転生先が悪逆非道の血みどろ騎士モンスターで詰んだ男、過酷な迷宮で救いを見つける   作:飛び回る蜂

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80 魂の邂逅

 ベッドに寝転んだままのミリアムは憂鬱だった。これ程までに落ち込んだのは、探索者を志していたあの頃鍛冶屋に駆け込んだ際「子供に武器を持たせねぇのが俺達の誇りだ」と正論を叩きつけられた時以来だ。

 幼い少女は言い返すことも出来ずにただ泣いたのを覚えている。その結果拳で戦う事を決めた為盛大に呆れられたものだ。

 その時はまるで違うが、今の自分ではどうしようもないという点は似ている。そう思うと溜め息も出る。フェニエの心配そうな視線には気づいているが、対応する元気が湧かない。

 

 

「啖呵切った手前、なんにもできなくて悔しいわね……」

 

「そんなことはありませんよ。嘘偽りなく、ありのまま起きたことを話しました。都合の悪い部分は話さないことも出来たのに、です」

 

 

 今回の一件は当然ながら口外できない約束となっている。『騎士捜索隊』のメンバーにもだ。だから自分が借りてる部屋にフェニエを呼んで駄弁るくらいしか、この鬱屈とした感情をどうにかする方法を思いつかなかった。

 フェニエは椅子に座って手帳を眺めつつ、ミリアムから声がかかった時は視線を上げて返事を返す。会話が一しきり終わったらまた視線を落とす。それを繰り返していた。

 

 

「……ねぇ、これからどうなると思う?」

 

「この街には変わらないと思います。けど……あの人はそうはいきません……」

 

「街からすれば英雄。会長からは不安定な爆薬。本人からすれば……多重人格の1つが殺人鬼、しかも利害が一致してると判明ってとこかしら。複雑すぎてやんなっちゃうわ」

 

 

 毒にも薬にもならないようなどこかぼんやりとした会話。ダンジョンへの入場制限が解除されていない今だからこそできる、乙女達の会話であった。

 だからこそ、重苦しい意味を持つ会話は今ここで済ませてしまおうと言う気持ちがミリアムにはあった。

 

 

「そういえば、自然派学会(ネイチャー)は大丈夫なの?今回の件で関係が疑われてるって」

 

「それはもう蜂の巣突いたような騒ぎです。しばらく顔を出せませんね」

 

 

 曰く、私のお陰で首の皮一枚繋がったとか。そう言うフェニエは苦笑いだった。

 各地の歴史編纂の話はこの街とは一切無関係だ。だがそれを踏まえても、優秀な探索者達を何人も殺害した犯罪者を輩出したことは間違いない。

 そもそも自然派学会(ネイチャー)という組織は長生きした魔法使い達による寄り合い所の体を成しており、拠点こそあるが構成員の行動は自由気ままだ。その中でも祭司(ドルイド)は自分の信条、教義を優先すること以外は何にも縛られることのない生き方を選んだ者達だ。

 中核を成すのがそういう者だからか、今回の件にこじれが見えている。所属している魔法使いその他は今回の件について全くと言っていい程関係が無い。フェニエも本来無関係の筈だった。

 しかし彼女は彼らと手紙のやり取りをしており、そこには親であるヘレスのこと、『ダイダロス』の近況、『徘徊者』についてもほんの僅かではあるが(それも外部には話せないと言った内容で)言及している。

 そして本人に聞けば否定するだろうが、『教義』を拡大解釈し暴走した男を直接止めた英雄的存在でもある。被害者であるダンジョンタウンの町長の娘にして、同胞の蛮行を食い止めた英雄である。

 自然派学会(ネイチャー)ではフェニエの扱いについて大いに悩んでおり、いずれにせよ顔を出すのは当分送りになるだろうという見込みである。

 

 

「そういうミリアムさんは?お母様からは……」

 

「今すぐ帰って来てって言われてるわね。安全確認3割、事情聴取7割ってとこかしらね」

 

 

