転生先が悪逆非道の血みどろ騎士モンスターで詰んだ男、過酷な迷宮で救いを見つける 作:飛び回る蜂
ダンジョン協会調査本部、その隅の人が通らない空間。誰もいない。声はしない。足跡も残っていない。およそ気配や痕跡と言うものが全く見当たらない。
しかしそこには確かに何かがいる。数は2つ。空気の中を滑るように2つの何かは互いに合図を出し合い、決して気配を出すことなく歩を進める。
調査本部の動向は既に掴んだ。あの場に残るメリットはもうない。今行動すれば確実に対象と接触できる。そうすればあとは消化試合だ。あらゆる問題は問題ではなくなる。
『ダイダロス』ダンジョン協会長だけが障害となり得た。彼女の『魔眼』がどれ程隠蔽を見破るか、それが未知数だった。しかしこれも杞憂に終わった。最後までヘレスは自分達の存在に気付かなかった。そのヴェールを剥ぐことは終ぞ叶わなかったのだ。
つまりそれ以外は何ら問題となり得ない。勝手に仲間内で罵り合い、傷つけ合い、疑心暗鬼になって滅んでいく。我欲に溢れた傲慢な俗人、明日さえ描けない飢えた獣、満たされない渇きを物欲で埋める浅ましき者。彼らからすれば探索者と言う言葉すら世俗が生んだ忌むべき造語である。
しかしそのいずれよりも悍ましい存在がいる。人を名乗り、欺き、ダンジョンを貪る
彼等はそれを排する為にこの世に生を受けた、いわば執行者である。少なくとも本人達はそれを疑っていない。
「───」
「───」
右へ。その後正面通路直進。了解。彼らが交わすのは言葉の無い意思疎通。熟達した神秘の担い手が行う思考の伝達手法。互いの思考を知り尽くす彼らは自然環境を通し、意志のみで対話を行う。これにより短距離であれば無言無視の意思疎通ができる。
彼らは静かに協会の隅、人の歩かない場所を選んで歩を進めている。擦れ違う人間もいるが誰もその存在に気付かない。まるでそれが自然の風景の一つのように視界からすり抜けていく。
言葉を介さない意思疎通。そして他者の意識から目を欺く神秘。世界でこれらが出来る種族、職業はただ一つ。
彼らは目的の為にダンジョンの入場口へと向かう。到着して見れば僅かな見張りを残すだけで他に誰もいない。
やはりな、とほくそ笑む。全ての探索者が例外なくダンジョンから追い出されたのだ、もう一度入ろうとする馬鹿はいない。となればここに人を割く理由も無い。入場に邪魔な人間を排するだけでなく、冗長な会議で足止めまでしてくれるとは有り難い限りだ。目的を果たした際には大いに喧伝することとしよう。
入場口の扉を開く。明らかに音がしているのに見張りはそれに見向きもしない。まるで代わり映えしない自然の風景を眺めるかのように、視界に入っていてもそれを異常や違和感として認識していない。
とはいえあまりに不自然だとそれにも齟齬が出てしまう。手早くやるに越したことはない。素早くダンジョンに入り込み扉を閉めるその動きは自然の体現者などではなく、まるで熟練の暗殺者の様だった。
標的相手に隠蔽がどこまで通用するか分からない為思考伝達を中断。ここからは会話も解禁される。そして目標の正確な位置は不明、不意の遭遇もありえる。したところで問題はないが。
小さな声で呪文を呟き環境との『同調』を外した瞬間、そこに2人の人影が現れる。
フードを外した若い金髪の男と女が1人ずつ。全身を長いローブで覆った、まるで世捨て人のような風体。
更に特徴的な点がある。男の眼は光彩が黒く瞳孔が白い。女の眼は人間に比べて紅色が強い。そして2人共耳は人間に比べて鋭く尖っている。
彼らは俗に『エルフ』と呼ばれる者達だ。そして『
「始めるぞ」
「分かりました」
探索に時間をかける必要などなく、意味も無い。状況を考えれば標的は1階より下にはいかない。呼び出せばすぐ来れる位置にいる筈だ。なんなら扉を開けてすぐ接敵してもおかしくはないと判断していただけに拍子抜けですらあった。
しかし捜索に時間はかからない。現状全てのダンジョンに共通することだが1階の広さはそこまでのものではない。端から端まで急いで回れば数時間とかからない。焦る必要もない。見つけて、殺す。それで全て世はことも無し。世界は元の正常な形を取り戻す。
