押してダメならぶっとばせ!(旧題:バッドエンド多めの魔装ハーレム物に最つよ魔女を登場させて力尽くでハッピーエンドにしていく話)   作:デュアン

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メープル漬けの日記帳

 夏だからとしがみ付く太陽もようやく沈みゆく。

 空が紅く染まる黄昏時、校内にある修練場に空を斬る音が鳴り響いていた。

 

「精が出るね、楓」

 

 そこを訪れた紅葉は、壁に寄りかかりながらその音の主──楓に向けてスポーツドリンクを投げる。

 直前まで刀を振っていた彼女は慌てて受け取る。

 

「姉様、ありがとうございます」

「はは。でもあんまり無理しちゃだめだよ? 楓、ここ最近ずっと訓練ばっかりしてるでしょ。少しは休まないと」

「……はい」

 

 彼女のその言葉に楓はそう答えるが、その言葉の節々から不満が漏れていた。だが紅葉の言葉は正論であり、実際楓のここ数週間の平均睡眠時間は5時間を下回っていた。

 楓は彼女を心配させまいと作り笑顔を浮かべるが、紅葉は目の下に指をあてて言う。

 

「隈、隠せてないよ」

「えっ、あっ……」

「はあ……そんなに部活対抗戦で負けたのが悔しかった?」

 

 彼女がそう言うと楓は目を見開き歯をギリリと噛み締める。

 一か月程前に開催された部活対抗戦──そこで彼女らが属する魔法剣道部は櫻島絵良率いる魔法研究倶楽部に手痛い敗北を喫した。

 

 メンバーなどの普段の成績などから見ても、魔法剣道部が負ける要素は一切無かった。

 剣道部のメンバーは部長の睡蓮紅葉を筆頭に、副部長の草野摘香、五十嵐利奈、そして楓。楓は一回生だが、上級生と遜色ない実力の持ち主であると太鼓判を押されていた。

 

 試合の流れとしてはこうだ。

 まず()()()()()()()()()()()試合開始直後の神域発動を警戒して二組に分かれて行動した。絵良は()()()()()()()()()()()()伸ばした蔦を起点として神域を遠隔発動させてきたため、それを凌ぎ絵良達の位置を逆探知する。

 そうして相手を発見した彼女らは合流し対面での戦闘に入る。相手は絵良一人、こちらは紅葉以下四人。中遠距離型の絵良と近距離型の四人、ここまで接近していればその勝敗は火を見るよりも明らかだった。

 

 だが、予想外にも絵良は強く、彼女らは苦戦した。絵良は神域を何度も何度も発動させてきたため、基本一度しか使えない彼女らはジリ貧であったのだ。

 摘香と利奈が倒れ、楓も瀕死になる中、それでも紅葉は最後まで耐えて戦い続けていた。しかし、隠れていた魔法研究倶楽部の残りメンバーが楓を狙ったことに気を取られ、結局敗北してしまったのである。*1

 

「もし、もし私が弱くなければ……もう少し強ければあの時姉様が負ける事もなかったんです」

「そんな事ないよ。それにあの件は櫻島の不正だって事で話はついただろう?」

「ッ……」

 

 紅葉の言葉に彼女は一瞬何かを言いかけるが止める。

 そうだ、あの大会では魔法研究倶楽部は"組織"とかいうよくわからない奴らの力を借りて不正に勝とうとしていたのだ。新しい力を絵良らの体を使って実験していたとか。そんな者達に勝てるのは規格外の人物でなければ不可能だ。それこそ山を丸ごと落とす様な奴や、それを御している櫻の落胤などでなければ。

 

「何はともあれ、ただ剣を振ってるだけじゃ強くはなれないよ。きちんと休息も取らないと体がついてこない」

「……わかりました。今日はもう終わりにします」

 

 彼女が渋々といった様子でそう言うと紅葉は薄く笑い、ポンと彼女の頭に手をのせて言う。

 