 今回の件について報告を受けたリナ・ミランは『ダイダロス』に殺人犯が現れたと聞いて1回、ミリアムがそれに対峙して殴りかかったと聞いて2回気絶した。お転婆を通り越して狂気的である。

 今すぐ帰って来て説明してくださいという必死の手紙を「今事後処理中だから帰れなくてぇ……」と誤魔化して返しつつ、流石に一報入れないとマズいと考えていた所だ。

 しかし帰ると言っても実家は政治の中枢にほど近い。()()()偉い人に会ってしまえば『徘徊者』に纏わること全て吐かざるを得なくなってしまうだろう。それ込みで帰りたくなかった。

 

 

「お互い大変ですね」

 

「ねー……人の心配したいけど、私達も大丈夫かなー……」

 

 

 結論が出るのはもう少し先の話。それまでの余暇を2人は静かに過ごしていた。

 彼女らと接触したい者は山程いる。けれど外から来る全てを街から遮断し、街の中は管理下に置くことで制していた。

 それはヘレスの、大切な友人が豹変してしまったことに対し、彼女らが少しでも心を休められるようにという配慮でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンジョン1階の安全地帯。少年はそこから動かず静かに座って佇んでいた。

 篝火がパチパチと音を立てて、弾けた火の粉が身体に触れる。当たったという感覚はあるが熱いとは感じない。

 試しに立ち上る火に手を翳してみる。籠手を通して熱を感じる。しかし火が鎧の形を変えることはなく、その下にある血を焼くことも無かった。

 そのまま少しの間自分の手を焼き続け、何の意味も無いと分かってやめた。

 

 

「(僕はきっと……良くない方の人間だ……)」

 

 

 相手は悪人だった。まだ何もしていない、罪のない人々を殺していた。あの場で殺さなくてはより多くの人間が死んでいた。

 けれど抱いた殺意は本物で、止める気すら起きない程に熱い衝動だった。

 人殺しは悪いことだ。そんなこと物心ついた時から知っている。法律が禁じているし、倫理的にも許されない。それはこの世界でも変わらない筈だ。

 けれど自分はあの瞬間、自ら進んで人殺しになろうとしていた。そうしなければならないと思った。そうするべきだと感じ疑問にすら思わなかった。

 

 

「(……今も、そんなに悪いことだと思っていない。悪い事をした人を、手遅れになる前に……)」

 

 

 悪いことは嫌いだ。犯罪も嫌いだ。法に触れないからと人に嫌なことをするのも嫌いだ。

 じゃあ悪人に報いを与えることは?嫌いだとは言えなかった。なぜならさっき自分が進んでそうしようとしていたから。

 そうすべきだと強く感じたことが、十全な身体と能力で出来る。かつての人生では出来なかったことだ。それが出来るのは気分が良かったのではないか?

 そして、暴力を止めるために暴力を振るうことは、間違いだったのか?けれどそうしなかったら沢山の人が死んでいた。正しい選択だった。あれは正しい暴力であり殺人だった。仕方の無いことだった。

 

 

「(……違うッ!!それを許そうとしてるのは僕の感情だ!法律でも倫理観でもない!!何より僕が……僕がそうしたいと、思ってしまった……)」

 

 

 彼は自らを恐れている。自分が私刑を厭わない人間であると理解したくなかった。

 法律は守るべきもの。ルールは守る為のもの。秩序は維持されるべきもの。その観念が心の奥底に根付いている少年にとって、それら全部を感情のまま壊そうとしたことが何よりも信じられなかった。

 少年は怖くなった。今回は相手が何の疑いも無く余地も無い悪人だったからいい。この衝動が親しい人、優しい人達に向けてしまったらどうしたらいい?

