押してダメならぶっとばせ!(旧題:バッドエンド多めの魔装ハーレム物に最つよ魔女を登場させて力尽くでハッピーエンドにしていく話)   作:デュアン

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第四章 輝く未来を抱き止めて
バッドエンドのその先へ


「か、いと……」

 

 その日は、いつもの様な普通の和やかな日になる筈だった。

 

「あり、がと」

 

 いつもの様に起きて、いつもの様に朝の訓練をこなし、いつもの様に授業を受けて、いつもの様に飯を食い、いつもの様に風呂に入って、いつもの様に寝る。目の前で寝る比奈の寝顔にドギマギしながらも、何事もなく一日を終える……その筈だったのに。

 今、目の前で転がる比奈の顔には血が塗りたくられ、燃え上がる様な紅い瞳は光を失いかけている。綺麗な肌は土埃と痣だらけにされ、毎朝セットしている髪は砕けたガラスの様に乱れている。

 

 ズシン、ズシンという足音が地面を通して身体に響く。

 こんな俺達でも、どうやらあの豚は見逃してくれないらしい。

 

 もう声すらマトモに出やしない。そんな俺に、彼女は震えながら何とか近寄ろうとする。

 

「だい、すき……」

 

 彼女の唇が俺のそれを重ねられ──

 

 

グシャリ

 

 

──刹那、振り下ろされた棍棒が彼女の顔を潰す。泥団子を子供が踏み潰すみたいに、或いは落とした卵の様に、彼女の顔はいとも容易く粉々にされる。

 飛び散った生暖かい脳漿が顔にへばりつく。彼女の身体が一瞬跳ね、少し痙攣した後に動かなくなる。

 

 俺の初恋は、それに気付いた瞬間に終わりを告げた。

 

 

 

 未知の組織による学園襲撃事件は死者一名を出して解決された。

 突然現れたオーク、そしてその主と思われる魔法師は俺と駆け付けた輝夜先輩によって討伐され、学園は再び平和を取り戻す。

 朝一番、巻き込まれた者も俺と比奈とあと一人だけ。皆、どういった反応をすればいいのか分からないといった様子だった。比奈が死に、死んだ様に生きる俺に対して、どう触れればいいのか分からなかったのだろう。

 その時、俺は孤立していた。相方が居なくなってしまった部屋に帰る度に、失ったものの大きさを実感させられるようだった。

 

「Hey! Japanese students! My name is Refina Crosford!」

 

 事件から一週間が経ったその日、学園に編入生がやってきた。名はレフィナ・クロスフォード、イギリスからの留学生であり、誰がどう見ても俺へのハニートラップ要員だった。

 俺達はそのまま学園直下にあるダンジョン攻略を行う事となる。

 

 そこが、ある意味"彼女"との本当の出逢いであった。

 

「なんで私が……」

 

 対面して最初の言葉が、それ。あからさまに不機嫌そうにそう言った彼女は渋々といった様子で挨拶する。

 

「知ってると思うけど……睡蓮楓よ。私と一緒のパーティーになるのならまずはその辛気臭いのをやめなさい」

 

 

 ギスギス。ダンジョンに入ってからのパーティーの雰囲気は最悪だった。

 それもそのはず、楓が俺に向かって放った言葉は余りにも無神経だったから。

 

「か、楓さん……やっぱり謝った方がいいっすよ~!」

「カエデ……アレはナイデスよ」

 

 同じくパーティーとなった雲雀とレフィナが口々に彼女を責め立てる。

 

「ふんっ。誰が謝るものですか。あんたのせいでクラスの雰囲気最悪なの分かってる?」

「ちょっ!?」

 

 だが、次に放ったその言葉で雲雀が慌てふためく。

 きっと誰しもが思っていたが言葉にしなかったそれを平然と言い放つ彼女。流石の俺も我慢の限界だった。

 

「ッ、お前に何が分かるんだよ!! 俺は、俺の……ッ!!」

「ええ分からないわよ。一生分かりたくもないわ! 大切な人を失った悲しみなんてね!」

「~~~ッ!!」

 

