転生先が悪逆非道の血みどろ騎士モンスターで詰んだ男、過酷な迷宮で救いを見つける 作:飛び回る蜂
差し出したカードが機械に翳される。他のカード同様パッと光が照射され、職員が持つ手元の用紙に概要が記載されていく。今回は「指定モンスターの討伐数」「滞在時間」「拾得物」の3点のみが出力される。
じわりとインクが染みだすように紙にそれぞれの情報が記載される。討伐数は0、滞在時間は他のメンバーとほぼ同じことが証明された。しかし拾得物の点だけがおかしなことになっている。『ハマヤ』は今回の依頼で何も拾っていないことになっている。これには本人も慌て、周囲に助けを求める。
「ダンジョン内における拾得物無し。ルールを守っていただけて何よりです」
「(あれ?結構武器とか拾ったと思うんだけど……あれ!?)」
「いや待て。そいつ結構色んなもん拾ってたぞ。沼ん中に片っ端から突っ込んでた」
「……なるほど。彼固有の能力を介した物は登録されないと。自己申告で結構ですので、後程提出をお願いします」
さっそく職員達の間にピリッと緊張が走る。彼は危険物の密輸が可能だと判明した。『帰還』による転送でも持ち込めてしまうが、こちらはルールの制定と帰還場所の工夫により安全対策がされている。
だが今回は予め準備をした上でその網をすり抜けてしまった。本人の性格を鑑みれば意図して悪用することはないだろうが、意図しない使われ方を
揮発性の可燃性体液、一滴で人が死ぬ毒液、質量以上に物を溶かす酸液、純粋すぎる水。液体だけに限定しても、全てダンジョンで比較的容易に手に入る危険物だ。
スケルトンからドロップする武器とて扱う人間次第では多くの人間を殺せるだろう。殺傷力と言う点で見れば他のドロップ品も変わらない。中でも液体が問題となるのは管理と判別、識別の難しさと流動性だ。1雫見逃せば地域の飲み水を完全に汚染するかもしれない。それ故に液体と粉末は全てのダンジョンタウンで極めて厳重な持ち出し制限がかかっているのだ。
「……念の為ここ数か月分の情報を出力して見ても構いませんか?」
「(はい。大丈夫、変なものは無い筈。大丈夫ですよね!?)」
「(問題ない。何もやましいことはないぞ)」
その首肯を確認してから情報範囲を広げ、ここ1か月の間に絞って情報を出力する為、なんと一部データに関してはカード作成前まで遡って調べることができる。登録者本人の情報をカードを仲介して引き出すものだからだ。これにより思いもよらない事実が判明することもある。
1か月となると、概ね地上に『帰還』で引きずり出された頃からだ。その時期と言えばリューベルから少年へと意識が切り替わり、その後は戦闘に少しでも慣れる為、そしてモンスターを殺生することへの嫌悪感を克服しようと邁進していた頃だ。
4~6階のモンスターを相手に片っ端から勝負を挑み、積極的に狩り回っていた時期。当然モンスターの撃破数は普段に比べ多い。それを証明するように用紙一面に討伐したモンスターの一覧が染み出す。
大前提として、通常探索者がダンジョン探索に出る頻度は活動階層によってまちまちだ。1、2階を回る者達はかなり頻繁だ。安い素材も数を集めれば金になる。2日に1回探索に出ては素材を集めて帰ってくる。金銭に変えて休暇を取り、再度狩りに戻ると言った次第だ。
3~5階で稼ぐ者達はかなり入念に準備を行い、一回で稼げるだけ稼ぐ者が多い。練度にもよるが往復で数日から1週間は見るのが一般的だ。それ以上は『体力』と『精神力』が先に参る。その分一度稼いだら当分はダンジョンに戻らない。腕が鈍るのを嫌がるなら数日に一度適正な階層付近をウロついて鍛錬をするだろう。
総じて、初心者なら2日に1回。中級者なら週に2回。上級者は振れ幅が大きく、1か月に1度長期間潜り続ける者もいれば、最速で最深部に辿り着いて稼いだら速攻で帰る者もいる。しかし討伐数そのものはそこまで大きな差が無い。初心者が弱いモンスターを10体倒すことと、上級者が強いモンスターを10体倒すことの疲労度はそう違わない。上を目指せば誰もが苦労する。
なので、1回の探索で体力を使い尽くすほどモンスターを狩って帰るといったケースは稀だ。
