転生先が悪逆非道の血みどろ騎士モンスターで詰んだ男、過酷な迷宮で救いを見つける   作:飛び回る蜂

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73 探求者

 この街でダンジョン入口を包括する『入場口』。この場所の主な役割はダンジョンの入退場管理、入手品の売却ないし預かりである。

 入場者全員分の管理、そして退場者数と相違ないかチェック。ズレがある場合は非常に細かな聞き取り調査後解放される。それから危険物の持ち出しが無いかの検査。魔法魔術奇跡がふんだんに用いられた非破壊検査を通過させる。

 そして管理スペースとは逆側に探索者達が最後に必要な物を買い足す為の小規模な売店が並んでいる。ここではダンジョン産のアイテムは一切取り扱っておらず、あくまで必要な備品や消耗品の類のみ販売している。こちらは協会職員だけではなく一部商会の面々も勤務しており、お互いに関心を持ちながら熱心に仕事に取り組んでいる。なにせここは探索者達の最後の砦だ。不要必要を見極め、時には探索者達に意見提案をすることもある。その一言が良くも悪くも、最悪命にまで影響する以上誰もが真剣だ。

 

 

「……まだ来ないか」

 

 

 さて、そんな職務に忠実な彼等だが現在はというと、非常にピリピリとした雰囲気を纏っている。普段から真摯に職務に取り組んでいるのだが、今日のそれは普段とは違った気迫を感じる。まるで危険物が発見された時のような緊迫さを醸し出している。

 そして人数が多い。近年探索者の数が増えてきており情勢の悪化が心配されている中、協会職員はそれに対応できる十分な人数を配置している。数名の受付とその背後で働く職員がその3倍。ローテーションで回す為実際には更に多くの職員が動員される。

 だというのに今日はローテーションに回る筈だった職員、そして本来休日であるはずの職員が全員出動している。規定上私服でいるわけにもいかず全員が指定の制服だ。元々出勤の人数は厚めに取っているが、それを知った上で皆休日返上してこの場にいる。

 休日出勤にヘレスは決していい顔をしないが、今日この場に限って言えばそれも仕方ないと考えている。今日はダンジョン協会という公的機関における運命の日。即ち、探索者となったモンスター『ハマヤ』が初の依頼をこなし、それを報告に来る予定日なのだ。長年探索者と関わってきた職員としての好奇心もある。流石にこれを見逃すことはなるまいとほぼ全ての職員が彼の帰還を首を長くして待っていた。

 今回は初の依頼と言うこともあり『帰還』のスクロールは用いない。よって帰還の日程にブレがある。彼らはここ数日、睡眠と食事の時間以外ずっと待機しているのだ。

 

 

「本当にちゃんと来るのか……?奴1人だけ帰ってくるようなことがあったら……」

 

「バカ!縁起でもないこと言うな!」

 

 

 当然ながら彼を探索者にするというヘレスの試みに反対する職員も多かった。法的に身分を保証するということがどれ程大きな問題を引き起こすか分からない。絶対にとはいかないが慎重になるべきだ。場合によってはヘレスの信が問われることになるだとうと。そう言う意見は多数寄せられていた。

 それに対し彼を少年として見る者から子供を都合よく扱うことは倫理的に許されないと反発し、モンスターとして見る者はモンスターへの倫理とは何かを問う。モンスターを殺害、その素材を売買する我々の倫理とは何か。

 徹頭徹尾モンスターとして扱うには彼は善行を働き過ぎている。人として扱うには彼の存在はあまりに異形すぎる。人とモンスターの狭間で認められた彼の扱いは困難を極めていた。

 その上でヘレスが下した判断は「人の法に準ずる者として扱うこと」だ。どうせこの論争は今世代で完全な解決はできない。ならばとヘレスが出した答えは「可能な範囲での共生」であり、これはその最初の決断である。

 自分がダイダロスの協会長に就任して以降、この街の存亡を左右するような決断が多すぎると嘆いていたのは別の話である。

 そうして誰もが気を揉んでいる中、入場口の扉が開く。ようやく来たか!?そう思うのも束の間、出てきた顔を見てがっかりとした表情となってまた待機に戻る。

 

 

「あぁどうもおかえりなさい」

 

「……別に歓迎しろとは言わんけどよ。露骨すぎて流石に思う所あんぞ」

 

