転生先が悪逆非道の血みどろ騎士モンスターで詰んだ男、過酷な迷宮で救いを見つける   作:飛び回る蜂

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77 デッドラインヒーロー

 脳が熱い。まるで熱され溶け出した鉄が頭の内側から染み出しているかのよう。

 そしてその熱が身体を突き動かそうとしている。今すぐに、この感じ入る熱のままにと。

 

 

「待って……ッ!怒ってはダメ!お願い、落ち着いて……ッ」

 

 

 ミリアムの声が少年の耳に遠く聞こえる。既に何と言っているかも分からない程遠く、遠くに聞こえる。

 聞きたくない。今はそんな言葉を聞いていたくない。自分を縛ろうとする鎖にしか感じられない。何もかもを怒りに任せてしまいたい衝動が身体を支配している。

 兆候はあった。あの日人間に力を振るった瞬間、身体を縛る1つの枷が外れた。倫理、規範、道徳、善悪のカルマ。それらは全て魂を縛る拘束具だ。

 悪いことをしてはならない。感情のままに行動してはならない。人を傷つけてはならない。その数多ある自制心は全て、1人の少年の魂によって成立していた。

 しかし彼と関わる全ての人間、一心同体のリューベルでさえもたった1つ見落としている事実がある。彼が優しく、善良で大人しく献身的であるからこそ気づくことが出来ない思考の穴。

 

 

 彼は一度たりとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 煌々と禍々しく、赤い瞳が敵を直視する。先程までの防御姿勢から、破壊の嵐の中にあっても身じろぎ一つしない。

 痛みを感じない。恐れを感じない。高揚も悦楽も悲哀も何も感じない。

 憤怒と憎悪が身体を満たしていた。

 

 

「(……人の命を……何だと思っている……ッ!!)」

 

「そんなアンタ見たくない……っ!」

 

 

 あまりに一方的な魔力の嵐、身動きが取れない中それでもミリアムは必死に呼びかけ続ける。

 フェニエとヴァズが時間を稼いでくれている。2人の限界が来る前に彼を鎮めなくてはいけない。

 けれど声が届かない。魂が会話を拒絶している。感情の爆発が大きすぎて思考に関わる隙間が無い。

 そしてその内側にいるリューベルもまた同じであった。彼の思考は既に巨大な憎悪の奔流に呑まれ、辛うじて意識を残すばかりだった。その残滓のような声では、今の彼の目を曇らせることなどできはしない。彼の自我と意識は極めて明瞭だ。

 

 

「(ダメだッ!君は、君だけは、そんな感情に呑まれてはいけない……ッ)」

 

「(逃がさない……ここから出さない……次に誰かが死ぬ前に……今ここでッ!!絶対にッ!!)」

 

 

 それは利害の一致。正義の為悪を討てと叫ぶ心と、人間を殺せと叫ぶ本能。この2つの両立は容易く行われてしまった。

 内側にある衝動が怪物(モンスター)の本能を呼び覚ます。人の理性が少しずつ消え、悪への憎悪と獣の殺意がドロドロに混ざり合い、人としての意識は混濁していく。

 だがそれこそが本来の姿。この薄暗い地下におけるあるべき本当の姿。『血みどろ甲冑』として、人を殺すモンスターの姿。

 兜の口を覆う部分が禍々しく割れ開く。口は怒りを表すよう獣の牙の如くギザギザと、そして心の底から笑みを浮かべるように弧を描いてバックリと。首の隙間から垂れていた血がピタリと止まり、今度は口のような穴からだくだくと流れ始める。

 そして最後に残った人間性を、傍にいたミリアムをフェニエ達の元へ押し出すことで使い切る。

 秩序と倫理に傾いた天秤は既にその逆。ずっと人の側にあった魂の均衡が今、ここに崩れた。

 

 

「(()()()()()……ッ!!)」

 

 

 5人の人間の前に人間への殺意(モンスター)が現れた。

 

 

「……フン、怒りに身を任せれば強くなるとでも?凡夫の発想だ。死ね」

 

 

