転生先が悪逆非道の血みどろ騎士モンスターで詰んだ男、過酷な迷宮で救いを見つける 作:飛び回る蜂
7階の探索が始まってから体感で3日は経っただろうか。
想像以上に新しい知識が入らないままやるせなくなった僕は今、6階にいる。
調査は順調とはとてもじゃないが言えない。なにせ推測をするにも前提知識があまりに少ない。
現代的な草花、生き物の知識は少しだけあっても、見るもの全てが未知じゃあどうにもならない。できるだけ記憶しておくので精一杯だ。7階を隅々まで調査するには長い時間がかかりそうだ。
とはいえ、その道中新たな発見と意外な収穫もあった。ミリアムさんとアジーさんへのお土産になりそうでちょっとワクワクしている。
それとこの身体で出来ることが少しだけ増えた。
この身体が戦う時、その時のことを思い出して少しずつ身体を動かしてみようとしていた際の副産物だ。
今までよりも早く走ったり、集中した時に強く周りの気配を感じられるようになってきている。
馴染んだ、というのが一番確かな気がする。
けれど剣の振り方や構え方、そういったものはピンと来ていない。戦うための身体の動かし方はまだまだといったところだ。
『沼』のなかには剥き身の剣がそのまま入っているようで、鞘から抜かなくてもいいのはちょっとだけありがたい。
鞘に収まっていたら間違いなく抜けなくなっていたと思う。剣の振り方ひとつとっても今の僕では棒切れ振り回すのと大差ない。
手に持った幅広の長剣、見た目に反して重さをあまり感じないあの剣を持つ度に「早くまともに振れるようになれ」と言われているような気さえしてしまう。
それがちょっとだけ嫌で、探索中は剣を沼に放り込んだままだ。当分は自動操縦頼りだ、才の無さがひたすらに悲しい。
(7階に比べて6階は明るいなぁ。通路の見通しがいいだけでこんなに……?)
「……!……?」
「……。……!!」
多少の収穫もあったし、これらを元手に更なる探索を……そう考えていた時だった。
通路の向こう、反響した誰かの声が遠くから響いている。
聞き取りにくいけれど……多分会話。それもかなり大きな声を張っている。
(人がいる?けど、どうしてここに……?)
二人から聞いた話からするに、ここは今(僕のせいで)危険な領域の筈。
まだあれから数日しか経ってないだろうに。自分で言うのもあれだけれど、立ち入りの制限とかはしていないのかな?
こういうのって安全性が確保されたりでしばらく封鎖とかになりそうなものだけれど。
何はともあれ、一度様子を見に行こう。
今なら何かあっても助けられるかもしれない。
反響する声を頼りに辿り着いた場所に来れば、かなり開けている通路に出た。
どうやらさっきまで自分がいた場所は脇道のようなところだったらしい。
広い通路にこだましていた声はまだ聞こえる。通路の際から広い通路の左右を覗き込む。
そこにいたのは紛れもなく人間だった。どうやら僕のいる方向へ向かって走ってきている。
だが、見るからにただ事ではない状況でもある。
「階段まで急げッ!階を超えさえすればいい!」
「くそっ、しつこいよコイツらっ!」
見える範囲で6人。1人が盾役、1人が迎撃、2人が後方から魔法と弓の狙撃で援護。
そして残った1人が怪我人を担いでいる。担がれているのは結構大柄な騎士甲冑を着込んでいる。
運んでる側も凄い筋力だ。っと、今はそんなことどうでもいい。
それを追い回すのが巨大蜘蛛の群れ、その数9匹。
正面の盾役が3匹を抑え、迎撃役が左右から襲い掛かる蜘蛛を小剣で斬る、あるいは蹴り飛ばし、離れた所を魔法と弓が射抜く。
だがあまりに人手が足りていない。正面の3匹はともかく、左右に蹴散らした蜘蛛が空けた穴をすぐさま後ろの蜘蛛がまた詰め入る。
魔法は巨大な氷の針を飛ばしているようだけど、あれ相手には効果が薄く見える。弓も当たり所が悪いのか致命打とならない。
そうだ、あれには以前追いかけられたことがある。必ず集団で現れ執拗にこちらを追い回してくる。
牙は鋭く毒を垂れ流す恐ろしい虫。まともに立ち合えば一瞬で喰い殺されてしまう獰猛さを持つ。
更に言えば、あの蜘蛛は
このダンジョンはどうやら階が変わるとモンスターがガラッと変わる。
なのにどうしてここに……?