彼ら全員に共通して言えるのは、1か月ぶっ通しでダンジョンに潜り続ける者はまずいないということだ。リュカは頑張ればいけると言ったが、これは体力管理を完全な状態で行い、かつ何が何でも絶対にやる、しなければならないと言う覚悟が前提にある者だけだ。そんな人間そうはいない。
なにせモンスターの討伐というのは、非常に攻撃的な生き物を何時間も屠殺し続ける尋常ではない体力仕事だ。この世界の人間が如何に頑強と言えど24時間連続稼働は出来ない。それこそ時間が経過しただけでは『体力』が消耗されないようなイレギュラーでもない限りはだ。
「うわ……えぇ……」
「(えっ、えっ、何、何への反応なんですかそれっ)」
サイズにしてA4用紙1枚、その半分がモンスターの名前で埋め尽くされる。先に漏れた声は4行目を過ぎたあたりからの言葉だ。丁寧にも1階のモンスターから順に1体ずつ、(×〇〇)といった討伐数がつく。この数もまた尋常ではない。特定のモンスターだけを狩り続ければ2桁になることもあるが、それが20種を超えると話が変わってくる。『再生成』の度に上から下まで狩り尽くしていることの証左だ。
これをやったのは間違いなく人間ではない。そしてそれは事実である。
「いえ、あぁまぁ、うん、もう少し余暇を楽しまれることを推奨します……」
「(だ、だってしょうがないじゃないですか!リューベルさんが武器に慣れろって言うからっ!考える前に武器を振れるようになれって言うから!)」
「(必要だったからな。役に立っただろう?)」
「(ドン引きされてるじゃないですかぁっ!)」
心優しい善良なモンスターかと思いきや、モンスター専門のシリアルキラーだった。しかし探索者としては有能どころかインフラを担えるほどのハードワークをこなせる超希少な人材でもある。
畏れ半分、頼もしさ半分と言った空気感の中、念のため4階の討伐モンスターをチェックする。
該当項目に『怨霊』×2の文字が存在するように見える。担当者は一度目を擦ってからもう一度確認する。やっぱりある。今度は少し離れて目を細めてから見てみる。やはりある。
相手は物理的な攻撃手段しか持ち合わせていない場合逃亡を推奨するモンスターなのだが、これは一体どういうことか。
「……この討伐数は今回とは無関係ですか?」
「(え、はい)」
「どうやって討伐したんですか?ああいえ、実践しなくて大丈夫です。他の探索者も同じことができますか?できない?貴方固有の能力に由来するものですか。では次回以降、その旨も考慮して依頼を提案させていただきます」
職員は冷静だ。ここで実践してくれとは口が裂けても言わない。もしこれで周囲一帯が汚染される呪具でも取り出したらどうしようと過ぎったのだ。無論彼がそれを持っているということはダンジョン内で拾ったということ、イコール『ダイダロス』にとんでもない呪具が持ち込まれているという事実に繋がってしまう。
そうでないのなら深く聞き込む必要はない。秘匿された地下でどうやって稼いでいるのかを聞くのと同義だ。有益な情報を共有するのは模範的な探索者だが、飯の種までひけらかす探索者はそういない。
実際の所、種は単純で「武器に自分の血を纏わせるとアンデッドに有効になる」という原理不明の仕組みによるものだ。他人の武器を沼に突っ込んでから渡せば一応は再現可能だ。
でも自分の体液に人の武器を突っ込ませてそのまま振ってもらうのは言葉に出来ない不快感があり、できればやってほしくない為できないことにした。
一先ず情報出力は無事出来たことを確認し、隣の職員に素早く目配せする。
「(どうします)」
「(問題はなさそうだ。帰していいだろう)」
「(分かりました)確認は取れました。依頼の達成を確認、報酬は今お持ちになりますか?それともこちらで預かりますか?」
ここに来て全く考えていなかった少年に動揺が走る。銀行口座のようなシステムがあることを想定していなかったのだ。
割と最近に提案され実現したシステムだから無理も無いが、ダンジョン協会もそこまで無策ではないぞとリューベルは笑う。
「(えっ、どうしよう。現金持っておくべきだと思います?)」
「(やめておいた方がいい。君のことだからすぐ他人に恵んでしまうだろう。どうせ使わないしと)」
