親子の再会を終え、ルビーをアイに任せたアクアは顔を洗うついでに用を済ませると、休憩スペースへと立ち寄った。
狭いスペースに真っ白いテーブルと椅子が整然と並べられた一角に、探している人物が悠然と座っていた。
「アンタ、いつの間にこんなところにいたのか」
視線の先には黒子姿の長身の男、マモルへとアクアは声をかける。
「やあどうも、アクアさん。お母様のところに行かなくてよろしいのですか?」
「……何をどこまで知ってるんだ」
まるで全てを見通しているかのような男の言動に、アクアは眉を顰める。
初めから、おかしいことばかりなのだ。
事務所に届いたメールにはアクアたちの真実が記されていたし、自分たち以外、このビルには誰も人がいない。10年以上前に死んだはずのアイが、当時よりも少し前の姿でアクアとルビーの前に現れたこともそうだ。
アクアが見た限り、アイは正真正銘の本物だ。骨格から声、性格まで全て。
少なくとも、以前「今ガチ」でアイを完全にコピーしてみせた黒川あかねのように、誰かが演技しているわけでないのは確かだった。
「貴方がたの身に起こったことは、全て」
「アイがここにいるのは、どういうわけなんだ」
「――正確には、
男の妙な言い回しにアクアは少し考えて、得心がいった。
「……ルビーが言ってたことも、あながち間違いじゃないってことか」
ルビーは、「変な空間に飛ばされた」と何気なく口にしていた。ほとんど適当に言っていたのだろうが、彼の言葉を聞く限り正解に近いのかもしれない。
「まあ、ご想像にお任せします」
「答える気が無いのかよ」
「ええ。結局のところ私はこの場所においては、端役でしかありませんので。モブばかりにフォーカスするドラマなんて、つまらないでしょう?」
「観客気取りってわけか」
「ええ、そんなところです。けれど私のことはどうでもいい。胡散臭いカメラマン程度に思っておいてください」
「なら、そうする。――それともう一つ聞くが……。アイは“本物”か?」
これだけは確認しておかなければならないと思って、アクアは男に問うた。
「ええ、紛れもない本物です。アクアさんとルビーさんが3歳になったばかりのころの、星野アイ本人ですよ」
「あ、お帰り」
男との会話を切り上げてスタジオに戻ると、部屋の壁際に置かれた椅子にアイと一緒に座っていたルビーが声をかけてきた。
「悪い、遅くなった」
「どう? 落ち着いた?」
「ああ」
自分の隣に座るよう手で示すアイに、アクアは頷きつつ腰を落とす。
改めてアクアは、間近にいるアイの顔をまじまじと見つめた。
こちらを見つめるアイはやはり、身内ということを差し引いても綺麗な顔立ちをしていた。その瞳は在りし日と変わらない強さと優しさを秘めている。
かつて病院の屋上で雨宮吾郎に語ったように、「愛」という名の嘘を吐き続ける覚悟が、アイにそんな目をさせているのだろうか。
あの男の言葉を認めるのは癪だが、目の前にいるアイはやはり本物のようだった。
「どうしたの? アクア」
「いや、別に――」
「お兄ちゃん、ママに見惚れてたんじゃない? 今も昔も最推しはアイだって言ってたし。まあそれは私もだけど」
「余計なこと言うな、ルビー」
にやにやと揶揄うようなルビーを、アクアは溜め息交じりに窘める。ルビーはアクアが転生者で推しも同じだということを知っているから、そういう風に捉えたのだろう。
「ふうん? そうなんだ」
「俺はただ――」
「お兄ちゃん、『今ガチ』でママの演技してたあかねちゃん見て、顔真っ赤になってたもんね」
「おい待てルビー」
目の前で暴露された事実に、アクアは腰を浮かしかける。
アイから見て未来のことをそんな簡単に教えていいのかというのもあるし、何より当のアイ本人に知られるのは、色々とマズい。あの時はカメラがあったから演技の部分も少なくは無かったが、あかねを通して見えたアイに惹き込まれていたのも確かだからだ。
