Dies irae 〜彼の地にて響く鎮魂歌〜 作:コズミック変質者
今回獣殿が説教みたいなこと言ってますけどシズさんの心にはあんまり響いてないです。ボロクソに言ったかもしれませんが、それより先に恐怖心と己の渇望に目が行ってます。
身を焼かれた経験はあったが、魂を焼かれるという事がどういったことなのか、それを知ったのはあの時が初めてだった。
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井沢静江にとって格上という存在は身近に存在するものだった。例を上げれば、転移直後に対面した魔王レオンを筆頭とした十大魔王。魔物や亜人でも武を修める者や魔法を極めた者、あるいは単純なフィジカルなど多種多様に渡る格上を見てきた。
されど、影を見ただけで膝を着いたのは、あの出会いだけだった。
転移以前はもちろん、転移後も彼ほど鮮烈な輝きを放つ存在を彼女は知らない。仮に竜種であろうとも、彼の輝きを鈍らせる事は叶わないだろう。
何故なら彼は愛すべからざる光。この世に蔓延る姿形も思想も性別も年齢すらも異なる者であろうと、ありとあらゆる総てを平等に照らす破壊の君。
如何に彼女が炎に対する耐性を持っていようとも、太陽と同等、あるいはそれを上回る輝きを耐える道理は存在しない。
「ふむ、転移して早々にしては僥倖。襲われていた様子だったからな。横槍で申し訳ないが先の豚頭の生き物は始末させてもらった。
私にとってはもちろん、卿にとっても損は無かっただろう」
男が何を言っているのか半分も頭に入らない。
分かっているのは、背後からオークの集団に襲われて不覚を取りかけた瞬間、嵐を思わせる暴風と閃光がオークたちの屍を築き上げた現実だけだった。
「しかし、久々の感覚は手元を狂わせるな。首を刎ねるつもりが五体諸共砕く結果になるとは」
破壊と嵐の権化は己の掌を見つめながら、その美しき相貌の眉間にシワを寄せた。
「あ…あの……」
あまりの存在感に目を細めながら、静江は声にならない声を振り絞った。
数多の魑魅魍魎、英雄英傑に相対してきた彼女でさえもその男は未知の存在だった。それは悪魔のように残虐に総てを破壊する『破滅』の化身のようで、あるいは天使のように総てを愛する『博愛』の化身のようでもあった。
だが、彼女の直感が告げている。
この男は悪魔や天使の枠組みで測れる存在ではないと。
例えるならそう、彼の黄金のような長髪と獣のような雰囲気を端的に表すとすれば……
____黄金の獣
それこそが彼を表すに相応しい。
それは正しく破壊の君。全知全能が愛と暴虐に向けられた歪な完成品。オークのような有象無象はもちろん、あるいは下手をせずとも『魔王』にすら届きうると静江は確信している。
尤も、魔王ですら本来の彼からして道端の石ころでしかないのだが、それを知る術は今の彼女にはない。
「あ、貴方は誰ですか…」
「ふむ、存外難しい質問だな。残念ながら卿の満足する答えは持ち合わせていない。
説明するにしても、私が一方的に話すだけでは面白味に欠けるとは思わないかね」
「は、はい?」
望まぬ返答ではあったものの、それ以上に常識的な返しが飛んでくると思っていなかったのか、素頓狂な声を上げてしまう静江だったが、気を取り直して竦んでいた足取りを何とか取り繕う。
ただ、彼女の本心としては男の威圧感に辟易として膝をついたままでいたかったが、命の恩人に対してそれは無礼だと彼女の良心が訴えた。
「私はラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ。聖槍十三騎士団・黒円卓第一位にして首領を務めている。
失礼ながら
「わ、私はシズエ・イザワと申します。その、聖槍十三騎士団とは?」
「……ああ、そうか。ここはあそこと違うのだったな。悪名ばかり広がった弊害が先入観をもたらしてしまった事を詫びよう」
獣の心象を表すとすれば、胸いっぱいのワクワクが相応しいだろう。畏れ多くも恩人の顔色を伺った静江は、漠然とした状態で数少ない情報を受け止める。
途端、今まで超越者か逸脱者にしか見えなかった獣がただの人___ラインハルト・ハイドリヒ個人の全貌の一端を掴んだ瞬間だった。