 4人に向け分割していたリソースを一度集約、モンスターに向けてその半分を再出力。魔法の矢、魔法弾、魔法槌。純粋な魔力を叩きつける魔法で呼ばれ方は様々。しかし属性を持たないが故に、術者が強くなる程強力になるのが特徴だ。

 男は魔力の形状変化を得意としていた。球に、線に、壁にする。この応用力の高さと、長年を生きた経験と知識による状況判断力、そして長生のエルフにして魔法使いとして更に長寿とそれに相応しい魔力容量を得た。その生涯の大半を共にした背後の女も同様である。

 属性を持たない。それは火に水をかければ消えるような、明確に有利を取れる対抗策が非常に少ないことを意味する。つまり誰もが持ち得る対抗策が純粋な魔力への抵抗力のみとなる。だからこそ彼らは強く、同属のフェニエだけがそれに辛うじて対抗できる。

 だがその逆を言えば、膨大な魔力とそれが成す牙に対抗する手段さえあれば彼らも只人と変わらない。そしてそれを彼は、今持ち得た。

 

 

「避けんか、愚かな。死ね」

 

 

 魔力による平押し攻撃。押し寄せてくる分厚い壁、あるいは巨大な鉄球のようなそれに正面から挑み、両腕で受け止める。当然ただでは済まない、そこに含まれる魔力全てが攻撃性を含んでいる。壁のように見えるそれは大量の刃と置き換えてもいい。

 モンスターにとって鎧と身体は同一。鎧の傷は身体の傷だ。触覚は薄くとも痛覚は確かに存在する。

 切り裂くような痛みが全身に走る。衝撃により籠手や兜に僅かな亀裂が入る。骨や皮膚が罅割れれば尋常ではない痛みが伴う。それと同じことが起きている筈なのだ。

 

 

「ゴ゛ォ゛ア゛ァ゛ァ゛───ッ!!」

 

 

 魔力の奔流が止むも、いまだ健在。その紅瞳が爛々と輝く。傷も、痛みすらも己を奮い立たせると言わんばかりに吼える。

 その程度でこの衝動が消えることは無いと叫ぶ。『怨嗟の声』が周囲一帯に響き渡る。

 

 敵を討て。さもなくばもっと大勢が死ぬ。だから殺せ。今ここで殺す。利害は一致している。でないともっと殺される。だから殺す。

 目指すは敵の眼前。その為に前へ。もっと前へ。前へ前へ前へ!!

 

 底の底、眠っていた殺意の塊が目を覚まし、全ての痛みを殺意へと変換し更に前へと身体を突き動かす。

 傷だらけの恐ろしい甲冑が、確かな殺意(ロングソード)を手に取って走った。

 

 

「ッ!何をしている愚図ッ!」

 

「ヒッ……ぁっ……」

 

 

 地の底から響く『怨嗟の声』が相手に『怯え』を与える。恐怖は行動する自由を奪い、一度根付いた恐怖は克服するまで付き纏う。

 殺意は生存本能をも殺す。対面することで立ち上がる勇気を持っていかれてしまった。それが自分に向けられることの恐ろしさを自覚してしまった。今まで矢面に立つ男が受け止めていたネガティブな感情を、初めて正面から受け止めてしまった。

 魔法、神秘を戦いに用いるが故に最前線に出ることはなく、倒した者を省みることすらしなかった致命的な代償。彼女は今日この日まで、同格以上に「今からお前を殺す」と宣言されたことなど無かった。

 それは探索者であるならば誰もが持ち得る心の所作、心の鍛錬。ケインが対面した彼に魅せた勇者の素質。『勇気』というパラメータだ。

 お前は背後と隙を守っていればいい。全ての解決はこちらでする。男もそう思い必要ないと判断し、女もそれを受け入れていた。彼女は恐怖に立ち向かう『勇気』を育てていなかった。

 戦力にならないなら現状を解決する手段にはならない。戦えなくなった女を、男は存在しないものとして扱う。

 ダメージを取っても明確な有利には繋がらないと判断し、足を奪ってから撃破する方向に転じる。突進するモンスターに対し魔力で構成された壁を何層も重ねて作る。これを打ち破るのは戦車砲の如き火力か、あるいは彼の知らない、予想だにしない技術だけだ。