「そっかそっか。私ってば息子も夢中にさせちゃうくらい可愛いかったかー」
「いや、俺は別に……」
「じゃあお兄ちゃん、なんで今も顔赤いの?」
ルビーに指摘されて、初めて自分の顔が熱くなっているのを自覚する。
「勘弁してくれ……」
「いいんだよ、恥ずかしがらなくて。私は嬉しいよ?」
仕事はまだこれからだというのにどっと疲労感を感じて項垂れるアクアの頭を、アイの手がそっと乗せられる。
「よしよし」
「ママ、私もよしよししてー」
「はいはい。ルビーもよしよし」
「えへへー」
最早抵抗する気も無くれるがままになりながら、隣でアイに撫でられてご満悦のルビーを見る。
幼少期のころもそうだが、ルビーは甘え上手だ。あの愛嬌は真似出来ないと、アクアは思う。
「ところで二人とも、仕事の話なんだが」
「そうそう。そういえば一応、お仕事で来たんだった」
「私もママに会えて、色々吹っ飛んでたよ」
「そんなとこだろうとは思った」
アクアとルビーにとっては願ってもない再会、アイにとっては予想外の出会いとなったのだから、本来の目的を忘れてしまうのも無理はない。
「さっきの奴から、撮影の準備をしておいてくれって伝言を貰ってる。衣裳部屋がスタジオの隣にあるから、三人で好きなのを選んでおいてってさ」
「あれ、私たちに丸投げ?」
モデルの仕事の割には雑な指示に、ルビーは首を傾げる。アクアも同感だが、元々モデルの仕事というのは三人を呼び寄せるための口実でしか無かったような気もしていた。
「まあ、そんなところらしい。元々仕事の詳細はメールに書かれてなかったし、そんなことだろうとは思った」
「今更言うのも何だけど、よくこんな変な仕事受けたね。私たち」
「まったくだ」
ただ逆に言えばある程度こちらの意志も反映されるということだから、好きにやらせてもらうことにする。
難点があるとすれば、どの層にターゲットを向けているのかが今一不明だということくらいか。置いてある衣装からある程度割り出せればいいのだが。
「取り敢えず、衣装部屋に行くか。最初に何を着るか選んでおきたい」
「私も賛成」
「私も!」
アクアの提案にアイもルビーも頷き、ひとまず三人揃って衣装を選びに行くことになった。
「え、何これ。思ったよりいっぱいあるんだけど!」
衣装部屋に入るなり、真っ先にルビーが感嘆の声を上げていた。
部屋自体はそこまで広くは無いが、アクアたちから見て左側のハンガーラックには女性物の衣装が、右側には男性物の衣装が所狭しと並べられている。少なく見積もっても20着は超えていそうだ。
「どんだけ撮るつもりなんだ、アイツ」
流石に全ての衣装を撮るわけではないだろうが、それにしたって気合いの入り具合が異様だ。
「すごい、選び放題じゃん」
「これは私たちのセンスが試されるね、ママ」
「そうだね、気合い入れないと」
互いに頷き合うアイとルビーは、早速とばかりに衣装へと向かっていく。その後ろ姿は母と娘というより、歳の近い姉妹のようにも見えた。
そんな二人の後に続いて、アクアも男性物の衣装を見に行くことにする。
「浴衣に……。ユニフォーム? って、ジャ〇アンツじゃねーか。大丈夫なのかコレ。こっちは白いタキシード……。こっちはカフェの制服か。一貫性無いな」
普通にオシャレ系の衣装も色々あるが、何故ここにあるのかよく分からないような物まで用意されていて、アクアは頭を抱える。ざっと女性物の方も見渡してみると、向こうにも同じようなのがいくつも用意されているようだ。
これはアイやルビーとよく相談した方がいいと思い姿を探すと、二人は足を止めて何やら物色していた。
「あ、コレ可愛いくない? ママに似合いそう」
「え、でも普通じゃない?」
「少なくとも私とお兄ちゃんには確実に刺さる」
「二人とも、何見てるんだ?」
傍に行って声をかけると、二人は揃って振り向いた。そしてルビーが、その手に持っていた物をアクアに見せる。
「ほら、この水着。ママが着たら絶対可愛いでしょ」
