転生先が悪逆非道の血みどろ騎士モンスターで詰んだ男、過酷な迷宮で救いを見つける 作:飛び回る蜂
場面はもう一度少年達の家族会議に戻る。そこは先に比べて真面目な気配が漂っていた。
「(改めて聞かせて欲しい。私の死後何があったのか。どうしてミリアムが探索者になったのか。でないと私は……何を償えばいいのかも分からないままだ)」
「……分かりました。では分かりやすい順に話します。まずは貴方が亡くなって少し経ってからの話です」
これまでに起きたことを全て教えて欲しいというリューベルたっての希望により、リナ・ミランは過去起きたことを順序立てて話始めた。
彼の死後起きた重要な事柄は大まかに分けて3つ。リナ・ミランは初めて聞く少年やリューベルに配慮し、まずは大まかな情勢を話してから原因を話すことにした。
1つ目。リューベルの死後まず目に見える形で起きたのは大規模ダンジョン遠征、通称『大遠征』を決行した当時の将軍と国王に対する大暴動事件だ。
当時リューベルの圧倒的な武勇が『国』に広まりつつあった最中、同時に新任会長ヘレス主導のダンジョン攻略は4階突破後の進捗後陰りを見せていた。
ダンジョンは今の所ピラミッドのように段々と広がりを見せている。進めば進むほどにその広さを拡大しており、広さの限界があるのかすら判明していないのが現状だ。そして4階を突破してからの10年、5階の攻略は難航していた。
そこら中にひしめく非生物モンスター、ゴーレム。その頃には素材によってその危険度が段違いに跳ね上がることが周知され始めていたが、それでもと欲をかいて挑み破滅する者が後を絶たなかった。
後進の育成もままならず、欲をかいた者が次々死んでいく。ノウハウの蓄積などあったものではない。
そんなタイミングで当代将軍は、ダンジョンへの直接的な介入を仕掛けたのだ。その先鋒がリューベル・ミラン率いる当時の『常備騎士』隊であった。
「(今思うと酷い人選だった。控えめに言って強いだけ、行儀がいいだけのチンピラ集団だ。いや少年の言葉を借りるならヤクザ者か?バックに『国』がいる分そっちの方が適切かもしれん)」
(「リューベルさんも含めて?」)
(「……素行がよくなかったのは否定しない。当時はもうリナとミリアムのことで頭がいっぱいだった。最低限部下の命を護りつつ、適当なところで遠征を切り上げてリナの所に帰ろうとしか考えていなかった。無責任だと言われても仕方がない。2人以外に興味を持てない時期でもあったからな……」)
強力無比な彼らは快進撃を続け、あっという間に5階の半分を制圧してみせた。だがその偉大な功績を作ったと同時に極めて高圧的な態度が探索者との軋轢を生み、『国』への不信感を煽ってしまっていたのだ。
当時隊長だったリューベルは個人戦力としては群を抜いていたものの隊を率いた経験が少なく、また探索者に対する見識も浅かった。故にどうして軋轢を生んでいるのかきちんと理解できていなかったことも要因の一つである。
これらが爆発したことで探索者達の協力を得るのが難しくなり、それでも尚強力だった騎士隊は彼ら単独でダンジョンの探索を行うことになる。その結果隊長であるリューベルはダンジョンで死に、それを『国』に報告することになってしまった。
リューベルの強さは国民の全てが知る所であったが故に、その報告は国中からひんしゅくを買った。騎士隊並びに『大遠征』の指示を出した者達へその怒りは集まる。
結果当時の将軍は民衆のヘイトを買い罷免に追い込まれ、国王はそれを止められなかった責任を取り、王の椅子を年若い壮健な王子へと譲ることとなる。
当時『国家騎士』の名声は隆盛を極めていたが、この遠征自体更なる栄誉を欲しての強行と言われている。だが当の指示者である将軍も元国王陛下も、今日に至るまで一切その心境を口にしてはいない。
(「……あれ?将軍を王様が止められなかった、ですか?王様の命令を将軍が身を挺して止めるんじゃなくて?」)
(「官職、責任者、専門家の方が王よりその道に詳しいのは当然だ。そしてその提案が如何に国益となるかを誤魔化さず正確に提案するのが専門家の役目でもある。当代将軍はそれを偽り陛下や国民に真実を隠して遠征を決行した。だから説明された状況で合っているよ」)
そして2つ目。それらが引き起こしたのは頂点たる『国家騎士』がいなくなったことによる治安の悪化。