 

 

「見ろ俗人共。本性を現したぞ。これがお前達の信じた者の末路だ。気分はどうだ?」

 

「誰のせいだと……ッ!」

 

「いずれこうなるのは自明だ。そうなればここは穢れた血で更に満たされたろうな……ッ!?」

 

 

 これで完全に足止めできるとは思っていなかった。それでも並の速度に落ちればいくらでもやりようはある。足首、膝、行動の急所を射抜くなり縛るなりして大火力で討ち滅ぼす。所詮馬鹿力だけの暗愚。それだけで片が付くだろう。

 しかしそうはならなかった。モンスターは刃に己が吐き出した血を存分に纏わせながら急停止、障壁に向けて剣を大きく振り上げる。剣自体が接触するには遠く、血液だけが刃の形となって飛び散る。その血液の刃が障壁に叩きつけられると同時、障壁は熱湯をかけられた氷、酸をかけられた金属のようにじくじくと音を立てて溶け出す。

 これは血液自体の毒性によるものではない。憤怒と憎悪を含むモンスターの血は今や生物特攻の劇薬、触れれば狂乱し思考すら乱す概念の汚染物質。これが齎す状態異常は身体に満ちる『毒』ではなく、精神を侵す『怯え』や『発狂』に類するものだ。

 それに対抗する祈祷者(ドルイド)の魔法は自然世界の理に則ったもの。ましてやその原理、教義は『安寧たる世』。身の毛もよだつ殺戮と憎悪の概念が、彼らの嫌悪する穢れを纏った血液が障壁の術理を汚して壊す。

 属性による攻撃とはまた違う、概念汚染によるせめぎ合い。色濃い神秘を扱うからこそ発生するこの世界における攻防の一概念である。

 

 

「ガ゛ァ゛───ッ!!」

 

 

 その隙を見逃す筈も無い。すぐさま沼から一本の手斧を引き抜き、割れた障壁の間に向けて投擲。狙うは術者の頭部。喰らえば頭が割れる渾身の一撃。

 あまりの出来事に男は眼を剥いたが、すかさず身を翻し回避行動に移る。今や障壁は壁としての機能を失いつつある。それでも完全に喪失したわけではない。通路を狭め、進行を阻むくらいはできる筈。そうして横に逸れた瞬間恐ろしいものが視界に映る。

 騎士甲冑が再度突撃する。剣を後ろにダラリとぶら下げ、その身一つで障壁に走り出す。そしてそれを蹴り飛ばす為に大きく脚を振り上げる。

 バカが、所詮は猪武者か。そう思うも束の間、蹴り飛ばされた障壁がまるで壊れる為のガラス細工のように簡単に砕かれる。

 それどころではない。それで強度を確認したのか2枚目、3枚目は蹴破ることすらせず突進、その身一つで破壊する。まるで足止めにならない。圧倒し踏み躙り、蹂躙し、喰らい尽くして前へ進む。見る者が見ればまるで戦車、あるいは飢え喰らう猛獣、あるいは見境なく殺す怪獣と呼んだだろう。

 その異常性を視界に捉え驚愕するも、近づけさせまいとすぐさま方針を切り替える。事が終わった後のリソース確保の事を一旦忘れ、神秘に頼らない通常の詠唱魔法を用いた波状攻撃を仕掛ける。冷静さこそを失いつつあるが、神秘の神髄に触れた者の魔法は尋常ではない火力を叩き出す。

 

 

「───矢、()

 

 

 指向性はたった2つ。しかしそれで十分。攻撃に用いるなら属性の重ね掛けなど不要。込めた魔力量が探索者達の普段使いとは桁違いだ。

 術者から正面に向け放たれる魔法の矢、それが壁の如く展開され、更には推進力を得て打ち出される。それが3層、並の使い手ならこの魔法1つで魔力が枯渇する。

 

 

「精々足掻け」

 

 