「端的に言えば私ともう一人、副首領である友人を筆頭にした
英雄というよりは覇者の間違いでは、と問いが生まれかけたが、それはつまらない疑問だと思考の彼方へ投げ捨てる。
そうするに、居なくなった者の代わりの仲間集めの旅だと言いたいのだろう。そう結論づけて無理くりに納得した静江だった。
「しかし___」
「?……ッ!」
ふと、背後を振り返った黄金の獣。
その視線に釣られるように静江も森の奥を注視する。
小さい人型の影が複数、人と言うには余りにも骨格が歪であり、亜人と言うにはその相貌から知性は感じられない。
冒険者であれば誰であれ一度は出会したことがある緑の怪人。名を、ゴブリンはそこに居た。さらに、何かしらの得物を携えていると理解した瞬間、静江は先程まで腰を抜かしていた醜態が嘘であったように旋風を纏って地を駆けた。
「やぁ!!」
「ぐわぁ!?」
先頭を歩くゴブリンを全力の蹴りで殺す。流れるように腰に携えた独特な装飾が付いた剣を振り抜けば、後続するゴブリンの首が空を舞う。
返り血により顔に血化粧が施されるが、それを無視してさらなる鏖殺を為さんとする。
「なるほど一人でこの森を歩くほどの力は備わっているらしい。
私が助力するまでもなく、卿の実力ならばあの豚頭たちも苦もなく倒せていただろう」
足元に転がるゴブリンの首に一瞥することなく今尚加速する静江の虐殺劇に、黄金の獣は愉快そうに笑った。
期待以上だとは言わない。不平不満があるわけではないが、彼の求める基準値には達していなかった。
だがしかし、黄金の獣は見抜いていた。
彼女の内に潜む渇望を。
今はまだ煤の如き小さな種火を。
だからこそ、求めて止まない。
___僥倖たる出逢いである。
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「はあ、はあ、ふう…」
「久しく見ない鮮やかな剣技だった。見惚れるほか無い」
屍を築き、息を荒らげる女を見て、ラインハルトは拍手を以て称賛する。
無論、今までの生においてこれ以上のモノを知らぬ訳ではない。戦乙女をはじめとした刃を奮う者たちであれば、彼女以上の傑物英傑なら山ほどいる。
ましてや、己は為す事総てにおいて高水準を叩き出す自負がある。求められさえすれば彼女の魅せた殺陣以上の速さと惨劇を以てゴブリンを殲滅せしめるのも可能であった。
「しかし尚更惜しいと感じる。内に潜む『魔』を解き放てば鄕は一息の間にあれらを圧倒できたはずだ」
静江は驚きと同時に恐怖した。
彼の言う魔が___すなわち自身の体に寄生するイフリートの事を指していると理解したからだ。
出会いから一時間も経過していないにも関わらず、彼女の知り合いでも一握りしか知らないはずのイフリートの存在を、その類稀な観察眼と直感で探り当てたラインハルトに、彼女は出会った時とは違う意味で驚愕する。
「っ……使わないで済むなら、それに越した事はないじゃないですか」
「断じて否だ」
力強く、反論を許さない言論弾圧が為された。
ある種のトラウマを掘り起こされた静江は、ラインハルトの言葉に反論を試みるも、彼から発せられる圧倒的な威圧感により言葉を慎むほか無かった。
確信があったからだ。
彼は己の発言を曲げたり訂正する気は無いと。
事実、彼は嘘と出来ないことは口にすることのない主義だったりする。それは極論己に課した約束は、例え世界が滅びようとも決行するという絶対の証明に他ならない。
「でも…」
震える手を抑えるのに必死になる。
怒りとは違う。古傷を不躾にもそのまま刳り返された苦しみを、無理やり抑え込むような感覚に近い。
「卿に如何様な理由があったとして、それを言い訳にしては相手に対する無礼になる。違うかね」
思考の次元が違う、そう片付けるには彼の存在は大きすぎる。
大きすぎるが故に、それを否定する材料が見つからない。
如何な言葉を交わしたとして、静江とラインハルトという人間の思考回路は交わることはない。
そして、静江のそれは黄金の獣に勝るものは何一つなく、ただ無情に食い破られるほか無かった。
「しかし、私も無闇矢鱈と卿を否定したい訳ではない。それが己の主義なのだと、それこそが己の進むべき道なのだと、そう私に示したのなら吝かではない」
「………どう、しろと」
