TSテロリスト系改造済み少女兵士(原作知識持ち)   作:ウニダコ

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第四話

 

 私たち改造人間にとって、過去とは等しく些末事です。

 

 身体能力の様々な向上のために施される手術や投薬。

 それらは主に体内の内分泌腺をいじくりまわし、ホルモンバランスへうんぬんかんぬんと影響を与えますが──その際、どういうわけか脳の記憶中枢も影響を受けるのです。

 

 その結果、影響を受けた対象は特定の記憶を忘れます。

 最初の手術では、たいていの兵士がそれまでの来歴をまっさらに忘れます。それまでの過去は消え去り、改造兵として新しい人生を送ることになるのです。

 そして、個体によっては、強化は一度のみで済ませられない場合もあります。最初だけでは度合いが足りないため、追加を課せられるのです。

 

 そして、私は。

 後続の強化でも、記憶中枢に影響を与える副作用が生じるということを。

 愚かなことに。その時は、完全に、失念していたのでした。

 

 

 

 

 

 首都近郊。組織の最高司令官、ヘルマン・フォン・エアバルト様が所有する土地。

 フォンの姓が示す通り、由緒正しい貴族(ユンカー)であるエアバルト家は、首都近郊に広大な敷地を保有しています。

 数百年の歴史がある城館に、宏闊とした直営農場。整然と管理され、伐採地や狩猟場としての役割を担う森林。

 一見は、社会の平穏を乱す奸計などとは無縁の土地。しかし内部の事情はその家力ゆえに、政府でさえ容易に立ち入ることはできません。

 何かを陰で図るのには、もってこいの環境です。

 

「次。300メートルだ」

「はい」

 

 エアバルト家の敷地内。組織のために設営された訓練場で、私は定期的に行われている射撃訓練に従事していました。

 エアバルト家の施設の数多くは、ヘルマン総統によって組織の本拠地として利用されています。物資の集積や兵士の訓練、そして改造人間の手術。政府に感知されれば一発で強制捜査を受けるような後ろめたい行為は、ほとんどがこの敷地内で行われているのです。

 

「500メートル」

「はい」

 

 青光りのする八角形の銃身と、頬にぴったり合う暗褐色のくるみ材の銃床。

 98年式小銃。旧帝国陸軍の制式小銃で、国中の工場で何百万と生産された小銃。その中から選定された精度がいい個体を、自分は伏せの姿勢で構えていました。

 

 目測にして500メートル先にある、白い人型の的。

 照準望遠鏡(スコープ)は反射で位置が露見する恐れがあるため、任務では基本装着しないことになっています。並みの人間なら間違いなくハンデにしかなりませんが──手術を受けた我々にとっては、多少狙いがつけづらい程度で済むのです。

 

 数呼吸のち、黒い無機質な照準を合わせます。そして息を止め、4秒後。引き金が引かれ、銃声とともに7.92mm×57弾がライフリングで回転を施され射出。ほとんど同時に、的の胸部を撃ち抜きました。

 

「ほ……」

「よくやったぞカーチャ」

「はい……」

 

 前世の影響か、それとも体質の問題か。私の改造兵士としての性能は、他のそれと比べて若干高くなっているようでした。

 500メートル先ともなると、生半可な改造兵では当てることすら難しくなります。それこそ、記憶障害が発現し、余命いくばくもないレベルの重度の改造を受けた兵士以外では、不可能なほどに。

 

「よし、今日はこれで終わりだ。あとは先生のところへ行って診てもらおう」

「……」

「どうした?」

 

 アルベルトさんが訝しむなか、私の視線は二個となりの射撃コーナーに向いていました。

 私と同じ銃を構え、地面に伏して前方の的に狙いを定める少女。その後ろには管理人であろう男性が立っており、少女の射撃を機械的に観察しています。

 

 コンラートさんにハイデさん。

 記憶に新しい二人のペア。彼らも私たちと同じように、今日は射撃の訓練日であったのです。

 

