転生先が悪逆非道の血みどろ騎士モンスターで詰んだ男、過酷な迷宮で救いを見つける 作:飛び回る蜂
謂れの無い罪により鉄檻と石壁の部屋に押し込められた二人は、どうするでもなく備え付けられたベッドに並んで腰かけている。
アジーは手持無沙汰にメモ帳を開いてはパラパラと眺め、あぁこんなこともあったなと感慨に浸る。
ミリアムはというとこういう時に何もすることがなく、ベッドの上で脚をプラプラとさせたり、寝転がって考え事をする他ない。
捕まった時の取り乱しようは鳴りを潜め、二人は静かに時を待っていた。
「考えて見たんだけどさ、私達なんか悪いことした?」
「してねぇな」
「じゃあなんでこんな目に遭わないといけないのよぉー。もう晩ご飯の時間よ?」
「まぁあれだな。大人しくすんのが吉と見たぜ」
「ひーまーなーのー!」
「知らねぇよ。大人しく待つこった」
二人はダンジョンから出てきてすぐ、『ダンジョン協会』職員達によって捕らえられた。
無論、無理やり手に縄をかけてといったものではなく、あくまで拒否権の無い同行といった形ではある。
もし『ダンジョン協会』が本気で捕らえようとしていたのなら、この程度の扱いでは済まない。
だがそれは
ミリアムが檻の外にいる、入口近くの机に向かう看守に話しかけ始める。もちろん、出来るだけ穏やかにだ。
「ねぇいつになったら解放されるの?返事しないと檻
「ひっ」
拘留から体感にしておよそ数時間経った今、ミリアムの忍耐は限界に近かった。
ダンジョンから出たなら身を清めたいし、新しく得た情報をもって思索に耽りたい。
『
特に籠手は変化した腕力と握力のせいでヒビが入りかけている。折角ならより良い素材に……。
そんなやりたいことが沢山あってワクワクして帰還した中、理由も告げず罪人扱いで獄中に放置。
気まぐれに空っぽだらけの牢獄を監視する職員(非戦闘員)に話しかければ無視、あるいは小さな悲鳴を上げるばかり。
こんな状況、誰であっても納得できる筈もない。
「脅すなバカ。それ折ったらアホ程賠償飛んでくんだぞ」
「こっちゃ理由も言われずいきなり投獄よ?これくらい許されると思わない?」
「……それもそうか。うし、やっちまえ」
「やめてください。待たせたのは悪かったですから」
そこに足音も小さく、協会管理下の拘留施設に二人を追いやった張本人が現れる。
背が高い、杖をついた妙齢の女性。眼鏡を整えている姿は神経質、かつ厳格な印象を伺わせる。
怯え切った職員に「私がいますので結構です」と伝え退室を促すと、二人がいる牢の前まで歩き出す。
「遅くなってしまい申し訳ありません、業務終了後でないと時間が作れないもので。それと居心地が悪いことも分かっています。こうでもしないと体裁が保てないものですから」
「謂れのねぇ犯罪おっ被せやがって。またあんたの悪巧みか?」
「誓って違います。私が悪事を働いたことがありましたか?」
その双眸は開かれておらず、視線がどちらに向いているのかが全く分からない。
にも関わらずその足取りがふらつくこともなく、その足は真っすぐに二人の牢の前で止まった。
彼女の眼は薄っすらと開かれている、ということはない。眼を閉じていることは彼女にとって、何の支障もきたしていないようだ。
潔白を表明する彼女の口元は弧を描くことなく、ただじっと二人を閉じた目で見据えている。
「よく言うよ。あんた、探索者の生き血を啜ってるで有名だぜ?」
「心外な。吸った血は皆さんに還元しているのですよ」
「血を吸ってることは否定しねぇんだな。……あんた一体何を考えてんだ?探索者協会会長『
この街に多数在籍する探索者、彼らを統括する大元締め。
同時に流通するダンジョン産アイテムの卸しを一手に引き受ける、謂わば街とダンジョンの繋ぎ手。
ダンジョンを拓き数多の財宝をその手に持ちながらも、私欲に流されることなく適切に管理する鉄の人。
その閉じられた目が印象深く、また非常に特異的な『スキル』を持つことから『
それが『無明』のヘレスである。
彼女はアジーの挑発に対し、初めて緩やかに口角を上げた。
「今度そのクソダサい二つ名で私を呼んだら舌ブチ抜きますよ、坊や」
「こえーよ。あと坊やはやめろ」