これは数年に渡り『国』を悩ませ、最終的に『国家騎士』の大幅増員、市井からの採用範囲拡大という形式をとってようやく落ち着くこととなった。
「最強の一個人の喪失は必ずしも国防能力を失うことには繋がりません。しかし、リューベルの名はあまりに広まり過ぎたのです」
「(信用が揺らいでたってことですよね。リューベルさんがいない今がチャンスだと思う悪い人が出て来た)」
「権威失墜を誤解したならず者達の台頭を一から叩いて回ったのは記録に新しい……もっとも新たにトップについた常備騎士の第一隊長は極めて苛烈な方です。沸いた悪の芽を徹底的に弾圧することでかつての畏れを取り戻して見せました。『常備騎士』ここにあり、凋落など幻想に過ぎぬと」
「(あのスレイが国家騎士になれたのも、元をたどれば私の死が要因か。因果なものだな……)」
「……そしてこの2つの社会現象は、ある1つの出来事を切っ掛けに始まりました。何故『国』に住む人々が遠いダンジョンタウンで起きたことをすぐに知ることになったのか。何故国家騎士の権威が弱まったと誤認されたのか。それを周知させてしまう事件が起こったからです」
そして3つ目、この事件が引き金となりダイダロスという『国』は未曽有の混乱、そして過去最大規模の治安低下を引き起こすこととなる。
ヘレス単独によって行われた『国』に対する国家反逆未遂事件の勃発である。
「(待て待て待て待て!!今何と言った!?あのヘレスがッ!?いや本気でやったら成功させるだろうが、本当にやったのかッ!?)」
「(成功させるんだ……)」
「表向きには、『常備騎士』の喪失をダンジョンタウンの過失だと宣言した当代将軍に対する報復と言われています。ですが……実際には、友人の死を『国』は数字としか見ていないその態度に業を煮やしたとされています」
リューベル・ミランの死は一切がそちらの責任であり、速やかな賠償を要求する。返答が無い場合武力の使用も辞さない。
友人を失った悲壮感と失意の最中、将軍から伝えられたのは賠償の催促と遠回しな恫喝。そして贈賄を多分に含んだ過剰な要求の提示。
これらに対し一切の情が抜け落ちたヘレスは執務室にて1日の沈黙を挟む。ダンジョン協会は誰もが最悪の予感に身を震わせながら、遂に言葉は放たれた。
「今から陛下に会いに行きます」
これはマズいと誰もが止めようとした。だが止める者は万物皆敵である、そう視線で告げられれば最早相対する事叶わない。凪いだ殺意にまで至った怒りを誰も止められなかった。
彼女は通信鏡を通して「今から行く。首を洗って待ってろ」をできるだけ失礼にならないよう伝え、速やかに馬車を手配し颯爽と国へ馳せ参じることとなる。
「陛下に直談判すると宣言した彼女を止めようとした調査騎士隊が2分隊、およそ20名が接触と同時に無力化されました。それどころか『国』が拘束しようとしたことに大義名分を得た彼女はより一層反撃を遠慮しなくなります。これにより被害は増加、小隊規模の騎士隊が機能停止に陥り……惨い有様でした……」
「(ヘレスさんってそんなに強いのっ!?)」
「そりゃあ探索者の元締めだもん。身元不明、経歴不明の腕自慢を山ほど束ねてるんだから弱くちゃ務まらないわよ」
「(ヘレスは一対多に滅法強い。一対一で圧勝できないようでは何人集まっても無駄だ。可能性があるとするなら……全力のスレイ調査騎士が日常の最中、不意を突いて暗殺に挑めばギリギリ届くかもしれないな。戦いになった時点で彼女は負けない。私も正面きって戦いたくはない)」
彼女の魔眼はバジリスク等が持つそれとは違い、メドゥーサとしての能力だ。一々目線を合わせる必要もなく、彼女の射程範囲に入った時点で即石化である。これはどれほどの大軍勢であっても練度が低ければ障害物にしかならないことを示す。
本来メドゥーサ種族に限らず、この世の魔眼はある程度の『魔力抵抗』で防ぐことができる。スレイのような体質の例外を除き、鍛え上げられた騎士ともなればほんの少し時間を使えば自力で振りほどき解除することは十分に可能だ。
しかし彼女の魔眼にはそれが通用しない。ヘレスはメドゥーサの混血であると同時に、アラクネ種の血を持つ。世にも珍しい蛇種族と蜘蛛種族の混血である。そこには記せば一大叙事詩になる程の大恋愛と波乱に満ちた奇跡の物語があるのだが、重要なのは対峙する騎士の面々にとっては最大級の悪夢であることだ。
