理屈付けながら、原作を破綻させないってこんなに難しいんですね。
「茉莉さん……。桐生さん……。嘘……だよね……?」
なんとタイミングの悪い。どこから聞いていたんだろうか。
横手君と打ち合わせすらできていない。
聞き始めた場所によっては話がこじれてしまう。
とにかく話を引き出さなければ。
「桐生さん! どういうことなんですか!? みんなを置いていくって、なんで突然そんなこと言うんですか!」
「そうですよ桐生さん。ちゃんとゆうちゃんに説明する約束だったじゃないですか。ちゃんと説得しないと、ボクはついて行けませんからね。」
「茉莉ちゃんも何言ってるの!? 駄目だよ! みんなで一緒に四国に行かなきゃ! 久美子さんは? 久美子さんはどこへ行ったんですか!?」
「ゆうちゃん、久美子さんなら、さっき黒シャツの人を連れてどこかに行っちゃったんだ。何をしに行ったかは、ボクも桐生さんもわからないんだ。ただ、『処理する』って言ってそれっきり……」
「処理!? 何を処理するんですか!?」
高嶋君はだいぶ混乱しているようだ。これではゆっくり話をできそうにない。
というか、横手君。高嶋君の説得を手伝ってくれるんじゃなかったのか。
「わかったわかった。高嶋君。とにかく落ち着け。悪かった。突然そんなこと言われたら驚くわな。」
桐生は腰を落として高嶋君と目線を合わせる。
「ほな、一つ一つゆっくり解決していこう。さあ、高嶋君。話し合おうじゃないか」
ホレ、と桐生は話し合う体勢をとった。
ここが正念場だ。高嶋君を縛っている『何か』がカギだ。
その『何か』は、大体見当がついている。ただ、百パーセントあっているかどうかは分からない。
それでも及第点を取ればいい。
及第点さえ取れれば合格なんだ。
やるぞ。桐生。ここから先はアドリブだが、何とか高嶋君を説得して見せよう。
「高嶋君。君は以前、烏丸さんに自己犠牲の塊って言われてたな。」
「それは違うって前に……」
「そうやな、確かに自己犠牲とは違うかもしれん。君は誰かが争ったり、苦しんだりする姿を見るのが嫌だって言ってたな。」
「はい……」
「だから自分が戦うんだ。代わりに傷つくんだ。ってそうも言ったな。」
「言いました……」
「よく考えてくれ、『君が戦わないせいで、君が傷つかないせいで、誰かが争ったり、苦しんだりする』んか? 違うやろ。」
「ッ! 違います! 私が見たくないから! 私が嫌だから勝手にやってることです! 私が戦えば、みんなを守れるんです!」
「高嶋君。君は誰かがいないと、自分を表現できないのか?」
誰かに認められたい。知ってほしい。それは人間だれしもが持つ欲望や。
高嶋君。過去に何があったかは知らん。でも確実に言えることは、君は『やさしさの使い方』を間違えてるんや。君の主体性がなくなっとる。
主体性がない人は、最初はただ純粋に他人に優しく接して、周りから「いい人だ」って思われる。
でも、いつしか気づかないうちに、目的と手段が逆転して、「いい人だ」って思われるために他人にやさしく行動する。
そういう人らは総じて、自分の判断に自信がない。
どんどん自分がいなくなって、どんどん自分の判断に自信がなくなっていく。
そうなってしまうと、誰かに必要とされることで、誰かに引っ張ってもらうことで、初めて自分に自信が持てる、初めて君は自分を表現できるんや。
でもそれは一過性のものや。周りのみんなが自己を表現したり、自立しだしたら、主体性のない人はどんどん埋もれていく、主体性のある人は次第に主体性のない君を必要としなくなっていく。
だから君は本能的にそれを恐れて、できるだけ多くの人と関わって、必要とされるように立ち回る。
自分のキャパシティーがオーバーしないと気が済まんくなる。だから自分を犠牲にしだす。
そんなんじゃダメや。
何時まで経っても誰とも友達になれないし、重みに耐えきれず潰れてしまう。
気づいたときには何も残ってない。
なあ、高嶋君。君が本当にしたいことはなんや。
本当にやりたいことが分からないから、いつか知らないうちにそれを失ってしまうのが怖いからすべてに手を出そうとしとる。違うか?
