「彼女がほしい」
とある夏の昼下がり。
ボクの部屋の中央に我が物顔で寝転がっている友人が、思春期男子によくある妄言を言い放った。
「奇遇だな。ボクもだよ」
「だよなぁ? 優李もそう思うだろ?」
「それはそうと、ボクの部屋の床面積を半分以上占拠するのはやめてくれない?」
うんうんと頷く友人──虎徹に寝転がっていることへの抗議の意を示す。
「断る!」
「断るな」
虎徹のお腹を軽く踏みつけると、「グフッ」とうめき声を出して立ち上がる。
虎徹なんて厳つい名前通り、ゴリゴリムキムキの大男だからねコイツ。
なんだその筋肉は羨ましい。
ボクにも少し寄越せ。どれだけ食べても筋肉どころか脂肪すらつかないガリガリなボクを哀れに思え。
そんな筋肉モリモリマッチョマンの変態が立ち上がる。
そして謝罪も悪びれもせず、なおも彼女がほしいと欲望をさらけ出した。
「やっぱり彼女がほしいよなぁ」
「その気持ちは分からんでもない」
何が悲しくて野郎2人で毎日ボクの部屋でぐーたらしないといけないのか。
他に遊ぶ友だちも彼女もいないからだよチクショウ。
「花の男子高校生の夏休み。それをこんな無為に過ごして良いものだろうか」
「宿題は進むから良いんじゃない?」
学生の本分は勉強だって言うしね。
おかげで夏休み開始10日時点でほぼ全ての宿題が終わった訳だし。
あと残ってるのは自由研究と絵日記だけ。小学校かよ。
「そういう問題じゃないのだよ優李くん」
じゃあどういう問題だっていうのさ。
彼女と海へ行ったという嘘絵日記を捏造している奏多がチッチッチと指を振る。ピッピかな?
「俺は童貞を卒業したい!」
………………わ~お、最低だコイツ。
「つまりヤリ目的で恋人がほしいと?」
「イエス! 俺の大太刀を彼女の鞘に納めたい!」
おぅしまえよその小刀。
欲望に忠実な男だとは思ってたし、堂々とエロ本買ったり貸してくれるその勇姿にちょっとかっこ良さを感じていたけど、さすがに堂々とヤリたい宣言するのは駄目だと思う。
ガチャッ
「しばき倒すわよ」
バタンッ
ほら言わんこっちゃない。
顔を真っ赤にした妹が汚物を見るような視線でボクたちを睨み付けていった。
「フッ……おもしれー女」
「アイツ彼氏いるぞ」
「な、なんだってー!?」
というか絶賛、隣の部屋に彼氏連れ込んでる最中だからね。
夏休み直前に付き合い始めたって言ってたし、今日が初めてのおうちデートのはず。
そんな記念すべき日。なんなら彼氏と初体験しようと意気込んでる時に隣の部屋で兄と友人が大声で猥談してたら……うん。
そりゃあ怒るよね。
「中学生に負ける俺たちとはいったい……」
「なに? お前、妹狙ってたの?」
ガックリと肩を落とす虎徹。
その落ち込みようが尋常じゃないので冗談交じりで訊くと、ピクリと身体を震わせた。
……おい、お前マジかよ。
「妹と友人が付き合うとか、ボクが気まずくなるからやめてほしいんだけど」
「そ、そんな! お義兄さん!」
「本当にやめて」
鳥肌すごいから。
気色悪いにも程がある。
結婚式場でウェディングドレスに身を包む妹とピッチピチのタキシードを着た親友を思い浮かべる。
うん、吐きそう。
「いやでも割とショックなんだけど!? お前の妹、マジで可愛いじゃん!」
「そう? 別に普通でしょ」
どこにでもいるごく普通の妹だよ、アイツは。
アイドルやってたりとか芸能事務所にスカウトされたりとか、そんなマンガみたいな設定もない。
「い~や! お前の妹は可愛い!」
「妹の可愛さを語られる兄のツラさを考えてほしい」
「クリクリした目、サラサラして風になびく髪、柔らかそうな唇、慎ましやかな胸!」
ダメだコイツ、聞いちゃいない。
そして貧乳派なのね、虎徹。
通りで借りたエロ本の系統が似ているわけだ。
あとボクに妹モノを貸すのやめてね。ヌけないから。
禁断のイチャラブ子作り近親相姦が許されるのは二次元までだから。
「正直に言おう! 俺はお前の妹を抱きたい!」
「わぁお、最低な告白だぁ」
「あの小さくて可愛い女の子をメチャクチャにしたい! 好き勝手したい! 自分好みのエロい女に調教したい!」
本当にやめてくれませんか。
何が悲しくて妹に対する親友の劣情を聞かされなくちゃいかないのよ。
「だから、どうか妹さんを俺にください!」
「あぁもう、好きにすればいいんじゃないかな」
暴走が止まらない虎徹に投げやりな返答をする。
こうなったコイツは満足するまで止まらないから、放っとくのが一番だ。
「………………そういえば、優李って妹さんと似てるよな」
「うん? そりゃ兄妹だからね」
バッチリ血もつながってるんだし、似てない訳がない。
虎徹は何を思い付いたのか、ボクの顔を見てウンウンと頷いている。
なんか嫌な予感がするんだけど?
