クライアビス   作:面梟エッホエッホ

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世の中大抵平和である

 

「号外ー!号外ー!」

 

暖かな正午の陽光に包まれた通りに、無数の紙がひらりひらりと舞う。

興奮を隠さない大声で叫ぶ声を遠くに聴きながら、街を行き交う人々は足を止め空を見上げる。

木の葉のように舞い落ちる紙切れを手にした人々が次第に歓声を上げ始め、空気を揺るがすような大喝采が喜びと共に波のように伝播していく。

通りに面したテラス席でカフェラテを嗜んでいた青年もまた、人々同様にひらりひらりと落ちてくる紙切れを掴み取った。

A4程の大きさの紙切れ-この地域一帯で馴染みの情報誌-を興味無さげに眺める長い灰髪を(うなじ)で一つ結びにした青年。

大騒ぎとも言えるような大声に興味を惹かれたのか、同席していた絹のような白い髪を持つ人形じみた少女も横から覗き込んできた。

 

「【連合】領土奪還成功…先日未明南部戦線にて【R-FoLs】が介入。死も恐れぬ猛攻、“死灰の毒霧(グレイヴェール)”を潜り抜け獣人を退けた……もうここまで情報が流れて来たんですね」

「なんせ開戦以来初の圧勝だ。いくら南部が10km単位で遠いと言っても戦勝報告くらい届くだろ」

 

書かれていたのはこの街を含む一帯を領有する人類の連合勢力と隣国【ズームーン】との戦争に関するもの。厄災によって狭められた生活圏を巡るこの戦争は、開戦以来身体能力で勝る亜人種(獣人)に終始劣勢を強いられ敗戦続きだったのだが、記事によると人類がついに反攻作戦を成功させたらしかった。

滔々と記事を読み上げながら少女は青年に視線を向ける。

青年は民衆が諸手を挙げて喜んでいる様を当然だと言いながらカップに口を付けた。

再び記事に目を落とした少女がそれにしても、と小さく零す。

 

「抜けてきても良かったんですか?」

「…俺が指示したのは参戦についてだ。戦場でのアレコレは俺の功績じゃない」

「でもここ見てください。ほら、賞賛ばかり…向こうにいたら英雄にでもなっていたんじゃないですか?」

「冗談、俺は英雄なんて柄じゃない。それに俺()は確かに戦争専門だけどな?それとこれは別の話だ」

「神輿が嫌で取材から逃げ出した、なんてあの人たちが聞いたら笑われますよ?」

「別にいいさ。アイツらとも長い付き合いだし今更だ」

 

記事の一部を指差しながら少女が言えば、青年は無関心から一転、辟易とした様子で息を吐く。

言葉通りに自らが賞賛を浴びる絵面を想像し、余りにも似合わなさ過ぎたその光景に鳥肌が立ったとぼやく青年。

おどけたように肩を竦める青年を映す少女の、ガラス球のような蒼い双眸は幽かな喜色を宿し、それに気が付いた青年はなんとも言えない表情で憮然としていた。

一度息を吐いた青年はテーブルにコインを置き席を立つ。

そろそろ頃合だ、と声を掛け椅子の背に掛けてあった外套を羽織る青年。少女も店を出て行く青年の後を追いかける。

テーブルに残された記事には輝くカンテラが三日月に重なる意匠の旗の写真。

写真と同じエンブレムを背負った外套を翻し、青年は少女と共に雑踏へと消えて行った。

 

-Side Change-

 

街の外れに広大な敷地を持つ館。いかにもな大屋敷のその一室に、二人の人物の姿があった。

アンティーク調の家具に囲まれた部屋で、質素なデザインでありながら趣を感じさせるテーブルを挟み対面する二人。

オフホワイトのブラウスに紺のロングスカートを身に纏い、気品を漂わせる若い女と、欲深さの象徴のような派手な色彩にこれでもかと金細工の装飾を施した礼服で着飾った小柄な壮年。