高嶋君、君にはそんなことをしなくても、君を助けてくれる横手君がいる。
なんなら俺も手伝う。烏丸さんにも手伝ってもらうよう。俺から頼んでみる。
だから、高嶋君の本当にやりたいことを探そう。
誰かのためじゃなく、君自身のためにやりたいことはなんや。
俺たちなら、何もしてもらわんでも、君の本当にやりたいことを探してあげられる。
どうや、高嶋君。一緒に探してみようや。
横手君みたいな、キラキラした。楽しくて。面白くて。可能性にあふれた夢を。
邪魔なものや重いものは捨てて、身軽になろう。
夢らしい夢を持たない男が、高嶋友奈の最後のピースは『夢』だと判断した。
重い荷物を捨て、身軽になろう。もっといいものを見つけよう。
桐生は高嶋友奈にそう訴えかけた。
「できません……それでも皆さんを見捨てることなんて……できません……みんなを守らないと……」
だが、夢を持たない男の、『夢の話』は高嶋友奈には届かなかった。
どうやら何かが足りなかった、何かが間違っていたようだ。
一体何が、彼女をそこまで縛りつけているんだろう。
そもそも、高嶋君に対しての交渉材料が少なすぎたのがマズかったのだろうか。
しかし、もう後戻りはできない。どうしたものか。
桐生は手詰まりになっていた。その時、横手君が口を開いた。
「すみません、桐生さん……ゆうちゃんはみんなと一緒に行くようです……」
最悪だ。横手君が離れてしまった。これ以上の説得は駄目かもしれない。
「横手君。もうちょい待ってくれへんか?」
「……ごめんなさい。ボクはゆうちゃんについていきます……」
どうやら潮時のようだ。横手君が折れてしまった以上、もうどうすることもできない。
「……ハア、分かった。高嶋君。負けた、降参や。」
高嶋君はホッとしたのか、肩をおろしていた。
「せやけどな、一つだけ条件がある」
「……? なんですか?」
「次、また俺や横手君が殴られたり、蹴られたりしそうになった時は、ちゃんとそいつを力ずくで止めてくれ。それこそ、高嶋君のその力で、そいつを殺してでも。」
殺してでも。
その言葉を聞いた高嶋君と横手君は目を丸くして驚いている。
「そ、そんな!」
「できないって言うんやったら降参は無しや、もう俺はアイツらを信用できん。
さっきも言ったけど、俺と横手君はアホみたいに殴られ、蹴られたんや。
烏丸さんが力ずくで止めてくれたから、その場は収まったけど、もしかしたら次は、殺されるかもしれん。」
「そんなことないです! 殺されるなんて……」
「高嶋、いい加減にしろよ。」
高嶋君が唖然としている。
小学生相手だが、もう限界だ。条件を無理やりにでも呑んでもらわないと、俺は高嶋君について行けない。
「守るってのはな、誰か一人だけでもメッチャ大変なんや。横手君ならわかるやろ? 君の両親は立派やった。君を守るため、『代償として命を二つも支払った』んや。だから君は生き残ったし、君の両親は立派なんや。
高嶋君。君はそのたった一つの命を支払ったら、みんなを助けられるんか? 違うやろ。君はアレもコレも守ろうとして、風呂敷に収まりきってへん。風呂敷に収まらんものは背負われへん。
そんなんで、『みんなを守る』・『全てを背負う』なんて口にしたらアカン。
高嶋君。君は確かに特別な力を持っとる。でもな、その特別な力を持ってても『全てを背負えない』んや。
だから俺はこうして高嶋君の『みんなを守る』って言葉に『無理』と言っているんや。
守りたいものに優先順位をつけておかないと、いざって時に動けなくなるぞ?」
ここは俺の本気度合いを見せるためにも、ちょっと脅しておくか。
「そうや、良いこと思いついた。今ここで横手君だけ、無理やり連れて行ってしまおうか? 横手君さえいればタコヤキどもは回避できるから、いつかは安全に四国に入れるはずや。」
横手君は「え!?」と言っていたが無視だ。
これは高嶋君を揺さぶるためのものだ。無理やりそんなことをしたら横手君だって抵抗するだろうし、高嶋君と素手での喧嘩になるかもしれない。そうなったらあの特別な力に勝てるわけがない。
どうした? 高嶋君。ホラ、『みんなを守る』ために、早く動かんと、俺は横手君を連れて行ってしまうぞ?