 ハイデさんは真剣とも、ひどく思い詰めたようともとれる表情で。伏せの姿勢で800メートル先の目標に狙いを定めていました。

 数秒後。心の怯えと体の震えを無理やり抑え、意を決したように引き金は引かれました。結果は──こんなことを言っては、彼女に悪いですが──予想に反し、命中でした。

 以前の任務が尾を引いているのではないかと思っていましたが──どうやらそれは、杞憂だったようです。負傷した脚も、修理は恙なく完了したようで。彼女は命中を確認すると、コンラートさんの元へ駆け寄りました。

 

「あの、コンラートさん……」

 

 彼女はおずおずと、蚊の鳴くような声で──しかし確かに期待を込めた声で、コンラートさんに声をかけます。

 しかし彼はそれに対して、冷たく、無感動に、淡々と言い渡しました。

 

「なんだ? この程度で好成績だと思ったのか。

 訓練開始から完了まで約三分半。遅い。遅すぎる。お前に施した手術と投薬量からして、とても十分とは言えん記録だ」

「ひゅ」

「狙いをつけている間に標的に逃げられては意味がない。もっと結果をだせ」

 

 彼はそう言い捨てると、茫然自失といった様子のハイデさんを捨て置いて、私たちのもとへとやってきました。

 

「どうやらそっちは、銃の扱いに関して問題はなさそうだな」

「……いや、そっちの娘だって大したものじゃないか。手術後間もないってのに、全弾命中なんて。カーチャだって、感覚になれない内はこうはいかなかっただろう」

 

 アルベルトさんはそう言いつつ、さりげない所作で私を自身の体の陰に隠します。

 コンラートのハイデさんへのぞんざいな態度を見て、それが私にも向くことを恐れたのでしょう。そんな彼のやさしさに、心が少し温まるのを感じました。

 

「……ふん、どうだか」

 

 彼はそうとだけ吐き捨てると、未だに虚脱状態のハイデさんを叱咤して、さっさと訓練所の外へと歩いていきました。

 

 彼の言っていることは、文面だけなら正しく見えます。実際、組織に忠誠を誓った戦闘員としては、常に拝するべき心がけなのでしょう。

 しかしその口調や態度は、ハイデさんの立場を知る私でなくとも苛烈に過ぎると思えるもので。無愛想で無表情な私にしては、本当に珍しく──自然と、その光景を見つめる眉間に、僅かながらも皺が寄りました。

 

「……」

「……あー、その」

 

 そんな私の様子に気づいたのか、アルベルトさんは突っ立っている私に向けて、バツが悪そうな声色で語り掛けてきました。

 

「あの子の負傷はお前の責任ではないし。見ての通り手術もうまくいって、後遺症も残っていないようだから。お前が気にする必要は」

「わかっています」

 

 あくまで彼女の管理人はコンラートさんです。

 部外者の。それも一兵士である私が、どうにかできるものではありません。改造兵の教育は各管理人に一任されており、たとえアルベルトさんであっても、それに口出しすることは許されていません。

 

 いや、そもそも。

 私に、彼女をどうこうする資格などありません。

 

 これまで私は、この世界の未来の記憶を持っていたというのに。悲劇を辿るであろう人間たちを、当然のように見捨ててきました。

 改造兵として、組織に首輪をつけられていたからなんて。洗脳されて自由には動けなかったからなんて、言い訳にしかなりません。

 

 決められたルートから大きく外れ、自分のあずかり知らぬところで知らない話が展開されるのが怖かったから。知っているはずの運命が大きく変貌するのが怖かったから。

 死ぬ予定の人間になんらコンタクトもとらず、時には自分で殺しつつ。これでいい、と自分を納得させていたのです。

 

 そんな自分が、彼女がこの世界のヒロインだったから彼女に入れ込むなんて。

 恥知らずにも、程があります。

 

 だから、これでいいのです。

 なにも気にせず、なにも感じず。ただただ言われたことをこなす人生が。

 

 

 

 

 

「よし、今日も問題はないよカーチャ」

「……はい」

 

