邪教、引き継ぎます   作:どっぐす

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29.ムーンブルクの王女

 ローレシア王・ロス、サマルトリアの王子・カイン、ムーンブルクの王女・アイリンの三人は、ローレシア城の庭で兵士の訓練を一緒に視察していた。

 後で予定されている打ち合わせが始まるまでに様子を見ておきたい、というアイリンの希望であった。

 

「ふふっ、兵士さんたちが元気でよかった」

 

 赤い頭巾からこぼれる紫の髪をわずかになびかせながら、アイリンは本気でうれしそうに言った。

 

 ハーゴン教団の残党討伐に失敗したという事実は、(おおやけ)となっている。とても隠し切れるものではないということもあるが、そもそもロスが秘匿(ひとく)を望んでいなかったためだ。

 だが見る限りでは、溌溂(はつらつ)とした顔で剣を振るう兵士たちから士気の低下などは感じられない。

 

「そうだな」

 

 表情を変えずに同意するロスの右頬は、まだ赤みを帯びていた。

 アイリンは再会時、まずロスとカイン二人の無事を歓喜したのだが、次にビンタを飛ばしてきていたためだった。もちろん、二人がハーゴン教団の残党を討伐に行くときに彼女を誘わなかったことに対する抗議である。

 まだムーンブルクの復興に取りかかり始めたばかりだから――という気遣いについては、彼女も理解し感謝した。ただ、やはり苦楽は共にしたいという思いのほうが強かったようである。

 

「兵士さんたち、けっこうロスに声をかけてくれるよね」

 

 同じく右頬がまだほんのり赤いカインも、青い剣士の横顔を見て微笑んだ。

 

「前はそんなことはなかった。負けて逃げ帰ってきたから気を遣われているのかもしれない」

「んー。それはちょっとだけ違うと思う」

「?」

「この前の負け戦のおかげで、君がただの人間の王様に降格になった。だから話しかけやすくなったんだよ、きっと」

「降格前はなんだったんだ」

「破壊神を破壊した、人ではない何か?」

「……」

「まったく。カインは相変わらずね」

 

 アイリンが呆れたように肩をすくめている。

 

「でも、よかった部分もあるとは思うんだ。あまり雲の上すぎる存在に思われると、ロスは孤独になっちゃうから」

「そういうのも相変わらず。あなたは前の旅のときも、世界のことなんてあまり考えてなさそうだったもの」

「うん。そうだよ? 僕が命をかけて戦ったのは家族と友達のため。この世界のためじゃないよ。そんな大きなことは考えたことないかな」

 

 結果的に世界のためになれば、それはすごくうれしいことだけど――。

 カインはそう言って、空を見上げた。

 

「だいぶハッキリしたと思う。神も精霊も、もう僕たちを贔屓(ひいき)してくれてはいない。たぶん、きついよ。この戦い」

「本当は討伐に反対なのか? お前は」

 

 魔術師フォルの暗殺に失敗し、今後も同じ手では成功する見込みが薄い。ならば、ローレシアとサマルトリアの軍を動員してロンダルキアを攻め、大規模な残党掃討戦をおこなうしかないのではないか。それがロスの考えであった。

 

「僕は反対しないって。ロスが世界のために戦い続けなければいけないと思うなら、続ければいい。莫大な戦費をかけて軍を動かすべきと思うなら、そうすればいい。僕は手伝うし、父さんにも協力するように言う」

 

 そしてカインは微笑んだまま、ロスを見て付け加えた。

 

「でも、敵は強いよ? もしかしたらハーゴンが生きていた頃よりも手強いかもしれない。だから相手の想定と準備を上回っていく必要はあるだろうね。しっかり計画は詰めていこう」

 

 ロスは二人と目を合わせてからうなずくと、視線を訓練中の兵士に戻す。その表情は、締まっているとも、硬いとも言えるものだった。

 

「次は……失敗が許されないだろうな」

 

 独り言のようにつぶやかれたロスの言葉。

 カインは独特の人懐っこい表情で、それを拾った。

 

「神や精霊の加護がなくても、君にはカインという名の友人の加護があるさ」

「ちょっと。そこにはわたしの名前も入れといてよ」

「……やっぱり次にロンダルキアを攻めるときには、アイリンも来ちゃう感じ?」

 

 ムーンブルクの王女は、もちろん、とローブを躍らせた。

 

「まだこっちの城は復興中だから、兵士さんたちはあまり出せないと思う。でも、わたしは絶対に行く。たとえあなたたちが反対したとしても、よ」

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