転生先が悪逆非道の血みどろ騎士モンスターで詰んだ男、過酷な迷宮で救いを見つける   作:飛び回る蜂

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45 時間、想い、価値

 それからほんの少しの時間を置き『徘徊者』はやがて顔を上げた。腹は決まったようだ。

 彼は静かにしゃがみ込み、いくらか時間を掛けて中を漁る。

 そうして取り出したのは一輪の紅い花であった。千切らない様そっと取り出したそれを、傍にいるミリアムへと渡した。

 

 

「これを渡せばいいの?え、違う?私に?」

 

「おや、それはどういう意味か聞いても?」

 

「えっと、7階の探索中に見つけて綺麗だったからあげたかったって。会長には別なものを……ねぇそれ今じゃなきゃダメだった!?いや忘れない内にじゃないのよ、貰うけど」

 

 

 どうやら個人的な贈り物であって本当の提出はこれからのようだ。

 なんとも緊張感に欠ける行いであり、元々薄かった毒気をさらに抜かれてしまう。

 外部では一部の学者らしき人間が「7階の花!?植物だと!?」と遠目からその花を穴が開く程見つめ、今にも人ごみをかき分けてこちらに迫って来そうな勢いだ。

 7階は現在調査中の階層である。それを考慮すればこれも間違いなく価値ある物だろう。

 そんな彼の頭の上には変わらず蒼い鳥が目を閉じてスヤスヤと眠っており、それもまた彼の穏やかな気配を後押ししていた。

 

 

(気に入った一個人への贈り物とは……何とも人間らしい。その選定基準も綺麗かどうか、つまり感性に依るもの。そしてこの状況、『徘徊者』が人間の側であるという強力な意思表示になることだろう。そこまで考えてやっているなら、恐ろしいものだ……)

 

 

 花を貰って喜ぶミリアムと、無事渡せて安心しているのかその姿をそっと眺めている『徘徊者』。とてもではないが、一連のモンスター騒動における最初の被害者と加害者には見えない。

 そしてこれを見た者の多くは理解しただろう。最初の被害者『ミリアム』は『徘徊者』の存在を許したのだと。

 もしこれを打算でやっているのならば怪物的な役者だが、先の振る舞いを見た限りではそうは見えない。同時に、そう思いたくはないと考えていることにエボ自身驚いた。

 

 

「となると採取したのは幾分前なのではないか?枯れていないのも興味深いな。まさかその沼の中にある物は劣化しないのか?」

 

「そうみたいです。それで今から本命をお渡しするみたいで……でも、何?この感情……?大丈夫なの?」

 

 

 思わぬところで彼の能力について知らしめ、突然花を渡したと思いきや今度は更に深くしゃがみ込み血の沼へ徐に片腕を突き入れた。

 余程大事にしまい込んでいるのか、時間を掛けて沼の中から引きずり出そうとしている。巨大な物なのか、それとも非常に繊細な工芸品のような品か。

 その仕草に僅かに期待が高まる。ダンジョンの神秘そのものに突きつけられた無理難題からはいったいどれほどの品が出てくるのか。

 期待と緊張に場が満ちる中、『徘徊者』が静かに()()を引き上げた。

 

 

「それは……ロケットかね?」

 

 

 丁寧に、硝子細工を手にするようその手に乗せられていたのは小さなロケット。

 一目見た様子では細い金属のチェーンが付けられた、何の変哲もないただのアクセサリー。

 大部分は錆びて変色しているが、銀細工で仕立てたのだろう意匠がキラリと光る。しかしそれも傷が多くつけられており、保存状態もあまり良好ではなかったのが分かる。

 エボの見立てでは少し大きな商会に行けば簡単に用立てられ、買取に出したとしても傷付いた銀細工以上の値がつくことは無い。よくて二束三文、悪ければ買取拒否と言ったところだろう。

 もしや中に宝石が埋め込まれているのか?そう考えて中身を改めようとしたところを、隣に立つミリアムがそれを制止する。

 そして小さな声で『徘徊者』に呼びかけた。

 

 

「あなたが見たもの、私にも見えたわ」

 

「……」

 

「これ以上に価値あるものは思いつかない……これがあなたにとって最も価値ある物なんだとしたら……あなた、少し優しすぎるわよ」

 

 

 一体何があったのか、何を見たと言うのか。

 それを聞き出す前にミリアムは『徘徊者』の手にあるそれを代わりに受け取り、エボへと差し出した。

 