「さあ、高嶋君。君が『全てを背負う』って言うなら。俺にその『全てを背負える方法』がありますとちゃーんと言って見せてくれないと」
さあ、言ってみたまえ、高嶋君。
……言って見せろよ、高嶋。
「あります……『全てを背負う方法』……。」
……おお、驚いた。果たしてどんな方法なんや。
「一回で背負えないなら、何回でも背負って見せます……。
分けて背負えば、全部運べます。喧嘩でも、何でも……。何回でも、何回でも止めて見せます。だから……人を殺しはしません。絶対に、何回だって背負って見せます。
それが、私の『全てを背負う方法』……です。」
…………ハア、高嶋君。もうエエわ。
どうやら高嶋君には伝わらなかったようだ。俺の説明が悪かったんやろうか。
呆れた。本当に呆れた。命は一つしかないってのが分からんのか。
一体どれから背負っていくんや。優先順位ってモンがあるやろ、アホらし。
俺の人生終わったかもしれん。
タコヤキに食われるか、バスごと串刺しにされるか、それとも人間に殴り殺されるか。
一番可能性が高いのは殴り殺されるだろうか。
こんな状態になっても人類は自滅しあうのか。ああ嫌だ、嫌だ。
戻ろう。バスに戻ろう。あいつらと一緒に地獄に行こう。
もう、どうにでもなれ。俺は知らん。
「高嶋君。君の『全てを背負う覚悟』はよく伝わった。よーく伝わった。
わかった。もうエエわ。もうエエ。戻ろう。もう知らん。」
車はあるが、一人で闇雲に逃げたところでどうしようもない。
しまなみ海道が生きていることを祈ろう。それまで、不満が爆発されないように祈るしかない。祈ってばっかりや。
こんな分の悪い賭けなんてやってられるか。アホらし。
高嶋君。そんな半端な覚悟じゃ、守りたいものどころか、自分すら守れんからな。
桐生さんは怒って行ってしまった。
ボクたちも桐生さんの後を追うようにバスに戻る。やっぱり、ゆうちゃんを説得した方がよかったのかもしれない。
でも、ゆうちゃんはみんなを見捨てないって言ったんだ。
でも、桐生さんが言うように、また殴られたらどうしよう。今度は殺されるかもしれない。
また、ゆうちゃんが無茶なことを押し付けられたらどうしよう。
ボクは不安に押しつぶされそうだった。
「大丈夫……私が茉莉さんを、みんなを守るから……」ゆうちゃんがそう言ってくれたけど、さっき殴られた記憶がよみがえる。
それでも……それでもやっぱり怖いよ……。
自動車を走らせて出て行った久美子さんが帰ってきたのはそれから三〇分ほどしてからだった。
久美子さんは黒シャツの男を掴んで自動車から引きずり降ろして、バスの中まで一緒に戻ってきた。
男は顔が真っ青になっていて、顔中に汗を浮かべていた。
以前におかしくなってしまった、あの茶色い髪の女と同じ状況だ。手足を拘束されているせいで暴れることもできないみたいだけど、もし自由だったらどうなっているかわからない。
久美子さんに何をしたのか問いかけるが、何も言わず運転席に座り、バスを発進させた。
寝ていた桐生さんが目を覚まし、やっと帰ってきおった。と不満を隠さずそうつぶやく。
「茉莉、お前に聞きたい。仮に四国が安全で平和な場所だったとして、そこに到着してどうする? 平和に戻った後、どう生きるつもりだ?」
「え、あの、そんなこと話してる場合じゃ……」
「いいから答えろ」
有無を言わせぬ口調だった。
久美子さんは何を聞きたいんだろう。全く分からなかった。
どうこたえるのがいいのかわからず、迷って、迷って……普通に暮らしたい、できるだけ前と同じように、と答えると。
「普通だな」と吐き捨てるように久美子さんが言った。
「まったく、呆れるくらい普通だ。お前は世界滅亡に等しい事態を経験して、化け物の居場所を察知できるなんて超常的な力を得て、それでそんな普通な生き方しか求められないのか」
「……はい」
「おぞましいくらい普通だよ」
「……はい」
「ああ、本当に……お前は普通だ。普通に、良い奴だ。普通に生きる。それを望んで、そして実行できる人間は、何よりも素晴らしい。とても、とても素晴らしく尊いことなんだ、それは」
ボクには久美子さんが何を言っているのかわからなかった。
実験……? なんや、あのチンピラと一緒にドライブに行ったと思ったら、そんなことしとったんか。こっちは必至で生き残ることを考えてたのに、ふざけやがって。
人間なんか見てても面白いもんか。狂った奴なんてただのお荷物じゃ。
俺は介護師じゃねぇんだぞ。バカタレ。
しかし、さっきから烏丸さんの様子がおかしい。
とうとうコイツも『空が怖い』とか言い出すんだろうか。
ドライブするまで大丈夫そうだったのに。人間の精神はなんて不安定なんだろう。
いや、そうだったら外を見ながらの運転なんて、できるはずはないか。
桐生はもうどうでもよくなっていた。
突然、烏丸さんがアクセルを踏み込み、バスのスピードを上げた。横手君と高嶋君が危うく倒れそうになる。おうおう、危ないじゃないか。
すると「聞け!」と烏丸さんがバス全体に響くような大きな声で告げた。
「このバスは四国へ向かわない! 永遠に安全地帯になど、たどり着かない!」
どうやらタコヤキに食われるわけでも、串刺しになるわけでも、殴り殺されるわけでもないらしい。
まさかのダークホースがここで誕生。それは『ただの交通事故』
予想が外れた桐生は、やっぱり俺ギャンブル向いてねえわ。と呟きながら、座席に深くもたれかかった。
桐生、エラそうなこと言いやがってこのヤロウ……
もともと、プロットの時点で友奈ちゃんを説得することは不可能だということにしてました。
逆にどうやったら友奈ちゃんを説得できるのか教えてほしいんですけど。
筆者は桐生と友奈ちゃんのやり取りが破綻していないと思っていますが、どうでしょうか……?
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