぐに運ばれてきた。俺のはシチューとパンだ。パンはカゴ一杯に入っていてテーブルの中央におかれた。英梨々の皿はスクランブルエッグと厚切りベーコン。それにサラダが盛り付けらている。紅茶はポットサービス。
「メルスィー」と言いながら、英梨々はチップを渡した。このチップのために売店で新聞紙を買った時にキャッシュを使って小銭を用意した。
「いただきます。なんか暖かい食事が出るとほっとするな・・・」
「そうね。なかなかいいお店があってよかったわ」
英梨々がポットの蓋を開けて茶葉を確認している。
「何かイギリスの系列なのかしらね?ちゃんと伝統に則っているから、調べてみたらおすすめで載っていると思うわよ」
英梨々が紅茶をカップにいれて、一口飲んでからうなずいていた。パンも焼きたてだったし、バターも鮮度がいい。
「おおっ、ほんとだ。このシチューも美味いぞ」
「どれどれ」
英梨々がスプーンでよそって一口だけ味見をしている。「おいしいわね」と素直な感想をいった。ナイフとフォークで焦げたベーコンを切りながら口へと運ぶ。
こうみると現地の人に近い外国人に見える。作法も様になっているし、周りと溶け込んで違和感がまったくない。
※ ※ ※
買い物を済ませてホテルに戻ってきた。結局は小さなキャリーバックを1つ買った。何日かは滞在するのだから必要だろう。
ホテルの部屋は簡素だが清潔感はあった。窓から見えるのは道路をはさんで反対側のビルなので景色がいいわけじゃない。それでも外国らしいい石造りの街並みで情緒があり悪くはなかった。
ダブルベットの一部屋で、窓側には小さなテーブルとイス。バスルームはユニットバスだ。ずいぶんとシンプルな部屋で逆に潔い感じがする。ビジネスホテルに近いかもしれない。
英梨々がベッドに座ってスプリングを確認している。
「ものはいいわね。期待していなかったけど当たりかしら」
シーツやバスタオルなどの備品も質が良い。やはり観光地の激戦区で伝統あるホテルなだけはある。抑えるところはしっかり抑えている。無駄がない分価格を抑えているが居心地はとてもいい。
「体冷えたからお風呂にはいるわね」
「ああ、その方がいい」
英梨々がバスルームにお湯を溜め始める。何か足らないなと部屋を見渡した。テレビがないのだ。それが節約のためなのか、時代の流れなのかはわからなかった。WIFIはつながっている。
本棚には雑誌やパンフレットなどがあったので、それらをチェックする。今日はこの街で過ごすにしても、どこかへ行きたい。海も見たし、ショッピングも済ませてしまったので、あとは観光地に行くぐらいだろうか。
英梨々が選びそうなところは・・・やっぱりコアラだろうな
※ ※ ※
水上バスを利用してパースの街を観光しつつ動物園まで移動する。自然が多く残っていて新しい街と調和していた。保護区も多くところどころに大きな公園がある。
パース動物園は都心のすぐ近くにあるのに、広々として人気のスポットだ。
冬服に着替えた英梨々は純羊毛のセーターを着ている。しかしお昼になると気温は20度ぐらいまであがり暖かった。俺もおそろいのセーターを着ているが脱ぐかどうか迷うぐらいだ。
動物園はオーストラリアの動物が多く、コアラ、カンガルー、ワラビー、タスマニアデビルと勢ぞろい。広い場所でのんびりと飼育されていた。
中でもやっぱりコアラが人気で人が多い。英梨々も並んで飼育員さんの説明を熱心に聞いている。俺は言葉の壁があってところどころしか聞き取れないが、まぁ英梨々が楽しいならそれで問題ない。
「コアラ抱きたい」
と英梨々が子供みたいなことをいった。この動物園ではコアラは抱っこできないみたいだ。
こうしてコアラを眺めているとオーストラリアに来た実感がだんだんとわいてきた。
夕方までかけてゆっくりと動物園を回った。「スケッチブック持ってくればよかった」と英梨々が何度も言った。英梨々らしいと思う。
おみやげ売り場には各種ぬいぐるみが置いてあった。そしてガラス細工コーナーもあった。
「どこにでもあるもんだな・・・」
「ほんとね。意外と中国製だったりするのよね」
「日本で売っているのと同じものだったりするわけだな」
英梨々がガラス細工を見ている。目がだんだんと真剣になっていく。ガラスのショーケースのものは値段がお高い。アクセサリーと一緒に並んでいた。ガラス細工にブランドがあるので検索してみると現地のメーカーらしい。
「コアラの出来がやっぱりいいわね」
「ここのブランドらしいぞ。街に本店がある」
「ほんと?」
「行ってみてもいいんじゃないか?ついでに飯も食ってさ」
「そうねぇ・・・でも・・・」
英梨々がじぃーとコアラを見ている。店員に話しかけて取り出してもらってから、持ってきたルーペでチェックし始めた。この小さいルーペは宝石や原石など鑑定するときに使うものだ。顕微鏡程ではないがかなり拡大できる。
「お前・・・それやってみたいだけだろ」
「・・・そうよ。悪い」
「で、品物はいい感じか?」
「ええ、申し分ないわ。あたしこれにする」
「ほう・・・」
「倫也。あたしこれにする」
「ほう・・・えっ?俺が買うの?」
「ガラス細工ぐらい買いなさいよ。誰が旅費・・・」
「あーはいはい。わかったから購入はしてくれ」
英梨々が店員に声をかけて購入した。俺がカードを使って清算をする。ネットで買い物する時以外ではあまり使わない。
綺麗な紙のバックに入れてもらった。箱も紙袋もブランドロゴが入っていてずいぶんと立派だった。
俺としてはコアラのぬいぐるみの方が欲しいと思った。出海ちゃんにでも買っていこうか?しばし眺めて考えたが、これからの未知の日程を考えると荷物は増やしたくない。帰りに買えばちょうどいいだろう。
その後は買い物をして上機嫌な英梨々と一緒にバスでホテルへホテルに一度戻った。
「なんか・・・英梨々の場合は宝石なんかよりもガラス細工の方が喜びそうだな」
「集めているから、そうかも」
「いっそ、それを渡してプロポーズするのはどうだろう?」
「コアラのガラス細工で?なんてプロポーズするのよ」
プロポーズは何を渡すかも大事だが、やっぱりセリフが大事か。
「・・・そうだな。俺と英梨々は幼馴染だろ?それってコアラも大好きだよな」
「はぁ?何言ってんのよ」
「どちらも、ゆかりがあるからな」
「・・・うまいけど、ときめきはしないわね」
英梨々は苦笑いをして、ちょっと口角を上げた。
(了)