南無阿弥陀仏と唱えてみれば 作:ハレテルン
鬼殺隊の仕事は夜が本番。そうなると自然と、夜型の生活に体が順応していくことになる。或いはショートスリーパー。
石見金吾の場合は、徹夜型。短く眠って、食事で体力を回復するタイプ。
だからだろうか、彼は時折詰所を抜け出してトリニティの自治区を歩き回っている。
よろしくは無い。だが、夜の見回りも兼ねており実際に成果を上げているという事もあり黙認されてもいる。
その日も、何となく金吾は自治区を歩き回っていた。
日中ならば未だしも、既に時計の針が天辺を過ぎた夜中のこの時間では喧騒などありはしない。
「んー……」
適当に歩き回って、噴水の前にまでやって来た金吾は徐に支給された編み上げの黒いブーツの爪先で石材の足場二度突いた。
というのも、キヴォトスで目覚めてからも使っていた草履がついに限界を迎えたのだ。具体的には、擦り切れた。
元々、様々な土地を踏破する為か、鬼殺隊における履物というのは消耗品の中でも取り分け直ぐにダメになるもの筆頭。
流石に足袋だけ、或いは素足で出歩く事は割れたガラスなどを踏んでしまう可能性があったために今回ブーツが支給される事となった。
編み上げのアーミーブーツ。様々な環境で動き回る事を想定し、尚且つ防水防火防刃性を有し。足の裏には踏み抜き防止の鉄板仕込み。
少し違和感はあれども、歩き回れば成程動きやすい。
草履は草履で軽いのだが、如何せん火に弱い。炎関連の鬼血術の持ち主と当たった場合は、履物ロストは日常茶飯事。
さて、もう少し履きなれよう、と足を踏み出そうとしたところで、ふと金吾は気が付いた。
人の気配が近づいてくる。
“鬼”とはまた違う、理外の気配。因みに、その事を彼はツルギ達には言っていない。感覚的な話であるし、説明を求められても上手く出来る気がしないから。
そして、少し待っていれば月明かりの影より現れるのは一人の生徒。
出るとこは出て、引っ込む所は引っ込む抜群のプロポーション。整った顔立ちの桃色の長い髪をした少女だ。
ただし、その格好は競泳水着である。
噴水の前で月夜の晩に出会った男女。
微笑を湛えたまま固まった少女に対して、金吾は顎を撫でた後に頭を掻いた。
「夜に出歩くのは良いが、自衛手段位は持っとけよ」
「…………はい?」
予想外の指摘だったのか、少女は年相応に首を傾げた反応を見せる。
普通は、というか九割九分気にするところはそこでは無い筈。それも、異性である金吾ならば猶の事。
にもかかわらず、
「いや、お前らは鉄砲の弾じゃ死なないとはいえ、撃たれると痛いんだろ?そのまま反撃できなきゃ一方的に嬲られる事になる。それで気絶しちまえば殺される可能性もあるんだからよ。だから、せめて反撃の手段位は持って歩きな」
そう言って金吾は片手を挙げると踵を返してしまった。
ただ、これに待ったをかけたのは少女の方。
初めてだったのだ。
「石見、金吾さん……ですよね?正義実現委員会の監視下にある」
「よく知ってるな。誰かに聞いたのか?」
足を止めて再度振り返った金吾の言葉に、少女は微笑を浮かべる。そして、彼の視線は一切彼女の首から下へと向けられる事が無い。
「噂になってましたから。そもそも、貴方が突然現れた場所にはいろんな生徒が居ましたからね」
「あー……成程な。まあ、確かにツルギ達には世話になってる。もしもの時には、助けてやるよ」
「ええ、その時は宜しくお願いします」
月の下で交わされる会話は、実に静かで穏やかなものだ。絵面はかなり衝撃的だが。
「…………本当に、何も言われないんですね」
「言ってほしいのか?言っちゃあ何だが、俺の知り合いには頭にイノシシの毛皮を被ってどこでも上半身裸だった奴がいる。まあ、体質上仕方が無かった面もあるが、格好なんざ人それぞれだろ」
うなじを撫でる金吾。
彼の周りは特徴的な者が多かった。
