転生先が悪逆非道の血みどろ騎士モンスターで詰んだ男、過酷な迷宮で救いを見つける   作:飛び回る蜂

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69 晴れて表舞台へ

「……19番に移ります。将来的に移住の予定はありますか?」

 

「(ありません)」

 

「チェックがつきましたね。では最後の質問に入ります。20番、貴方が探索者として活動するにあたり、我々ダンジョン協会から緊急の依頼が入ることがあり、有事の際はそれらを最優先として頂く可能性があります。よろしいですか?」

 

「(大丈夫です)」

 

「……なるほど。これにて質問は終了です、お疲れさまでした」

 

 

 10分程かけてチェックシートを埋めた少年は緊張疲れで「ヴー……」という呻きにも溜息にも聞こえる吐息を吐き出す。

 ミリアムが「お疲れ様」と声を掛けるとリラックスした様子となり、結果がどうだったのか聞きたそうに前のめりになった。

 威圧感のある迫り方に少したじたじとするも、ヘレスは咳ばらいを一つ挟んで結果を読み上げる。

 

 

「協調性、適性、概ね問題ないでしょう。来歴に山ほど問題がありますが、事情が事情ですから目を瞑ることにします。おめでとうございます、貴方は今日この瞬間から探索者として認められました。こちらがそのカードとなります。裏側に担当職員の名前が書かれますが、私のサインが入っているカードはごく少数です。信頼性の高いカードとなりますので、何かあったら提示するように」

 

「おぉー!!すごいじゃない!これで私達立派な同業よっ!私先輩ねっ!」

 

「(就活成功だーっ!これからよろしくお願いします先輩っ!)」

 

「(おめでとう。晴れて『ダイダロス』の一市民として認められたな)」

 

 

 リューベルの言う通り、これは就職活動と言うより市民権の獲得の意味合いが強い。この場にいる5人全員がこの重要性を理解している。

 法や警察機構が十分に行きわたっていないこの世界において、国や街が人としての最低限の権利を保証していることは極めて重要だ。探索者でそれを理解している者は意外なほど少ない。

 少年、ハマヤは義務教育の中で学び凡そ理解している。ミリアムも探索者の中では上澄みだ、その恩恵について薄らと理解している。

 しかし市民権、戸籍が存在することの重要性となると話は別だ。彼らの存在を国や街が保証している。つまり一部とはいえ功も罪も共にすると言うことだ。

 分かった上で進めているのがヘレス。問題なかろうと見守るのがリューベル。本当にこれ進めるんですか……?正気……?と内心ハラハラしているのがリナだ。

 モンスターを一人の市民として迎え入れる。それが世界においてどれだけ異常、不可思議、珍妙、前代未聞の奇行であることか。この街の実質的な管理者がそれを推し進めているのがどれだけ異常な事か。

 それを笑顔で進行させているヘレスが腹の中で何を考えているのか、リナは理解しかねていた。昔からとてもお世話になっている人だが、そういうところがちょっと怖くて引いていた。

 

 

「よし……いやまさか本当にうまく行くとは……」

 

 

 リナは信じられない呟きを耳にしてしまった。

 今何て言った?本当にうまく行くとは?

 

 

「あの、今」

 

「何か?」

 

「なんでもないです……」

 

 

 笑顔の圧が「触れるな」と言っているようで気圧されてしまった。そう、この登録はヘレスにとっても成功するかしないかまったく予想もつかないことだったのだ。

 普通に考えてモンスターの血液が申請書の術理に通る筈がない。でも内面は人間のそれだろうし、そもそもこの魔術式は血液ではなく魂への干渉術式だ。じゃやってみたら登録できるんじゃないか?という好奇心に基づく行為でもあった。

 申請用紙が少年を人間判定する保証はどこにもなく、8割くらい無反応に終わると予想していた。なんなら用紙が判定時にエラーを吐いて虹色に光り出したとて不思議ではないと思っていた。

 だがうまく行った。これで計画を()()()()へと進めることができる。

 

 

「では早速ですがこちらの用紙をご覧ください」

 

「(リューベルさん、これは?)」

 

「(3枚とも依頼書だ。探索者協会から発行されいてる正式な物で間違いない」

 

 

 探索者活動の多くはモンスター討伐による素材回収、その売買によって成り立っている。適当にモンスターを狩って落とした素材、アイテムを打っていれば十分な金になるのだ。また研究機関などが常に特定の素材のオファーを出し続けている場合もある。これも比較的安定した収入になる。