 いつも通りの診察室。部屋には、ルードヴィヒ先生と私の二人だけ。

 先生が胸や背中の聴診器を外すと、圧迫感から開放された私の肺は深く酸素を取り入れました。冷たさが残る肌に空気が触れて、ほのかな心地よさが生じます。

 そんな心地よさとは裏腹に。私の心中は穏やかではありませんでした。

 つい先刻、ハイデさんのことを諦めるように自分を納得させておきながら──それでも心の奥底では、どこか彼女への後ろめたさが根を張り続けています。

 どうやら自分は存外、優柔不断な半端者だったようです。

 

「……ハイデなら、すでに手術を施したよ。拒否反応も最初は酷かったけど、今はもう安定している」

「え?」

 

 サラサラサラと書類になにかを記しながら、先生が突然ぼそりと言い放ちました。

 予想外のことに、思わず驚愕の声を上げてしまいます。

 

「なんで分かったのかって? いつも冷静な君がそんな表情をしてるんだ。いくら僕でも、君がなにか思い悩んでいることぐらい分かる。

 そして、先日君はコンラートくんのハイデと任務を協同。その結果ハイデは脚部を負傷し、強化の段階を上げることになった。それで君はそれを気に病んでいる」

「……そう、です」

 

 彼の口からスムーズに連綿と紡がれた言葉は、まさしく真実でした。

 鋭い洞察力に畏れすら抱く私をよそに、先生は私へと向き合って話を続けます。

 

「ああ、やはりそうか……。

 正直、驚いたよ。君は他人に関心なんてない抱かないものだと思っていたからね。そんな風な君を見るのは初めてだ。

 だから、君に言っておくけど──彼女の寿命は、もう残り少ない」

 

 “え”と無意識に、言葉が口から漏れました。

 そんな。ありえません。

 だってまだ、そこまでの段階じゃないはずです。私の知識からして、そんなことになるのはもっと後のはず──

 

 ──

 

 ──

 

 ──いいえ、分かっています。

 

 すべては、私がアルベルトさんをとってしまったから。私が何もしてこなかったから。

 私が、この世界に、産まれてしまったから。

 

「手術の影響は予想以上だった。コンラートくんの要請と──そしてなによりもハイデ本人の要望もあって、予定にないペースでの手術を進めたんだ。

 でもそれが悪かったのか、手術の副作用が通常よりも大きく表れてしまったんだ。抑制剤の量も頻度も増す一方なんだよ」

 

 先生の言葉が、一つ、また一つと、耳に焼き付くように入り込んでいきます。

 

 彼女を不幸にしたのは、私の責任です。

 ぜんぶ、私が悪いのです。

 

「だから、どうか彼女に──なにかしてやってくれないだろうか」

「──え?」

 

 本日で三回目になる、私の口からまろび出た素っ頓狂な声。

 呆ける私へ向けて、先生は口を開きます。

 

「変だろう? 僕は君たちの体を切り開いて、普通でいられなくした張本人なのにね。

 実際、前までは抑制剤の依存症に苦しむ子を見ても、特に感じるところはなかった。これは必要な犠牲で、大義のための殉教者だとね」

 

 先生は一息つくと、机横の、光の降り注ぐ窓の外へと流し目を送りました。

 

「でも最近は違ってきたんだ。

 君たちに抑制剤を注入したり、新しい強化を施すときに、なにかを感じるようになった。もしこれが呵責の念というものなら、僕にも良心があるってことの証明だろう。

 だけど、それがなんになる? 今さら改心して、組織を抜けようと言ったってそうはいかない。そんなことをしようものならまず間違いなく刺客を送られるし、なによりも僕は組織の理念自体にはそれほど反感を抱いていない」

 

 かつて扱ったことのある08式重機関銃のように、次々と紡がれる言葉、言葉、言葉。

 それの主である先生の瞳は、どこか変で。洗脳によって滅多に物怖じしない私でも、うっすらとした恐怖を感じるような色を含んでいました。

 

「そう、そこで、そこでだ。

 君は他の子と比べてもある程度余裕がある。それに、君はハイデと同じ身だ。共感の度合いで言うならこれほどの適任者はいない。そしてなにより、君は彼女のことを気に病むほど優しく──いや、なにを言っているんだ僕は」

 

