転生先が悪逆非道の血みどろ騎士モンスターで詰んだ男、過酷な迷宮で救いを見つける 作:飛び回る蜂
「おっはよ~!ちゃんと起きれたみたいね、感心感心」
「ミリアムこそ、酒入ってたのによく起きれたな」
「酔いが醒めやすい体質でね。クローカは来ないんだ?」
「いつでも一緒な訳じゃないぞ。それにこれは俺がしたい事だ、付き合わせるのも悪い」
探索者協会が所有する時計台の下、ミリアムとケインは待ち合わせた。
傍から見れば若者の逢引きかと見紛うものだが、彼らを見た通行人がそう誤解することはない。
ミリアムは軽装の普段着。シャツにショートパンツ、装備を着けていないだけで探索に行く時とほとんど変わらない。
対するケインは普段着ではなく、余所行きの丁寧な礼装を身に纏っている。
逢引きと誤解されることは無いが、二人が何をするのか予想できる者もいなかった。
「んじゃ行きましょっか。あっ、案内はするけど口利きはしないからそのつもりでね。コツは深入りしない、根気強く、長く興味を惹けるものを提示すること」
「わかった。行こう」
それを皮切りに歩き出した二人、そしてそこから少し離れた細い路地。
やりとりを見ていた二人の旅人は、そっと同じ道を歩き始めた。
その顔は好機の誘惑に負けた少年達の顔であった。
「ここね。一応先に連絡は入れておいたから。あとはケイン、あんた次第よ」
「分かってる。ミリアムも気を付けて」
「はぁい、また明日ねぇ~」
裏路地を進んでしばらく、ようやく二人が立ち止まったのは一件のこぢんまりとした建物の前。
今日は火を焚いていないからか煙突から煙が出ていないが、それ以外には何の特徴も無い古い家にしか見えない。
尾行していた二人は今も疑いの目でそれを見ている。
高名な鍛冶師ともあれば当然街一番の鍛冶場にいて、豪邸とは言わずとも悠々自適に暮らしていると信じて疑わなかったのだ。
「……同名の人違いじゃないか?」
「いやしかし、昨晩確かに武器防具を扱うと……」
「合ってるわよ、鍛冶職人のグラノドでしょ?」
「いやいやいや、グラノドがあんな小さな家に住んでるとは思えない、よ……」
ボグがそう呟いた所で、ふと思う。今のは絶対に同行者の声ではないと。
それが示すところは一つしかないだろう。二人の首がゆっくりと後ろに向けられる。
滝のような汗が額と背中から噴き出すのを感じながら、ケンダルが恐る恐る言葉を返す。
「……いつからお気づきで?それに、どうやって?」
「集合場所に着いた時から見られてるのは知ってたわ。気配を探るのはアジー……仲間より苦手だけど、見られてる分にはすぐ分かるし。あとは視線切って建物を壁伝いに跳んできただけよ、静かにね」
「と、跳んで……?なら撒くのも簡単だっただろ?なぜそうしなかった?」
「下手な尾行だから腕自慢の強盗じゃないのは何となく分かってた。なら逃げ道潰して直接締め上げた方が効率的じゃない?……ごめん冗談だからそんな顔しないでっ!?子供殴ったりしないから私っ!?」
冗談と言えど、30mは離れた所からほんの数秒で音も無く背後に回った生粋の探索者から放たれる処刑宣言である。
聞き流すにはあまりに重い。今二人の命運は目の前の少女に掴まれていた。
しかしミリアムはというと大して気に留めることも無く、話を進める。
「私はミリアム。あなた達は?」
「え、あぁ、俺はボグ。アトラスから来た」
「ケンダルです。同じくアトラスから」
「やっぱり鍛冶師志望だったわね。まっ、ケインが出てから会いに行ってみれば?」
「「えっ」」
「あそこは武器屋よ?入って見ていくだけなら文句は言われないわ。おじ様は来客ってだけで嫌な顔するし気にしない気にしない。じゃ、そういうことだから頑張ってね~」
そう言い残し、ミリアムは二人を協会に突き出すことなく去って行った。
二人はあまりの展開にぽかんと開いた口が閉じず、ミリアムの背中を黙って見ていることしかできなかった。
その背中が見えなくなったころ、ようやく二人は目を合わせた。
災害に備えていたら知らぬところで過ぎ去ってしまったような、そんな虚脱感が二人を襲っていた。
互いになんと言葉を交わせばいいかもわからずまごまごしながらも店の前に立って数分、先程入店したケインが建物から出てくる。
手には何か書類を持っており、それを眺めるケインの目は厳しい。
擦れ違った二人には気付いておらず、表情を険しくしながらも口元は笑みが浮かんでいる。
「……知らない金属ばっかりだ。商会と実家を当たってみるか?まずは玉鋼から……」
ケインの独り言をしっかりと聞いていた二人は今日何度目かの驚愕を感じた。