 悪いことを憎むこの気持ちが引鉄となった。ならこの剣が優しい人達に向けられることはない筈。だって彼らはいい人達だ。自分が怒る可能性なんて絶対にない筈だ。

 

 

「(……それでいい訳、ないだろ……!)」

 

 

 きっと、は何の保証にもならない。ないと想定した結果が殺意の暴走に繋がった。この衝動には根本的な解決が必要だ。優しい人達に剣を向けない。その為の絶対の保証が必要だ。

 どうしたらいいかなど見当もつかない。だがやらないわけにはいかない。自分のルーツ、内側に干渉する手段を模索するべきだ。

 ……少年は自らの内にある衝動的な暴力を戒めたが、救いようのない悪人を殺めた事自体に罪悪感をほとんど感じていなかった。自らの正義に疑問を抱くことはできなかったのだ。

 彼の正義には指針が必要だ。そしてそれを成せる者が一人だけいる。

 

 

「(……ハァッ!やっと目が覚めた!!少年今何時だッ!?)」

 

 

 少年の胸中に救いの声が満ちる。あれから聞こえなくなり、もうダメなのかと思い続けていた大切な人の声だ。

 

 

「(リューベルさん!!よかった、本当によかった……ご無事でいらっしゃったんですね!ごめんなさい……本当にごめんなさい……!)」

 

「(もう大丈夫だ。いやぁ意識に呑まれるというのを文字通り体験したぞ。いや凄かった、感情の波に身体が呑まれるとああなるのか。大波の中で自分が薄まっていく感じがしたぞ。いい経験になったが二度と御免だな)」

 

 

 想定よりもかなり早く復帰できたのはリューベルにとっても幸運だった。そもそも意識として一度完全に消えかけていたのが何とかして戻ってこれたのだ。次同じことがあったら戻れるか分からないだろうというのが本人の見込みだ。

 それはそれとして、リューベルは少年に言わねばならないことがある。今回の事件についてだ。

 

 

「(少年。不可抗力だったのは分かっている。君を責めたりはしない。だがその上で厳しいことを言う)」

 

「(……はい)」

 

「(このようなことは二度とあるべきじゃない。衝動的な正義の心はいずれ私心による殺人を招く。それはあの男と本質的には何も変わらない。……対策か解決は必須だ)」

 

 

 リューベルとて、あの衝動が突発的な噛み合いによるものだと理解している。しかしこの件に関して妥協して済ませる気は一切なかった。それ程までに、今回の出来事は『ハマヤ』の傷として大きすぎる。

 行動そのものは過激であるが正義だ。既に大量殺人犯であり、放置すればこの街を丸ごと滅ぼすかもしれなかった。止められないなら殺すべきだ。街に住む者なら誰もが納得するだろう。

 ではその正義の在処はどこにある?相手が悪人であれば何をしてもいいのか。悪は己の感情のまま決めるのか。

 感情を指針とした正義は私刑だ。それを正義と認め、その為なら彼は今後も怒りのまま悪人を殺し続けるのか。

 そんなことがあっていい筈がない。それは人として、かつて騎士だった身としてもだ。正義の為の人殺しに必要なのは不可抗力の大義名分ではない。あらゆる例外を排した絶対のルールが必要なのだ。

 

 リューベルもまた自分の力の影響力を軽んじていた側でもあった。だからこそ少年の気持ちはとてもよく分かる。

 自分が何をしてしまったのか。取り返しはつくのか。戒める誰かは自分を許してくれるのか。悩み続けて眠れなくなる恐ろしさは幼い故に避けては通れないだろう。

 とはいえ、生前のリューベルが人生の後半になるまですることのなかった悩みだ。本当の正解は自分にも分からない。

 だから一緒に考えたい。その為に出来る限り言葉を選び、少年を傷つけず、自分ならどうするかを示す言い回しと提案を選んだ。精神論だが無いよりはマシなはずだ。

 

 

「(規律を定めろ。何の為に力を使うか。どのように使うか。誰に使うか。そしてその逆。誰に対しては絶対に使ってはいけないか。鉄の規律(ルール)を己に課すんだ。本能ですら貫けない理性の鎧を心に纏え)」

 

「(絶対のルール……)」

 

「(そうだ。どんな相手ならそうする?何なら使っていい?何をしていい?絶対に覆せない確固たるルールと信念を敷き、自分を従わせるんだ。規律のない戦いには正も義も無く、死しか生まれない。君の正義を定義するんだ)」

 

 