「汝渇望する愚か者であれ」
蛇の真似事を為す獣は、心底惚れ惚れする声を以て炎の魔人を誑かす。
「渇望…ですか?」
___そしてここに一人、黄金の獣によって堕ちてゆく愚者がいる。
愚者此処に極まれりとでも言おうか。
また一人、悪魔の囁きに惑わされた英雄の
「渇望とは魂の原動力。何を成すにしても己の信念を貫くには、何より渇望が欠かせない。
我が愛子らのように魔へと堕ちようとも信念と渇望さえあれば、それはやがて世界を食い破る鋭牙となり、敵を屠る鋭爪と為りうる。
これは持論だが、渇望とは世界に己が存在を刻み込む為の切掛なのだ」
「世界に己を……刻み込む…」
「左様。獣に唆されるのは不本意であろうが、真なる成り立ちは高貴なる黄金の獣。
卿に眠る渇望が輝かしく高潔であろうと、見るも無惨な醜悪なものであろうと、皆等しく愛そう」
もはや静江の目に外界は色褪せて写っていた。
彼の姿以外色を持たず、彼の言葉以外は雑音として処理され、彼を理解する脳漿以外の機能は停止したと錯覚していた。
それほどまでに、ラインハルトという怪物は静江の中に刻まれた。
もはや彼以外の言葉を聞きたくない。
もはや彼以外の姿を目視したくない
もはや彼以外の全を知覚したくない。
呪いに等しい存在感を以て、井沢静江というちっぽけや人間は塗り潰される___そういう定めにあった。
「それは___他の人への配慮はありますか?」
「なに?」
天地が、森羅万象が、津々浦々に住まう八百万の神々が彼の言葉に同意したとしよう。だがそれを認めるには、人間は少しばかり複雑怪奇な存在だった。
「私の中に巣食う魔___イフリートが一度野に放たれれば、一帯は焼け野原になってしまう。そこに住まう全ての生き物を焼き尽くしても、それは止まりません」
「………」
無言を以て、ラインハルトは続きを促す。
「生きながらに燃やされる苦しみは誰よりも知ってます。痛くて、苦しくて、どこにも逃げられない赤い熱に怯えてきました。
だからこそ、私は誰も焼きたくなんてない!私の渇望が解放を望んでも!私は___誰かを燃やすくらいなら息を殺して死んでやる!」
欲望を理性が凌駕した。
黄金の獣に唆された愚者は、その短い人生ながらに築き上げた理性と、人々への慈しみの感情が『正しき道』へ引き返させたのだ。
静江がラインハルトへ向ける視線にもはや尊敬と畏怖は見えなかった。
ただ真っ直ぐに、揺るぎない信念を以て睨み返していた。
その瞳に射抜かれたラインハルトは一度目を伏せると改めて静江を見据える。
「なるほど。卿の主張、確りと受け止めよう。他者を思い遣るその心意気は見事な慈愛が見て取れる。
見定め、取り込み、愛でては壊す。この飽くなき螺旋の定めにあった私には到底思い至らない心理ではある」
決して見下す等といった行為は為さない。
森羅万象等しく愛玩対象に過ぎない彼にとってはその瞳に宿る敵意すら愛しき玩具に過ぎない。
「だから問わずにはいられない。今この場で私が卿に疼く渇望を刺激したとして、果たして燃えずにいられるか」
「……え?」
人の理論や信念は感嘆に値するものだ。
かつてのラインハルトや、何処で見下ろす水銀の蛇も、たった一人の人間の『意地』に驚嘆した過去がある。正しく刹那を生きる人間の矜恃であった。
だからといって、それを万人に当て嵌める事はしない。際限なき渇望と欲望渦巻く世界の果てを知る黄金の獣が、あって間もなくろくに知らない人間風情の戯言を真に受けるかは別問題であった。
故に試そう。
真にその決意が揺らがないのかを。
神をも超える超越者を前に、人間がどこまで食いつけるのかを見てみたくなった。
「___さあ、朽ちてくれるなよ」
ラインハルトの手が静江に伸びる。
己の内側から刺激される感覚があった。
これは過去に似たような経験があった。それは確かそう、イフリートを無理やり体に宿らされた時に酷似している。
「あ……」
呆気ないほどに、静江の体は
オークやゴブリンが全員原作勢みたいに優しいなんて事絶対ありえないからシズさんに鏖殺されました。あーあ、残念。チャンチャン。
獣殿が説教臭い?いいえ、獣殿は将来性のあるシズさんには全力を出してほしいから投資目的のレクチャーです。
まぁ事業失敗してるんですけどね。