「(そんなぁ、しませんって。……しませんよ?)」
リューベルの懸念は大いに当たっており、むしろ使い道が出来たと嬉々として寄付に回すのは確実だ。
ただでさえ必要以上の報酬は要らないと事前に伝えているのだ。自分の生活に金がかからないことが踏まえればその大半を他人の為に使うだろう。
今の所買っても精々が武器とインテリア。死蔵する為に買うくらいなら街の為に使うのが経済的だ。そういう理論の元お金を使おうとしてしまうのだ。
「(信じてるとも。とりあえず武器を買う為に貯めておくのはどうだ?いつまでも借り物や店売りの武器を使うのも見栄えがしない。せっかくこの街には腕利きがいるようだしな)」
「(いいですね!じゃあ口座預かりで)」
ジェスチャーで受付を示し、預かりを依頼する。それを察した職員は「かしこまりました。預金を承ります」と告げ残高に報酬を振り込む。
これにて依頼は完結だ。初の依頼を最初から最後まで一人でこなして見せた。これで彼は一端の探索者だ。自らの意志で依頼を選び、誰とも知らぬ相手と組み、依頼を完遂、あるいは探索を完了する。自分の意志で生きる選択の権利、それを行使する方法を獲得した。
これは彼にとっての大きな一歩目であり、同時に『探索者』の歴史に残る超重要な1シーンとして語り継がれるだろう。
現にこの場に立ち会えた職員、探索者の表情は未だかつて見たことのない喜悦が浮かんでいる。彼らは誰もが未知への好奇を膨らませ、そして栄誉に飢えている。世界で一番最初、世界唯一、前人未到、そのどれもに心躍らせる。今日この日まで真面目に取り組んで得た信頼と、今日この場に立ち会った幸運。その両方に恵まれたこの日を彼らは決して忘れないだろう。
当面は酒場で仲間に奢らせる話の種になる。あの時どんな様子だった?どんな活躍をした?本当にアイツは人間の味方なのか?その1つ1つに酒を交わしながら陽気に答えるだろう。
その時間が終わったら素面の内に聞かれるのだ。あの話は本当なのか?酒が入った妄想ではないのか?そしてそれに是、否と答えるだろう。
そう、彼らもまた世界初。モンスター探索者、その最初の生き証人として特別な存在となったのだ。彼らの視界にほんの僅か、陽光が差しこんだような気がした。
「へへ、へ。あ、あたし達さ、ひょっとして、とんでもない場面に居合わせてんじゃねぇの?なぁ、そうなんじゃねぇの?」
「今更か。だがそうだな。見ろ、俺の手も震えている」
「こんな美味しい立ち位置、大金積んでも買えやしねぇ。いや、売れたとしてもやれねぇや。はははっ、人生って最高だなっ!」
獣人の男、クローカ、そして『ハマヤ』。この3人は冷静だ。しかし残る5人は狂喜乱舞が爆発する一歩手前。今は辛うじて自制心が勝っているだけに過ぎない。行動中皆を諫めていたリーダーの男ですら瞳に浮かぶ未来への期待感を隠せていない。
彼らの環境が劇的に変わるわけではない。変わるのは時代だ。自分達が基点となり世界が揺れ動こうとしているのだ。楽しまずにはいられない。そして心の底に潜む不安を言語化する者もいる。
「今まで遥か下層に見られていた探索者が、注目を浴びている。……また風向きが変わるな。今度はいい風だと嬉しいが」
「我々職員一同も同じ考えです。当面他所の職員に根掘り葉掘り聞かれることになるでしょうね。楽しみです」
「楽しみか?大変なことになると思うが」
「苦労と利益を天秤にかけるのはまだ先の話ですから。さぁ、残る仕事を片付けましょう。そろそろバケツが溢れてしまいます。そうなる前に拾った荷物について聞かせて頂きましょう」
俄かに賑やかさを匂わせ始めた所を、ヴァズとリュカは静かに眺めていた。そしてそのことにリュカは驚いていた。ヴァズのことだから早々に「俺も混ぜろよ」と口を突っ込みに行くと思っていたからだ。
それを察したのかヴァズはジトッとした目で睨み返す。お前俺のことを何だと思ってるんだ。そう言いたげだ。
「嵐の中じゃ見えないものもある。少なくとも俺は今、アイツらとは違う所を見てる」
「どこ?」
「浮かれてる奴の面だ。これがあの中だったら見えなかったな?」
「バカにしてる?」
「冗談だよ。……デカい声を出すな」
その一言を皮切りに声色が大きく変わる。静かに、隣にだけよく聞こえる声。そして小さく呟く。
