転生先が悪逆非道の血みどろ騎士モンスターで詰んだ男、過酷な迷宮で救いを見つける   作:飛び回る蜂

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79 嘘を抱き善を為す

 『ダイダロスダンジョン内殺人事件報告書』

 

 近年発生した意思を持つモンスター『徘徊者』の殺害を目的とした事件が発生した。

 犯人は意図的にダンジョン内で殺人事件を起こし、最終的に7人が死亡。捜査の為に探索者達を引き上げた所を狙い『徘徊者』を襲撃した。

 これを予期していたダンジョン協会は複数の探索者を彼の護衛に配備し連携して迎撃するも、あわや全滅に陥る程苦戦を強いられる。しかし最後は業を煮やした犯人が怒りのまま魔法を放った結果魔力枯渇を引き起こし、阻止する間もなく死亡した。

 犯人には共犯者がいたが、本事件における殺害には直接関与しておらず、最終段階の襲撃時にのみ参加していた。現在は余罪の有無を調査しつつ、自然派学会(ネイチャー)への引き渡しを前提に拘束状態にある。

 

 また本案件について自然派学会(ネイチャー)には説明責任を果たすよう要求している。

 本来侵入や潜伏に用いるべきでない秘術を用いて行われた複数の殺人事件。そして彼らによって歴史から葬られたであろう事柄についてである。これについて自然派学会(ネイチャー)には迅速、かつ厳格な追及が必要であるとダンジョン協会は判断した。

 事件終息より現在3日が経過した。状況が変わり次第、改めて報告書を作成する。

 

 

 

追記

 

 今回の事件で心に傷を負ったものは多い。殺された探索者の遺族達だけではない。協会職員達もだ。彼らの首元まで凶刃が迫っていた。いつから監視されていたのか、情報を盗まれていたのか、今もそうされているのではないかと猜疑心に苛まれている。

 『徘徊者』と呼ばれる彼もそうだ。あの事件から3日が経過した今も、被害者である彼はダンジョンから一切出ようとしない。状況報告に向かった職員や探索者達に対しても、前のように身振り手振りで朗らかな対応はしてくれない。報告を聞いて静かに頷き、帰り際に一礼をするだけだ。

 原因は明らかだ。彼は自分のせいで多くの人間が犠牲になったことに苦しんでいる。強敵を前に仲間と協力し、危機に立ち向かうべく()()()()()()()()()

 

 結果として見れば、確かに彼の存在は厄介事を引き寄せたかもしれない。しかし彼が異常な存在であることは事実でも、それを理由に彼を責め立てるのはあまりに酷だ。彼は望んでモンスターに生まれたかったのか?存在することを理由に責められるなら、誰もこの世に存在してはならないことになる。

 この意見に私情が含まれていると言われれば否定できない。しかし如何に強くあろうと彼の精神は未だ幼く、そして相対したのは凶悪な殺人犯であるという点を忘れてはならない。彼らの功績について、我々は正しく把握しておくべきだ。

 

 その一方で自然派学会(ネイチャー)は今回の件すら、不要な俗世への干渉だと判断し避けようとしている節がある。だが今回ばかりは必要な干渉であるというのが大多数の意見だ。

 はぐれ者の仕業だとしても『教義』の元に他国の人間を殺め、他国の歴史にも干渉していることが、他ダンジョン協会所属の探索者から証言されている。

 奴らはかつて『教義』の名目の元、脅威となり得るものを『国』に依頼され破壊して回っていたようだ。微小な願いを叶える祭壇。無尽蔵の水瓶。音無しの剣。全て奴らが破壊した物だ。

 そしてそれは脅威となる前でも変わらない。危険だと判断すれば子供すらも手に掛けていたと。いつか証言できる日が来ると信じて今日まで生きてきたと。

 奴らは歴史から沢山のものを葬ってきた。いつか世界を救うかもしれなかったものでさえ、脅威だと判断すればこの世から排除していた。

 彼等には機関として果たさなければならない責任がある。たとえそれを阻止したのが、同じ所属の才能ある若者であったとしてもだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───異端者が勝手にしたこと。貴方達は無関係」

 

『……そうだ』

 

 

