邪教、引き継ぎます   作:どっぐす

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37.失われた呪文

「フォルよ。覚えてきたギラの呪文を唱えてみよ」

「はい! ギラ!」

「ふむ、なるほど」

「どうですか?」

「そうだな。これほど基本に忠実で素直なギラを(わし)は見たことがない。宝石のごとく美しい火球だ。ハーゴン様が直々に教えるとこうなるのか」

「ありがとうございます」

「ただ威力がなさそうなことは気になる」

「はい! 呪文の才能はないようだ、とハーゴン様はおっしゃられてました!」

「うれしそうに言われても困る。大変だっただろうな、ハーゴン様も」

「大変だとおっしゃってました! 一日中、付きっきりでご指導をいただいてしまいました」

 

「そうか。てっきり、ついでに何か仕事を頼まれてこんな時間になったのかと思っていた。お茶くみがギラを覚えるためだけにハーゴン様を終日拘束。これは誰にも言えぬぞ」

「はい。ハゼリオ様以外には内緒にするようにと言われました」

「それがよい。まあ万一漏れたとしても、ハーゴン様がお前に対して怒ることはないと思うが……。しかし、呪文の才能がないということは、魔力にも乏しいということだろうか?」

「はい! あまり感じない、と言われました」

「だから、うれしそうに言うでない」

 

「やはり教団で一番魔力があるのはハーゴン様なのですか?」

「そのとおり。ハーゴン様の魔力は無尽蔵だ。教団はあのおかたの魔力でさまざまなことを実現してきた。この大神殿にしても、あのかたの魔力がなければ完成させることはかなわなかっただろう」

「独特で素敵な建物ですよね」

「そうだな。神殿らしからぬ塔型。しかも二連塔を上階で繋ぎ合わせた世界に二つとない形状だ。余計な装飾もあえて排している。この建物に美を感じることができるお前の感覚は間違っていない。新たな価値の創造、革命的な神殿と言えよう。

 この何もないロンダルキアの地で、既存の概念にとらわれないハーゴン様が、ゼロから創り出したからこそ実現した。素晴らしいことだ」

 

「ハーゴン様の破壊の教えにもつながりそうですか?」

「つながるな。有形でも無形でも、モノを破壊してゼロにすることは、創造の障壁を取り除くことを意味する。なかなかよい気づきだ」

「ありがとうございます」

「ただ、破壊という言葉の力は強すぎるきらいがある。お前は大丈夫だろうが、未来には自らに都合のよい解釈をする信者や、破壊と破滅を混同する信者などもあらわれるかもしれぬ。そうなったときにどうするか――」

 

 

 

 - - -

 

 

 

 時間が、止まっていた。

 サマルトリアの王子・カインは剣を構えたまま動かず。

 自称キラーマシン使い・タクトも動かず。

 

 碧い瞳と黒い瞳が、じっと見つめ合う。

 

 どれくらい時間が過ぎただろう。

 やがてサマルトリアの王子の肩から、力が抜けた。

 

「嘘、かな」

 

 その言葉に、途端に慌てだしたのはタクトである。

 

「嘘じゃないよ!?」

「いや、嘘だと思う。少なくとも『実は最強』とか、そんなところはね」

「おれが言ったことは本当だよ! 天地神明に誓ってホントだよ! おれ、めっちゃ強敵だよ! 逃げないと損するよ!」

 

 緑の魔法戦士は、静かに言った。

 

「こう見えても、僕はいろんな人を見てきたつもりだよ。君の雰囲気は、とても戦う人間のものじゃないね」

 

 逃げる必要どころか、警戒する必要すらない。

 そう言わんばかりに肩の力を抜いたまま、剣先をタクトに向けなおした。

 

「きっとベギラマ一撃で戦闘不能、いや、それどころか、まともに当たれば即死するんじゃないかな」

「いや? カーンって跳ね返して、そっちがやられることになると思うよ!?」

 

 また沈黙の時間が流れる。

 だが今度は、先ほどよりも早くそれが解けた。

 

「それも嘘かな。まあ、やってみてから考えるよ」

 

 隼の剣が炎を纏い始める。

 タクトの顔から吹き出していた汗の量がさらに増し、顎から落ちた。

 

 しかし。

 

「えっ!? あっ」

 

 声とともに顔を歪めたサマルトリアの王子。

 その右腕、イオナズンで焼けたと思われる服の裂け目に、一人の人間が噛みついたのであった。

 

「フォル君!」

 

 タクトの声。

 それは、意識を失っていたはずのフォルだった。

 ベギラマの直撃で仮面は落ちてしまっており、杖もどこかに行ってしまっていた。ただただ必死の形相の少年が、ロトの子孫に噛みついていた。

 

 炎が消えた。

 そして二人はまた揉み合いながら床に倒れる。

 

「っ!」

 

 すぐに落ち着きを取り戻したサマルトリアの王子が、立ち上がりながらフォルを振りほどいた。

 決して怪力ではないとされていた王子だが、力の入れ方は絶妙だった。大きく振り飛ばされたフォルが床を転がり、岩にぶつかって止まった。

 

「生まれて初めてだ、人間に噛まれたのは……」

 

