勇者どころか巫女でもない   作:伊織ん

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結構難産でした。とうとう天恐がバスの乗客を襲います。
前回はオリ主の活躍が無かったので、今回は活躍(?)を多めに。


腐ったミカン:四国撤退編.9

 異常事態だ。

 烏丸さんや他の乗客も女性の容体に気づいたのかバスは急停車した。

 彼女はもう、マトモじゃない。

 顔は青ざめ、脂汗をびっしりと浮かべている。

 空が怖い、と初めはうわ言のようにつぶやいていたが、突然奇声を上げて、少しでも窓から離れようと座席から立ち上がった。

 だが定員ギリギリのマイクロバスの車内には逃げるところなんてどこにもない。

 彼女が座っていた反対側の窓を見てまた奇声を上げ、通路の真ん中で縮こまるように蹲ってしまった。

 友奈が半狂乱になった女性へと近づき介抱しようとするが、なんと女性は友奈の首を締め始めたのである。

 もう車内は大混乱である。

 

 「うわあ! 何しとんねん!」

 「やめろ!」

 高嶋君を助けなければ、桐生は狂ったように叫んでる女性に飛び掛かった。

 烏丸さんも加わって、どったんばったん大騒ぎ。

 「茉莉! 私の運転席に置いてあるバッグの中に、結束バンドとガムテープがある。持ってきてくれ」

 「は、はい!」

 烏丸さんと協力して、何とか高嶋君から女性を引きはがす。

 それでも女性は暴れ続けるので、床に押し倒し、手と足を抑えつけた。

 横手君が持ってきてくれた結束バンドやガムテープで手や足を拘束していく。

 やかましいので、ガムテープで口も塞いでおいた。

 

 なんとか事態を収めることが出来た。最後尾の席に座っていた人に退いてもらい、そこに女性を押し込んだ。

 「ど……どうしちゃったんでしょう……?」

 首を絞められたというのに、高嶋君が拘束さえた女性を心配している。

 「わからん! 少なくとも正気じゃないのは確かや!」

 リボンの少女の捜索で疲れているのに、これ以上は体が持たん。

 「空が怖いと、この女は言っていたな」

 何か知っているのか、烏丸!?

 「空を怖がるという傾向は、他の人間にも起こり始めている。やはりこのバスの中の人間に何かが起こっている」

 「何かって……?」

 横手君は不安そうな視線を烏丸さんに向けているが、彼女は首を振って、

 「さあな、わからん。しかし、この女だけで終わるとは思わない方がいい」

 烏丸さんが不吉な予想を自分たちに伝える。

 

 車内の秩序がゆっくりとではあるが、確実に崩壊している。

 

 

 

 バスは再び走り出した。

 しかし、堰を切ったように数名が『空が怖い』と訴え始めた。

 幸いにも暴れだす人はいなかったが、あの女、なんてことをしてくれたんだ。

 後ろの席には怯えだした人が集まり、それぞれがカーテンや段ボール、布切れや新聞紙で窓を塞ぎ、完全に外を見えないようにしていた。

 

 「そろそろ限界かもしれないな」

 烏丸さんがそうぽつりと呟いた。

 「限界…?」横手君が聞き返す。

 「車内の人間の精神状態が悪すぎる。このままでは暴動が起こりかねない。精神状態が異常な人間は、もう力ずくでも降ろした方がいい」

 「バスから降ろすって」横手君が恐る恐る言う。「見捨てて置き去りにしていくってことですよね……?」

 「ああ、そうだ。まだ周囲に暴力を振るうほどの症状を見せているのは茶髪だけだが、他の人間もいずれそうなる可能性がある。この狭い車内で暴れる人間が何人も出てきたら、もう運転どころじゃなくなる」

 「………」

 え、烏丸さん? あの、『力ずくでも降ろす』って言いましたけど、その力作業、誰がやるんですか? え、俺、嫌ですよ?

 「……見捨てることは」横手君の代わりに高嶋君が口を開いた。「できないです。見捨てることはしたくありません。もし、暴れる人間がいたら、私が押さえますから」

 高嶋君。その心持ちは立派だが、もうそんなことは言っていられないんだ。

 それに、高嶋君一人は無理があるだろう。

 「力ずくで、か?」

 烏丸さんが試すようにそう訊き返したが、

 「……はい」

 高嶋君は迷いを含んだ口調ながら、頷いた。

 

 「いや、俺が……俺もやるわ」

 「桐生さん…」

 高嶋君だけがその役目を引き受けるのは違う気がする。

 「さっき二人掛りでやっと押さえれたんや。高嶋君だけやったら不安や、俺もやる。」

 嫌だがしょうがない。

 高嶋君にはタコヤキどもだけに専念してほしい。こんな介護みたいなことで体力を消耗して欲しくない。もしもの時に、戦えなくなったらどうするんだ。

 「そうか、だが、大量の同行者たちを抱えていることの問題は、それだけじゃないぞ」

 「他にも……何かあるんですか?」

 「食糧だよ、友奈。お前も気づいているだろう、ここしばらく立ち寄ったコンビニやスーパーマーケットで、食糧がほとんど手に入らなくなっている。桐生が住宅から調達してくれているが、それでも微々たるものだ。本来は奈良から四国へ行くのに、時間はそれほどかからない。食糧不足なんて起こるはずはなかった。だが、想定以上に時間がかかってしまったせいだな」