 ダンジョン協会、会長室は冷え切っていた。温暖な気候、よく晴れた青天の元、空気が凍っている。

 凍らせているのはダンジョン協会現会長ヘレス。彼女は机を指でコツコツと叩き続けて返答を待っている。その圧を味わっているのは自然派学会(ネイチャー)代表の女だ。

 

 

『繰り返しになるが、我々は奴の行動を何度も止めろと指示してきた。相互不干渉が我らの常であり、排除そのものには踏み切れなかったが……怠慢だったことは認める。まさかこのような事態を引き起こすとは……』

 

 

 声は固い。普段ならばどこか尊大で気取ったような声に聞こえるのだろうが、その言葉尻の一つ一つから相手の機嫌を伺うようなニュアンスをヘレスは鋭敏に感じ取っている。

 それを意に介さず、平坦に、平坦に。まるで独り言のように静かに小さく呟いて返事をする。

 

 

「そうですか」

 

『誓って言うが、貴君らに起きた痛ましい出来事を無関係だと考えてはいない。責任は我々にある。出来る限りの賠償をする。だからどうか、どうか短絡的な行動は起こさないでほしい』

 

「短絡的」

 

『……そうだ。奴を肯定する気は一切ないが、奴を潜在的に祭司(ドルイド)のあるべき姿だと誤認している者は少なくない。今彼らを刺激すれば第二、第三の事件に繋がりかねない。どうか、この場は堪えて欲しい』

 

 

 ヘレスはふと、この怯えを必死に隠している女を感情に任せて縊り殺したらどれ程爽快な気分になるかを考えた。

 指示していた?報復を恐れやんわりとしか止めなかっただけだろう。責任は我々にある?当たり前のことを一々確認したのはこちらの精神を逆撫でする為だろうか。

 聞いてもいない言い訳をペラペラと並べ、言うに事欠いて「堪えろ」?もし彼らの同胞を2、3人見繕い、目の前でその首を晒したら彼らは堪えてくれるのだろうか。

 犯罪者を野放しにして被害を出した分際で、自分達はそうなりたくないから我らに泣けと言う。古い以外取り柄が無いのかと怒鳴りつけたくなるほどの対応であった。

 とはいえ、組織の長として言うべき言葉ではあるだろう。それを誤魔化さず言えるだけまだマシな方かもしれない。

 どちらにせよ戯れ言は聞き飽きた。怒りに身を任せて行動出来る程、もう若くないのだ。いい加減真面目な話し合いをしなくてはならない。少しくらいの小言は話し合いを円滑に進める為と思っていただく。

 

 

「ただそこにいたから」

 

『……』

 

「偶然そこにいた。目撃された。だから殺されたんです。理解、していますか?」

 

『どうか冷静になって欲しい。我々に出来ることは必ず』

 

「被害者の前で言ってもらっても私は構いません」

 

『……4名の護衛を伴い本日中にここを発つ。到着まで数日かかる見込みだ』

 

「結構。迎えを出します」

 

『我らの同胞が、すまなかった』

 

 

 その言葉を最後に通信は途絶えた。最後の方に至っては、まるで喉に鉄球でもぶら下げているかのように声が重苦しかった。

 通信を切ってもヘレスの感情は動かなかった。最後まで連中を同胞と呼んでいた。その事実だけが彼女の心に残り、やはりけじめをつけさせるべきだと判断する。

 一旦怒りは捨て、目の前の書類を眺めて次に何をするべきかを考える。やるべきことは山積みだ。

 被害に遭った探索者遺族への保証。協会職員のメンタルケア。稼ぎに出れず燻っている探索者達への対応。通常業務再開への見通し確定。今さっき確定した自然派学会(ネイチャー)代表の出迎え要員の選別。今回の顛末を知りたがっている各ダンジョンタウンへの返事。今発生しているだけでもこれだけのタスクが発生している。

 頭の中でやるべきことを整理しつつ、傍に控えている部下に指示を出す。

 

 

「出迎え要員の選別を。私は幾つか処理を行って街に向かいます」

 

「かしこまりました。お気をつけて、失礼します」

 

 