「クソッ。おいゴウカフ!」
「ダメだ!置いていけん!」
「このままじゃ全員死ぬ!」
「見捨てればどちらにせよだ、我々に選択肢は無いッ」
その先頭で大盾を構えた『ゴウカフ』と呼ばれた壮年の男性。
彼には見覚えがある。あの時、先頭に立っていた盾の騎士だ。
強い意志の眼、僕に向けられたあの目が、今度は他のモンスターへと向いている。
もう一人、弓を持った彼女もだ。あの時の5人の内の1人、一番後列から弓を引き絞っていた人だ。
他の3人とは一緒じゃない所を見るに、彼らが組むパーティは毎回変わるのかもしれない。
いずれにしろ察するに、彼らは窮地に陥っている。
なら助けに行かないと───
(───もし、この身体が彼らを敵だと認識してしまったら?)
(あの人達は僕を殺そうとした。この身体がそれを覚えていたら?)
あの人達とは一度、明確に敵対している。
一度でも敵対してしまったことを、この身体は敵として覚えてしまったのでは?
想像してしまい、駆け出そうとした足が止まる。
あの群れの真ん中で、モンスター諸共あの人達を切り刻もうとする禍々しい
二人は大丈夫だった。けど彼らがどうだという保証は?
もし
(ダメだ、行ってはダメだ。行けば取り返しがつかなくなる)
「あとどれくらいだァ!?距離はァ!」
「ダメだ、まだ遠い……ッ!」
彼らの歩みが少しずつ遅くなる。命の灯火はすぐにでも消えてしまうかもしれない。
でも消えないかもしれない。自分が何をしなくても彼等は助かるかもしれない。
二人から会いに来てくれたのとは状況が違う、今度は自分から姿を現さなければいけない。
手元に視線を落せば指先が震えている。ただ一歩踏み出すのがこんなにも怖いなんて。
(近づいてはいけない。何もしなければ何も僕の責任にならない!二人だって賢い選択だって、仕方ないことだって言ってくれる……っ)
「とんだ貧乏クジだ……こんなところで死んじまうなんて」
「呪詛は呪う舌が残ってからにしてくれ!今は生き残ることだけを考えたまえッ!」
自分の選択が人を殺すかもしれない。選ばなければ、彼らが死ぬだけ。
けどもし行けば彼らの喉笛にこの手で剣を突き立ててしまうかもしれない。
そうだ、何も見なかったことにすればいい。誰も責めない、知らないと言い張れば……
『またな』
『またね!』
(……それは、ダメだよ)
怖い、行きたくない、逃げたい、選びたくない。
けれどそれ以上に、失いたくない。
(二人はあの日
細い通路から出ていく。少し走れば、彼らが届く距離にいる。
距離にして30メートルくらい。この身体なら一瞬の距離、彼らからすれば永遠にも等しい距離かもしれない。
人を担いで全力で走る大柄な男性の眼がこちらを捉えた。
「ッ!?ダメだぁ!リュカ、ネイ!道を変えてくれぇ!!」
「ごめんよガロン、そんな余裕は……っ!なっ、ここに来てあの野郎……!」
「あぁ、そんな……階層越えの怪物……っ」
足元に溜まった小さな沼に手を差し、長剣をスラリと引っ張り上げる。
まだこの身体の主導権は僕にある。大丈夫、彼らは敵じゃない。
剣を引き抜き背負い、その場で小さくしゃがみ込み、思いきり脚に『力を溜める』。
弱気な自分に、喝を入れるように!
(なのに誰よりもっ!僕自身がっ!諦めようとしてどうするっていうんだッ!!)
