ダークドロップ   作:にえる

3 / 3
3話

 

 

 

 自己紹介いる? それじゃ、遠慮なく。僕はダークドロップっていう打ち切られた漫画で好き勝手やって過ごしている男だった。ダークドロップには実は読み切り版と打ち切られた漫画版があって、僕は読み切りが好き。ふらふらしたいけど世間体と家族の目もあるので大学に通っている。異能は速度変化で、氷が溶けるの早めたり遅めたり、物の落下に干渉したり、僕の足を速くしたり、自由自在さ。と、ちょっと盛ったけど、実際はクソ弱い異能でしかないから、気持ち変化しているかもしれないって強度でしかない。これが10秒の間に数秒間好き勝手に操作できますって異能だったら国の研究機関も諸手を上げて研究してくれたかもしれないし、外国から狙われていたかもしれない。でも僕は、僕が持つ異能は本当に弱いって理解していたので厳密に測ったことは無かったし、今後も測る必要は無いと思っていた。人気が出なくて普通に打ち切られたダークドロップの主人公は紗月(さつき)という女の子なんだけど、可愛くて僕は好き。なんと僕の妹なんだ。そりゃあ他の漫画のヒロインのほうが胸が大きかったり、お尻が大きかったり、露出が多かったり、あざとかったり、好感を寄せてくれたり、面白いキャラだったりして可愛いかもしれないけど、紗月(さつき)も可愛いから僕は好き。普通の性格だし、普通の女子高生だし、別にお兄ちゃん好き好きってしてくれるわけでもないけど、そういう普通がいいんじゃないか、僕は好き。

 

 自己紹介はもう十分だろうし、ダークドロップがどんな漫画かって話をしよう。まず読み切り版ね。これは異能を持つ人々が普通に暮らす日常系の漫画。特別な出来事も無く、大きな事件も無く、パフェを食べて、異能対策された自動販売機を見たりして、本当に異能が生えただけの日常を切り取っている。僕は好き。次は打ち切り版ね。敵がいて、それを紗月(さつき)が倒す。で、最後に紗月(さつき)は死ぬ。僕は嫌い。主人公の犠牲によって何かよくわからないけど解決しました、みたいな陳腐な展開を好きなやつは脳が壊れてるよ。読み切り版だとただの日常漫画だったのに、連載ともなるとバトルを織り交ぜるのには本当に理解に苦しむね。そもそも読み切り版で放課後に楽しく一緒に友達と帰っていたシーンを、態々連載だと謎の敵に襲わせて、友達は死にましたってアホかと馬鹿かと。結局謎の敵は謎のまま終わるし、力に目覚めて戦いに巻き込まれていくのも全然意味不明。主人公より異能が強い奴らは国が抱えてたりするんだから全然そのまま放置しとけば国が良い感じにするはずじゃん。僕は嫌い。」

 

「話が長い」

 

 長々と独り言を話していた黒い玉を小突く。握りこぶし程の大きさで液体とも個体ともわからぬ手触りを持つ玉だが、信じ難い事に此奴は未来の僕らしい。もっと詳しく言うと、未来の僕の集合であり、同時に搾りカスでもあるのだという。

 

「もっと優しく丁寧に扱いなよ! 今の僕は繊細なんだぜ!?」

 

 どうやって発声しているのか僕にはわからないが、玉が遺憾の意を表明するとばかりに抗議の声をあげている。胡散臭いが、不思議な存在でもある。信じていいのかはわからないが、これの言葉が正しいならば、僕は何故か敵と戦ったり、怪我をしないといけないらしい。

 

 信じる根拠としては欠けている部分がある。起きる事件の日程も場所も、『僕』が経験した個体によってばらばらだったり、そもそも記憶を明瞭に持っていなかったりすることも怪しい。だが、最も怪しいのは……。

 

「で、キミたちは『僕』の何人分なんだ? それとも何回くらいやり直してるって聞いたほうがいいかい」

 

「30回は超えてるね。ああ、勘違いしないで欲しいのは30回が明確にカウント出来ている数ってことだね。あやふやな僕もいれば、頑固な僕もいて、それぞれが協力してここに至ってるんだ。どう、僕たちの苦労が理解できた?」

 

「ふうんって感じで理解できない」

 

「キミね、もっと当事者としての危機感とか持てないのかい。何かしらの失敗で結局僕たちは此処にいるわけだから、キミだってどれだけ気を付けてもやりすぎって事は無いはずじゃないか」

 