「おまっ……」
アクアが目にしたのは、トップスが白いフリルと、淡い色のパレオという組み合わせの水着だった。水着用のハンガーにかけられたそれを、ルビーがにこにことしながらアイに会わせていた。
水着を着たアイの姿を一瞬想像しかけ、寸でのところで自重する。目の前の水着の布面積は、まだ常識的な範疇に収まっている。それにこれは一応、仕事ということになっているのだ。邪なことは考えるべきではない。
「じゃあこの水着は撮影で着よっかな」
「けってーい!」
「………………」
アクアの反応を見て頬を綻ばせたアイの決定に、ルビーも元気いっぱいに賛成する。ついでに自分が着る水着もさっと決めていた。
自分の言動が原因ではあるが、すっかり手玉に取られてしまったようで釈然としない。
ただ反対する気も無いので、気を取り直して別の衣装を見ることにする。
「アイならこれも似合うんじゃないか」
手にしたのは、先ほど見た某球団の女性用ユニフォームだ。ちょうど人数分あったのでそれを持って、アイとルビーのところに行く。
「え、お兄ちゃんそっちのファンだったの?」
「違う。何故か置いてあったから気になっただけだ」
「そっか。でも確かに、これも似合いそう」
アイドル衣装やグラビア用の可愛らしい衣装なら切る機会はいくらでもあっただろうが、こういう硬派そうな物も、アイなら着こなせそうだ。
「ほうほう。アクアはそういうのも好みなんだ」
「……まあ、否定はしない」
「じゃあコレも決まりだね。アクアとルビーもいい?」
「私は全然オッケー」
「俺も構わない」
ひとまず反対はされなかったようで、内心ほっとする。
その後も衣装選びはアイとルビー中心に進んでいき、10着近く決まったところでマモルに声をかけに行くことになった。
マモルから最初に着る衣装を伝えるとそのまま着替えることになり、三人はそれぞれ更衣室に向かった。
ルビーはアイと共に入った女子更衣室でロッカーに荷物を置き、着替えを始める。
その隣で同じように着替えつつ、アイが声をかけてきた。
「それにしても、ルビーがアイドルかあ」
アクアが一度外していた間、ルビーはアイについ最近アイドルとしてデビューしたことを報告していた。
未来のことを伝えるのは少し躊躇したが、それでもアイに憧れ続けてようやく掴んだデビューだ。アクアには咎められるだろうが、きちんと伝えておきたかったのだ。
まあその流れで陽東高校に入学した話や、重曹先輩こと有馬かなのこと、アイ推しだったMEMちょのこと、アクアがドラマに出た話など色々してしまったのだが。
「うん。ずっと、ママみたいになりたくてやってきたから」
治る見込みのない難病に悩まされ、たった一人病室のベッドの中で無為に過ぎていく日々。歩こうと思っても自由に動いてくれない自分の脚。医者から宣告された余命が少しずつ間近に迫ってくる恐怖。
ルビーの前世、天童寺さりなの人生は常に絶望と共にあった。
それでも心が壊れずにいられたのは、ずっと自分を最期まで気にかけてくれた雨宮吾郎と、画面の向こうで眩いほどの輝きを放つアイドル「アイ」がいてくれたからだ。
きっとどちらかが欠けていたら、今のルビーはいなかっただろう。
そして、自分がアイのようなアイドルになれれば、いつか吾郎が見つけてくれるはず。そんな希望を持って、ここまで生きてきた。
「あはは、実の子供たちが熱心なファンで私も嬉しいよ」
「うん、見ててよね。ママ」
目の前にいるアイはあくまでも過去からやって来たアイで、自分たちの時間ではとうに故人になっている。それでもこの言葉をアイが帰った後も覚えていて、天国に行ってしまっても見守っていてほしい。
ルビーの言葉には、そんな願いがこもっていた。
「もちろんだよ」
アイには、その言葉の意味全てが伝わったわけではないかもしれない。それでも向けられた笑顔を見ると、確かに今この瞬間通じ合えているのだと思えた。
