TSテロリスト系改造済み少女兵士(原作知識持ち)   作:ウニダコ

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誤字報告ありがとうございます!!!!!!!!!


第三話

 

 ──永い、夢の中にいます。

 

 

 21歳の兄は、開戦と同時に似合わない軍服を着て戦場へと向かっていきました。

 初老であったはずの父も、開戦から一年後には戦争に駆り出されていきました。

 貴重な畜力である馬も、そのすべてが軍馬として徴用されていきました。そして農場に残されたのは、まだ幼くちっぽけな妹と、たった一人の母親だけ。

 それだけの力で農場を回せるはずがありません。

 低下する収量。敵の海上封鎖により、悪化する食糧事情。しかしどんな逆境が襲い掛かろうとも、二人は懸命に働きます。いや、そうするしかないのです。先祖代々の土地を手放して新たな職に就けるほど、人は柔軟にはなれません。

 ですがどんなに頑張ろうとも、所詮は女手。やっとの思いで二人が手にしたのは、前年に比べて半分もいかない量のジャガイモと穀物でした。

 しかし、たったそれだけの作物すら、軍は容赦なく徴発していきます。

 彼らは私たちに、いったい何を食べろというのでしょう? 

 

 

 戦争が長引くにつれて、どんどん食糧事情は悪化していきます。農作物を加工するための機械は兵器製造の原料にされ、重要な肥料である窒素はそのほとんどが弾丸製造に回されます。

 この有様で勝てるはずがありません。

 その年は不作で、特にジャガイモが凶作でした。食卓には常にカブラや燕麦といった、家畜の飼料箱に入れられているはずのものが並べられています。

 カブラは嫌いです。カブラは苦くて、ぬめっていて、食べてもお腹が満たされません。でも、カブラしか食べるものがないのです。

 パンもジャガイモも肉も卵も牛乳もありません。戦争が始まってから、どんどん食べ物がなくなっていきました。あんなにたくさんいた豚も、今では一頭も残っていません。戦争は終わる気配がなく、兄や父はまだ帰ってきません。

 戦争が始まったころは、ほんの一週間で終わるなんて言われていたくせに。

 もうこんな戦争の勝ち負けに、興味なんてまったくありません。

 今はただ、一刻も早くこれが終わるのを望むばかりです。

 ああ、おなかがすいています。

 

 

 戦争が終わりました。

 結果は、帝国の敗北。四年にも及んだ大戦は、私たちの敗北という形で幕を閉じたのです。それを知った私の胸に浮かんだのは、絶望でも失望でもなく、ただただ安堵と納得でした。

 元より帝国の食糧事情は、東の大帝国よりの輸入に大部分を頼っていたという有様でした。戦争で当然それらの関係は失われ、残された数少ない相手との貿易も、王国の海上封鎖で完全にシャットアウトされていました。

 勝てるわけがありません。

 しかし戦争が終わったからといって、飢餓が収束するわけでもありません。戦乱の影響は尾を引き、飢えと絶望が相も変わらず、寒々しい家に蔓延っていました。

 兄と父が、帰ってくることはありませんでした。

 戦争は、終わったというのに。

 もう唯一用意できていたカブラや燕麦でさえ、自分たちでは用意できません。

 今日は配給日でした。何時間もかけて配給所にたどり着き、長い列に辛抱強く並びました。しかしそんな自分に渡されたのは、一人当たり一個のカブラだけ。それだけでは足りないと言っても、聞いてくれませんでした。

 他の人たちも同じでした。みんなやせ細って、顔色が悪く。中には倒れてしまう人だっていたのです。

 私は家に帰って、カブラを茹でました。塩も砂糖も油もなかったから、ただ水で茹でただけでした。私はそれを半分残し、もう半分を食べました。相も変わらず、まずいカブラ。でも、食べなければ死んでしまいます。

