南無阿弥陀仏と唱えてみれば 作:ハレテルン
トリニティ総合学園最高戦力の一人、剣先ツルギ。
敵味方問わず、どこか猟奇的な面が大きく取り上げられる彼女だが別段その本質が全て暴力的という訳では無い。
「んっ、旨いなコレ」
「キヒヒヒ……紅茶もある」
「こっちは、渋いな」
「ミルク入れる」
(何でしょうか、この状況は……)
羽川ハスミの目が遠くなる。
彼女の目の前では、ツルギとそれから彼女と正面からの切った張ったを行った石見金吾と名乗った少年のプチお茶会が行われていた。因みに、金吾の両腕には手枷が嵌められており得物は部屋の外に保管。
当然だ、ここはお茶会の会場ではなく、取調室なのだから。
「ツルギ、その辺りで。というか、そのスコーンは何処で調達してきたんですか?そのクロテッドクリームとジャムも」
「ハスミも、食べる?」
「ッ!……い、いえ結構で――――」
「食っちまえよ、おねぇちゃん。余らせても良くないだろ?」
「貴方は黙ってください」
冗談めかしてくる金吾へと強い口調で黙らせるハスミだが、その視線はスコーンとクリーム、ジャムへと向けられている。
大人びた様子の彼女だが、まだまだ十六歳の華の女子高生。甘い物、というかついつい食べ過ぎてしまう彼女にしてみれば拷問だ。
流石に忍びなくなったのか、二人は紅茶を飲み干すとスコーンとその他に蓋をした。
ようやく整った取り調べの状況。だが、
「――――気づいたら、あの場に居た……そんな事が信用できるとでも?」
「信じてもらえなくても、それしか言えないんでな。というか、ここはあの世じゃないのか?」
「違います。そもそも、死んだという話が分かりません。現に、貴方には脈があり、体温がありますよね?」
「んな事言われてもな……流石に、
ほら、と言って金吾は無造作に自分の隊服の裾を捲り上げてみせる。
突然のことに目を見開いたハスミと、彼の腹部に走った真一文字の大きな傷跡に目を細めるツルギ。
「そこから出血があったのか」
「腸も出たぞ」
「ッ!和やかに会話している場合ですか!?」
机をたたくハスミ。だが、その頬には赤みが差し、チラチラと金吾の鍛え上げられた腹筋と空中を右往左往していた。
大人っぽい容姿の彼女も、まだまだ十代の女子高生。異性の裸など見慣れている筈もなく、何より脂肪の付きやすい女性とは違う筋肉がくっきりと浮かび上がる腹筋など文字通り目の毒。
では、ツルギの方はどうかというと。彼女は彼女で、腹筋よりも金吾の腹に刻まれた大きな傷、そして彼の話の方に意識が割かれていた為そこまで凝視する事は無かった。
実際に矛を交えたからこそ、目の前の少年は強い事をツルギは文字通り身をもって知っている。
だからこそ、知りたかった。何故それ程の実力を持ちながら、致命傷を負う事になったのかを。
「お前はどうやって死んだんだ?」
「んー……まあ、良いか。面白くない話だけどな」
ツルギの問いに答えるように顎を撫でた金吾は、徐に自身の過去を話し始める。
元々は、金貸しの家に生まれた事。
不自由なく暮らしていた事。
だが、ある時金吾の家に恨みを持った人間が“鬼”と呼ばれる人の血肉を喰らう化物となって襲ってきた事。
幼かった金吾は、逃げる時に汲み取り式の便所に落ちたことで助かった事。
彼以外の肉親並びに家にいた者達は全員死んだ事。
それから、鬼殺隊と呼ばれる組織の隊員に助けられた事。
そこから修業し、組織の一因となって鬼を狩った事。
そして、最終決戦の事。
「――――まあ、こんな所だな。面白くもねぇが……うん、嘘でもねぇよ」
肩をすくめて椅子を傾けた金吾。
実際の所、鬼殺隊内では彼の様な境遇は珍しくなかった。何より、それら境遇が鬼殺へのモチベーションとなっている者も多い為、寧ろそれ以外で入隊する隊員の方が珍しかったと言える。
一方で、銃撃戦が街の喧騒の一つとなっているキヴォトス在住の二人の少女にとってみれば金吾の話は夢物語のよう。
彼女らが銃撃戦を行えるのは、その頭の上に輝くヘイローのお陰。これにより身体強度がキヴォトスの外の人間に比べてはるかに高く。銃弾も基本は痛い程度に収まる。
しかし、石見金吾にソレは無い。キヴォトスの生徒の身体能力に迫る、或いは凌駕する能力を持ち合わせながら、その肉た強度は弾丸一発の当たり所で死ぬ人間と同様。
そんな体で、血塗れの夜を駆け抜けて、遂には長年の宿願を果たした。
「……辛くは、無かったんですか?」
「特には?……あ、いや待て。言い方が悪かった」
