転生先が悪逆非道の血みどろ騎士モンスターで詰んだ男、過酷な迷宮で救いを見つける 作:飛び回る蜂
ダンジョン協会長の部屋、お付きの男は苦い顔をしてヘレスに喋りかけた。
「会長」
「……なんですか。今の私はとてもナイーヴなのですが」
『ハマヤ』をダンジョンに送ってから2日目。休息を挟みつつ一直線に向かえば既に4階に到達し戦闘が行われている頃だろう。
彼ならば難なく乗り越えられる依頼の筈だ。戦力的には申し分なし、意思疎通に難ありだが無口な探索者などいくらでもいる。身振り手振りが使える彼なら大丈夫。それに念には念を入れて旧知の探索者であるクローカを対応に当てた。
『怨霊』は4階の中では相当に厄介なモンスターだが、今回の対応には経験者を集めた。万が一も起こらないだろう。
……それでも不安は拭いきれない。ヘレスの心配は止むことなく、顔の前で指を組んだまま溜息を吐いた。
「いい加減になさってください。フェニエ嬢が一時旅に出た時もこうなったじゃありませんか。一度信じると決めたのなら、送り出した方を信じて業務に励んでください」
「分かっています、分かってはいます……」
「何事にも初めてはある、そう仰ったのは貴方です。既に決定は下されました。ならばあとは備えるだけです」
その言葉に顔を覆い隠していた手を下げ、天を仰いで大きく深呼吸をする。
自分の判断が間違いだとは今の所思っていない。居住地を得ても少年はまたダンジョンに戻ると言った。彼とリューベル、2人寂しくダンジョンを歩かせるくらいなら依頼と言う形で彼と地上とを繋ぎ止める方があらゆる面で好ましい筈だ。
地上における実績作りになり、他者との活発な交流が生まれ、得た報酬で何を手にするかを想像する楽しみだって増える。それらが彼の心に少しでも良い影響となるならやらない手はないだろう。
しかし心のどこかで疑念が囁いているのだ。
依頼を回すのは早計だったのでは。護衛より討伐や採集の方が安心して過ごせたのでは。スケジュールの無理を押してでもミリアムを傍につけるべきだったのでは。
ようやく安住の地を得た少年にもう少し穏やかな時間を享受させても良かったのではないか、という配慮の感情。
そして今も腹の中で渦巻いている黒いモヤモヤとした不安。それはかねてからずっと抱えて来た「今は大丈夫でも、明日は?」という不安。
1年悩み続けているそれをあらゆる理屈と感情で押し殺し、誰よりも献身を続けてきた彼を探索者にしたのだ。
ならばもうむやみに疑うべきではない。既にその段階はずっと前に通り過ぎ、今は何が起こっても大丈夫なように備えるべき時だ。
「……そうですね、まだ何もかも始まったばかりだというのに。ありがとうございます」
「いえ。なに、彼なら大丈夫ですよ。なにせモンスターに転じ、考え得る限り最悪のスタートを切って尚ここまで縁を繋いだのが彼という男です。必ず良い結果を持ち帰るでしょう」
ようやく彼らはいつも通りの空気を取り戻し、再度業務に取り掛かり始めた。
穏やかで秩序ある平和な日々を維持する為に、自らを歯車の一つとして街を回す。彼らによってこの街の平穏は保たれているのだ。
しかし地下奥深くにいる彼らにとってそんなことは関係なかった!