「そう、そこなんだよ。未来の僕だって言うのに妹がいる。妹ってこれから何処から出て来たり、生えたり、空から降ってきたりするのかい。僕は一人っ子なんだが、いつ妹が現れるんだい」

 

「……は?」

 

 紗月(さつき)紗月(さつき)と知らない女の子の名前を連呼され、剰え僕の知らない妹でしかも死因になっていると言うのだから、僕にどうやって危機感を持てと言うのだろうか。

 

 物語のヒロインみたいに現れて、事件を一緒に潜り抜けて、その先で強い絆でも結ぶのだろうか。それならば僕だって納得しなくもない。だけどそれが妹だと言うのなら、話は違ってくると思うのだけど。

 

「一人っ子……? 紗月(さつき)がいない……? 嘘だろう? ねえ、噓なんだよね?」

 

「鬱陶しいな! だからいないって!」

 

 纏わり付いてくる黒い玉を引き剥がせば、今度は部屋をぐるぐると転がり始めた。僕がアルバムを開いて見せれば、ぶるぶると震えた。

 

「……こんなはずないよ!」

 

 そう叫ぶと、黒い玉は凄まじい勢いで転がりはじめた。扉にぶつかって、べちゃべちゃに四散する。一部を残して、スライムのように軟体になると隙間を潜り抜けてしまった。

 

 残った一部も、力が抜けたようで、まるで黒い水たまりのように広がっていた。捨て置くこともできずにとりあえず拾う。でろでろに溶けた鳥の皮みたいな感触だ。

 

 扉を開け、隙間を潜り抜けていった黒い玉を追う。四散して扉の隙間から家中を漁っているようで、ドタバタと音を立てている。

 

「違う違う! こんなの違う!」

 

「どうして……。どうして……」

 

「認められるはずがないよ!」

 

「なんだこれは!」

 

 次々と聞こえる叫び声。僕が手にしていた黒い鳥皮は、他と感応しているのか、声が聞こえる度に悲しそうにぶるぶると震えていた。

 

 命賭けるほど守りたかった肉親が居ないというのはどういう思いなのだろうか。僕は少し彼らを憐れに思い、好き勝手やらせることにした。両親は仕事で家に居ないし、彼らの言う紗月(さつき)も元から居ないので、黒い玉を見られて困る相手はいない。

 

 

 

 

 

「どうかな。そろそろ落ち着けたかい」

 

 静かになった頃合いを見計らって声を掛ける。自己紹介とやらで長話をしていたとは思えない程に意気消沈しているようだった。

 

「……読み切りの世界に来てしまったのかもしれない、というのが僕たちの考えだ。そして、僕たちは打ち切られた世界で紗月(さつき)が幸せになることを目的としている」

 

 僕にはわからないことだが、彼らにとって「読み切り」と「打ち切り」の世界は重要な物のようだ。

 

「結論として、僕たちは各々で納得する方法を探すことになった」

 

「つまり?」

 

「本当にすまない。僕以外はみんな出て行ってしまったよ」

 

 頭を抱える。これは未来の僕だと言うが、その見た目はどう考えても「紗月(さつき)」とやらを殺した原因である黒い雨だ。僕からすれば毒物でしかない。さっきから小突いたり触ったりしているが、普通に考えると危険物だ。

 

「僕のことだ、何をするか予想は一応つくよ。聞くかい?」

 

「……長話はやめてくれよ」

 

「今の僕にそんな余裕はないさ。じゃあ僕が散った後に何をするかだけど、異能持ちを探すと思う。物理法則を捻じ曲げる異能持ちを。元の世界に戻れる可能性を僅かにでも見出せるなら、僕たちにはそれで十分だ」

 

 僕の目線の高さに合わせて、黒い玉が浮かび上がった。

 

「パフェ、食べに行ったほうがいいかもね。キミが知っているかは知らないけど、紗月(さつき)の友達の雫星(しずく)はテレポートの異能があるんだよ」

 

 

 

 

 

 女の子に人気がありそうな、お洒落なカフェテリアが半壊していた。半分は僕のせいで、残りは野生となった黒い玉のせいだ。そういえば黒い玉は未来の僕だから、10割僕のせいとなるかもしれない。困った事に、僕は弁償できるお金を持ち合わせていないので、人目を気にしながら逃げないといけないだろう。

 

 何故こうなったかと言うと、ちょうど小柄な可愛らしい女の子に、野生となった黒い玉が引っ付こうとして、僕がえいっとそれを叩き落としたためだ。説得するなり、僕に付いて来ている黒い玉が吸収するなりして、万事解決するかと思ったのだが、思わぬ方向に事態は転がり出していた。