 残ったもう半分を母に渡します。ですが母はそれを受け取らず、あなたが食べなさい、とだけ言い残しました。

 その日の母は、様子がおかしく感じられました。いつもは辛そうな表情でテーブルに肘をつき、頭を抱えているだけだというのに。その日は何かを期待した表情で、しきりに扉の方を見つめていたのです。

 それを見た私は、もしかしたら父さんと兄さんが帰ってくるのかもと、無邪気に何の疑いもなく思いました。母がなぜそれを言わないのかなど、考えもせずに。

 夕暮れ時、日が沈みかけているとき。突然、車のエンジン音が響き、家の前で止まりました。私は心臓が高鳴り、窓から外を見ました。父と兄が帰ってきたのだと信じていました。      

 母も同じ気持ちだったのでしょう。彼女は慌てて扉を開けて、玄関に飛び出しました。私も後に続こうとしましたが、その姿を見て凍り付きました。黒いコートを着た数人の男が、母に何か言っているのです。

 彼らは父と兄ではありませんでした。

 

「×××というのはその子ですね、奥さん?」

「ええ、ええ! 見た目から年まで、言っていた通りでしょう?」

「確かに……では、取引成立です。約束のものは後日、あらためてお送りします」

「ありがとうございます……!」

 

 床に崩れ落ちて感謝する母を通り過ぎ、男の人が近づいてきます。思わず後ずさりをしてしまいますが、数舜で背中は壁へと到達しました。

 

「こんばんは、お嬢さん。早速で悪いんだが、我々と一緒に来てくれないか」

「……どこへ、行くのですか?」

「それは答えられないな。君はついてくるだけでいいんだ、何も心配する必要はない」

 

 男性を尻目に、母をちらりと見ます。母はこちらの視線に気づくと、罪悪感に揺れた表情で、気まずそうに眼を逸らしました。

 その瞬間、私はようやく、自分が売られたという事実に気づいたのです。

 男が私の肩を掴み、車の方へと歩かせます。私はそれに抗うようなことはせず、黙って従うのみでした。それは失望というよりも、諦観からくる無力感であったような気がします。

 車が走り出します。私は窓から外を見ました。家が遠ざかっていきます。

 母の姿も、見えなくなります。

 そして私はそれに、特に未練を感じることはありませんでした。

 

 これはかつて××××と呼ばれた、一人の女の子の話。

 

 あの時代。あちらこちらに転がっていた、どうでもよくてありふれた話。

 

 わざわざ思い出す必要もない、つまらない話です。

 

 

 

 

 

「我らの宿願は?」

「敗北主義の共和政府を打倒し、剛健な君主制を取り戻すことです」

「そのためには何が必要だ?」

「正規軍をも打ち破れる、強力な軍隊による反乱です」

「それを成し遂げられるのは何だ?」

「我々以外にありません」

「お前のその体は何のためにある?」

「組織にあだなす存在を消し去り、我らが皇帝を再びベルリア王宮の主とするためです」

 

 組織の本拠地。薄暗い部屋。殺風景な風景。一見すれば独房ともとれるそこで行われていたのは、改造兵士に定期的に行われる思想チェックでした。

 よく磨き上げられたブーツに、オールバックで固められた艶のある金髪。

 鍛え上げられた体に旧式の帝国陸軍の軍服を纏わせ、私の思想的な洗脳を確認している彼こそ、『帝国突撃旅団』の総司令官ヘルマン・フォン・エアバルトでした。

 

「そうだ。お前たちはかの時代を回帰させるためその体を与えられた。身も心も一片まで、理想のために捧げよ。帝国万歳」

「帝国万歳」

 

 貴族階級であるフォン・エアバルト家の当主にて、旧帝国陸軍大佐である彼。彼が大戦時に所属し指揮していたのは、敵塹壕の突破並びにバンカーや後方敵司令部の壊滅が主な役目であった『突撃大隊』でした。