 彼は目を伏せると、ふぅと息を吐きました。

 同時に診察室のドアが開き、廊下で待機していたアルベルトさんが姿を見せました。

 

「終わりましたか。先生」

「あぁアルベルトくん、完了したよ。

 すまない、君に言うべきことではなかったね。今日はもうおしまいだ。さぁ、帰りなさい」

「……はい」

 

 先生はそれだけ言うと、さっと机に向かって何かの書類を書き始めました。

 目の前で繰り広げられた会話の不透明さに、アルベルトさんは何か言いたげな表情でしたが。コートを羽織り帰宅の準備を進める私を一瞥すると、浮かべた疑問符を無理やり消して、診察室を退室しました。

 

「アルベルトさん」

「ン……どうした?」

 

 夕暮れ。茜色の光が差し込む、板張り床の簡素な廊下。

 背後を歩く私の呼びかけに、アルベルトさんはぼそりと返しました。

 

「──もし、もしもです。自分がこの先起こることを知っていて、その未来を変えられるとしたら。アルベルトさんは……どうしますか?」

 

 自分でも、無茶苦茶なことを言っている自覚はありました。

 ただこの時は、無茶苦茶でもいいから。とにかく誰かに、聞きたい気持ちだったのです。

 それまで未来を知っていることを誰かと共有したことはなく、またそれからもするつもりはありませんでしたが。心のどこかには、打ち明けたい気持ちがあったのかもしれません。

 

「……その未来が、行動することでより納得できるものになるのなら、もしかすると行動するかもしれないな。

 結局のところ、善悪なんて人によって違うんだ。たとえ自分にとっては良い未来でも、誰かにとっては悪い未来かもしれない。それなら、自分の納得できる世界を追い求めた方がいいはずだ。

 もっとも、たかだか24の若造が何をって話だけどな」

 

 彼はそう言うと、少し照れくさそうに頬をポリポリと掻きました。

 

「……そう、ですか。

 ありがとうございました、アルベルトさん」

「どうした、いきなり。なにかコンラートに言われたのか?」

「いえ……なんでもありません」

 

 ほんとうになんでも、ないんです。

 

 

 

 立場的にも状況的にも、彼女を救うことはできません。所詮私は組織の鉄砲玉であり、たとえアルベルトさんにお願いしたとしても、彼一人ではどうしようもできません。

 

 でもせめて、彼女に寄り添うぐらいは。

 望むものを与えられず、ぞんざいな扱いばかり受けている彼女を。救うとは言わずとも、せめて、同じ目線で慰めるくらいは。

 救うこともできず、かといって完全に見捨てることもできず。だから少しだけ寄り添うことで、己を満足させている半端者にも。

 どうか、彼女のことを想うくらいは、許されてほしいです。

 

 

 

 

 

「一枚多く?」

「はい」

 

 訝しげ、とまではいかずとも。かすかに、しかし確実に疑問を内包した声をアルベルトさんは発しました。

 訓練の好成績のご褒美として、彼がくれたオペラのチケット。それを見た瞬間、脳に電流が走り。名案がばさりと舞い降りたのです。

 すなわち、ハイデを誘うということを。

 

 ……彼女がオペラ好きとも限らないのに、それに誘うというのはおかしな話であることは分かっていますが。

 私の貧弱な発想と想像力では、この程度が限界というのが、哀しくも現実でありました。

 

「別に構わないが……誰を誘うんだ?」

「ハイデさんです」

「ハイデ」

 

 “やはり来たか”と言いたげな表情が、彼の顔に移ろいます。

 

「……さっきも言ったが、お前が気にする必要なんてないんだぞ。

 それに、あの子はあくまでコンラートの管理下にある。俺たちが口出しできる立場ではない」

「わかっています……でも」

 

 使い慣れていない口を動かし、さらに続けます。

 

「それじゃあまりにも、納得できません。彼女は私のせいで、ああなってしまったようなものなんです。だからせめて、これぐらいは」

 

 私の言うことは、彼からすれば理解のできない内容だったでしょう。

 しかし彼はふぅとため息をつき、仕方なさそうに笑いました。

 