「『聖澱』を撒いたよ。これは死者に類するモンスターを封殺する為の『奇跡』……あっ、触っちゃダメっ!」
「(うわバチッとした!おぉ、キラキラした霧だ……)」
「やっぱり。経緯が経緯だから君には効き過ぎちゃうかもしれない。人間でも長時間いると身体によくないからしっかり距離を取ろう。これは神地戦争という歴史書の一幕を再現した由緒ある奇跡でね……」
「(神地戦争!?じゃあこれは神様の再現ってことですか!?)」
聖職者達はここぞとばかりに自分達の手繰る『奇跡』を披露する。当然『ハマヤ』はそれに食いつく。
魔法の神秘とも魔術の論理とも異なる由来の『奇跡』。かつて実在した聖人や信仰される神の御業の再現とされる。かつて『ハマヤ』が初対面の聖職者に一撃入れられた時のそれも『奇跡』だ。
彼ら曰くそれは全て過去実在した
「戦いってのは派手にやってナンボだ、なぁ?」
「(うおおおおかっこいいーっ!!)」
炎3つに槍1つ。それを2つ構えて放つ。仮にも4階のネームドモンスターの担当に割り当てられるだけはあり相当にレベルが高い技術だ。女はそれを平然と笑って扱うことで優位な姿を見せてくる。
魔法使いとしては同行しているクローカの力量が抜きんでているが、知識量や判断力は他の探索者達が上回る。経験の深さは判断の速さに繋がる。素早く判断すれば行動に無駄が無く、必然『体力』の消耗も抑えられる。
今放たれた彼女の一撃もまた無駄のない攻撃だ。回避手段を失った相手に畳みかけるような2連撃は反撃を許すことなく強敵を圧倒している。
タイミングとしては「見せ場を奪った」ようにも見えるが、それは見方の問題である。
「こっ、この……燃費の悪い魅せ魔法なんか使って……!」
「魅せじゃねーし。『怨霊』は強敵だぞ?一撃火力の高い槍使って何が悪ぃ」
そう、彼らは見せ場を争っている。彼らの持つ賞賛を求める欲求はここに来て大暴走していた。
普段命懸けの泥漁りに励む彼らは他者に尊敬の念を持たれることなど無い。あるとすれば他者を圧倒する何かを持つ者だけ。例えるなら『エリート』のような最深部に到達できるような勇気があるか、あらゆるモンスターをねじ伏せられるだけの力を持つか、あるいは類稀な『幸運』を持ち富を手にする者だ。
そんな彼らが一度賞賛されてしまった。普段から命懸けで、とても疲弊する大変な事であると言う事実。そして日々生きることがどれほど大変かを身を以て知っている少年の賛美、尊敬の念は言葉を介さずとも伝わっていった。
その結果、彼らはここ数年稀に見る程やる気に満ちていた。かっこいい所を見せて褒められたい、尊敬されたいという感情が熱量を爆発的に増幅させていたのだ。これにはリーダーも苦い顔をしている。
「お前らな……どんだけかっこつけても報酬は変わらないんだぞ……」
「いや別にそういうんじゃないんで。ちょっと気が向いただけなんで」
「全然そういう、いいとこ見せたろうとかはないです。あっ、ほらいた。いくぞオラァ!!」
「ハァ……」
なんと短絡的なことか。護衛2人とリーダー、クローカを除いた4人が血眼になって討伐対象の『怨霊』を探しているではないか。
勇気、蛮勇をもって戦う探索者は早死にする。これは紛れもない事実だ。未知を前に二者択一を選択し、50%で死ぬならまだマシだ。選ばなくてはいけないような状況の時点で死が漏れなくついてくることもあるのだから。
しかしノりにノってる探索者は強い。『幸運』が味方に付いているような好調。調子がいいという錯覚が身体にピッタリ適用されているかのような万能感。そして今なら何でもやれるだろうという全能感。それら思い込みの力が身体と脳を満たし彼らのコンディションは万全以上に仕上がっていた。
普段ならば進めない一歩、されど踏み込めば致命的な状況を切り拓くクリティカルに繋がり得る一歩。今の彼等はそれを厭わない心持である。
それが吉と出るか凶と出るかはさておき、彼らは絶好調である。誰もが「自分こそが主役だ」「活躍の場はここだ」と思いこんでいる。それが大きな原動力となり、本人達は気づいていないが一時的に増強された『精神力』が『怨霊』への強烈な特攻となっているのだ。
「(皆凄いなぁ。僕は立って見てるしか出来ないのに……あっ、凄い!炎の柱ですよ!!)」
「(栄光と憧憬に飢えた人間に火をつけたか。少年、君も罪な男だな)」
「(?)」
4階のモンスターを狩り尽くさんとする勢いの面々に気圧されながらも、少年は大喜びだ。
これまで複数人でダンジョンを歩くことなんて1度も無くひとりぼっち、果てには敵意を向けられることも珍しくなかった彼にとってこの環境はとても楽しい物だった。
今日初めて会う人達とぎこちないながらもコミュニケーションを取り、今は皆が一丸となって仕事をこなしている。その邪魔をさせないよう周囲に気を配り、モンスターが現れれば速やかに倒す。
武器を持つ手は震えていない。戦うことは生きること。本気の本気、全力で戦った経験は少年から迷いや怯えを取り払った。リューベルはそれを誇らしく思った。
「(その、怒ってませんか)」
「(ん?何をだ?)」
「(ダンジョンに居続けるって選んだことです。……もっとリナさんやミリアムさんと、一緒にいたかったですよね。今になって考えちゃって)」