身分の高さ以外は酷く対照的なこの二人、この場における力関係もまた対照的だった。

片や女は若くとも世界に多大な影響力を持ち、屋敷のあるこの街も含め複数の大都市を領土に抱える大貴族の当主。

対する男は隣国【ダウタバ】では随一の大商会を率いる会頭。自国内においては(あきな)いの一切を取り仕切り、インフラを掌握することで民衆を抱き込み金の力で権力を手にしたとはいえ、所詮は成り上がり(・・・・・)である。

言葉を並べれば対等にも思えるが、所詮一国程度の影響しか及ぼせない男にとって、たった一言で世界を揺るがすことの出来る目の前の女は圧倒的格上だった。その為例え小娘が、と腸が煮えくり返るような激情を内に秘めていようと、外面は取り繕わなければならず。

忸怩(じくじ)たる思いをひた隠しに頭を下げていた。

屈辱-と感じているのは本人だけだろうが-に耐えてまで頭を下げている理由はといえば、当然商談である。

尤も商談は商談でも物資や兵器類の取引ではなく、その有り余る財力を用いた経済支援でもない。男が頼み込んでいるのはこの女当主、()いては“大貴族”ハーロット家の参戦。

 

「それで」

 

女-大財閥にして“大貴族”ハーロットの才媛と謳われる若い当主-ペトラルカが口を開く。カップをソーサーへと戻しながら口角を上げ男を視界に映した。

 

「我がハーロットにも兵を貸してほしい、と。既に貴方達には開戦時の取り決めに従い、十分な物資と人員を送ったはずですが?」

「…ペトラルカ様もご存知かと思われますが。ズームーン…奴らは人類全てに対して宣戦布告したのですぞ?いかにこのハーロット領が遠方とはいえ、敗戦続きの現状では他人事で済ませられませんでしょう」

 

下げていた頭を戻して見れば、驚いたように目を見開いくペトラルカの姿があった。内心当主と言っても所詮小娘、腹芸は苦手か、と嘲笑い、多少危機を装って言いくるめればまんまと騙されるだろうと男はほくそ笑む。

さも状況が芳しくないかのように表情を作り、自軍の損失と戦線の後退で領土が減り続けている現状を大袈裟に伝える。

尚戦闘の様相こそ誇張されているが男の語る内容はほぼ事実であり騙すも何も無いのだが、男の支配領域(テリトリー)である【ダウタバ】は実の所ハーロット領よりも北西にあり、現在最前線となっている南部と東部はどちらも遠方だったりする。

男にとって今攻められている国々は正直どうでもよかったのである。そもそもこの戦争、その勝敗すらも男にとっては些事。

勿論人類が負ければ男の進退も窮まるが、男にはそんな未来が見えていないようだった。

捕らぬ狸どころか存在すら怪しい狸の皮(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)を想像し、男は(カン)(さわ)る声で大袈裟に身振り手振り語る。

 

「南部のサンドラ、東部のソルラーン…どちらも既に国土の六割を奪われ、土地を追われた避難民はこのハーロット領にも来ていると言うではありませんか!サンドラとソルラーン…どちらかが陥落でもしようものなら、次はここが戦場となるでしょうなぁ」

 

声高に熱弁を奮う男は、一度言葉を切ると、失礼と断り腰を下ろした。思わず熱が入ったというような素振りは当然わざと。

場の主導権を手放さぬようにと努めて静かに口を割る。

 

「そうはさせないためにも、我々には貴女様のお力が必要なのですよ、“悲愴の魔女(ソロウ・マギカ)”の力が」

「………」

 

目を伏せ口を噤むペトラルカ。

勝ちを確信し既に満足気な男。

男の目的ハーロットの直接参戦、その狙いは自領に引き篭るペトラルカを外に出すことだった。

ペトラルカの持つ異能の力、男が口にした“悲愴の魔女”の異名の由来となった天候を変える力を戦力としてアテにしているというのも勿論ある。

だが違う。男には戦争の勝ち負けは分かりきっており、最早その後の利権争いしか目に映っていないのである。

詰まるところ男の目的とは。

大貴族ハーロット家当主の排除(・・・・・・・・・・・・・・)