 戦意旺盛で身体能力が優れ、未婚かつ25歳未満の若者で構成された部隊。厳しい入隊基準を突破し、死者も出るほどの戦闘訓練を終えた彼らはまさしく戦場の花形でした。

 無数の手榴弾を投げつけ、短機関銃や火炎放射器などありとあらゆる武器をあやつり敵兵を蹂躙する彼ら。その威力はすさまじく、大戦末期での帝国大攻勢では、当時のどの軍隊よりも早く長く何十キロも前線を押し上げ、最後には敵の首都の目前にまで迫っていたと言われています。

 

 しかし、追いつかない補給に無視できないほど高まる損耗率。ズタボロに傷ついた彼らがそれ以上進撃することはありませんでした。

 突撃兵はその性質上、死傷率は全兵科で最大です。事実、大攻勢初期では17もあった突撃大隊は、攻勢末期にはそのすべてが中隊規模にまで縮小していたのです。

 

 彼はそんな彼らの上官であり、戦友だった人間です。国のためと信じて戦い、国のために散っていった部下たちを知っているからこそ、彼は国家の反乱分子という身分まで身を堕としているのです。

 そしてそんな彼の要請を受けた突撃隊の元構成員たちも、その多くが組織へと加盟しました。

 誰よりも命を懸けて戦ったというのに、最終的に国は敗北し、帰国すれば職を失い冷遇される始末。そんな彼らが反政府的活動に身を染めるのは、必然だったと言えるでしょう。

 

 目の前で本拠地の廊下を歩くアルベルトさんも、その一人でした。

 

「──どうした? カーチャ。エアバルト旅団長に何か言われたか?」

「あ、いえ。なんでもありません」

 

 戦場で何もかもを失い、戦争が終ろうともその過去に憑りつかれている彼。そのような過去がある以上、いくら私が幼い少女の見目をしていようとも、道具のように扱う可能性は十分にあります。

 事実、つい最近までは私が負傷しようとも気に掛けず、逆に治療にかかるコストを心配し忠告するという態度でした。

 しかしここ数日は違います。欲しいモノをお聞きになったり紅茶をくださったり、ついにはオペラにまで連れていってくださいました。

 たしかに原作では担当の少女に絆され、最終的に柔らかな態度をとっています。しかしそれはその子の愛想とそれの裏にある洗脳の痛々しさを彼が実感したからであって、私のような無愛想な元男の女が、彼の同情を引き出せたとは思えません。

 

 ですが、仮に。もし仮に、それが事実だとするのならば。

 

 彼の優しさを、期待してしまってもいいのでしょうか。

 

 彼の行動が打算や下心によるものではなく、私への憐憫だということを。

 

 期待しても、いいのでしょうか。

 

「──カーチャ。お前また耽っているぞ。これから任務だというのに大丈夫か?」

「あっはい! 大丈夫、大丈夫です!」

「そうか。よし、終わったら精密な検査を受けるぞ」

「り、了解です!」

 

 自分でも気づかないほど、考え込んでいたようでした。

 これから任務だというのに、不必要なことに思いを巡らす。これまでの自分では考えられないことです。しかもあまつさえ、驚きのあまり大声を出すという醜態を晒してしまいました。

 脳改造で強制的に冷静を保つ改造少女が動揺し大声を出すなど、管理人の彼に恥をかかせることです。己の未熟さと不甲斐なさに、思わず頬が朱く染まります。

 

「……あ。いた。カーチャ、あれが今回の協力者だ」

 

 狭く暗い通路を歩くこと五分。私たちの眼前に二人の人間が現れました。

 一人は黒い短髪に神経質そうな目をした、アルベルトさんと似た背丈の男。もう一人は長い黒髪を後ろにまとめた、私と同じくらいの少女。

 

 瞬間。

 私は、彼女の名前を思い出しました。

 

 私は、彼女を知っています──それも、ゲームのキャラとして。

 主人公が担当を務めた改造少女であり、物語を通してのヒロイン。プレイヤーの選択肢に生死を左右され、悲劇と喜劇の両方をも辿りうる少女。

 