 俺はその場から逃げる様に走り去る。

 余りにも無神経だと思った。何故俺は人生で初めての愛する人を失った上にこの様な心無い言葉までかけられなければならないのか、と。それも大して面識もない、ただのいちクラスメートに。ここまでの哀しみが彼女への憎しみに向けられる程度には。

 

 今思えば、それは彼女なりの励まし方だったのだろう。

 誰かに優しい言葉をかけられる度に俺はあの時の光景を思い出す──ただ、彼女に厳しい言葉をかけられている時だけは、俺はそれを忘れる事が出来たのだ。

 

 

 

 俺は竹園寮を出ていく事となった。

 若草家──ひいては、竹園家は俺に同情しつつも比奈を守れなかったとしてあまり良い印象を抱いていないらしい。放逐された俺を拾ったのは柊寮だった。

 そして部屋に入った俺を出迎えたのは、あの時同じパーティーとなった雲雀だった。

 

「私……いいっすよ……貴方に、なら……」

「で、でも……」

「ごほっ、げほっ! ……どうか、この疼きを……とめて……」

 

 顔を青白く染めた雲雀の懇願に、俺の理性は耐える事が出来なかった。

 閉ざされた部屋、宵闇の下、月だけが見ている肉欲の宴──

 

 

「……臭い」

「な、なんだよ。お前には関係ないだろ」

「関係あるわよ。同じ部屋の中にそんな変な臭いをプンプンさせた奴がいたら授業になる訳ないじゃない」

 

 翌朝、へろへろになって登校した俺を一目見て、楓はいつもの様に厳しい視線と言葉を浴びせる。

 彼女は隣に立つ雲雀をちらりと見て何かを察した様な顔をし嫌悪感を露わにする。

 

「汚らわしい……」

「お前には関係ないだろっ!! 雲雀、行こうぜ」

「は、はいっす……」

 

 ちゃんとシャワーは浴びて来たんだ。そりゃあ多少臭いは残っているかもしれないがそこまで言われる筋合いはない。

 

 

 

「──ひ、ばり」

 

 これは一体どんな悪夢だ。

 あの日と同じ様な朝一番、数刻前までお互いを慰め合っていた筈である。目覚めるとそこに雲雀はおらず、嫌な予感がして外に飛び出すと彼女は唯一人立ち尽くしており、直後彼女は──歯車とネジの化け物に変わった。

 

──人間の欲望というのは実に果てしない物さ。

──例えば、神を作ってしまう程には、ね。

 

 それはいつだったか涼介が言っていた言葉。その意味を、俺は今理解した。

 

「なっ、こ、これ何よ……!?」

「は、か、楓!? お前なんでこんな所にいるんだよ!!」

「早起きして訓練してたのよ! それよりこれは何、説明しなさい!! なんで秋空雲雀が歯車に呑み込まれてるのよ!?」

 

 そこに楓が現れる。彼女は驚愕しながら魔装を身に着け、雲雀に向けて刀を構える。

 それを俺が制止しようとした瞬間、雲雀だったものが動き出す。

 

「コロ、ス」

「「なっ!?」」

 

 バーーーッ、とけたたましい音が鳴り一斉に銃弾が発射される。

 次々と地面に穴が空き、俺は呆然としている間にいつの間にか楓に抱えられて物陰に隠れていた。

 

「馬鹿じゃないの!? あんた、何ぼーっとしてんのよ!!」

 

 どうやら楓がお得意の雷速で助けてくれたらしい。それに気付いた瞬間、ふに、と腕に彼女の胸の感触が伝わってくる。彼女は顔を真っ赤にし俺をその場に投げ捨てた。

 

 さて、そうして俺達は"雲雀"と戦い続けた。途中で無数のロボットが放出され俺達はそれを倒し切る事が出来ず、それらは学園中に散らばっていく。幾つもの爆発音や銃声、そして悲鳴が響き渡る。

 

『──"ライグレーディ"を使え』

「え?」

 