莫大な富とそれが齎す圧倒的な影響力を、自らが成り代わって手に入れようと男は画策していた。

あわよくば目前の見目麗しい淑女を手篭めにしようとすら思っていた。

国一つを手中に収めるに至った成り上がりは、その肥えた権力欲に物の見事に取り憑かれ、己の成した国盗りで得た自信のままに留まることを知らない欲を満たさんと野望を育んで来たのだ。

そして遂にここまで来た。成就は近い。だからこそ最後の一手を指しに自ら来たのである。

そう慢心する男は気付かない。目の前の小娘は項垂れているのではなく、寧ろその口角が微かに上がっていることに。

そして気を良くした男は気付けない。先程から館の外、街がやけに騒がしいこと、その意味に。

 

「そういえば」

 

ペトラルカの静かな呟きが部屋に響く。

決して声量が大きい訳ではない。ただ空気がガラリと変わるような、犯しがたい何かがその声にはあった。

内心高笑いしていた男は不意に正気に戻され、訝しむようにペトラルカに視線を向けた。

 

「ズームーンの宣戦布告には、『虐げられている同朋の救済』という大義名分がありましたね」

「……はぁ」

 

何を言い出すのかと思えば、話が飛んだ。

男は未だに表情の窺い知れないペトラルカを不思議に思う余りに、生返事を返してしまう。

 

「彼らの言う同朋とは、人間に捕らわれ売られた奴隷たち。だからこそ、人類全てに対する戦争を仕掛けるに至った」

「………」

「ですが……奴隷の居ない(・・・・・・)、彼ら獣人を蔑みも(・・・)恐れもしない(・・・・・・)、人々と対等に扱われる、そのような国が在ったとしたら。彼らが襲う理由は無いとそう思いませんか?」

「……まさか、そんな国が本当にあると?」

「あら…お忘れですか?我がハーロットの領内では、奴隷と言う身分はそもそも存在しないのですが」

 

ハッタリだと叫びそうになるのを堪え、男は拳に力を入れる。

それ(・・)一本で成り上がり、一国を支配した今でも財源として多大な利益を上げている奴隷商売。権力も、それに(あやか)る裏の者も逆らい難い分かりやすい力の形。男にとって己の命にさえ匹敵する武器を扱うが故に、その金の流れは男の知るところにある。

男は知っている。

自らの息のかかった売人から何人もの奴隷をハーロットが買っている事実を。それがここ数年の話であることさえも。

間違いなく目の前の女は奴隷を買っている。それも隠しきれない程大量に。居ないハズがない。

自身が知る情報と予想だにしない相手の虚言に、混乱の余り思考が乱れる。驚きの儘に男は焦りと疑念に満ちた胸中をそのまま吐き出してしまった。

 

「か、仮に貴女の仰ることを事実として、それで奴らが優劣を付けると、この国は安全であると、そう仰りたいので?それは我々人類に対する背信ですぞ!?いくらハーロット家といえど、裏切りと取られ…」

 

男が捲し立てる中、遮るように扉が開く。

言葉を遮られた挙句、仮にも商談中の部屋へと無断で侵入した闖入者に、躾のなっていない使用人だと心中で舌打ち、怒鳴ろうと振り返る男。

しかしそこに立つ人物が使用人でなかった為に男の怒りはあっさりと消え、困惑が戻ってきた。

灰色の髪に白い外套。肌も白く、黒い軍装も相俟(あいま)って古ぼけた写真でも見ているかのように色彩の無い青年。

唯一(いろ)のある双眸と目が合い、宝玉のようなその紺碧と翡翠が曇るように侮蔑の色で蔭る。

 

「邪魔するぞ、ハーロット」

 