「ならこれで手打ちとしましょう。直接会うのは久しぶりですね、アジー。ミリアムもお元気そうで何よりです」
「お久しぶりです。早く出して貰えませんか?」
「相変わらずの直情ぶり、お変わり無いようで残念です。というかなんで今ダンジョンに行ったんですか?自殺をお考えならダンジョンを利用しないでください、迷惑です」
整った形の眉根を顰め面で内に寄せ、小さな溜息と共に吐き出されるのは二人への呆れと疑念であった。
彼女からすれば、彼らのような無謀な愚か者をダンジョンに
ダンジョンで死んだ人間の多くは痕跡を残さない。次元のズレ、死体漁り、風化により大抵は塵も残さない。
極稀にではあるのだが、それを利用する者がいる。ダンジョンは身投げ場でもなければ世捨て人の終の棲家でもないというのにだ。
入った人間と出ていく人間の数に差が生まれるのは、ヘレスにとって本当に困る話なのだ。
「でも閉鎖してなかったじゃないですか」
「あの状況で入ろうとする人間がいるとしたら後ろ暗い者だけでしょう?……ハァ、せっかく
「俺ぁこいつに騙されて入っただけなんだけど無罪になんねぇ?」
「よくそんな口利けましたねクソボケろくでなし。……別に法に触れたわけで無し、元よりあなた達を罪に問う気はありません」
「あの罪状モドキは?」
「あなた達の鞄から押収した代物が、ダンジョン攻略にかけた時間と明らかに釣りあってないから奪ったものだと適当にこじつけました。ここを出たらすぐ返しますよ」
ですが。
そう言い放つと同時に杖で床にカンッと鳴らす。
途端にヘレスの気配が変わる。先程までの堅物で口の悪いヘレスとしての顔は既に見せていない。
探索者協会会長『無明のヘレス』。数多の探索者達を規則の元統率する絶対権力者である。
二人が無事でよかったと思っている、数多くの資材を持ってきてくれて感謝もしている、事実二人を罰する気など無い。
だがこれより先は全く別の話である。
「協会の長として命じます。何を見て、何を聞いて、何を得たか。状況も踏まえて全て話しなさい。拒否権はありません」
「……ま、こりゃしゃーねぇわ。ミリアム、構わねぇな」
「隠し通せるとも思ってなかったし、丁度いいわね。じゃあ改めて私達があいつに襲われたところから───」
「あなた達は本当に度し難く救いようのない愚かな大馬鹿者ですねぇ……っ!!」
「そうだよな、そういう感想になるよな。俺も思ったもん」
「誠に遺憾でーす」
「お黙り。ちょっと整理させなさい……」
相変わらず眼は閉じたまま、苦悶の表情が強く浮かび上がっている。
キツく寄せた眉根を指でつまみ、強い頭痛に悩まされているかのような姿だ。
その原因は言うまでも無く目の前にいる二人、厳密に言えばミリアム一人。
ヘレスの頭の中には膨大な量の情報と過去の記憶の参照を行っており、とてもではないが二人に気を遣ってなどいられない。
「なんです?7階以下の化け物と血を交換して?理由はないけど出来そうだったからそれと交流を図る為にダンジョンに突入して?実際会ってみたらいい奴だったから安全地帯まで招き入れたぁ?」
「おおすげぇ。ちゃんと纏まってる」
「黙りなさい
「でも会長、私がそういう嘘吐けないの知ってるじゃないですか」
「だから困ってるんでしょうが。あぁ吐きそう、とにかく今回の事は他言無用です。もしどこかに漏れてたらあなた達の首を捻じ切りに行きますのでそのつもりで」
「こえーよ。いやそんくらいヤバいってことか?」
「全てが真実ならば、今この街で発刊されているダンジョンを題材にした全ての書物に修正が入ります。児童文学から歴史書、果ては公文書*1まで」
モンスターとは何か。
それは生き物を脅かす敵であり、財宝へと至る障害であり、理解不能な怪物である。
これらは不文律にして絶対のルール。この世界にダンジョンというものが出来てから不変の常識である。
過去、モンスターは意思疎通が出来ると唱えた学者や探索者は確かにいた。
知識を学習させることでモンスターは人間と交流が可能になる、そう本気で唱えた者達がいたのだ。
「本当に、あなた達は面倒なことをしましたね。つい最近あったばかりでしょう、モンスター研究家の自殺未遂が」