 ふいにメリィがそんな事を言い始める。

 それは如何なる物も貫く深紅の光線。レフストメリスが使える中でもトップクラスの威力を誇り、これであれば神と同化している今の雲雀であっても倒し切る事が出来るだろう……

 

「おれに、彼女を殺せっていうのか」

『ではそれ以外にどんな方法がある! このままでは皆死ぬぞ!!』

「ちょっと、何話してるのよ!」

 

 楓にはメリィの言葉は聞こえていない。俺は彼女にその魔法について伝える。

 すると、彼女は一瞬悲しげな表情をした後、すぐに険しい表情に戻すと言った。

 

「……そんな魔法があるならさっさと使いなさい!」

「なっ、お、お前は……お前も、彼女を殺すつもりかよ……!!」

「当然でしょ!!」

 

 彼女は俺の顔を両手で掴む。

 

「この音が聞こえないの!? あれのせいで今学園は大変な事になってる、今ここで倒さないと被害は増えるばかりなのよ!!」

「ッ、で、でも」

「なら言ってあげるわ。秋空雲雀を殺しなさい、これは十華族としての平民への命令よ!!」

 

 その言葉に俺は激昂しそうになって、気付く。

 

「ッ……!?」

 

 彼女の顔も蒼白になっており、その手は震えている事に。

 彼女にとってしても雲雀はクラスメートだ。それなりに交流もあったのだ。

 そんな少女を殺せと"命令"するのは、ひとえに俺への気遣いに他ならなかった。俺は命令に従って殺しただけ、責任は自分にある。そうとでも言いたいのだろう──

 

「──ふざけるなよ。誰がお前なんかの命令なんて受けるかよ」

「は、はあ!?」

「今からやる事は、全部俺の意思だ」

 

 俺は自らの刀を雲雀に向ける。

 

「この罪も責任も全部俺の物だ。お前には渡さない」

「っ……何よ、それ」

 

 魔力を高める。詠唱は要らないが、使うには長時間の集中が不可欠であった。

 当然その間は無防備になる。機械仕掛けの神がその銃口を俺に向け──それを楓の雷撃が遮る。

 

「ずるいわよ、そんなの。私だって戦ってあげてるんだから半分くらいは寄越しなさい!!」

 

 楓はこれまでの訓練の成果を見せつけるかの如く、自らの身体を稲妻に変化させて神を翻弄する。

 

 そして──

 

 

 

「千絵……なんで、なんで……おきて、おきてよ……」

「あ、あたしのうで、うでが……あたしのうでどこ……?」

「誰か、誰か彩処ちゃんと市野ちゃんを知りませんか!?」

「小冷、小冷……めをさまして……おねがいだから……」

 

 あちらこちらからすすり泣く声が聞こえてくる。

 親しい者を失った者、自らの身体を失った者、未だ行方不明の者を探し続ける者。暗澹とした空気が学園中に満ちる中を俺達は駆ける。一人でも多くの人を助ける為に、そして事の真相を明らかにする為に。

 

 だが。

 

「快人クン。あまり嗅ぎまわるのはやめておきなさい」

「な……ど、どうしてですか輝夜先輩!!」

「私は……貴方には死んでほしくないわ」

 

 輝夜先輩に呼び出された俺は、開口一番にそう言われる。彼女はただ悲しそうな顔で告げるだけだった。その意味を知るのは、もう少し後の事になる。

 

 

 

──姫川文果。お前はどこまで探った?

──わ、私は何も知りませんよ……!

──そうか。

──な、何を……え、これ私の家……え、あ、やめ、やめて、やめて!!!! はなす、はなすから撃たないで!! あの事件の裏に十華族の誰かが関わってる、それだけしか分からなかった!! 話したから家族を治療して、お願い……

──やれ。

──え、うそ、話した、話したじゃないですか!! やめっ、あ、ああ……いたっ、痛い!! 痛い痛いいたいいたいいたい!!!!

