水無飛沫さんの短編コンテスト、しぶころに出そうと思って書いてたやつです。

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お狐様、大誤算

 

 マッチの先にボッと火が灯る。

 少女は灯った火をキセルに詰めた刻みタバコに移し、吸い口を咥えた。

 幼い見た目にそぐわない、堂々とした吸いっぷりだった。

 

 「ふうっ」

 

 真っ白な息が神社の境内に揺蕩い、ゆっくりと消えていった。

 普通であれば境内での喫煙は火災防止のために禁じられていることが多いが、少女ーー淡雪(あわゆき)は喫煙が大好きだった。

 なのでこの神社には喫煙可である。この神社は淡雪の物であり淡雪こそが正義なのだ。

 なんてったって、淡雪は神様なので。比喩抜きに。

 

 焦げ臭い匂いが雨が降った後の土の匂いと混じり合う。

 淡雪はこの匂いが好きだった。

 淡雪は目を細め、なんとなしに上を向く。

 真昼の太陽が淡雪を見下ろしている。

 空を泳ぐ積乱雲の端っこをぼんやりと見つめて、淡雪はぽつりと呟いた。

 

 「………結婚したいのぉ……………」

 

 

 

 

 淡雪は神様である。三百年の時を生きる狐の神様である。

 酒と煙草とバクチに出会った事がきっかけで人類に友好的になった、ちょっとヤニ臭い神様である。

 

 さてさて、そんな彼女が、何故結婚願望を天に向かって吐露しているかと言うと、簡単な話である。

 彼女の姉が最近人間と結婚したのを見て、姉が羨ましくなったのだ。

 白無垢を纏い、嫁入りに行く姉は本当に美しかった。

 あの横暴、あるいは傲慢という言葉に手足が生えたような野獣を美しいと思う日が来るとは淡雪は今まで思ってもいなかった。

 天気雨の天蓋の下、提灯に囲まれながら夫と穏やかな顔で笑う姉を見て、淡雪は「ア、コレいいな」と思ったのだ。

 結婚願望が芽生えたのである。

 

 空を見上げながら、自分ならどんな相手を番にしたいだろうかと淡雪は妄想に耽る。

 思い出すのは姉の結婚相手。

 

 「ふむ、人間か………」

 

 淡雪は今まで人間を恋愛対象として見た事は無かったが、まあ結婚相手としては悪くないだろう。

 鬼のように凶暴でも無いし、天狗の様に狡猾でもない。

 それに淡雪は人間相手には顔が利くのだ。

 神としての力を振るい、人間の集落を何度も手助けしてやった事がある。酒と煙草とバクチの為に。

 その為彼女は人間からたいそうありがたがられ、山奥に立派な神社を建てて貰える程になった。

 彼女が望めば婿の一人や二人、簡単に手に入るだろう。

 ……もし人間と結婚するとして、どんな者と結婚しようか。

 筋骨隆々の益荒男だろう。見上げる程の大男がいい。

 顔は対して気にしないから、とにかく強い男がいい。凛々しい勇者がいい。

 あぐらをかいた彼の足の上に座り、キセルを吸うのだ。

 彼の匂いとヤニの匂いに包まれながら、彼の腹筋を枕にして寝るのだ。

 

 「……クフフッ。中々どうして、悪くない…」

 ニチャニチャと気持ち悪い笑みを浮かべ、淡雪は計画を練り出した。

 

 

 

 ■■

 

 

 

 村長との話し合いから二日後。

 淡雪は社の中で朝から年甲斐も無くソワソワしていた。

 村長と勇者の間で話がついたそうで、今日、勇者が来るらしいのだ。

 

 「恋愛経験は無いが………ま、どうとでもなるじゃろ。姉貴ですらつがいが出来たんじゃし…」

 

 彼女は自身の腰から生える金色の尻尾を忙しなく動かし、まだ見ぬ益荒男との生活に思いを馳せていた。

 淡雪は狐の癖に皮算用が得意だった。

 

 「淡雪様。参りました」

 