「あぁ、あったわね」
「首輪持ってダンジョンに突っ込んでったアイツか。モンスターも寝食を共にすれば分かりあえるとか言ってたヤバいやつだろ」
そしてその多くは死んだ。
どんなに上下関係を叩き込もうと、寝首を掻くチャンスが一瞬でも訪れればそれを実行する。
使用する言語に法則性は無く、それは見出した人間の妄言でしかなかったと結論付けられた。
モンスターは終ぞ人間を害する為の感情を失わず、得た知識全てを人間を殺害する為に使用した。
人間が持ついずれの『スキル』、技術を学習することは無かった。
モンスターとは、必ず人を襲う動物である。それ以外の結論は存在しない。
共生を前提とした繁栄は不可能であり、あるのは生死を伴うやり取りだけである。
街を走り回る5歳の子供だって知っている常識だ。
「ああもう嫌、何も考えたくない。別にあなた達が死のうがどうでもいいですけど、あのモンスターに交流の可能性があるって言うのが本当に嫌!」
「どさくさに紛れてひっでぇこと言うじゃねぇの」
「そこまで言わなくてもいいじゃないですか。いいやつでしたよ?」
「言うに決まってるでしょうお馬鹿!!外に出てきた時、あれの気まぐれで街の人間が皆殺しにされてもおかしくなかったというのに!というかあなたアレに片腕持ってかれてたでしょう!?なんで庇えるんですかっ!?」
探索者協会会長としての業務目標の一つに、探索者達の死亡率低減という項目がある。
探索者達は日がな一日ダンジョンに潜り込み、その恩恵をカバンに詰められるだけ詰めて外の世界へと持って帰る。
その恩恵は深層のものであればある程大きく、また街の発展にも関係する。優秀な探索者を多く抱えるダンジョンタウンは金の巡りが良く、発展の展望も明るい。
即ち『エリート』まで上り詰める探索者など多い程良いに決まっている。したがって探索者の育成や安全配慮にはどこの街も大きくリソースを割いている。
中層探索者達に探索者育成を実施させているのはそれに起因する。
ヘレスはその点、探索者達の生存率の向上にいち早く目を付け施策を行ってきた。
入場者は必ず窓口で探索者証明書の掲示申告を義務付け、素性の明らかでない人間は極力入場させない。
退場の際も必ず窓口に立ち寄らせ、その日入手したダンジョン産アイテムの報告を義務化。それに伴う危険物の私的持ち出しの禁止*2。
そこまでは程度の差はあれ、どの街でも行われている。ヘレスが次に尽力しているのは衛生面だ。
ダンジョン入退場口がある『門』は言わずもがな。探索者がよく用いる安宿にも公衆浴場設置の義務化、並びに新品衣類の提供を協会支援の下行っている。
更には食事処や酒場の衛生管理と報告を義務化。これにより探索者以外の利用者も大幅に増えたという。
これは本人の潔癖によるものだが、その影響で彼女のいるダンジョンタウンは『この街の探索者は最も美麗である』という評価を得ている。
その全ては探索者達を病死のリスクから出来るだけ守るためだ。
管理者としてダンジョンによる利益を街の発展と生産、その安定に回す。
そこには多くの思惑もあるが、その目的は全て一貫して探索者の生存率を上げる為。
探索者が長生きすれば、それだけで街の利益につながる。
だというのに、目の前の少女は死地へと全力疾走しようとしている。それがヘレスにとってあまりにも愚かしい姿にしか見えなかったのだ。
「でも返してくれましたし」
「あぁ……あなたがぶっちぎりでイカれた女の子だということが分かりました……」
凄まじい剣幕で吠えたてたかと思いきや、血の気が引いたようにフラフラと身体が揺れるヘレスを、アジーは気の毒そうに見ていた。
こればかりはミリアムが異常なのだ。ミリアムは異常事態や不可思議な現象に対し、
世界が認めた常識であっても自分の感性を優先する。必要ならば常識も曲げて受け入れる。
これは生まれ持っての素質でもあるが、ミリアムの生い立ちも深く関係する。
アジーはもう諦めているだけである。とりあえず今回の事は全部「そういうもんだこれは」で受け止めて後は酒で流すつもりだ。
「諦めろよ。コイツがダンジョンに潜り続けてるのだって……」
「アジー」