「あ、そういえば事務所はどこなの?」
「苺プロだよ」
「じゃあB小町だ」
「もちろん!」
元々、苺プロのアイドル事業はB小町だけだった。他にグループを持てるほどの規模ではないから、必然的に出てくる答えもそうなる。
ただ、アイが死んでしまったことでかつてのB小町は解散してしまったことは、流石のルビーも話せなかった。
そんな小さな嘘にチクリと胸を痛ませながらも、ルビーは母との会話を続ける。
「黒崎社長とミヤコさんは元気?」
「なんかどっかの主人公みたいな名前になってる……。じゃなくて、ミヤコさんは元気だよ。壱護さんは……分かんない」
ミヤコはアイがいなくなってから今まで、自分と兄をここまで育ててくれた。事務所のこともあって大変そうだったのに、すごい人だと思う。
壱護の方はあの後失踪してしまって、今はどこで何をしているのか分からない。ただまあ、生きてはいるのだろう。
「――そっか」
「ママ?」
他愛なく話をしていたつもりだったが、アイからの返事に妙な空白が空いてルビーは首を傾げた。
「ううん。何でもない。それよりほら、早く着替えちゃおっか」
何事もなく笑って、アイは着替えの手を少し早めていた。確かに時間も限られるし、アクアと比べたら自分たちは準備に少し時間がかかるだろう。そう思って、ルビーも自分の着替えに集中する。
アイが今のやり取りで、何を察したのか気付かないままに。
「ああ、お戻りになりましたか」
一足早く着替え終わったアクアがスタジオに戻ると、機材のセットをちょうど終えたらしいマモルの声がかかった。
さっきと変わらず黒子姿のままだが、その状態で撮影など出来るのだろうか。そんな疑問を持ちつつ、アクアはバックスクリーンのところへ向かう。
「なるほど、最初はその衣装をお選びになったんですね。よくお似合いですよ」
「それはどうも」
アクアが着ているのは、白と灰色のストライプが縦に入った男物の浴衣だ。生地は思ったほど厚くなく、風通しがいい。風呂上りに着ることを元々の目的として作られているのだろう。
三人で相談した結果、どうせなら変わった物から着ていこうという話になったが故の選択だった。
「おまたせ、アクア」
「おまたせ~」
いつでも撮影が出来るよう待機していると、ちょうどアイとルビーがスタジオに戻ってきた。
二人もまた、アクアと同じ柄の浴衣を着てバックスクリーンの傍にやって来る。
ルビーはほぼいつもの髪型で、大きくイメージは変わらない。アイの方は髪を大胆に結い上げていて、少し大人っぽく見えた。
「二人とも似合ってる」
「ありがと」
「嬉しいけど……あのお兄ちゃんが素直に褒めた!?」
「俺を何だと思ってるんだ」
アイは素直に笑う一方で、ルビーからは辛辣な言葉が飛んでくる。アクアとて、似合っていれば似合うという感性は持ち合わせている。
「アクアも似合ってるよ。結構、がっしりしてるんだね」
「まあ、役者をやろうと思ったらある程度体は作っておかないといけないから」
遠慮なくぺたぺたと腕や胸元を触ってくるアイに、アクアは居たたまれない心地になる。
浴衣は普段の服よりも生地が薄いので、体のラインも比較的出やすくなっている。アクアの場合腕や胸元が若干見えている分、余計に目を引くのだろう。
アイからすればただの興味だろうが、アクアからすれば喜ぶべきなのか恥ずかしがるべきなのか困るところだった。
「お兄ちゃんて分かりやすいよね」
「うるさいぞ、ルビー」
同性であるルビーには分からないだろうが、アクアからすればアイにこうしてスキンシップを取られるのは色々と心臓に悪い物がある。
手を繋いだり抱きかかえられたりする機会は昔もあったが、あれはアクアがまだ乳幼児だったからという部分も大きい。子供として扱われるのも3、4年あれば十分慣れた。
とはいえ今の自分は16歳なわけで、精神年齢も肉体にある程度引っ張られている。そんな状況で腕やら胸やらを触られては、落ち着けと言う方が無理な話だ。