 妄想に浸っていた淡雪に中性的な声が投げかけられた。鳥居の向こうに大きな人影が見える。

 かなりの巨体だ。ざっと七尺といった所だろうか。

 

 「………お」

 

 仁王像を彷彿とさせる肉体に、腰までの伸びた濡れ羽色の髪。

 芸術品のように整った顔は屈強な肉体に反して存外に幼い。

 鼻の上に一文字に刻まれた傷が歴戦の風格を漂わせる。

 

 「お、お、」

 

 そして何よりも目につくのが、()

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 つまり、淡雪の元に現れた従者は。

 誰がどう見ても。

 間違いなく。

 

 「お、お、お、………女子ではないかぁーーーーーーーーッッッッッッ!!!!」

 

 お狐様、大誤算。

 

 

 

 ■■

 

 

 

 さてさて、淡雪の元に現れたこの女。

 名前を夕陽(ゆうひ)と名乗り、大層真面目に淡雪に仕えているのであるが。

 

 「コラっ夕陽! 今度は何を壊した!!」

 「す、すいませぬ。包丁で野菜を切ろうとしたら、まな板まで叩き切ってしまいました……」

 

 夕陽はその肉体に見合うどころか、それ以上の猛者であった。

 というか、控えめに言って破壊神であった。

 箒を振るえば境内に嵐をおこし、包丁を握れば万物を両断する。

 握り飯を握らせれば鉄と見紛う程に圧縮された米だった物が食卓に出され、淡雪は夕陽に家事を任せるのを断念した。

 

 「………もういい、お主は薪を割っておいてくれ……」

 「はいっ! 分かりました!」

 

 夕陽は元気よくそう言って、神社の裏手に薪を取りに行った。

 数秒とかからず、山のような薪を背負い帰ってきた夕陽は、薪を地べたに置いて拳を前に突き出す。

 

 「ハッ!」

 

 瞬間、鳴り響く轟音。

 淡雪の目は、夕陽に触れられてもいないのに内側から四散する薪の姿をしっかりと捉えていた。

 目の前で起こった怪現象に淡雪は思わず手に持っていたキセルをポロリと落とした。

 だって意味が分からなかったのだ。

 三百年を生きた淡雪でさえ、目の前の事情に理屈をつけれなかった。

 

 「な、なん、何? なんじゃ今の?」

 「何、と言われると私も困るのですが……。こう、私が念じて拳を突き出すと、拳の先の物が爆ぜるのです」

 「なにそれこわい」

 

 淡雪は本当にビビった。

 今までは未知を恐れる人間を内心馬鹿にしていたが、淡雪は初めて彼らの気持ちが分かった気がした。

 

 夕陽に家事を任せると何が起こるか分からないので、淡雪は自分で家事をした。淡雪もいるので二人分の家事をしなければいけなかった。

 こんな筈じゃなかったのになァと思いながら、淡雪は死んだ目で二人分の飯を拵えた。

 

 そうこうしているうちに日が暮れる。

 夜になると、夕陽は持参した風呂敷から鎖を取り出した。

 そうして社の中で一番太い柱に、自分の体を縛り付け出した。

 

 「……何をしているのじゃ、お主……? もう寝る時間じゃぞ」

 「お見苦しい物を見せてすいませぬ、淡雪様。しかし、私は大層寝相が悪いらしいのです」

 「ねぞう」

 「はい。……寝泊まりした家を、破壊し尽くすほどに」

 

 淡雪はあんぐりと口を開け、目の前の娘を見た。

 いくらなんでも益荒雄、いや益荒雌がすぎる。

 

 (……もしや、ていのいい厄介払いに使われたのかワシ……?)

 

 死んだ目をしながら、淡雪は長いため息を吐いた。将来を悲観したため息だった。

 

 因みにこの後幾つもの困難を越えてなんやかんやで淡雪は夕陽を娘のような存在として可愛がることになるのだが、今の淡雪はそんなことを知る由もないのだった。

 もっと言えば娘のように可愛がっていた夕陽に年齢も性別も種族も超えた恋心を抱かれ、なし崩し的に夕陽を娶ることになるのだが、今の淡雪はそんなことを知る由もないのだった。

 


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