「分かった、もう一枚買っておく。

 ……しかしその感情を任務に持ち込むなよ。情で銃把を握れなくなるなんてことは、決してないようにな」

「ありがとうございます、アルベルトさん」

 

 どうかこれが、少しでも彼女の役にたつことを願って。

 

 

 

 

 

「それで、話とは何だ?」

 

 エアバルト家所有地の弾薬集積所。その裏手、べトンで固められた灰色の壁面で。

 俺の呼び出しに応じて現れたコンラートは、懐から取り出したタバコに火を着けながら不機嫌そうに言った。

 

「……単刀直入に言おう。ハイデへの態度を、今すぐ改めてほしい」

「なぜ?」

 

 彼はふぅ、と紫煙を吐き出すと、明らかに“面倒な“といった色を宿した瞳をこちらに向けた。

 その態度に心内で少々憤慨するが、なんとか抑えて続ける。

 

「カーチャがえらくそちらのハイデのことを気に病んでいる。きっとこの前の任務が尾を引いてるんだ。あれ以来、ずっと様子がおかしい」

「あれが? ふん、意外だな。お前のカーチャは無感情、無慈悲で知られているはずだが」

「ああ、まったく、俺も驚いてる」

 

 事実、かつての彼女を知っている身からすれば、今の彼女は別人とも言える有様だった。

 ビスク人形のような顔をピクリとも動かさずに、歴戦の兵士も顔負けの腕前で淡々と任務をこなす彼女を知っている自分としては、まったくもって驚愕を禁じ得ない。

 そしてだからこそ、ハイデに関することで彼女の任務に影響が出るのは困るし──それに俺としても、コンラートのハイデに対する態度に思うところがなかったわけではないのだ。

 

 タバコを口より外し、コンラートが口を開く。

 

「そうか、そうか。

 だが生憎だな。俺は、あいつに対する態度を変えるつもりはない」

「……なぜだ?」

 

 ある程度予想できていた答えに、睨みを加えて聞き返す。

 彼は吸いかけのタバコを一服すると、怜悧な瞳とともに語り出した。

 

「あいつらは所詮消耗品だ。入れ込んでいちいち褒めたりするなんぞ時間の無駄。

 さいわい、彼女たちには盲従の洗脳がかかっている。保護者面して構ったりしなくても、無条件にこちらを慕って言うことを聞いてくれるんだから楽なもんさ」

「無条件というのは違うぞ。洗脳も万能じゃない。高すぎる負荷をかけた場合は、暴走して管理人でも傷つける可能性が」

「お前がそれを言える立場か?」

 

 唐突に話の腰を折られ、思わず押し黙る。

 

「聞けばお前も、以前まではカーチャとかいうのに任務以外は露ほども接していなかったらしいじゃないか。そんなお前が俺を非難するのか?」

 

 痛いところを、突かれた。

 

「……確かにその時はそうだったが、今は違う」

「時期の問題か? 今は違うから説教ができると? 

 分からないようだから教えてやるよ。

 俺があんな態度をとっているのはな、なにも効率重視だけが理由じゃないんだ」

 

 奴は吸い終えたタバコの吸い殻を地面に投げ捨てると、ブーツでぐしゃりと踏みつぶし火を消した。

 

「はっきり言って気持ちが悪いんだよ、あいつらは。

 まだ子供だというのに、俺たちが使っていた武器を振り回して、何の迷いもなく敵を殺しまわってる。

 いくら戦力が少ないからとはいえ、俺たちじゃなくてあんな人形どもが戦うって聞いたときは、ついに西部戦線の砲撃音の後遺症で耳がおかしくなったかと思ったよ」

 

 ペラペラペラと、よく回る舌。

 

「……人形じゃない。少なくとも彼女たちは、意志を持った人間だ。

 現にカーチャは、ハイデを気遣ってる。この前なんて、彼女を慰めるためにオペラに誘うなんて言い出したんだぞ。人形にはできないことだ」

「待て。オペラだと? 初耳だが」

「あぁ、まだ誘っていないらしいからな」

「ふむ、なるほど──」

 