 

「それはある探索者の遺品です。当分先だと思っていたけど、ここで約束を果たす。彼はそう考えています」

 

「約束?何のだね?」

 

「……家族を、仲間を置いて逝った男より。遺言を届けてくれ、と」

 

 

 それを見ていたヘレスはすぐさまミリアムの傍まで近寄り、そのロケットを近くで見てようやく気が付いた。

 これは何年も前にダンジョンの中で帰らぬ人となった男が身に着けていたアクセサリーだ。

 探索者となって長く、その勇猛さからあっという間に『エリート』まで上り詰めた男。どんな時でも肌身離さずそのロケットを身に着けていたからよく覚えている。

 同僚探索者、救助専門パーティによる捜索もその場で検討されたが、彼の最終目撃階層は7階。『血みどろ甲冑』の階層である7階を捜索するには当時の探索者達はあまりに力不足だった。

 だが奇妙な点もある。その男が行方不明となった時期は今から5年も前の話だ。

 まさか。思い至った結論を確かにするべく、ヘレスは『徘徊者』へ問いかけた。

 

 

「貴方は……自我を持ってから、一体どれ程の間ダンジョンを彷徨っていたのですか?」

 

「……」

 

「覚えていないって。長い間、たまに見つかる死体から血を飲んで、遺品を預かって生きて来た……そうだったの……」

 

 

 5年というのはあくまで最低でもそれだけの期間。日も差さず時間間隔も分からず、自分に襲い掛かるモンスターが蔓延るダンジョン、それも現在人類が挑める最奥をたった一人で彷徨い歩き続けたのが『徘徊者』だというのか。

 並の探索者なら時計も持たず1週間も日に当たらなければ精神が弱る。2週間を過ぎれば精神を病み、1か月ダンジョンで過ごせるのは強い信念か、確固たる目的が無ければ不可能だろう。

 『徘徊者』の名前はつい最近ダンジョンを歩き始めたからついただけにすぎなかった。しかしその名前は確かに、彼に相応しいものであったのだ。

 

 『徘徊者』は言葉を発することが出来ない。言語そのものは理解しているようだが、発声器官がない。

 それは会話の手段が奪われているだけでなく、同時に目の前で死に逝く人間1人に声を掛けることすらままならないことを意味する。

 出来ることはからっぽの喉から吼えるような嗚咽を吐き出すことと、溜息を吐くことだけ。そして死を目前とした探索者の前ではそれすらも許されない。残酷な()()を想起させてしまうそれを『徘徊者』は強く嫌がった。

 彼は死に直面した者の前で息を殺し、己の不甲斐なさに心を痛め続けながら今際の言葉に静かに耳を傾けた。

 そうして尚心折ることなく、ダンジョンの牙にかかった何人もの探索者を看取って来たのだ。

 

 

「遺言を伝えます。……今誰が目の前にいるのか分からない。もう目が見えないんだ。もしも叶うなら遺言を届けて欲しい。俺の名はオルキン。妻にすまないと。仲間達に、無事帰れたか?組めて楽しかったと。ヘレス会長に、すみませんと」

 

「……あの大バカ者。皆が泣いていたのを知らないまま逝ったのですか」

 

「続けて彼の意見です。……自分にとって最も価値あるものは、これだと思います。例え途中で死んでしまったとしても、その意思を誰かが継いでくれる。それは想いになって伝わって、いつか歴史になって。積み重なったそれはきっと、物よりずっと価値があると思う……合ってる?そう、よかった」

 

「意思。そうか、それが君にとって価値ある物なのだな」

 

 

 概念には価値を付けられない。よってそれは無効だ。エボはそう言うことが出来なかった。

 そうなのだ、その通りなのだ。意志は、魂は確かに受け継がれていき、そうして紡がれるものは確かに価値があるのだ。

 これは綺麗な言葉だから価値を感じているわけではない。もっと現実的なもので、長く生きて来たエボだからこそ、その言葉に強く共感を感じているのだ。

 

 確かに高価な物品には価値がある。とある王朝から受け継がれた絵画、滅んだ部族の血塗られた武器、さる高貴な御仁へ送った水晶の造花。ほんの一例に過ぎないが、これらの品は全て高額でやり取りされる。

 物品というものは長い年月とともに更なる付加価値を得ることもある。その証拠にこれらはどれも作られた当時より遥かに多くの意味を持ち、今も価値を高め続けている。

 