秀麗な眉を寄せたハスミに、金吾は慌てて手を振る。
「確かに、親父たちを殺された事や、従業員を巻き込んだ事には思う事はある。でもな。親父たちも金貸しとして暴利を働いてもいたんだ。彼方此方恨みを買った結果の悪因悪果だって納得してる。鬼狩りに関しても、俺自身で決めた事だ。だから……泣くのは困る」
困った様に頭を掻く金吾。
既に終わった事。鬼殺隊の隊士たちは、その辺りに割り切りが良い。
いや、忘れてはいない。だが心に深い傷として残っていようとも、それでも前へと進む足が確かにあった。
そこで、ツルギが気が付いた。
「学校は?」
「おん?……あー、行ってねぇな。ま、行かなくても困らなかったし、行く暇も無かったから仕方ねぇだろ」
鬼殺隊の活動は、主に夜。だからといって日中に何もしないかと問われれば、ソレも否。
修行や報告書、或いは鬼の情報の聞き込みや潜入などもする。それだけでなく、鬼との戦闘に向けての休息や準備。場合によっては使用する日輪刀のメンテナンスの為に刀鍛冶を呼んだり、逆に彼らの里へと出向く事もあった。
他にも、移動時間等も加味して、とてもではないが学校など通っている暇はない。
そして、ツルギとハスミの二人は顔を見合わせる。
完璧に信用信頼する事は出来ない。だが、実際に戦ったツルギは金吾が悪人ではないと察しており、ハスミの方も最早疑いの目をハッキリと向ける事は難しい状態。
過去の赤裸々は確かな効果を上げていた。
故に、とある提案を持ちかける事になる
「石見金吾さん」
「おう?」
「行く当ての無い貴方に提案があります」
ハスミは、そう切り出した。
*
白い羽織。背にはトリニティ総合学園のエンブレムが刻まれ、左肩の辺りには正義実現委員会のエンブレムが入ったソレに袖を通して、石見金吾は姿見で己の姿を再確認する。
「白い羽織なんて、甘露寺さん思い出すな」
彼の脳裏を過ったのは、桃色の髪をした強くも優しい女性。
刀鍛冶の里で共闘した折にはその場で戦った者達が一人も欠けずに生き残れたことを喜び合えたものだった。
思い出がよみがえったからだろうか、もう一人も続いて思い出した。
左右の眼の色が違う、口は悪いが同時に優しさも持ち合わせた白と黒の縞々羽織を着た一人の男性。
本当に、口が悪かった。それはもう、ネチネチと嫌味を言う人だった。
だが同時に、彼の指摘は正しい物でもあり、聞き入れる余裕があればそれは有益なアドバイス。
「……」
思わず、拳を握る。
最後の決戦で生き残れたものは、果たしてどれだけ居た事だろうか。
自分含めて多くの命を散らして得た
そんな感傷を、頭を振って追い出して金吾は用意された部屋を出た。
どんな理由であれ、今この瞬間彼は生きている。ならば、死ぬまで生き続けるしかない。当然の事ではあるが。
正義実現委員会の詰所を出れば、待っていたのはハスミとツルギの二人。
「お似合いですよ、石見さん」
「そうか?」
黒い制服を着た二人とは対照的な白い羽織は、ある意味で彼のトリニティ総合学園に対する一つの恭順の姿勢という事になっている。
これが、ハスミ達からの提案。
ド派手な銃撃戦の多いここキヴォトスにおいて、戦闘能力の高い者を遊ばせておく余裕はどの学園にも無い。
そして、石見金吾は剣先ツルギを相手取って戦える人間だ。
行く当ての無い彼を、正義実現委員会の監視下に置く、という名目上の理由をもって学園運営に携わるティーパーティーに要請。渋られたが、ゲヘナに行かれるよりはマシ、という事で要請を無理矢理通していた。
因みに、羽織の下は鬼殺隊の隊服だ。これは、トリニティ総合学園の男子制服が無い為。
「後は、銃を選びましょうか」
「あ?良いだろ、コレがある」
ハスミの提案を受けて、金吾は羽織の下に隠れる二つの得物を布地の上から叩く。
しかし、これに首を振ったのはツルギだ。
「ダメだ。私は兎も角、そこらの雑魚じゃあ殺しかねない」
「なら、木刀でもくれればいい。銃ってのは、訓練しなきゃならねぇんだろ?」
面倒くさい。ありありとその表情に内心を乗せた金吾。
もっとも、銃の扱いにはやはり一定量の訓練が必要になる。それもキヴォトスの生徒たちに一定の効果を上げようと思えば、ハンドガンでは心もとない為、サブマシンガン以上の火器が必要になるだろう。
その点、木刀を一振り用意する程度ならば簡単だ。オマケに安上がりで、尚且つ金吾からすれば加減しやすい。
かくしてここに、正義実現委員会特別隊員、石見金吾が爆誕する事になる。