「(……それは否定しない。だが家族と共にいたいという気持ちと、君のやることを応援したいという気持ちは両立する。それに……もう二度と会えないと思っていたんだ。私は途方もない幸運に恵まれているんだよ。ほら、向こうから弓持ちが狙っているぞ)」
そう締めくくってリューベルは再度周囲の気配を探り始めた。その言葉を受けて少年は手に持っていた小剣を速やかに投擲、遠距離からこちらを覗くスケルトンの一体を処理した。
それでも少年はずっと申し訳ない気持ちでいた。一心同体である以上、ずっと自分がこの身体を使うのはフェアではないと思っている。彼の次の目標は、どうにかして自由に入れ替われる方法を見つけることだ。
現状有力なのが頭を強く打つことだが、できれば違う方向で模索したい。他の有力探索者に「ちょっと頭をぶん殴ってくれませんか?」と毎度依頼するのはあまりに嫌だ。
すぐに考え付くものでもなさそうだと改めて現場に集中する。可愛くはない形相でふわふわと通路を漂う『怨霊』は物理攻撃がほとんど通らず、この辺りでの稼ぎを生業にしている探索者にとって非常に厄介な相手だ。日常によく使われる鉄や素材が豊富なこの階で稼ぎが立ち行かなくなるのは深刻なことである。
更に話を聞くとネームドモンスターは位相を跨って現れる為、一度現れるとそれだけで犠牲者が出る。全力で逃げを選択すれば生存できるのだが、ここを稼ぎ場として利用しているがめつい者ほど逃げ遅れてしまう。
この階に限らずネームドモンスターが複数現れた場合、目撃情報以上に数を増やしている場合がある。よってダンジョン協会はその情報が入った時点で討伐依頼をかけている。これはその一環だ。
「(何か落ちてる。拾ってっちゃお)」
「どうせ拾っても回収される決まりだぞ。仕組みは知らんがカード認証と一緒にバレる」
「(それならそれでいいです。持っていけば誰かの何かに役立つかもしれません)」
「止めないか……まぁそうしたいならそうするといい。ちなみにだが1階傍に荷物を置いておけば『再生成』が来ない限り回収されないという裏技もある。バレない程度に活用することだ」
スケルトンのドロップは鉄の武器や防具、サラサラとした骨粉。そして『怨霊』が落とすのは小さな水晶玉のようだ。内側が白くキラキラとした霧に包まれており神秘的だ。
事前に説明を受けた限りでは回収数が少なく何に使えるのかは現時点でよく分かっていない。インテリアとして売ろうにも薄らと魔力を帯びている為迂闊に売買も出来ない代物らしい。
これらも数が揃って研究が進めばまた違う発見に繋がるかもしれない。少年はもったいない精神でそれらドロップ品をかき集め続けた。
通常の探索者ならかさばるくらいならいらんと置いて行くのだが、彼の容量限界はまだまだ遠い。拾えるものは拾い、使える物はドンドン使っていける大きな強みである。
先程投げた小剣もここのスケルトン産の物だ。折角の腕力を持て余す理由はない、投擲武器はあればあるほどよい。
「その玉は使い道がまだ分かっていないらしい。まぁ許可を貰えば1個くらい預からせてもらえるだろう」
「(さすが~話が分かる~)」
「『ハマヤ』さんも悪いことを覚えるようになりましたね。いいことです」
3体目の討伐を終えた頃、クローカが苦笑いで話しかける。彼女の魔法は非常に強力だが、あまり連発するとあっという間にガス欠を起こしてしまう。
今回の依頼はクローカにとっても学ぶべき依頼でもあり、旧知の中である『ハマヤ』に気を遣って合間合間に話しかけているのだ。
今は3体目を倒し終わったところで一旦休息を取るべきか話し合っている。その間も『ハマヤ』と獣人の男は周囲の警戒だ。
「お疲れさん。勢いづいてるが、リーダーとしちゃ休ませたいとこだろう」
「えぇ、体力が消耗しきる前に一度休みたいところですね」
「俺もそう思う。行くべき時にってのも悪くないが、今回は色々と例外だしな」
一度休むぞ。別にまだいけるんだが?余裕ですが?いけますけど?うるさい黙れ休むぞ。向こうでは明らかに戦闘以外で疲れ切った男と余裕を見せたすぎる男達の口論になっており埒が明きそうもない。
見かねた獣人の男がツカツカと近づき助け舟を出す。そうでもしないと話が進まないのだ。
「そろそろ折り返しだろう。一度休息を取ろう」
「いや俺は全然まだいけるが?」
「俺達も警戒し通しで休みが要る。疲れていてはお前達を守り切れん」
そう言うと渋々と言った様子で引き下がる。同時に目に見えて『体力』の消耗が早まったのを男は感じ取る。疲労が
既に目標の半数、それも普段よりずっとハイペースに倒しているのだから焦ることはない。いいところを見せたいならこの後も十分に場面はある。
というか、最初はモンスターとの共同依頼でビビり散らかしていたというのに、今や子供にいい恰好を見せたがっている。その心境の変化にこそ驚くばかりだ。
「(どんどんいいとこ見せてぇ……魔法の神髄はこんなもんじゃねぇぞ……!)」
「(上等です、彼には『奇跡』の虜になってもらう……!)」
「(……存外、あっという間に懐に入ってしまうかもしれんな)」
他のメイン火力担当者が何故か『ハマヤ』よりも前を歩くようになってしまったのを見て、男は独り言ちた。