 

 小さかった野生の黒い玉が、仰々しい化け物へと変異し始めたのだ。まるで歪な蜘蛛の姿で、それは暴れてカフェテリアを半壊させたというわけ。僕は憑りつかれそうになった可哀そうな女の子が逃げるために囮になっていたら、逃げ場を失って困った感じだ。不思議な事に、この化け物は未来の僕だと言うのに、僕を殺意増し増しの目で睨んでいる。余裕があったら「きゃぁ! 自分殺しぃ!」と叫ぶところなのだが、残念な事に今の僕には難しいようだ。

 

「……ねぇ、あの野良の黒い玉、大きさも力も可笑しくない?」

 

「僕たちは異能が抽出された存在だから概念としてはあやふやなんだ。外殻構造を得るために物質を取り込めば、大きさはそれに比例するってわけだよ」

 

 人間等丸飲みできるだろう大きさの歪な蜘蛛が、その脚で僕を潰そうとする。僕は異能で上げた動体視力や反射神経で何とかそれを回避するが、店内のテーブルが壊れ、パフェやケーキ等のお洒落アイテムが弾け飛んでいく。

 

「うおおおお! あぶなっ! 素手で触った食べ物は汚いけど、念動で触った食べ物は汚いかどうかで友達と語り合ったことがあってね! 手の代わりなんだからやっぱり汚いんじゃないかって話になったけど! そんなわけで! こら! 食べ物に触るな!」

 

「意外と余裕ある?」

 

「無いよ! パニックになって変な事を考えたり口走ってるだけだよ!」

 

 蜘蛛の脚が段々と僕に迫っていた。僕だってそれほど体力がある人種でもないので、このままだと巻き込まれて床に零れ落ちたパフェみたいになるだろう。ちらっと見た先にあったのはメロンパフェだった。メロンパフェはメロンがちょっと水っぽかったり、果肉が甘くてパフェをぼかしたりするから難しい食べ物だよね。僕は好き。

 

「それなら説得しよう」

 

「説得できんの!? 祟り神よ! 鎮まり給え!」

 

「違う違う。彼女よりキミの方が有望だと見せつけるんだよ。彼、というか僕……いや、野良の僕だな。野良の僕は雫星(しずく)の異能を僅かに吸い上げて使ってるんだ。そこを、僕の方が強いって見せれば鎮まるよ」

 

「本当か!? 信じるぞ!?」

 

「なんでそんな疑うのさ」

 

「お前ら勝手に押しかけてきて、妹がいないからって飛び散って、迷惑掛けてるからだろうが! 自覚ないのか!?」

 

「僕に耳が有ったら痛かったかもしれないけど、紗月(さつき)を頭の中に投影したからノーダメージさ!」

 

 耳もそうだが、頭も無いじゃないか。僕はそう言いたかったけど、そんな余裕は無い。

 

「僕が協力しよう。さあ、僕を掴んで。そうしたら叫ぶんだ」

 

「叫ぶ!?」

 

「変身!」

 

「お前が叫ぶの!?」

 

 黒い玉が勝手に叫び、僕の身体をどろどろとした黒い液体が包む。

 

「叫ぶ必要あっ……うわっ、口の中までゴボゴボ……」

 

 顔を覆うのは、ヘドロで出来た歪み切った何かのマスク。澱みしかない腐った皮に似た体表から泥が滲む。整わない身体のバランスと重さで曲がった背。それらを支えるために腰から尾のように、そして溶けた腐肉のように、黒い泥が伸びるように垂れていた。

 

『ごめん、化け物になっちゃった』

 

 はぁぁぁぁぁ? と叫ぶが、歪み切ったマスクの口元から出るのは、腐りきったとしか思えない声帯から発される地の底から響くような威嚇の遠吠え。

 

 それに敵対するように、歪んだ蜘蛛も吠えた。

 

 対峙する2体の化け物から、黒い泥が滴り落ちた。

 

 

 





そういえば3巻で本当の主人公である兄を活躍させる予定だったらしいんですけどね。紗月という少女を見かけ上の主人公にして、死んで退場させる展開をフックにして読者を驚かせようとしたとかなんとか。そこまでが長かったせいなのか、展開がパッとしないせいなのか、そこに至る前に打ち切りになったからそんな展開なんて無くなったんですけどね。作者がツイッターで語ってた展開予定だと兄は黒い泥を装備できたりなんやかんやって展開を予定していたらしいです。私は読みたかった。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。