 リューベルは少年の価値観が変わったことを指摘しなかった。それは更なる歪みを生みかねないと判断したのだ。

 この世に生まれ落ちた以上、この世界の常識や理の中で生きる必要がある。ならばいっそ、暴力にもルールを設けることで彼を適応させるべきだと考えたのだ。

 そこには苦悩もある。彼の美徳である道徳心に陰りはないだろうか。人の命が今より遥かに重い世界で暮らしてきた彼に、制限付きとはいえ同じ人類に暴力を振るうことを推奨するのはあまりに危険ではないだろうか。

 やがてリューベルのシビアな考えは結論を出した。もう一度奴ほどの手練れが現れた時、不殺と葛藤を抱えた少年は勝てるだろうか。この世界に未だ十分に適応できていない少年に勝算はあるのか。

 出した答えは否。彼はきっと「殺してはならない」という思考に足を引っ張られ命を落とす。あれは本能のまま戦ったからこそ得られた勝利でもあるのだ。

 ならばいっそのこと、彼はもっと戦いを学ぶべきだ。そして戦い方と共に、戦いの作法を身に着けるべきだ。その末に鍛え上げられた精神ならばきっと、抗い難い本能にとて打ち勝てるだろう。

 ただし、これから打ち明ける事情次第では解決も見込めるかもしれない。そうなるといずれにせよ戦わないと言うのは無理な話になる。戦いが避けられないならせめて戦いに作法を。人間であり続ける為の絶対のルールを課すべきだ。

 

 

「(……必ず守るべき正義、ルール。心に留めておきます)」

 

「(大丈夫だ。あれ程の強者を撃退したとあれば、誰も手を出せんと判断するのは必定。慌てる必要はない。ヘレス達と相談して一緒に見つけていこう。……らしくもない説教は、これで終わりだ。ところで話は大きく変わるんだが)」

 

 

 リューベルは一息入れ、今度は少し嬉しそうな声で告げた。

 

 

「(いいニュースと悪いニュースがある。場合によっては悪いニュースもいいニュースに変わるかもしれん。どっちから聞く?)」

 

「(えっ、なら……うん、いいニュースからお願いします)」

 

「(分かった。まず信じてくれるかは分からんが、私達が任意に入れ替わる方法を思いついたかもしれん)」

 

「(えっ!!本当ですかっ!?)」

 

 

 齎された吉報に思わず少年が驚く。それは衝撃的なニュースであった。予てより不自由極まりなかった身体の主導権、その問題に終止符が打たれるかもしれないのだ。

 ミリアムやリナの前でどうすることも出来ず歯噛みする思いであったリューベル。戦いの不自由さ、人間関係の構築やいざこざに四苦八苦していた少年。その2人の問題が解決するかもしれないのだ。喜ばずにはいられない。

 

 

「(ついては協力してほしいことがある。すぐにとはいかないだろうが、試す価値は絶対にあると自負している)」

 

「(もちろんですよ!……それで、悪いニュースというのは?)」

 

「(……これは例え話なんだが)」

 

 

 リューベルは心の声を潜めた。単純な言語化が難しいようで、手探りに言葉を探す。

 

 

「(想像してくれ。今自分は霧の中に立っている。深い霧だ。数歩先も見えない。周りには誰もいない。音もしない。どこへ歩けばどこに着くかも分からない)」

 

「(……気配を感じ取ろうとして気づく。目の前に黒い靄が立ち込めている。分かるか?黒い靄だ。白い霧の中に浮かぶ黒い靄。そこには何かがいる。そして僅かに揺らめいている)」

 

「(形は分からない。触れるつもりはまだない。恐らく生き物、あるいは意志そのもの。ひょっとしたら私と君が抱えている、不安や恐怖そのものと言えるかもしれない。……ここまで言えば勘のいい君は気づいてしまうだろう。気づいた瞬間に輪郭がハッキリと見えた)」

 

 

 それと向き合う瞬間が、遂に訪れた。

 

 

「(今君の中には『血みどろ甲冑』そのものがいる。意思を持っていて、触れられるほど近くにいる。……どうする?)」

 

 

 

第4章『拒諫編』 終

 

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