なんだこの豚は、とでも言いたげな表情(かお)を男へ向けながら屋敷の主へと声を掛ける青年。

礼節のれの字もない振る舞い。お前等眼中に無いと言外に言われた男は、自尊心を酷く傷つけられ憤る。

怒ったり戸惑ったり忙しいヤツだ。

 

「誰だね君は?ペトラルカ様は今、私と商談中なのだ。分からないかね?これだから庶み」

「黙れ豚。お前に用は無い」

「だまっ…ぶ、豚…この私に向かって豚だと…!」

「脂ぎった贅肉をこれでもかと蓄えたその図体、肥え太ることしか頭に無い浅ましさの極みのような顔面、ブクブクブクブクと無駄にデカい…態度も図体も何もかも…どこをどう見ても豚だろう」

「………!?」

「いや、着飾るばかりで清潔のせの字も無いお前と同列に語られては豚に失礼、か」

「な、あ、あ…」

 

怒りの余り青年の正体も分からないまま不満をぶつけるべく口を開いた男だったが、返ってきた言葉に刺され、呆然と間抜けを晒す。

冷えきった目と蔑み一色の声で紡がれた辛辣な物言いに衝撃で思考が吹き飛び、意味を成さない音を吐く男。

そんな無様を鼻で笑い、青年はカツカツと靴を鳴らしてテーブルの前に来ると、男とペトラルカの2人に見えるように一枚の紙を置く。

 

「お前の商談とやらに欠片も興味はないがな、その必要が無くなったこと位は教えてやる」

 

置かれた紙-情報誌-を見たペトラルカはくすくすと上品に笑い花の咲いたように笑みを浮かべ。

対する男は紙をひったくり食い入るように記事を読む。

見開かれた両の眼が活字を追いかけ、先へ先へと進むに連れて男の顔色が悪くなる。血の気が引き唇は青ざめ、手の震えが増すと共に噴き出した嫌な汗がこめかみを伝う。

 

「…人類が、勝った?…そんなバカな」

「俺の部下達は良くやってくれたよ」

 

雑談でもするかのような気軽さでとある武装獣人部隊殲滅の一幕を語ってみせる青年。

紙面を大きく飾る勝利の二文字に声までもが震える。

口から零れた呟きに返された言葉(応え)に、男は目を紙からそれを運び込んだ青年へと移す。

冗談だろう、信じられん、そんな声が聴こえるようだった。

酷く狼狽える男の視線を受けた青年は、失笑しながら大袈裟に肩を竦めてみせた。

 

「どうやら外の騒ぎが届いていなかったらしいな」

 

耳を澄ませてみると良い-…

青年の言葉に合わせるように、いつの間にやら控えていた使用人が窓を開ける。

微かなざわめきは歓声となり部屋を賑やかす。

青年の言も情報誌の文言も、もう疑うことはできない。

無意識に乗り出した体が後ろへ下がり、すっかり気勢を削がれ力の無くなった声で男は問いかける。

 

「………君は、何者だ?」

「なんだ、まだ気付いてなかったのか?」

「この方は【R-FoLs】の現総帥、『ファロ』様です」

 

男の誰何に答えたのはペトラルカだった。

男は青年-『ファロ』-を見上げながら、先程の部下が良くやったという発言を思い出していた。

静かに息を吐き出し、震える唇をなんとか動かす。

 

「…ハーロット様も、人が悪い。……ハーロットの兵ではなく、まさか傭兵を寄越していたとは、思いませんでしたな」

「【R-FoLs(ウチ)】のスポンサーはハーロットだ。昔から(・・・)色々と便宜を図ってもらってるんでね」

 

捕れたはずの狸の皮が絵に描いた餅(目論見が外れ全てが台無し)となり、意気消沈の男は覚束(おぼつか)ない様子で立ち上がる。

失礼させて頂く、と小さく零すと幽鬼のような足取りで扉へ足を向けた。

 

「…お前の目論見は水泡に帰した。人類が皆戦争(もの)を知らない素人だと思うなよ」

 

すれ違いざまの言葉に立ち止まる男。

 