 組織から与えられた名前はハイデ。本名は不明。

 この世界のメインヒロインたる存在が、今目の前に立っていました。

 

 驚きと興奮で声を上げそうになりますが、寸前で踏みとどまり我慢します。彼女はまだ私のことを知らず、彼女にとってはまったくの初対面です。ここで名前を叫ぼうものなら、面倒なことになるのは明らかでした。

 

 だから、変なことはせず──ただただジッと、見つめるだけにします。

 曲がりなりにも知っている存在。それも二次元の相手と出会えて、その時の私は、その──冷静では、なかったのでしょう。

 結果、彼女をひたすら凝視するという奇行に出たのでした。

 

「……」

「……なに?」

 

 私の視線を受けた彼女は、ゲームの通りの表情を傾け。

 ゲームより、いささか疲れた様にみえる視線を、こちらに向け返していたのでした。

 

 

 

 

 

「作戦の再確認だ。カーチャたちはまず見張りを片付ける。そして建物中の出口を封鎖し、カーチャたちは突入。目標を一人残らず殺して終わりだ」

『了解です』

 

 首都郊外の農場。闇の中にそびえたつ館を遠目に眺めながら、私とハイデさんはアルベルトさんから説明を受けていました。

 そんなアルベルトさんの隣に立っていたのは、ハイデさんの管理人であるコンラートでした。彼はアルベルトさんが言い終わるのを見計らうと、言葉に割って入ってきました。

 

「いいか。今回はシュターデン議員とその一派が揃っているまたとない機会だ。一人残らず殺せ。失敗は許さん」

「……はい」

「はい! コンラートさん! 私頑張ります! 役に立ちます! だからどうか、いっぱいほめてください」

「そうか」

 

 隣の全力で返事をするハイデさんを尻目に、現状を整理します。

 反帝政派の一人であり、議会でも重大な影響力を持つシュターデン議員。彼が近いうち己の所有する館に仲間を呼び込み、今後の方針を練るという情報が手に入ったのはつい最近のことでした。

 私たちはその報を元に、アルベルトさんとコンラートさんが率いる暗殺部隊として、この館に潜入することになったのです。

 

「……じゃあ、作戦開始だ。健闘を祈る」

 

 

 

「……ねぇ、私じゃダメなの?」

「はい」

 

 草むらの中。双眼鏡で見張りの位置を確かめながら、私は不満げに聞くハイデさんにそう返しました。

 

「でもやってみなくちゃわからないじゃない! だからライフル貸してよ私がやるから!」

「狙撃の役目を与えられたのは私です。だからどうか従ってください」

「……ッ、クソッ」

 

 ハイデさんはそう吐き捨てると、渋々と後ろへ下がっていきました。

 その様子になにか、違和感を覚えます。

 ゲームでは、彼女はここまで攻撃的な性格ではありませんでした。管理人への承認欲求が人一倍強くはありましたが、命令を違反するほどではなかったはずなのに。

 任務の先行きに一抹の不安を抱きますが、ここで中止することは許されません。黙ってライフルの銃口を、見張りの兵士に向けます。

 幸い、その夜は新月で夜風の強い夜でした。ライフルから放たれた弾丸は効率よく、淡々と兵士を殺していきました。

 

「……見張りを始末しました。行きますよ」

「……了解」

 

 ハイデさんは声に不満の色を滲ませながらも、黙って私についてきました。感情を抑えることはできなくても、きっちりと分別をつける力はあるようです。

 安心しました。

 二人で手分けして、館中の出入り口を封鎖していきます。見張りの落とした銃で突っ返させ、ドアノブは持ち前の怪力でグニャリとへし曲げます。あっという間に館は、数人の人間を閉じ込めた巨大な檻へと変貌しました。

 

「カーチャ、ちょっと待って」

 

 突入の直前、ハイデさんが私に呼びかけてきました。

 その仕草に面倒ごとを感じます。しかしここで無視する方が後に響くと考え、素直に聞くことにしました。

 