 奴は口を手で覆い、何かを考え込み始めた。そして数秒後、突然クツクツクツと体を震わせ、滑稽に嗤い始めた。

 

「かわいそうだが──お前のカーチャの催しは成功しないな。非常に、残念なことだが」

「──? どういうことだ?」

 

 要領を得ない発言。当然聞き返し、その真意を確かめる。

 

「教えてやる。ハイデは」

 

 ──。

 

 ──。

 

 ──。

 

 その時。その時ほど。

 彼女たちの背負う、悲劇と運命を。

 心の底から呪ったことは、それ以前にも、それ以降にもなかった。

 

 

 

 

 

 いつもの射撃訓練場(レンジ)。嗅ぎ慣れたトリシネートの匂いと、聞きなれた銃声がひっきりなしに響く場所で。私はハイデさんの予定に合わせ、彼女のことを待っていました。

 

「カーチャ。あーその、なんだ。ハイデはだな……」

「? なにか彼女にあったんですか?」

「……いやその……。

 ……なんでも、ない」

 

 チケットを握りながら待っていた私にかけられる、アルベルトさんの気まずさと後ろめたさが含まれた声。

 しかし私の問いかけに彼は狼狽えると、最終的にその声は蚊の鳴くような声へと尻すぼみしていました。

 その煮え切らない態度に、僅かながらの疑問を抱きますが──それ以上問いかけても無駄なようでしたので、特に詮索しないことにしました。

 

「……」

 

 高いコンクリート塀に囲まれた射撃場の入り口で、手の内にあるチケットを眺めます。

 約2時間40分の作品で、公演日は3日後。今この機会を逃したら、彼女を誘うことは叶わないでしょう。

 だからこそ、先ほどから周囲をチラチラと見渡しているのですが──なぜだか、彼女は一向に現れようとしませんでした。

 

「!」

「あ! 待て!」

 

 待つこと約10分──見覚えのある髪と背丈が目に入った瞬間、私は自分でも驚くほどに心臓が高鳴るのを感じました。

 背後からアルベルトさんの静止が入るも、この時ばかりは従うことができず。

 走るのは行儀が悪いので、速足で彼女に接近します。任務でも経験しなかったほどの緊張を感じながら、早々と、しかしじっくりと、歩き続け。とうとう、彼女の前に躍り出ました。

 

「あ、あの」

「……?」

 

 情けない()()()を発する私に。

 彼女は初めて会った時のように首を傾けると、不思議そうな表情でこちらを見つめてきました。

 

「こ、これ。オペラのチケットです。一緒に行きませんか? ちょうどそちらと私の休暇日に公演されますし、この間の、その、お詫びだと思って」

 

 しどろもどろにみっともなく話し続ける私に向けて、彼女は不思議そうな表情を一ミリたりとも変えず、ただただジッとこちらを見つめてきました。

 考えてみれば、一回顔を合わせただけの人間が、突然背後から表れて誘ってくるということ自体妙ですし。

 しかもその人間が、どこから聞いたのか自分の休日を把握しているというのは、少々──いやかなり、気持ち悪いかもしれません。

 まずった、と心の中で思いつつも、既に会話を始めてしまった以上、今さら退くわけにもいかず。多少強引に、話を続けます。

 

「──いや、もしイヤなら捨ててもらっても全然構わないので……でもやっぱり捨ててもらわない方がこちらとしては嬉しいというか、えっと、つまりそういうことで」

 

 

「……ねぇ」

 

 困惑と、不可思議で満ちた声音に。

 私のかまびすしいお喋りは、いとも簡単に寸断され。

 

「あなた。

 どこかで会ったこと、あったっけ?」

 

 

 

 

 

「彼女は追加で強化手術を受けたらしくてな──お前も知っているだろう、記憶障害の副作用だ」

 

「……」

 

「今はここ数日──お前との任務があった頃も含まれた時期を、すっかり忘れちまってるらしい」

 

「……」

 

「すまん……何度も言い出そうと思ったんだが。どうしても、言い出せなかったんだ本当にすまない」

 

「……ぁ」

 

 そう

 ですか。

 

 

 

 

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