「皆疲れてるね。無理もないか、僕らが入る前からずっと待ってるわけだし」

 

 

 戻ってきたのはダンジョンフリークのヴァズ、そしてリュカの2人。この街で『エリート』と呼ばれている優秀な探索者達だ。

 今回は急ぎの依頼を解決するべくたった2人で4階まで降り、2日で帰ってくるという弾丸日程の元ようやく帰還したところだ。くたびれた服、跳ねた髪。それなりに無理をしたこともあり消耗しているのが身に見える程だ。

 依頼主の意向に従い、努力に努力を重ねてようやく帰ってきたというのに、出迎えが職員の溜息となれば文句の一つも吐きたくなるだろう。

 

 

「ってことは俺にとっちゃベストタイミングってワケだ。おいリュカ、報告頼むわ。俺はここに残る」

 

「えぇ~……」

 

「いいじゃねぇか。お前アイツ嫌いなんだろ?」

 

「いや……まぁ……そうだけど……だからって別に……」

 

「煮え切んねぇ奴だなオメェも」

 

 

 口淀むリュカを見て、ヴァズもまたやれやれと肩をすくめる。リュカにとって『徘徊者』はただのモンスターではなくなってしまっていた。

 リュカは13の頃にはダンジョンに潜り始め、今は16歳。探索者の中でもかなり若く、ここ数年で一気に頭角を現した新進気鋭。にも拘らずダンジョンでの戦いや生き方と言うものをよく理解している。『直感』に優れ、高い警戒心と慎重さを持ち、戦いの才気に溢れる、正にヘレスが目指す新世代の探索者になる為に生まれて来たような逸材である。

 彼女のような探索者になりたい。若くして先達に認められ、最深部で活躍する探索者になりたい。という憧れを持つ者は決して珍しくない。言うなれば彼女は上澄みの中でも相当上位に入る英雄的存在だ。

 

 だがしかし、若い内に探索者になるということはそれ相応の苦労を背負うことになる。

 リュカには同期や歳の近い探索者がほぼいない。いてもリュカの実力には遠く及ばない。これまでリュカと関りがあった同年代は、事情こそ様々だがほぼ全員が彼女から離れた。

 近くでその力量を見続け、自分には無理だと身を引けばまだマシな方。ついて行けば楽が出来ると思い込んで付き纏った結果、深部探索まで付いてきた挙句油断して恨み事を吐きながら斃れる。程度の差は在れど、そんなことは一度や二度ではない。

 だがそれよりもずっと苦しかったのは、力の差など関係なく自分と友人であろうとする優しい人ほど、貴方を一人にさせない為にも頑張ると言ってくれた人ほど先に死んでいくことだった。

 優しい人間は時に非常に勇敢だが、潜む悪意や敵意に鈍くなる。共に戦う仲間を意識するあまりモンスターや罠への警戒心が著しく落ちる。心から他人を気遣える人間ほど悪意や害意に鈍る。探索者には向いていないのだ。

 ダンジョンにおいて必要なのは勇気ではなく、正しい知識と臆病なまでの警戒心、そしてどんな時でも生存を諦めない思考だ。勇気や優しさはそれらを踏まえた上で発揮されるべきものである。たとえ勇気の発露により運よく危機を乗り越えたとして、それが成功体験となり次の探索で命を落とすことなど何も珍しくないのだ。

 大切な仲間を喪う。これは多くの駆け出し探索者にとって身近にあることであり、その憎悪がモンスターを効率よく破壊し糧となる。それはダンジョンタウンならではの経済であり(当然ながら是とはされていない)、探索者が職業として忌避される理由の一端でもあった。

 そしてこれも当然のことだが、彼らのモンスターに対する憎悪は並々ならぬものである。仇であり飯の種であり、生活に無くてはならないもの。歪な形で生活の一部となっているのがダンジョンでありモンスターである。

 

 

「だって、納得できないじゃん。モンスターだよ?」

 

「言いてぇことは分かる。否定できるもんでもない。だが……」

 

「分かってるよ。だから僕も見てく。報告済ませてくるからカード頂戴」

 

「貯金で頼む。……心は晴れねぇぞ」

 

「現実を受け止めるのには動かない事実が要るんだよ。僕が時代に即してないって事実が」

 

 