「何ですか?」

「お願いがあるの」

 

 先ほどの態度とは打って変わって、何かに怯えるような態度。

 彼女は私の目を見つめ、震える口でそう言いました。

 

「目標を殺すのを、私に任せてくれない?」

 

 却下です。論外。そんなことをすれば、作戦の成功率は著しく低下します。現状でさえ彼女の様子はおかしく安定性が保たれてないというのに、これ以上乱れを生むのは看過できないことでした。

 

「……それは」

「私がやりたいの」

 

 拒否の言葉が、有無を言わさず封じ込まれます。

 彼女の鬼気迫る表情が、近づかれたことで視界一杯に広がりました。

 

「証明したいの。自分は使えなくなんかないって。できる子だって。優秀な兵士なんだって。コンラートさんから褒められたいの。撫でられたいの。だからお願い、お願い……!」

 

 彼女はこちらの手を強引に握ると、うつむいてそう呟き始めました。

 そんな彼女を前に、違和感は確信の物となります。

 ゲームで彼女は、主人公への承認欲求を暴走させその狂気性を見せつけ、彼女に植え付けられた洗脳がいかなるものかを知らせる役割を担っていました。そしてそれこそが、彼が優しさを見せ始める契機となるのです。

 そしてそれに至った詳細は分かりませんが、彼女が今見せているものが、それと同質のものであることは明らかでした。

 これは、危険です。

 一歩間違えれば、後ろから彼女に撃たれかねないほどの危険です。

 

「わかりました。シュターデン議員は見つけ次第、あなたに始末させます」

「! ああ、ありがとう! ありがとう! ありがとう……!」

 

 ここは素直に願いを受け入れるべき。

 それが私の脳がはじき出した最適解でした。

 

「では行きますよ。遅れを取り戻します」

「ええ! いっぱい殺そう! いっぱい殺しましょう!」

 

 無邪気な子供のように顔を歪めそう言った彼女を不気味だと思ったのは、きっとおかしいことではありません。

 

 

 

 

 

「! 誰だグェッ」

「子供!? くそっ!」

 

 兵士は館の外だけでなく、内部でも当然警備しています。

 廊下でだしぬけに出会った二人を、18式短機関銃で撃ち抜きます。塹壕での戦闘用に作られたそれは、瞬く間に敵をハチの巣に変えました。

 

「なんだ! どうした!」

「襲撃です! 皆様はどうか避難を!」

「警備は何をやっていた!!」

 

 強化された耳が、あわただしい会話の位置を捉えます。

 それはハイデも同じだったようで、目くばせもせずに二人で同位置へと駆けていきます。

 

「いたぞ!」

「殺せ!!」

 

 目的の部屋へと続く廊下に差し掛かり──つい数舜前までいた場所を、無数の弾丸が襲いました。

 敵は一直線上の廊下にバリケードを設営し、複数人による陣地を構成していました。銃声からして、おそらく一人がライフルに、二人が同型の短機関銃。いくら改造兵といっても、真正面から機関銃の掃射を受けてはひとたまりもありません。

 

 ハイデさんに目くばせします。

 彼女はそれだけで意図をくみ取り、銃を置いて手を上げ、兵士たちに叫びました。

 

「撃たないで! お願い!」

 

 兵士たちの動揺が、空気を通じて伝わってきます。彼女はそのままゆっくりと遮蔽物を出て、その姿を現しました。

 

「子供……?」

「なんだ、どうなってる?」

「おい、銃は向けとけよ……お嬢さんどうしたんだい! 迷子か?」

 

 私たち改造人間は、技術的な理由から女性、それも若いほど、その定着率は高くなります。そのため必然的に、改造兵士には少女が多くなるのです。

 そしてそれが産み出した副次効果。少女が武器を持って戦う光景を見れば、まともな人間は当然動揺します。結果として、戦いの場では致命的である隙が相手に生じるのです。

 相手が人間として正しければ正しいほど、この効果は絶大です。

 こんなことをする私は、きっと地獄行きでしょう。

 