 

 

 

「新聞部の……姫川さんが?」

「行方不明になった……って表向きにはなってるけど、実際は特高に捕まったらしいわ。家族諸共拷問の末に惨殺……下衆共め」

「そ、そんな……なんでそんな事!?」

「今回の事件について探ったからよ。詳しくは私も知らないけれど……この前柊輝夜に呼び出されてたでしょ。その時に何か言われなかった?」

「あ……」

 

 楓の言葉に俺は全てに得心がいく。

 輝夜は知っていたのだ。この件について探った者がどうなるのかを。何しろ特高は柊家の所掌である。彼女は関わっていない……と信じたいが、恐らくそうもいかないだろう。

 

 今回の事件では生徒、職員合わせて102名が犠牲となった。昨日まで和気あいあいとしていた教室の机には花瓶が並び、澱んだ空気が漂っている。

 裏切られた様な思いだった。あれ程親身になってくれたのも全て、この様な惨劇を起こす為だったのだろうか。

 

 そういえば、またも同部屋が居なくなった俺は寮を変わる事となった。

 次の寮は睡蓮寮、そして相方は楓である。あんたと同じ部屋なんて縁起が悪いわね、なんて言われてしまった。気持ちは分かるけどあんまり声には出さないで欲しい。

 

 

 

 その後も俺は様々な災厄に見舞われてきた。

 

 『白い殺人姫(ホワイト・マーダー)』が復活した。新たな力を得て舞い戻った彼女は学園に侵入し、快楽の赴くままに女子生徒達を惨殺して回った。前日に普通に話していた友人が、翌日には惨い死体で発見される。そんな日々が続き、主の居ない机は増えるばかり。

 それを解決したのは俺と楓、そして広野心愛という少女だった。

 紆余曲折あった後に彼女はたった一人で白い殺人姫と相対し勝利する。しかし、その代償として彼女の中に眠っていた大鬼の血が完全に覚醒し、その姿は人間とはかけ離れた物となってしまった。

 学園最高の治癒魔法師でも治せない。そもそもその姿こそが本来の物であるのだから。

 結果、心愛は人間社会から離れる事を決意した。再会するのはかなり経ってからになる。

 

 

 イギリスへ留学する事になった。どうやらレフィナとの交換留学という形らしいが、普通に彼女も付いてきていた。

 赴いたそこは何とも目に悪い場所だった。天照魔法学園の制服ですら割と目に毒だったというのに、こちらはほぼ全裸である。そんな少女達がベタベタとくっついて来るのだ。

 特に身の回りの世話係としてつけられたアイラというメイドなど一日で一線を越えてしまった。恐らく相手もそれを想定して送り込まれていたのだろうが……あからさまにそういった用途を想定されたダブルベッドで二人、裸で寝ていた所にかかってきたビデオ電話にうっかり出てしまい、画面の向こうの楓に北極より凍える視線を送られたのは今となっては良い思い出である。

 その後は比較的平穏な日々を過ごした。あったイベントといえば学園内のちょっとしたもめ事なんかを解決した程度。メリィが『支配対象が増えたな!』と喜んでいた。

 

 だが、それも長くは続かなかった。"組織"が俺を追ってきたのである。

 彼らは俺を狙って様々な事件を起こし、多くの犠牲者を出した。俺の目の前で、俺とエルーブルーを庇ってアイラが惨殺された。シャルロットは組織のエージェントと相討ちになり息絶えた。祈里は某国の諜報員に拷問されボロボロの首だけで帰ってきた。レフィナは組織の仕掛けた電子励起爆弾の爆発に巻き込まれ、ロンドンの街ごと消滅した。

 エルーブルーは生き残った。だが、民を守れなかった王女に一体何の価値があろうか──そう自責の念に駆られ塞ぎ込む彼女を慰め、最後は二人で事を主導した"組織"の幹部を倒したのだった。

 

 

 帰国した俺を待っていたのは一つの訃報だった。

 原初の十一人が一角、元勲を超えた元勲──菊花彩芽が亡くなった。老衰だった。大々的な国葬が執り行われ、俺は楓と共に出席し花を手向けた。

 楓が言うには、彼女は最期までうわ言の様に誰かを探していたらしい。

 