「誰かに見られてる。アイツらも俺達も」
「誰?どこから?」
「知らねぇ」
分からないとは言っていない。つまり誰がどこから見ているかは判明している。
知らない。古参であるヴァズが知らない顔。つまり新顔か、変装をしている。
そして今この瞬間もリュカはその存在を気取れていない。敵対者に対する『直感』はリュカの方が遥かに優れている。なのに所在が分からない。それを理解した瞬間強烈な危険信号が灯る。
「感づかれるな。狙いが俺達になったらもう防げねぇ。そういう類の何かがいる」
「どういう意味?」
「喋りながら外に出るぞ」
そう言うとヴァズは表情をもう一度変え「見届けたし飯行こうぜ」とリュカを誘って外へと出る。
そして入場口から十分な距離を取ってようやく、彼の額に大粒の汗が浮かび始め、呼吸も荒くなる。
先ほどの発言はからかいや冗談などではなく、自分の視界に映らない何者かがあそこにいたことを示していた。
「透明で音がしなかった。多分魔法じゃねぇ。それしか分からなかった」
「何で分かったの」
「運だ。アイツらから一番近い窓、その日差しがアイツらに向けて異常な曲がり方をした。影の形も変わった。金を受け取らなかったあの瞬間だ。何かが覗きをしてやがった」
差し込んだ光は何者かの隠蔽を指し示した。理屈は分からない。理由も多すぎて察しがつかない。今この街には数多の『国』から視線を浴びている。どこの誰がなんて多すぎて絞り切ることはできない。
だがあの瞬間、姿を隠したかった誰かがそこにいた。正規の手段で得られる情報には飽き足らず、非公開の情報を持ち出そうとした者がいる。
そうした輩に今、『ダイダロス』に住む全ての人間の命が握られている。この情報は一歩間違えばそうした結果につながりかねないことを2人は理解した。
「あり得るの?音も匂いも気配も無い追跡者なんて……」
「リュカ、お前は全速力でヘレスのところに行け。アイツの目、邪眼は生半可な隠蔽をブチ抜く。それでもダメならこの街に安全な場所はねぇ。スレイの坊主に声掛けろ。俺は別行動をとる」
「大丈夫なの?」
「……無事を祈っとけ。最近こんなことばっかりだ、泣けてくるねぇ」
そうしてリュカはヴァズと別れた。別れ際、彼の目は決して悲壮を堪えてはいなかった。俺が何とかしてやるという顔だった。
そんな目をするダンジョン狂を見るのは初めてだった。彼の焦りが、本気が、祈りが垣間見えたような気がした。
それからの1か月。『ハマヤ』は驚く程精力的に依頼を達成していった。
難航していた新種モンスターの調査に同行し、生態や行動を把握することで探索者の安全に大きく寄与した。
5階のゴーレムから銀を採取してほしいという難関依頼を単独で躊躇なく受け、他階層を全力で走り抜け2日で帰ってくることで周りをざわつかせた。本人は褒めてもらえて満足していた。
他国からの観光客と会話することもあった。思ったよりも大きく、思ったよりも優しい血まみれの甲冑は遠巻きながらもそれなりに人気を博し、意外と話が分かる奴だと笑って別れることが大半であった。
時折隠しているのに分かる程上気した顔で、息を荒げながら握手を求めてくる人もいた。複数いた。彼らは民間人の通報により連れていかれたことで、幸運にも本人がその真意を知ることはなかった。
『ハマヤ』が多忙な日々が始まって1月が経つ頃。
事件は起きた。
『ダンジョン協会公式より全探索者、ならびに全住人へと通達』
『ダンジョン内で極めて悪質な殺人事件が発生。被害者は7名。犯人は未だ不明』
『これより3日間ダンジョン及び外縁門を完全に封鎖。都市内部における犯人の捜索を開始する』
ダンジョン協会は全ての探索者に重大な告知を行った。ダンジョン内犯罪という透明性の低いことを狙った悪質な犯罪行為である。
この通達に全ての住人達は震撼した。このようなことはもう長く起きていなかった。これから恐怖に震える日を過ごすことになる。
『我々はこの事件に関し一切の妥協をしない。徹底した弾圧と断固とした態度を以て弾劾する』
『もはや罪人に逃げ場はない。我々は必ずこの事件を終息させる』
後の歴史に名を残す『歴史改竄事件』、その始まりの出来事であった。