 しかしやはりと言うべきか、どうしても今すぐ欲しい素材がある!というものや、今すぐ対処しなければ危険!といった緊急の依頼は必ず舞い込んでくる。

 そういった緊急性の高いもの、重要度の高いものについてはダンジョン協会を通し、公式依頼として掲示する手はずになっているのだ。

 特徴としては達成までの期日が設定されていること。報酬は現金でのみ支払われること。そして依頼遂行中に収集したアイテムは原則全て協会が回収することだ。

 1つ目の期日設定は言うまでも無く、常に買い入れオファーが出ているものはともかく一時的なものは需要のある期間を過ぎれば意味が無くなる。ダンジョン内の危険についても『再生成』が発生すればそれも帳消しとなる。

 2つ目と3つ目は報酬に関する内容。現物支給は一切行われない。ドロップ品の持ち出しも禁止だ。持ち込まれても一切換金はされない。

 理由は単純で、依頼ついでにモンスターを狩り回って小金を稼ごうとした結果期日を大幅に遅れる事態が相次いだ為だ。依頼遂行中はその依頼に集中させるべく、必要以上にモンスターを狩っても意味が無いことを周知させている。

 

 

「(左から「新種モンスターの調査」「不審人物調査」「ネームドモンスター討伐」……おいおい、どう見ても新人探索者に持ってくるものではない。おいこれはやってるぞ)」

 

 

 内容を要約すると3つは以下のようになっている。

 

 

①新種モンスターの調査(残期限7日間)

 6階にて新種と思われる虫型モンスターの目撃情報が相次いでいる。単体で行動、体長はバラつきがあり小剣~長剣一本分、常に空中を飛び金切声のような音を発する。脅威度未知数につき調査を依頼する。非常に危険な為十分な準備を推奨する。

 

②不審人物調査(残期限5日間)

 4階にて盗掘者と思われる不審な人物に声を掛けられたとの報告あり。不許可の探索、かつ幾つかの特徴から先日他国で発生したダンジョン内強盗殺人事件との関連性を疑う。脅威度未知数、詳細不明につき戦闘は非推奨。

 

③ネームドモンスター討伐(残期限7日間)

 4階にて『怨霊』が複数確認された。階を徘徊しており4階層の危険度が上昇している。物理的な攻撃手段の効きが非常に悪い為手すきの魔法使い、魔術師、聖職者に対応を求める。参加者が8名に達した時点で本依頼は速やかに実行される。

 

 

 内容がさっぱり読めない少年の代わりにリューベルが内容を読み解いていく。そして読めば読むほどに頭を抱えたくなる。

 どう考えても探索者成り立て初日に提示されるべき依頼内容ではない。ケイン達を見習うなら初日は中堅探索者付き添いの元1階層の往復程度に努めるべきだろう。

 というか③に至っては物理攻撃手段しか持っていない自分達には荷が重い。恐らくは護衛につけと言いたいのだろうが、護衛は護衛でハードルが高い。少年はまだ守る為の戦いを経験していないのだ。

 

 

「今更供回りを連れて1階を回る意味はないでしょう。最初の講習を終えた時点で上位探索者と同じように扱わせていただきます。それに貴方には実績が必要な筈です。多少の疑いなど鼻で笑い飛ばせる程沢山の実績が。ならば行動あるのみです」

 

「そうね。どんなことで今の風評がひっくり返るか分からない。できるだけ実績を積むのは私も賛成」

 

 

 探索者とは本来、生真面目から大きく外れた職業だ。体力の持つ限り稼ぎ、返っては有り金叩いてしこたま酒を飲む。目が覚めたら懐具合を見て休むか働くかを決める。そういう生態だ。

 だから依頼を掲示したとしても、ダンジョン協会にとって優先度の高い仕事を受けてくれるとは全く限らない。当然だがほとんどの探索者は今の自分に出来そうなものを、出来る範囲でしか受けない。いくら高額な報酬が掲示されていてもだ。

 第一に死亡しない、第二に怪我を負わない、これを遵守している。『ダイダロス』のダンジョン協会もそのように教育しているのだ。

 一部の生真面目、求道者、金に困った腕利きが危険度の高い仕事請け負うが、それでも複数発生した時など損な役回りをしてしまう探索者はどうしても現れる。なのでダンジョン協会としても有事の際、深部探索を躊躇なく行える探索者は非常に有難い存在なのだ。

 そしてそのポジションに少年、もとい『ハマヤ』を置こうとしている。真面目で几帳面、人道を重んじる真っ当な善人。最近はリューベル指導の元武器を扱い始め、自力でダンジョンを生き抜く決意を見せ始めている。そして既にその実力を彼は持っている。