 

 魔物の一斉暴走──所謂『魔物燐動』が発生した。ダンジョンや龍の籠から溢れ出た魔物が人間社会を襲うのである。

 過去にも何度か発生しており、その度に甚大な被害を被ってきた。一つ違うのは、過去に起きた際には菊花彩芽がいたが、今回はいないという事だった。

 ハワイから溢れ出た魔物の群れが帝都目指して進軍した。出撃していた第一親衛艦隊は文字通り全滅、指揮を執っていた睡蓮茉莉──楓の母親も艦と運命を共にした。

 そして、このような機会を組織が見逃す筈もなく、奴らはこれに便乗して人間社会を滅茶苦茶にするつもりだった。彼らは組織で強化した魔物を混乱に紛れて日本各地に解き放ったのである。

 後方からの攻撃を受けた軍は壊滅、強靭な防衛機構を備えていた筈の学園も呆気なく陥落した。

 

「君達は隠れているんだよ。安心して、君達の事はアタシが絶対に守るからね」

「紅葉寮長……!」

「わ、私も戦います!」

「駄目だ。怪我人は戦わせられない……寮生を守るのはアタシの義務だからね」

 

 各寮は特に強靭な造りとなっていたため、陥落を免れた一部の寮は要塞化され戦える者が絶望的な籠城を強いられていた。

 その中の一つ、睡蓮寮は特に絶望的な状況であり、戦える者といえば紅葉とその他数名のみであった。紅葉は生徒達を鼓舞し、孤独な戦いに身を投じる。

 不運な事に、その時俺と楓は学園の別の場所で孤立しており、寮の助けにはすぐには向かえなかったのだ。

 

──あの時の光景は今でも夢に見る。

 

「はあっ、はあっ、もうすぐ……皆は、姉様は無事なの……?」

「楓、あんまり離れるなよ。この状況で孤立したらすぐ死ぬぞ」

「分かってるわよ! でも、姉様がいたら全部、全部解決なんだから……!」

 

 何とか魔物の包囲を突破した俺達は睡蓮寮に向けて駆け抜ける。

 道中は正に地獄の一言。

 頭蓋を潰された死骸、触手に身体を貫かれた死骸、焼け焦げて炭化した死骸、散々嬲られたのであろう死骸……生き残っている者は一人として見なかった。

 俺達が過ごした学舎は徹底的に破壊され、あちらこちらから黒煙が立ち上る。小型の魔物が死骸に群がり、ぐちゃぐちゃと不快な湿った音で満ちる。時たま響き渡る悲鳴も、すぐに魔物の蠢きに掻き消されていた。

 

「そこを曲がれば……!」

 

 そんな光景から目を逸らしながら、俺達は睡蓮寮に辿り着く。

 

 

「着いた! ねえ、さ……ま……」

「楓、だからあんまり……そん、な……」

 

 楓が刀を取り落とし、呆然とそこに立ち尽くす。

 そこにある筈の、今もなお抵抗を続けている筈の睡蓮寮は今や見る影もなく崩壊し、魔物の餌場となっていた。生きる生徒は一人もおらず、彼女が最強だと信じてやまない紅葉すら──

 

「うそ、うそ、そんな、ねえさまが、だって」

 

 寮の前、無数の魔物の死骸が積み重なるそこに彼女はいた。正確には──彼女だった物が。

 しなやかな四肢は食い千切られ、美しい碧眼は潰され、細い首は折られ、残された身体は野蛮で汚らわしいゴブリンやオークによって蹂躙されていた。そこまで彼女は惹き付けるものがあったのか、或いは魔物にも仇討ちの概念があるのか。

 だが、そんな事はどうでもよかった。

 

「──ッ、姉様から離れろおおおおおおッ!!!!!」

 

 吠えながら楓が突っ込み、その場に居た魔物を一瞬のうちに両断する。

 だが、その魔力の熾りは他の魔物を引き付けるのに充分すぎた。俺は紅葉の死骸から離れようとしない彼女を何とかその場から引き剥がし、命からがら学園から脱出したのだった。