地表の俗人はこう宣う。中身は子である、偉大な騎士である、善良である。総じて利を齎す者であると。
それらは全てまやかしに過ぎない。誰もが本質を見失っている。たとえそれが事実であったとしても排さない理由にはならない。誰もが倫理に縛られ行動に移せないなら我々がやるしかない。誰が望まなくともやらねばならない。意思を持つ持たないにかかわず地上に進出可能なモンスターは排除されるべきだ。
無垢な人々の平穏を護るという『教義』。それは真っすぐな使命感と正義であり、同時に他者の正義を侵している。
故に起きることはただ1つだけ。モンスターのいない通路を抜け、果たして標的はその先で待ち構えていた。
「───見つけたぞ、存在するべきでない者。ダンジョンに生まれた歪みそのもの」
背を向けていたモンスターにあえて声を掛ける。不意を打つ必要性はない。そのような卑劣に身を落さずとも退治は容易である。
そして存在を否定する文言は冷静さを奪う。思考する脳があるのなら武器を宛がうよりこちらの方が効果的だという判断だ。
「正しき世の為、貴様にはここで死んでもらう」
「───」
ゆらり。風も無いのに松明の火が揺らぐ。そしてその双眸が侵入者へと向けられる。たったそれだけ。
───だが、その眼は怒りに満ちていた。
侵入者もその程度で怯むことは無いが、強い感情を向けているという事実だけは受け止める。
「抗っても無駄だ。貴様は誰に知られることも無くここで朽ちて死ぬ」
2人が懐から杖を取り出す。『
対する『ハマヤ』が握るのは斧。それも両手に1本ずつで計2本。本来両手で持つ為の物であるが、彼は片手斧として難なくそれを運用する。そしてそれを片方は肩に担ぎ、もう片方を振り回せるよう手から下げる。長身の騎士が行うそれは見るだけでも威圧感を生む行為だ。
しかし侵入者は狼狽えない。どれほど腕力が強くとも関係ない。その程度で彼我の戦力差は埋まらない。彼らは熟達の魔法使いであり神秘の担い手である。
先日探索者と戦闘になった件も既に調査している。つまるところ、『ハマヤ』はこの街有数の使い手と戦い負傷する程度の実力しか持たない。
ならば負けはない。そう言い切れるほど、彼らは優れた使い手だった。
「我らが見誤ると思ったか?」
不自然にモンスターのいない通路、そして武器を構えて待っていたという事実。
標的を前にした高揚に浮かれず冷静に状況を判断し、適切な魔法を選択する。杖を通した魔力の操作は淀みなく行われ、周囲を薙ぎ倒す破壊の暴風となって荒れ狂った。
男は戦いに慣れていた。
「───チッ、やっぱ通用しねぇか!頼んだッ!」
「はいっ!!」
もはや魔法とも呼べない魔力による台風の再現。それに対抗するのは同じく中和の魔力。空気中に含まれた過剰なまでの魔力、その対となる属性で魔力の作用を打ち消す対抗魔法。
風と名札をつけられた魔力に土の名札を付けて存在を上書きする。風は軽く素早いものであるという概念を土の重く動かないものという概念で上書きし魔法そのものを中断させる。
同等の魔力をぶつけて相殺を狙うこと自体は魔法使いなら誰でもできる。しかし今行われたのは相手の魔法の仕組みを理解し、そこに存在する属性やギミックを見抜き、まるで完成した式の途中から項を抜き出し不成立にさせるような技だ。どんな魔法使いにもできることではない。
それは相手の持つ技術への理解が必要不可欠。つまり侵入者が最初から何者であるかを知っていた者の戦術的勝利に他ならない。
「無象が1つに……誰かと思えば、恥晒しの探求者か」
「……私にはその恥晒しが、貴方達のように思えてなりません」
通路の影、隣接する扉から隠れていた3人の探索者が姿を現す。対抗魔法を担ったこの街唯一の
標的と予想される『ハマヤ』の護衛を務めあげられる戦力、最も有力な仮想敵に対応可能な切り札、そしてダンジョンというものの性質を最も理解している通報者によって組まれた即席パーティである。侮るなかれ、ミリアムがフェニエと完璧な連携を取り、熟達の探索者であるヴァズは2人を見て自分の役割を即座に理解できる。そこに護衛対象にして最大戦力である『ハマヤ』を併せ、やられる前にやるを地で行く殲滅パーティの理想形でもある。