 ついでに「あの『血みどろ甲冑』は完全に『ダイダロス』の管理下にある」というアピールにも繋がる。少年とリューベルの庇護をしつつ、今後ちょっかいをかけてくるであろう他国への牽制にもなるだろう。

 探索活動は可能なら1日でも早く始めた方がいい。明日無事始められる保証はどこにも無い。今この瞬間も歴史は作られ続けている。だが見も知らぬ他者に、街の歴史へ介入させる気は一切ない。他者に余計な口出しをさせる隙を与えず、彼の居場所をこの街に作り出す。ヘレスの今やるべきことはそれだった。

 穿った見方をすれば年端も行かない子供に危険な仕事を押し付けているわけだが、これからもダンジョンで活動すると決めた少年には必要な経験、そして環境作りであるのも事実だった。

 

 

「とりあえずどれか一つでいいので先に受領しておいてください。大丈夫、何事にも初めてはあるのですから」

 

「(じゃあ新種モンスター……はダメか、説明できない。隠密も向いてないし、護衛にしようかな)」

 

「(難易度は高いが、それが無難だろう)」

 

「こちらですね、分かりました。それから講習もこの場で済ませます。少し時間を貰いますよ。リナはどうしますか?同席していきますか?」

 

「そう、ですね……えぇ、はい。ここまで来たら一通り見てから帰ろうと思います……」

 

「分かりました。手早く終わらせましょう。ミリアム、補助についてください」

 

 

 テキパキと段取りを進めるヘレスに突然水を向けられたミリアムがぶーぶーと文句を言い出す。

 

 

「えー講習補助ってあれですよね、実際の経験を踏まえて詳しく説明するやつ。いります?コイツに。それにせっかくのお休みですもん、お仕事したくありませーん」

 

「つべこべ言わず手伝いなさい。……今ご覧いただいたように貴方の自称姉、探索者とは本来こういう生き物です。ある程度の金を稼いだら親の前でも怠惰になる。あなたのように真面目で善良な探索者は大いに歓迎されますので安心してください」

 

「嘘嘘嘘冗談ですってっ!!私が大切な義弟(おとうと)の手伝いをサボるわけないじゃないですかぁ~!本気にしないでっ!ねっ!」

 

 

 (へーそうなんだ)という成分をたっぷり含んだジト目の少年の眼差しが直撃し、ミリアムは大慌てで椅子から飛び降り資料を手にした。中のリューベルはというと、お転婆になったなぁと感慨深げだ。

 ヘレスは初めからそうすればいいんですよと言わんばかりに鼻を鳴らし、手持ちの資料をさっさと読み上げる。無駄な時間を使うつもりは全く無いようだ。

 

 

「まず探索者となった以上、当協会が定めたルールに従い活動を行っていただきます。使用可能な主要設備、報告する際の窓口は別途案内します。依頼達成の報告は窓口にカードを提出して頂ければ結構です。さて……初めに、貴方は『禁忌』についてどれくらい知っていますか?」

 

「(聞いたことはある……と思う……?)」

 

「(昔、通路を掘ってみたことがあっただろう。非常にマズい予感がしたな?あれがそうだ)」

 

「(あっ、やっぱりやっちゃいけないことってあるんですね)」

 

 

 『禁忌』。ゴウカフ達が安全地帯で叫んだ何らかの事象。おそらくダンジョン内ではやってはいけないことがあるのだろうと大まかに把握していた。

 今日まで運よく破っていないことにほっと一息つき、次の言葉を待つ。

 

 

「存在は知っている、と言ったところですか。想像の通りダンジョン内にはいくつか、絶対にやってはいけないことがあります。これはダンジョンに携わる者全てが知っておかねばならない義務です。現状判明しているものだけでも覚えておいて……」

 

「かいちょー。コイツ前に通路掘りまくって『禁忌』に抵触したっぽい」

 

「…………………………はぁ?」

 

「結構掘ったっぽいです。通路の真ん中でコイツの身長2つ分くらい掘るとダメみたい。へー、横に掘る分にはいいって知ってたけど縦はダメなんだ。知らなかったわ」

 

「バカ言わないでください、人間1人分の穴を掘るのでさえどれ程の重労働だと……あぁ……その体力なら出来てしまう訳ですね……」

 

 

 テレテレとした雰囲気のおバカ鎧をキッと睨みつけて反省を促し、頭痛を噛み締めるように「禁忌一覧に書き加えなくてはいけません……このアホ共のせいで……」と呟いた。

 正確に言えばこの穴掘りはまだリューベルが目覚める前、少年の好奇心によるものなので正真正銘少年自身の奇行である。

 講習はまだ続いている。ヘレスは念のため確認しなくてはいけない。この前代未聞が他に前代未聞を作っていないかだ。

 