「そういうところは可愛いよね、アクアって」
「…………」
アイに真正面から言われて黙ってしまうのも、分かりやすいと言われる要因なのだろうかと、アクアはふと思った。
マモルに声をかけて始まった撮影会は、順調に進んでいった。
彼はカメラマンを自称するだけあって、照明やカメラを器用に調整しながら慣れた手付きでアクアたちを撮っていく。
それに加えて、三人の中で一番撮られ慣れているアイがアクアとルビーへ的確なアドバイスを飛ばしていた。
三人で写るときは撮影側が一人になってどうしても制約が出る中、どんな角度や表情を意識するか。一人ずつ撮るときはマモルからの指示も貰いつつ、残りの二人でどんなサポートをするか。
その辺りはアクア以上に的確で、大人気アイドルの名は伊達じゃないと思わされた。
アクアはアクアで過去の出演作での経験からテキパキと応えられるようになり、ルビーも持ち前のセンスでどんどんこなれていっていた。
「うんうん、よく撮れてる。アクアは何か色気があってかっこいいし、ルビーは元気いっぱいで可愛いね」
マモルにカメラのデータを見せてもらいながら、アイからの評価が入る。アクアから見ても、思っていたより写りが良かった。
「ママやっぱり、めちゃくちゃ可愛い! 私より可愛い! ううん、世界一可愛いと言っても過言じゃない! 可愛すぎてヤバイ!」
「ルビー、鼻息が荒い」
一方のルビーはアイの写真を見て、口の端から涎が出そうな勢いで興奮していた。妹のこんな姿を見るのは、いったいいつぶりだろうか。
撮影会はまだ始まったばかりで、こんな調子でいたら最後には体力切れでダウンしてしまいそうだ。
「アクアはどう思う?」
「……まあ、可愛いんじゃないか」
アイに感想を求められ、アクアは視線を逸らしつつ率直に答えた。
「ありがと」
アイの方も少しだけ照れ臭そうに笑っていたのは、きっとルビーのべた褒めもあったからだろう。アクアはそう思うことにしたのだった。
その後も小休止を挟みつつ、撮影は進んでいく。
互いに衣装や写真の感想を言い合いながら撮影は、自然と三人とも熱が入っていった。
そして撮影会も折り返しに入ろうかという頃、アクアはまた一つ試練に直面していた。
「じゃーん! 見て見て、お兄ちゃん! ママすっごい可愛いよ!」
次の着替えを終えてスタジオに戻ってきたルビーが、意気揚々と自分の衣装もそっちのけにアイのお披露目をする。
ルビーの隣に立ったアイは、控室で選んでいた水着を着ていた。髪をシュシュで纏めて右の方でサイドテールにし、水着と相まって爽やかな印象だ。手足は華奢に見える一方で程よく鍛えられたお腹周りは引き締まっていて、健康的に見える。
こちらの様子を伺おうとアイは上目遣いで見てくるが、胸元が自然と視界に入り込んできたために、アクアはやや上の方に視線を逸らさざるを得なかった。
「アクアのえっち」
しかしアイはそれを目ざとく見ていたらしく、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「やっぱお兄ちゃんはオスだったか」
「人聞きの悪いことを言うのはやめろ」
「分かるよ~。ママ可愛いからね~」
「変に共感するな、余計に居たたまれなくなるだろ」
「はいはい。で、感想は?」
ささやかな抵抗も適当に流され、ルビーに感想を求められたアクアはアイに視線を戻す。
アイは期待に満ちた眼差しで、アクアの言葉を待ちわびていた。それを見て、アクアは腹を括ることにする。今生における実母だとかそういうのは、無理やり頭の隅に追いやることにした。
「――ちゃんと似合ってる。可愛い。肌が白いから水着がよく映えてるし、シュシュもアクセントになってて良い感じだと思う」
「うわっ、思ったよりガチなの来た」
アイの隣で、ルビーがアクアの評を聞いて素でドン引きしていた。元より引かれるのは覚悟の上だ。アイの反応を伺おうと、アクアは視線を戻す。