 フォルは顔を苦痛でゆがめながら立ち上がると、口から血を吐き捨てた。

 

「私も、何でもします。同志が生き残るためなら!」

「いいと思うよ。あと、今のはちょっとゾクっとした」

 

 血がしたたり落ちる右腕を見ながら、サマルトリアの王子は微笑を浮かべる。

 フォルはなおも彼を睨みつけた。

 

「ハーゴン様の教団はあなたがたに潰されました。ハーゴン様も、ハゼリオ様も、ベリアル様も、幹部はみんな殺されました。理由は納得しているつもりです。でも、残された同志たちはこれからもこの世界で生きていかなければなりません。私たちロンダルキアが求めるのは、同志が同志として生きていけるようにしたい、それだけです! それ以上は望みません! 補償だってさせてもらえるなら頑張ります! それは前にお伝えしたとおりです! あなたがたはそれも潰そうとするんですか!」

「うん。残念だけど、そうだよ。それが今の僕たちの立場だから」

「……っ!」

「フォル君! 杖!」

 

 タクトが悪魔神官の杖を拾い、フォルに投げた。

 

「ありがとうございますっ」

 

 それを両手でキャッチすると、フォルは杖の頭を緑の魔法戦士に向けた。

 

「ハゼリオ様、ハーゴン様! 私に力を!」

 

 祈りをこめたその杖からは、風が巻き起こるはずだった。

 しかし今回はそうではなかった。

 

「ん?」

 

 起きない風。違和感を覚えるサマルトリアの王子。

 代わりに、地鳴りにも似たような音がして、それが急速に近づいてきていた。

 

 ここが洞内でなければ、王子もその時点で気づいたのかもしれない。あまりにもこの場では考えにくいことで、彼も察することができなかった。

 

「うああっ!!」

 

 大きな雷鳴とともに、まばゆい雷光が、洞の天井から三筋。

 緑の魔法戦士に直撃した。

 洞窟内で起こりうるはずのない現象。その激しい音とまぶしい光に、フォルやタクトも五感を一瞬奪われた。

 

 静寂ののち、視力が戻ったフォルとタクトは、倒れているサマルトリアの王子を視認した。

 

「おお、やった」

 

 安心したように剣や盾を下ろすタクト。

 一方フォルは、肩を激しく上下させながら杖を構えたままだった。もちろん視線も、倒れた彼に固定されている。

 

 フォルのほうの予想が当たった。

 ダメージはありそうだが、彼は起きあがってきた。

 

「悪魔神官の……杖の……力か……。引き出せるように……なってきてるんだね……」

「げえっ! まだ終わってなかった!」

 

 慌てて剣と盾を構え直すタクト。

 

「……僕も、今回の好機に賭けてるからね。ここで僕が勝てば、あいつらは……ロスや、アイリンは、もう戦わなくてすむから」

「きみ、執念深すぎて怖いよ!? さっさと退場してよ」

「これくらい執念深くないと、僕たちの勝利はない。そう思ってる」

 

 サマルトリアの王子はふたたび隼の剣を構えた。

 剣に炎は纏わない。

 

「証拠を、今見せるよ」

 

 剣先を二人のほうへと向け、詠唱した。

 

「ザラキ」

 

 フォルとタクトが同時に胸を押さえた。

 

「ぐっ、ぁっ、これって、血が固まって、死ぬやつ、じゃ…………あれ? 死なない」

 

 苦しそうにあえいだだけで、二人とも倒れることすらなかった。

 やはり、とサマルトリアの王子は言った。

 

「うん、死なないんだ……死なないんだよ。この手の攻撃では今の君たちを死なせることはできない。ここで僕が自己犠牲呪文(メガンテ)を使ったとしても、僕だけが死んで君たちは生き残ってしまうと思う。だから、僕は君たちを炎で完全に炭にするか、胴体から首を切り離すしかない。それしかないんだ」

「いや、だから怖いって。負けを認めて帰りなよ」

「最悪、相打ちでもかまわない。僕はまだ戦える。ベギラマ!」

 

 隼の剣から放たれたその炎は、フォルたちを包み、大ダメージを与えるはずだった。

 

「!%♭☆$×▲※○□ ‼︎」

 

 何やらフォルとタクトの聞き覚えがある声で、詠唱らしきものが聞こえた。

 声は聞いたことがあるが、言葉は今まで聞いたことがないものだった。

 

 フォルとタクトの間を、何かが一瞬で通り過ぎた。

 やや遅れて、両名の頬には刺すような冷気の痛み。

 

 そしてこの場に立っていた三人全員の目が見開いた。

 隼の剣から発せられた炎が、空中で氷に包まれ消滅したのである。

 

 サマルトリアの王子の視線が、フォルたちの背後へと向かう。

 

「君は――」

 

 フォルとタクトも振り向いた。

 

「あなたは……」

「おお、きみは!」

 

 フォルとタクトのもとへ走ってやってきて、膝に手を置いて中腰で呼吸を整えはじめたのは、大きなマフラーを巻き、銀髪に白い肌をした、小さな女の子だった。

 

「はぁ……はぁ……間に合った……」

 

 ロンダルキアの祠の少女、ミグアである。

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