邪教、引き継ぎます   作:どっぐす

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3.ハーゴンの神殿

 ――おかしい。

 肌を刺すような寒さの雪原を走りながら、フォルはそう思った。

 

 大神殿からほとんど出たことがなかったフォルも、ロンダルキアについての知識はある程度持っている。人間にとっては極寒の地であっても、寒さに適性を持つ巨人族ギガンテスや魔族シルバーデビルなどにとっては快適な庭。一人くらいは目撃してもおかしくはないはずだった。

 

 誰かいれば、大神殿がどうなっているのか聞くつもりだった。

 なのに誰も見かけない。

 

 嫌な予感をまといながら、フォルは急いだ。

 

 

 

 予感は、当たることになった。

 

「……」

 

 絶句。

 巨大な神殿が、なくなっていた。

 代わりにあるのは、がれき。

 山のような積もりかたではない。小さなものから背を優に超えるような大きなものまで、さまざまながれきが、除雪されてむき出しになっていた地面の上に広く散らばっていた。

 

 そこから吹いてくる冷たい風には、石の匂いしか乗っていない。

 それらしき大型の鳥はもう飛んでいないが、ところどころに見えている白骨は、すでに生態系による死肉の回収まで終了していることを示していた。

 

 (うつ)ろな足取りで、フォルはがれきの迷路に入っていく。

 

 やがて、転がっているのを発見した。

 激しく折れた、赤い宝玉が埋め込まれた杖を。

 大神官ハーゴンが使用していたものだった。

 駆け寄り、あらためてそれが間違いないものだとわかると、すぐに眼は熱くなった。

 

 さらに探していくと、臙脂(えんじ)色のローブを見つけた。

 毎日見続けていたものだった。

 近づき、そのローブから悪魔神官ハゼリオと思われる白骨がはみ出していることを確認すると、フォルの膝は崩れた。

 

 彼の使っていた杖は、ほぼ無傷な状態で横に転がっていた。

 一礼してそれを拾い上げ、すでに冷え切っていた手にさらに冷たい感覚が伝わってくると、すでに熱を持っていた眼が限界に達した。

 仮面を外し、膝をついたまま冷たい青色の空を見上げた。

 

「わかった? キミたち、負けたの。滅ぼされたんだよ」

 

 突然背後から飛んできた言葉に驚いたフォルだったが、その声には聞き覚えがあった。

 慌ててローブの裾で目を拭いた。仮面を着け直してから立ち上がり、振り返る。

 

 背後に立っていたのは、銀髪の白い少女・ミグア。

 どうしてここに? と驚いたが、口からは勝手に別の質問が出ていた。

 

「あの……私たちは、こんな仕打ちを受けなければいけなかったのでしょうか」

「まあ、そうだね、きっと。邪教だから」

「……」

「邪教というのを認められないみたいだね。それとも、認めたくない、のかな」

 

 教団の活動そのものに疑義を抱いたことは一度たりともなかった。

 世界のために有益なことをしている。そう教わっていたし、そう信じていた。

 

 そして自分自身も、恩人であり第二の父親であるハゼリオや、その上司であるハーゴンのために働き続けることに疑問を持ったことはない。彼らに仕えることは喜びであり、人生そのものだった。

 

「キミは教団の中でどんなことをしてたの」

「決まった時間に、大神官ハーゴン様や、悪魔神官ハゼリオ様、他の幹部の皆様にお茶を出して、あとは部屋の掃除などを」

「お茶くみ係とか雑用係とか、そんな感じで言われてる仕事かな」

「はい。たぶんそうです」

「あー、だから何も知らない感じなんだ。でも変な経典が存在したとか、そういうのは気づいていたんじゃないの」

「経典は存在しません。教団の教義は簡単でわかりやすいです。この世界に必要なものは、創造のための破壊。それだけです。そのためにハーゴン様は破壊神の召喚を目指していたのです」