しかし戦いは既に始まっている。それも殲滅戦ではなく対抗戦だ。男が放つ耳を劈くような魔力の嵐が周囲一帯に破壊を齎す。素の能力で耐えられるのは『ハマヤ』とミリアムだけ。フェニエは正面に対抗し打ち消し、ヴァズはその背後に隠れつつ機を伺う。
「皆怒っているんですよ。どうしてこんなことをしたんですかっ!?」
「愚か。愚かだ。何故と問うのは我々だ。何故それを生かす?それは神の失敗作だ。それは凶報を齎す」
「勝手なことを言わないでください!私達の不文律を忘れたんですか!?私達は……っ」
背後の女が言葉も無く詠唱を始める。次いで現れるのは雷の如き轟音を放つ光の槍。空を揺るがす雷の再現である。
男への対抗に手一杯なフェニエに代わり『ハマヤ』が沼から大盾を引きずり出し前に出る。鉄扉のように重く巨大な盾に雷が直撃し盾の正面を焦がす。受け止めた瞬間に感電を直感しマズいと思うも束の間、魔力が腕を伝い強烈な痺れとなって襲う。それでも盾を手放さないのは強靭な『意思』だ。
彼らは自然の体現者であり、魔法の行使に文言を必要としない。思考と意思さえ明確なら使用する魔法を自由に選択できる。
しかしその自由の代償は重い。彼らは己に定義し見出した『教義』の元でのみ魔法を行使できる。
「我々は他者の『教義』を侵さない。順序が逆だ、馬鹿め。貴様らが先に我らの『教義』を侵した。貴様の『縁』が『平穏たる世』を乱した。これは正当な報復であり義は我らにある」
逆に言えば『教義』に反しさえしなければ如何なる制限も受けない。
彼らの発言は『平穏たる世』の為ならば何人死のうが関係ない、という宣言に等しかった。
「そも、それが存在するからこうなった。早々に始末し存在しなかったことにしていればこうはならなかった。それだけのことだ。なぜそれが分からない?愚か、蒙昧だ」
全てはヴァズの報告から始まった。影も形も無い侵入者の存在を聞き、今この街は極めて危険な状態にあると判断したヘレスは即座に行動を開始した。
見識ある探索者にも、『直感』に優れる者でも捉えられない存在について真っ先に思い当たったのが娘の存在。自然と共にある者達には、自らを
何も無い風景から何も見つけられないように、同化した彼らは人間の眼には異物として映らない。真っ当な生き物では彼らを捉えられなくなる。
そこに思い至った時点で自分にも見抜くことは難しいと判断、違和感にならないよう娘を呼び出しその情報を共有。所属組織である
そして彼らはその術は確かに存在すること、そしてそれをみだりに使い、ましてや不法入国等に用いることは決して許されないことであると返答をしている。そしてこちらの動向はずっと前から、フェニエを通して為人を把握されていたのだろうとも。
彼らは既に7人殺し、これからも殺そうとしている強盗致死の犯罪者だ。それをどう罰するかは既にこの街の裁量に委ねられている。
「やめとけ。この手のイカれは会話するだけ無駄だ。どんだけ正論ぶつけても理屈捏ねて自分を正当化する。奴らと俺らじゃ正義と悪が逆なんだよ。対立は必然だ」
「対立ではない。お前達は存在することが罪だ。人は堕落した。堕落したからこれに同調した。お前達が何人死のうがそれは善だ」
「……前言撤回、ここまでの脈絡のないイカれは初めて見た。ここで始末するのが世の為だ」
上に出た所でヘレスが機を見て戦力をかき集めて待ち伏せをしている。
しかし何かの間違いで地上にバレずに出てしまえば、今度は4人では済まない。ならばここで釘づけにし、可能なら撃破するのが最良だ。
その為にもまずはこの場を生き残ることを考える。しかしヴァズの表情は渋い。一瞬の隙を突こうにも全く隙が無い。まるで男を中心に破壊の風が垂れ流されている。まるで破壊の為の兵器がそこに立っているかのようだ。それが止んでも女がカバーに入り攻撃の手が緩まない。相手は見るからに上位の
となればキーになるのはミリアムと『ハマヤ』だ。この中で最も戦力として弱い自分はカウントしない。彼らの活躍に状況はかかっている。彼らが動く隙を作るのが自分の役割と判断した。
しかし舌戦をしようにも狂人相手じゃ分が悪い。まともな精神をしていない相手を挑発するのはまったく簡単じゃない。しかしこの場に簡単な選択肢など無い。