 冷静沈着な彼はこの場を離れるよう命じているのだと察した。自分がいては不都合があるのだと、言外に匂わせている。

 必要ならその時に自分を呼ぶだろう。手助けはその時するべきだ。そう判断した男は何も聞くことなく一礼して部屋を去った。その気遣いをヘレスは感じ取り、胸の内で小さく礼を言った。

 そう、正直に言ってここまでの問題に全く対応できないものはない。被害者を軽んじるつもりはない。どの問題にしたって根が深く、簡単には解決しない。

 だがどれも時間を掛けて丁寧に、順番に解決していくしかない。そうしていく内にいずれは解決できる。心の穴は時間と、思いやりが埋めてくれる。そう信じるしかない

 

 

「(……どうしたらいい)」

 

 

 だが()の問題は別だ。これほどまでに取り返しのつかない報告は生まれて初めてなのだから当然である。

 3人の報告によれば、犯人の男が殺人を自供した瞬間から憤怒を露わにし、迷わず殺害を選択して襲い掛かったとのこと。しかもミリアムの静止すら振り切り凶行に走ったと言う。

 その時の戦闘の荒々しさはリューベル由来のものではなく、習いたての少年のそれでもなかった。武器の扱いは雑だが、体の動かし方を理解していたように見えたとのこと。つまり構造として最も近い人のそれではなく、モンスターとしての戦い方をしていたということに他ならない

 それが意味することはただ一つ。誰もが懸念しつつ、それをありあまる善性で覆して見せた少年の評価を()()()()覆してしまう存在の懸念。

 

 

「(本当にもう……あぁもう……)」

 

 

 最初から懸念はあった。彼の善性と強靭な精神ならそれを抑え込めると判断した。しかしそれは大きな誤解を含んでいた。

 彼は善人だ。この街の秩序に従い、人々が思う善行を進んで働く。彼は徹底して秩序を守る側であり、その点で言えば彼は間違いなく善人なのだ。

 だがモンスターとしての本能が絡むなら話は別だ。彼はトラブルが発生した場合、進んで殺害を選択肢に入れる可能性が出てきた。悪人に対する突発的な殺人衝動を持つと言い換えてもいい。

 彼を街に受け入れる選択をした以上、このトラブルは絶対に解決する必要がある。

 

 この話の問題点は「理性を失い人を襲った」ことと「それは悪事、悪意への反応である」という2点が同時に発生している点だ。

 前者を重視すればモンスターとしての本能を残す彼を排斥する方向で人々は団結するだろう。当然、彼を受容した自分とこの街の名声は地に落ちる。後者を重視すれば問題の根本的な解決をしないまま、行き過ぎた正義の人格として彼とこの街を印象付けてしまいかねない。彼もリューベルもそれを望まないだろう。肝心なのは、安易にどちらか一方を切り抜けば極端な結論になってしまうことだ。

 その上で公に出した結論は保留の一手。今回の戦闘行動は勇敢さの表れであり、未曽有の脅威に立ち向かったと言う形で収束させた。ありのまま告げればきっと街が割れてしまう。更に言えばどんな割れ方をするのか全く予想できない。

 いずれにせよ本人と一度しっかり話をする必要がある。それにも護衛をつけるべきか、それとも疑心の表れと思われない様一人で行くべきか。思慮深い彼のことだから「分かっています」と言ってくれるだろうけれど、そう思わせて悲しませるのも本意ではない。居場所を与える決定をしたのだ、それを後から取り上げることはしたくない。

 倫理と秩序の板挟み。最近こんな決断ばかりだとヘレスは嘆いた。

 

 

「(……いや、一度切り離して考えるべきか)」

 

 

 そもそもこれは解決可能な問題なのか。一つの身体に3つの魂など超一流の死霊術師でも解明は不可能だ。つまり自分が悩んだってどうしようもないという結論に至った。

 なので一度思考をクリアにしてから整理する。まず彼のモンスターとしての習性を公にするべきか。これは絶対にダメ。最悪。愚策と言えど自分の所で留め、より好意的な捉え方が出来るようになってから公表が望ましい。では相談はするべきか?誰にするにしても秘匿の信用と信頼が絶対条件。更に万が一『国』に追求されても黙秘できる立場が要る。周囲に訝しまれない程度に模索しながら保留。