「……あ、えっと。ありがと」
「こっちの反応もガチだった!?」
アイはアイで普通に照れていて、ルビーが思わず声を上げていた。
2児の母とは言っても、感性はまだまだ年若いからだろうか。視線を横に逸らして髪を弄る様は、ただの少女のようにも見えた。
「今までも言われてきたんじゃないの、こういうこと」
それこそアイを推していた他のファンたちや、考えるのも嫌なことだがアクアたちの父親あたりからは言われていてもおかしくない。むしろ、アイなら言われ慣れているくらいだろう。
「何でだろ。アクアと歳が近くなったからなのかな?」
「息子と認識出来なかったってことか?」
「そうそう、それ。多分、感覚がバグっちゃったんだよ」
言わんとしていることを言語化したアクアに、アイが我が意を得たとばかりに頷く。
確かにこの空間においてアクアとアイは離れていても3、4つ程度の年齢差だ。決して少ない差だとは思わないが、それでも同年代に近しい感覚を持ってしまうのは分かる。それが異性となれば、頭では息子だと分かっていても認識が狂ってしまったのかもしれない。
「ルビーのことはどう思ってるんだ?」
「あ、それ私も知りたい!」
「うーん。妹、みたいな感じかな?」
「わ、私が妹……! それも全然アリ……!」
疑問符付きのアイの感想に、ルビーはいたく感動していた。
「アイと一緒にいられるなら最早なんでもアリかよ」
「それはお兄ちゃんだって同じでしょ」
「……否定はしない」
「なんかそれはそれでキモイな」
「言わせといてひでえな」
キモさ加減でいったらルビーも似たり寄ったりだが、言ったら言ったで面倒になりそうなので黙っておく。
「――ぷっ、あはははっ!」
兄妹でしょうもないやり取りをしていると、アイが不意に笑いだした。
ライブでオタ芸を打っていたアクアたちを見たときとも、初めて園児服を着たときとも違う、本当に可笑しくてたまらないのだろう笑い。ここまで打算無しで爆笑するアイをアクアが見たのは、初めてだった。
「あー、ごめんごめん。ちっちゃい二人と全然変わんなくってさ。仲が良いんだね」
「……まあ、悪いってことはないな」
「この人シスコンだからね」
アイがいなくなってしまってからの10年以上の間も、アクアとルビーはミヤコの下で一緒に育ってきた。元々転生者で赤の他人どうしだったとはいえ、同じ屋根の下で暮らしていれば多少なりとも愛着くらいは持つ。
「そっかそっか。それで、そんな妹思いのお兄ちゃんはルビーの水着、どう思う?」
「あ、私すっかり忘れてた」
「仮にもアイドルだろお前……」
「仮じゃなくてほんとにアイドルですー。お兄ちゃんも私たちのステージ見てくれてたでしょ」
「それはそうだが」
ルビーたち新生B小町のステージはアクアもしっかり見ていたし、何ならサイリウムも全力で振ってもいた。
「まあそれは兎も角、お兄ちゃんはどう思う? 私の水着」
ルビーが着ているのは、ピンクを基調に白い花の模様が散りばめられたフリル付きの水着だ。スタイル自体はアイの娘だけあって遜色無い一方、本人の気質からか活発さも感じられる出で立ちだ。
「……似合ってるんじゃないか。ルビーらしくていいと思う」
「何かお兄ちゃんの感想、ママのより淡泊じゃない?」
そうは言うが、仮にも兄妹として何年も過ごしてきた関係でどう褒めるべきなのか、アクアには分からない。結局、シンプルに答える以外になかった。
浴衣のときもそうだが、そもそも妹相手に素直に褒めただけでも上出来ではなかろうか。
「あれだよ、照れ隠しとか」
「あー、分かる。お兄ちゃん、こう見えて素直じゃないところあるから」
二人でうんうんと頷きあっていたが、アクアはこれ以上何も言わないことにした。
その後はアクアの水着姿をアイとルビーにこれでもかと弄られて精神的に疲弊しつつ、撮影会を続けていったのだった。
今回出てきた衣装は、公式のグッズやコラボのやつをモチーフにしてます