 

 そう、このマイクロバスは定員二〇名、水や食糧・使えそうなモノを空いた席や棚に置いているが、空席は二つだけしかない。後はすべて人間だ。そんな大人数を数日間も賄えるほどの食糧はこのバスには存在しない。

 一応、バスが停まるたびに、桐生は近くの住居から食糧を調達しているが、毎回調達できているわけではない。

 桐生自身も、叫ぶ、暴れる、恐怖で外に出ない、今となってはお荷物以下となった同行者のためにそこまでしてやれる義理は持ち合わせていない。

 

 「空への恐怖心が増大している者たちに、これから先はさらに食糧不足という恐怖が伸し掛かる。これから先、車内は地獄になるぞ」

 「久美子さんは、バスの中の人たちを……降ろすべきだって思ってるんですか?」

 高嶋君は不安そうに烏丸さんに尋ねている。

 

 高嶋君、無理だ。君も分かっているだろう。

 きっと烏丸さんも、この状況にうんざりしているだろう。おかしくなった人を降ろすことは難しくても、四国まで動く車を調達して、自分たちだけで逃げてしまえばいい。

 うん、そうだ。それがいい。

 

 だが、烏丸は桐生の予想外の言葉を口にした。

 

 「実のところ、どっちでもいい」

 烏丸さんの答えに桐生は驚いた。

 「メンタルがおかしくなっている奴を降ろしても、このまま全員を抱えたまま進んでも、別にどちらでも構わない」

 ありえない。死にたいのかこの女は。

 さっき自分で『そろそろ限界だ、食糧もない』って言っていたじゃないか。なぜそこまで分かっているのに、そんな中途半端なことを言うんだ。

 これは早いうちに烏丸さんを説得し、二人で高嶋君と横手君を説得するしかないかもしれない。

 やることが増えた桐生は頭を抱えた。

 

 

 

 瀬戸大橋まであとわずかだ。このまま橋を通れるなら、烏丸さんを説得しなくてもいいかもしれない。でも、もしまた渡れなかったら…。

 

 そんなことを考えていると後ろの方の席で喧嘩が始まった。

 先ほど自分からやると言ってしまった以上、高嶋君と共に仲裁に入る。

 幸いにも黒シャツ男と取り巻きたちも協力してくれたおかげで、殴り合いに発展する前に喧嘩は収まった。

 

 バスの前方にある自分の席に戻った桐生。ここ数時間で一気に疲れていた。

 頼む、もう四国に入らせてくれ。

 バスに乗り込む前は、死にかけたとはいえ、映画の世界を体験するかのような非日常的な出来事に心が躍りもした。

 だが、迷子を捜したり、他人を介護したり、外にも出ない何もしない奴のために食糧を調達することはまったく楽しくない。

 映画は娯楽だから楽しいのであって、実際に体験すると娯楽にならないどころかストレスになる。

 少しでも気分を紛らわそうと携帯ラジオ機器に耳を傾けようとしたところ。

 

 「あ。」

 と横手君が小さく声を上げ、パソコンのマップを見ながらプレゼントしたノートに地図を書き始めた。

 

 嘘でしょ…。もう疲れたよ、横手君。

 

 地図を覗き込んでみると、桐生の願い虚しく、瀬戸大橋へ向かう途中の道に、グリグリと念入りに黒丸を書いている。

 「また感知したのか?」

 烏丸さんが横手君へ問いかける。

 「はい……瀬戸大橋へ行く途中の道に……」

 

 これはもう、烏丸さんを説得するプランを早急に進めないといけないかもしれない。

 烏丸さんとなら高嶋君と横手君を説得できるだろう。

 

 そんなことを考えていると、烏丸さんが黒シャツの男と口論を始めた。

 「なあ! さっきから聞いてたけど、まさかまた遠回りする気かよ? なあ!?」

 しかも黒シャツの男か……俺はもう止めんぞ。

 「……そうなるかもしれん」

 「あんたもわかってるだろ! なあ! このバスに乗ってる奴らはみんなもう限界だ! これ以上回り道なんてやめてくれ! もう無理なんだ、頼むよ! なあ! すぐに瀬戸大橋へ向かってくれ!」

 声を上げる黒シャツ男に、車内の視線が集まる。

 少し前に彼が同じように遠回りを否定した時、車内の人間たちの視線の多くは、彼に対して否定的だった。しかし、今は違う。

 車内の雰囲気は黒シャツ男の意見に賛同的のようだ。それほど切羽詰まっているのだろう。

 

 マズイ、このままだと高嶋君頼みの、不確定要素の多い強行突破となってしまう。

 流石に自分も疲れているが、原因の大部分はコイツらだ。

 この馬鹿共が居なかったら、もっと安全なルートで確実に四国に向かえるのに。

 やっぱり、烏丸さんと高嶋君と横手君で今すぐ……。

 ……いや、待てよ。

 

 落ち着け、今何かが見えたぞ。

 

 『リーダー的存在である烏丸さんを説得すれば、高嶋君と横手君を説得できる』

 そもそもこれは正しいのか?