 

「他には?危険な兆候や明らかに異常な出来事が発生したことは?余さず吐きなさい」

 

「(多分他にはないです。リューベルさんあります?)」

 

「(ゴーレムの無限沸き部屋を片っ端から叩き潰してたら最上位の宝石しか出てこなくなったのは?)」

 

「(うーん、リューベルさんが強すぎて上限叩いただけっぽくないですか?)」

 

「(それもそうだ。じゃあないな。私に撃退できる程度なら『禁忌』とは呼べんだろう)」

 

「今何か凄い……こう、その通りなんだろうけど、そうじゃないというか……そういう思考の断片が……」

 

 

 深く突っ込んでも納得のいかない返答が返ってきそうだから、ミリアムはあえて突っ込まないことにした。ヘレスも察してかそれ以上は聞いて来なかった。

 言いたい事をぐっと堪えた顔で一枚の用紙を差し出した。

 

 

「心当たりがあったら必ず申告するように。貴方達はただでさえ例外が多いんですから本当にもう……気を取り直して、ここに禁忌一覧の写しがあります。差し上げますので探索中はくれぐれも気を付けるように」

 

「(私が読もう。上から安全地帯における戦闘、通路の松明を全部消す、扉の前に物を置き長時間塞ぐ、生きたモンスターを喰う、酒を飲んで酔いつぶれる、5階以下ダンジョン内の土壁を持ち帰る、他のダンジョンの土を持ち込む……以前読んだ時とそこまで変わらないな)」

 

「(禁忌っていうよりマナー違反一覧みたいですね)」

 

「(ダンジョンには敬意を払えという訓示でもあるのかもな。む、これは新しく追加された部分か……はっ!?どんなアホがやったんだこれをッ!?)」

 

「(な、なんて書いてあるんですか?)」

 

「(少年にはまだ早い!保健体育の項目とだけは伝えておく。気が触れてるとしか思えん……!)」

 

 

 なんたる冒涜か。いくら死の間際で生存本能が高まろうとそうはならないだろう。しかしなったからここに載っているのだ。

 若干の困惑を感じたのか、ヘレスが一度咳ばらいを挟む。判明した経緯を含む詳細は話したくないようだ。

 

 

「世の中にはいろんな人がいると言うことです。とはいえ貴方がそれらを破ることはないと信じています」

 

「(ちなみに破ったらどうなるんですか?)」

 

「破ったら死にます」

 

「(えっ)」

 

「失礼、語弊がありました。人として真っ当な人生を送れなくなるような恐ろしい目に会います。もしくは死にます。ダンジョンから直接干渉される為回避は不可能です」

 

「(何も変わってないしむしろ悪くなってる……!)」

 

 

 ヘレス曰く、『禁忌』にも危険度がある。松明を消す程度なら比較的マシ、生きたモンスターを喰らう等はとても酷い目に会う。ダンジョン内で不健全極まる行為をしたものは、もう二度と同じことが出来なくなる。

 どれほど世俗の欲に塗れ手垢がつこうとも、ダンジョンは神の創造物。そこで行われる不貞は決して許されないのだ。

 

 

「(当然『禁忌』を発生させて人知れず死んだ者もいるだろう。日々命懸けだというのに、その上ご機嫌取りまで必要とは。おお神よ、次は「死人歩くべからず」か?」)

 

「(「暴力禁止」はどうです?)」

 

「(ふふっ、少年はセンスがあるな)」

 

「ミリアム、彼らはなんと?」

 

「聞かない方がいいと思いますよ」

 

 

 リューベルは特定の神を信仰しておらず、少年は神の存在を信じてはいるが同時にその心の広さも信じている。

 信仰篤き聖職が聞けば卒倒するようなジョークで2人は笑っているが、ミリアムはそれを口にすることをやめた。ダンジョンはいつも世話になってる稼ぎ場だ、冒涜とも取れる発言は控えるに越したことはない。

 男同士の軽口は、時として人には伝わらないものである。

 

 

「協調性含むその他の項目は割愛します。細かいルールが決まっている訳でもありません。良識ある行動を心掛けてください」

 

「(分かりました)」

 

 

 ウンウンと頷いて反応する少年にヘレスが目を細める。

 訝しんでいるのではなく、どちらかと言えば慈しむような眼だ。

 

 

「他所から来た探索者だとこの辺りで細かすぎると音を上げるので、姿勢を正されるのは少し新鮮ですね。真面目な子は可愛らしいものです。それに比べて……はぁ……」

 