 更に続けて神秘の無言詠唱を重ねる。こちらは神秘由来であるが故、魔力で構成されたものは片っ端から先の剣で破られてしまう。

 なので方向性を変える。生み出したのは単なる土壁、これをひたすら造り上げぶつける。土壁の操作とは初歩的な魔法の中でもあまりに泥臭く、これを好んで使うものは多くない。しかし今はこれが必要だと判断した。

 ただ放つだけではない。あえて脆く作り足元を不安定にさせ容易く踏み込めない場を作る。足を奪い絶えず()を起こすことで、それとは別に本命として鋭い()を織り交ぜ致命傷を狙う。長時間続けるには厳しいが、この瞬間1対1で勝つための戦法だ。

 それを受けて騎士甲冑も無反応ではいない。魔力の壁は直接受ければ後方に吹き飛びかねない為跳んで回避、土壁は切り裂き真っ二つにして背後へ飛ばす。矢は剣で打ち払うことで対処する。

 騎士甲冑は思うように前に進めず苛立ち、男は魔力の限界というタイムリミットに精神を擦り減らしながら勝利条件を模索する。即ち怪物の撃破か、地上への逃走だ。

 そして迷わず逃走に思考をシフトする。勝てずとも地上に逃走さえしきればいい。いくら地上の人間が凡愚でも、この状況を見れば自分の捕縛よりこれの破壊を優先するだろうと踏んだ。

 男は徹底した消耗戦に移行する構えを見せる。そして暴れ狂う騎士甲冑はそれを踏み越え怨敵を討たんと吼え猛る。

 それを見ていた探索者の3人はこれ以上留まるのはマズいと判断。通路脇に飛び込むことで退避する。

 

 

「……マズいことになった。このままじゃアイツが殺される。いやそれで済めば御の字、最悪地上に出られたらバケモンとバケモンのダンスパーティだ。観客は皆死ぬ。当たり前だな」

 

「なんでそんな余裕あんの?」

 

「どうしたら、どうしたらいいの……っ!?」

 

「まずは落ち着け嬢ちゃん共。今は冷静に分析して最適解を出さないと死ぬ。お前らも知恵を絞れ。俺達にしか出来ねぇことがある筈だ」

 

 

 戦況が僅かな膠着を見せる中、3人の人間は通路脇に避難しながら状況を見ることに徹していた。今すぐ助けなくては!と飛び出そうとするフェニエとミリアムを死ぬ気で抑え込んだのはヴァズである。

 フェニエは消耗している。ミリアムはほぼ無傷とは言え、感情の波にあてられてメンタルが安定していない。格上相手に無策で突っ込んでも死ぬ。

 あの祈祷者(ドルイド)を倒しても『ハマヤ』が止まらなかったら死ぬ。放置するのが最悪で両方地上に出て全員死ぬ。だからまずは考えて最適解を出してから最速で行動する。でないと最悪の引鉄を自分達の手で引くことになる。そう唱える彼の弁舌と手腕もまた英雄的であった。

 

 

「いいか、これから起こる最悪のパターンは3つ。アイツらが地上に出て殺戮パーティーがまず1つ。あの祈祷者(ドルイド)が勝ってその上で俺達も全員殺されるのが1つ。お前達のどちらかが死んでアイツの暴走が加速、最終的に殺戮パーティーになるのが1つ。これらは絶対に回避しなきゃなんねぇルートだ。その上で大目標はあの「祈祷者(ドルイド)の敗北」と「アイツの正気を取り戻す」ことだ。いいな?」

 

「誤魔化さなくていいわ。最悪アイツを……」

 

「それはそうなんだが出来る気がしねぇ。普通に返り討ちにされて殺されるのがオチだ。だからアイツが勝った後お前達が精神的に引っ張るのが最善。出来るだけ無傷でいるか、アイツが見ただけで卒倒してぶっ倒れるような状態を見せつけるのがベストだ」

 

「無茶言わないでね。……でも、どうにかするしかないのよね」

 

 