 『高嶋君と横手君を説得できないのは、リーダー的存在である烏丸さんを説得していないから』?

 そんなはずはない。

 高嶋君と横手君がこの馬鹿共と四国に向かうと言っているから、烏丸さんはそれに従っているのであって、せいぜい、バレた時にこの馬鹿共と共に、俺を危険分子として排除するかもしれないだけで、あくまでも保険的な要素でしかない。

 つまり烏丸さんは重要じゃない。もっとスマートにやる方法があるはずだ。

 何をどうすれば、最短で気づかれないうちに王手を打てる?

 

 そんなことを考えていると、高嶋君が覚悟を決めたかのように

 「行きましょう、久美子さん。瀬戸大橋を通って、四国へ行きましょう。大丈夫です、あのお化けが出てきても、私が戦いますから」

 と言ってのけた。

 それを聞いた黒シャツ男は

 「そうだぜ、この子はあの化け物をぶっ倒せる力があるんだ! この子が化け物を倒してくれりゃ先に進めるんだ!」と高嶋君を推すように声を上げる。

 

 馬鹿め、高嶋君は最後の切り札だ。必要以上に戦わせるなんて愚の骨頂。せっかく横手君がそれらを察知して回避しているからここまで来れているのに、こいつらは全く分かっていない。

 

 ん? そうか、俺はなんて馬鹿な勘違いをしていたんだろう。

 自分で言っていたじゃないか。

 横手君がいたから、高嶋君が。

 高嶋君がいたから、みんなが。

 そうだ……。そうだ、そうだ。

 この四国行きのバスで、最も重要な人物は、横手君だ。

 彼女がいるから、高嶋君が万全な状態で戦えているんだ。

 高嶋君の重要度は二番目、あったら安心程度のお守りなんだ。

 時間はかかるかもしれないが、横手君の妖怪アンテナがあればあのタコヤキどもを回避できる。

 強行突破するより、よっぽど確実だ。

 回数制限もあるようには見えないし、いつかは四国へと安全に入れるだろう。

 危ない危ない。気が付けてよかった。

 

 そうと決まれば話は早い。最優先で説得しなければいけないのは横手君だ。

 しかし、そんなことが出来るのだろうか。横手君に乗客を諦めるよう説得するのがそもそも難しいだろうし、ほぼ確実に高嶋君も一緒でないと首を縦に振らないだろう。

 そうなったら高嶋君にも同じように乗客を諦めるよう、説得しなければならない。

 それも烏丸さんに気づかれないようにだ。

 いや、これ無理じゃないか?

 うーん、もう少しあれば横手君も高嶋君も乗客の介護に疲れ果てて、首を縦に振ってくれるかもしれないが……やっぱり烏丸さんを説得してから、二人で高嶋君と横手君を説得するほうが簡単かもしれん。

 

 もう桐生には横手君と高嶋君、ついでに烏丸さん以外の同乗者がゴミ以下。それどころか、害虫とまで思っていた。

 

 最悪、高嶋君には悪いが横手君だけ攫っていくのもアリだろう。

 横手君は中学生の女の子、体格的にも何とかなる。見つかったらトンデモないことになるから、その時は慎重にやらないと。

 

 もはや桐生の思考は誘拐犯のソレであった。

 しかも、顔や表情には一切出ていない。

 タチの悪い、凶悪な未成年者誘拐犯が生まれようとしていた。

 もう終わりだよ、この国。

 

 とにかく、この雰囲気だと瀬戸大橋を強行突破しそうだし、何とか時間を稼げないだろうか。

 すると、桐生の思いが届いたのか。

 「……ちょっと、問題が」

 横手君が言いづらそうな口調で声を上げた。

 チャンスだ。桐生は飛びついた。

 「どうした、横手君、問題ってなんや?」

 「この瀬戸大橋近くを塞いでる化け物……今までのと少し違う気がするんです……。今までのより、なんだか、怖い……嫌な感じがするんです。ゆうちゃんでも、戦ったら無事では済まない……かも……」

 言葉を選ぶようにして話す横手君を黒シャツ男は苛立たしげに睨みつけたので、間に入って、まあまあとなだめる。

 すると考えこんでいた烏丸さんが、一度確かめてみようと皆に提案した。

 

 桐生は表情には出さなかったが、ニンマリと笑い。皆が受け入れやすいよう、烏丸の提案をそれとなくフォローし始めた。




何だ この 醜い姿は……
主人公の姿か? これが……

生殺与奪の権を他人に握らせるな。



誤字脱字など、一応投稿前にチェックしてますが、もしあれば遠慮なくお願いします。

文体や表現方法、視点描写、その他読みづらいなどのご指摘がありましたら、こちらも指摘していただければ極力反映しようと考えております。
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