「なんですか。私達が真面目じゃないって言うんですか」

 

「真面目な子は安全な『国』を飛び出してこんな職に就きません。アジーといいジョセルの跡取りといい、本当に理解に苦しみます。命を懸けず楽に生きられる道があるというのに」

 

 

 何もしていないのに突然罵倒されたアジーとケインの2人組は遠くでくしゃみをした。

 娘、フェニエの事は全くカウントに入れていないことを少年とミリアムは突っ込まなかった。

 何を言っても理由をつけて「あの子は特別です」と言うに決まっているからだ。

 

 

「まぁいいでしょう。私が口を出す事でもありません。話が逸れましたね、これから30分で講習を終わらせます。その後は受領してもらった依頼のメンバーが集まり次第連絡しますので、この家で待機していてください。通信鏡の使い方は分かりますか?初めて見たと思うのですが」

 

「(固定電話みたいなものですよね。大丈夫です)」

 

「ああ、そう言えばあなたの故郷には魔力を介さない通信方法があるのですね。大変興味深くはありますが、それはまたいずれ聞かせてください。……貴方が文字を覚えたら、本を出してみるのも面白いかもしれませんね」

 

「飛ぶように売れるわきっと。モンスターが書いた本、異世界の技術書、夢のようなアイデアブック!しかも販路には一切困らないもの!」

 

「(大袈裟ですね~)」

 

 

 和やかな雰囲気で話を進めているが、リナからしたら本当に頼むから止めて欲しい案件だ。前代未聞を更新するのはいいけれど、もう少しスローペースでお願いしたい。

 ここで起きたことはどうせ『国』に帰ったら報告することになる。ならせっかくだし最後まで見ていくかと思ったのが運の尽き。娘ミリアムには悪いけれどリューベル(仮)に会ったらすぐ帰ればよかったと後悔している。

 まさかヘレスが彼を探索者にするという暴挙に出るとは思わなかった。名実共にこの街の住人となった以上、確かに『国』からの干渉は大きく制限されることになる。

 以前までの冷徹な彼女なら不確定要素として彼を排除、それが不可能でも地上での生活を許すなど決してしなかっただろう。

 何がそうさせたのかリナには分からない。けれど一つだけ確かなことはある。

 

 

「(ミリアムの判断を……信じたのですね)」

 

 

 リナは現場を見ていない。少年が自ら襲ったミリアムを助けるために地上に現れたことも、恐怖を押し殺し危機に陥った探索者を助けたことも、リューベルがそれに影響されて人助けを始めたことも、多くの住人が彼ならば大丈夫と判断したことも、全部資料でしか知らない。

 彼の輝ける善意を理解できていない。傍目には異常な行動をするモンスターでしかない。巨大な体躯、吐き出され続ける血液、緑色の眼光。それらに可愛げなどある筈もない。

 しかしミリアムとヘレスはまるで意に介さない。それどころか旧友か親戚の子、あるいは弟のように接している。そうするのが当たり前のように。積み重ねてきた善行がそうさせているのだ。

 

 

「(思えばミリアムに接する機会は、もう私よりヘレスさんの方が多い……こ、これはとても良くないことなのでは……!?)」

 

 

 リナは深く考え込んでしまった。娘を送り出してからもう6年経つ。だというのに娘の行動が自分の目には奇行と映ってしまう。周囲に聞けば実際に奇行には走ってると言うだろう。

 父を追って危険な探索者になりたいと言い出した時からずっと心配している。可愛い娘、あの人が残したたった一人の忘れ形見。大切にしたい、傍にいて欲しいと願っていた。

 けれど現にミリアムは探索者としてしっかりと適応し最前線で戦っている。地域で信頼を築き上げ、しかも運命的な出会いに恵まれ、もう一度自分とリューベルを(実際に会うことはまだできていないが)引き合わせてくれた。

 危ないことをしてほしくない。その一心でミリアムの探索者を否定し悲観してきた。けれどそれは事ここに至ってあまりに()()()考えなのではないか?このままでは母としての座をヘレスに、友人に取られてしまうのではないか?

 密かにリナは決心した。自分にも変わらなくてはいけない時が来た。いつまでも綺麗でメソメソした未亡人でいる訳にはいかないのだ。

 

 

「ミリアム……私、頑張りますからね」

 

「え?い、いやママにあんまり無理して欲しくないんだけど」

 

「大丈夫、置いて行かれるのはもう嫌ですから……!」

 

 

 置いて行かれたのは今更じゃん?不謹慎にもそう言いかけた口をミリアムは慌てて閉じた。

 親相手に、親相手だからこそ言ってはいけないこともあるのだ。

 

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