 

 紅葉は彼女の心の支えであった。それを失った彼女はみるみるうちに生気を失っていった。

 その姿はまるで、かつて比奈を失った俺と酷似していて。

 

「……昔あんたに言ったわよね。大切な人を失った悲しみなんて知りたくないって……はは、滑稽ね」

 

 自嘲する様に吐き捨てる。

 だから俺は言ってやった。

 

「……その辛気臭いの、やめろよ」

「ッ、何よそれ」

「こんな所で足踏みしてる暇なんてないだろ」

 

 俺がそう言うと彼女は掴みかかるが、直後その手の力は抜ける。

 

「あんたに、あんたに……っ」

「俺にはお前の気持ちが分かる。痛い程分かる。だから、分かってくれ」

 

 首元を掴む彼女の手を両手で包み込む。

 涙が滲む彼女の双眸に俺の顔を映し込む。

 

「俺はお前のお陰でここまで来れた。お前が……生きる意味だったんだ」

「……っ、なに、よ」

「俺は紅葉先輩の代わりにはなれないか? 俺は──お前の生きる意味に、なれないか?」

 

 俺の言葉に彼女は顔を逸らし、暫く沈黙した後に絞り出す様に言う。

 

「……あんたなんかが姉様の代わりになんてなれるものですか」

「そう、だよな……「だから」

 

「あんたはあんたでしょ。あんたは──"藤堂快人"として、私の生きる意味になりなさいよ」

 

 そう言いながら顔を上げた彼女には、失われていた生気が戻っていた。

 互いの瞳に映る姿が大きくなり、やがてその影は重なる。もう二度と、この温もりは失いたくない。そう強く願った。

 

 

 

「君は……君は、僕と同じだと思っていたのに」

「涼介……」

「君だけは、僕の味方だと思っていたのに!!」

 

 今でも強く印象に残っている、涼介との別れ。

 大切な人を亡くしたらしい彼は、縋る様な目で俺を見てきた。だが、何度か言葉を交わすうちに彼の様子がおかしくなっていく。

 

「は、は……ネモも死んだ、君は違う。僕は、僕は一人なんだ」

 

 彼の姿が不安定になっていく。彼に封じられたニャルラトホテプの力が暴走していく。

 やがて彼は、全てを呑み込む混沌と化した。

 

 俺と楓は共に彼と戦った。

 一度では倒す事は出来ず、何度も、何度も戦い、その度に彼の悲痛な叫びを聞く事になった。

 

 彼との最終決戦は"組織"が創立されたらしい場所。

 そこで俺は、神をも殺す紅い光芒で彼を消滅させた。人生で二度目のライグレーディも、結局親しい者を殺す為に使う事となった。

 

 

 

 永きに渡った組織との攻防は幕を閉じた。

 

 こうして、俺達は平穏を取り戻し、残された魔物と戦いながら愛を刻んでいった。子にも恵まれ、世界初の魔法師同士の間に生まれたその少女は特別な才能をもっていた。

 俺達は喜んだ。きっとその時が、人生で最も幸せな時間であった事だろう。そしてその時間がこの先永遠に続いていくと、そう信じていた。

 

 

 

 永きに渡った戦乱とその幕引き、そして一時の平穏によって、俺達はすっかり忘れてしまっていたのだ。

 デウス・エクス・マキナ計画は何のために進められたのか。

 "組織"とは、何を目的として創設され蠢いていたのか。

 

 

 

──俺達は一体、何に怯えて戦ってきたのか。




四章予告

──ああ、君は本当に素敵な女性だよ
──私は、結局……
──アンタは"魔女"なんかやない!!
──彼女が帰ってくるまで、絶対に持ち堪えてみせますとも!

──でも私は、絶対に"睡蓮楓"なんだから



──そんな石ころのみたいな魔力が、この私に通じるとでも?


──────

はい、という訳で四章開始です。
初手暗すぎる話から始まりましたが、この始め方は二章書いてる時くらいからもう考えてたので許して下さい。

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