「……悪かった。そこまで言う関係じゃねぇな俺達は。とにかく、俺達はこれからもダンジョンには行くぜ。ミリアムの勘と俺の経験則、んでアイツの供述が正しければアイツは例外だろ。多分」
「あのですね?これは今までのダンジョン史を丸ごと無に帰すような大問題でして……はぁ、職業探索者に言っても変わりませんか」
「さすが、よく分かってるじゃねぇの。どいつもこいつも明日の飯代と食えもしねぇ名誉が欲しくて探索者やってんだ、そんなこた知らんね」
ヘレスは汚れた酒場のテーブルについた染みを見るような眼でアジーを見るが、当の本人は笑い流すだけだ。
無論互いの存在を軽んじているわけではない。ないのだが、それはそれとして立場や境遇に共感や同情はない。
思考した全てを一度投げやり、ヘレスは手荒く牢の鍵を開いた。
「あの怪物は今5階層以下にいるのですね?」
「多分な。今頃はもう6階か7階だと思うぜ」
「怯えた探索者達に布告が必要ですね。ここ数日収入がグンと下がっていたので、そろそろ働いてもらいましょう」
「信じてくれるんですか?私が言うのもなんですけど」
「ホントよくそんなこと言えましたね。いつまでも穴熊を決め込んでいては経済は回らないんですよ。お二人は帰って構いません、ですが『血みどろ甲冑』に関して我々は慎重になる必要があります。無用な口外はしないように」
「「はーい」」
空いた牢からツカツカと二人は出ていき、その背中をヘレスは見送っている。
その目には呆れと、ほんの僅かに哀愁が漂っている。
「ミリアム」
「はいー?」
ヘレスには言いたいことがいくつかあったはずだ。
そのボロくなった籠手を変える予定は?良い店を紹介しましょうか?
アジーとはまだ数回しか会ってないでしょうに、随分仲良くなったんですね。
あなたは有名なんです。日頃振る舞いには気を付けていますか?
まだ
「……お気をつけて。ダンジョンはあなたを謀りはすれど、気遣いはしませんよ」
「分かってますぅー。お小言はもうこりごりですってば、新人の頃からいびってばっかり!」
「なら小言を言われない立ち回りをしなさい。アジー、あなたは今後組むことも多くなるでしょう。気を付けさせるように」
「いや俺に言われても……わーりましたよ、あんたには世話んなってるからな。一応見といてやる」
「なにをぉ!私がいなきゃ死んでたくせにぃ!」
「ケンカはやめなさい、子供ですか。ほら早く行きなさい、あなた達を見てると頭痛がします……」
一切全てを飲み込んだ。
本人がやると誓ったことに口を出していい立場ではない。それくらい弁えている。
ただ、前を向いて明るくダンジョンへと向かうミリアムの姿は、ヘレスにとってあまり見ていたいものではない。
怪物の群れ、人間の欲と情熱渦巻くダンジョンに足を踏み入れると決めてしまったのなら、もう後戻りはできない。
「はぁ、手のかかる子達だこと……さて」
ヘレスは二人が去っていった牢屋の前で、小さく呟いた。
そしておもむろに手帳を開き、今後の予定と行動を照らし合わせる。
「急ぎ会議を開かなくては。二人から買い取るアイテムの流通先は選定が要りますね。慎重にやりましょう」
「それと査察官への対処……こちらはゴウカフに投げるのが適任でしょう。それから……」
手帳を開きながら歩き始めてはブツブツと独り言を口ずさむ。
どれほど忙殺されながらも、彼女は目を閉じたまま未来を見据えていた。
『ダンジョンルール・痕跡』
ダンジョンで死んだ人間は通常痕跡を残さない。したがって一度入った人間が死んだ場合その行方を知ることは出来ない。
が、ヘレスは特殊な秘儀を用いることで、その探索者が死んだかどうかだけは判別できる。
それはこの世界でヘレスだけが持ち得る秘儀であり、その方法は他ならぬ本人によって秘匿されている。
ヘレスはその秘儀を用いて、ダンジョンタウンの運営に成功している。
彼女の秘儀によって、帰らぬ人を永遠に待ち続ける悲劇は劇的に少なくなった。
それがヘレスへの支持を集めることに繋がっているのはある種当然であった。
「帰らぬ人を待つこと云百年。そんな経験をしたら、同じ思いをしてほしくないと思うのは当然でしょう?」
ヘレスは探索者の死について虚偽を吐かず、誤魔化しもしない。