「────イケるな」
ちょっと待って?
「そうだ、よく考えれば優李も可愛いじゃないか。線も細いし、顔も中性的だし、女装させれば完全に女の子じゃないか?」
「ねえ待って。本当に待って」
それ以上はいけない。
本当にヤバい一線を越えることになるから。
悪かった。放っとくなんて言って悪かったよ。
だから落ち着いてくれ。
「いやもうこの際、女じゃなくてもいいんじゃないか?」
「早まるなぁ!? もっと冷静になって考えるんだぁ!!」
虎徹、あなた疲れてるのよ!
おいやめろ、ボクの方へにじり寄って来るんじゃない!
ソッとボクの肩に手を回すな、ボクの太ももを優しく撫でるな!
「大丈夫大丈夫、先っぽだけだから」
「その台詞が本当に大丈夫だったことは、古今東西で一度もないんだよ!」
ダーメだコイツ、力が強い!
単純な力勝負でガリガリなボクがムキムキな虎徹に勝てるわけなかった!
馬鹿野郎お前、ボクは勝つぞお前!
「ぬおおおおおおおおおおお!!」
「ハッハッハ、初な奴め。たっぷりと可愛がってやろう」
筋肉には勝てなかったよ……。
限界ギリギリまで粘るも、すでに虎徹の手はボクのズボンを下ろそうとしている。
クソ……!
まさか童貞の前に処女を捨てることになるなんて……!
まだだ、まだ諦めるな! 考えるんだ!
現状を打開する為の一手は、まだ残っているはずだ!
ボクと虎徹のギリギリの攻防戦が繰り広げられるも、すでにボクの力は限界。
このまま押し切られ、男としてすべての尊厳を奪われそうになる一歩手前の状態。
いよいよ虎徹の手がボクのパンツにかけられた、その瞬間──
ガチャッ
「あっ」
「むっ」
部屋の扉が開け放たれ、顔どころか全身を真っ赤に染めた妹が入ってきた。
「この家から出ていけ、この変態どもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
鼓膜を突き破る怒号と共に、ボクと虎徹は家から叩き出された。
……いや、なんでボクまで?
「ちょっと待って妹よ。絶対ボクは悪くない」
「黙れクソ兄貴。連帯責任って知ってるか?」
連帯保証人と同じくらいクソな言葉じゃないですかヤダー。
目の前で無情に閉まった我が家の玄関を茫然と見つめていると、隣でプルプルと震える筋肉ダルマが低く呻いた。
「俺は……、弱い……!」
「弱いというかダサいよ、虎徹」
地面に這いつくばり、悔し泣きする虎徹。
我が家の前で不審者情報が頻出しかねないからやめてほしい。
ご近所付き合いしにくくなったらどうしてくれるんだ。
マジでコイツと友だち付き合いするのやめようかな。
「────よし!」
唐突に勢いよく立ち上がる虎徹。
早いよ。立ち直りが早いよ。
もう少し反省していてほしかった。
ムカつくんだよ、その「反省も後悔もしていない!」って顔。
何を決意に満ち溢れているんだねキミは。
「俺は決めたぞ、優李!」
「いったい何を決めたんだい、虎徹」
明日への希望と未来への夢が籠った瞳をキラキラ輝かせる元友人こと最強最悪のバカは、拳をグッと握りしめると天に向かって突き上げた。
「俺はこの夏休み中に、素敵な恋人を作ってみせる!!」
………………………………あっそ。
「それではさらばだ我が心の友よ! 我が勇姿、とくと見るがいい!」
うおおおおぉぉぉぉぉ……!
頑張れよー。
雄叫びを上げながら去っていく親友の背中に手を振る。
……ちくしょう、一度も振り返らないじゃないか。
ボクの皮肉が何一つ通じやしない。
これだから猪突猛進なバカは嫌いなんだ。
まあ、虎徹の空回りは今に始まったことじゃない。
大抵その場の思いつきで始めて、物の見事に返り討ちを喰らい、木っ端微塵になるほどうちひしがれた後にケロッと立ち直る。
どうせまた今回も、道行く女性という女性を口説いてはこっぴどく振られて号泣するんだろう。
まあ、そうなったら仕方ない。
親友であるボクがそっと慰めてやらなくもない。
学習しない究極のバカが、どうか警察のお世話にだけはなりませんように。
ボクは青空の向こうに隠れるお星さまに向かって祈りを捧げるのだった。
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翌日。
「どういうわけだか背が縮んでチンコがなくなった!」
ロリ美少女に変貌した親友の姿があった。
いや、どうしてそうなるの?