「何故、何故、私の手の者だと…?」

「…自らが獣であることに誇りを持つ獣人は己が爪と牙のみを信ずる、子供でも知ってることだ」

「………そうでしたな」

 

野望の潰えた男は諦観に僅かに口角を上げ去っていった。

ようやく余所者(・・・)が消えたことに深い溜息を吐く『ファロ』。そんな彼に、鈴を転がしたように笑うペトラルカが近付いた。

 

「先程はありがとうございました、お兄様(・・・)

 

正直困っていたんです、と(おど)けたようなペトラルカの言葉に呆れを込めてもう一度息を吐くと『ファロ』はソファーに腰を下ろす。さり気なく豚野郎の座っていた場所を埃でも払うみたく(はた)いていたが、ペトラルカも使用人も気に留めていなかった。

 

「お嬢様、新しく紅茶を淹れておきました。梛沙紀(ナキサキ)様もどうぞ」

「あら、相変わらず良く気が利きますねロラン」

 

何だか疲れたような気分でいた『ファロ』の前にカチャリ、とティーカップが置かれる。

ペトラルカの傍に控えていた使用人、執事のロランが淹れ直したらしい。ロランはペトラルカと梛沙紀-『ファロ』はコードネームであり、梛沙紀が本名-に一礼しその場を後にした。

 

「それにしてもお兄様?この記事は先程刷られたものみたいですが、もしかして能力を使ってここまで?」

「いや?俺はそもそも戦場に出向いてないからな。俺が知ったのもついさっきの話さ」

 

そう言って紅茶を嗜む梛沙紀に、首を傾げるペトラルカ。

依頼していた仕事の成果をこの街に来てから知ったというのなら、この又従兄は何の用で来たのだろうか。

梛沙紀はそんな疑問を予想していたのか、不思議がるペトラルカに得心がいった様子で二通の封筒を取り出す。

こっちが本題だの言葉と一緒に手渡された封筒を受け取ったペトラルカは、封筒が自分と妹それぞれに向けたものであることに、再び首を傾げた。

 

「あら、私とセレス、別々に?…お兄様、これは…」

「あぁ、それについてなんだが…」

 

-Side Change-

 

「嘘っ!エユ、結婚するの!?」

 

一方その頃。

広い屋敷の広い中庭、その一角に少女の声が木霊する。

温かな光の射す庭園で、二人の少女が話に花を咲かせていた。絹のような白髪に透き通った硝子球の如き青い瞳の親友(少女)の唐突な告白に、飴色の髪と赤いドレスが特徴的な少女は驚きの余り声を上げてしまったらしい。

声を上げた少女はこの屋敷の若き女主人ペトラルカ・(リリム)・ハーロットの妹、セレスティア・(イブ)・ハーロット。

姉が客の応対で忙しく暇を持て余していたところ、親友である人形のような風貌の白い少女が訪ねて来たため、こうして二人でお茶会をしていたのである。

その親友-結音(ゆいおと)絵優奈(えゆな)-は恥ずかしそうに下を向く。

 

「少し前に、先生…梛沙紀さんが実家に連れて行ってくれたんですけど、その時に紹介されて」

「あー…救千(くぜん)のお婆様に会ったのね…」

 

少し頬を朱に染めた絵優奈の言葉に、セレスティアは一人の老婆を脳裏に思い浮かべた。

梛沙紀の実家である救世一族の、特に力ある分家-御三家-の当主であるその老婆ならば、孫のように可愛がりもするだろうと納得した。

 

「それでお婆様に焚き付けられたんだ?」

「いえ、その、先生が私のことを俺の嫁だ、と言って」

「何考えてんのよあの人!?」

 

予想外な経緯(いきさつ)に再び声を荒げてツッコミを入れるセレスティア。

姉と違って大人しさの欠片もないようだ。

自分のツッコミでとある考えに思い至ったセレスティアはまさか、と絵優奈を見る。

 