 背を向けつつそう言うと、リュカは手早くカウンターに近づきカードを提出、報告を始めた。単純な討伐、回収依頼であったためすぐに報酬の処理まで終える。

 報酬は現金で受け取るか、協会預かりにして預金とするかは探索者が選ぶことができる。現代で言う銀行に似たシステムだが、この預金機能のお陰で住宅を狙った空き巣や盗難が減少傾向にある。もっとも貯蓄という概念の薄い探索者達は、余程欲しいものが無い限りはもっぱら受け取ってはすぐに使って散財する。

 リュカは使い道が出来るまで貯蓄、ヴァズの使い道は決まっているが今ではない為こちらも貯蓄を選んだ。

 2人は速やかに依頼達成の手続きを完了し隅の方へ寄る。職員同様帰還を待つ態勢だ。初めは2人のように野次馬をしようと探索者達がたむろしていたのだが、2、3日と経つにつれ億劫になり始めて今は誰も残っていない。駄弁るには十分な空間だった。

 

 

「ヴァズは探索者長いでしょ。今まで何人くらい見送ったの」

 

「数えてねぇ。引きずる気もねぇしな」

 

「薄情じゃない?」

 

「覚えてねぇ訳じゃねぇよ。それにテメェでこの仕事選んだんなら死のうが生きようが自己責任だ。俺にもお前にも背負うべきもんはねぇよ。生きてる奴が勝手にそう思ってるだけだ」

 

「僕を慕ってくれる人、いたよ。ヴァズにもいたでしょ」

 

「お前を想うなら弱いままでいることがまず間違いなんだよ。弱いまま俺達に傷だけつけて退場なんて方が舐めてるだろ」

 

「そんな言い方しなくても……」

 

 

 ヴァズは包み隠すということを全くしなかった。勝手に命を賭け、勝手に地の底を見に行き、勝手に解釈をする。この地にいる全員がそうだと心の底から信じているからだ。

 誰かを想ってだの美しい理想の為だのと理由を後付けすることこそ不純。本気でそう考えているのだ。

 ダンジョンというものに何かを見出すのは探索者の勝手。そこから自分を見つめ直すのも、更に奥へ進むのも、恐れをなして退くのも、自分達が勝手にやっていることだ。

 人生の主題はどこまで言っても自己満足であり、人生とはそうあるべきもの。だというのに、死して尚他者の人生に影響しようなどと言うのはあまりに烏滸がましい。ヴァズにとって他人とは潜在的な敵や味方などではなくあくまで他人であり、自分とは全く無関係の人間である。

 協力はする。協調もする。必要なら袖の下だって通す。損得関係なく仲良くもするし肩だって組む。だがそれはヴァズの人生を左右していい根拠にはならない。そのメンタルこそが彼を生粋の探索者たらしめており、誰よりもダンジョンを信仰する狂人に見せている。

 そしてそれはダンジョンで大切なものを喪い続けてきたリュカに、とってある種必要な心持ちでもあった。過度に入れ込み過ぎず、自分を優先するという心がけだ。

 

 

「せっかくだしアイツらと仲良くしてみたらどうだ?歳も近ぇし力量だけなら今のお前にだって引けは取らねぇぞ」

 

「ミリアムちゃん達のこと言ってる?」

 

「おう。アイツらもダメか?モンスターのダチやってる奴らじゃ」

 

「……頑張ってみる。ありがとねおじさん」

 

「クソガキがコラ。しかしまぁ、問題はそれだけじゃあねぇ気もする……」

 

 

 腕を組み壁に寄りかかるヴァズがリュカに向けて問いかける。それは問いかけと言うより確認の様だった。

 彼の口調はいつになく真剣だ。見定め、値踏みし、あらゆる観点から疑問を呈し解明する探究者の一面だ。

 

 

「リュカ、お前ダンジョンに何日間ぶっ続けで潜ってられる?」

 

「何急に。んー……経験あるのは3週間で、頑張れば多分1か月」

 

「つまり死ぬ気になりゃ2か月はいけるってことだ。ほとんどの奴はお前より持たねぇ。どんな理由があっても、それ以上に本能がダンジョンに留まることを拒んじまう。だがアイツはどうだ?真っ暗闇の中10年だ。長すぎる」

 

「ちょっと待った。それはもう───」

 

「ミリアム・ミランを通して証明されている、分かってる。嘘だとは思ってねぇ。俺が疑ってるのは()()()()()()()()()ってことだ」

 