「私、怖い人たちに追われてるんです。だからここに逃げ込んだんだけれど……あの人たち、兵隊さんを皆殺しにしてしまいました。わたし怖い……!」

 

 冷静に考えれば、見張りがいる時点で彼女は館に入ることなどできません。

 しかし今は非常事態。兵士たちのなかに、完全な平静を保っている者はいませんでした。

 

「……おい、どうする? 助けるか?」

「いやいや見るからに怪しいだろ! ほっとけ!」

「……いや、ただの子供じゃないか。なにも問題ないさ……お嬢さん! こっちへ来なさい! 俺たちが守ろう!」

「くそ、どうなっても知らねえぞ……!」

 

 兵士の返事を聞き、ハイデさんが歩みを進めます。一歩、また一歩。

 そしてバリケードを乗り越え、親切な兵士の元へと辿り着いた瞬間。彼女が袖からナイフを取り出したのと、私が短機関銃を構え姿を現したのは同時でした。

 

 短機関銃が一人の頭を撃ち抜きます。ナイフが一人の腸をえぐります。そして一瞬の出来事に動揺した兵士が、ハイデさんの蹴りで首の骨を折られます。

 三人の兵士はあっという間に、二人の手によってその人生を奪われました。

 

 短機関銃を手に、歩みを進めます。そして目的の部屋にたどり着き、堅く閉じられていた扉を一撃で蹴破ります。

 

「動くな!」

 

 大声で恫喝し、銃を向けて入り込みます。中ではシュターデン議員の一派のメンバーが、すっかり怯え切った様子で両手を挙げていました。

 すぐさまその顔ぶれを確認し、シュターデンの在否を確認します。違う、違う、違う──彼が逃げたということを確信した瞬間、短機関銃の銃口は火を吹いていました。

 

 床に伏した彼らの死体を一瞥もせず、聴覚を頼りに移動するものを探し当てます。そして出口を開けようと悪戦苦闘している気配を、私たちの耳は察知しました。

 現場へ向けて一直線に急行する私たち。床を大きく軋ませながら走り抜けた私たちを迎えたものは──またもや銃弾の嵐でした。

 

「子供だ! 子供の殺し屋だ!」

「ちくしょうどうなってやがる!」

「知るか! とにかく出てき次第殺せ!」

「まだ開かないのか! 早くしろ!」

「やってます! くそ、ノブが歪んでんのか!?」

 

 シュターデンの護衛という、ここに来て想定外の戦力。しかも会話から察するに、もう同じ手は警戒されて使えません。とても面倒なことになりました。なんとか状況を打開するために、必死に策を考えます。

 

 ──ふと、ハイデさんがなにかをやっているのに気づきました。

 怪訝に思い、彼女の手元を確認します。

 彼女の手は、ベルトに固定されていた柄付き手りゅう弾へと伸びていました。

 それを確認した瞬間、脳が全力でダメだと叫びました。

 しかしそれを伝え切るのには、あと数コンマだけ、時が足りませんでした。

 

「それは」

「クソ! 消し飛べ!」

 

 彼女の怒号とともに、手りゅう弾は煙を上げながら敵の塊へと飛んでいきました。

 爆発。爆音。

 着火された火薬は化学エネルギーを莫大な爆発エネルギーに変換、凄まじい爆風を周囲一体に浴びせます。

 ハイデさんは銃を取ると、爆発で呻いている存在すべてを撃ち抜きました。手榴弾の威力は凄まじく、それをまともに受けた人間は一人残らずズタボロの傷を負っていたのです。抵抗もなく、あっけなく全員が息絶えました。

 

「やった! シュターデンを殺した! カーチャやった! やったよ!」

「違います」

「え?」

 