話に出てきたイノシシ頭や、某派手柱。桜餅大好き柱や、縞々羽織の柱などなど。
確かに、少女の格好は視線を集めるだろう。だが、金吾にしてみれば格好など好きにすればいいという感想しか出てこない。
「おい、えーっと……」
「浦和ハナコです」
「おう、浦和。お前の人生は、お前自身のモノだ。好きでやってるのなら、周りからの眼なんざ気にするだけ無駄だぞ」
「そう、でしょうか……」
「そうだろ」
迷うように、ハナコの視線が揺らぐ。
周囲から期待される自分への理想像と、本来の自分らしさのギャップ。
優しい彼女は、前者への期待に応えるために理想像を演じてきたが、その精神はまるで鑢にかけられたかのようにゴリゴリと削られ続けていた。
「……石見さんは、後悔をした事は無いんですか?」
「あ?死ぬほどあるぞ」
「え…………」
「あと一時早ければ、あと半日早ければ、あと一週間早ければ、あと一年早ければ。悔やんでも悔やみきれない事もある、未練だってたらたらだ。でも、それでも起きた出来事は変わらない。過去はどうやったって変わらない。だったらせめて、その瞬間に自分が後悔しない選択をするしかないだろ」
零れ落ちた命の数は両の手では足りない程に多い。
そして、届かなかった命はどうやっても戻ってこない。だったら、後悔しないやり方を、納得できる選択を行うしかない。
少なくとも、石見金吾は長い夜の果てにそう悟った。
後悔もする、未練もある。それでも、コレが自分の選択だから、と前を向く。
「周りの言葉を反映するのも悪かねぇが、ソレは自分が納得してる場合に限る。そうじゃねぇなら、何れお前の心が死ぬぞ」
「…………」
「っと、悪いな。俺だって、説教できるような高尚な人間じゃないってのに。いやー、ねぇな。こういう説教は師匠とか炭治郎の役目だろうに」
向いてねぇな、と空を見上げた金吾。
因みに彼の説教は基本的にグーパンである。向けられる対象は直ぐに無茶をする弟弟子であり、それに加えて金髪タンポポとイノシシ頭の二人も対象だった。
一方で、ハナコの内心では確かな変化が起きていた。
期待にこたえ続ける人生。それに後悔は無いのか、と問われればおそらく自分は壊れてしまう、と答えるのだろう、と。
「……石見さん!」
「うおっ…………なんだ?どうし――――」
「私、これからもっと自分を曝け出そうと思います!」
金吾の左手を両手で握り、ハナコはその目を輝かせた。
彼女は、心のどこかで誰かに背を押してほしかったのだろう、と気付いた。そして、目の前の少年はその一助となったのだと。
突然のことに眉を上げる金吾。
「まあ、お前がそれで良いなら良いんじゃないか?」
「はい!それに、石見さんは私を助けてくれるんですよね?」
「…………そう言っちまったしな。四六時中は無理だぞ?」
「それは、分かっていますよ。石見さんもお仕事がありますから。ですので、連絡先を交換しましょう」
そう言って、ハナコは徐に自身の胸元へと手を伸ばした。
何と彼女、その豊満な胸の谷間に手を突っ込むではないか。そして、取り出される携帯端末は体温の影響でほんのり温かい。
「…………」
咄嗟に顔を上げて目線を逸らした金吾は、そのまま額に手を当てた。
如何に格好を好きにしろ、と言ったとはいえ彼もまた十代半ばの健全な青少年の一人。そういう事にも特別耐性が高い訳では無い。
彼の反応を受けて、しかしハナコは特別何も言わずに端末を起動する。
「ほら、石見さんもどうぞ」
「……おう。というか、やり方を良く知らねぇからやってもらえるか?」
取り出される金吾に支給された端末。こちらは、学生御用達のモモトークが使えなかったりする。
「ふふふ、これでいつでもお電話できますね」
返された端末の電話帳に、新たに輝く登録名。
機嫌のいい少女に対して、少年は頭を掻いて端末を羽織の裏へと収め直した。
余談だが、翌日から優等生がはっちゃけ始めたというのをここに記す。