胡散(うさん)くさいし嘘くさい。必要なものは破滅、じゃなくて?」

「違います」

 

 フォルの声量がわずかに増すと、少女は首に巻かれた幅広で大きなマフラーを少し上方向に直した。

 そして「まあいいか」と言うと、くるっと背を向けた。

 

「こっちに来なよ。わかりやすいものが見られる」

 

 そう言って歩き出した少女。

 フォルも追った。

 

 

 

「はい、お亡くなりになった破壊神」

 

 少女は特に指し示さなかった。

 周辺の巨大ながれきでもまったく隠せていない大きさの死体は、一度もそれを見たことがないフォルにとっても一目瞭然だったからだ。

 

「これが……破壊神……」

 

 他の死体と同様に鳥についばまれ、筋肉や臓腑は消失しているようであった。だが生前の姿を想像することは容易だった。

 

 二本の角が生えた大きな頭部。大きく裂けていたであろう口に残る、鋭い牙。鱗に覆われた皮膚。ところどころで覗いている大きな骨。大きな爪を持つ、腕のようにも足のようにも見えるものが六本。また、尻尾の先は蛇の頭部のような形状になっていた。

 

「見た目、いかにもダメでしょ? 禍々しいというか」

 

 その問いかけでも、呆然として現実に戻されないフォル。

 少女はスッと近づき、その背中を叩いた。

 

「わっ」

「いや、『わっ』じゃなくてさ」

 

 物理的な刺激にビクンとなって我に返ったフォルに、さらに問いかけてくる。

 

「これから、どうするの? このとおり、神殿は崩れて、大神官も死んで、破壊神も死んだんだけど?」

「あ、はい。ええと」

 

 仮面を着けたまま、フォルは頭を掻いた。

 

「何も考えてなかったみたいだね。さすがお茶くみ。ま、混乱するのはいちおうわかるけど。はい深呼吸一回」

「え? あ、はい」

 

 大神殿では、どうしますかと相手に聞くことはあっても、聞かれることなどほとんどなかったのだ。

 言われたとおりに深呼吸し、考える。

 しかしわからない。

 

「すみません。わからないということしかわかりませんでしたが」

「あっそ」

「とりあえず、同志のかたのところに行きたいです」

 

 口を隠し気味に包んでいる大きなマフラーから、白い息が漏れた。

 呆れてため息が出たようだ。

 

「もうロンダルキアではキミ以外みんな死んだんじゃないの」

「ひょっとしたら人間の同志はそうかもしれません。しかし他種族の皆さんならば神殿の外にもいらっしゃいました。ひとまずは近くにデーモン族の住む山がありますので、そちらに行ってみます。攻めてきたのは三人だけですし、全員殺されたということはないはずですが」

「やめておいたほうがいいと思うけど。嫌な予感がする」

 

 少女は続けた。

 

「というかさ。他種族って、モンスターのことでしょ? 会いに行ってどうするの」

「聞いてみたいのです。私たちはこんな仕打ちをされるに値する教団だったのかと」

「だから、値する集団なんだってば」

「すみません。あなたを信用しないわけではありませんが」

(ほこら)を出るときと同じこと言ってるね」

 

 まあ、そういうことなら無理にとめないよ――。

 少女はマフラーを少し直した。

 

「じゃあ、さよなら」

「あ、待ってください」

 

 くるっと背中を向け歩き出そうとした少女を、慌ててフォルは呼び止めた。

 

「いろいろと、ありがとうございました。でも、なぜあなたまでここに来てくださったのです?」

「理由? なんとなく」

「なんとなくで、小さな女の子が、一人で、ここまで……。倒れていた私を助けてくださったときも、一人で来ていたのですよね? あなたはいったい何者なのですか」

「キミと違って、騙されにくい人間」

 

 少女はふたたび背を向けて歩き出し、フォルはその小さな背中を見送った。

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