 しかしそれらは正しく高価であると認識できる人間がいなければただのガラクタにすぎない。

 当時を知る人間がその価値と意味を正しく後世へ伝えて初めてそれらには価値が生まれる。

 そう、当時を知る者達がその知識を受け継ぐことで、初めてその価値が定まるのだ。

 

 もし『徘徊者』以外の人間がこのロケットを拾い上げたとして、もしその遺言を聞きそびれて、あるいは聞く前に事切れていたら、果たしてこのロケットに今以上の価値はあっただろうか。

 ただのロケットとして他の探索者達の目に留まることなく、二束三文で売り払われ酒代の足しになっていなかったと誰が言えるだろうか?

 彼はこのロケットに5年という歳月を経て、今は亡き男の意思を受け継ぎ、そこに『徘徊者』の意思を乗せることで大きな価値と共に地上へと現れたのだ。

 

 

「意志、受け継がれる意志か。分かるとも。なぁ()()()()

 

「……そうですね、()()

 

 

 思わず懐かしい呼び名で呼び合ってしまった事を、口に出した2人が一番驚いていた。

 身近なところで言えば自分の所属する商会だってそうだ。

 エボは自分の代で商会を終わらせる気など毛頭ない。これからも更なる繁栄を目指し、いずれはこの国を飛び越えて名を轟かせたいという野望を持っている。

 ダンジョンはまだまだ多くのものを世界にもたらしてくれる。商人達はその橋渡しとしてこれからも大いにその版図を広げていくだろう。

 だが残念なことに、自分の代では間違いなく不可能だ、寿命からは誰も逃げられない。少なくとも現代において誰も不老不死は成し得ていないのだから。

 

 しかしその志を受け継ぐ人間が1人でもいるならば、決してそれは不可能ではない。

 エボのいる商会には成り立ての商人が大勢所属している。降って湧いた泡銭に一喜一憂し、時には騙されて財産を毟られ、財を築いては失ってを繰り返す新芽のような商人達。

 大局を見るにはまだまだ経験が浅く、今はまだ個性よりも前提知識を覚えるのに四苦八苦している青い芽達だ。

 

 彼らは商会傘下の商人として所属し、皆いずれは独立する野望を持っている。エボもそれを推奨している。彼らが独立しても自分達と取引を続けてくれれば更なる利益が見込めるからだ。

 そんな彼らの中からいつの日か自分と同じ目線に立ち、同じ志を持つ人間がきっと現れる。

 そうでなくてもこの商会を発展させる為に、あるいは自分の生活を豊かにする為に商売を続ける。商魂とは連綿と受け継がれるのだ。

 意志という宝は未来の誰かに受け継がれ、やがてまた違う誰かに受け継がれるだろう。

 

 エボだけではない。ヘレスやアルマ、ここにはいないがゴウカフやヴァズ達だってそうだ。

 誰もがいずれ次代に託すものを抱えて生きている。そしてそれを託されるのは若い探索者達だ。

 意志とは火種だ。この世界のどんな金品にも引けを取らない、誰もが守り育てていかねばならない小さな火種なのだ。

 今目の前の『徘徊者』を通し、5年という歳月を越えて熱き意志(火種)を託されたのだ。

 

 

「会長」

 

「……勝手にしなさい」

 

 

 エボの一言にヘレスはため息を吐きながら了承する。

 彼の善性を、彼女も認めたのだ。エボもそれを認めてにこやかに笑い、周囲を一度見渡してからもう一度『徘徊者』と向き合った。

 

 

「金品に目を眩ませること無く、真実として私達にとって最も価値あるものを君は提示した。認めよう。誰が何と言おうと、君ほど()()()()()モンスターもそうおるまい」

 

「……!」

 

「驚くことは無い。これでも人を見る目は確かなつもりだ。商売歴云十年は伊達ではないぞ」

 

 

 『徘徊者』から驚愕の気配が漏れる。

 が、言葉はそれに留まらなかった。

 

 

「それを踏まえた上で私はな『徘徊者』、君と直接取引がしたい。君が持つ物品の交渉だ。対価に金を貰ってもダンジョン暮らしでは仕方なかろう。そこでだ……」

 

「君が地上での活動を望むならば支援を用意する。それだけの価値を君は示したと、この私が断言しよう」

 

 

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