玉鋼。ケインは知らないようだが、鍛冶師の間では言わずと知れた『刀』の材料だ。
剣は鋼鉄を用いるのがメジャーだが、刀はかなり特殊な鍛造を行うことを二人はよく知っている。
その例に漏れず二人はその技術を修めておらず、グラノドにはそれを扱う技術がある。
更にグラノドはケインを見て迷わずその武器を勧める鑑識眼を持っていることも理解した。
体格やダンジョン内で用いることを鑑みるに作るのは『打刀』だろうか。
いずれにせよ、彼の要望を自分達に叶えることは出来ないだろう。
グラノドは目の前だと言うのに、たった一人の呟きに自分達が遥か小さく見えた。
二人共物心ついてから鍛冶をしてきた。幼いながらに鍛冶一本で食っていける自信はある。
だがたった一人の客の為に剣を打ったことはなかった。今打てる剣は戦いの中で消費されていく数打ちの剣でしかない。
それが恥ずかしかった。グラノドの店を前にしても中へ踏み出すことが出来なかった。
「俺達……ここに来るの早かったのかな」
「私は、いえ、決してそんなことはありません。あってなるものですか」
生まれてこの方鍛冶と炉に魅せられ、そうなることだけを夢見て鍛錬を積んできた。
かの高名な鍛冶師に是非会いたい。そんな一心で長旅も耐えられた。
子供ながらに才能もあった。憧れにだってきっと手が届く。そう信じてここまで来たのだ。
けれど自分達が考えていたより、自分達はずっとずっと子供だったのだ。
目の前の顧客に合わせて武器を造る。そんなことも出来ないまま家出同然に飛び出した自分達が、途端に恥ずかしく思えてしまったのだ。
それは鍛冶師にとって、初体験も済ませていないのにどんな客も相手にすると豪語している娼婦のようなものだと認識していた。
「……どうしよう。ねぇ!どうしよぉ!!」
「うるさいですっ!大きな声を出さないでくださいっ!」
「だってどうしたらいいんだよぉ!」
「そんなの、そんなのなにかやるしかないでしょう!?」
帰ればきっと相手にされなかっただろうと笑いものにされる。
何の土産話も無く帰れば馬鹿にされるに決まってる。
そう思ったら途端に怖かった。自分達は必ず成果を持って帰れると信じていた。
それが今や家族に手紙を出すことすら考えたくなくなっていた。
やらなきゃよかった、無謀な事をしなきゃよかった。そんな思いでいっぱいだった。
そんなだからか開いているドアにも、仁王立ちで頭に青筋を立てている家主にも気付けなかった。
緑の鱗、ケンダルに似ているがより鋭い目つき。
パイプを咥えていたのだろう、僅かに煙が漏れる口からは僅かに牙が覗く。
何かの作業中だったのか右手にはレンチを持ち、ベルト付きのポシェットからは歩くとガチャガチャと音が響く。
イライラとした様子で
「うるさい。家の前で騒ぐな」
「「……ごめんなさい」」
「まったく、時計の部品は神経を使うというのに……なぜ今日に限って2人も3人も客が……」
店の中から現れたグラノドは鼻を鳴らして振り返り、ブツクサとぼやきながら苛立ち紛れにドアを閉めて戻ろうとした。
しかしその間際、ボグが全力で閉じるドアを足を挟んで押さえた。
止めた衝撃でドアベルが鳴り、グラノドが胡乱げな目でボグを睨みつける。
びっくりして目を見開いたケンダルを他所に、ボグは堂々と声を発する。
「俺達を弟子にしてくださいっ!!」
「面倒だ。断る」
「(この国には)帰る家も無いんです!!(家を買う程は)お金も無いんです!!(鍛冶しかできないけど)なんでもしますからぁ!!」
「は?お前、お前……ッ!うるさい!とにかく入れ!早くしろ!!お前も!!」
「えっ、あっ、はい」
まったく以て本意ではない、そもそもグラノドは風評など気にも留めない男だ。
だが児童に無体を働いたとあっては流石に街に居づらくなる。この街の雰囲気をそれなりに好んでいたグラノドの苦肉の策であった。
そのことを話すたびにグラノドは嫌そうな顔をするが、彼らは街一番と言っていい程の頑固者が初めて招き入れた人間達であった。
『時計』
『国』が規定した日が昇ってからまた昇るまでを計測し、大まかに12分割したもの。朝、昼、夕に鐘が鳴り時刻を知らせる。この技術が生まれてから日が浅く、持ち運びできるサイズの物はまだ存在しない。
動力にはゼンマイと魔力を用いており、その複雑な機構からメンテナンスできる人間はごく限られている。配置された町は調整を行う人間を必ず一人以上配備することが義務付けられている。したがって時計を配備する街は大規模な街がほとんどである。
時計の有無は「街」と「村」を分ける指標ともなっていて、時計があるかないかでその地域の経済規模を把握するのは商人や旅人の常識となっている。