 次に誰がこのことに感付くか。『国』の上の方は問題ない、報告書で済ませておけばいい。ミリアム、ヴァズ、フェニエから漏れる可能性はない。友人、矜持、自分、それぞれ言わない理由がある。他に彼と接触した者はいない、少なくとも探索者側で気づく人間はいない。

 懸念は今も一切口を開こうとしない祭司(ドルイド)の共犯者。彼女の証言にどれ程信用されるかという問題もあるが、少なくとも真実を知っている。しかし彼女は捕らわれて以降、ずっと牢の中で静かに過ごしている。食事もほとんど必要とせず、ただぼんやりと宙を眺めて1日を過ごしている。フェニエ曰く精神的な逃避、無意識に怖かった事を丸ごと忘れることで精神の安寧を図っているのではないかとのこと。しばらく静かな場所で過ごさせ、交渉などはその後行うべきではないかと進言している。

 自然派学会(ネイチャー)は彼女の引き渡しも要求しているが『ダイダロス』はこれを拒絶。この街で犯罪を起こし被害が出ている以上引き渡してハイ終わりなんて話があるかという表向きの理由。そして今回の事情を全て知っていて口を開かされる可能性があるという本当の理由。この2つが解決しない限りそれを認めるわけにはいかない。これも解決を引き延ばす必要がある。

 

 こうして考えてみて気づく。目先のトラブルで視界が埋め尽くされていたが、世界は何も変わっていない。事態は言う程悪化していないのだ。

 ただ1人、台風の眼である彼に解決しなくてはならない問題が1つ明らかになっただけ。楽観視していい物でもないが、自分が慌てふためいてどうにかなる問題ではない。その辺りは関係探索者に任せ、この街を一刻も早くいつも通りにするのが最優先である。

 

 

「(悪いことだけ起きてるわけではない。他のダンジョンタウンは今、この街を手本にして秩序を作ろうとしていると聞く。これまでなぁなぁで済まされていたダンジョンの常識が見直されつつある)」

 

 

 祭司(ドルイド)による探知不可能な侵入が齎したのは現行の管理体制への不安視、そして全てにおいて見直しをする千載一遇の機会であった。

 この度の事件をきっかけに自由こそが売りであったダンジョンタウン、そして全ての探索者を対象に大きな不安と疑念が渦巻いているのだ。入国に厳しい審査を求められる『ダイダロス』ですら侵入を許した。今のまま、何もしないままで我々は本当に大丈夫なのか?いや、もう既に……?と。

 しかし『ダイダロス』は水際で被害を食い止めた。正しいことを確実に行ってきた門とダンジョンの管理者達。その情報を元に分析し安全第一に行動してきた職員達。「彼らがいるなら大丈夫」とパニックを起こさず冷静に行動した住民達。そして彼らを護るべく共に行動した探索者達が一致団結した結果だ。

 何かが起きても、しっかりとした管理体制があれば最悪の事態を回避できる。ダンジョンが生まれ、有史から何となくの流れで行ってきた執政にいい加減メスを入れるべきだと声が上がったのだ。この事件は、そして『ダイダロス』はそのモデルケースであるべきだと。

 この世界にもようやく、自由と無法に区分けが求められる時代が来たのだ。

 ヘレスやエボにとっては万感の思いだ。これまで不名誉と共にあった「品行方正」と言う言葉が、遂に世界に正しい意味で認められたに等しい。積み上げてきたものがようやく日の目を浴びつつあるのだ。もっとも『徘徊者』の存在もあり、表立って賛同する声はまだまだ少ない。これからも地道に信頼を積み上げる必要がある。

 市場の拡大と共にいらぬ腹を探られる機会も増えるだろう。そう考えると手放しには喜べないが、少なくともやりがいはある。

 

 

「息を忘れると胸が詰まっていけません。解決できるところから手をつけましょう」

 

 

 詰まったところで然程主張するものでもありませんが。娘に聞かれたら「お母さんが壊れた……」と呆然としそうなギャグを考えるくらいには疲れている。

 だが人に言う程まだ疲れていない。自分にそう言い聞かせ、街のトラブルを解決するべく執務室を後にした。

 

 

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