彼女は本気で、全力で、あらゆる障害を取り除くと判断した時に限り、全ての複眼を開く。彼女の目はメドゥーサとしての2つ、髪を蛇に変化させた時最大で8匹。この蛇は1匹につき魔眼1つと同じ出力を得る。
そして普段はキッチリと閉じていて見えないが
これにより彼女の魔眼は計16個、即ち従来の魔眼種族の
打つ矢は当たる前に石となってやがて砕け散り、近づけば言わずもがな『石化』により物言わぬ石像に成り果てる。魔法による遠距離砲撃も大概のものは魔眼が打ち消す。万が一通っても彼女の出自に根差す高い『魔力抵抗』を前にすると傷にすらならない。
腕力こそ弱いが、そんなものは彼女にとって何の障害にもならない。視線をぐるりと回すだけで周囲一帯を『石化』できる、正に移動する制圧兵器そのものである。
幸いその時の彼女にもまだ善性と言う名のブレーキは辛うじて残されており、『石化』は20分もすれば解ける程度のものであった。しかし20分はその場を去り、追いつくころには手遅れな事態を引き起こすには十分な時間であった。
「(彼女の魔眼を生身で防ぐことは不可能だ。ほぼとかじゃない。防げる人間はこの世に存在しない。他種族でもまぁ同じだろう。そもそもどの程度『石化』させるかなど魔眼が通った時点で本人の匙加減だ。時代が時代なら存在が明らかになった時点で処刑されてもおかしくない力なんだよ)」
「恐ろしいことでした。今から向かうと宣言してその間、全く止まることなく『国』の喉笛まで辿り着いてしまったのです。死亡者こそいませんでしたが、もし被害者全員が死んだものと仮定すると……その損失を計算するのは、それだけで恐怖を感じます」
「感情を表に出してる内は全然だったのねー……聞くのも怖いけど、どうやって止めたの?」
恐る恐る質問したミリアムを、リナは優しく微笑んで言葉を返した。
「彼女を止めたのは貴方ですよ、ミリアム」
「えっ、私っ!?」
「(ど、どういうことだ。まさか、私の娘は生まれてすぐ最強だったのか……!?)」
「(多分そう言うことじゃないと思います。リューベルさんの、友人の子供だったからですよね?)」
親バカを他所に、ミリアムを介して伝えられた言葉にリナは微笑んだ。
「彼女は到着後すぐ陛下、及び将軍との謁見を求めました。受ければ陛下の身に危険が及ぶ、断れば……断り方次第で何が起きるか。謁見を求めているだけなのに、まるで「死にたくなければ陛下を差し出せ」と言われているような気すらしました……恐怖が先行した悪い空想のようなものです」
「あの時私は、ヘレスさんが心の底から怒っているように見えました。怒りはそれだけで邪な感情にはなりません。リューベル・ミランという英傑の死を軽んじ、背負うべき責任から逃れようと足掻き、最後まで誠意ある対応を見せなかった『国』に心底失望していたのが分かりました。彼女の抱く深い怒りと悲しみ。それを理解できていれば、彼女が来訪することも無かったでしょう……」
「彼女の怒りがもうすぐ爆発する……その時に私と、まだ3歳だったミリアムが彼女の元へ向かったのです。皆薄々分かっていたのです。私で説得できないようならば、彼女の怒りを止めることは決して叶わないと」
ダンジョンタウンに住まう者は彼女が『無明』のヘレスと呼ばれていることを知っている。それは彼女がいつも目を閉じているからだと信じている。
だが本来の意味は違う。知る者は少ないが、その由来は彼女がダンジョンタウンの町長となる前の出自に由来する。
もしも彼女が全身全霊で怒りと殺意を表明したのなら、明日を迎えられる者などいない。その瞳に見られた者は石となり未来への光明、その一切を失う。よって『無明』。邪眼の怪物『無明』のヘレスである。
その時の情景をリナは何度も思い出す。怒りに猛り、髪は蛇としてうねりを上げ、周囲の生き物全てを脅かす暴威。その場で意識を失えば楽になれるとすら思える猛威。
かつて武力であらゆる敵を『制圧』したリューベルとは異なる威圧感。それは生きとし生けるものが持つ本能に直接語り掛ける恐怖。怒り狂う大蛇を前にすれば誰もが抱くであろう恐怖心。
そしてそれを抑え込んだのは他でもない、その友人の忘れ形見でもあるまだ幼いミリアムだった。