「古巣はテメェらを見放したぞ?ここで死んで路傍の石ころみてぇに扱われて終わりだ。お前らは歴史に何も残さねぇ」
「その思考が時間の無駄だと何故分からない?やはり貴様らは須らく無能、世の無駄だ」
素でこの反応だ、やりづらいったらありはしない。その暴言を成し遂げてしまいかねない実力もあるのが始末に負えない。前衛2人の動きが悪いのも気にかかる。魔力への抵抗が高いとはいえ全てをいなせる程ではないようだ。
高速で思考を回し相手の逆鱗を探す。更に投げナイフの予備を確認しつつ、手持ちの攻撃用スクロールを回してフェニエを援護する。物理的に武器が届かない以上今は言葉で刺すしかない。簡単ではないが諦める理由も無い。
「それじゃあ有能な世捨て人に聞きてぇが、一体何時忍び込んだ?俗人嫌いのテメェらが人の群れに長く忍び込めるとは思えねぇ。虫塗れの森で過ごしてぇ人間もそういねぇだろうからな」
「愚かな。真っ先に答えから得ようとする、如何にも俗人らしい問いだ。答えてやろうか?それを以て死出の駄賃にしてやろう」
「いや結構だ。今ので大体分かった」
否、まだ分かっていない。しかしヒントは得た。この精神の怪物達はつい最近この街に潜り込んだ。あるいは長期間この街で暮らしているわけではない。
それは真っ先に答えを……という物言い。そしてそう言い放つ顔に浮かべた嘲りの表情から判断できる。彼らが浮かべているのは嘲笑ではない。つまり自分達だけが知っている優越性に浸っているのではなく、本気で心の底から「何故そんなことも分からない?」と侮蔑している。これは真実考えれば分かるものだと指摘しているに等しい。同時に彼等は正義に酔っているのではなく、本心で『教義』に従い自分達を殺そうとしていることも証明している。
つまりあるのだ、彼らがつけ入る予兆が。この街に起きた何らかの異変が必ずある。
異常な点として、まずこの男の知識量だ。今回の事件を計画した上でダンジョンに対する知識が、そして非常事態における対応の知識が必要だ。必ず調査期間を取っている筈だ。
となると数日、長ければ1週間。それだけ隠れる場所をこの街のどこに用意した?こんな怪しいやつが街中にいたら一発で分かる。『同化』についてはフェニエにも確認を取っていて、尋常ではない魔力の消費と集中力がいる。少なくとも1日使い続けることは出来ない筈だと。
更に思考を回そうとした瞬間、正面からフェニエの声が聞こえる。苦痛、まるで針が腹に刺さったかのような、発言するのも苦痛を感じるような絞り出す声で告げた。
「ヴァズさんっ!私、私っ、心当たりが……!」
「なんだ」
「1年前です。この街に来て、移住希望の人がいてっ!あんまり、優しい人達ではなかったけど……けどつい最近です。急に見かけなくなった人達がっ!!」
事は1年近く前。ミリアム達が正式にパーティを組んで活動を始めた頃。異国の鍛冶職人見習い、ボグとケンドルがこの街に辿り着いた頃まで遡る。
かつてこの街に入国、移住を希望しようとした男女がいた。彼らには少々込み入った事情があり、探索者としての活動経歴を持っていなかった。
彼らはダンジョン探索を夢見てこの街に来たわけではなかった。どちらかと言えば自暴自棄。人に騙され未来に恵まれず、暴力と大声に頼った人生にやりきれず半グレ2人で辿り着いたのがこの街だったというだけ。
その為来歴が無い彼らには口頭で根掘り葉掘り聞く必要があった。それに対し逆上したり激昂して取っ組み合いになったり、挙句の果てに入国するまで居座ってやるとまで宣言した程の問題児達。人としての振る舞いは控えめに言ってもよいものではない。
だが拙いなりにもこの街に溶け込もうと努力していた。宿を取って職を探し、できることをやり、少なくとも生活していこうという気概はあった。
だが残酷なことに、そう決心した矢先に彼らの隠れ蓑に利用されてしまったのだ。
「……背乗りか。そいつらはどうした?」
「
「あ、あなたは。自分が、な、何を言っているのか分かっているんですか……っ!?」
「与えれば胡坐をかき失えば不平等を叫ぶ。自己を至上に置く至愚だ。始末してやったのに何故感謝しない?」
身分を奪い殺して消した。言葉にするならたったそれだけのことである。
その言葉に、沈黙の紅い瞳が揺らめいた。