「よろしい。じゃあアタシはちょっと生徒会の会合があるから、終わったら鍵閉めておいてね」

「会合? こんな時間に珍しいですね」

「中止予定だった前線演習が開催されることになったからね。色々大変なんだよ」

「前線演習が? 危険なんじゃ」

「その原因だった魔物燐動があっさり鎮圧されちゃったからね。貴煌の魔女と咲良にさ。王山龍(デメテリアス)深淵祖龍(エンシェントドラゴン)海神龍(リヴァイアサン)まで倒しちゃったんだって、ハハ、凄いよね」

 

 彼女の言葉に楓は複雑な表情を浮かべる。

 貴煌の魔女──菊花彩芽はまだいい。彼女は現代に若返った原初の十一人、まさに伝説の存在だからまだ一歩引いた目で見る事ができる。

 だが咲良は別だ。彼女は楓と同じ年に入学した一回生で、十華族ですらないただの平民。第一親衛艦隊が助かったのは喜ばしいがそれはそれとして素直には喜べなかった。

 

 同じ一回生なのに、これほどの差がある──その事実が彼女に深い劣等感を刻み込んでいた。

 

 

 

「はぁ……」

 

 溜息をつきながら楓は一人、紅く照らされた道を歩く。中身の少なくなったペットボトルとしわくちゃになったハンカチを握りしめて。

 快人や比奈は咲良の特訓によって着々と力をつけている。心愛は最近ますます膂力を増し、常時物理的なパンチと不可視の遠隔パンチが飛ぶ様になってきた。今は海外にいる芽有はあの咲良と大立ち回りを演じてみせ、雲雀とて従来の魔法体系とは違う異質な魔法を更に尖らせて独自の強さを手に入れてきているようだ。

 ただ、彼女だけが置いて行かれていた──少なくとも、彼女はそう思っていた。

 

 この時、彼女の脳内にはある推測が生まれていた。

 

「……私、才能無いのかな」

 

 ぽつりと呟くと、その疑念はみるみるうちに確信へと変わっていく。

 そうだ。彼女の敬愛する姉はほとんど剣技のみでこの魔法学園を上り詰めた。彼女の母親は初代当主と同じ神と契約し、魔物の大群にも臆せず指揮を執っている。彼女の妹である銀杏だって──

 

「あっ……」

 

 ここまで自覚できていなかった疲労が出たのだろうか。彼女は持っていたハンカチを取り落とし、それは風に吹かれて飛んでいく。

 いつもならば自慢の神速ですぐに取るのだが、今の彼女には走る気力すら湧いてこなかった。

 

 そうしてその布切れは飛んでいき──一つの手によって捕まえられる。

 楓は反射的に礼を言おうとして取った人物を視界に映し──驚きでその場に硬直する。

 

 

 何しろ──そこに立っていたのは皺だらけのシャツとスラックスを身に着けた()であったのだから。

 背丈は楓よりも二回りも大きく、やつれた顔には剃られていない無精髭が無造作に生えている。右頬や右手には痛々しい傷跡があり、そして左手の薬指には一つの指輪が光っている。

 そんな中年男性は彼女を見ると柔和な笑みを浮かべ、口を開く。

 

「──やあ、楓」

 

 それに彼女は警戒心を強める。

 そもそもこの学園には男は快人しか存在しない筈なのだ。稀に外部から客人として入ってくることはあるが、その場合にも一人で行動することは許されない。ならば確実に目の前の男は侵入者、それも彼女の名を知っている──

 

「誰、あんた。なんで私の名前を」

「知ってるさ。この世界で何よりも……慈しむべき名前だ」

 

 気味が悪い。そんな感想しか浮かばなかった。

 

 だが、どうしてだろう。

 

「(……なんなの、この気持ち)」

 

 気持ち悪い──そんな感情を抱く事自体をどこか忌避する自分がいる。それがどういった類の感情の仕組みであるのかは分からないが。

 しかし自分は、どこかで彼のことを知っている──そんな気がした。

 

「……!? な、なに泣いてるのよ」

 

 そんな時、ふいに男がぽろり、ぽろりと涙をこぼし始め楓は呆気にとられる。

 彼女の言葉に彼は手で涙を拭う。

 

「いや、すまない。すまないね……」

「え、あ……そ、それ使ったら? 汗臭いけど……」

 