 彼らが作戦会議を行っている間も、戦況は刻一刻と変化していく。ついに幾つもの障壁を突破し騎士甲冑が男の眼前へと躍り出た。長剣を高く振り上げ一刀両断の構えだ。

 すかさず男は幾つもの魔法を展開。土壁を構成していた魔法を一部変更、形状を柱に変え硬化させて正面、足元の死角から反撃する。それを獣の如く危険を察知し一歩後退。それを見て回避せざるを得ないよう次々と尖らせた柱を展開し追い込んでいく。接近されたとて、その一連の動作にほつれはない。

 今の男にとって、このモンスターは既にただの唾棄すべき愚者とは思っていない。どれだけ魔法を浴びせ神秘を振り翳せども、片時も離れず喰らいつく。自分に襲い来る強敵、難敵の類。蔑視はすれど侮りはしない。全身全霊で殺すか封じるかに転じる必要があると認識している。既に視界に映っていない3人のこと等意識の外。それ程までに対応に追われているとも言える。

 互いに位置を入れ替え、突進は往なし、魔法は打ち払い、一進一退の攻防を続ける。互いに怯えも恐怖も無い。それを成すのは勇猛果敢から来る勇気ではない。この世で最も相容れぬ相手を徹底的に叩き潰す誅殺の覚悟である。

 騎士甲冑は殺意と体力の続く限り。男は魔力の続く限り戦い続ける。そこに割り込む為の隙は存在し無い。人型同士の熾烈な殺し合いが繰り広げられていた。

 

 

「時間ねぇから本題。お前ら人間1人か2人殺せるか?」

 

「……不可抗力なら」

 

「ごめんなさい、できません」

 

「俺は無理。じゃ殺しは無しだ。いざと言う時躊躇する案は取れない。幾つか祈祷師(ドルイド)対策のアイテムがあるから共有する」

 

 

 ヴァズは懐から幾つも道具を取り出して地面に置く。ミリアムは(用意周到なところはちょっとだけアジーに似ている)と感じた。しかしその目つきは悪人面というより、とても歪んだ人間のそれだと感じていた。

 その証拠に、こうしている今も彼は()()()()()。死地を、ダンジョンで起こる全てを楽しんでいる。あまり理解したいとは思えない感性だが、今最も頼りになる男だ。弧を描く口元を見ると(この人の口車に乗ったのは失敗だったかもね……)という気持ちが湧き出てくる。

 何はともあれ時間が無い。広げられたアイテムを確認しつつ急いで方向性を決める。

 

 

「今は頭に血が上ってるだけなのか、完全にモンスターなのか分からない。どうするにせよもう少し消耗を待ちたいところね」

 

「戦況は五分に見えるな。フェニエ嬢、同業から見てどうだ。アイツは強いか?」

 

「あの人達は自然派学会(ネイチャー)の寄り合いにも殆ど顔を出しません。だからあまり関わったこともなくて。けど……噂では、何度も街や国の滅びに立ち会った程に長命だと」

 

 

 曰く、生きるに不要故名は捨てた。名がつくと追跡されやすく、また固定観念に縛られるが故とのこと。そういった考えは自然派学会(ネイチャー)の中では特段珍しいものではない。

 少なくとも人柄や実績から為人(ひととなり)を掴むことは出来なくなったが、この程度は大した情報ではない。

 

 

「あいつが滅ぼしてたってオチだろ?それ」

 

「……」

 

「安寧を念頭に置いてるくせにアホ程強ぇ。となりゃあお前、安寧の名の下に不穏分子をぶっ殺して回ってた……ってのは妄想が過ぎるか?」

 

「……いいえ」

 

 

 真意は、過去はまだ分からない。だが重要なのはそこではない。如何にあの堅牢な魔法の城塞を崩し踏み越え、奴を撃破するかだ。

 ヴァズは「一旦忘れろ」と一呼吸置き、取り出したスクロールの中から1枚を選ぶ。紫色の刻印が明滅しているいかにも曰くつきと言った代物だ。

 

 

「長命の魔法使いとなりゃ……これが効くかもな」

 

「……なんでそんなものを持ってるんですか?」

 