 声からして、さきほどまでいた敵は全部で四人。一方、転がっている死体は三人。そしてそのすべてが、兵士らしき恰好をしています。

 すぐさな周囲を捜査して──ふと、孔が目に入りました。歪められたドアに入った、人一人通れるぐらいの、孔が。

 

 たしかに、手りゅう弾の威力は凄まじいものでした。しかしそれは、今回に至っては過剰だったと言わざるを得ません。封鎖された扉を吹き飛ばし人一人が通れる穴を開けるぐらいの威力は。

 ドアを蹴破り、辺りを見渡します。見ると、暗闇の中を必死に逃げている後姿が見えました。

 

「っ! ライフルを!」

「っうん!」

 

 今、私はライフルを持っていません。追いつこうにも、あまりに遠すぎます。アルベルトさんたちからは死角で、そもそもこの新月では狙撃の類ができるはずもありません。

 よって、ハイデさんに持ってきてもらう。これが一番、正しい選択でした。

 だというのに。

 

 銃声。

 

「うあ゛っ!」

 

 ライフル特有の射撃音とともに、ハイデさんが倒れ込む音。

 見ればそこには──腹から血を滴り落とし、息も絶え絶えといった様子で、ライフルを構えている兵士が、いました。

 

「っ!」

「がへっ」

 

 反射的に、兵士へ向けて引き金を引きます。

 兵士は糸の切れた人形のように、くたりと床に倒れ込みました。

 

 すかさずライフルを奪い取り、レバーを引いて排莢。膝立ちの形になり、照準を逃げる目標へ合わせます。

 スコープも、月の光もない夜ですが──この距離なら、中る。

 

 バン。

 

 ……。

 

 ……。

 

 ……。

 

 標的は胸から血を吹き出し。バタリ、と地面に倒れ込みました。

 

「っず、ふー……」

 

 一気に体の力が抜け、達成感と安堵感が湧き上がります。いくら改造された体をもってしても、疲れるものは疲れるのです。

 

「……ハッ!」

 

 途端にハイデさんの負傷を思い出し、傷の手当てに向かいます。

 館の中。激しい戦闘の名残が色濃く残る場所で、彼女は倒れ伏していました。

 

「大丈夫ですかハイデさん。傷の手当てを……」

 

 ライフル弾は、右足首の一部を貫通していました。それを見た私は、一抹の憐憫とともに安堵を覚えました。

 改造人間は、常人では治せない傷も、ある程度の範疇なら問題なく治します。この程度の傷なら、後遺症も残さず直るでしょう。

 もっとも、そのような処置をするたびに抑制剤の必要量は増加しますが。

 

「……ハイデ」

「ひっ」

 

 後ろからかけられた声。

 振り向けばそこには、神経質そうな目を歪め、至極失望したといった表情のコンラートさんがありました。

 

「あっあの! 次はもっとうまくやります! ぜったいに失敗しません! 今日だってできる限りやりました! だから次はほめて……! ほめてほめてほめてほめて」

「お前は、改造の度合いを上げる。結果を出すのはそれからだ」

 

 コンラートは吐き捨てるようにそう言うと、死体を確認するアルベルトさんを一瞥し、そのまま去って行きました。

 アルベルトさんが、こちらに向かってきます。

 

「よくやったなカーチャ。ハイデの方は本拠地に送るから、車に運んでくれ」

「……はい。わかりました」

「頼んだぞ」

 

 彼はそう言うと、まっすぐ車の方へと歩いてゆきました。

 

「……なんで」

 

 ハイデさんが腕で目を抑えながら、そうポツリと呟きます。

 私は黙って、それを聞くしかありません。

 

「なんでわたしは、あなたじゃないの……!!」

 

 ハイデさんの嗚咽が、辺り一面に響き渡ります。

 ヒック、ヒックと響くそれは、幼い子供のそれと遜色のないものでした。

 

「……ごめん、なさい」

 

 それを聞いた私は。

 ただただ謝ることしかできなかったのを、許してほしいです。

 

 

 

 

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