 

 リュカはその発言についてあまり要領を得ない様だった。彼の受け答えの正確さは保証されている。長期間孤独に苦しみ、それでも尚人の為に行動し続け、自分が人間であることを証明して見せた。十分すぎる程にまともな人間だろう。

 そこにヴァズは納得がいっていなかった。否、そこまでハッキリとしたものではない。それはまだ違和感に留まっている。しかし全てを手放しに受け入れるには見落としている者があるのではないかと疑い続けていたのだ。

 ダンジョンの信仰者は都合のいい奇跡を信じない。少なくとも人間にだけ都合のいい奇跡は信じたくない。

 

 

「ガキの頃、悪さをした罰でカビ臭ぇ納屋に閉じ込められたことがある。朝から晩までだ。乾いた飯と少しの水も一緒に。たかが1日、そう思うだろ?だがガキの頃の俺は泣き喚いた。日が落ちるまで誰と話すことも出来ず、することもない。違うな、何も出来ない。そうして少しずつ時間が経つにつれて、俺は突然何もかもが恐ろしくなった。もし何かの間違いで俺が忘れ去られちまったら、ここで死ぬんじゃないかって思ったんだ」

 

「……」

 

「ガキの時分なんて1日親に放っておかれたら泣くもんだ。だがアイツは?10年だぞ。たまたま行動が善人のそれに近いだけで、実は()()()()()()()()()()()不思議だとは思わない。今はどいつもこいつも感動や同情で目が眩んでる。ヘレスですらそうだ。だから……」

 

 

 その時だった。入場口の周辺が俄かにザワつき始める。ついに彼らが帰ってきたのだ。

 ヴァズは速やかに口を閉じ静かに経緯を見守る体制に入り、リュカも彼の言いかけた言葉を追求することなく彼らを見守った。

 

 

「戻ったぞ。全員無事───」

 

「おかえりなさい!さぁ早速手続きに移りましょう!みんな待ちくたびれてますよ急いで!」

 

「今俺達の安否確認より優先しなかったか……?」

 

「(ま、まぁまぁ……)」

 

 

 7名の人間に続き大柄な騎士鎧が入場口から遂に現れた。それを見た瞬間からカウンター内の人員が一斉に動き始めた。

 受付担当にはこの道10年のベテランが対応。既に7台分のカード照会器を準備しており、大勢の職員がそれを見守る。共にいた探索者達もここまで仰々しい対応をされたことはこれまで無く、この人類初の試みが如何に重要な事態であるかを再確認したようだ。これではかえってやりづらいだろという意見は黙殺された。

 しかし仕事は仕事だ。一先ず探索者達が7名がカードを提出する。するとカードに青い光が照射され、その情報を読み取り始める。討伐依頼の際はカードに特定のモンスターの情報を予め紐づけておくことで、その時点からダンジョンで何匹倒したかをカウントすることができる。カウント機能自体は『ダイダロス』発の物ではないが、この街におけるそれは改ざんが非常に難しく設定されている。これにはある秘儀が関係しているのだが、一般公開はされていない。

 

 

「カード確認しました。合計8体……随分多く狩り回りましたね?」

 

「ネームドは層を跨ぐ可能性がある。モンスターの特性を考慮すれば徹底するべきだと判断した」

 

 

 実際は見せ場を奪い合うように次へ次へと狩り回った結果、4階にいる全ての『亡霊』を狩り尽くしただけだ。

 それにもっともらしい理由をつけたのは、そんなアホらしい理由を正直に告げてしまうと「自己満足でやった分だから減額な」と言われる可能性を下げる為だ。

 『ダイダロス』では探索者の活動を積極的に支援している。その関係で支払いについては鷹揚だ。だから無用な心配ではあるが、古い探索者達の記憶にはその手の未払いによる苦い記憶が脳の奥底にこびりついている。

 信用していないわけではないのだが、これもまた過去の傷跡の、そして今尚起こり得るリスク回避手段の一つだった。

 

 

「なるほど、仰る通りです。受領しました。さて……カードをお預かりします」

 

「(思えば私も初めてだ。ここからは何の助言も出来ない)」

 

「(き、緊張してきた……)」

 

 

 彼等にとって新たなる人生の幕開け、そして最初の関門に到達した。

 

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