気休めかもしれないけれど、明確に目的意識を持つ。
『全力移動』からの正面突破。
一匹残らず、あの蜘蛛達を仕留める。
「万事休すか、畜生……!」
「……否、まだだ!リュカ!ネイ!ガロン!ヴァズ!奴が飛び込んできたら蜘蛛への道を開けろ!運が良ければ『食い合う』かもしれんッ!」
「バカがッ!上手くいく訳無ェ!!」
「死んでから文句は聞こうッ!私達は君達の命を預かっているのだ、諦めるつもりなど毛頭無いッ!」
あぁ、そうか。ミリアムさんも、あのゴウカフって人もそうなんだ。
誰かを守るために、最後まで諦めない人なんだ。
なら、僕も諦めない。
僕は
ここで彼らを見捨ててしまったら……僕はひとでなしになってしまうから。
(僕は選ぶよ。どんなことがあっても、全部受け入れて前に進むから)
(
(───力を貸してッ!!)
ギリギリと引き絞られた弓のように。
僕はその身体を矢のようにして、彼らの元へと跳んだ。
「オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ッ!!」
片手で背負った剣と共に、地底に響く雄叫びとと共に駆ける。
既にこの身体の主導権は離れた。後は……何が起きたとしても、僕が全部背負うから。
「来るぞ、道を───ッ!?」
疾走したまま彼らの目前へとその瞬間、一瞬スローモーションのように視界が止まる。
ほんの僅か、刹那のタイミングではあったが間違いなかった。
最前線で耐え続けていたゴウカフさんと目が合った。
すわ気のせいか、そんな僅かな瞬間ではあった。けれど間違いなくその視線が『繋がった』。
「───」
「───!?」
そのまま彼の足元で急停止、今まさに彼を食いちぎろうとしていた蜘蛛の口に拳を叩きつける。
牙が数本折れる感触、同時に悲鳴のような鳴き声を上げて蜘蛛の一体が吹き飛ぶ。
しかしそれでは終わらない。
「チチチ……!」
すぐさま左右と正面、合わせて5匹の蜘蛛が牙を鳴らして一斉に襲い掛かる。
獲物を取られたと判断したのか、あるいは目の前の敵だけを認識しているのか。
だがその選択は正しくない。その場で剣を両手で背に構えてしゃがみ、全周を攻撃できる態勢を取る。
「ガア゛ァ゛ッ!!」
『回転斬り』が巨大な蜘蛛を一斉に、力任せに薙ぎ払う。
かつてどこかで見た
振るうのは似ても似つかない悪名だけが響いていそうな悪魔騎士だ。
よく映えるシチュエーションだなんて、不謹慎な考えが浮かんでしまう。
けれどこの行動は大きな希望を僕に与えてくれた。
通り過ぎた面識のない人も、以前対峙した戦士にも危害を加えなかった。
この身体は今、
「あ……あぁ!?おい、何が───」
「後にしてヴァズ!今はここを離れるんだよ!」
「『食い合い』を人為的に起こすなんて……恐ろしい胆力ですね、ゴウカフ」
「……無駄話は後だ、急ぎ逃げたまえ!私が殿を務める!」
吹き飛ばした蜘蛛はひっくり返り藻掻いているが、続く4匹が襲い掛かる。
既に6人は間合いから離れている。自由に動くには何ら問題ない筈だ。
白く生温かい吐息が血と共に、首元から排出される。不快感が背筋を走るけれど、今だけはそれも有効に使える。
片手で足元の血が混じった汚泥を力強く蹴り上げ、正面から来る4匹の蜘蛛へと撒き散らす。
「ギギィッ!」
2匹の赤い複眼へと泥が突き刺さる。
これによりまともに動ける個体は残り2匹。経験則から順当に処理すればもう苦戦はしない筈だ。
チラリと後ろを見れば彼らは既に遠い。無事逃げ切るだろう。
(怪我人もいる、蜘蛛を倒したら追いかけないと)
その為にも全力で、この蜘蛛達を仕留めてもらう。
……他力本願ここに極まれり、情けないなぁ!
『パーティ』
ダンジョンは何人で探索に出てもよい。そこにダンジョン協会からの明確な規則は無い。
分け前の分配や行動に支障が出ない範囲という点から『二人以上かつ探索する階層×人数』を指標とするところが多い。
ダンジョン『ダイダロス』を抱えるこの街では、現協会長の方針により上記以外にも特に『単身でのダンジョン探索』を厳禁としている。
探索者が命を落とした場合、その遺品回収や死亡時情報の入手が極めて困難になるからだ。
「二人以上でも死ぬときは死ぬ?ごもっともです。私はその可能性を減らす為に日夜働いているんですよ」