「…ねぇ、エユ?貴女を紹介したのって、まさかとは思うけど…」

「あ、はい。一族全員に伝えた方が良いと、当主会談の場で言ってました」

「そのまさかだった!!!!?」

 

自らも縁戚であるが故に、救世一族の当主会談がどのようなものか知っているセレスティアは、いくら先に思い浮かべていた老婆と同じ御三家の当主とはいえ自由が過ぎる梛沙紀の行動に頭を抱えた。

 

救世一族。その名の通り世の救済を掲げる一族であり、強い神通力を持つ宗家を中心に数多の分家を擁する一大勢力である。

その数ある分家の中で宗家に次ぐ権威を持つ三つの分家が御三家であり、梛沙紀はその御三家の一つ喰世(くぜ)家の当主。

当然年に数回一族の主だった者が集まり今後を話す当主会談にも出席する立場である。

救世一族の当主会談は、単に一族のことを話す場ではない。

世界情勢を鑑みて一族がどう動くかを決める極めて重要な話し合いなのだ。

そんなところで堂々と自分の結婚を話題に挙げるなど、一体何がどうなってそうなるのか。セレスティアには皆目見当もつかない。

頭を抱えてうがーっ!と唸るセレスティアを落ち着かせようと絵優奈が言葉を紡ぐ。

 

「でも、お婆さん以外の方も祝福してくれましたよ?」

「軽ッ!一族総出でノリかっる!普通に祝うんだそこ!?」

 

度々声を荒げた所為か、ぜーはーと肩で息をするセレスティアの背を擦る絵優奈。

そんな姦しい庭園に、ペトラルカと梛沙紀が現れる。

 

「何だ、騒がしいと思って来てみればお前か」

「誰のせいよ!誰の!」

「セレス、余り興奮しちゃダメ。体を壊すわ」

「だってお姉ちゃん聞いた!?こいつ救世の当主会談で結婚報告したって言うのよ!」

「良いだろ別に。家の連中に伝えるんならあの場で言うのが一番手っ取り早いんだから」

「だからって本人にも伝えずに言うか普通!」

 

ビシィッと音が聞こえそうな勢いで梛沙紀に指を差す。

窘める姉の言葉に落ち着かないままのセレスティア。彼女の追及に梛沙紀は悪びれもなく答えた。

しかもしれっと、自然に、臆面もなく、当然のように絵優奈の肩を抱いて。

突然抱き寄せられた絵優奈は目に見えて赤面した。親しい仲とはいえ、こういう場面を見られるのは未だ慣れないらしい。

そんな大切な存在の愛おしさに穏やかな笑みを浮かべ、梛沙紀は言う。

 

「…そもそもの話、()が今こうして平穏を謳歌出来ているのは絵優奈のおかげなんだ。絵優奈が居てくれたから、()は今を見ることが出来ている。そんな唯一のかけがえのない相手(そんざい)が傍に居てくれたんだぞ?情の一つや二つ湧きもするだろ」

「あの、先生」

「ん?」

「恥ずかしいから、やめてください」

「……そう言うなら仕方ない。ごめんな絵優奈、少し悪戯が過ぎたらしい」

 

言われて即座に腕を解くと、代わりに梛沙紀は絵優奈の頭を優しく撫でる。

唐突に目の前でイチャつき始めた親戚に、セレスティアは辟易としたように息を吐き、ペトラルカは微笑ましげにその様子を眺めていた。

 

「それで、だセレス。お前は式に来るのか?」

「行くわよ!親友の晴れ舞台、行くに決まってるでしょ!」

「ククク、それを聞いて安心した。招待状が無駄にならずに済む。全く……このツンデレさんめ」

「誰がツンデレよ誰がッ!」

 

かつての大戦が残した厄災も、未だ絶えない戦火も確かにあるとはいえ。

確かな幸せを噛み締める者も少なからずいるものだ。

騒ぎ立てるセレスティアを他所に梛沙紀は笑う。

 

--世界は今日も平和である、と。

 

-to be continue-

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