「俺には効かなくて俺以外に効く。持たない理由を探す方が難しいよなぁ?」

 

「どういう目的で持ち歩いてるのかって意味じゃない……?」

 

 

 それは『魔力消滅』のスクロール。読み上げた者と目標に対し発動し、命中すると所持している魔力を割合で吸収し霧散させる極めて悪質な魔法が込められている。そもそもダンジョンに持ち込む物では決してない。これが通用するモンスターは現状非常に少なく、一部のゴーレムと最深層のまだ見ぬ怪物くらいだ。

 対人用アイテム(こんなもの)をダンジョンに持ち込むなど、今からこれを使って人間1人行方不明にしますと言ってるようなものだ。だがそれこそ今必要としている品であるのも事実であった。

 

 

「必要なら馬の(くそ)でも持ち歩くぞ俺は。その点で言やあの坊ちゃん(アジー)はまだまだ潔癖だな。小綺麗なもんしか持ってねぇ。ダメとは言わんが面白くない」

 

「今それ言う必要あるっ!?」

 

「気楽に行けってこった。俺達がほんの一押しすりゃアイツは勝つんだ。一番の問題はアイツが戻ってこれるかどうか、次の問題は全部終わった後アイツの居場所はどうなるのかってことだ」

 

 

 どっこいせと腰を上げながら目当てのスクロールと幾つかのアイテムを手に取り、男は不敵に笑う。

 

 

「俺は妨害に専念する。嬢ちゃんは致命的な魔法への対処を頼む。ミリアム、お前はアイツの説得の為に待機しろ。んでもし俺が死んだらミリアム、お前が俺の役割を引き継げ。できるよな?」

 

「出来るけど納得してない。最初から私が行った方がうまく行く可能性は高い」

 

「じゃあ今納得しろ。俺が死ぬのとお前らが死ぬの、街に与える影響は言うまでもねぇよな?まずは俺の(安い)命から掛けて、お前ら(本命)はその後ってのが定石だ」

 

「待って下さい、全員で協力すればより良い結果だってあるはずです!」

 

「お前らが死んだ時点でそれはないんだ。いいか、戦力の逐次投入が愚策だなんて百も承知だ。だがそれでもお前らが死ぬことだけは極力避けなきゃいけねぇんだよ。お前らが死んだ時点でこの街は、ダンジョンはお終いなんだ」

 

 

 先ほどまでのニヤつきを引っ込め、一転真剣な顔で説得する。

 その目は決して嘘を言わず、真摯であった。

 

 

「ミリアム、お前は言わずもがなアイツの手綱でありこの街の命綱だ。そして嬢ちゃん。アンタはこの街に2つある良心、その鍵なんだよ。アンタが死んだらその良心は全部悪意に変わっちまう。対祈祷者(ドルイド)の知見があるから連れてきたが、そうじゃなかったら恐れ多くて選択肢にも()れられねぇ。それでもお前らを連れてきたのはこの役割には替えがきかねぇからだ。だからせめて、先陣は俺が切る」

 

「……分かった。けどヤバかったら飛び込むから」

 

「そこまでは止めねぇ。拮抗も長くは続かねぇ筈だ、とっとと始めるぞ。うまく行くよう祈っとけ」

 

 

 誰も死なない結末はもう叶わない。既に死人は出ている。だからこれからどんな結末になってもそれは次善。それでも諦めてはいけない。今この瞬間、この街の命運は彼らの手に委ねられていると言ってもいい。

 ようやく夢を叶えた友達が狂乱に堕ちている。ならばそこからすくい上げるのが友達冥利というもの。

 恩人は今苦しんでいる。誰かを助ける事を美徳とする心清らな人が、怒りで自分を見失っている。縁の担い手として、今こそ恩を返す時。

 神秘の暴走、その行く末には興味がある。だが結末を迎えるにはいくらなんでも早すぎる。ちょっと道を外れた子供がいるなら、大人として手を引いて戻してやるのも吝かではない。

 ダンジョン1階から表層。デッドラインでの攻防が今、終わりに向けて走り出した。

 

 

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