 ただただ謝罪を繰り返し拭っても拭っても零れ続ける涙を前に彼女は混乱し、彼がとったハンカチを使う様に促した。

 彼はハンカチを少し見つめた後に目元をそれで拭い、静かで穏やかな、やや儚さも交えた笑顔を浮かべながら呟く。

 

「……ああ、君は本当に素敵な女性だよ」

 

 日が沈みゆき、彼の体が影に覆われていく。

 

「すまないね、このハンカチは返すよ」

「え、ええ……」

 

 ゆっくりと彼が彼女に近づく。

 ここまで一片の敵意も彼は彼女に対して向けていない。彼女が当初抱いていた疑念も敵意も薄れ、近づきその手が彼女の顔に触れようとするのも止める事はなかった。

 

 

「──楓から離れろ」

 

──突然、楓のすぐ眼前を刀が通り過ぎる。しかしそこにあった筈の手は瞬時に引き戻されており刀は肉を裂く事なく空を斬る。

 だがその刀の主の目的は腕を切り落とすことではない。楓はその彼女によって男から引き離される。

 彼は彼女を見て一切表情を変える事なく言った。

 

「これはこれは()()()()()、いつも通り華憐ですね」

「生憎君みたいな不埒な弟を持った覚えはない、よッ!!」

「おっと」

 

 彼女──紅葉は彼の言葉にそう返しながら一気に頭を下げる。

 刹那、頭があった場所を一本の矢が貫き彼へと一直線に突き進む。しかし、音よりも速く突き進んだそれはあっさりと受け止められてしまう。

 

「うらァ!!」

 

 直後、彼の元に巨大なハンマーが振り下ろされる。

 やったのは薄緑色の二つに分けたロングヘアに薄赤色の瞳をした少女──その圧倒的な質量によって男は押しつぶされたかと思われたが、土煙が晴れたそこにはハンマーを片手で受け止めている男の姿があり少女は目を丸くする。

 

「これはこれは竹園寮長、それと鈴蘭寮長。お久しぶりです」

「……チッ、この距離で見つかるのか」

「アンタみたいな子は知らないよ。ウチにいる男は藤堂快人だけさね」

 

 男の言葉で紅葉の傍に茶色のボブカットの少女が現れ顔を顰めさせる。その右手には和弓が握られており、先ほどの狙撃をした張本人だ。彼女の名は鈴蘭親和、鈴蘭寮寮長である。

 ハンマーを振り下ろしたのは竹園寮寮長、竹園皐月。両者は紅葉の両脇を固める様にして男と対峙する。

 

「紅葉、アンタとんでもないのに喧嘩を売ったんじゃないのかい? 突然飛び出していったかと思えば……アタシの攻撃を汗一つかかず受け止められるなんて流石に予想外だよ」

「私の矢もだ。なんなんだあの男は」

 

 二人共に十華族の当主候補。学園でもトップクラスの実力を誇る彼女らの攻撃を意にも介さない──それだけで彼が圧倒的な実力を持っているのは確かだった。

 もし本格的な戦闘に入ればこの場にいる少女達の命はない。三人の額に汗が滲み、紅葉は未だ呆然とする楓を強く抱き締める。

 

 だが、彼女らが戦うことはなかった。

 

「今はまだその時じゃない。ここは大人しく退散するとしよう」

 

 彼がそう言い、その姿が掻き消える。そして。

 

 

「──じゃあまたね、楓」

 

 

 彼は楓の耳元でそう囁き、その場から姿を消した。

 彼女らは一切目で追う事が出来なかった。どっと冷や汗が流れ、しばらくその場から動く事すらできなかった。

 

 

──しかしただ一人、紅葉に抱き締められたままの楓だけは。

 

「……あの人は、一体……」

 

 突然現れたどこか懐かしい雰囲気の彼にしばし、思いを馳せるのであった。

*1
記憶改変後はこういうストーリーになっている





  バ
不審者登場

全く関係ないんですが何かあった世界で大人になった楓チャンはこんな感じです。
大胆な露出は魔法師の特権

【挿絵表示】


二人の寮長は実に70話ぶりの登場です(多分)


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